乾杯――!
一回戦突破おめでとうお嬢ちゃん、見事な戦いっぷりじゃったぞ、今のフォーゲルよりよっぽど強いわい!
確かにわしよりは強くなった――だがお前さんに言われたくないわ!
ああ!?
(殴り合い)
また始まった……ちょっと、隣のお客さんの迷惑にならないようにね。
あはは……また腕相撲が始まっちゃった……
いい戦いっぷりだったぞ、マリア、この一杯はお前のために。
あっ……ありがとうございます!
あの状況の中でもシェブチックの弱点を見つけ出して、しかも一撃でノックアウトしたんだ、大したもんだよ。
20分近く続いた戦闘で、ずっと劣勢に立たされていたマリアが会心の一撃で逆転勝利の方法を見つけ出せたとはな――
――本当にすばらしい。
そ、そんなことないよぉ……もし彼が欠陥タイプのアーマーを着ていなかったら、本当に手の出しようがなかったと思う……
今までJack2タイプの商品なんて聞いたこともなかった……冷却システムがアーマーをごく短時間で機能不全にしてしまうんだ、あんなのただの試作品だよ。
――だがシェブチックは経験豊富な競技騎士だ、珍しいことでもない、彼も宣伝品の欠点をうまく隠していた。
あまり謙虚になりすぎなくてもいい、こう言っちゃ悪いが、騎士競技というのは元来から結果論なんだよ。
わ、わかった……
……マリア!
はいぃ!
喜ぶにはまだ早いわよ!
はい!
常に気持ちの抑制を心掛けなさい――平常心を保つだけではなく、積極的に反省して、積極的に気持ちを落ち着かせること……
……自責や自己満足というものはね、自分に備わっていないほど、危険なのよ、勝利にもとらされる影響も自分では意識できないほど大きいのよ……
それにその油断……こそが……思考を麻痺させるのよ!
わ、わかりました!
……叔母さん?もしかして酔ってるの?
酔ってない!それに叔母さんって呼ぶんじゃない!
――わしの勝ちじゃ!!
ちくしょう、コワルめ、半年前よりガッチリしてるだと!?
配管修理の賜物よ、不服か?
チッ……
コワルおじさん、フォーゲルヴァイデおじさん、ゾフィアお姉さんのあれって?
マリア……叔母さんって呼ぶんじゃないわよ……
おや……本当に酔ってるとは、珍しいな。
よ……酔ってなんかないわよ!
わかったわかった!マリア、叔母さんを後ろのソファーで寝かせてやれ。
えっ……わ、わかった、叔母さん……ちょっと足上げてもらえるかな……
叔母さんじゃない!
「ウィスラッシュ」のゾフィアもここでは「ナズドローヴィエ」のゾフィアって通り名があったな……まあわしよりは弱いがな。
はいはいはい、「万両」のフルーテン、炎国人と飲み比べたのがそんなに誇らしいのか?若い娘と酒比べなんて、シワだらけの顔しておいて恥ずかしくないのか?
彼女もプレッシャーが大きいんだ……初めてコーチとしてステージと睨めっこしていたからな、それにあのビッグマウスのモブのくどい解説を聞きながらだ。
懐かしいな……はぁ、マリアが勝ってからこんな調子でウルとしてしまう、オレも歳を取ったのかな?
何を言っておるんじゃ?わしらは同輩じゃろうが?
なら本当に歳を取ったな。
なぁ。
……ああ、ゾフィアが初めて出陣して、どのくらい経った?十二年?十五年?
お前さんが老いたのは知っておる、正確な日にちなども忘れた、しかしゾフィアはそんなに歳食ってないだろうが……
たぶん九年前だろう。血騎士、耀騎士、黒騎士……前三回の時じゃな。
黒騎士……あのキャプリニーか、もうすっかり前世紀の名前と思っていたよ。
そのさらに前三回大会は全部彼女が獲ったからな。メディア連中もよく彼女を「時代の指標」と揶揄しておった。
あっ、それって前代未聞の三連覇のことだよね?
ああ、普通の騎士はそんな広義的な封号は使わん、でないと必ず誰かと被ってしまう、呼ぶにも厄介じゃからな。
しかしあのリターニアの女は、確かに「黒」という封号を勝ち取るに相応しかった、彼女はバケモノそのものじゃ。
噂によると国外のある財閥に混じったとかなんとか、チッチッチ……
あんなもん騎士とは呼べん……呼んでたまるか。
そ、そうなんだ……
マリア、ゾフィアはお前さんに自分の競技人生を語ったことはあるか?
