玉門城に入ればもう安全でしょう。
でも油断しないで。
先に軍営に戻るわよ、欽天監にこのデータを届けなくちゃ。その後にズオ将軍へ城外の状況を報告しに行きましょう。
分かりました。
(無数の矢が飛んでくる)
フンッ、まだ話し終えていないっていうのに。
待ち伏せだ!林特使をお守りしろ!
結構よ、もう包囲されちゃってるから。
玉門城内で政府軍の邪魔立てをするとは、何者だ!?
……
お気を付けください、リン特使!
砂をガラスに変える……見たことがないアーツだ。
都市の外にいた時点でおかしいとは思っていたのよね……
あなたたち、天災観測のデータが目当てでしょ。トランスポーターの部隊を皆殺しにするも、肝心のデータだけは見つからなかったから、現場を盗賊が襲ったかのように偽装した……杜撰ね。
まずはあの女を殺せ。ブツはきっとまだあいつが持ってるはずだ、アーツには気を付けろよ。
頭数にものを言わせるつもりね?フッ……
そこへ鈍重な器物が飛んできては、リン・ユーシャの目の前にいた輩を吹き飛ばし、勢い余って路面に置いてある石板をも破壊していった。
飛んできたのは至って普通の金槌であった。とても荒い造りではあるが、幾多もの月日を経て、粗造なその表面はとても滑らかなものになっていた。
やがてその金槌を拾い上げ、何者かが林雨霞の前を遮る。
金槌を拾い上げた者も至って普通の刀鍛冶であった。顔は炉の火にあてられて赤みを帯びており、風砂によって皺が深く彫られたその様は、まるで廃棄された軍鼓のようで、粗造ではあるが、今も堅靭のままであった。
よくも好き勝手してくれたな!
……
孟(モン)さん、あたしが追うよ!
まずは負傷者がいないかどうかの確認だ、ヤオイェ。
……わかった。
卑劣な手を使う連中だったが、嬢ちゃん大丈夫だったか?
……
あいつらにやられるタマじゃないわ。
兵士の何名かがケガを負ってたけど、命に別状はなかったよ。ちょっと気絶してしまったってだけ。
こんな堂々と、しかも城内で政府軍を襲うだなんて、一体あの連中はなんなの?
っていうかモンさん、なんであたしを止めたのよ?一人ぐらいとっ捕まえて尋問してやればいいじゃない。
相手の素性はまだ分かっちゃいねえんだ……遥夜、いつも冷静に状況を判断しろって言ってるだろ。
その恰好を見るにゃ、嬢ちゃん玉門の人間じゃねぇみてぇだな。だが玉門軍が護衛についてるからには、一般人ってわけでもねえ。なんであんな連中に噛みつかれちまったんだ?
政府の内部事情だから、あんまり聞かないでちょうだい。
ちょっとあんた……!
それで、あなたたちは何者なの?どうしてここに現れたの?
俺ァモン・テーイーだ、街の南で鍛冶屋を開いてる。んでこっちは、ついこの間尚蜀からやってきたドゥ・ヤオイェで……
玉門最初の物流会社、“行裕物流”の社長よ。
俺たちァ城門で人を迎えに行くつもりだったんだ。
尚蜀から二人の手下を連れてきて、初めて玉門での護衛仕事に行かせてあげたの。しかも天災トランスポーターの護衛っていう大仕事よ、そりゃ迎えに行ってあげないとね。
それでモンさん、あいつらそろそろ帰ってきてもおかしくない時間なんだけど……
天災トランスポーター……
それならもう、迎えに行かなくてもいいと思うわよ。
……
ウェイ様、もしやまた私の本営の中でお目に留まるような武具でもありましたかな?
まあいいでしょう、どうせ私にはもう扱えん品物です。もしお気に召したのであれば、武器庫ごと龍門まで運んで差し上げましょう。
ご冗談を、平祟侯。これらの武具、たとえ左殿が扱わなくとも、玉門には必要だ。
確か十年前、魏様と賭けをした際に、私が手に入れたばかりの名剣を持って行ったはずでしたな。さらには五年前、酒の席で天師府から送られた弓をも持っていかれてしまった。
なら今日、酒の席で賭博をする際は遠慮などいらん。思う存分に、好きなように勝つといい。
まあ冗談はさておき、龍門は長年継続的に玉門へ物資を提供してくれたのです。それだけでも、ウェイ様には色々とお礼をせねばなりませんな。
職分に準じたことをしたまでだ。
しかし魏様は龍門総督であるゆえに、職務のほうは多忙極まりないはず……となれば今回はその職分があって、わざわざ玉門へ巡視しに来ていただいたわけではありますまい?
