昔々、遠い遠いある場所に、とある村がありました。そこには幸せな村人たちが暮らしていたのです。
彼らのうちの一部の人たちはみんなのために雨風をしのげる小さな家を建て、畑を耕してくれていました。
一方狩りに出かけたり、鉱石を探したり、ついでに村を奪い取ろうとする悪者たちを追い払ってくれる人たちもいました。
その村人たちは誰それ分け隔てることもなく、共にその小さな村の中で暮らしていて、みんなこの村こそが我が家だと考えていました。
けど収穫できる農作物は次第に減り、狩りもうまくいかない日々がやってきます。食べられるものはますます減り、みんなのお腹はぐーぐーと悲鳴を上げるばかり。
季節もどんどん寒くなっていき、それでも暖を取るための燃料はいつになっても足りません……
一体どうすればいいんだろう!村のみんなはこう言いました。「これはきっと主が私たちにお与えになった試練です、赦しを頂けるように祈りましょう」と。
その時、村の者ではない心優しい人たちがやってきました。そして村の境遇を見て、村人たちの長と呼べる人にこう話したのです……
「私たちと共に、私たちの都市に移住しましょう」
「けれど、あなたたちの中から連れていけるのは私たちに似た一部の人たちだけです」
「さあ、共により良い暮らしをすごしましょう。あなたたちの中にいる、ほんの一部の人たちを切り捨てさえすればいいのですから」と。
おねえちゃん、もうそのお話はイヤ!
おや、あんまり好きじゃなかったかい?
好きじゃない!おなかをすかせるの、すっごくつらいから……!
うん、とってもつらいの。それに、ほかのみんなを置いていくことなんてイヤだよぉ……
ふむ……あなたたちの言ってることは至極真っ当だ。集団主義的な観念としては「正しい」し、ほんの僅かにヒロイズム的で……ロマン主義的な感覚も伺い知れる。
ロマン溢れる物語は自然と人を突き動かしてくれるものだからね。ただし、ロマンとその傲慢さは時折他者を、あるいは私たち自身すらも惑わしてしまうものでもある。
うぅ、なんかむずかしくて分かんない……
もうおねえちゃん!またよく分かんないこと言ってる!
おっと、ごめんよ。気を遣えなくて悪かったね。
それじゃあほかのお話にしようか?何が聞きたい?
う~ん……ヒーローが出てくるお話がいい!
ヒーローになりたいのかい?
なりたい!ママみたいに!
へぇ、あなたたちのお母さんはヒーローなんだね。すごいじゃないか。
(温厚そうな修道士が近付いてくる)
……
少し待っていてね、すぐ戻って来るから。いい子にしているんだよ。
お邪魔でしたかな、アルトリア?
分かっているくせに。わざわざ言うまでもないでしょ、アウルス修道士。
気に障ってしまったのなら申し訳ない。ただ別れの挨拶をしにきただけですので。
想定していなかった旅の仲間が一人増えてしまいまして。その同胞を故郷へ送り返すためにも、なるべくはやく出発しなければなりません。
同胞ね……その哀れな者のために、私からも少しばかりの祈りを捧げるとしよう。
……あなたとここで言い争うつもりはないのですが。
特に……あそこにいる子どもたちの前で。
けれど、その人の生き様に関わる決意に対して、「悲しい」だの「哀れ」だのと形容するものではありませんよ。
決意……決意ねぇ。
人間っていうのはいつだって自分自身を完璧にコントロールできるわけじゃないんだ。特に何かが起こるまで、誰だって断言することはできない。
絶対にそんなことはできないと考えていても、ふと気付いた時にはすでに行動は終わっていた。なんてこともあるからね。
その不本意な行動は責められるべきなのだろうか?そんな身勝手な決意とやらは自分を納得させるためのウソではないなんて、誰が言いきれるんだい?
そういう時に、私たちの最も真摯な感情と思考はどこに隠されてしまっているのか……
あるいは人々の思考、感情、行動は……いつになったら紐づけられるのか……
それが今あなたの抱えている疑問なんじゃないのかな、修道士様?
