(銃声)

私たちは普通、銃でお客さんをもてなすことはないの。特殊な状況を除いて、ね。

もしどこか至らないところがあったら、ご理解を頂きたいところだわ。

(無意味な叫び声)

(私の言葉になんの反応も示していない。意思疎通は完全に不可能って感じかしら?)

(身体に見られる人間の痕跡も僅かしか残っていないし、身体を覆っているあれは……鱗?)

(……こういった異変は確か、イベリアのほうの資料で以前見たことが……)

……

あなた、まさか本当に……
(バケモノが襲いかかる)

ッ……!

やっぱり、車椅子に座ったままは不便ね。

(……おかしい、何かがおかしい。)

(こいつはもしかして……私を攻撃目標にしているわけではない?)

(だとしたらどこを狙って……?こいつの目標は――)
(バケモノが襲いかかる)

あぶなッ……!

(……まあいいわ、今はそんなことを気にしている場合じゃない!)
(レミュアンが銃のハンマーを引く)

私が足の不自由なケガ人だからって、あんまりイジメるのはよろしくないわよ、お客さん!
(銃声が鳴る)

(耳をつんざく叫び声)
(歪なバケモノが走り去る)

待ちなさいッ!

まずい、このままあいつを逃がすわけにはいかないわ!
老人たちは雑談の際、いつだってラテラーノのことを話題に上げる。
そこは明るく、何もかもが満たされていて、人々は安らかに、争うこともなく暮らしている。
あの地こそがこの世の楽園なのだと。
だが実際、みな心の中では分かっていた。修道院が漂流してはや数十年、もはやラテラーノをこの目で見た者は数えるほどしかいない。あと二三名、もしくは主教であるステファノなら覚えているかもしれないが、それだけだ。
人々がラテラーノのことを話題に上げることは、とっくに目覚めるべきであった夢に未だ未練を抱えているだけのことに過ぎない。
なぜなら夢の中は風光明媚で、至るところに芳薫で鮮やかな花々が咲き誇っているからだ。
何十年も前、かつてあったこの修道院の姿と同じように。

……この花たちも、もうすぐ散ってしまいそうだ。

今年は例年よりも早咲きだったから、散る時期も前倒しになるとは予想がついていたけど、まさかこんなに早くなるとは……

さっき採った何輪かの花はキレイに咲いていたよ、まだまだこれからさ。

本当にキレイな花だね。誰かに送るつもりなのかい?

……いくら送りたいと思っても、もう間に合わなくなってしまったよ。

この花たちじゃ、誰も救うことはできないからね……

悲しみ。苦しみ。そして絶望。

ふむ……とても複雑な音色だ。それとほかにも感情が、あなたの内側に渦巻いている……

これは……怒り。あなたは怒りを覚えているのかな?

まさか……主教様のお客人であるアルトリアさんの目の前で、見苦しいところを見せることなんてできないよ。

あくまで、見せることは「できない」、か……とても誠実な答えだね。

……

私の直感はとても当たるほうでね、いつだってそうだ。どうやらあなたは少し私のことが苦手なんじゃないのかな、ガーデナーさん。

そんなことはないよ、考え過ぎだ。

もしなにか悩みがあるのなら、私からも助けてあげられると思うけど。

……それは私に?えっと……何を言っているのかな、アルトリアさん?

私の何を助けてくれるんだい?

それはあなた次第さ、私じゃ決められないよ。

無論、助けは必要としていないのかもしれない。余計なお世話だとか、邪な思いを抱いていると言ってくれても構わないよ。すべてはあなたが決めることだ。

私はただね、あなたの本心が聞きたいだけなんだよ……あなた自身の。

……

君は本当に変わった人だね、アルトリアさん。

お褒めに与り光栄だよ。

……さっき、助けてくれると言ってくれたけど……

うん、あなたが必要としているのなら。

いや、私は必要ないよ。

ほかのたくさんの人なら……助けてやれることはできるかもしれないけど、私を助けることだけはできないさ。

そうなのかい?それはどうして?

死んだ者たちを蘇らせることはできるのかい?

できないね。

じゃあ作物を豊かにしてやったり、寒風を止ませることは?

残念だけど、できないね。

なら、私たちの暮らしを元通りにし、すでに生じてしまった亀裂を修復することはどうだろう?

それもきっとできないんだろうね。

あなたはどうなんだい、クレマン?

