マリア
マリア、お前には天馬の瞳がある。
マリア、立つんだ、さあ、こっちへおいで。
――!
ッ!?
はぁ……はぁ……!避けただと!
そうか、ならもう少しだけその右腕を残してやるよ……ほんの少しの間だけな。
(――これは涙じゃない、ねばねばしてる、これは血?)
(……血がたくさん……)
(心臓の鼓動が速い……私……)
滑稽、滑稽だな、てめぇの武器を振りまく姿はまるで大騎士団門前にいるピエロたちみたいだ……
その見た目以外、てめぇのどこが耀騎士に似てるっていうんだ?
私は……私は負けない!
いいねぇ、そうこなくっちゃてめぇの顔を引き裂く楽しみがなくなっちまうからなぁ、世間知らずの貴族のお嬢ちゃんよぉ!
(斬撃音)
イングラ!嵐のような追撃だ!
今大会が開催して以来、クスザイツ競技場がもっとも激しい損傷を負っているぞ――!競技場の虐殺者イングラ!「ラスティーコッパー」のイングラ!
つい一か月前、今大会に出場した「ラスティーコッパー」のイングラは一回戦目で騎士「バーニングウィング」の四肢を粉砕骨折させるまで攻撃をやめなかった!
そう、あのゲンコツで!こんなの武器を所持する騎士がする行いじゃねぇ!
今日、クスザイツ競技場で注目を浴びたマリア・ニアール、果たして彼女すらも「ラスティーコッパー」の残虐な鋭斧から逃れられないのだろうか?
そうだやれ!「ラスティーコッパー」のイングラ!このステージを相手の血で血まみれにしてやれ!
(歓声)
はぁ……はぁ……
(重い――)
(斬撃音)
マリア!サレンダーしなさい!
一試合負けるだけよ!ポイントなんてあとでいくらでも挽回できるチャンスがあるわ――!
マリア――!!
ゾフィア叔母さん……なんて言ってるの?
全然聞こえない……頭クラクラする……盾も重い……
私……何をするんだっけ……騎士競技……私ステージに立ってる……
はやく……目を開けろ!
ふぅ……ふぅ……
ハッ!悪くない反撃だ――それでこそてめぇを切り裂く意味があるってもんだ!
すぐ倒れちまったらつまらねぇからな、てめぇの血で、てめぇのムカつくツラを塗りたくってやるぜ……耀騎士!
あなただって……そろそろ限界なんでしょ?
ハッ、こんな血が流れただけで傷って呼べるかよ!?
(斬撃音)
マリア!
へぇ……イングラが早めに出場したんだ……
国民院があいつの釈放を繰り上げたんだ、チッ、あんな判決あってないようなもんだ。
どうやらあいつのためにグループ企業が大枚をはたいたんだろう。
うふっ……ローズメディア連合グループ会社はお金だけはあるからね。
それにホントムカつくわね、人間のクズと世論が逆に利益をもたらしてくれるなんて、あの解説も一般公開試合でそれを曝け出すとは思わなかったわ。
あいつらは恐れていないからだ。
そうね、なら何を怖がっているんだろうね。
オレたちを恐れているんだ、イングラは敗北を嫌う、オレたちならあいつを完膚なきまでに叩きのめすことができるからな。
抜け駆けはやめてよね、アタシが先にやるって話でしょ?
でもそれよりも……ニアールちゃんがこれ以上打開策を思いつけなければ、ひどいケガを負っちゃうかもね。
(大歓声)
――血肉が飛び散る場面は未だに現れない!マリア・ニアール、想像よりもかなりタフな少女だ!
迷ってる暇はねぇぜ、こんな騎士が敬仰されないわけないよなぁ!?忘れないでくれよ!今大会の敬仰手数料はなんと50%オフだ!
――ちょっと待て!なにやら状況に変化が!
対峙する二人――マリアがなんと盾を捨てたぞ!一体どういうことだ!?まさかあの脆弱な片手剣でイングラの大斧を受けきろうとするつもりなのか!?
巨大な体格差に、巨大なパワーの差を目前にして、素早い身のこなしでギリギリ躱せ続けてきたマリアが、ついに正面対決に踏み切った!
もう一度だけ言わせてくれ――!今大会の手数料はたった半額!こんな勇敢な行いが金貨数十枚に値しないわけないよなぁ!?
はぁ……はぁ……
……なかなか、やるじゃねぇか、小娘が……淡い光を剣に纏いやがって、それがてめぇの最後の手段か?
