(装備は、装着完了っと。剣は……お姉ちゃんが昔使ってた訓練用の剣か、たぶんまだ使えるよね?)
(出発しよう……)
……
あ……マイナ叔父さん……
なんだ、ニアール家はまだ恥をさらし足りていないと言うのか?
違うよ――!
騎士競技か……部門の同僚から話を聞かされた。
君に騎士競技の舞台は相応しくない、騎士競技もニアールの名には相応しくない。
……
ゾフィアに言われて参加したのか?
違う!これは自分から――
そうだろうな。ゾフィアはニアール家の陪侍だが、まがりなりにもあのビジネス茶番の一席を持っている……彼女も今では「騎士階級」か、フッ。
だが、君はどうなんだ?
私は……私はただ守りたいだけ……
たとえ貴族の身分を剥奪されようと、我らの信条は寸分も揺れ動くことはない、守られる必要などどこにもない。
そうだとしても……
君に庇護される必要もさらさらない、マリア。
マーガレットのようになるな、若さの至りで容易にその矜持を破ってしまうことなんぞ――
(携帯のバイブが鳴る音)
――部長?
お疲れ様です、ええ、はい、マイナです。
どうかご安心くださいませ閣下、先ほどの会議にいかなる疑問がございましたらわたくしがお力に……はい?いえ、そんな、どうかご一考を……どうか、はい……
マイナはマリアを一瞥したあと、冷淡にも階上へと上がっていった。
いえ、確かにわたくしのミスでございます、閣下とはなんら関係はございません、後程修正したファイルをそちらにお送り致しますので……
明日、ええ、明日には必ず……本当に申し訳ございません。
いえ、どうか何卒ご一考を。ええ、必ず、はい、今後このようなミスは二度と犯しません、どうかお許しを……
――マリア、この件についてはまた今度話そう、ちゃんと弁えていることを願うよ。
(マイナが歩き去る足音)
叔父さん……
いいえ……こんなところで揺さぶられている暇なんてない、ゾフィアとの約束時間に間に合わなくなっちゃう。
(複数の斬撃音)
うわっ――!
体勢を崩さない、リズムに気を付ける。
ふぅ――
十分間、一度も反撃してこなかったわよ。
くっ……片手だけで相手してくれるって言ってたくせに、ゾフィアが持ってる剣って最初から片手用じゃない!
全力でかかればもう一方の手だって暇してないわよ、リターニア人の作戦方法を試してみたいのかしら?
各国の騎士にはそれぞれまったく異なる戦術を持ってるって聞いたけど……ゾフィアお姉さんはそんなこともできるの?イジメじゃん!?
見よう見真似なだけよ、私だって何も準備せずにあの試合に負けたわけじゃないんだから。
叔母さん……?
はぁ、とっくの昔の話よ、私ももう気にしてないわ。
それよりあなたね……今の腕前じゃ、試合に出たとしてもコテンパンにやられておしまいよ。
(複数の斬撃音)
うぅ……
ほらほら、続けるわよ。
は、は~い、でももうちょっとだけ休ませてくれないかな、足がまだ震えて――
この程度も耐えられないんだったら、諦めたほうがいいわよ。
くぅ――!わかったよ、さあ来い!
(斬撃音)
一日後
はぁ……はぁ……ど、どう?
何がどうよ……もう立つこともままならないじゃない。
寝る時とご飯食べる時以外……基本的に……ずっと特訓してるじゃん、ゾフィアお姉さん……全然疲れたりしないの?
……団体バトルロワイヤル戦を知ってる?
騎士競技で一番盛り上がる種目よ、騎士団ことに代表を一人選んで、でもあなたは個人戦だから関係ないわ。
選ばれた十人から数十人が巨大な人工競技場に集められ、甲冑に攻撃がヒットした回数分のポイントを獲得し、最後に競技ポイントに加算される。
もちろん……もしタイムリミットまでに倒されたり、継戦能力を失えば即退場、ポイントはゼロよ。
……そ、それぐらい私だって知ってるよ……
ふーん。じゃあバトルロワイヤルの試合時間がどれくらいあるかは知ってる?
……数時間とか?
歴史上もっとも長かったバトルロワイヤルは、熱狂した観客と企業が次々とタイムを伸ばしたおかげで、まる一日続いたわ。
騎士たちは檻に放り込まれたペンチビーストみたいに、どれだけ疲弊しても次から次へと立たされて、戦わせられた。
え……?
それがまる一日続くのよ、退場になった選手は一文無し、ひどい傷も負った、ただ最後に残った三人が本選に出場できる資格と、十分なポイントを獲得しただけよ。
そ、そうなんだ……えっ、じゃあまる一日戦ってたった三人しか本選に出場できないの……
最初の予選リーグのスポンサーがこういう競技タイプを持ち出したあと、真似する業者がオリジムシ以上に湧いてきた。
そうね……確かにルールもへったくりもないと思うでしょ、でも悲しいのは、観客が気に入るのであれば、結果なんてどうだっていいのよ。
だからせめてまる一日戦っても疲れない身体にに鍛えなさい!
――まる一日!?
一週間後
(斬撃音)
ふぅ……
今日はこの辺にしておきしょう、少しは進歩したわね。
あ゛――
動いたあとすぐ寝転がらないで、少しは歩くようにして、夜に何を食べたいかなどを考えなさい。
わ、わかった、ふんっ!足がプルプルする……!
そりゃそうよ、あなたの足取りはまったくなっていなかったわ。
レースは……期待しないほうがいいわね、もし有名な騎士団にレース専門のプロ選手がいたら、もうお手上げよ。
だとしても、人工地形での機動性もとても重要なのよ。
ただ……レース自体は装備頼りの種目だから、身体能力以外、こちらの装備につぎ込める資金なんてないのも事実……
……聞いてるの?