……
どうやら今日は色々と起こりそうな予感がするよ。外も騒々しいし、きっと私のよく知る人がここにやって来たんだろうね。
もし私があなただったら、アウルス修道士……こんなタイミングでせっせとここから出ていくことなんてしないよ。
やあ、お待たせ。
おねえちゃんおっそい!
おそかったよぉ……
ごめんよ。お詫びとしても、とっておきのお話をしてあげるからさ、それで許してくれないかな?
ヒーローが悪者をやっつけるお話なんだけど、どうかな?
聞きたーい!
よーし、じゃあいい子にして聞いているんだよ。
昔々、とあるお城の中に、無表情で不愛想で、でもとてもケンカが強い男の子がいました……
もし私が狩人という言い方に納得できないというのであれば、ほかに言い換えてもらっても構わない。
だが私はどこにだっている、歳を食ってしまった普通のサルカズなだけだ。
今述べたことがすべて真実とは限りません。
あなたは今武器を隠し持っています、すぐその後ろで。行動も意図的に気付かれないようこそこそとしたものとなっています、傭兵の間でよく見られる習慣です。
……これはただの護身術だ。
お前たちもさっき見ただろ、時折強盗どもがここへ襲ってくるんだ。いつだって平和な場所ではないのだよ、ここは。
では傭兵の間でよく見られる習慣についてはどう説明を?
……
今の私は、武器よりも農具を握ってる時間のほうが長い。
狩りと畑を耕すことを生業としているだけだ。たまに鉱脈を掘りに行くこともあるが。
つまり言いたいのは、私はお前が警戒するほどの人ではない。生活に苦しんでいるただの一般人だ。
フェデリコ、俺たちの任務を忘れるな。
今は不確定な事実を追及する場合じゃない。
……
(フェデリコが銃を収める)
……合理的な判断です。
それじゃ、なぜサルカズがここにいるかについて説明していただけますか、主教様?
すまない、ステファノ。また迷惑をかけてしまった。
……そなたが謝ることではない、ジェラルド。
さて、それについてなのだが……
十数年前、物資も食料も使い果たし、荒野で方角を見失ってこの修道院の付近にやってきたサルカズの小さな集団が現れたのだ。それがジェラルドたちだ。
彼らにとって、修道院を見つけた後に我々と接触することが唯一の選択肢だったのだろう……
そしてあなたは彼らを追い払うことをせず、ここへ定住させたということですか。
後がない人を追い払うことなど、死へ追いやる行為となんの違いがある?
それはまあ、そうですけど……
とはいえ、当初ここにいる全員が彼らを受け入れてくれるわけではなかったさ。
……
だがそんな謂れのない憎悪や隔たりなど、目の前にある暮らしと比べれば、抱いたところでなんの価値にすらならない……
だから儂らは彼らに身を寄せる場所を提供し、彼らはその代わりとして儂らでは手に余る問題に着手してくれるようになった。
満足いく食料はなく、強盗から常々襲われる脅威に晒されている上、今にも冬を越すための燃料は底をつこうとしているが……
儂らは彼らなしでは生きていけんのだ、それは逆も然り。
しかしそれでも、あなた方はラテラーノに報せを送りました。
そうするしかなかったのだよ……
ラテラーノは儂らの助けに応じ、聖都へ引き揚げてくれることを約束してくれた。
だが……たとえ最大限譲歩してくださったあのレミュアン特使でさえ、これだけは絶対に譲れない一つの条件を突きつけてきた。それは――
サルカズを連れて行くことはできない。「楽園はサルカズを許容しない」と。
なぜだ!なぜ彼らを許容してくれぬのだ!?
そういう種族だからか?彼らがサルカズであるがためにか!?
彼らと我らとで一体なんの違いがあるというのだ?もし戦い方に長けたこの兄弟と姉妹たちがいなければ、儂らはとっくに死に絶えていたのだぞ!
我々が互いに支え合いながら生きてきたこの辛い日々の中で、ラテラーノはいつ我らに援助の手を差し伸べてくれた!?
もう一度……頼む!どうか……!
英賢なる教皇聖下に、儂の信仰に……どうか……!
