どうすれば、目の前にあるこの山を除けることができるだろうか?
この集落にいる者たちは代々、この山ありきの暮らしを過ごしてきた。
野生の果実は渋くて毒を持ち、獣たちも狡猾で獰猛で、少しでも気を逸らしてしまえば命はない。だがそれらを食う以外に、腹を満たしてくれる食料はない。
雨水は岩の隙間や土壌に染み込んだ後、山の麓まで流れ込んだ際はすでに黄色い泥水と化している。しかしそれ以外に、喉を潤してくれる水はない。
そこである一人の男は石を鋭利に磨き上げ、蔓を切り取り、その石を細長い木の枝に巻き付けた。
そうして男は一本の鍬を手に入れたのである。
彼は山の麓で比較的湿潤で平な小さな土地を見つけ、そこで鍬で土を耕し、採取しふるい分けた作物の種を撒いた。
そうして男は畑を手に入れたのである。
だがこれっぽっちの土地では全員を養うことなんてできやしない。それに目の前にあるこの山も……
雲に接するほど高く聳え、百里にも及ぶほど横たわり、その全容を一目で収めることができない。山道もうねうねと曲がりくねっており、とても険しい。
風もこの土地に吹き込んでくることはなく、人もこの土地から出ていくことは叶わない。目の前にあるこの大山は、多くの生きる機会を断ち切っているのだ。
ならまずは今持っているこの鍬で、山を切り拓こう。
それから男は、労働も休息もその山の麓で行うことにした。目を覚まして掘っては土を除け、疲れればそこで眠る毎日。
半年経つも、その山には僅かな浅い傷痕が生じただけであった。しかし男を見ていた一族の者たちはこぞって手にしていた野生の果物と黄色い泥水を置いたのだ。
そして次から次へと多くの者たちが男と一緒に山を掘り始めて、鍬は増えていき、やはて田畑も増えていった。
山を掘り、土を耕すその繰り返し。鍬を入れる音は日夜絶えず聞こえてくる。

お前、もうどのくらい掘ったんだ?

三年か、五年かな?もう憶えてねえや……

いつまで掘ってるつもりだ?

掘れなくなるまでだな。

愚かな人間だ!お前の鍬がどれだけ鋭くても、磐岩を砕くことができるとでも?いくらお前が持っている畚(ふご)が大きかろうと、ここにあるすべての土砂を移すことができるとでも?

お前の命が尽きるまで、この山を削り取ることができるとでも思っているのか?

それがなんだってんだ?

俺が死んだとしても、俺にはまだ一族の者たちと、俺の子供たちがいる。そんな一族の者たちと子供たちも死んだら、そのまたそいつらの子供たちが掘ってくれるだろう……

山が姿を変えることはねえかもしれねえが、それでもこいつを片付けようとする人間はいくらでも存在するんだ。これからもきっとどんどん増えてくるだろうよ。

そもそも山そのものを削り取る必要なんざねえ。一日頑張って掘っていれば、それだけ俺たちは多くの土地を耕すことができて、子を養うことができるんだ。

つまり、やめるつもりはないということか?

やめたら山に屈することになっちまうだろうが。

どうしてだ!どうしてそう執拗に敵に回すのだ!この山を!

じゃあなんでこの山はここに横たわって俺たちに邪魔立てしてくるんだ!?それを言うのならこの天地が先に人間に歯向かってきたんだろうが!

もうお前と話してる暇はねえ、さっさとどっかに行ってくれや。俺は引き続き仕事をしなくちゃならねえから。
(男が山を掘り続ける)

……

なんて……なんて理不尽なんだ!まったく理にかなっていないぞ!

貴様らときたら、もう五年三か月と七日もずっと私の尻尾の上でうるさくしよって…
…

はぁ……もういい。何も言ってもやめるつもりがないのなら、私がここから立ち去ればいいだけの話だ……
そうして山は突如と姿を消したのであった。
なんの騒ぎを起こすことも、異変が起ることもなく。そんないつもと変わりない一日を終えた後、労働で疲れ果てた男は畚を枕にし、いい夢を見ながら眠りに落ちる。
そして次の朝に目を覚ませば、目の前には散乱した僅かな土砂と、未だかつてないほどの開けた土地がそこにいった。あの山が本当に実在していたのかどうかと、男を疑わせてしまうほどに。
一族の者たちが言うには、男の勤労さと真心に感銘を受けた神明が、我々に代わって山を除けてくれたのだ。
数日前

あっ、族長が来てくれたよ。

……

昨日一晩中大雨が降っていたものだったから、モルタルが雨に濡れないか心配で朝チェックしにやってきたら、ここの馳道が土砂崩れで流されちゃってて……

そしたら一人の子供が泥の中に横たわってて、見に行ってみたら、も、もうすでに……亡くなっていたんです。

……

ぞ、族長?大丈夫ですか?