ううん、トーナメントでの映像とか記録は残ってるけど、本人からは一度も聞かされてないかな……
確か、当時ゾフィアがトップ16からトップ8に上がる試合の時に……
そう、大怪我を負ってしまった。
相手はあの「クレバス」という騎士じゃ、ハッ、そういえばそいつは今年参加しておるのか?
……
……おい!なんじゃなんじゃ、せっかくのお祝いパーティーがお通夜みたいになっとるではないか?
思い出したところでいいものでもないだろ、だったら思い返すな!
私……私も知りたい……
今回は運よく勝てたけど、でもゾフィアお姉さん……なんだか嬉しくなさそうだった……さっきからあんまり喋らずに、ずっとお酒ばっかり飲んでたし。
彼女きっと私のために色々考えてくれてるんだと思う、私も彼女の期待に応えたい……ゾフィアの過去が知りたい、ゾフィアが何を思っているのかが知りたい。
そうか……そういうところは姉にそっくりだじゃな。
私?
ああ、いつも良からぬことを素早く察知して、良くしようとしたところとかな。
最後のあの技、ゾフィアから教わったのか?
う、ううん、実は――
マーガレットを真似したんだろ?
えっ?あっ、うん……やっぱり分かりやすかった?
ハハハ、そりゃもちろんよ、お前たち姉妹はそっくりだからな、あの日を忘れることはないよ。
最年少のチャンピオン、耀騎士の奇跡。あの子は自分の力だけであそこまで行ったんだからな。
表ではそんなはっきりと出さないが、ゾフィアだって実はとてもマーガレットのことを羨ましく思っているんだ。
本来はあの子の付き添いってだけなのに、負けん気が強くなってしまい、オレらみたいな老いぼれのところに剣を教わりに来たんだ……
試合に参加して、勝って、トーナメントに入った……しかし最初から最後まで、一社からもスポンサーの打診が来なかったし、彼女も他人に弱音を吐かなかった。
フフッ……オレが昔知り合った小さい会社にお願いしに行っても、彼女は頑なに拒否してたな。
……あんな連中はゴミ同然、断ったほうがマシじゃ。
お前さんは黙っておれ、だからゾフィアはあんな「クレバス」みたいな連中に負けてしまったんじゃ。
叔母さんにそんな過去が……?
マリア、お前はまだ騎士競技がどれだけ金任せの競技かは知らないんだ……武器や装備の差ってのは勝敗に関わるとても大きな要素なんだ。
シェブチックがお前に負けたのは、おそらくヤツがあの欠陥設計のアーマーを無理に着たおかげだろうが――
だがもし、ヤツがまったく綻びず、しかもより高性能な騎士アーマーを装着していたら、お前はどうする?お前はヤツに勝てたか?
私は……
……たぶん勝てない……
ゾフィアはそういう相手と対峙したんだ、完璧な甲冑と、武器、しかも後方支援付き、差は歴然だった。
ゾフィアは自分で作った装備を着て、自分で磨き上げた技で挑み、自分で必死に人脈をかき集めた、彼女は孤立無援でも必死に戦ったんだ。
……はぁ。
オレたちは彼女に何もしてやれなかった、彼女が傷を負って、退場するのをただ見ることしかできなかった。
オレたちには何ができるんだ?
マーチンおじさん……
少なくともお前はゾフィアと一緒にこのお嬢ちゃんを育てることはできる、マーチン。
ハハハ、腕一本失ったゾフィアにケガを負わせてしまった老いぼれのマーチンにマリアが教えを乞うはずがあるか?
いや――そんなことないよ!私ずっとみんなのこと尊敬してるよ!ホント!
ん?お前ら以外にほかの客が来るとは、珍しいな……
(扉が開く音)
いやそれだといつか潰れてしまうぞ。
……えっとぉ。
そのぉ……騎士のマリア・ニアール閣下でございますか?
あ……はい。
お会いできて光栄です、マリア閣下、今お時間よろしいでしょうか?
大丈夫ですよ、何でしょうか?
ありがとうございます、わたくしスヴォーマ社の代表の代理人を務めている者でして……こちらわたくしの名刺でございます……騎士閣下のお目を通して頂ければ。
突然で申し訳ありません、以前弊社代表がそちらのお宅に招待状を送ったのですがお返事が来なかったので、やむを得ず、このような突然の訪問に参った次第です。
あー……お家はそのぉ……大丈夫です、たぶん……郵便箱にトラブルでも起こったんでしょう、あはは……
左様でございましたか、弊社がスポンサーを務めさせて頂いてる「ムーンクラウド」騎士団の団長が先ほどの閣下がミスターシェブチックとの試合で披露された戦闘をとてもお気に召されまして。
閣下が未だ無所属と知り、すぐさま商務部門と連絡し、ぜひ閣下に入団して頂きたくご商談に参った次第です……
……入団?