あ――!そうだ!
ん?
この前ジュークボックスを修理したとき、マーチンおじさんからレストランの割引券を二枚もらったから、あそこで晩ご飯を食べに行かない?
あなたねぇ……
もう、そんなすぐ怒らないでよ、ゾフィアを労ってあげたいんだから……
怒ってないわよ、じゃあいつ出発するの?
せっかく一緒に外食するんだから……せめてシャワーして着替えてからじゃない?
そうね……でも食べ終わってもまだ続けるわよ、気を緩めすぎないように。
うん!
(マリアが走り去っていく足音)
……
(マリアは明らかに進歩してる。ただ衝動的になってただけと思ってたけど……)
(彼女本気らしいわね……普段のふるまいなんかよりよっぽど本気。私ですらこの訓練メニューはキツいと思う……本当は彼女に諦めさせるつもりだったけど。)
(こんなに必死になってもまだ普段の気楽な様子でいられるなんて……ホント誰に似たのかしら。)
(これは闘志と言えるのかしら……)
ゾフィアは顔を上げ、草花が茂る庭園よりはるか遠くに聳え立つ、ビル群と、煌めくライトを眺めた。
自分を欺くかのように、彼女はこっそりと今まで使ってこなかったもう一方の手で剣の柄を撫でた。
剣が鞘から抜かれる前に、筋肉の激痛が腰から腕に伝った、予想していたのか、知覚が失う前に、彼女はそっと手を下ろした。
三週間後
この頃娘っ子二人とも見かけなくなってどのぐらい経つんだ?休憩時間ぐらいバーで休んでいいはずなのに、何を恥ずかしがっとるんだ。
あれか、「籠り修行」が今の若い連中にも流行っとるんか?
……そんなもんいつ流行ったんじゃ?
わしの若い頃に流行っておった。
騎士なんざそこらへんうろうろして鍛錬するもんじゃろ、籠って修行するやつなんざどこにいる?
……チッ、トランスポーターを雇えてかつ移動手段にも困らない騎士様に世間の苦しみが分かるはずもない……お前にいい剣をやるために工房で過労死するところだったわい……
なにをグチグチ言っておるんじゃ、言いたいことがあるんだったらはっきり言え、メソメソしおって、お前さんにケンカでビビるとでも思ってるのか?
まだ自分が騎士様だと思っておるんか!?
(斬撃音)
シッ!
……聞こえたか……お嬢ちゃんたちが特訓してる音じゃ。
聞こえとるわ!うむ、いい音じゃ、世間に流通してる訓練用の剣はどれも軽すぎる、あのゴミメーカーどもが手抜きばかりしおるからな。
だがこの二本の音はなかなか鋭い、いや、なかなかいい音と言うべきじゃな……だがどっかで聞いたことがあるような音じゃな?
年を取ったな。
お前とやり合ってる暇なんざないわい、急ぐぞ!
……まさか道に迷ったのか?いよいよボケてきたか?
何を急いでおる!?ゾフィアの庭園が広すぎるんじゃ――敷地玄関の使用人にバイクを借りてくればよかったわい。
バイクなんざ借りてどうする、ゾフィアの屋敷の雑草は湖畔の森より茂ってとるんじゃぞ、道があるとでも思うか?
おい、足元に気をつけろ。
うおっとっと――コケそうになったわい……なんだこれは?エンジンの蓋?庭園にエンジンの蓋じゃと??
歩調を合わせて!呼吸を整える!
は、はい!
(斬撃音)
ほう……基礎練習か。
この一か月でまだ基礎練習をやっておるのか、どうやらかなりのポイントを逃してしまったらしいな。
……コワル、お前さんこそボケとるんじゃないのか?
あ!?
基礎練習を一か月もやったのは正しい、だがマリアは何であれニアール家の娘だ……
天馬の爺さんとマーガレットがいたとき、彼女がああいう「基礎練習」をしてこなかったとでも?
あぁ……それもそうか。
得意分野とか、身分階級とか、そんなもんは腹が膨れ上がった連中がわめくもんじゃ――
――武芸を極める、それこそが真なるカジミエーシュの騎士たるものよ!
(斬撃音)
はぁ……はぁ……
まだ止まっちゃダメ、勢いがついてきたところよ、次!
でも……もう本当に……
そうかそうか、じゃあベッドで三日伏せる準備をすることね――!
――!
(斬撃音)
(口笛を吹く)
ほう、面白い剣さばきだな。
逆手技か、早いな、それに弱点もしっかり狙っている。これが特訓の成果か?
……いつからここにいた?
ついさっき来たばかりだ。
フフ、目の前の光景を見ると、マーガレットがいた時を思い出す。
(斬撃音)
……
あなたさっきのは……
えっ?あぁ?なんか癖で……どうかしたの?
あれ……ゾフィアの剣は?
あ、あなたに弾き飛ばされたわ……
……
……
えぇ!?私が!?
調子に乗らない!ただちょっと慢心してただけよ!
なんだぁ。ゾフィアにもやっぱり優しいときがあるんだね。
チッ……
じゃあ……?
……わかったわよ、約束するわ、はぁ、騎士競技に参加してもいいわよ。
ホントに?
ただし引き続きコーチとして全日付き添うわよ。あなたの騎士競技への理解はあってないようなものだし……種目のスケジュール、ポイントの獲得、情報分析、ほかにも色々ある――
――こらっ、寝転がらない!起きなさい!まだまだ準備が山ほどあるのよ!
えっ、えぇ……ちょっとぐらい、休憩しようよ……
……
ちょっとなに寝てるのよ……!?