
あっ、本当に裁判官さんが来てくれた!

あなたがルビオさんの娘?

うん……でもてっきりお父さんが言ってたあなたがお世話しにくるって話、ウソだと思ってた。

あのね、わたしもわたしの友だちもみんなあなたのことすごく尊敬してるの。

うちのおとうさんなんかと比べれば、裁判官さんはもうこの国唯一の良心みたいなものだよ。

……お父さんとはあまり仲が良くないの?

……良くはないかな。

おとうさんのこと嫌いってわけじゃないよ。あれでも結構時間があいてるほうだから、よく一緒に遊んでくれるの。

でも、おとうさんみたいな保身しか考えてない人、あんまりにも情けないなって思うかな。

昔おとうさんと一緒に下っ端から仕事を続けてきた仲間も、今じゃみんな大出世しちゃってるんだし。

あの歳でまだあんな地味な仕事しかしていないのはおとうさんだけだよ、しかも向上心がちっともない。

昔の仕事仲間?

うん、ほらこの前亡くなっちゃったあの建設部部長のカラッチさん

あそこは危険なお仕事だから。

わかってるよ……でも、毎日テレビであの人見かけるし、でっかいファミリーの人からも一目置かれてるってなるとどうしてもね。

ねね、やっぱりお役所で働くんだったらさ、あれぐらいすごい仕事をしないと意味はないって思わない?

そうかもしれないわね。

だからね、おとうさんが急に建設部部長の仕事を引き継いだって言ったとき、わたし驚いちゃったよ。

一体どうしてあんないきなり開き直ったんだろう……もっと早くそうしてくれれば、おかあさんも離婚しなかったはずなのに。

離婚?

うん、おかあさんね、おとうさんがあまりにも腰抜けだって思ってたから、数年前に離婚しちゃったの。

それにうちのおかあさん、性格がちょっとアレだったから、おとうさんについて行くことになったけど。

そうだ裁判官さん、おとうさんがどうやって建設部部長に選ばれたのかってこと知ってるよね、よかったらあたしに教えてよ。

……ごめんなさい、私もよく知らないの。

おぅ、そっか。

じゃあ部屋の中で適当にくつろいでって。

今日わたしも出かけるつもりはないからさ、おとうさんのスピーチとか聞いてみたいし。

……
(ラヴィニアが歩き回る)

(ルビオさんのお部屋……思ってたよりも片付けられているわね。)

変だよねー、おとうさんってばズボラな人に見えるのに、案外きちっとしてるでしょ。

そうだ、あと日記を書く習慣もあるんだよ。

日記?

うん、確か……あった、ここ。

まあ日記って言っても、思いついたら書くって程度みたいなんだけどね。

ちらほら書いても、今年分はこれぐらいしか書かれていないかな。

見ても大丈夫?

いいよいいよ、ここに置いてるのは見られても気にしないってことだから。

わたしも何回か読んでみたんだけど、つまんないことしか書いてなかったかな。わたしからしたら、おじさんの生々しい生活実録みたいなもので、退屈で長ったらかっただけだよ。

もし興味があるんだったら、好きなだけ読んでもいいからね。

……
3月5日
トラットリアでたまたまカラッチと会ったものだから、久しぶりに二人で少し飲んだ。
昔のことを思い出すと、涙が禁じ得なかった。

ここがスピーチする部屋になります、ルビオさん。

ありがとう、もう下がってもらっていいぞ。

えっ、でも……こっちは護衛につけって命令が出てるんですが。

ここに侵入しようとするヤツなんていないだろう?

わかりましたよ。
(ファミリーのメンバーが立ち去る)

……

やれやれ、権力ってやつか。
(ルビオが扉に鍵をかけてソファを扉の前まで引きずる)

ソファーでドアを塞いでっと……ふぅ、できることと言ってもこれぐらいだな。

それからは、まあこんなもんか……

もう少し待っててくれよカラッチ、もうすぐ会いに行ってやるからな。
(エクシアがソラと電話をする)

どうだった?

……お医者さんの先生が、心臓から数センチズレたところをやられたから一命は取り留めたって言ってたよ。

でも油断はできないって。

テキサスさんは?

