(通信音)

もしもし、もしもーし、出てくれないかなぁ?また通信に出ないわけにもいかないだろ?

もしもし?あ、もしもし!聞こえてる聞こえてる!

ふぅ、やっと出てくれたか……

そこにはもう着いてるころだよね?どうだい、シエスタは?

ドクターから聞いた話だと、そっちは暑すぎて街中で倒れる人がいるんだとか、それでフリードリンクのビールをかけられて起こされるって、それって本当なの?

あ、そうだ、今回のフェスはどんな有名人が来るんだ?皇帝は来るのかい?

ねぇねぇ、ALIVE UNTIL SUNSETのメンバーに出会ったかい、ぼくはいつも彼女たちの曲を使ってBGMを作ってるんだ、これとか聞いてみてよ――

言いたいことがあるんだったらさっさと言ってくれ、なければ切るぞ。

ちょちょちょ待って待って、切らないで!

あるある、言いたいことあるから、切らないでくれよ相棒!

(ため息)

そんなに行きたかったのなら、どうして来なかった?

行けないからだよ!僕だってすごく行きたかったんだからね!

君たちがそんな大人数で行ったら、誰かしら本艦に残って留守番しなくちゃいけないだろう?それに、ぼくにはまだ内部の任務が残ってるんだ、知ってるだろ今回ガヴィルが――

ストップ、俺に任務内容を教える必要はない。

まあまあ、そんな極秘なやつでもないんだからさ。でも、そのぉ、一つだけちょっと……

要点を言え、まだ何かあるんだったら、三十文字以内でまとめてくれ。

なぁ、相棒。

君は誰かにやりづらいって言われたことない?

ない。

かわいそうに、誰も本心を言ってくれなかったんだね。

切るぞ。

ちょっと待って、今言うから!

(息を吸う)

情報の出どころからあまり信頼できないけど今回のフェスで騒動が起こるかもしれないけど起こっても君は気にしないと思うからもしもAUSのメンバーに出会ったらサインをもらってきてお願いしますありがとう終わり!

……これが言いたかっただけなのか?

?そうだけど。

全部で100文字、100パーセントオーバーしてる。
(原文は60文字)

それと、オフィス内でその音量で音楽を流してたら、きっと十秒後にとなりのエンジニア部の人が殴り込んできてお前のスピーカーをぶっ壊すことだろうな。

はい?

待って?ぼくに用があるんだったら簡潔に……仕事の邪魔?それってどういう……わああごめんなさいやめてやめて話を聞いてくれそれだけは――
(通信が切れる音)

チッ。

こいつ、どんだけあのバンドが好きなんだ?

あいつが毎日歌を流してるせいで俺も歌詞が歌えるようになってしまいそうだ……ん?
(プロヴァンスとスカイフレアが歩いてくる足音)

景色は最高だけど、やっぱり暑すぎるよ!尻尾から汗水が絞れるぐらいだよ!

シエスタ現地の気温がぼくの推測より高いな、なんか変だなぁ……ねぇ、スカイフレア、ちょっと暑すぎると思わない?

こんな格好で、暑くないほうがおかしいわよ。

うっ、それもそうだよね。

みんな着込みすぎだよね、このままだと本当に熱中症になっちゃいそう、できれば着替えたいんだけどなぁ……

今回は海に行く機会があるっていうから、わざわざ水着を持ってきたのになぁ。

待ちなさい、今はまだだめだわ!火山の麓に行くのでしょ、そういうのは帰ってからにしなさい!

じゃあちゃっちゃと終わらせよう、ぼくだってビーチを楽しみたいんだ、こんな機会めったにないんだからね!
(プロヴァンスとスカイフレアが歩いていく足音)

……

ビーチ、海?

……ここの匂いからして海があるようには見えないが。
(大歓声)

ふぅ、これで何曲目?夜になったら演出もあるのよね、もうワクワクしてきちゃった。

さあわかんない、でもアタシも結構楽しい、Frostもそうよね。

(指弾き)

まあいいじゃん、どうせ私達は疲れることはないんだし。

あらっ、フフ、それもそうね。

よし、じゃあ、夜が来る前に――

一足先に盛り上げちゃうわよ!