その通り、まあ個人的な事情も含まれているのでな。
私が龍門を数日ばかり離れたところで、社会秩序に乱れが生じるわけでもない。この際旧友たちに会おうとしたところで、別段悪いことでもないだろう?
宗帥が離任する日も間近だ、私からもしっかりと見送ってやりたい気持ちでな。
宗帥の離任、確かに手を焼く一件です。
彼が所持してる例の剣は、適切に処理しておかなければなりますまい。
おやおや、話題が二転三転した末に、結局のところは私のほうへ転がってきてしまったか。
宗帥、リィン殿、久方ぶりだな。
確かに、久しぶりではある。
やや!
見知った古い顔ぶれが勢揃いじゃないか、まさにここは痛飲するに相応しい日と言えよう。事前に酒の用意はできているのかな、ズオ将軍?
リィン殿の玉門における功労を鑑みれば、確かに何杯かは付き合って差し上げなければなるまいな。
だが、その話はまた後にして頂こう。
宗帥、どうやら武闘で選び抜いた第一人者に剣を譲り渡すつもりでいるようだな?
武功は所詮一つの試練に過ぎぬさ。剣を譲り渡すに値するかどうかは、まだほかにも見ておかなければならない箇所がある。
しかしこれについては、ズオ将軍はとっくに把握しているものだと思っていたのだが。
前回宗帥がそれを話していた時の情勢は、今とは違っていたからな。
だが私にとって、剣を預けるのは適した人間にであって、適した情勢にではない。
だがこうも長い間、軍の中や朝廷の中、ないし自分の身の回りを探し回っても、一人も適切な人間は見つからなかったのだろう?
……
何やらやけに賑やかではないか。
遠路はるばるお越し頂き誠にありがとうございます、太傅。
お久しぶりでございます、太傅もご健勝で何より。
お主らはみな大炎の辺疆を鎮守してくれた功臣たちだ。こうして一堂に介したところを見ると、まことに精悍なる様よな。
しかし今日はみなに急事があって伝えに参った、下世話ならまた後にしてもらいたい。
では人も揃ったところだ。ズオ将軍、ほかの者たちを下がらせてくれ。
ここへ来るまでの道中、ちょうど城外から帰還した巡防営の斥候と遭遇してな。彼から伝えたいことがあるとのことだ。
つい二時間ほど前、城壁に配備されていた者たちが遠方で救援の信号が打ち上げられたところを目撃しました。
そこで我々が現場に駆け付けたところ……三日前に玉門を発った天災信使の部隊が、全滅してしまいました。
なんだとッ!?
遥夜、そりゃお前が作った自分の旗だろ。なんでそいつを仕舞っちまうんだ?
……
もしかしてもう尚蜀に戻るつもりなのか?自分の手下たちを巻き込むんじゃなかったって、後悔してるのか?
あいつらと一緒に行ってあげられなかったことを後悔してるのよ。
さっきの女の人が言ってたことはお前も聞いただろ、十人いた部隊は一人も生き残りゃしなかったんだ。向こうからの救援信号をキャッチして支援に向かったのに、結局は都市に戻る際に襲われた。
相手はただの強盗や盗賊の類じゃねえんだ。お前が一人加わったところで何が変わる?
……モンさんってさ、こういうの結構経験してきたほうなんでしょ?
さあ、どうだろうな?