枯れ木のように痩せこけた老人が両腕を上げる。
その様はまるで彼の信ずる信仰を高々と持ち上げるようではあるが、その重みに耐えられないようにも見え、今にも腕が崩れ落ちそうなほど震えている。
だがサンクタの信仰は姿形として見出すことはできない。
やがて頭上に光るヘイローを徒に掴み終えたその両腕は次第に降りていき、ついには老人の皺くちゃな顔を覆い隠した。
レミュアン特使の言うように、ラテラーノはサルカズを許容することはできません。
……
聖都への入城も断じて許可することはできません。
おい、フェデリコ。もうちょっとオブラートにだな……
事実を述べただけです。
もういい。もういいんだ、ステファノ。
言っただろ、こちらもその条件は受け入れると。
お前たちはラテラーノに戻り、私たちは新しい場所でやり直す。あのレミュアンって特使も私たちに一定の援助をしてくれると約束してくれたじゃないか。離ればなれになるのは表面上だけだ。
……それが事実さ。向こうがそんな条件を出してくれるなんて思ってもみなかったんだ、それだけもう十分だよ。
事実でいいわけがあるか!これで満足していいわけがあるか!
そなたには分からんのか?表面上の離別だからこそ、ますます理不尽に思えてきてしまうのだ!
……
すまない、ステファノ。
こっちはもう諦めてしまったんだ。
なんだと……?
……それはつまり……
つまり、私たちが原因でお前をここまで追い詰めてしまったというのなら、もうそんなことをする必要はないということだ。
もう自分を責め立てないでやってくれ。
みんなの意見も一通り聞いて回った。全員ここを出る……そう決めたんだ。
なんだって……ここから、出ていくだと……?
……
これで何も問題はないな、執行人殿?
私たちはここから出ていくつもりだ。だから明日があるかどうかも分からない流れ者たちのことは見逃してくれないか?
罪を犯していない一般人を公証人役場は攻撃対象と見なすことはありません。
……それはよかった。
そいつは本当か、フェデリコ?
嘘は言いません。
いや……なんていうかそのー……まあいいや、今回の隊長はあんたなんだし、問題ないと判断したのならそれに従うよ。
約束しよう、ラテラーノの聖堂にはこれまで一度たりともサルカズが出入りしたことはないさ。
その事実だけで罪状が付くことはありません。
そうなのか?
まあ、それに関しては特に禁止されてるわけでもないからな。
ではステファノ・トッレグロッサ主教。あなたの供述に則り、引き続きオレン・アギオラスの捜索に掛からせていただきます。
それと同時に、あなたはラテラーノ側の条件を確認し、当修道院内のサルカズを除く住民たちのラテラーノへの移住に同意した、と見てもよろしいでしょうか?
もし沈黙を続けるのであれば、勝手ながら同意と見なしていただきます。
……
ステファノ。
……時間を……
はい?
少しだけ時間をくれ……
最後にミサをして、みなと共に夜を過ごしてやりたい。
だから最後に少しだけ……時間を頂きたい。
明日の朝会を終えた時に、返答しよう。
どうするフェデリコ?
構いません。
ただし今すぐレミュアン枢機卿補佐官の身元を確認する必要があります。直ちに面会させてください。
レミュアン殿は儂らの客人だ。会いたければご自由に。
ありがとうございます。
それじゃあお二人とも、ここで失礼させていただきます……っておい、ちょっと待てフェデリコ!挨拶くらいしたらどうなんだ……!
(リケーレ達が立ち去る)
……
私はまだ、傭兵としての習慣が残っていたのか?
こんなに時間が経ったというのに、まだ直せていないものがあるとはな。
ジェラルドよ、先ほど申したことは本当か?
当然だ、ステファノ。私がそんなことで冗談を言うヤツじゃないのはお前だって分かっているだろ。
……私たちはみな、暮らしに困り果てているんだ。
変わりようのない事実だ。
こんにちはー、誰かいませんかー?冬服を届けにきたんだけどー!
あれぇ、おっかしいなぁ。今日どこに行っても人がいないなんて……
あら、フィーヌちゃんじゃない?どうしたのそんなとこで突っ立って?
