へい!へい!へい!
試合開始前、こんな結果を予想できたやつなんていただろうか――その名を轟かせたニアール家とプラスチックナイトとの対決に、一体誰がこんな結果を予想できただろうか!
マリア・ニアール!ニアールの名を受け継ぐこの小さな乙女が、なんと――!
シェブチックに圧倒され抑え込まれている!まっ――たく手の出しようがな――い!
そんなんじゃダメだ!ニアール!その名のために、ここにいる観客がどれだけの金銭を注ぎ込んだと思っているんだ!?
あっ、なんだって?オッズは実はそんなに高くない?おいおい、少しはニアールを信用しようぜ!この可愛らしいお顔に値が張れないってのか!?
(歓声と斬撃音)
くっ――!
ゾフィアの手ほどきに耀騎士の妹だというのに、お前の実力はそんなものか……?
失望した。
(斬撃音)
さすがはクスザイツ騎士団の古株、人工地形とスピードの優勢を活かしてる、オレたちの可哀そうなポニーちゃんはどこに逃げられなくなってしまった!
ステップを止めて!再び射撃!そしてまた高速移動!これこそが「プラスチックリズム」だぁ!
(か、彼の動きがまったく見えない!どうして?ゾフィアの動くより遅いはずなのに――)
(止まった、攻撃を防がないと――!)
(射撃音)
遅い!
(斬撃音)
――マリア!左!
(斬撃音)
なっ――うわっ!
シェブチック、壁を走りながらの見事な連続射撃!ふぅ、もしさっきの射殺で事故でも起こったら、生放送を切らないといけないところだったぜ、危ねぇ危ねぇ!
試合開始から今まで数回ヒットしてもなおまったく損傷してない堅牢なアーマーが、まだこれほどの身軽な動きをこなしてくれるとは!まったく驚きだぜ!
ご覧頂けたかい!これこそがクスザイツ警備の最新商品!Jack2特殊高性能可塑化ゲルだ!
こんな人気商品が嫌いなヤツなんて果たしているのか!?おっと心配いらねぇぜ、現在競技場受付フロントで5%割引券を配布中だ!見逃さないでくれよな!
あれが……ニアール?
待て、あれが本当に耀騎士の妹なのか?
……なによ、ガッカリでもしちゃった?
いや……こんなことでガッカリするわけないだろ。そういうお前はどうなんだ?
アタシ?まぁ……もうちょっと様子見かな、チケットだって買っちゃったわけだし。
私はここが嫌いだ……モブも相変わらずイライラする。
ここのいる連中も気持ちを適当に煽られただけで波みたいに滾りやがる……それとこの広告もだ、こんな広告を見て買うヤツなんざ本当にいるのか?
いるでしょ。
それに人の思考を停止させて場の流れに従わせる、それこそが「騎士競技」がもっとも得意とすることじゃん?
ねぇ、あそこを見て、ステージで一番近い客席、「ウィスラッシュ」のゾフィアだわ。
そいつだけじゃない。あそこにも数人……全員名のある騎士だ。
……残りはおよそ10分ってとこか。
お前は運がいい、時間を延ばす要求がなかったら――今頃とっくに土下座して許しを乞いていたところだ。
――くっ!
サレンダーしろ、ニアール家の小娘。
お前はここのルールを何もわかっちゃいない、お前の四肢が俺の矢に尽く貫かれない限り、審判員はストップをかけないからな。
だがそこまでする必要はない、だから諦めろ。
いやだ、諦めるわけにはいかない……!
往生際の悪いヤツめ……お前は目つきだけならあいつと似てるが、ほかは何も似ていないというのに。
そうかい……ならあとどれぐらいもつか見せてもらおうか。
――!
実戦と訓練はまったく違うのよ。
こんな平坦な場所で、お行儀よくあなたと真正面から対決してくれる相手なんていないわよ。
それに選手ごとの装備、武器、戦い方、毎試合まったく異なる地形、トラップ、場外の支援道具……これらすべてが勝敗に影響するのよ。
情報収集が大事ってことかな……
その通り、問題はそこでもあるわ、あなたにこんな短時間でカジミエーシュ騎士一人一人の弱点を覚えるなんて不可能よ、それにその全員があなたを狙っている可能性もある。
うわぁ……
騎士競技に万能戦術なんてものは存在しないわ、通用する方法があるとすれば……
優劣を活かすこと――もしくはこう言うべきね、全力でかかること。
えっとぁ……それってつまり、方法はないってこと?
