4:12P.M. 天気/曇り カジミエーシュポーミェンヌーシュ競技場
独立騎士マリア・ニアールと「レフトハンド」のタイタス・ポプラーが対戦して1時間27分経過
(大歓声)

これはなんとも……珍しい試合場面なんだろうか――!

次々と倒されても次々と起き上がる、各観客の目に煌めく光は未だに消えずそこにいた!まさに競技場に撒き散らされた血がこびり付いた泥のようだ!

ほんの小さな光が――!まるで夜に揺らめく蝋燭の灯みたいな光は!タイタスの猛攻に晒されながら、タイタスがもっとも得意とする攻勢の中でも――

――未だに消えてはいなかった!
(大歓声)

はぁ……はぁ……

貴様……まだ立ち上がるのか。貴様ごときが……

なるほど、アーツをなるべく微小に抑え傷を治し、なるべく消耗を避けながら、弱点を観察していたと――

――肉体を長時間崩壊寸前の状態に維持しているとは、さぞ苦しいだろう?

はぁ……はぁ……いいえ、まだ行けるわ……

強情な奴め。

まあそれもただの猿知恵にすぎん。
(斬撃音)

ふ――防いだ!試合開始してから初めて!マリアがタイタスの攻撃を防ぎきった!

なっ……この私が刺しを逸らしただと……?

いいえ、攻撃は命中したわ……ただ力の加減が、たいぶ弱くなっただけ。

あなたも……あなたも疲れるんだね、タイタスさん……

この私がだと?

……

確かに……貴様ごときに多くの時間を無駄してしまったからかもしれん。

ならばそろそろ終いにしよう。
(斬撃音と打撃音)

また一撃を食らわせたぞ――!

でも勢いが最初とまったく違うぞ……それにしても……

ぐはっ……

ふんっ、貴様の小細工を見抜いた以上、貴様に機会を与えてやる道理もなくなった。
(斬撃音と打撃音)

(間に合わな――)

連!続!追!撃!だぁ!

これ以上ニアールジュニアに息抜きするチャンスを与えない追撃を繰り出した!!疲弊困憊した我らの光はここで消えてしまうのだろうか!?
(大歓声)

あの女の子……もつのか?つまんねぇ試合だな、もう飽きちまったよ……

……あの人って、マリア・ニアールよね……前々大会のチャンピオンの妹の……

そうなのか、二年前もカジミエーシュに来てトーナメントを見に来たけどよ、全然レベルが違ってたぞ。

でも絶体絶命の事態がひっくり返すところがおもしろいと思わない?

そうだけどさ……

マリア!

マリア!立ちなさい!

……
視界がぼやけてきたな。
目を閉じるな、マリア。
閉じてしまえばもう開けられなくなるぞ。
マリア、お前には天馬の瞳が備わっている。
マリア、立つんだ、さあ、こっちへおいで。

お爺ちゃん……
泣くな、マリア。
ニアール家の家訓はなんだったかな?

「苦暗を畏れるなかれ」……
わしは過去に悔いはない、マーガレットが別の道を辿っていったこともうれしく思っている。

お姉ちゃんが……?
我が一族は代々どうやって苦痛と暗闇に直面するべきか、それぞれ己の選択で見出してきた。
そしてマーガレットはもっとも非現実的な道を選んだ。
あの子は……お前の姉はお前にあの子の騎士への見解を話してやったことはあるかな?

「いわゆる騎士とは、大地を隅々まで照らす崇高なる者だ」って……
ふふ、まだまだ若いというのに……
もう光になろうと。
苦暗を駆逐しようとしているのだな。

――!

……あと一秒で、貴様はこの無意味な戦いから解脱できたというのに、なぜまだ立ち上がるのだ?

……

マイナ叔父さんは……間違ってる。

なに?

嘆き……だけじゃなかったんだ……
(アーツの発動音)
深呼吸、深呼吸だよ、マリア。
消耗し続けてもこれでは勝てない、彼の傲慢さを、彼の慢心を利用するんだ。
姉ならどうするかを考えてみればいい。
チャンスは一度きり……一度きりだぞ。
(アーツの発動音)

むっ――

突如眩い光が輝きだした!一体何が起こっているんだ!?こりゃ次回はサングラスを配布したほうがいいんじゃねぇのか――!?