あっ、キャロライン!ちょうどいいところに!
みんなに冬服を届けに来たんだけど、今日どうしたの?一日中歩き回っても誰にも会えなかったからさ……なにか用事でもあるの?
今日は……まあ、ちょっとね。
わざわざ届けてくれて嬉しいんだけど、冬服なら足りてるからやっぱり自分たちで使ってあげて。ほかの人たちにも、心配はいらないからって伝えてちょうだい。
なに言ってるの?ここ数年越冬する時にものが足りたことなんてある?
今だってそのうっすいジャンパーしか着れてないじゃん?もうすぐ気温がぐんと下がるんだからさ、そろそろ厚い服を用意してあげたほうが……
……
どうしたの?
キャロライン、あんたそれ何持ってるの?
こ……な、なんでもないわ。ただの食べ物よ。
いいや違うね、いいから見せて!
ちょっ……待っ……!
サンクタの女の子は相手が背後に隠した食べ物とやらを奪い取る。彼女はほぼ直感を頼りに、相手に止められる前にその固くて乾ききったものを手で割った。
そして食べ物と揶揄されたそれにずっと隠し通されてきた事実が、彼女の目の前で暴露した。
なに……これ?
もみ殻?それにこれ……木屑じゃん!?
……
キャロライン!これは一体どういうこと!?
あんた食べ物には困っていないって……食べ物って、これをずっと食べてたの?
違うの、フィーヌちゃん。聞いて、私たちはただ……
ただ、なに?
教えてよ。ねえ教えてよ!
あたしたち……一体どこまで落ちぶれたら、こんなことに……
コン。コンコン。コンコンコン。
ドアをノックする音だ。
ドアの外にいる者は部屋の主人の返事を得るまで、ひたすらノックをし続ける。ドアに鍵はかけられていないと言うのに。
これはかつて学校に通っていた頃、親しい友人ら数名と作った暗号だ。これだけの時間が過ぎ、レミュアン自身もとっくに忘れてしまったと思っていたが、事実そんなことはなかった。
部屋の前にやってきた者が伝えた暗号の内容はこうだ。
「救助成功せり」。
及び、「我、第一に到着せり」である。
どうぞ~、お入り。
こんにちは~、ルームサービスでーす。
あら、ありがと。食事はテーブルに置いてくれればいいから。チップは必要?
チップは必要?なんてわざわざ聞く人いる?そういうのは気持ちを見るものでしょ?
う~ん、それもそうね。
ていうか全然驚かないんだね、レミュアン先輩。
私とここで会って失望しちゃった?
まさか。
あなたがここに来てくれたってことは、知らせは無事ラテラーノのほうに届いたってことでしょ?
えっ?まあ……そうだけど。ていうかオレンのやつ、よくも先輩を一人ここに置いていったわね。帰ったら絶対モスティマとフィアメッタにチクってやる。
まあまあ、見逃してあげなさいよ。
ちぇっ、つまんないの。
さて、話を戻して。教皇聖下があなた一人をここに送り込んでくることはありえない。ということは、ほかにも来てる人がいるってことね……
ひとまずあなたの任務内容、及び今回任務を実行するにあたってのメンバー構成を教えてもらえるかしら?
役人口調になっちゃってるよ、先輩。まあいいや。はいはい、報告いたしますよーっと、レミュアン枢機卿補佐官。
今回の任務は聖下の勅令によるもので、メンバーはそれぞれ公証人役場所属のフェデリコとリケーレ・コロンボ、及び参加に志願した私の三名で構成されていまーす。
隊長は執行人フェデリコが務めていて、主要な任務内容はあなたとオレンの行方の捜索。その次点でこの修道院を調査すること。
あっ、それとフェデリコにはできるだけ穏便に遂行するっていう任務もあるんだった。聖下、人選ミスっちゃってると思うんだけどなー。
とまあ、こんな感じ。報告は以上でーす。
なるほどね……フェデリコは教皇聖下直々のご指名と……
状況は大体理解できたわ。ご苦労様、リアちゃん。
もう、こんな時に名前で呼ぶなんて。
それで、先輩はこれからどうするつもり?なーんか閉じ込められてるように見えるけど、本当は動きたくないだけなんでしょ?