……
行裕鏢局は十何年前に護衛任務で何回か玉門へやって来たことがあったんだが、お前の親父さんとはその時に知り合った。ここ数年あんまり顔は合わせちゃいないが、付き合いは浅くねえ。
父さんも、よくモンさんのことを話していたよ。
半月前、お前は急に俺んとこの鍛冶屋までやってきて、自分の物流会社を立ち上げるとか言ってきた。
まだまだ十数年しか経っちゃいねえが、世間はもうすっかり様変わりしちまった。若い連中が自分の看板を立てようとするのも常識になってきちまったもんだよ。
まあお前に関しては、今の仕事のノウハウも、野外でのサバイバル知識もそこらのベテランと比べてもなーんも見劣りはしねえから心配しちゃいねえけどな。さすが問霜客の娘といったところか。
それもあって俺ァお前を引き取ることにしたんだ。今ん時の物流についてはてんで素人だが、玉門でそれなりに食ってきたからな、多少ならお前にもチャンスをやらないこともない。
だが今はそのせいで、逆にお前の友だちを巻き込んでしまったみてぇだ……
手下を玉門へ連れて来させたのはあたしだし、あいつらに天災トランスポーターの任務に行かせたのもあたし。
責任は全部あたしにあるわ、逃げたり誰かに押し付けたりはしない。
お前にその覚悟があるってんなら、俺も一安心だよ。
鏢局にしろ物流会社にしろ、人の命がかかってるっつー本質に変わりはねえ。この生業の看板を背負うつもりがあるのなら、相応の力量と覚悟が必要になる。
お前がこの先もこの道を歩み続けるつもりでいようがいまいが、その心構えだけはしっかりと憶えておくんだぞ、ヤオイェ。
……うん、もちろんだよ。
でも今回あいつらを殺した連中だけは、絶対に許さない!
今日も一日ご苦労さんっと。しっかりと休んでおけよ~。
ほら、ご飯を少し残してやったから食べなさい。温めてもらったから。
しっかしここの宿屋のコックたちはいい腕をしてるなぁ、おれもちょいと技を盗みたくなっちまうぐらいだよ。
いいです……お腹空いてないんで。
クソ親父を探さなきゃならないのは分かるが、メシも食わなきゃならないだろ。食って力をつけないと、いざ見つけたって時に一発かましてやれないだろ?
黙って箸を取る)
おいワイフー、お前さん手が……?
今日ちょっと試合でぶつけちゃっただけですよ……ホント大したケガじゃないんで大丈夫ですって!色んな達人がリングに上がってきましたけど、結局最後には私が勝ちましたから!
どうりで宿屋にごろごろと傷薬が置かれてるわけだ……ちょっと待ってろ、薬もらってくるから。
ほれ、手出しな。
うん。
やっぱお前さんはあのワイ・テンペイの娘なんだなって、こういう時に思い出すよ。
私はあの人とは違うますッ!
仕事も子供もほっぽり出して自分の好きなことをするような無責任な大人とは違いますから!
今は一人でも普通に暮らせるからいいですけど、あの人が家を出た時、私は未成年だったんですよ?育児放棄で逮捕ですよ、逮捕!
そうだな。だからあいつをとっ捕まえた際は、真っ先に近衛局へぶち込んでやろう。
……
ねえおじさん、あの人……本当にここにいると思いますか?
一年前に玉門で見たって話だ、あのリャンがな。だからおれもそれを信じるしかないよ。
仮に本当にここにいるとしたら、とっくに城門のところで貼られたランキングで私の名前が見えているはずです。今までだって、龍門を通る時も私に会うことだってできたはずなのに……
あの人は私に会いたくないのか、それともわざと私を避けているんでしょうか?
父親の子を思う気持ちについては、おれには答えられないが……
でも血は水よりも濃いものだ、それだけは変わらないよ。
お前たち親子ならいつかきっと再会できるさ、おれはずっとそう信じてる。ただ問題は、会った後にそれぞれが欲しがっている答えを見つけることができるかどうかだ。
実を言うと、私まだ分からないんです……自分は本当に、あの人に会う心の準備はできているのかって。
じゃあこう考えてみようか。仮に今、そこんとこの大通りであいつとばったり会ったとしたら、お前さんどうするつもりだ?