それらを自分の手で解決したいと、これまで一度も考えてみたことはなかったのかい?

……やれるだけやったさ……

でも、どうしようもなかった。何度も試したよ、それでもできなかったんだ。

努力すればするほど、事態はますます悪くなるばかりだから……

誰も事態をよくすることはできなかった。主教様でさえ、ジェラルドでさえ……私でさえ。

だからあなたじゃ私を助けることはできないよ、アルトリアさん。

できればもう……そういうことは言わないでもらいたいかな。あなたのような人の助けは必要ないから。

さっき私の本心を聞きたいと言っていたね。なら教えてあげるよ、私の本心は……何もない、だ。

ほかにどんな考えを抱けるっていうんだい?これからますます寒い冬がやってくるって時に……
(クレマンが立ち去る)

……

寒さ、か。そうだね、あなたの心はまるで冷たく凍ってしまった土壌のよう……

けど私なら、そういった氷の中に封じ込められてしまった音に触れることができる……一体どのくらい、人々の心が打たれるものなのだろうね?

……そういった音が連なった楽曲が、未だ完成せずにいる時というのは……

実に耐え難いひと時だ……うん、私だったら自分を抑えつけられそうにないかな。

さて、少しだけ聞かせてもらうとするか……

おや、この旋律はまさに今にぴったりだね。

フェデリコ。

言っただろ、あなたのメロディーは規則正しすぎて、順調すぎる。分かっていると思うけど、教科書通りの旋律は温もりも盛り上がりもなければ、人を感情を震わせることはできないよ……

私も時折、たまらず気になって仕方がない。

あなたは一体いつになったら……自分がひたむきに追い求めている理由に気付くことができるのだろうね、フェデリコ?

……

(これは……弦楽器の音?)

(いや、これは単なる弦楽器の音ではないはず。アーツを伴って影響を及ぼしている。)

(このアーツ、そしてこのメロディー。まさか……)

……

(どんどん音に近づいてきました。)

(……この上でしょうか?)

今日弾いてる曲はどういう曲なんだろうな?とてもいい曲だ。

そこのあなた、ここでは毎日楽曲が聞けるのですか?

うわっ!えっと、あなたは……

公証人役場執行部門所属のフェデリコです。先ほどの質問にご回答願います。

コウショウニンヤクバ?なんだいそりゃ……あっ、そっか、あなたが例のラテラーノからの来訪者だね?みんないつも言っていたよ。

この楽曲は、なんていうか、最近ならたまには聞くことができるってところかな?私もよく分からなくてね。

うそう、思い出した!聞いた話じゃ、聖堂の近くで楽器を弾いてる人がいるとかなんとか……

その聖堂はどこに?

最上階だよ、外側にあるそこの階段から上がれば……ってちょっと、あんた!?

行ってしまわれた……変な人だなぁ。

ボス、お戻りですか。

ああ、出発の準備は進んだか?

もうほとんど終わりやしたよ、みんなそんなに持っていくモン持ってやせんからね。あったとしても全部は持っていけやせんよ。

あっ、でも先に道を探しにいったヤツらがまだ帰ってきてなくて……明日の朝に間に合うかどうか。

ならもう少しだけ待ってあげよう。

こっちはすでにステファノと話をつけておいた。我々がここから出ていくことは……止めないそうだ。だから焦る必要はない、もし夜になっても帰ってこなかったら、私が何人か連れて探しに行こう。

了解っす、あとで俺からみんなに伝えておきやす。

そうだ、ボス!ほかにもちょっと伝えておきたいことが……

なんだ?

ヘルマンもまだ戻ってきていないんすよ……この近くはあらかた俺が探し回ってみたんすけど、全然見つかりやせんでした。

……レイモンドも戻ってきていないのか?

いないっす。

分かった、私も探しておこう。

うす。

でも俺たち、ヘルマンが見つかるまで……待っておいたほうがいいんすかね?

……

明日の朝、朝のミサまで待ってみよう。それでも戻ってこなかったのなら、レイモンドと一緒に予定通りみんなを連れて出発してくれ。

でも、ボス……

私が残ってやるから心配するな。生きていても死んでいても、せめて最後くらいは顔を合わせてやらねば筋が通らんだろ。ヘルマンは私が探しておく。

安心しろ、お前たちを見捨てることは絶対にしない。誰一人とてな。

……ボスのそういうとこが心配なんすよ。

*聞き取れない発音*、いつも自分ばっかり背負い過ぎっすよ。

……その名を出すのはよしてくれ。

お前たちが私をボスと呼んでくれる限り、私にはお前たちのために生きる道を探す責任があるんだ。

自分を崖っぷちに追い込んでるだけにしか見えないっすけどね。

ははは、そういうとこもちゃんと弁えているさ。

さあ、そんな表情をしてないで、はやく荷造りの続きをしておきな。

交代。

うわぁぁぁ……!

