

マリア
(装備は、装着完了っと。剣は……お姉ちゃんが昔使ってた訓練用の剣か、たぶんまだ使えるよね?)

マリア
(出発しよう……)


???
……

マリア
あ……マイナ叔父さん……

マイナ
なんだ、ニアール家はまだ恥をさらし足りていないと言うのか?

マリア
違うよ――!

マイナ
騎士競技か……部門の同僚から話を聞かされた。

マイナ
君に騎士競技の舞台は相応しくない、騎士競技もニアールの名には相応しくない。

マリア
……

マイナ
ゾフィアに言われて参加したのか?

マリア
違う!これは自分から――

マイナ
そうだろうな。ゾフィアはニアール家の陪侍だが、まがりなりにもあのビジネス茶番の一席を持っている……彼女も今では「騎士階級」か、フッ。

マイナ
だが、君はどうなんだ?

マリア
私は……私はただ守りたいだけ……

マイナ
たとえ貴族の身分を剥奪されようと、我らの信条は寸分も揺れ動くことはない、守られる必要などどこにもない。

マリア
そうだとしても……

マイナ
君に庇護される必要もさらさらない、マリア。

マイナ
マーガレットのようになるな、若さの至りで容易にその矜持を破ってしまうことなんぞ――

マイナ
――部長?

マイナ
お疲れ様です、ええ、はい、マイナです。

マイナ
どうかご安心くださいませ閣下、先ほどの会議にいかなる疑問がございましたらわたくしがお力に……はい?いえ、そんな、どうかご一考を……どうか、はい……

マイナ
いえ、確かにわたくしのミスでございます、閣下とはなんら関係はございません、後程修正したファイルをそちらにお送り致しますので……

マイナ
明日、ええ、明日には必ず……本当に申し訳ございません。

マイナ
いえ、どうか何卒ご一考を。ええ、必ず、はい、今後このようなミスは二度と犯しません、どうかお許しを……

マイナ
――マリア、この件についてはまた今度話そう、ちゃんと弁えていることを願うよ。

マリア
叔父さん……

マリア
いいえ……こんなところで揺さぶられている暇なんてない、ゾフィアとの約束時間に間に合わなくなっちゃう。


マリア
うわっ――!

ゾフィア
体勢を崩さない、リズムに気を付ける。

ゾフィア
ふぅ――

ゾフィア
十分間、一度も反撃してこなかったわよ。

マリア
くっ……片手だけで相手してくれるって言ってたくせに、ゾフィアが持ってる剣って最初から片手用じゃない!

ゾフィア
全力でかかればもう一方の手だって暇してないわよ、リターニア人の作戦方法を試してみたいのかしら?

マリア
各国の騎士にはそれぞれまったく異なる戦術を持ってるって聞いたけど……ゾフィアお姉さんはそんなこともできるの?イジメじゃん!?

ゾフィア
見よう見真似なだけよ、私だって何も準備せずにあの試合に負けたわけじゃないんだから。

マリア
叔母さん……?

ゾフィア
はぁ、とっくの昔の話よ、私ももう気にしてないわ。

ゾフィア
それよりあなたね……今の腕前じゃ、試合に出たとしてもコテンパンにやられておしまいよ。

マリア
うぅ……

ゾフィア
ほらほら、続けるわよ。

マリア
は、は~い、でももうちょっとだけ休ませてくれないかな、足がまだ震えて――

ゾフィア
この程度も耐えられないんだったら、諦めたほうがいいわよ。

マリア
くぅ――!わかったよ、さあ来い!

マリア
はぁ……はぁ……ど、どう?

ゾフィア
何がどうよ……もう立つこともままならないじゃない。

マリア
寝る時とご飯食べる時以外……基本的に……ずっと特訓してるじゃん、ゾフィアお姉さん……全然疲れたりしないの?

ゾフィア
……団体バトルロワイヤル戦を知ってる?