(ゾフィアがマリアを叩く音)
痛ッ!
観察して、考えるのよ。方法なんてものは、いつだって困難を目の前にして万全に用意できるようなものじゃないのよ。
極短い時間内で状況を分析して、それ相応の判断を下して反応する、これが簡単に思える?
――左!
(斬撃音)
つくづく運のいいヤツめ……
おおっと!?ニアールジュニアが初めて反撃を――いや、シェブチックの攻撃を防いだだけで反撃とまではいかないか!
投票数に変化はない!シェブチックが依然――圧倒的――優勢だ!
(大歓声)
観察して、考える。
マリア――
お前には天馬の瞳がある。
(騎士アーマー――Jack2?)
(クスザイツ警備の十三種類の商品にそんなタイプのものはなかった――)
……守りに入って攻めを待つつもりか?愚かな!
(射撃音)
多くの煙塵を引き連れた矢が、マリアの髪の間をすり抜けていった。
(動力の増加、いや、もっと派手な……でもこのタイプって……)
……試してみるか。
突撃した!木偶の坊みたいに「プラスチック」のシェブチックに弄ばれ続けてきたニアールジュニアが、初めて突撃を敢行した!
隙間で燃える炎と人工の氷霜を避けた、素早い、素早いぞ――一方シェブチックが顔色を変えずにその場で立ち尽くしたぞ!正面から雌雄を決するつもりか!?
剣使いの騎士と真正面からやりあうボウガン使いがいるわけねぇだろ――
逃げるな――!
逃げなどしない!
(射撃音)
交差する刹那、怒涛の矢の雨、頬に刺すような痛みを感じてもなお、マリアは剣を抜かなかった。
彼女は敵の甲冑を手で抑え空高く飛んだ、シェブチックはこの突撃がこれほど「優しい」とは思いもしなかった――
掌に感じる温度、低く唸る轟きに、不自然な煙――
なんだ?なんだぁ!?ここで騎士競技が見れるばかりか、雑技ショーも見れるなんて誰が予想できただろうか!?
やっとシェブチックに近づけたマリアだが、剣を一度たりとも抜かなかった!これはニアールジュニアの挑発なのか?
……剣を抜かなかったのではなく、抜けなかったのよ、あれを避けなければ、左腕はもう使い物にはならなくなってたはずよ。
プラスチックのおもちゃが時間をなるべく伸ばして、ショーの盛り上がりで報酬を得ていると言えばいいかしら……チッ。
(大歓声)
マリア……
お前……何をした?
(大歓声)
アチチ……シェブチックさん。
クスザイツ警備会社はその新アーマーの放熱機能を考慮しなかったのですか?
(高性能で、身軽……ヴィクトリアトップクラスの工芸の模造品か、それにクルビアの源石強化骨格スーツ技術……もある。)
(何かしらの技術的難点があった……いや、おそらくは見た目のためにラジエーターを放棄した……)
(だとしたら、限界はあと――どのくらいだろ?)
(高速移動――射撃――高速移動――射撃、行動パターンを理解できても彼の動きには追いつけなかった。)
(違う、高速移動して、止まってから、射撃してた……ちょっと待って?)
少しばかり間が空いてしまったが、両者ともに再び態勢を整えた!距離が開かれ、リズムが再び元に――いや待った!
マリアが躊躇なく突っ込んでいった!最初はシェブチックのステップに追いついた!しかし!しかしスピードには依然と大きな差が!
……しつこいヤツだ、スピードで劣勢のときに最も忌むべきことは追われることだと、「ウィスラッシュ」から教わらなかったのか?
見事なステップと、ターンを経て、シェブチックは一瞬にしてボウガンの弦を引き上げた。
(今だ!)
(マリアがアーツを発動させる音)
光だ!突如光が現れて場内を眩しく照らし始めたぞ――ここでみんなにレイジアンシリーズの最新サングラスをご紹介しよう!
(え?ライバル品の広告だって?金さえ入ればなんだっていいだろ!)
うわっ――!
攻撃してこないだと――一体なにが――
(射撃してこない、移動もしてない!もう一回!)
はぁ!
(斬撃音)
――
防いだ!ボウガン使いのシェブチックが傷一つ付けずにマリアの全力の一撃を防いだ!
ニアールジュニア、マリア、もはやこれまでか!
(やっぱりそうだ!)
