誰か!誰かァ!
またお前か!ついさっき釈放してやったばかりだろ?
これ以上騒ぎ立てるのなら、こちらも容赦はしないぞ!
このどアホ!こっちはそれどころじゃないのよ!
この小箱には玉門を救えるデータが入っているの!いいからさっさと……ズオ将軍、に……
(ドゥが倒れる)
これは……欽天監のデータボックス?それとこの令状は……
おいお前、なぜこれらを持っているんだ?おい、目を覚ませ!
誰か!はやく医者を呼んでこい!
(戦闘音)
こいつ、一体なんなんだ?
あのチェン警司でさえも、思わず感嘆としてしまう相手だったのかしら?
こいつのアーツ、私の赤霄でもってしても斬れないぞ。
あれが本当にアーツと呼べればの話だが……
あの人、まったく武術ができていないみたいですけど、刀の出の速さが尋常じゃありません。
まるで、ウソっぱちのああいった武術の秘訣書に書かれている“幻影術”ように、本当に空間を無視して間合いを詰めてきているようです。
もう少しだけあいつを相手にしてみます、もしかしたら何かが分かってくるかもしれません……
気を付けて下さい、向こうはこちらと武術を競っているわけではないので。
気を引き締めなければ、本当に死にます。
……
気を引き締めたとしても死にますね。
あなた、私を相手取るって言ってたわよね?ならそっちから来てもらっても構わないわよ。
――!
刀の振りは、先ほどよりもさらに速さを増していた。ワイフーは顔に優しく吹き付ける涼し気な秋風を感じることしかできず、まったく向こうの攻勢に対して反応をすることができなかった。
だがそこへ、突如と目の前に大きな壁が現れた。いや、あるいは分厚い壁のような男の背中か。
目の前に現れたその背中を見たのは、ワイフーにとって十数年ぶりであった。だとしても、未だ記憶にあるものと瓜二つだったのである。
再会は想像よりも早く、そして不意なものであったのだ。
リーが言っていた面倒事ってのは、こいつのことだったのか?
またあなた……
どうりでここ数日寝付けが悪いと思ったら、会いたくもないヤツの顔をもう一度拝まなきゃならなかったからか。
そう言い終えてワイ・テンペイは、ふと背後へと一瞥する。
彼の動きはとても身軽で素早かったが、ワイフーはハッキリと目で捉えられた。
あの宗帥と武を競うまで、できることなら他のヤツとやり合いたくはなかったんだが。
はぁ……今日はそれを破るしかなさそうだ!
おいお前、それなりに実力ってもんがあるだろ?下のモンをイジメるとは情けねえヤツだな?
そんなに腕が疼いて仕方がねえっつうのなら、俺が少しばかり相手してやるよッ!
武術狂いのワイ!素手では不利です、私の剣を貸しましょう!
必要ねえ。
俺の拳でさえ叩きのめせねえようなものが、剣ならぶった斬れるとは思わねえからな。
身の程知らずが。
ハアアアァァァ――!
(ワイが頭領を突き倒す)
ワイフーは一番の近場に居座っていたため、自ずと両者の攻防をはっきりとその目で捉えることができていた。
身体を横に構え、刀を避け、間合いを詰め、腰を曲げ、肘を衝く。どれも今まで自分が習ってきた技ばかりだ。
相手の顔色にも苦痛が見えてきた、どうやらワイ・テンペイは明らかに本気を出しているらしい。
一方ワイフーは、分厚い壁にぶち当たる感覚を想像していた。
ふむ……
なんておっかねえ刀なんだ。寸でのところで避けれられたのに、それでも皮が擦り剥いちまった。
こんのッ――
ワイ・テンペイに吹き飛ばされたその女は、刀を支えにして身体を起き上がらせる。どうやら先ほどワイ・テンペイが与えた大きな打撃はあまり効いていなかったようで、女は再び刀を構える。
しかしあれだけの失態を冒してしまったために、彼女も自ずと怒りが湧き上がった。その怒りはまるで形ある風と化したかのように、その場にいる者たちはみな、背筋を凍らすほどの寒気を感じた。
月光が、さらに明るさを増してきた。
こいつ、まだ何か手を隠し持っているのか?
またこの感覚……
ほう?なんだか雰囲気が変わったみてぇじゃねえか……いいぜ、もうイッチョやり合おうや!
(重苦しい咆哮)
……
しかし女はそこで空を見上げた。見れば遠くから漂ってきた雲が、月を半分ほど覆い隠してしまっている。
女はやがて、半ば持ち上げた刀を静かに下ろした。
あの女の子がデータを届けていってしまった以上、ここであなたたちとじゃれ合うのも労力の無駄ね。
でもあなたたちも、もう時間はない。
玉門は、この災難から逃れることはできないわ。
(山海衆の頭領が消える)
……
……
どうやら我々が駆けつけたところで、余計だったみたいだな。
だが見事な対決を見ることはできた。少なくとも骨は折らずに済んだな。
いやはや、まったく後生恐るべしだな。
チョンユエ殿はあの大男のことに目を向けていたとばかり思っていたのだが、違っていたか。
チェン殿、どうやらすでにウェイ殿の教えをほとんど受け継いでくれているようじゃないか。
チョンユエ殿から見て、彼女の剣術は如何ほどのものだったかな?