それが……

……

昨日からあんな調子、まるで魂が抜けちゃったみたい。

ずっとそこに座って全然動かないし、ご飯あげてもまったくの無反応だよ。

……きっと頭の整理が追いついていないと思うからそっとしといてあげよう。あたしはクロワッサンと一緒に病院で見張っておくから、テキサスさんは任せるね。

わかった、そっちも気を付けてね。
(エクシアが電話を切る)

……あ~あ、つまんないなー。

そうだ、今日確かなんかスピーチでもやるんだったっけ?

まあ聞いてみるかー。

親愛なる市民の皆さん、どうも。

さしずめほとんどの方は私のことをよくご存じじゃないかと思われます、まあそれも当然でしょう。

なんせ私は過去に、たかだか食品安全部部長という地味な役職を担ってきただけの男なのですから。

ほかにもまた、皆さんのほとんどは、前任者であるカラッチとラヴィニア裁判官を除いて、自分たちの政府についてもあまりよく知らないのかと思います。

先ほど言った裁判官殿とはあまり面識はありませんが、カラッチ前部長とは少なからず親交はありました。

ですので今日のスピーチは、皆さんがよく知るその人のことから始めたいと思います。

私とカラッチは、市場監察局での同期でした。

その頃から彼はとても逞しく、精力旺盛だったため、実地での視察を担当していましたが、私と言えば後方で事務仕事を任されるばかりでした。

当時から界隈では怖い者知らずな有名な人でして、ファミリーの大御所にすら物怖じしない男でしたよ。

今振り返ってみても、彼がどれだけタフな男だったか分かります。何度か不満を募らせていたファミリーに消されかけたことがあったのですが、いつも運よくそれを躱したり、自分で収めたりしていました。

まあとにかく、当時から局内での彼はひねくれ者として扱われていたものですから、彼に手を貸そうとする人間は誰もいませんでした。

そのため、彼に仕事を報告する業務は、見向きもされなかった私に振られたわけです。

その業務も実に大変で面倒でした。

しかし、この業務のおかげもあって、私は達成感を感じることができたのです。

私は彼のように実直な人間になることはできませんでしたが、彼は何かと私のやりたかったことをやってくれていたので、ここで向こうの助けになることもある種の恩返しなんだろうと思っていました。

そういう関わりもあって、私たちはいつからか親交を深めていくことになったのです。

レオン、カラッチの横で二年も働いてきたものだから、お前もきっと彼に一目置いていたはずだろう。

お前から見た彼はどういう人だった?

……何かと元気な人だったな。

ファミリーとの付き合い方もよく分かっていたよ。だが単にこちらに合わせるだけじゃなく、ファミリーにメリットを感じさせながら、自分の目的のために利用することを分かっていた。

それぞれのファミリーからの邪魔が入るような仕事もたくさんあったはずだったんだが、なぜか彼の手にかかれば――すべて上手くいった。

お前のやり方も少なからずそんな彼の影響を受けたのだろうな、見てわかるよ。

……彼の考えと俺の考えには似たところがあると思っただけだ。

今はもう殺しで問題を解決できるような時代じゃなくなったからな、親父。

時代に合わせたいのであれば、ファミリーも相応に変化を遂げるべきだ。

お前はまだ分かっちゃいないな、レオン。

何がだ?

お前は今も無意識に、自分の傍にラヴィニアとカラッチを置いている。

だが忘れるな、お前とあの二人は違う人間だ。

分かっている。

分かっているのなら、お前がここに来るはずもないだろ。

しかし残念だな、もう時間はなさそうだ。

親父?
(ベルナルドがレオントゥッツォを殴り気絶させる)

レオン、もし生き残ることができたのなら……

いや、まあいい。
……

しかし、彼は多くのファミリーから睨まれることはありましたが、その実力も相まって、みんな彼のことを一目置いていたのです。

そのため彼は、私よりもいち早く出世することになりました。

正直に言ってあの頃は、出世してしまったからには早死にしてしまうのだろうなと思っていましたよ。

昔はまだそれほど他人の利益に触れるような場所にはいませんでしたからね、彼もそれで執拗に命を狙われずに済んでいただけなんだと思います。

地位が上がっても相変わらずあのままでは、いずれ触れてはならない人にも触れてしまうのだろうなとも。

しかし、その予想は外れました。

……うちのおとうさん、こんなに話せる人だったなんて思いもしなかったよ。

ねえ、裁判官さんはどう思う?