そんな……どうして人が……

多分なんですけど、馳道を沿って夜道を歩いていた時、たまたま土砂崩れに遭ったんじゃ……

一通り村のみんなに聞いてみたんですけど、誰もこの子供は見たことがないって言ってましたよ。付近の村もまったく知らないみたいで。

この恰好、うちの山のモンじゃないね……にしてもこんな若い子が、一人で何しに山に?

ねえ族長、なんか言ってくださいよ。これからどうするのか、みんな族長の指示を待っているんですから。

この子は……

何か、身分を証明できるものは持っていなかったか?

いえ、何も……きっと土砂に流されちゃったんじゃないですかね……

その、手に持っている物はなんだ?

うぅ、めちゃくちゃ握りしめてる……プラスチックの箱?みたいですね、結構重いです。

見てください、蓋がついてます。中には鏡が入っていますね、一体なんなんでしょう。

これは……カメラか?

ひとまず持っておきなさい、壊さないようにな。

官府の調査員が来たら、それを渡しておくように……もしかすればこの子の身元が分かるかもしれん。それでこの子の家族に報せてやればいいのだが……

……

ぞ、族長、このまま通報しちゃうんですか?

人命が出た事故なんだぞ、しないわけがないだろ?そもそも、村の外に掛かっているこの馳道の修理計画はわしらが受け持った大仕事だ。馳道が壊された時点で通報せねばならんだろ。

で、この子のことに関しては……はぁ、官府の人間が来たら、わしがその人たちに一通り説明しておこう。

あの、別に隠し事ってわけでもないんですけど……族長、一つ聞いてくれませんか?

土砂崩れで馳道は壊されて、なおかつ子供一人も亡くなった……これって、この子がアタシらに先んじて馳道の修理に取り掛かろうとしたって可能性は――

それはどういう意味だ?

見てください、族長。この子……

村から出て行ったマタギん家のシャオシーと、なんだか背格好が似ていませんか?

……!
その老人はきゅっと袖を締め、石像の前にある供え物を置く机の汚れをキレイに拭き取り、そこへ見るからに新鮮ではない果物と、カビかけてきた種もみを供えた。
やがて老人は石像の前に両の膝をつき、深く頭を垂れて蹲う。一言も発することはなく、老人は長時間その姿勢を維持し続けた。
このオンボロでガラ空きな廟には、一人の人間と一つの石像しかいなかった。

この果物は去年冬に入る頃に穴蔵で保存しておいたものです、今はどうかこれでご容赦ください……三月も終わるというのに、村にある木々はまったく芽を出さないものですから、今年も実りは少ないでしょう。

この種もみも、二年前の干ばつで辛うじて収穫できたものですから、あまり貯蓄がなくて。今年の春に入った頃も、連続で大雨が降られたものですから、ほとんどカビが生えてしまって……

ただ最近はようやく晴れてくれました。とはいえ春分もそろそろ過ぎてしまう頃合いなので、遅れてはしまいましたが、急いで種を撒くように村のみんなに言っておきました。

ですのでご先祖様……わしも致し方がなかったのです。

荒野で道を開通させることは困難を極める、それゆえ馳道は一大事業なんです。馳道の建造修理に関わった者は工部から多額の報酬を貰うことができ、なんなら殉職者には莫大な保険金を渡してくれるんです。