ゾフィア
騎士競技で一番盛り上がる種目よ、騎士団ことに代表を一人選んで、でもあなたは個人戦だから関係ないわ。

ゾフィア
選ばれた十人から数十人が巨大な人工競技場に集められ、甲冑に攻撃がヒットした回数分のポイントを獲得し、最後に競技ポイントに加算される。

ゾフィア
もちろん……もしタイムリミットまでに倒されたり、継戦能力を失えば即退場、ポイントはゼロよ。

マリア
……そ、それぐらい私だって知ってるよ……

ゾフィア
ふーん。じゃあバトルロワイヤルの試合時間がどれくらいあるかは知ってる?

マリア
……数時間とか?

ゾフィア
歴史上もっとも長かったバトルロワイヤルは、熱狂した観客と企業が次々とタイムを伸ばしたおかげで、まる一日続いたわ。

ゾフィア
騎士たちは檻に放り込まれたペンチビーストみたいに、どれだけ疲弊しても次から次へと立たされて、戦わせられた。

マリア
え……?

ゾフィア
それがまる一日続くのよ、退場になった選手は一文無し、ひどい傷も負った、ただ最後に残った三人が本選に出場できる資格と、十分なポイントを獲得しただけよ。

マリア
そ、そうなんだ……えっ、じゃあまる一日戦ってたった三人しか本選に出場できないの……

ゾフィア
最初の予選リーグのスポンサーがこういう競技タイプを持ち出したあと、真似する業者がオリジムシ以上に湧いてきた。

ゾフィア
そうね……確かにルールもへったくりもないと思うでしょ、でも悲しいのは、観客が気に入るのであれば、結果なんてどうだっていいのよ。

ゾフィア
だからせめてまる一日戦っても疲れない身体にに鍛えなさい!

マリア
――まる一日!?

ゾフィア
ふぅ……

ゾフィア
今日はこの辺にしておきしょう、少しは進歩したわね。

マリア
あ゛――

ゾフィア
動いたあとすぐ寝転がらないで、少しは歩くようにして、夜に何を食べたいかなどを考えなさい。

マリア
わ、わかった、ふんっ!足がプルプルする……!

ゾフィア
そりゃそうよ、あなたの足取りはまったくなっていなかったわ。

ゾフィア
レースは……期待しないほうがいいわね、もし有名な騎士団にレース専門のプロ選手がいたら、もうお手上げよ。

ゾフィア
だとしても、人工地形での機動性もとても重要なのよ。

ゾフィア
ただ……レース自体は装備頼りの種目だから、身体能力以外、こちらの装備につぎ込める資金なんてないのも事実……

ゾフィア
……聞いてるの?

マリア
あ――!そうだ!

ゾフィア
ん?

マリア
この前ジュークボックスを修理したとき、マーチンおじさんからレストランの割引券を二枚もらったから、あそこで晩ご飯を食べに行かない?

ゾフィア
あなたねぇ……

マリア
もう、そんなすぐ怒らないでよ、ゾフィアを労ってあげたいんだから……

ゾフィア
怒ってないわよ、じゃあいつ出発するの?

マリア
せっかく一緒に外食するんだから……せめてシャワーして着替えてからじゃない?

ゾフィア
そうね……でも食べ終わってもまだ続けるわよ、気を緩めすぎないように。

マリア
うん!

ゾフィア
……

ゾフィア
(マリアは明らかに進歩してる。ただ衝動的になってただけと思ってたけど……)

ゾフィア
(彼女本気らしいわね……普段のふるまいなんかよりよっぽど本気。私ですらこの訓練メニューはキツいと思う……本当は彼女に諦めさせるつもりだったけど。)

ゾフィア
(こんなに必死になってもまだ普段の気楽な様子でいられるなんて……ホント誰に似たのかしら。)

ゾフィア
(これは闘志と言えるのかしら……)

老騎士
この頃娘っ子二人とも見かけなくなってどのぐらい経つんだ?休憩時間ぐらいバーで休んでいいはずなのに、何を恥ずかしがっとるんだ。

老工匠
あれか、「籠り修行」が今の若い連中にも流行っとるんか?

老騎士
……そんなもんいつ流行ったんじゃ?

老工匠
わしの若い頃に流行っておった。

老騎士
騎士なんざそこらへんうろうろして鍛錬するもんじゃろ、籠って修行するやつなんざどこにいる?