(あれがあいつの好きなバンドか?あのスタイル、やっぱりうるさいな。)

(それに……)
(

何かが変だ、なんなんだこれは。)

(あの歌のせいなのか?この懐かしい感じは……なんだ?)
(ボディーガードが走り回る音)

お嬢様は見つかったか?

早くしろ!追うんだ、きっとまだ遠くには行ってないはずだ!

こっちを行くぞ、必ずお嬢様を連れて帰るんだ!

ちょっと押さないでよ、常識あるのかしら!

おい誰だオレを踏んだヤツは?

ほっとけ、次の曲が始まるぞ、うおおこれは『DEEP COLOR IN THE SEA』に収録された最初の曲だ!
(大歓声)

ん?

(さっきからなんだ、この人たちは何を探してるんだ?)

(あの格好は、民間の組織ではなさそうだが……)

通ります、すみません、空けてください!
(ヴィグナが走る足音)

ふぅ、やっと出られた……

何を急いでるんだ?

うわっ!だれ!

なんだ、ソーンズか、びっくりしたぁ……ここにいるってことは、あなたもAUSのファンなの?

それもそうよね、確かあなたってエーギル人だったよね、彼女たちが嫌いなエーギル人ってあたし見たことないもの、彼女たちの歌はシエスタの波よりも美しいのよ、もう最高よ!

……

あっ、違う、今は語るときじゃなかった!

ドクターたちに助けが必要みたいで、あたしちょうど向かうところだった!ここでばったり出会ったんだから、あなたもボーっとしてないで、一緒に行く――

俺はドクターのところには行かなくてもいい。

えっ、どうして?

今回はウルサスのあの老人がついてるからな、彼らならきっと無事だ。

……いや、こう言うべきか。

俺は直接連絡をもらっていない、つまり加勢する必要がないってことだ。

ドクターならたぶん次の行動を把握していると思う、あの人はオペレーターや自分を危険な目に遭わせることはしないからな。

具体的な指示を受けるまで、お前たちの行動に参加する必要は俺にはない。

ドクターを甘く見るな、勝手な行動は、むしろあの人の計画の邪魔になるかもしれない。

俺の推測だが、何か疑問はあるか?

……

ないわ。

ないけど、一つ新しい発見があったわ。

?

あたしとあなたは、絶対相性が悪いってこと!手伝いに行くだけでそんなに考える必要なんてある!?

ああもういいや、とにかくドクターはあたしを呼んだ、あなたは呼んでいない、そうでしょ?

はいはい、じゃああなたはライブに残っていればいいわ、あたしははやく向かわないといけないから。
(ヴィグナが走り去っていく足音)

……

なんだあの口ぶりは?

わからないやつだ。

おい聞いたか、ビーチのフードコーナーにバーベキュー屋があるってよ、今なら半額らしいぜ、人も街まで並んでるってよ!

こんな季節にバーベキュー?暑いから、やめとこうよ……

いやいや、違うんだなこれが。灼熱のビーチでバーベキュー、熱く燃え盛る炭火が今回のフェスのアツい雰囲気にマッチしてるじゃねぇか!

それにすごい並んでるんだぜ、きっと味も悪くないはずだ、試してみなきゃもったいないだろ!

でっかいお祭りだ、来た以上は楽しもうぜ、俺がおごるからさ!

その喋り方、アタシの親戚の叔母さんそっくり……わかったわ、そこまで言うんだったら、行ってみましょ。

ん?あっちからなんか声が?

聞こえないよ――?

もっと大きな声で――
(大歓声)

もう一曲歌ってくれ――

アンコール――

臨時のステージみたいだな、どのバンドがストリートライブしてんのかな。

バーベキューより、先にあっちに行ってみようよ、あの盛り上がり、きっと有名なミュージシャンかもしれないし……

いたっ、ちょっとぶつかったじゃない!

大丈夫か。

えっ……あ、あ、ありがとう。

やべぇ!マジで最高だよ彼女たち!!

初めてこのバンドの曲聞いたわ、生のほうが想像よりもずっといい……

こっちに来て正解だったわね、やっぱり夏にバーベキューを食べるより、曲を聞きに来たほうがよっぽどウハウハよ!いつ新しいアルバム出すんだろう、出たらアタシ絶対に買う!