百数万にも及ぶ金額です、これだけでも村はたくさんのことができるのです。

水路を丸ごと修理することができるし、新しい灌漑用の装置も信使さんに移動都市から買ってもらうようお願いすることができる。ほかにも何か所かに井戸を掘ることだって……

もしも、もしもそれでお金が余ったら、一番質のいい種もみや緊急用の保存食を買うことだってできるんです。

村はもう長い間ずっと備蓄がない状態です。ここ数年収穫できる量も減るばかりですから、万が一そんな備蓄が底をついてしまったら……

はぁ、前々から貰えたはずの手当もまったく支給されない……本当に、本当にこの村には金が必要なんです。

だからあの子の身体と、シャオシーの名前を借りて……

もう三年です。マタギもわしも口にしてはいませんが、みんな分かっているんです。もうあの子はきっと荒野で死んでしまったんだと……

ご先祖様や、けしからんアイデアなのは重々承知しております、でも……仕方がないんです。

わしは……わしがこうしてるのも、すべては村のため……

わしは本当に……悪人になるつもりはないんです……

こうしてここで口にしてしまわないと、わしはどうにかなってしまいそうだ……

わしは本当に役立たずです。何十年も族長をやっておきながら、みんなの暮らしをちっとも良くしてやれなくて。ここ三年間に至っては、ご先祖様の住処もロクに直せてやっていない。

ご先祖様みたいに、山をまるごと削り取って、百人以上の人のために安住の地を作ってやれる実力など備わっているはずもありません。

わしは今年で六十七になります、もう畑仕事をできる歳ではなくなりました。だからこそ、せめてまだ歩けるうちに、まだ話せるうちに、できる限りみんなのために食い扶持を探してあげたいのです。

ですのでご先祖様。どうか、どうかわしらを、村を、何事も上手く行くように見守ってくださいませ……

……

住職様、この世にある事と画中に描かれた景色には、一体どういった相違があると言うのでしょうか?
そう言い終えて、行脚する僧侶は静かに目を開けた。
彼女は皺くちゃになった僧衣を折り畳んで下敷きにして、山を掘る者の石像の背後に寄りかかって座り込んでいる。その横には半分ほどの飲み水しか入っていない、いつも持ち歩いているお椀が置かれている。
どうやら彼女はつい座禅を終えたばかりのようだ。あるいはついうたた寝から目が覚めたというべきか。

施主殿、食物も水を施してくださり誠に感謝いたしまする……

施主殿はただの石像に過ぎぬが、拙僧の住職様が言っておられた、「縁に生死なく」と。だから施主殿のことは、勝手ながら“施主殿”と呼ばせていただこう。

昨夜は急に雨に降られたうえ、拙僧も動けぬほど疲弊して腹も飢えていたため、こうして施主殿の背をしばし借りて休むことにしたのだ。盗み聞きするつもりは毛頭ござらん。

しかし……

どこも婆山村のように大鐘が吊るされているわけではなく、かといって鐘を叩く者を必要としているものなのだな……
(サガがその場を立ち去る)

ほらシャオシー、あーん。

……

大丈夫、毒は入ってないって。

麻辣砂地獣だよ、あんたのお父ちゃんがわざわざ持ってきてくれたんだよ?うちらもお父ちゃんもロクに肉食っていないんだからね?しかもあんたのために、辛めに作ってくれって言われたんだから。

せっかく家に戻って来たんだし、本当ならこうやって飯を食わされるべきじゃないんだけどね。はぁ……

ペッ。

だとしてもほら、少しは食べないと倒れちゃうよ?それで苦しむのは自分のほうなんだからさ。

そもそも、アタシらもあんたを本当に殺すつもりなんかないって。

ケッ、こんな扱いを受けるもんなら、いっそのこと殺してくれたほうがマシだぜ。

なによ、まーた癇癪を起すつもり?

確かに、自分の名前が死んだヤツに付けられるのは気味が悪いけど。でも結局言っちゃいえばただの名前でしょ?

これから村に残ったとしても、方小禾(ファン・シャオヘー)とか方小樹(ファン・シャオシュー)って呼べばいいじゃん?そんなことで自分を苦しめる必要なんかないってば。

それにさ、今回村のためにしてくれたら、みんなきっと一目置いて、あんたら一家の世話を見てくれるはずだよ?安心して暮らすことができていいこと尽くめじゃん?

ケッ、そうやって安心して檻の中で暮らして、好き勝手にコロコロと名前を変えられるヤツなら知ってるぜ。村ん中で臼を挽かされてる駄獣って言うヤツだ。

フッ、何それ。人と駄獣なんて比べられるわけないでしょ……

はぁ、でもよくよく考えると、人も獣も同じように飯を食って働いて、同じように病気を貰ったり死んだりするよね。やっぱ一緒か。

お前らがどういう生き方を好んでいるかは知ったこっちゃねえが、少なくともおれは人として生きていきたいね!

