あれはちょうど秋ごろ、私と故郷から逃げ出したイベリア人数名が、共に人気のない荒野を彷徨った時のこと。
みんなこの荒野で死んでしまう考えが脳裏を埋め尽くした時、目の前にこの修道院が現れてくれたのだ。本当に奇跡だった、ありもしないはずだった救いだったよ。
そこのトッレグロッサ主教が私含め、行き場を失った者たちを匿ってくださった。彼はとても尊敬に値するお方、最も敬虔なる信仰者と言えるだろう。
主教様が管理なさっているこの修道院は荒野に閉じ込められていながらも、世間から切り離されたここはまさかに異郷と言っても過言ではない場所だった。
ここでは本来決して交わることのない人たちが平和に共存しており、共に支え合っている。暮らしは貧しいが、みんな互いを分け隔てず、生きるために助け合っている。
……
この筆跡は、やっぱりあの人の……
私がとあることに対して願い出た時、主教様はしばらく沈黙した後にこう答えた。助けを求める人を拒むつもりはないが、私が提言した場所は遠すぎるため力が及ばないと。
きっとあまり多くの期待を抱いていなかったのだろう。そう答えられても、私はそれほど失望しなかった。だが私の無理難題を拒んだ主教様のほうこそ、私よりも後ろめたい顔をしていた。
私はとても深く感銘を受けたよ、このような善良なる人たちが共存している場所を見て。だがそれと同時に、思わずこんな疑問も浮かび上がった。
このような世情にそぐわない奇跡は、はたしてこの大地に存続することができるのだろうか?
……私もきっと、ここに長く留まり過ぎてしまったのだろう。
もう一度戻ろう、ラテラーノへ。
“本来決して交わることのない人たち”、“互いを分け隔てなく助け合っている”……
確かにあなたの言う通りね。私も最初ここを見た時、思わず自分の目を疑ってしまったもの。
個人的な考えに限って言えば、私もできることならこの平和がずっと続いてほしいと思っているわ。
(ドアのノック音)
どうぞ、入ってらっしゃい。
失礼します、レミュアンさん。今お時間大丈夫ですか?
この前言ってくれた流行りの模様をみんなと一緒に毛布に入れてみたんですけど、こんな感じで大丈夫ですか?
どれどれ……うんうん、いい出来ね。お店に出してもおかしくないクオリティよ。
いやいや、そんなことは……
そうそう、最近どんどん寒くなってきたじゃないですか。レミュアンさんが今被ってる毛布じゃ足りないと思って、みんなからちょっとずつ布を集めておきました。
まあ、お気遣いありがとう~。
でも、私にあげっちゃったらそっちが足りなくなるんじゃないの?やっぱりみんなに残してあげてちょうだい。
こう見えて私、結構タフなほうだから。そう簡単に風邪なんか引かないわよ。
あはは、いいんですよ。ちょっとだけですから大丈夫ですって。
レミュアンさんこそ、タフって言ってもそこまでじゃないですか。まったくラテラーノも酷いですね、なんであなたみたいな人をこんなとこまで……
それはー……
まあ、上に聞いてみないと分からないわね。私も気になってるところなのよ。
……
(回想)
どうしてそんなにラテラーノへ帰りたがらないの?
レイモンドたちと一緒に行けないからだよ、その理由だけでも十分でしょ!
あの人たちは見捨てろっていうの?申し訳ないけど、あたしには無理だね!
(回想終了)
(フィーヌのバカ、私がそんな冷たい人間に見える?小っちゃい頃から一緒に育ってきた友だちを見捨てることなんか私だってできないわよ。)
でもこのまま続けたって仕方がないじゃん。最近みんなも段々ピリピリしてきちゃってるし……)
(本当に……これしか方法はないのかな?)
……
どうした、またため息なんかついちまって?
珍しいな、お前一人だけなんて。フィーヌは一緒じゃないのか?
レイモンド!
ちょっとそれどういう意味よ。言っとくけど、別にいつもベッタリって訳じゃないからね?