ふむ……
これ以上にないほど熟達しているが、極みには至っていないところか。
ほう?
つまりそれは……
モンの兄貴ィィィィ――!
悲痛な叫び声が、だだっ広い街の大通りに響き渡った。
……
探偵事務所にいた頃、ワイフーはいつも昼ドラなどで離れ離れになっていた親子が再会する場面をたくさん見てきた。
慟哭し鼻水を垂らす者がいれば、机や椅子をひっくり返すほど激情してしまう者もいた。しかしそういった喉を枯らすほどの演者たちの演技は、ワイフーにとって奇妙なものであったと同時に、理解しがたいものでもあった。
ウンやリーが傍で一緒にテレビを見ている時などは、いつも静かにチャンネルを変えてくれる。
もし父親と再会したら、自分はどういった感情を覚えるのかと、ワイフーも試しに想像したことがある。十数年も積もってきた恨み、怒り、迷い、不平不満を……どうやって父親にぶつけてやればいいのだろうか?
そしてその人は今、まさに自分の目の前に立っている。しかし顔に吹き付けてくる冷たい風と比べて、この事実にまるで実感が湧いてこない。
さっきは助けてくれて、ありがとう。
ああ……
まだ何か言いたいことがあるんじゃないの?
言わなくてもいいか?
じゃあ、私の相手して。
いいだろう。
(ワイフーとワイが手合わせを始める)
おとうさん、“こうびえいしゅん”ってなに?
その世にある無数の武術のうちの一つだ。その本を選んだのなら、そいつを教えてやる。
じゃあおとうさんはどの武術をやってるの?わたしもおとうさんのと同じのがいい。
俺が習得したヤツなら、お前にはまだ早い。基礎をしっかりと身に着けてからじゃないとダメだ。
わかった!
物心がついてから、こういった取っ組み合いの練習はもう何度やってきたことか。
技を繰り出せば、腕は筋肉の記憶をもとに動き出す。脳裏の奥底に眠っていた記憶も、それによって浮かび上がってくる。
青レンガが敷かれた家の裏庭、いつも水が貯め込まれた水がめ、布が巻かれた木の杭……そして、いつまでもぼやけて見えるだけの大きな背中。
そこでは、私は毎日毎日、過酷な鍛錬を重ね、何年も何年も技を磨いてきた。
取っ組み合いの相手も、やがて父から木人に代わっていったが、私は一日たりとも鍛錬を怠りはしなかった。十数年も続ければ、もはや鍛錬は寝食よりも自然なことになっていた。
どうやら私は、父にこんなことを聞いていたらしい。
“どうして?”
どうして私に武術を教えた?どうして私を自分と同じような武術家として育てようとした?
繰り出される技と技のぶつかり合いは、素朴なものだが、何よりも堅い結びつきであることを教えてくれる。
あなたは私にたくさんのことを教えてくれた。
でも私は、あなたの背中を追いかけてるわけではない。
私はすでに私自身の目標を見つけた。身に着けたこの武術を、何に使えばいいのかが分かった。私はもう、目の前にある背中のせいで、自分が選んだ道を変えるつもりはないよ。
でもこれからも鍛錬は続けるよ、いつかあなたを超えるために。
最後にワイフーの拳は、男の逞しい胸板へストンと落とされた。まるで本当に分厚い壁に打ち込んだかのように。
そして男の低い声が聞こえてきた。
中々上達してきたようじゃないか。だが俺と比べれば、まだまだだな。
大袈裟な。昔だったら、あなたに触れることすらできなかったよ。
そっちこそ、もしこの十数年でそれぐらいしか進歩していなかったのなら、すぐにでも追いついてみせるから。
言うじゃないか、それでこそ俺の娘だ。
褒められたって、全然嬉しくなんかないから。
私の負けだね。
(ワイフーが立ち去る)
ワイ・テンペイはヒゲを撫で、少しばかり考えた末、ふと笑い出した。
俺の下あごを蹴り上げたヤツ、俺は教えていなかったはずだぞ。
……フッ、面白いじゃないか。
まあいい、俺は医館に戻らせてもらおう。
ワイ・テンペイ、待って下さい。
なんだ、お前も俺に用があるのか?
宗帥の剣はどこに?ズオ・ラウは?
剣ならあの小娘が持っている。あの役人の小僧なら、どうせその小娘を追っていったのだろう。
詳しい話なら分からん、俺には関係ないからな。
……あと一つ。
宗帥がお前に会いたいと。
ほう?