もうこの子ったら、なーんで分かってくれないかなー……
井戸の傍には老人が立っており、井戸に付けられた轆轤と同じぐらいの低さになるまで腰を低く曲げている。
木製の軸をせっせと巻き上げ、釣り上げた木桶を井戸縁に置いた後、老人は腰を上げて深く一息ついた。
木桶の中を見やれば、入っているのは未だ沈殿しきっていないヘドロしか入っていなかった。
飲み水として利用することはできないが、水撒きをするにはちょうどいい。数か所に井戸を掘ったが、少なくとも無駄ではなかったことだ。

族長、そういった体力仕事ならうちら若いモンに任せればいいのに、一体なにをやってるんですか?

みんなのために水を汲む気力ぐらいまだ残っておるわい。後で種を撒き終えたら持っていくといいさ。

そもそも、こっちも居ても立ってもいられないのでな……

なんでこんなお節介焼きになってしまったんだが。数年前に、みんなを連れて隣村と馳道の事業計画を奪い合っていた時は、こんなんじゃなかったですよ。

あれとこれは別だからな……

だとしても、どっちも村のためでしょうが。

しかしだな、やはりどうしても不安でならないんだ……

不安ですって?何がです?

あの亡くなった子供の身元なら繰り返し調べてきたじゃないですか。誰もあの子のことは知らないし、見たこともないって毎回結論が出てるでしょうに。

官府の人間が明後日来た時は、戸籍を調べて登録しておいて、墓ん前でマタギに大泣きしてもらえれば万事解決ですよ。

村のみんなも事情は分かっているんですから、誰もチクったりしませんって。バレたりゃしませんわな。

マタギは、あれから何も言っていないのか?

言うって何をです?最初から決まったことでしょうが。現に息子が五体満足で戻ってきたんですから、あっちだってもう満足してるでしょうよ?

……シャオシーのほうは?

しっかりと手配済みですよ、ちゃんと見張りが付いてますって。門もがっちりと鍵をかけていますから、逃げ出したりしませんよ。

そうか、だが腹を空かせてやってはならんぞ。

大丈夫、空かせやしませんって。周六んとこがあいつに飯を届けてもらってますわ。

この難関さえ越えれば、あとでゆっくりあの子を説得してやれる……だがひどい扱いをするんじゃないぞ、いかんせんまだまだ子供だからな。

はぁ、明後日、明後日か……ここ二日は長くなりそうだ……

絶対に、ヘマを起こさないでくれよ……

……

そうだ、父ちゃんは?なんで会いに来てくれないんだよ?お前ら、父ちゃんまでも閉じ込めやがったのか?

あー、お父ちゃんは……

えっと……これ、アタシが言っていいのかな……

そもそも、誰がこんなことを思いついたんだ?周四のあの※山村に伝わる悪口※か?それとも族長か?お前ら一体どうやって父ちゃんを頷かせやがったんだ?

それとも父ちゃんが、父ちゃんがうんって言ったのか?

違う違う、そんなことないって。そんな風に自分のお父ちゃんを言っちゃダメだってさ……

みんなね、本当にあんたはもうすでに……それがまさか帰ってくるなんって思わなかったからさ……よりによってこんなタイミングに。

なんだよ、今こうしてちゃんと帰ってきただろうが!

そうなんだけど、もう役所に事故のことを報告しちゃったもんだからさ、みんなこのままやり繰りするしかないんだよ。

これは村の総意であって、族長の意思なの。それにあんたのお父ちゃんだって……同意してくれたんだ。

!!!

ねえ小石ちゃん、よくおばさんの話を聞いてちょうだい……

今回シャオシーちゃんが無事に戻ってきてくれて、みんなホントはすっごく喜んでいたんだよ?特にあんたのお父ちゃんなんか、そりゃもう大喜びで……

でもアタシらの村が今どうなってるのか、あんただって分かるでしょ?アタシたち、どうしてもあのお金が必要なの……

うちの小さいの、まだ憶えてる?ほら、小さい頃なんかいつもシャオシーちゃんのことをお兄ちゃんって呼んでたじゃん。

こんな山奥に生まれて、ロクにご飯をたらふく食わせてあげられないものだから、アタシと周六のおっちゃんがなんとかお金を捻出して、あの子を移動都市に送ろうって思っていたの。

でもこの二年間、お金を捻り出すどころか、食料の備蓄すらもう残り僅かになっちゃったの。

やめろよ、そんな話を持ち出して……

シャオシーちゃんが根はいい子なの、おばさん分かっているから。だからこの大事な時期にみんなのためだと思って協力してくれないかな?ね?