そんなもんだろ。だってお前ら、もう少しで同じベッドに寝ちまうくらい仲がいいじゃねえか。
そりゃ一緒に寝る時くらいはあるけど……あっいや、そうじゃなくて!
いつ戻ってきたの?ジェラルドさんと一緒に狩りに出かけたって聞いたからてっきり……狩りはどうだった?怪我とかはしてない?
怪我したら絶対に言ってよね?ジェラルドさんみたいに、なんでも我慢しちゃダメなんだから。
俺は平気だ、余計なお世話だっての。
余計なお世話ぁ?この前それで傷口に炎症を起こしちゃった時も、勝手に鉱脈に行ってあと少しで戻れなくなった人は誰だったのかしら?
あなたはいつもいつも――
だぁもう!分かった分かった!俺が悪うございましたー!
俺が悪うございました~?
……悪かったよ。
……
なあフォルトゥーナ。
ん?
実はずっとお前に聞きたいことがあるんだ。お前や……フィーヌに。もちろん、ほかの人たちにだって。
その……お前らも俺たちと一緒に……
青年の言葉はここで途切れた。
彼はふと、黙りこくってしまったのである。
……
どうしたの?
……いや、なんでもねえ。
あとでまた出かける。ちょっと遅くなるかもな。
その、代わりといっちゃなんだが……夕食の前に、一回最上階の聖堂まで来てくれないか?
できればフィーヌも呼んでほしい……お前らに伝えたいことがあるんだ。
これ、一体どういうこと?
修道院の周りに街ができ上がってるけど?しかも区画の端っこまでびっしり……修道院内の居住空間ってそんなに狭かったっけ?かなり広いはずだったけど?
それだけここは人口を抱えてるってことなのかな?これだけの人数を養うのは簡単じゃないぞ……特にこんな荒野のど真ん中じゃ
入ってみれば分かることです。
……待ってください、誰か来ます。
ん?あっ、中から誰か来た。ここの住民かな?
ヘルマンのやつ、一体どこに行き……
ハ~イ、そこのフード被ってるお兄さ~ん、こんにちは~。
――!?だ、誰だテメェら!?
その頭にあるヘイロー……お前らサンクタか!
なんの目的があってここに来たかは知らねえが、これ以上近づくんじゃねえ!
おいおい、出会い頭にそう剣幕立てるなよ。お互い落ち着いて話をしようじゃないか。
俺たちはラテラーノから来たんだ、怪しい者じゃない。とりあえず落ち着いてくれないか?手に持ってるそのおっかないものも仕舞ってくれたら嬉しいんだが。
……
こんな荒野にラテラーノ人が何の用だ?
俺たちは教皇聖下からの任務を受けて、仲間を探しに……
そんなことをしても時間の浪費にしかなりません、リケーレ。
今彼が見せた態度からも分かる通り、この方は私たちの正体とここに来た目的を明確に把握しております。しかも敵意までをも抱いている。
加えてラテラーノというワードを聞いた途端に顔をしかめ、明らかな排斥と嫌悪感を出しています。なぜそこまでの敵意を抱いているのですか?
……なんのことだかさっぱり分からねえな。
ずっと街に通じてる入口のところに立っていますね、あなた。
――!
あえて私たちの視線をそこから遮ろうとしています。その奥を覗かせないために。
奥には何が?
この野郎――!
……
(スプリアが静かに立ち去る)
そこまでにしておけ、フェデリコ!相手を挑発するな、そういう意図はないと思うが。
聖下の任務を忘れたか?穏便に目立たないように。この前みたいに無茶をしちゃ……
挑発はしておりません。
ハッ、テメェらラテラーノ人はいつだってそうだ。急にどっからか現れては何もかもをメチャクチャにしていきやがって……
資料を読む限りでは、ここの状況は元からあなたの言うように「めちゃくちゃ」だとは思いますが。
……テメェ、もう一遍言ってみろ。
やるってのか!?あぁん!?いいぜ、そういうつもりならとことん付き合ってやるよォ!