それってやっぱりバーベキューに興味なかったってことだろ、そうなんだろ……

いまさら?

いや、この話はやめよう、そうだ、お前バッグはどうしたんだ?

……あれ?確か手に持ってたはずなんだけど……

探しているのはこれか?

うわっ!

なんだお前、急に人の腕をつかんできて、ちょちょちょ俺の手痛ててて!

折れてはいない、騒ぐな。

騒がしいのは好きじゃないんだ、それとも別の方法で黙らせてやろうか?

(喉をつかまれたような悲鳴)

あったぞ。

あっ、アタシのバッグ!

腕時計が二つ、財布が四つ、それと女性もののブレスレットが一つ。どうやら音楽に浸かってる人は警戒心がゆるむらしい、誰だって大差はないか。

簡単に盗めただろ?そうじゃなきゃ、こんな大胆に次から次へとやるはずもないからな。

ふ、ふざけたことを言うな!これは全部俺のモンだ、俺のなんだ……

道理が合わないな。

嘘が下手だな、俺の時間を無意義に消耗させるな。

そ、そうよ!これはアタシのバッグよ!

あ?本当に泥棒がいんのか?さっき走り回ってた黒いスーツたちも泥棒たちを捕まえていたんじゃねぇのか!

黒いスーツ?あいつらはそんな優しいものじゃないだろうな。

自分たちのものはもう取ったか?ほかに用がないなら、こいつをほかの持ち主のところに連れていくが。

おいおいおいおい冤罪だ、持ち主ならここにいるじゃねぇか!

早く手を放せ、じゃないと警察を――

うるさい。
(殴る音)

痛てててて!!

にいちゃん、あー、お前の言ってることは当然信じてるんだが、でもよ、ほかの持ち主の居場所がわかるのか?

どうやって見つけたんだ?

……こういう連中はいつも人が集まりやすい場所で待ち構えて、外から来た観光客をターゲットにしている。

盗んだらそこからさっさと離れる。

こいつは常習犯だ。

こいつが二回目に手を出したときに確信した、街を五ブロックも付け回して、こいつの仲間のアジトを見つけた。

!?

そんなに驚くな、お前を除いて、ほかの仲間は全員警察署にいる。

傷跡があるやつがお前らのボスだな?やり手だった、捕まるまでかなり時間がかかった。

……

……お前トムまで捕まえたのかよ?ぺっ、なら早く言えよ、わかった、お前の勝ちだ、白状するよ。

へぇ、捕まえられてんのに、まだ白々しい態度でいられんのかよ?

シエスタは俺たちの町だ、お前に何がわかる?捕まったからなんだ?せいぜい少しの間閉じ込めらるだけだ……

こいつ……まあいいや、お前と話すこともないし。ああにいちゃん、今回は本当に助かったよ。

どうってことない。

ちょっと待ってください、そんなに急がなくても!

?

礼なら必要ない。

俺は仲間を助けるついででやっただけだ、気にすることはない。

そうはいっても、礼を言わせてください!

お兄さん、一緒にバーベキューはどうかしら?

でっかいお祭りよ、来た以上は楽しみましょ、アタシがおごるから!

おいちょっと待て??さっきはバーベキューはイヤだって言ってなかったか??

そうだったっけ?

……

今のお客さんたちの肉はもう焼けたね、次の注文は間に合う?そうだ、火が弱くなってる、また炭を入れるね。

大丈夫だ!見てろって!
(ソーンズが歩いてくる足音)

人がすごく並んでいるバーベキュー屋は、ここか?うん、確かに見た目はうまそうだ。だが、お前たちが使ってるこの炭は……

ハア?おい待てだれだおまえは、勝手にオレサマのモンをいじるんじゃねぇ!

ん、おまえのその武器、なんか見覚えが……なんだったっけなぁ……おっと答えは言うな、ヒントもなしだ!

ンンン……おまえってこの前ドクターの後につきまとっていたヤツか?あ違うな、違うぞ、アイツはおまえみたいな恰好じゃなかったぞ、黒いフード被ってたし、そんな長い剣も持っていなかったし。

じゃあおまえは甲板で大声で叫びながら走り回っていたヤツだそうだろ!わかったぞ!今回は間違いねぇ、炎国のねぇちゃんが飛び出てきて、怒られていたソイツがおまえだろ?