ハッ、上等だ!てめぇの腕を引きちぎってやる、てめぇの血肉をてめぇの喉にぶち込んでやるぜ――
(斬撃音)
絶対に勝たないと……絶対に……
私何をするんだったっけ……騎士競技って、相手を殺す必要あったっけ?
盾は、もういらない……彼の斧を防ぎきれないし……
でも彼も傷を負っている、気にしてなさそう……バケモノみたい、殺戮を楽しんでるんだ……
私は……こういう敵に出会ったらどうすれば……敵?彼は騎士じゃないの?
騎士……?
「騎士とは、大地の隅々を照らす崇高なる者だ。」
あ――!
痛ッ、いつつつ……
……起きた?
叔母さん……?どうして……あっ。
思い出した?
……負けたの?
うん。
……
でもイングラも倒れた、あなたたち二人ともポイントに変化はなかったわ。
そ、そっか、ふぅ、よかった――
よくないわよ!あなた傷を負ったのよ!
あんな人を相手にするんだったら、棄権するべきよ、マリア、一試合棄権するだけでいいのよ、ポイントなんてあとでいくらでも取り返せられるんだから!
ただ封号と貴族の名を勝ち取りたいだけだったら、そんな必死になる必要なんて――
私……棄権するつもりなんてないよ。
マリア!
身体の中までやられなかったのは不幸中の幸いだった……イングラと相手して五体満足で降りられたのは、本当に運が良かったのよ!
もしこれ以上傷ついたら、トーナメントに上がったところで何ができるの!?
……すごく強かった、でも……
騎士らしくないでしょ。彼の一族は元から金も事業も大きいのよ、試合に参加したのもただ暴力を楽しんでるだけ、オルモ・イングラとはそういう人よ。
マリア、これ以上こんな無茶をするんだったら、もう試合には行かせないから。
私は――
お姉さんの言うことを聞きなさい!
わ……わかった……
安静にしてて、ちゃんと休むのよ。
引き分けだったとはいえ、あなたと契約したがる企業もこれからどんどん増えてくるわ……私とマーチンおじさんがある程度断っておくから、絶対安静にしているのよ。
うん……
あっ……その剣は?
……私が昔使っていた剣よ、前回の訓練の時に掘り出したのよ。
なんでゾフィアお姉さんがわざわざその剣を持ってるの……?
(叔母さんはもうとっくに……)
特に理由はないわ。
ただもしイングラがあなたに何かをしたとき、たとえ後ろに国民院が居座ってたとしても、私自ら彼を殺してやるわ。
いや、考えすぎだよ……
……ちょっと見せてもらってもいい?随分と使ってなかったっぽいからさ。
ダメよ、ちゃんと休んでなさい。
寝てるだけじゃ腕がなまっちゃうよぉ……
ダメったらダメよ。
ゾフィアお姉さん、叔母さん、一生のお願い、ちゃんと家の中で休むから!
あなたねぇ……はぁ、ますます姉に似てきたわね……
ほら、剣に変なことしないでよね、これでも大切にしてるんだから。
えっ……でも結構埃被ってるけど……
あとで埃を落として大切にしてる証明をするつもりだったのよ!
お前たちそんな小包たくさん抱えてどこに行くつもりだよ?
マリアの見舞いじゃ。
イングラのくそ野郎め、お嬢ちゃんになんてひどい仕打ちを……
むしろ彼女たちの邪魔をしないほうがいいと思うぞ、ゾフィアがちゃんと世話してくれるって。
わしはいても立ってもいられんのじゃ!イングラの最後の一撃を見たか?万が一あれで後遺症でも残したらどうする?
老騎士一人に老工匠一人、せめて何かしら手伝いにはなるじゃろ……
]マイナに出会ったらどうするんだ?仲良く片腕に一人ずつ摘まみ出されておしまいだろ?
……あの青二才め、ニアールの爺さんがいたときはあんな好き勝手できなかったくせに、敵わんかったら隠れればいいじゃろうが?
……おや、老いぼれ二人が出て行ったそばからお客さんが入ってきたとは、どうやらあいつらはオレにとっちゃあ青い鳥だな。
(バーの扉が開く音)
うちのバーにこんな可愛いお客さんがくるのは久しぶりだ、ご注文は?
うーん……
……この名前結構いいね、じゃあこれにしよう、「ソーンティアドロップ」を一つ。