ひぇ~、おっかないおっかない。あっちは一触即発って感じだね……
けど、いつもフェデリコが周りの注意を惹きつけてくれるから助かるよ。こうして思っていたよりも簡単に抜け出せちゃうからね~。
にしてもあのフードを被ってたヤツ……う~ん、確かになんだか怪しいわね。
まっ、今はとりあえず放っておけばいっか。
まずは人を探さなきゃならないもんね……
さ~てレミュアン、一体どこに隠れちゃってるのかな~?
(扉の開く音)
今日は何やら来客が多いようじゃないか。
御機嫌よう、ジェラルドさん。あなたもそう思わない?
ここでステファノに会えると思っていたんだが、いたのはお前だけか……
主教様はほかにも仕事があるが言ってたから、ついさっき出て行ったさ。
まだ遠くには行ってないはずよ、今すぐ追いかけていけば見つかると思うけど?
そうか、助かる。
……
……今日はそれを弾かないんだな。
私の演奏が好きなの?じゃあ今ここで一曲弾いてあげようか?
いや、結構だ。
お前は……みんなのためにほんの僅かでも喜びを与えてくれた、そのことには感謝してる。
だが全員を慰めてくれるわけではない、少なくとも私がそうだ。
どうしてお前のような音楽をやっている人間がこんなところに居候しているのかは分からないが……せめてここに災いを持ち込まないでもらいたいものだね。
いやだなぁ、買いかぶり過ぎだよ。
災いというのはいつだって最初からその場所に潜んでいるものだ。やがては芽を出して、花を咲かせる。
もしこの花園の中に、本当にそんな種が潜んでいるとしたら……いつか必ず土から芽を出してくるはずだよ。
それに私は……せいぜいその過程を見届けることしかできない通りすがりの旅人でしかないさ。
……ここに芽を出してはならない種など存在しないさ。
しばらくもしないうちにすべてが元通りになる。良からぬことも、ましてや災いも起こることはない。
だから、余計なことはしないでくれよ?
それは忠告かい?
いいや。
警告だ。
(ジェラルドが立ち去る)
冷たいねぇ……でもまあ、直接手を出してこなかっただけあって、手加減してくれているってことかな。
さすがは人生経験豊富な年長者ってところだね。
……ん?
(扉が開く)
……
おやおや。
きれいな……
……おねえちゃん。
やっぱり、今日はいつも以上に来客が多いね。
いらっしゃい、可愛らしいお客人。
……
……
私はアルトリア。あなたたちのお名前は?
おいフェデリコ、もういい加減にしろ。言葉がトゲまみれだぞ。
私の発言に問題があるとは思えませんが。
いいからお前はとりあえず黙っているんだ。
……
いやぁ申し訳ない。俺たちは本当にただ行方不明の仲間を探しに来ただけなんだ。あんたがどういう人だろうと、その……敵意はないって。
フンッ、そりゃどうかな?
横にいるそいつの態度を見て敵意はないだってぇ?
?
本当に敵意はない、誓ってそう言おう。とにかく……中に入れてくれないか?それか、ここの責任者に一声かけてもらうだけでもいいんだ。
なあスプリア……あれ、スプリア?
彼女ならすでに潜入しました。
なんだと!?あの女いつの間に――!?
ついさっきです。
……チッ!もうテメェらラテラーノ人を好き勝手させるわけにはいかねえ!
分かった、主教様に会いたいんだろ?ついて来い!
あはは、それって中に入れてもらえるってことか?まあ、入れるんだったらなんだっていいが。
……
さきに言っておくが、あの女みたいに急に消えることは許さ――
(クレマンが駆け寄ってくる)
大変だ!だ、誰か来てくれ!
クレマン?どうした、何があった!?
レイモンド!いいところに!はやく他の人たちにも知らせてくれ!
敵襲ですか?
そ、そうなんだ!って、レイモンド、この人たちは……?
自己紹介する場合じゃねえだろ!一体何が起こったんだ!?
えっ、あっ、そうだ……た、大変なんだ!
さっき窓を修理してた時、遠くが騒がしかったから見てみたら――
この前の野盗連中がまた襲ってきたんだよ!