イフリータ、走っていたのはたぶんエリジウムさんだよ。

ちなみに、あのとき彼が叫んでいたのは「アイスチョコチップミルクシェイクを盗み食いしたのはぼくです」だよ。

レイズさんが怒っていたのも、たぶん彼女が冷蔵庫に置いていたヤツがその盗み食いされたチョコチップシェイクだと思う。

何を叫んでんだか……違うぞ、ソイツは悪いことをしたのに、なんで自分で叫んで暴露してんだ?そんでデカ耳おまえはなんで知ってんだ?

俺と彼で賭けごとをしていた、入り口を通り過ぎるオペレーターが男性か女性かを賭けていたんだ。そして彼が負けた。

ちなみにあのとき通り過ぎたのが私よ。

なんだよそれ、お前らガキ臭えとか思わねぇのか?

話を断ち切って申し訳ないが、肉が焦げそうになってるぞ。

36秒前にひっくり返せば、ミディアムレアに焼くこともできた、今火を止めればまだギリギリ食感を保てるはずだ。

それと、俺の見間違いじゃなければ、さっきグリルに入れた炭は湿っていた、今から10秒以内、73%の確率で爆発が起こる。

うん、今の煙とお前たちの何も知らない様子を見ると、確率をあと小数点10個ほど引き上げなければならないな。

あ。

あ。
(爆発音)

あ――ぶへっ、ゴホッゴホッ、ぺっ、ペッペッペッ!

うぇ、このボログリルが言ったそばから爆発しやがった、少しの火の調整もできねぇのかよ、ちょっとばかし火を強めただけじゃねぇか!

ゴホッゴホッ、ゴホッ、ごめん、私のせいだ、やっぱりこんなことするべきじゃなかった、グリル料理なら大丈夫だって思っていたのに……

あ?いや、おまえは何も悪くねぇだろ。

本当にごめんなさい、イフリータ、ソーンズさん、それと観光客のみなさん、私が全部弁償しますから。

……イフリータ、もうこれ以上迷惑をかけれない、がんばってね。

……

つまり、もうやらないと、諦めるのか?

ち、違うの、諦めたわけじゃない、ただ、私いつもみんなに迷惑をかけているから。

1回や2回じゃない、艦にいるときもこうなの、私がキッチンに入れば、いつもハプニングが起こってしまう、いつもこうなの……

ならもう一度試せばいい。

分からないのなら、学べばいい、一回の失敗なら二回、二回の失敗なら三回学べばいい、すでに今回の事故の原因が分かっているのなら、次はそれを避ければいい。

弁償なら必要ない、この程度の爆発事故ならよくあることだ、気にすることはない。

……

イフリータ、私……

いつまでサボってるんだよ?

えっ?え?

だから、いつまでサボってるんだって言ってんだよ!はやく手を貸せ、おい、こっちを持て、このグリルをもっかい組み直さねぇと。

何見てんだ、ボーっとしてねぇで手伝えよ!前に自分からやってきて手伝うって言ってきたのはおまえじゃねぇか、途中で抜け出すのは許さねぇからな!

ほらさっさとしろ、出来上がったらこの獣肉はおまえが焼いてくれ、オレサマはこの炭を換えてくる!

わ、私が焼いていいの?

何がいけねぇんだよ?おまえには無理だって誰が言ったよ、それとも自分には無理だって思ってんのか?

チッ、クソぉ、箱が砂に埋まってやがる、重っ、掘り出せねぇ……

ん、胡椒は?胡椒がどっか消えたぞ、あああ……!もうめんどくせぇな!

ごめんください、ここにおいしいバーベキューが売ってるって聞いたんですけど、どこにあるか知りませんか?

あれ、イフリータとカッターだ。
(ビーズワクスが歩いてくる足音)

何をしているのですか、手伝いましょうか?

おっ!ちょうどよかった!

ほらほらこっち来い、はやく手伝ってくれ、これを掘り出したいんだ。

分かりました
(アーツの発動音)

出てきた!

前までおまえは砂遊びしかできないヤツだと思っていたが、結構やれるじゃねぇか!