こんな、こんな薄汚いことをしておいて、お前ら自分たちのことが恥ずかしいとは思わないのかよ……?

もっかい言うぞ。名前はおれんだ、絶対に協力してやるもんか。

はぁ……いいも悪いも全部話しちゃったから、おばさんにはもうどうしようもないわ。

でもね、いくらシャオシーちゃんがここで暴れたって、これはもう決まっちゃったことなの。もう変えられないのよ。

ご飯、ここに置いておくから。お腹が空いたら、自分で食べてちょうだいね。

周大至(ジョウ・ダージー)、こんな暖かい日和になにをサボっているんだ?さっさと働かんか。

それが、犂が壊れちまって。

さっき村の東んところにある畑を耕していたんですけど、地面に石が埋まってたんです。それでそのまま食っちまったもんですから、犂が欠けちまいまして……

わしの家の倉庫に使われていない犂がまだ置いてあるはずだ、それを持っていきなさい。

……

どうした、まだ何か悩み事か?

えっと、犂を壊しちゃった以外に、その……さっき石を食っちゃったせいで、犂だけが空回りして、それで源石原動機がショートしちまったんです。

ホントにすんません、全部俺のせいです!あの源石駆動の犂、元から使いにくくて、この前移動都市から来た行商人が修理できるって言ってたんですけど、勿体なかったから修理しなかったんです。

だから言ったじゃないか。使えても修理しなければ、肝心な時に必ずヘマをこくと。

……

だからその……自分でなんとかしてみますわ。

なんとかしてみるって、土塊や石の隙間から原動機が掘り出せるとでも?

ど、どうしようもなかったら自分で犂を引っ張ります。俺たちのご先祖様だって源石農具がまだなかった頃、そうやって山を掘ってきたんですから……

あれやこれやと言っているうちに、自分でもどうすればいいのか分からなくなってしまったじゃないか。

平地ならともかく、わしらの村にある大半の田畑は坂や斜面にできているだろ。おまけに土砂は崩れやすいわ、石ばかりが埋まってるわで。人力どころか、駄獣とて犂を引くのに苦労するわい。

それは分かりますけど、でも……

お前の叔父んとこの奥さん、この時間ならまだ家にいるはずだ。わしが使ってる歩行車を一緒に出してもらえないか頼んでみなさい。

それってまさか……

歩行車にも源石原動機が備え付けられている。パワーは少し小さいかもしれないが、弄れば使えなくはないだろう。

それって工事しに来た時の親方さんが完工する際にわざわざ移動都市から持ってきてくれたものですよね?族長の足が悪いのを見て。

冬にいつもそれを使ってるじゃないですか。

そんなもの……万が一また壊しちまったら……

構わん、元からすでに壊れたものだ。

えっ、どうしてですか?

……都市の人が使うものには慣れていなくてな。

そんなことよりも、もう三月の末だ。春に耕して秋に収穫する、時期は人を待ってはくれんぞ。

歩行車がなくとも、冬に入ったとしても歩けなくなるわけではない。だが今のうちに種を撒いておかなければ、今年の冬は凌げなくなるぞ。

でも……

いいからいいから、はやく行ってきなさい。
(村民が立ち去る)

はぁ……

ん、誰だ?誰かそこにいるのか?

歳で目が眩んで見えたのかな?