裁判官さん?
ルビオの娘が呼びかけるも、ラヴィニアはまったくそれに気付かずにいた。
彼女は一心に、手にしている日記を読み耽っていたのである。
5月3日
……
今日は一つ小さい仕事を片付けたが、思うことがあった。
誰も気付いていない、あるいは気付いていないフリをしていることだ。
なぜスィニョーラの時代になっても、ここシラクーザの表と裏には二つの秩序が共存しているのだろうか?
ファミリーの粗暴さと貪欲さはとっくに歴史が証明してくれている。なのにそんな彼らは、すべての支配を他者に委ねることを選んだ。
そうするには理由があった。
とても簡単な理由だ。
それは即ち、人の数にある。
ファミリーというのは血縁、または人となりが認められてこそ成り立つものだ。
しかしこんな効率の悪い方法では、ファミリーが移動都市を一つとて支配するに至るまでの人数規模には決して達しないことを意味する。
これにより彼らは多数いる一般人という枠組みを利用せざるを得なくなった。背後からこういった枠組みを操ることで、シラクーザという巨人を支配する構図に。
そこにスィニョーラは目を付けた。そのため彼女がトップに君臨した際は、明確にファミリーと一般人の間に境界線を引いたんだ。
それから彼女は自分の絶対的な武力と支配力を誇示することで、数十年もの歳月をかけて人々に、ここシラクーザでは“表と裏に二つの秩序が共存しているのは当たり前のことだ”ということを浸透させてきた。
しかしその一方で、地上にある秩序が秩序たらしめているからこそ、アングラの秩序も成り立っているんだという事実を、誰もが忘れ去ってしまっている。
まさに賢い政治のやり方とも言えるだろうな。

ルビオさん、あなたは一体……

実を言えば、我々の中でカラッチのような同じ志を持っていた人は少なくありませんでした。

ただ様々な理由によって、彼らは最後にファミリーへ屈すること、あるいは自ら媚びへつらいことを選んでしまったのです。

しかしカラッチは違っていました。彼は屈するどころか、むしろ常にと言っていいほどファミリーたちへ対抗姿勢を見せていたのです。

そんな彼の努力は有意義なものでした。

彼は私が思っていたほど早死にすることもなく、むしろますます高みへと登っていったのですから。

ある時私たちはとある宴会で再会した際に、彼は私に今でも記憶に新しい一言を話してくれました。それは――

「今のファミリーはどこも軟弱者ばかりだ」と。

このおっさん結構キモが据わってるなー……

ん?
(複数のマフィアたちが周囲を歩き回る)

んー……テキサス、外がなんか騒がしいからさ、アタシちょっと見に行ってくるね。

……

エクシア。

んー?

ジョバンナも、龍門に連れて行ってはどうだ?

いいんじゃない?

アタシもあの人結構面白い人だなーって思うし。

でも――本当にそう思ってるわけでもないんでしょ?
テキサスは窓辺の小机の上に置かれたネックレスに視線を向けた。
あれはスィニョーラの印だ。
ジョバンナが彼女のために残してもらったプレゼントでもある。
祖父からすれば、クルビアのファミリーらはみな変わってしまった。
利益のためなら、弁えることを知らない事業とも手を結び、無作為に道義のない殺しを行ったからだ。
一方父親からすれば、シラクーザのファミリーらはみなとことん腐り果てていた。
容易く手に入れられる利益には目もくれず、たかだか道義のためだけに自らの歩みを止めることは、愚かとしか言いようがなかったからだ。
しかしテキサスからすれば、祖父も父親も考えていることは正しかったが、同時に間違ってもいた。
もし、もしも彼女がジョバンナの身に起ったことに憤りを覚えていたのなら。
彼女はまた七年前のようにここから立ち去ればいい、今度はジョバンナを連れて。
しかし、彼女が祖父の死を耳にした時、あの洗車屋に見向きもしなかった時、父からの増援の命令を無視した時、彼女は心の中でこう思った――
これらすべてに終わりはないのだ、と。