イフリータ、そんなこと言っちゃだめだよ……

そんな風に言うから、毎回人から誤解されるんだよ。

あ?他人がどう思おうがオレサマには関係ねぇだろうが。

あれ、イフリータは私を褒めているのでは無いのですか?

え?

違うのですか?イフリータはよく「バカ」とは言いますが、でも今のは褒めてるんだって事はわかりますよ。

バ、バカ!何言ってんだよ、適当なこと言うじゃねぇよ!

あ、跳ねた。

そうでした、砂遊びがしたいのでしたら、ガヴィル先生が実家に戻るらしいので、一緒に遊びに行ったらいいと思いますよ、先生のおうちの近くに砂場があるって聞いたから。

砂遊びなんか興味ねぇよ、ガキじゃねぇんだし!

そうですか、私は結構行きたいです。いいなぁ、私も家が恋しくなってきました、でも遊歴を終わらせる前に、帰るわけにはいかないし……

家が恋しい?わかんねぇな、オレサマはサイレンス、それとサリアと一緒にいればどこだっていい。ロドスはだめなのかよ?

たぶん違うんだと思います……でも、イフリータがいいと思ってるんだったら、たぶん居心地がいいんでしょうね?

チェッ……何が違うんだよ?はっきり言えよ!

うーん……そうですねぇ。

私ね、いつも……家の夢を見るんです、金色の揺れる揺りかごと、大雑把なお母さんの手が私の頬を撫でてくれる夢を見るんです。

そこは砂まみれで、実はちっとも優しくないところだってのはわかります、でも夢のなかだと、いつも懐かしく感じるんです

私がどこに行こうと、あそこはいつも帰りたいと思うような場所なんです。

うーん……

わかってくれましたか?

なんで話がこう変わっちゃったんだろう……

はいはい、お話はこれぐらいにして、私はグリルの足を組み直すから、イフリータは新しい炭火の準備をお願い。

少なくとも、ソーンズさんのおかげで、今は何に注意すればいいかわかったから。

それもそうか、考えるのやめた、仕事だ仕事。

ソーンズって言うのかアイツは?見た目のわりに、いいヤツじゃねぇか。

うんうん、ソーンズさんってとても熱心な人なんですよ。

熱心?本当にそうなのか?

本当ですよ!さっきドクターにちょっかいを出そうとする人たちをやっつけたところを見たんですから。

ヴィグナも言ってました、あの人たちは自業自得だって、それと、あっちには相手になるような人ひとりもいないんだから、心配しなくていいって言ってました。

本当は私が手伝いにいくはずでしたけど、あんまり必要なかったそうです。

そうだ、ソーンズさんは泥棒も捕まえたんですよ!

あんなに嫌な顔色して、しかも人を見下してるような目つきしてんのに、そんなことをしてたのか?人助け?へえ。

前までは人付き合い悪そうに思っていたけど、私の誤解だったようね。

そうだな……

本人が居なくなったのを確認してからその人のことを話したほうがいいぞ。

うわ!

まだ居たのかよ!

さっき戻ってきた。ほらっ、胡椒だ。

あ……

それじゃ。礼はいらない。

れ、礼なんかするかよ!
(ソーンズが去っていく足音)

はぁ、マジで変なヤツだな。

確かにちょっと……でも本当にいい人でしょ?

海か。いや違うな。海なんかより人情味がありすぎる。しょっぱい水以外、どこに海の要素があるんだ?

おい。

おいお前、そこにいるんだろ。

……おい。何とか言ったらどうだ。随分長い間俺のうしろにいただろ。
(ayaが歩いてくる足音)

そんな!見つかっちゃった……アタシの存在を察知できるなんて、きみって結構すごいのね。

どうここの景色、すごくいいでしょ。

……バンドの歌手か。ここで何をしている?

ん?アタシを知ってるんだ、ファンなのかな?サインは欲しい?

ファンとまではいかない。話題をそらすな。

あら、残念。じゃあアルバムが欲しいの?

いらない。

冗談だって。アタシもアルバムをいつも持ち歩いてるわけじゃないから。きみって誰かにやりづらいって言われたことない?