なんだスプリアかよ……ビックリさせやがって。

私以外誰がいるってのさ?あのフェデリコが見張り番の役が務まると思う?

それより部屋の中にいる子はどう?様子は?

いいとは言えないな。ずっと黙ったままだし、相当ショックを受けてしまったんだろう。

私、現場見たんだけど、あなたはちっともそこで何が起こったのか気にならないわけ?

それは……大体予想つくからさ。

銃の威力だって、お互いよく分かっているはずだ。それにあの出血量だし……本人はもうダメだったんだろ?

……

その表情を見れば、俺の予想は当たったみたいだな。

もしかしてあの子にも教えたの?

えっ?あぁ、負傷者がすでに亡くなってしまったかもしれないことを指してるのか?それならまだ教えてない、当たり前だろ。

相手の情緒はまだ不安定なんだ、そんな時に教えたらむしろ余計面倒なことになるかもしれないだろ……

じゃあなんて教えたのよ?多分問題ないって言ってあの子を騙して、その場しのぎをしただけなんでしょ?

人聞きが悪いなまったく……だが、反論はできん。

そういうあんたも、なんだか情緒がおかしくなってるぞ。何かあったのか?

……あなたには関係ない。べらぼうに安定してるっての。

だったらいいんだが。

そんじゃ交代時間だし、ここは任せたよ。
(リケーレが立ち去る)

フンッ、どいつもこいつも頼りないヤツらばっか。

……

(銃火器の暴発による死傷事故……)

(ハッ、何よそれ。)

(もしあの時、私が銃を修理してやらなければ……)
(無線の呼び出し音)

……!

なに?簡潔に報告して。

……待って、サルカズが外周に現れたって?しかもそっちの封鎖を突破しようとしてる?

確認できるのは数人だけ?道を探しにきただけですって?

そう、分かったわ。え、オレン?

……

いや、オレンのことは気にしなくていい。私が彼と連絡を取るから。

それじゃあ、これから指示を出す。よく聞いておいて……

……もう……ちょこまかと逃げてばっかり!

ハァ……ハァ……

……

結局見失ってしまったわ……

(あの程度の相手、昔だったらとっくに制圧できていたのに。)

(……)

(やっぱり……こういう時になるとどうしても少しムカムカしちゃうわね。)
(遠くから銃声が聞こえてくる)

あっちに行った……!?

どうやら、文句を垂らしてる暇もなさそうだわ。

(音がますますはっきりと聞こえてきました、次第に発生源へ近づきつつあります。)

(しかしアーツの強度はどんどん弱まってきている。発動を諦めたのか、それとも……ん?)

誰です?

フェデリコさん?どうして君がここに……?

あなたのことではありません。

えっ、それって……?

もしかして道に迷ってしまったのかな?もしよければ私が案内――

静かにしてください。
(バケモノが銃声と共に走り去る)

むっ!むむむ!!

あれは……さっきのあれはなんだ?あのバケモノは一体……

分かりません。

下のほうに逃げていったぞ!まずい……あっちはジェラルドたちが住んでいる場所だ!

……

動かないでください。

!?

誰か来ます。

……銃声が聞こえたから、運試しにこっちへ来てみたはいいものの……

レミュアン枢機卿補佐官、スプリアの報告によれば、あなたは外に出て行動することはないはずですが?

あの子を責めないであげて。元々はそうするつもりでいたのよ。

ただちょっとだけ想定外のことが起こってね……

まあお話はひとまず置いとくとして、フェデリコ、周りにはあなた一人しかいないの?ほかの人たちは一緒に行動しないのかしら?

ここは私しかいません。

そう、なら話がはやいわ。さっき突然現れた……とある客人をいま追いかけているのよ、私。

あなたの時間はそう取らないわ、フェデリコ……
(レミュアンが銃のハンマーを引く)

だから、ここで教えてちょうだい。

私のあの「お客人」は、どこに向かっていったのかしら?