……
思いっきり下アゴにアッパーを食らわせてやります。
状況は上述したように、天災のデータはすでに欽天監のところへ送付済みで、データの観測結果から新しいルートが策定されております。
負傷した兵士たちもすでに治療を受けさせました。本件に関しては、林特使が調査を続行して頂いております。
ふむ……
分かった、下がれ。
天災が迫ってきているこの肝心な時に、玉門の中でこのような狼藉を働かせてしまったのは、すべて私の落ち度でございます。
慚愧の言葉なら結構だ。
いま優先すべきなのは、市内をのさばっている狼藉者たちの正体を突き止めることにある。平祟侯、何か思い当たる節はないか?
……“山海衆”かと思われます。
奴らならすでに、二十年前に一網打尽にされたはずです。
千年前に行われた獣への狩りによって、獣がこの大炎の国土で跋扈してきた時代は終わりを迎えたはずだったのだが、かの大いなる存在へ向けられた人々の信仰心までをも刈り取ることは叶わなかった。
そのため今でも獣の強大な力を崇拝し、そのものを神に祀り上げ、獣の信徒を名分に徒党を組み、獣の痕跡を探し求めている者たちが存在している。
司歳台もずっとその不法組織の動向を追跡し続けてはきたのだが、かの大罪人があの動乱を引き起こしてから、あの逆賊どもも何かを感じ取ったかのように活発化してきた。
その者たちは自らを“山海衆”と称し、“山海八荒、尽く其の主に帰する”を大義名分に掲げている。
なんとも荒唐無稽な名分に聞こえるが、信者らを集めるには十分に聞こえがいい。奴らの構成人員も複雑である上、獣の名を借りて好き勝手やってくれている。
幾千年にも及ぶ旧怨を、よもや私よりも忘れられぬ者たちがいるとはな。
二十年が過ぎて、今回奴らが玉門へ手を出したのはこれで二度目になる。
玉門城は元より大炎が獣に打ち勝った象徴みたいな都市だ。それだけでも奴らに狙われる理由は十二分にある。
現在の玉門はすでに巡航に出ております。山海衆が脇目も振らずに天災の情報を狙ってきたところから察するに、おそらく今回玉門が目指している目的地も把握しているのではないでしょうか。
直ちに本件を徹底的に調べ上げ、玉門の安全を確保せよ。僅かな失敗も許されん。
……
二十年前、奴らは功を奏さずに失敗に終わりました。今回はなおのこと、勝手気ままにはさせますまい。
今日ここへ皆を召集したのは、本来なら共にどう宗帥の例の剣を処置するかについて話し合うためであった。
だが尚蜀の一件を経て確信した。かの大罪人はすでに、ほかの代理者とも接触しているやもしれん。
宗帥の剣には、歳が十二に分けた意識のうちの一つが封じ込められているからな。
であるからこそ、剣の譲渡は慎重でなければならない。
……
目下、残り百八十個もの黒石の在処は未だに分かっていない。奴も次にどんな手を打つか、どこに石を置くかも検討がつかない状況だ。
この世の森羅万象を盤目としか見ていない奴に、石と駒の打ち合いで勝てると豪語する者などいるはずもなかろう。
司歳台にその剣を預けるにしても、そこは奴と近しい距離にあるため、むしろ逆効果になる恐れがある。
そのような相手に、無作為な手を打ったほうが却って妙案になり得るのかもしれん。適切な部外者に剣を預からせるのも、悪くはない方法だ。
私の弟が、皆にとんだ迷惑をかけてしまったな。
……太傅も宗帥もそのようにお考えであるのなら、私から異論はありますまい。
では宗帥。
なんでしょうか?
これより平祟侯と協力して、玉門内にいる山海衆の平定にあたれ。司歳台からの最後の任務だ。
例の剣を預けるに値する人選を見つけた後は、大炎内におけるお前の自由を許可する上で、二度と干渉しないことを朝廷側として約束しよう。
たとえ玉門の百姓がお前の正体を知ることがなくとも、たとえこの先お互いこの世から去ったとしても、司歳台の蔵書にはお前が大炎にしてくれた功績の一切が後世まで書き記されることとなる。
夢はいずれ覚めるもの、そんなものを気にする私ではありませんよ。
しかし、最後に至ってもこの都市と共にすることができないとは、嘆くべきなのやら。
おや……?
どうかしたか、リィン殿?
何か匂わないかな?花のような香りが……
これは、桃の香り?
桃の香りだと……?