ええ……実は、スヴォーマ社の代表取締役もぜひマリア・ニアール閣下に加盟して頂きたいと思っていまして……
(コワル、スヴォーマ社ってあの稲のマークの食品会社ではなかったか?)
(自分でさっき食ったクッキーの裏のスタンプを見ればいいだろうが、ボケジジイが。)
(「ムーンクラウド」と言えば百強騎士団の一つ……しかし競技ではなく、広告やスポンサーでやりくりしているつまらん商人企業ではないか……)
もちろんこれだけではございません、マルテカジミエーシュ本部の宣伝部門の承認も得ています、もしマリア・ニアール閣下が頷いて頂きさえすれば、スヴォーマ社が共同スポンサーしている騎士団も大いに発展すること間違いなしでございます……
マ、マルテって……あのマルテ?
左様でございます、もしいかなる疑問がございましたら、いつでもわたくしにご連絡いただければ……
うぅん……まさか酒で寝てしまうなんて……私どのくらい寝てた?
あっ、ゾフィアお姉さん、起きたんだね。
そんなに経ってないよ、10分ちょっとかな……
こうしちゃいられないわ、トーナメント前のポイントを逆算しないと、絶対今月までに――ん?
……ゾフィア?あ、あなたなのですか?
あらあなた。憶えているわ、確かあの時の若いマネージャーの……
いえいえ……もう違います、今の私は……スヴォーマのパシリをやっているただのしがいない従卒にすぎません……
なるほどそうでしたか、マリア閣下のコーチは騎士ウィスラッシュだったとは、いやはやますます上々でごいます。
「ムーンクラウド」騎士団のメンバーはみなお二人方のようなお若い方たちばかりでして、単純な戦闘よりも、企業の商務部がほかに様々な方法で皆さまの価値を輝かせられる方法がございます……
それってなんだか……
……つまりスターとか、アイドル、ネットの人気者になるってことよ、誰もあなたの競技成績なんて気にしないし、あなたの顔を見ただけで、大金を出してくれる人たちがいるってこと。
そんなのアリ……?
マーケットとはそういうものよ、予算の九割を使ってアンバサダーを雇って、金を巻き上げるターゲットを見つけて、誇張で嘘まみれな広告を出す……
シンプルで、しかもあなたが思ってる以上に効果的なのよ。どっちに問題があるかなんてあなたには分からないでしょうね。
……分かりやすく言えば、その通りでございます。ただスヴォーマ社は商業連合会を代表して閣下への承認も出しておりますので、閣下は同じように騎士勲位と封号をお受け取りできます……
……どうするの?
そんな急に言われても、私……
正直に言うと……受けてもいいのよ、マリア。
え?
傷を負わなくてもニアール家の貴族地位を保つことができるのよ、もってこいじゃない?もしかしたら来年には我が家の裏庭よりもっと広いのが買えるかもよ?
ゾフィアお姉さんの裏庭ですらあんな風なのに、私がそれ以上に広いの買ったとしても、ただの雑草園になっちゃうよ……
なにか?
な、なんでもないです。
今ここでマリア閣下が頷いて頂ければ、すぐに計り知れない価値の契約にサインして頂けます、この点に関してはどうかご安心くださいませ。
……
その……
ごめんなさい……私ニアール家の家紋を企業の付属品にしたくないんです。それに少なくとも、自分の実力でのし上がりたいんです……
……えっ?
マリア?
うん、ゾフィアお姉さん、分かってる。
マイナ叔父さんのやり方は好きじゃないけど、でもお姉ちゃんとお爺ちゃんの意志を無意味なものにしたくない。
だから……ごめんなさい、私はあなたが差し出してくれた道には相応しくないと思います……
……その……閣下がそのようなご判断を出されたのは、確かに予想外ではありますが……
し、しかし、商業連合会は閣下のためにほかにも色んな契約を用意して頂いております――その――こちらにもお目を通して頂ければと
……商業連合会が?そういうのは協会の仕事では?
えっと……お、お分かり頂けましたか?これも主席執行官がどうしてもあなた様に加盟して頂きたい理由でございまして……
……
うーん……でも、ごめんなさい、丁重にお断りさせてください。
そ、そうですか、しかと耳に、ええ、お断りのお言葉を……えっと……
その、ゾフィア閣下、マリア閣下……今からは公務外の話ですので、お二方にどうか一言言わせてください……
えっと、歯が震えていますけど……な、泣かないでくださいね?断っただけでそんな深刻そうにしなくてもいいんじゃなの……?