……
若い剣客は僅かに後ろへ下がったおかげで、塀にぴったりと隠れることができた。
村人たちはせっせと井戸へ水を汲みにやってくる。轆轤を回す音は絶え間ない。
そこでチュウバイは井戸の傍に佇んでいる老人と、一面に泥が撒かれた地面と雑多な足跡を見やる。
山奥にある村の道というのは、どこだってこういうものだ。晴れれば人の往来や炊煙は増えるも、雨が降れば一面泥まみれだ。
そうして壁に隠れた彼女はそのまま引き返した。
聞いても無駄なことは存在するが、それよりも彼女はほかのことを確かめなければならなかったのだ。
やがて彼女は中庭に通じる門を押し開けた。
昨日は人もいたため、あまり詳しく見渡すことは叶わなかったが、中庭はとても乱雑としていた。
北側を囲んだ塀にはぽっかりと穴が開いており、土に汚された跡が残っている。さながら前歯が欠けてしまった老人のようであり、おそらくは数日前に降ったという大雨のせいでこうなったのだろう。

……
部屋の真ん中には長椅子が置かれていた。表面は黒光りとしていて、長い使われ続けてきたことが窺い知れる。
そんな長椅子には人の背丈の半分ほどを有してる木材が立て掛けられており、マタギはその上端を肩で抑え、木屑が床一面を覆い尽くしてしまっているほど、ひたすら鉈を滑らせていた。
仇白には、あれが昨日マタギが背負っていた木材であることが分かっていた。半分に切り分けられたその木材は、すでに薄っすらと四角い形状に削り出されている。

誰だ?

チュウバイのお嬢さん……もう村を出て行ったんじゃ……

何か忘れ物でもあったのですか?

……

この木材で何を作っている最中なのですか?

え?

木材。

ああえっと……弓をね。

弓?

はい、弓を。この村に来る前はマタギをやっていたので、弓を作って復業しようかと思いまして。

なんせこの二年間ずっと作柄が良くなくて、年々劣ってきているので、たまには荒野に行って一匹か二匹ぐらい砂地獣を狩っておいたほうが飢えも凌げますからね。

胡桃の木は木質が乾いているうえに弾力性もない。それが弓の原型として利用できるものなのでしょうか?

……よくご存じで。しかしこんなやせた土地では、いい杉は生えてこないんです。それに人を殺すためではなく狩りをするためのものですから、胡桃の木でも十分使えますよ。

そうでしたか。てっきり、墓を作っているのか思っていました。

シャオシーの墓をね。
マタギは手に握っていた鉈を不意に長椅子へと置いた。
彼の目はとても慌ただしく泳ぎまくっていて、身体の動きもとても遅い。だがそれでも彼は両手を強くこすり合わせながら、口角を上げて強張った笑顔を作り出した。

知っていたのですね。

それに今までずっと村に留まっていたんじゃないですか……?

私も単に杞憂で終わらせたかったものですよ。

お嬢さんはまだこの村の状況をよくご存じではないからでしょうね……

説明なら結構ですよ。

あなたの仰りたいことなら、すべてお見通しですから。

本当ならそちらの族長を問い詰めようと思っていたのですが、色々と考えたすえ、ほかにもっと気になることが出てきてしまいまして。

一体どういう気持ちを抱きながら、自らの手で墓標を作り、自分の子供を死人扱いしたのだろうかと。

……

まったくの予想外だったんです……

あなたもそう考えていたのですね。彼はすでに三年前に、荒野で野垂れ死んでしまっていたのだと。
いいえ。
そうではありません。
いいやダメだ……
俺は反対だ。
確かにシャオシーは今まで村にさんざん迷惑をかけてきたが、そんなことをしていいはずがない!
そもそも、シャオシーはすでに死んだって誰が言ったんだ?
ファンさん、聞いてくれ。村の状況はあんただって知らないわけじゃないだろ?俺たちももっといい方法があったら、こんなことをすると思うか?
シャオシーがもしまだ生きてるのなら、三年もすればとっくに村に帰ってきてるって。
あんたもこの村で一人になってしまったんだから、誰かしら世話してやらなきゃならないだろ。
まあ、その話はまだ先のことだからひとまず置いておこう。シャオシーの名前を使う以上、あの保険金はまずそっちに渡しておくよ。ある程度受け取ってから村に渡してもらえればいいからさ……
あんたら親子に今までやってきた仕打ちの償いだとでも思っててくれ。
その保険金はまず俺の手元に渡されることになる。
そのお金を交通費などにあてれば、きっと色んな場所に行くことができるだろう。
笑えてくる話だ。人生の大半はマタギをやってきて、この荒野もあらかた渡ってきた。色々と怪我や病を貰いはしたものだが、せいぜい雨風さえ凌げればそれでいいと考えていた。
せっかく稼いだ金で、ここ謀善村で土地を買って、家を構えたっていうのに、最後の最後にはまた離れなきゃならなくなるとはな。
もう三年も経ってしまったんだ、いい加減我が子を探しにいかなければならない。
本当に見つかるのかどうか、なんなら返って来れるのかどうかも、そんなことはもうだっていい。