殺伐とした戦場の地にある平祟侯の庭に、桃など植えられているわけがない。
この時期の玉門においても、桃の花が咲いてるはずもない。
しかしその場に居合わせている誰もが、まるで月光のように連子の外から漂ってくる仄かな香りを嗅ぎ取った。さらには、辰砂ほどの朱色を帯びた花弁が堂内へと漂ってきて、ゆっくりひらひらと落ちていく様が目に入った。
これはまた不思議なことが起ったものだな……
――
危ないッ!
(チョンユエがウェイをかばう)
まるで何もないところから一閃が薙ぎ払われたかのようだった。
剣先とウェイの喉の間は一寸にも満たない。殺意は肌を突き破ってくるものであったが、却って花の香りは心に染み渡るものであった。
……
素手で私の一振りを受け止めたとはね。あなた、誇りに思ってもいいわよ。
それほどの武功を持ち合わせていながら、なぜ奇襲や暗殺といった卑劣な手口に走った?
そっちこそ、強大な力を持ち合わせていながらも、なぜそんな貧弱な身体に置き換えたのかしら?
私のことを知っているのか……?
(ウェイが冷淡な女性に襲いかかる)
……
リィン。
頼まれた。
(リィンがその場を立ち去る)
太傅殿、ズオ将軍、お二人もご無事で?
ああ。
よもや魏様と宗帥の一撃を躱せる者がこの世にいたとは、まったく信じがたい。
宗帥殿、助けて頂き感謝する。
先ほど仕掛けてきた際の実力を見るに、おそらく奴は単に実力を有しているだけとは考えづらい。
直に玉門軍が来てくれる、まずは優先してあの刺客を捉えよ。
承知。ではくれぐれもお気を付けくだされ。
中々風流なことをするものだね、庭に花を残しただけでとんずらこくつもりかい?
あえて筵席に加わるつもりでいたのなら、もう少しだけあの場に残っていてもよかったんじゃないのかな?
それに見合った何かを見せてくれればね。
あら、これは夢の中?
これが夢なのが分かるのかい?
自らを十二に小分けしたっていうのに、まだこれほどの力を持っていたとは……
おや?貴君、私のことだけじゃなくて“彼”のことも知っているんだね。
私が会いたいのはその彼よ……あなたは彼じゃないわ。
私は自ずと私でしかないさ、どうしてそんなに彼に会いたがっているのかな?
ごめんなさいね、夢の中であっても時間を無駄にしたくはないの。
こんな夢如きじゃ、私は止められないわよ。
どうやら貴君も長い夢を見てきたようだね、ふふ。
なら目を覚まして再びこの喧騒とした塵世に戻ってきたのであれば、こうして相見えるのも当然ということかな。
(リィンと冷淡な女性の間に斬撃が走る)
私の命を取るつもりがあるなら、ここできっぱりとその訳を話しはくれないだろうか?
あなたの命を奪うのに、訳なんか必要かしら?
訳がないのなら、その手段であっても構わないぞ。
そなたのその実力、もう一度見させてもらおうか。
そんな資格、あなたにはまだないわ。
その女は一歩、後ろへと引き下がった。
剣筋はまるで草を撫でていく疾風のようであるが、またもや一寸外れてしまった。刃の鋭さは勢いを失い、ついぞ草を刈るには至らなかった。
城楼の上は風が強い、目に砂が入り込まんよう気を付けるんじゃな。
あなたたちってば、みんなして手を出す前にそういった決めセリフを言わないと気が済まないわけ?
(チョンユエが冷淡な女性に攻撃を仕掛ける)
そこまでだ。
貴様にもう逃げ場はない、大人しく投降するんだな。
(冷淡な女性がチョンユエを払い除ける)
人がたくさん来て、賑やかになったものね。
その女はゆっくりと手にしている長刀を揚げれば、刃はまるで月光のように輝き出した。月は言わば、この漆黒の夜空に開いた口のようなものであり、春の気配は尽くその口の中へと注がれていく。
三月の桃源郷はまさに艶やかなものであり、そこへ臨む者はその行方を晦ませ、ただ濃ゆい花の香りだけをその場に残していくのであった。
けど残念、誰もこの私を止めることはできないわ。