だって先輩がここから脱出しようものなら、誰にも止められないわけだし。
足がまだ完治していないのよ。
一緒でしょ、どっちだって。
分かってる風に言っちゃって~。実際できなくもないけど……まあそうね、確かに私は自分でここに残るって決めたの。
だからもしフェデリコが監禁罪などでここにいる主教様を逮捕するようなことがあったら、代わりにちょっと弁明してあげてちょうだい。
それと先に謝っておくわ、しばらく……まだここから出ていくつもりはないの。
理由、聞いてもいい?
理由……うーん、外交というのは拳銃や銃弾で解決できるものじゃない、というのはどうかしら?
そりゃ射撃の腕を比べるんだったらもちろん私は負けないわよ?でも会談の席に座っての話し合いだったら、相手に言いくるめちゃうことだってある。
それにちょうどここの住民たちとも仲良くなったばっかりばし、最後くらいどっちが考えを改めるのかが見てみたくて。
なーんか先輩が本当に譲歩してくれるような人って感じの言い方だね。
私の時と全然違うじゃん!学生だった頃なんか、学校に通わせるため一学年中ず~~っと私を追い掛け回してさ!
うふふ、そりゃだって、そんなことでリアちゃんが退学させられちゃったら勿体ないじゃない~。
まあ、今のところこの修道院周りの問題に関しては……まだ友好的な態度を取っているつもりよ。
オレンならきっとここの状況を伝えに行くと思ったから、私はここに残ったの。それにこれ以上主教様を刺激したいくないからね、なんだかイヤな予感がするから。
今はかなり修道院の内情も把握できたから、もう一度会談のチャンスがあれば、主教様も私が提示した案を受け入れてくれると思うんだけど……
やっぱり。そういう感じの理由だと思ってたよ。
理解がはやくて助かるわ~。
いや、それそういう意味じゃ……
でもそう考えてるんでしょ?私には分かるわよ。
はぁ……なんだかちょっぴり共感性が嫌いになってきたかも。
まあまあ、そう言わないで。それで、あなたはここの状況をどこまで把握しているの?
まだちょっとだけ。
サルカズがいるってこと以外、別段おかしなところはないって感じ?
向こうはトランスポーターを三人送り出したんだけど、そのことはまだ把握していないのかしらね?
……ところでリアちゃん。
なに?
あなた外勤任務は嫌いって言ってたでしょ?なのにどうして、自分から参加するようになったの?
……そんなの、先輩のために決まってるじゃん?
ウッソだ~。
……
まあともかく、とりあえずフェデリコたちと合流して、先輩のことを知らせておくよ。
でも正直言って、先輩のその努力が実るとは思えないかな~。
……ものは試しよ。
……
ひぃ~、こっわ。レミュアン先輩どんどんおっかなくなっちゃってる。
でもまあ、この際はいいとして……
(無線音)
ようやっと俺に連絡する気が出てきたのか?
てっきりレミュアンの顔を見たら任務を放棄するんじゃないかって思ってたぜ。
どうだろうね、もしかして本当に途中で投げちゃったりして?
……そういう冗談はマジで勘弁してくれ。
話題をふったのはそっちでしょうが。
まあいいや、あなたとお喋りしてる暇ないんだし、本題に入ろう。
(無線が切れる)
はぁ……こういう人の相手ホント疲れる……
やっぱこの任務めんどうくさーい。こんなことだったら受けるんじゃなかった。
誰?そこにいるんでしょ?
ありゃ、もしかしてついて来ちゃったのかな、かわい子ちゃん?
……
あ、あなたを一人修道院内で好き勝手させるわけにはいかないから……悪さをしないか監視しに来たの!
……それと……
一つお願いがあって来たの……大丈夫、報酬はちゃんと用意するから!