ある。

アタシを信じて、きみはそんなんじゃないから。きみはただ気にしない性格なだけなんだよね。

……

アタシは海を見に来たの。
その歌手は水面を眺めていた、彼女の髪の毛は海風に煽られまるで波のようになびいていた。

でもこれは海じゃない。

シエスタのビーチは確かにすっごくきれいよ、でもきれいであればあるほど、海には見えない。アタシたちの故郷はこことは全然違う。

海を見に来た人がここを見れば、きっと騙されたって思うかもしれないね。

あなたは、海に帰りたい?

――

お前は、一体何が言いたい?

わからない?じゃあ気にしなくていいよ、適当に言ってみただけ。思いついたことはすぐ口に出ちゃうの、ずっとこの癖を治そうと思ってたけど全然ダメ。

話をまげるな。お前はエーギル人だな。

そうよ。

でも違う。

回りくどいのは嫌いだ。

じゃあ直接アタシに聞いてみてよ?

……

どうしたの、聞きたいことがあったんじゃないの?こんなチャンスめったにないよ?

変なやつだな。時間を無駄にした。

ここで時間を無駄にすることってかえっていいことなんじゃない?自分の時間を無駄にできる時間がある生活こそがいい生活だと思うな。

生き残るために必死にもがいて息抜きすらできないような人に何かを無駄にする時間なんてないからね。

お前の言う通りかもしれない。

でしょ?じゃあサインを書いてあげよっか?

イヤって言わせないよ、ほらっ、色紙とペンっと……それとポスターにも……
ピンク色の髪のエーギル人はポスターにすらすらとペンを走らせた。

はい。サイン!

おい。

アタシと話してくれたお礼としてもらってよ。外で同郷の人と話せるなんてめったにないんだから。

いや。違う……

お前は俺の同類じゃない。
大きく見開いた両目は刺しこむように歌手の瞳を見つめていた。
歌手はまばたきをし、ソーンズがゆっくり剣の柄に伸ばした手に目を向けた。
――お前は自分の正体を隠そうとすらしていない。

きみはアタシの歌がそんなに好きじゃないんだね……知ってるよ。

でもサインはちゃんとあげる。

なぜだ?お前は……

だってきみ踊るのが好きなんでしょ。踊りが好きな人に悪いやつはいないんだ。

バカっぽく聞こえるぞ。

そんな風に言わないでよ、たくさんの人たちから学んできたことなんだから。アタシたちは随分この大地に居続けた、いろんなことをいっぱい学んできたの。

きみは海で育ったんじゃないよね?陸の上でぴょんぴょん跳ね回っている生き物たちより、海のほうが君と近しいはずだよ。

でもあれが優しいときの様子を見たことないんだよね。あらら。じゃあ懐かしむはずもないか。

俺の故郷はイベリアだけだ。

だから海はきみのふるさとじゃないと。だからあれに一切の感情がないんだ。

いや。

あれを飲んだことはある。俺は湖で泳いでいたわけじゃない。俺の祖先は大昔にイベリアに移ってきた、だがいつまで経っても海から逃げることはできなかった。

海には感情を持っている。たぶん俺は海を恐れているんだ。

そうね、あーあ。

「君の涙の雫が堕ちてできたさざなみが聞こえた♪それは君の悪夢♪君の心臓が裂けて血滴る花びらになった……♪」

何を歌っている?

さあ、ちょっと歌いたかっただけ。

でもきみの言う通り、きみはそれを怖がってるって思ってた。

もちろん……
遠くから、シエスタ市内のどこかにある市内放送からフェスのメインステージの再放送が流れた、聞きなじんだ音楽が次々と耳に流れ込んできた。
この二週間の間エリジウムは毎日鼻ずさんでいた歌だ。
この歌はどうやら目の前の歌手が所属しているバンドの代表曲の一つらしい。
この歌手こそが……
「思い出すときは偽って脱ぎ捨てて、君が傷つけた傷跡は君が忘れた痛み♪
ぼくは君の過去の影を掴めない♪それらが立ち上がって君の名前を叫んだ、それらが君の匂いを嗅いだとしても君の懺悔が聞きたいんだ♪」