彼は私に、笑いが込み上がってしまうほど簡単な、ファミリーの面々を手駒にする方法を教えてくれました――

それは相手が断れないモノ、あるいは利益を持ち出すという方法です。

彼が持っていたパイプを強引に奪い取る、そんなことファミリーらにはできませんでした。

それに、向こうは優秀な管理者をも必要としていたからです。彼らはただ略奪することしか知りません、真の意味での管理をまったく理解できていないのですから。

そんな彼は自らの突出した実力をもって、一歩一歩でかいファミリー間の人気者へとのし上がっていったのです。

そしてそのファミリーらが建設部部長のポストに手を打ち出そうとした時、彼は全員が納得するような人材にもなってやったのです

ここまで聞いて、おそらくこんな疑問を抱き始めた方も出てきたのではないでしょうか――

カラッチと言えど、八方美人な連中と大して変わりはないじゃないか、と。

しかしここで言いたいのは、このシラクーザのような国には、悪を基盤とするような国には最初から、善人など一人も存在してはいないということです。

さらに踏み込んで言えば、我々全員がその悪人なのです。

……これ、本当に就任スピーチで言っていいことなの?

……
10月15日
例のラヴィニア裁判官と会った。
きっとカラッチと同じように、自分にウソをつきたくない正直な人なのだろう。噂を聞いただけでも想像ができる。
そして会った後はやはりそうだったよ。
自分が今までやってきたことはすべて徒労に過ぎないことなど、彼女自身が分からないわけがない。
ファミリーからの不満を募らせれば、自分自身の身が危ないとうことも。
だが皮肉なことに、彼女が裁判官の立場から守ろうとしてる一般人の権利というやつは、ファミリーからすればまったくの無価値なものだ。
おかげで彼女は自分の進む道の半ばで殺されずに済んでいる。
彼女との交流は相当苦労したよ。表立って彼女に親指を立てることもできず、今まで通りの態度で接しなければならないのだから。
カラッチも昔は私に、お前がいてくれているおかげで俺は安心できると冗談めいたことを言ってくれた。そうすればたとえ自分がいつか死ぬことになっても、ワシが彼の遺志を引き継いでくれると思っていたからな。
しかし――ワシも死んでしまった際はどうするんだ?
ここ数年間、ワシも若いのを育てなかったり引っこ抜いてこなかったわけではない。しかし、カラッチのような毅然とした態度を備えた者は一人もいなかったよ。
その点で言えば、ラヴィニアは紛れもなく理想的な後継ぎだ。
当然、ワシの考えを彼女に強要するわけにはいかない。
だがワシに残された時間はもう残り僅かだ。
今がその千載一遇のチャンスなんだ。だからワシの考えを詳らかに――本人へ伝えてやれる時間はない。
だがもしワシの計画が成功すれば、少なくともラヴィニアならワシに代わって娘を守ってくれると信じている。
やれやれ、カラッチよ、今だけはお前の死を利用させてもらうぞ。
もしお互いの魂が再会できたら、その時にまたお前に謝るよ。
――しかしお前のような高潔な魂なら、きっとワシとは違うところにいるはずだろうな、ははは。

……
(複数の銃撃音)

ああもう、やっぱりアジトを移転させとくべきだったよー。

でも昨日あんなことが起こっちゃったしなぁ、どうしようもないか。

チッ、厄介なサンクタだぜ。

あいつは一人だ、囲い込んじまえ!

うちのバディー今休んでる最中だからさ、ちょっとは静かにしてくれないかなー?
(他のマフィア達も集まってくる)

まったくもう~、お騒がせな連中だねあんたらは~。

……あっ、でもほかのみんながいたらきっと、「お前もだよ!」って言われてたかも。

やっぱ一人だとつまんないなぁ。
(ラップランドが突然姿を現す)

何やらここに手助けしてもらいたい人がいるみたいだね?

前からずっと気になってたんだけどさ、君もしかして……ヒマなの?