(山海衆の頭目とジエユンが斬り合う)
お前はアナサだ、だから今の今までずっと手加減してやってきたのだが。
さっさと剣を渡せ、さもなければ容赦しないぞ。
グフッ……
渡すわけ、ないでしょ。
未だ癒着しきっていなかった傷口が、再び口を開いてしまった。アナサの少女は左手で剣を懐の抱え、右手で武器である飛輪を振り回し、辛うじて山海衆からの攻撃を防いでいく。
とはいえ、それでも一歩一歩後ろへと追いやられてしまい、腕もますます重くなってきてしまった。
……
急にこう思ったんです。ボクがあなたを見逃すにしても、そちらが逃げられなければ話にならないではないかと。
どうして、私がここにいることが……
ボクは、小さい頃から玉門で育ってきました。
幼い頃はやんちゃでしてね、砂渠からこっそり都市を出ることも考えたことがあったのですが、父上にこっぴどく叱られました。
しかし、あなたみたいな意固地な方だけなのでしょうね。本当にここから飛び降りようとする人は。
まだ、私を止めるつもりなのね……
ここ玉門へ来たのは、すべてその一本の剣のためなのですか?
そうだよ。
その剣で、故人を弔おうと?
うん。
その後は、ちゃんと剣を返してくれますか?
本当なら……
うん、ちゃんと返しにここへ帰ってくるよ。
と言うのも、先ほどあの医館の変人が約束してくれまして。もしあなたが約束を破った際は、彼が代わりにあなたを捕えてくれると。
しかし剣を追うことは、元よりボクの責務です。
たとえ共に砂渠へ飛び込むことになったとしても、剣を取り返さなければなりません。しかし一度だけなら、あなたのことを信じてやってもいいでしょう。
“一諾千金”という言葉があるのですが、あなたにはまだその意味は分からないと思います。しかし先ほども言ったように、もし約束に背くのであれば、必ずあなたを捕えてみせますからね。
……わかった。
無理をしなくてもいいんだぞ、小僧。そいつのそのケガの様子じゃ、飛び降りたところで死ぬだけだ。
今は酉の刻……タービンもすでに減速してきましたから、これ以上はもう待てません。
さあ、行きなさい!
そう言い終えるや否や、若い持燭人は少女に背中を見せ、山海衆に向かって剣を抜いた。
一方アナサの少女はしっかりと懐に剣を抱き締めながら、砂瀑へと飛び降りたのであった。
先ほど送られてきた情報を観測台がもう一度計算し直したところ、ようやく結果が出てきました。
今回の天災は砂嵐の形式で、規模はおおよそ四年前に玉門が接触したかの砂嵐の三倍にもなります。
また今回は突発的な事故が発生し、誤った情報により多くの時間を無駄にしてしまったため、状況は一刻の猶予も許されません……
ズオ・シュエンリャンが手に所持して見下ろしているその小箱には、砂や砂利によって削られてしまった痕が無数に残されている。
つい数日前、もしかすれば別の誰かも、こうして事細かにこの小箱を眺めていたのではないだろうか?そしてその人は一体、どういう心情でこの小箱を眺めていたのだろうか?
仮にここ軍帳に鏡が置かれていれば、左宣遼もきっと気付くことだろう。この短い数日もの間で、彼の頭にはまた白髪が増えてしまったことに。
直接結果を報告しろ。
今の玉門は天災の中央へ向かう航路を取っています。任意の方向へ進路を転換するのはもはや不可能です。
現時点で唯一可能とされる回避方法は、玉門の各区画を分離させ、それぞれ違う方向へ進行し天災を回避するしかありません。
仮に区画を分離して避難した場合、復元にどれだけの時間がかかる?
分離したあとに再度区画同士を結合させ、そして巡航速度を最大までに引き上げるには、おおよそ半年もの時間がかかってしまうかと。
……
間に合わなんな。
しかし、現状都市の安全を確保するには、この方法しかありません。
我々が確保するのは、いち都市の安全だけではないのだ。
将軍が忙しなく軍帳の中を徘徊するも、窓の外から見える夜の景色は依然と穏やかなものだ。目に見えていない危機は未だ遠くにいるが、それが事実として存在していることを、将軍は誰よりも理解している。
このような光景など、彼は数十年と見渡してきたのだ。しかし、今ほどこの砂漠の果てしなさを恨んだことはない。
もし、民らの安全だけでも確保することができれば……
将軍、それはどういう……?
直ちに天災と衝突する備えをせよ。中枢区画の東にいる市民らを全員、西へ移動させるのだ。
防御工程もすべて稼働させろ。加えて欽天監の術師らに、天災が城壁を超えてきた際の余波に対する備えもしておけと伝えておくんだ。
天災を凌いだ後の都市の修復だが、どれくらいかかる?
ズオ将軍、それはあまりにもリスクが……
どれくらいかかるのだと聞いている。
天災と正面衝突し、かつ市内の基礎設備などが損害したと仮定した場合……修復するにはおおよそ三か月はかかるかと……
うぅむ……
天災は刻一刻と迫ってきております、どうか迅速にご決断を。
(リャンが近寄ってくる)
リャン殿?
もしやこの左宣遼の独断専行を止めに参ったのかな?
太傅からの言伝を預かっている、それを伝えに参った――ズオ将軍の判断を信じる、と。
……承った。
……
総員、配置につけ。これより玉門は天災を迎え撃つ。