もちろん、きみが恐れていようと、海はきみのところに来るんだよ。

海が来た。行こ。絶対に振り向かないで。
……?
彼女は何を言ってるんだ、あれはなんだ?
水の上に立っているのは……なんだ?
欠けた落日はぼんやりとした斑な影が灰色の潮波に映し出され海水を取っ払った
海は静かに穏やかに息していたが話し声も歌声も呼吸の音すらも聞こえなかった
一秒二秒数十年数百年もの間それは沈黙を保っていた
海は君を見つめていた
その目は君が海の傷口からゆっくり入り込んでほしいと君の目を見つめて渇望していた
君は起こされ抱擁され君は海の血に影に太陽に沈み込んだ君はその影を耳にした海の影に目も声も命もなくそれはまるで
輝く星のように動くことはなかった

水の下に海に通じてる道があるのかな……だったら海の気配が漏れ出してもおかしくはないか。

ねぇ。ねぇ、きみ、起きて。虜にされないでよ。

はぁ、アタシが歌を歌っても君をこんな風に虜にすることができないんだなんて、ちょっと嫉妬しちゃうなー。

……

早くここから離れろ。

ん?あっ……うそでしょ。えっとつまり……知ってたの……

あれはここに現れていいものじゃない。今ここから離れればお前は死なずに済む。

わかってるってば……でも離れなきゃならないのはきみのほうなんじゃないの?

死にたいのか?

ちゃんと話聞いてよ……

……

エー、ギル。

!!

驚かないで。海がアタシたちの名前を知っててもおかしくないでしょ。

……いや。

驚いてるんじゃない。

うっ……

じゃあどういう……?ちょっと君、呼吸がしづらいの?

気をしっかりして

(エーギル語)君の呼吸する権利を奪うことが出来るものなんてこの大地の上には無いんだよ。

(はやく、抜け出して……!)

……
俺は故郷から逃げ出した。ふるさとを去った。物語も忘れてしまった。だが感じる。
俺は隠された伝説の誰もが低い声で語り描いたものを信じている、浅い夢の中にいたとしても、剣があれらの躯体を通り過ぎていく感覚がわかる。
俺は海を傷つけることができるのか?
……
家を思い浮かべた。いや、思い浮かべていた。本当の俺たちの家を見たことがあるわけではない。
俺たちイベリア人はとっくの昔に海の奥から離れていった。
だがあれから逃げ出すことはできなかった。俺たちはあれから逃げきることはできない。
俺はあれを殺したいと思った。

これは幻覚の一種か?

違うよ。でもきみならあれに抗えるかも。

詳しいのか?

それって今言うべきこと?言ったでしょ、君は早くここから離れて。

ねぇ待って、君震えているの?

武者震いだ。

残りたいのなら好きにしろ。俺が躍るのが好きだって言ってたが、お前はどうなんだ……

歌手、お前は、お前は踊るのが好きか?

R……thin……
(骨肉や内臓がかみ砕かれる音)
(あいまいに音を鳴らしている)

好きよ!

本当に離れるつもりはないんだね、じゃあ、生き残れる自信はあるのかな、エーギルさん?

あるさ。

ここで見ててもいい?君の踊りが見たいの、海を真っ赤に染め上げる踊りが……

きみが踊ってヒュンヒュンってその剣を振りまくりところとか見たいな!ターンを回って、海水の上を滑るところとか!君があれに引き裂かれたりあるいはきみがあれを引き裂くところとか、きみの物語が始まりところとか終わるところとか……

自覚しているか、お前喋り出すと結構うるさいぞ。

知らない!まだマシなほうだよ!

だからさ、見ててもいいよね、エーギルさん!さっきあげたサインのお返しのつもりで、見物させてよ?

……

怖くないのなら、どうぞ見てってくれ。

観客がいることはいいことだ、それがどんな人であろうと。

ん?それともここではこう言うべきなのか――

――喜んでお見せしよう。

アハッ、その決め台詞なんだか全然しっくりこないね……まあどうであれ、絶対に生き残ってね、エーギルさん。

アタシにはわかる、あれがすっごく気になるんでしょ。だから生き残って。死なないで。

もちろん死にはしない。生き残ってお前のサインを持って帰って、俺の友だちにあげないといけないからな。

帰るって、イベリアに?

いや。イベリアと、祖先が離れなかった海の事は散々口にはしたが。

だがもしかしたら俺の故郷は、もうどこにもないのかもしれない。