ボクもキミと同じように、答えを待っているだけだよ。

それどういう意味?

テキサスが龍門に帰る帰らないのは君にとっても気になることなんじゃないの?

もちろん。

でも今は、どちらかと言えばそっちに帰ってもらいたいかな。

ふーん……じゃ、今はアタシの味方についてくれるってことでいいんだよね?

ああ。

そっ、まあこうして一人で戦うことになるよりはありがたいよ。

これは申し訳ない、途中で話がズレてしまいましたな。

しかし、ここで皆さんもお気づきでしょうが、今日私は就任スピーチをするために、ここに座っているわけではないのです。

どうか私の本音を少しだけ、皆さんにも聞いて頂きたい。

中々立派な抱負を持っていたカラッチではありましたが、彼は一度も私に新しい都市への展望を話してはくれませんでした。

なぜなら彼は、この席に座った時からすでに、死ぬ覚悟ができていたからです。

彼がここ二年間やってきたことなら、おそらく皆さんもすでにご存じでしょう。

彼ならきっと新しい都市が出来上がる時まで生きていけるだろう。そう思い込んでいた矢先、つい数日前に彼は突如と逝ってしまわれた。

私はそのことに、どうしても納得ができなかったのです。

だから私は、ベッローネ家に接近し、自分を売り込んでこの席を勝ち取ることにしました。

その最中、ベッローネ家とサルッツォ家が秘密裏に企んでいた謀も知ることができたのです。それは――

彼らは最初から市内の秩序を乱し、新しく出来上がる都市を奪おうと計画していたのです。

それをもってスィニョーラに対抗しようとも。

ドン、これは――

……

ベルナルドのほうに動きは?

いえ、まだ。

……ベルナルドの老獪め、一体何を企んでいるんだ?
(アルベルトが電話を掛ける)

ダンブラウン。

……

ダンブラウンッ!

……聞いていますよ。

今ルビオの近くにいるだろ。

はい。

今すぐそのイカレた野郎を片付けろ。

……分かりました。
(洗車スタッフがドアを蹴破る)

まあ……あの程度じゃ本気で侵入しようとする人を止められんわな。

バカだねあんたは。

こんなことしてなんの意味があるんだ?

……

その恰好、普段は作業員とかか?

いつもは洗車屋で働いてるんだ、“ダンブラウンの洗車屋”でね。

あぁ、見たことがあるかもしれん。

そこだよ。

なら君がダンブラウンだね?

ああ。

今の自分の仕事になにか思うところはあるか?

ない。

あの仕事はただの暇つぶしだよ。シラクーザがますます呑気になってきたせいで、こっちはやることもねえ。

それは残念だ、なら君はもっと周りを見ておくべきだったな。

君たちのようなお高く留まってるファミリーの連中は、いつまでもワシらを支配してやれると思っちょる。

自分たちの敵はいつまでもお互いだけだって、ワシらには構うだけの価値すらないと。

しかしだね、時代は進むものだ、いつまでも変わらないなんてものはない。

あんたがいくら真っ当なことを言おうが、所詮はペチャクチャと下らねえことを喋っただけに過ぎねえんだよ。

そんなことを喋ったぐらいでファミリーを、スィニョーラを倒せるとでも思ってんのか?

今日はワシにとって千載一遇のチャンスだったよ、ワシもすでに自分の考えを外に伝えてやれたから満足さ。

ここから勝つのがベッローネだろうがスィニョーラだろうが、ワシには知ったことではないし興味もないね。

だがいずれ――時代が必ず君たちを置き去りにすることだけは見えているよ。

もしシラクーザが新しい時代を迎え入ることがあれば、その時の主役は決してファミリーなどという存在ではない。

ワシらは確かに力は持たないし、弱い存在だ。

だがね、文明というものは、元から暴力を克服するために存在しているのだよ。

平等を、暴力の上に成り立たない秩序を、ワシらは何よりも求めているのさ。

暴力こそが俺たちの本能だろうが。

そうなのかい?ではなぜファミリーたちは揃いも揃って同じものを目指しているのだ?