そんなことよりレフトハンドナイトのタイタスが初めて足を退いた!!アーツだ!これは紛れもなくマリアのアーツだ!この期に及んでまだアーツでこの盤面をひっくり返そうというのか!?

おおっと!マリアの数値に微かな変化が起こったぞ!!だがしかし、比率の差は依然と大きい!まさかこんな企業がボランティアで献金したみたいな賞金プールの数字が現実のものになるのだろうか!?

……

耀騎士……

……いや、ただの虚勢か、よくも幼稚な真似ごとを。

やってくれたな貴様……その軽蔑に代償を払ってもらうぞ。
(斬撃音)

マリア――!

がんばってぇ!!ニアール!!

おい!マリア・ニアール!がんばれ!

マリア!もう何も考えなくていい――!おもいっきりぶん殴ってやりなさい!!
(大歓声)

声援だ!全観客がマリアの行動に喝采を送っている!

だがしかし――!タイタスは依然余裕な表情で舞台を闊歩している!
(斬撃音)

貴様……

(彼の攻撃を受け止めた……!)
(斬撃音)

またまた奇妙な状況だ!!とっくに疲れ果てているはずなのに、むしろこの圧倒的な劣勢を押し返したぁ!!

ここにいるみんな!老若男女問わず!目を大きく見開いてこの歴史的な場面を見届けよう、素晴らしい試合だろうと豪華な賞金プールだろうと!

今大会開催以来もっともアツい試合だからだ!

もっともっと札の雨と歓声が必要だ!競技騎士たちにお前たちの情熱を見せてやろうじゃないか!!

貴様――貴様ごときがこの私の攻撃を受けきっただと!貴様のその半端もののアーツで!?

傲慢、私は傲慢な人が嫌いでしてね、彼らに嫌悪感を抱いているんですよ。

]特にあのタイタスは余裕で試合に勝てるというのに、ニアールの尊厳を踏みにじるのに夢中になりすぎている、あんな生ぬるくて怠慢な戦い方はいずれ相手に足を取られるというのに。

さ、左様ですか……

ましてや相手はあの耀騎士の妹、あの「ニアール」の孫娘です。ふっ、以前の「ニアール」と言えば、つくづく人を恐怖に陥れてしまうあの老いぼれのことを指していたんですけどね。

これが騎士一族たちの腐敗です、なんて嘆かわしいのでしょうね、企業と比較して、騎士一族などという下らない階級関係はあまりにも脆弱すぎる。

今の騎士階級の承認権はすべて協会が握っておりますから……

そしてその騎士協会は、我々が握っている。

……

先ほど……競技場へ多くのスポンサー企業から通達が届きました……直ちにレフトハンドナイトに戦いを止めさせろと……

タイタスが負けることを心配しているのでしょう。まあ負けたところで問題はありません、ホットな話題が生まれればそれで構わないのですから、私は非常に満足しておりますけどね。

ではあなたはどうお思いですか?

そうですねぇ……彼はブレードヘルメット騎士団の主力、傲慢で、尊大で、しかし強いのも確か、それに相手の闘志を削ることに長けている。

以前の試合でしたら、彼は相手が跪いて投降する感覚を味わっていましたが、今回ばかりは……

負けは確定でしょうね。

え?
(斬撃音とアーツの発動音)

はぁ……はぁ……

(ダメ、勝手に動いちゃ……もう立つこともままならない……このまま……もう一度息を吸って……)

くどい!

マリア――!

(マリア……もうとっくに限界を迎えているんだわ……イングラと対戦してたときだってこんな重傷は負わなかった……)

――これだけ血を流したのよ、これだけ踏ん張ってきたのよ、マリア!

絶対に勝ちなさい!

屈辱だ……ゴミ一つに付き合うためにどれだけ私の時間が無駄にされたのだ……

もう二度と動けないようにしなければ、大人しく降参しないつもりなのか?