えっ、い、いえ、ただ、もし今後お二方のもとを訪ねてくる人が来たら、特にマリア閣下と商談したいと言う人が来たら、どうか――
――どうかご考慮のうえご加入して頂きたい!どうか!わたくしたちにとっても大変重要なことですので……
で、では、粗相をしてしまう前、失礼致します……
(企業職員が店を出ていく足音)
ほかの企業のためを思って言うヤツもいるのか……奇怪なヤツじゃ。
ああ……変なやつじゃ。
……マリア、次の試合はいつ?
三日後です。
相手は誰?協会からお知らせは来てる?
えっと……まだ来てないような?
帰りましょう、マリア、今回の戦闘で、まだまだ矯正しないといけないところが山ほどあるわよ。
もう帰るのか?パーティーもまだちゃんと祝ってないぞ!
コワル、行かせてやれ。
ゾフィア、無茶させないように。
――分かってるわ、行くわよ、マリア。
分かった、ってちょっと待ってよ――!
……イングラ?あの「ラスティーコッパー」のイングラが?国民院がまた彼を放免したのですか?
さすがは大企業お抱えの騎士……彼に障害を負わせられたヴィクトリア人たちはさぞお怒りでしょうね。
しかし……タイミングとしてはちょうど良い。
レディース&、ジェントルメーン!
保障も、ルールも、制限もなし!
ここには甲冑を身に着けた二人の騎士と一つステージ以外、余分なものなど一切ない!ルールも、法律も、善後処置も、防護処置も、何もない!
カジミエーシュ騎士競技大会最重要の予選項目として、オレたちの選抜試合もかれこれ三か月続いたが、参戦者の数は依然減る気配を見せていない!
だがしかし、オレが言いたいのは、今日オレたちが見る試合は今までのとはまったく違うモンだ!
オレたちの前に立っている二人は、どれも由緒ある古い一族の騎士たちだ!
おっと、おやおや、みんなのブーイングが聞こえてきたぜ。心配すんな!今回の試合の面白さに関しちゃ、オレの解説者プライドを賭けて保証するぜ!
こいつらの名前を聞いただけで、お前たちはきっと歓喜すること間違いなしだ!オレが保証するのもそのためだ!
ではいよいよ御開帳だ、一人目の選手は――イングラ家の胤子、オルモ・イングラ!
そうとも、そうとも、あの幾度も対戦相手を障害者になるまで潰して裁判所送りにされしまい、幾度も大企業の献金で尻尾を振った国民院の一致判決により無罪となった「ラスティーコッパー」のイングラだ!
ブラッドボイル騎士団からやってきた競技場の虐殺者、一度も相手を五体満足で退場させなかった暴虐の騎士だ!
彼の甲冑、彼の暴力、それと彼の暴虐さが、対戦相手一人一人の心と!骨を!破壊し尽くす!
そしてそして、もう一方は――
おぉ~おぉ~!現存する最古の騎士一族の一つ!ニアール!彼らの名を高らかに呼ぼうじゃないか、ニアール!
(大歓声)
己の知恵のみでリターニアと対抗したカジミエーシュの英雄、国に背いた反逆者を尽く殺戮した光無き騎士、耀騎士とあろう者が鉱石病に感染してしまったがために追放されてしまった恥辱の象徴!
これら全部、彼女の一族から出た者たちだ!
なに?歴史なんかには興味ないだって?よし!じゃあ以前、封号を勝ち取る前にクスザイツ騎士団の大先鋒のシェブチックを倒した人は、誰だ?
クスザイツ競技場月間最高人気を獲得した騎士は、一体誰だぁ!?
この試合で、また同じ出来事が果たして起こるのだろうか?あの精巧な貴族の可愛らしい顔が、「ラスティーコッパー」に見るに堪えないほどズタズタにされてしまうのだろうか?
さあ彼女を迎えよう――マリア・ニアール――!
この試合の結果はどうなるのか?一体どっちが勝つのか?答えを知りたければ観客席隣に備わった端末を開いて、彼らに投票しよう!
いつものルールだ!金を払っただけの応援じゃ試合の結果は決められねぇが、自分たちの財布がスッカラカンになるかパンパンになるかはお前たち次第だ!
――マリア!
え?
お願い……サレンダーしてくれない?今回ばかりはお姉さんの言うことを聞いて、せめて今回だけは……
……叔母さん?
もう出陣しっちゃたからには……騎士として退くわけにはいかないよ。
……そうね。
がんばって、マリア。
あなたの実力をここにいる全員に見せてやりなさい。