えーっと、どれどれ……
小麦粉に、卵……
それと……あれ?この前残った砂糖どこに置いてたっけ……
(フォルトゥーナが棚の扉を開ける)
……はぁ、毎日頑張って節約してるのに、なんでいつもこれっぽっちしか残らないかなぁ……
スプリアの分でしょ、ステファノお爺さんの分でしょ、フィーヌとレイモンドの分……それからジェラルドさんとクレマンさんとキャロラインさんの分も……
……
やっぱり、どう分けても足りなくなっちゃう……
(ドアのノック音)
フォル、いる?
入るよ?あのさ、ちょっと話があって……って、何してるの?
あっ、フィーヌ!ちょうどよかった!
私この前ニーナさんのために一か月畑仕事の手伝いをしていたでしょ?その時お砂糖をもらったんだけど、どこに置いたか知らない?
かなり昔の話でしょ、それ。もう使い切ったんじゃないの?
っていうか砂糖なんか探してなにする気?それにここにある食材も、どっから手に入れたのよ……
……待って、フォル。あんたまさかこんな時にお菓子を作るつもりでいるんじゃないでしょうね?
えっと、フィーヌ、どうしたの?もしかして……怒ってる?
ごめんね、あなたに黙って隠してたわけじゃないの!みんなにサプライズしてあげてくて……だから機嫌直して、ね?絶対最初の一口はあなたにあげるから!
フォル、あんた……まあいい、とりあえずそれ置いて。今はそんなことしてる場合じゃないでしょ。
えっ、でも……
でももだってもない。
でも、こっちは約束しちゃったの!お礼にワッフルを作ってあげるって……
お礼に?
そう、お礼に!私の守護銃をあの人が直してくれたの!だからしっかりお礼してあげなきゃって!
本当に不思議なのよ?直った銃を持ってみるとね、これまでとは違う感覚が来たの!まるで……生まれついて銃の扱い方を知ってるみたいに!
ほら見て、すっごくキレイになったでしょ?これからは一緒にこの銃を使うことができるね!
……
知ってる?フォル。
あたし自分が銃を持っていないことも、ステファノ爺ちゃんのミサの内容も、本当は全然気にしてないの。
ラテラーノのことだってそう。見たことも行ったこともないわけだし。
え?
急になにを言い出すの……?
そんなあたしはさ、普通のサンクタと一緒だって言えるのかな?
他人から見たらそうかもしれないね。
でもあたしはあんたやステファノ爺ちゃんのことを気にしてるように、レイモンドもジェラルドさんも、クレマンさんもニーアさんもキャロラインのことも気にしてる。
みんな、あたしの大事な人なんだ。あたしの家はここでしかないし、あの人たちだけが家族なんだ。
急にどうしたのよ、フィーヌ!そんなの私だって一緒よ、私もあなたみたいに――
いいやッ!全然違うッ!
もし、あんたもあたしと同じだって言うのなら……
なんでお菓子なんか作っていられるの!レイモンドたちがどうやって暮らしているのか知らないから、そんな甘えたことが言えるのよ!
あんた、あのラテラーノ人が来てから……色々と変わってしまったよ。
……変わったって、そんなこと……
その銃、あのレミュアンってラテラーノ人に直してもらったんでしょ?
(ドアのノック音)
主教様、言われた通り、あのお二人には修道院内で自由にさせておきました。
しかし、本当によろしいんですか?それになんだか……あまり体調が優れないように見えますけど、お休みになられたほうが……?
クレマンか。儂のことは気にするな、心配はいらん。
もうひと走りさせて申し訳ないんだが、上に行って鐘を鳴らしてくれないか?今週のミサはたった今行うことにしたんだ、みんなに知らせておいてくれ……
その際ジェラルド、そなたらも来てくれるか?
すまない、ステファノ。まだ色々と準備があるから、全員来れるかどうかは……
……そうか、分かった。
しかし主教様……
本当に彼女らの条件を呑むおつもりですか?ほかの人たちを見捨てるなんて……
……
これ以上は聞かないでくれ。
さあ、クレマン。鐘を鳴らしに行ってくれ。
……分かりました……
……
……信仰そのものが自身を裏切るというのであれば、儂も選択を下さねばならんな……
懺悔せねば。儂の行いを……