やはりそのアーツはコケ脅しか……そんなものを放っての意味がある?お前の最期のチャンスだったんだぞ。
シェブチックさん、その強制冷却装置は本当に試合で使用するのに適しているんですか?
こんなに早く見破られるとは驚きだ……お前は工匠になったほうがお似合いだ、騎士ではなく。
――シェブチックさん、あなたはとても強い騎士です、スピードも、テクニックも唸るほどの。
でもとても残念です、どうやらあなたは企業の商品テスターに成り下がる事を選択したようですね。
……お前には関係ない話だ、クスザイツ警備の技術を舐めるな。
――そうですか。
おおっとぉ!?マリアが自分から距離を空けたぞ、一体どういうことだ!?そんで二人ともついさっきコソコソ話もしていたぞ!?
観客たちも気になるよなぁ、だから騎士たちにマイクを付けようと言ったんだ――彼らの針まみれの対話が気にならないヤツがどこにいる!?
わお、場が混乱し始めたわね。
マリア・ニアール……何かに気づいたようだぞ。
そうみたいね。まあいいんじゃない、単純な力比べより、アタシら騎士は本来もっとオツムを働かせたほうがいいのよ。
くだらんことばかりしやがって……!
ステップを止めて!射撃!シェブチックが再びハンティングを始めた――いや待て!マリアが地面の障害物を避け、再びシェブチックに向かって突撃し始めた――!
なに!?
しかしシェブチック!一歩たりとも後ずさりせず!またさっきみたいに受け止めるつもりなのか!?
※警報※チッ!このクソ冷却装置が――!
ごめんなさい!
調子に乗るなぁ!
(斬撃音)
ぐっ!?
剣使いの騎士と真正面でやりあうボウガン使いがどこにいるって――さっき言いましたよね!
(打撃音と斬撃音)
(まだ冷却が完了していない、距離を空けなければ!)
どけ!
シェブチック――!なんてテクニックだ!ボウガンの差し込みナイフだけで完璧に攻撃を防いだぞ!
マリアは目を閉じた。
過去無数に目にしたこの動きを、彼女は真似していた、この動きを真似していたのだ。
長い長い間真似していたのだ。
あっ……思い出した……
あの逆手技の動きって……マーガレットがチャンピオンになった時の……
(斬撃音)
貴様……
そんな……バカな……
はぁ――
い、いてて……
(大歓声)
――こ、こんな結末誰が予想できただろうか!
さっきまで圧倒的優勢だったシェブチックが、たったの一撃――たったの一撃で意識を失ってしまったぞ!問答無用、マリアの勝利だ!
でもよ、一体何をしたんだ!まさかかつての奇跡の決勝戦のように!マリア・ニアール、本当の実力を隠していたというのか!?
ほうほうほう、結構いい戦いっぷりじゃない?
……行くぞ。
もう見ないの?
もう見るものなんてない、戻って自分の武器をメンテナンスしたほうがよっぽど有益だ、ほかの連中に揚げ足を取られるのはゴメンだからな。
ハハハ、それもそっか、ちょっと待ってよ!
マリア……本当にできたのね。
……でも喜ぶべきことなのかしら?
(おい!ここは解説室だぞ!早く出てけ!)
しー、お静かに、観客たちに聞こえてはなりませんよ……観客からはこの位置は見えませんので、ご安心を。
ミスターパヴェルから言伝しに参っただけです……
パ……お前、総裁の名前を直接……何をご所望だ?
どうやらシェブチックは腕前不足で競技に負けてしまったようですね、クスザイツ警備の期待にも外れてしまいました、残念です。
つまり……
しー……どういったことなら、口に出していいか、出してはならないかは、ご自分でもご存じのはず。
さあ、観客たちがお待ちですよ。
へい――!へい!
この場のオッズと票数を見れば、とんでもねぇ番狂わせなのは疑いの余地もねぇ!今回の試合は今後数日の中心話題になること間違いなしだ!
通り名を持たない独立騎士がなんとクスザイツ騎士団の大先鋒を打ち破った!どうやらマリア・ニアールのアーツは舐めちゃいけねぇようだ、彼女は自分の実力で「プラスチック」のシェブチックに勝った!
シェブチックが新人相手に慢心したのか?それとも試合で二人が交わした話内容が勝敗を決したのだろうか?
あーあ、だから騎士にマイクを付けようぜってあれほど言ったのに――
しか――し!たとえどんな言い訳を言おうがもう遅い!本日一試合目の結果を光栄にもこのオレが発表しよう!
勝者は――マリア・ニアール!!