なぜ彼らはみな暴力と闘争ではなく、金と権力ばかりを求めているのだね?

今ここでワシを殺そうとするのも、ある種の暴力の捌け口みたいなものなのかな?

君の後ろにいる人が権力を握ろうとするところを、ワシがこうして邪魔したからではなくて?

……

ほら、君も自分でよく分かっているじゃないか。

それと、もしできることならお願いしたいのだが、ワシ自らケリをつけさせてもらえないか?

これがなんだか分かるかね?

銃?

そう、数年前に裏でブラックスチールから仕入れたものだ。

まったく銃は使いづらい品物だよ。それにこんなもので、血の気が盛んなファミリーの面々に効くとも思えん。

せいぜいワシと同じような弱い人間から自分を守ってやれるぐらいだ。

だが今、何年も悩み抜いた末にようやく思いついたよ。こいつを誰に向ければいいのかとね。

……
ルビオはゆっくりと、自らのこめかみに銃口を突きつけた。

そうそう、ダウンブラウン君。

いつか君がここシラクーザで、ただの洗車屋として働ける日が来るのを願っているよ、殺し屋としてではなくてね。
10月19日
ずっと胸に溜まったこの思いを、スピーチですべて吐き出してやりたいものだ。
だがワシにできるはずもない。
ワシはカラッチの死でファミリーらに報復すると決心したことも、彼らに思い知らせてやらなければならない。
それに、まだまだワシには早すぎたこともある。
ワシは何も、時代を変えたいからこそこんなことをしようとしてるわけではない。ワシはそこまで自惚れちゃいないさ。
こんなことをして、大勢の人が感化して行動に移ってもらえるとも到底思えん。
だが少なくとも、こんな国でもきっとカラッチやワシ、そしてラヴィニアと同じような人はいると、ワシは信じている。
であればこの国にもまだまだ希望は残されていることだろう。
ひとまずここに、ワシが話そうと思っていることを綴っておく。
これまでたくさんカラッチについて話してきたが、君たちならきっと、ワシが言いたいのはカラッチではないと気付いてくれるはずだろう。
ワシが言いたいのはワシら、つまり市民らなのだよ。
今のワシらは、ファミリーという名の檻籠の中に住んでいる状態だ。
彼らは直接的にワシらの暮らしへ影響を及ぼすことはないだろうが、ワシらの暮らしの至るところに存在してる。
シラクーザで育った一般人ならみんな何かしらの形で、大きくなるにつれファミリーという存在を知ることになる。
そして最後には、その存在に慣れてしまうのだ。
しかし、そこでみんなにはどうか、周りの人たちを見て、自分たちの暮らしを振り返ってみてほしい。
そうすればきっと、あることに気付いてもらえるはずだ――
ワシらも生きた人間であり、ワシらの暮らしも真っ当なものであり、決して飼い慣らされる家畜の類ではないということに。
それに、ワシらにだって力はある。
ワシらが作り上げてきた暮らし、それが力だ。
あのファミリーらが享受してる暮らしも、ワシらが作り上げたものだ。
この国はワシらが作り上げたということを、努々忘れないで頂きたい。

……

裁判官さん、わたし夢でも見てるのかな?おとうさんが……あんな風に殺し屋と話ができただなんて。

いや、そんなことよりおとうさんが……おとうさんが危ないよッ!

……
ラヴィニアは自分の瞼が涙で濡れていたことに気付く。
しかし彼女はすでに心の中である種の予感を覚えていたために、その涙を拭ってやれることはできなかった。
そこで彼女はルビオの娘の傍に寄り添い、そして優しくこの子の耳を塞いでやることにした。
(一発の銃声がラジオから流れる)
この日は、ヴォルシーニの市民ら全員が記憶に留める日となった。
いつも通りの早朝に、渇いた銃声はラジオを通じて、ヴォルシーニの市内全域へと広がっていったのである。
元ヴォルシーニ食品安全部部長のルビオは、建設部部長の任を引き継ぐ就任スピーチの際に死亡した。
それから発生した多くの混乱とした事態は、半日以内にすべて収束することにはなったが、シラクーザの未来を大きく変えるきっかけの日となったのである。