あの「ウィスラッシュ」のように――覚悟はもう決めているんだろうな!

今だ――!
やっぱり所詮はお姉ちゃんの真似ごとね、アーツを使って、手を翻して。
でも――
(アーツの発動音)

貴様……また防いだだと!?

この――

――
(斬撃音)

……!?

こ、これは決して偶然などではないぞ、マリアが再びレフトハンドナイトの猛攻を防いだ!一体何が起こった!?

まさかタイタスはもう後がないマリアを弄んでいるのだろうか!

……

……いい、いいぞ。貴様にまだ何かが残っているかは知らないが……もうどうでもいい、貴様の光を尽く引き裂いてやる。

来い。

来場してるみんな!レフトハンドナイトが初めて構えたぞ!相手に仕掛けるチャンスを初めてここで作り出した!

相手がニアールジュニアだからといって、それはあまりにも慢心がすぎるんじゃねぇか!?いや!タイタスのことを熟知している人でもそうは思わないだろう!ここの競技場にいるファンのみんなは決してそんなことを思わないはずだ!

しかし今日の彼は障害にぶつかってしまった!マリアの闘志も未だ衰えるとこを見せない!この強い意志を見ると、このオレでもちょっと涙ぐんでしまうそうだぜ!

そしてなんと!本日マリア・ニアールを支持していた観客全員にも、もれなく試合終了後の賞品クジを引くチャンスがあるぜ!!ガチャ確率はなんと0.2%もあるぞ、この幸運をぜひ見逃さないように!!

……

……
――何かがおかしい、彼女はそう思った。
疲弊と、怯えと、悔しさと屈辱が同時に湧き上がってきた、それらに圧迫されそうになってる今でも――
彼女の心の中は勝利しか求めていなかった。彼女は勝ちたいと思っているのだ。幾千もの方法に脳を巡らせ、この最後のチャンスをものにしようとしていた。
しかしその刹那、彼女は終始追い求めていた勝利に、疑問を感じてしまったのだ。
(斬撃音)

……

……マリア・ニアール、貴様はなぜ騎士競技に参加する?栄誉か?富か?それとも貴様の家族のためか?

私は……自分のために参加している。
(斬撃音)

……

それだけよ……タイタスさん。

……ふんっ。

居合の間、盾にアーツを集中させていたか、貴様は確かに……天馬の血が流れている……チッ。

天晴れなり、ニアール……
(大歓声)

]試合開始以来――もっとも長いせめぎ合いを経て――!倒れたのは、なんと「レフトハンド」のタイタス・ポプラー!

こんな展開を予想できた人はいるのだろうか――!もう一度聞こう!こんな展開を予想できた人は果たしているのだろうか!!

桁外れのオッズと巨額の賞金の――現在の数値を見てみよう――なんと中小企業を開けるぐらいの金額だ!!

奇跡――!まさしく奇跡!!マリア・ニアール、ニアール家が再びオレたちに奇跡を見せてくれたぁ!!
大歓声)
観客たちは待ち望んでいた。
マリアが綻びだらけの剣を高らかに掲げ、勝利を宣言する様をこれでもかと待ち臨んでいた。
大番狂わせと、巨額の賭け金と、驚心動魄の絶体絶命な攻防の話題で会場は喧噪に満ちていた。

(これだけ?)
これが騎士競技?何を勝ち取ったの?何を得られたの?
栄誉も、富も、一族の復興も得られた、でも何かが足りない……そう、何かが。
思考を巡らす時間もその辺に、会場に響き渡る歓声に応えるように、マリアは剣を高らかに掲げた。
腕に伝わる鮮明な痛みを、万雷の拍手すらもそれを誤魔化すことはできなかった。

あぁ……

(も、もう立てない――)

マリア!

お、叔母さん?

マリア……マリア……

ゾ、ゾフィア叔母さん……手、力強いって、痛いよ……

あっ、ごめんなさい……骨に響いちゃった?