老工匠
……チッ、トランスポーターを雇えてかつ移動手段にも困らない騎士様に世間の苦しみが分かるはずもない……お前にいい剣をやるために工房で過労死するところだったわい……

老騎士
なにをグチグチ言っておるんじゃ、言いたいことがあるんだったらはっきり言え、メソメソしおって、お前さんにケンカでビビるとでも思ってるのか?

老工匠
まだ自分が騎士様だと思っておるんか!?

老騎士
シッ!

老騎士
……聞こえたか……お嬢ちゃんたちが特訓してる音じゃ。

老工匠
聞こえとるわ!うむ、いい音じゃ、世間に流通してる訓練用の剣はどれも軽すぎる、あのゴミメーカーどもが手抜きばかりしおるからな。

老工匠
だがこの二本の音はなかなか鋭い、いや、なかなかいい音と言うべきじゃな……だがどっかで聞いたことがあるような音じゃな?

老騎士
年を取ったな。

老工匠
お前とやり合ってる暇なんざないわい、急ぐぞ!


老工匠
……まさか道に迷ったのか?いよいよボケてきたか?

老騎士
何を急いでおる!?ゾフィアの庭園が広すぎるんじゃ――敷地玄関の使用人にバイクを借りてくればよかったわい。

老工匠
バイクなんざ借りてどうする、ゾフィアの屋敷の雑草は湖畔の森より茂ってとるんじゃぞ、道があるとでも思うか?

老騎士
おい、足元に気をつけろ。

老工匠
うおっとっと――コケそうになったわい……なんだこれは?エンジンの蓋?庭園にエンジンの蓋じゃと??

ゾフィア
歩調を合わせて!呼吸を整える!

マリア
は、はい!

老工匠
ほう……基礎練習か。

老工匠
この一か月でまだ基礎練習をやっておるのか、どうやらかなりのポイントを逃してしまったらしいな。

老騎士
……コワル、お前さんこそボケとるんじゃないのか?

老工匠
あ!?

老騎士
基礎練習を一か月もやったのは正しい、だがマリアは何であれニアール家の娘だ……

老騎士
天馬の爺さんとマーガレットがいたとき、彼女がああいう「基礎練習」をしてこなかったとでも?

老工匠
あぁ……それもそうか。

老騎士
得意分野とか、身分階級とか、そんなもんは腹が膨れ上がった連中がわめくもんじゃ――

老騎士
――武芸を極める、それこそが真なるカジミエーシュの騎士たるものよ!

マリア
はぁ……はぁ……

ゾフィア
まだ止まっちゃダメ、勢いがついてきたところよ、次!

マリア
でも……もう本当に……

ゾフィア
そうかそうか、じゃあベッドで三日伏せる準備をすることね――!

マリア
――!

老騎士
(口笛を吹く)

老工匠
ほう、面白い剣さばきだな。

ハゲのマーチン
逆手技か、早いな、それに弱点もしっかり狙っている。これが特訓の成果か?

老工匠
……いつからここにいた?

ハゲのマーチン
ついさっき来たばかりだ。

ハゲのマーチン
フフ、目の前の光景を見ると、マーガレットがいた時を思い出す。

ゾフィア
……

ゾフィア
あなたさっきのは……

マリア
えっ?あぁ?なんか癖で……どうかしたの?

マリア
あれ……ゾフィアの剣は?

ゾフィア
あ、あなたに弾き飛ばされたわ……

マリア
……

ゾフィア
……

マリア
えぇ!?私が!?

ゾフィア
調子に乗らない!ただちょっと慢心してただけよ!

マリア
なんだぁ。ゾフィアにもやっぱり優しいときがあるんだね。

ゾフィア
チッ……

マリア
じゃあ……?

ゾフィア
……わかったわよ、約束するわ、はぁ、騎士競技に参加してもいいわよ。

マリア
ホントに?

ゾフィア
ただし引き続きコーチとして全日付き添うわよ。あなたの騎士競技への理解はあってないようなものだし……種目のスケジュール、ポイントの獲得、情報分析、ほかにも色々ある――

ゾフィア
――こらっ、寝転がらない!起きなさい!まだまだ準備が山ほどあるのよ!

マリア
えっ、えぇ……ちょっとぐらい、休憩しようよ……

マリア
……

ゾフィア
ちょっとなに寝てるのよ……!?