お嬢さん……いや、武侠様、シャオシーを家まで送り届けてきただけでなく、ここまで気に留めていただき感謝しております。けどこれ以上のことは、もう関わらないでいただきたい。

村で悪さをしたシャオシーが、今こうして家に帰ってきてくれたのです。もしこれでまた村人たちと仲違いしてしまえば、俺たち親子はもうこの村にはいられなくなってしまう……

それに明後日には官府の調査員もやって来るのです。その時だけは絶対にヘマをやらかすわけにはいきません、さもなければ村とは……

江南から塞北に至るまで、これ以上にないほど理不尽なことも私はこの目で見てきました。

村のために金を手に入れようとしているあなたたちのことなら、私は最初から無関心ですし、首を突っ込むつもりもありませんよ。

そ、それは何よりです……

この山場さえ凌げれば、あの子も将来は少なくとも大人しく、穏やかに村で過ごせるはずです……

それだけが私の心残りなのですから。

……

しかしそうして村に残れば、必ずしも穏やかに過ごせるものなのでしょうか?

村のみんななら、シャオシーをどうこうするつもりはないはずですよ……

それこそ昨日、移山廟に置かれている彼らのご先祖様の目の前で、族長や村人全員が俺に誓ってくれましたから……

そんな口約束一つで、ですか?

……

あなたも知っての通り、シャオシーのあの性格では決してこのことについて納得してくれないでしょう。あの子ならきっと自分たちの土地を守った時のように、自分の名前を守るはずです。

それとも、そうして暴れ回らないようずっとあの子を閉じ込めておくつもりですか?

万が一収拾がつかなくなるほど、あなたたちの計画が危ぶまれてしまうほど暴れ回ったと仮定しましょう。その時、あの村人たちはどうしてしまうのでしょうね?

……

悪行は一旦手を出してしまえば、引っ込めたいと思っても引っ込められないものです。

私が何を言っているのか、あなたも十分理解しているはずです。

なら、せめて明後日まででも……

あなたはあの子の父親であるにも関わらず、どうすればいいのか分からないでいるのですね。

お嬢さん、一体どちらへ?

ご安心を。あなたたちを邪魔立てするつもりも、告発するつもりもありませんよ。さもなければあの子をここへではなく、とっくに官府へ連れて行ったはずです。

しかしあの子を連れ戻してきたのが私である以上、私にはあの子の安全を保障する責務があります。さもなければ、私があの子を害してしまったようなものでしょう。

ですので、私もしばらくはこの村に滞在させてもらいますよ。

……ここにあるボタンって一体なんのために付いてるんだ?押しても全然反応がねえぞ。この前イジってたあいつ、一体どうやってこいつを開けたんだ……

ねえねえ、まだー?

焦んなって!すぐ仕組みが分かるからさ!

カメラなんか全然分かんないくせに、なに独り占めしてるのさ。はやくボクにも、ボクにも遊ばせてよー。

遊ばせるだァ?お前にやったらそれこそ壊しちまうだろうが。

ボクまた中でケンカしてる人たちが見たいのー。この前ちゃんと見ようと思ったらすぐに消えちゃったからさ。

おい、なに取ろうとしてんだよ!やーめーろーよー!

あっ、族長のお爺ちゃん、こんばんは。

……

小平(シャオピン)、小安(シャオアン)、隠していないでさっさと出しなさい。

これは元々わしの部屋に置いてあったやつじゃないのか?一体誰が持ち出していいと言った?

見たことがないものだったから、気になって……

そこまでして見たいと思うようなものでもないのに。これがどういうものなのか、お前たちは知っているのか?

でも、俺たちさっきつけることができたんだぜ!

つける?

そうそう、その小さい箱ん中に人が現れたんだ!

あれがエイガっていうやつなのかな?

バカ、映画っつーのは移動都市のビッグスターらが銀幕で演じてるものを言うんだぜ。あの中に映ってた人なら、よく村に来てくれる信使のお姉ちゃんだったろ

あの子、一人であそこに行ったわけじゃなかったのか……