ううん……大した傷じゃないよ……

マリア……ごめんなさい……今までずっと、あなたの考えを軽んじ過ぎていたわ。

あなたもあなたの姉と一緒、もう立派な騎士よ、自分の道ぐらい自分で選べられるもんね――

……いや……

マリア……?

私は……お姉ちゃんとは違うよ。

……マリアが勝った、この勝利は四つの都市にある全試合放送端末に最初から最後まで中継された。

……

がしかし……ことはそう簡単には終わらない。あの子を助けてやってくれないか、マイナ。

おかしな話だ、お前が本気でマリアを心配しているのであれば、なぜ彼女に愚かな騎士への道を諦めさせなかったうえ、私にマリアを助けてやらねばならんのだ?

マイナ!

何を言おうが無駄だ……アンバサダーや騎士協会が直接関与してる以上、私が手出しできる場面などない……

最初からマリアが競技騎士になることに反対していた理由がこれだ。

マリアは家族のために覚悟を決めたんだぞ。

そんなこと誰も求めていない……そんな大義名分の言い訳はよしてくれ。

責任感はときに負担にもなりえるんだ、潔く生きていくためにも、もっと賢く物事を考えてくれ。

マイナ、お前……

――話がそれだけなら、帰ってくれ、私にはまだ他の仕事があるんだ、部長のファイルもまだ完成させていないのでな……

……お前はただ一時的に気を落としてだけだと思っていた、マイナ。

勝手に決めつけないでもらいたい、マーチン。

確かに、お前の言ってることは正しいのかもしれない。マイナ、オレ含めた全員お前に失望したよ。

私もだ。

お前すらもマリアの安否に目もくれないのであれば……俺たちがニアールの爺さんに代わって彼の孫娘の世話をしてやる。

お前たちの行いは彼女を陥れるだけだ、お前だって分かっているだろ。

これ以上話しても無駄だな……来なかったことにしてくれ。
(マーチンが去っていく足音)

……姉妹でもたらした厄介ごとだ、自分たちで処理させてやればいい。

……いつまで隠れればいいんだ?ソナ?

そんなに焦らないでよ……

オレたちがここで立ち止まってるこの時も……感染者たちはその分だけ飢えているんだぞ、それに救えたはずの感染者の同胞も一人失ってしまったんだぞ。

だとしても今競技場に戻っても危険すぎるのは、国民院がどう動くかすら分かっていないいからだ……

国民院なんざ……カジミエーシュで公平な出来事が起こることなんざもう信じねぇ、法律も含めてな。

でもアタシたち含め誰だろうと公平な立場を失うわけにはいかないでしょ、あの連中が是非を誤っていたとしても、国民院がアタシたちは罪人を判決してしまったら、それこそアタシらの負けよ、あの耀騎士みたいに。

でも……はは、連中もきっとビックリしてるんでしょうね、実を言うとね、まさかここまでやれるなんて思ってもいなかった……あいつらは次どんなことをしてくると思う?

あいつらは全感染者を狙ってると思う?アタシらがお金を全部使ってまで買ってきたのも含めて……

……これは賭けだ、競技場で死ぬか、刺客に殺さるかってだけのな、どっちもあんま変わんねぇよ。

ははは、それもそっか。

でも、もうちょっと我慢しててね。少なくともあのニアールジュニアと彼女周辺の人たちを、こんな裏の争いに巻き込むわけにはいかないから。

……分かった、お前の言うことを聞くよ。

はじめっからワイヤーの上で踊らされていただなんて、こんなことをはじめっから知ってる人なんていなかったのよ。

グレイちゃんは怖くないの?

ソナ!

オレたちは権力を見て怯えてしまうような人間じゃねぇだろ、オレたちが封号を勝ち取るまでの道を思い出せ……オレたちだってとっくに色んな血で染まっちまってる。

……アンタの言う通りね、ちょっと考えすぎちゃった。

ああ……オレたちが一緒にいる限り、抗う両手がまだ残っている限り、それで十分だ。

ますます口数が増えたわね、あの「灰色の呪い」とやらはどこに行っちゃったの?

……

ありゃ、もしかして怒っちゃった?