4:28 P.M.天気/曇り
カズデル東西部戦場、軍事緩衝区周辺
数カ月後
あなたの話と同じように、確かに多くの人が私の頭を見ていた。本当に頭が痛い。
小さな待ち伏せ。
敵軍の人数は少ない。速やかに斬首し撤退するつもりか。
結局のところ、私達には半分の掃討担当チームしかない。しかし、これは千載一遇のチャンス。
…このチャンスはあいつらがわざと残したものだ。
ああ、後でまた会おう。カズデルに行く手紙はもうすぐ戻ってくる。
何を探しているの?
この死体は…さっきの刺客?
――あった。
こいつが身につけているってことは知ってたんだ。
――。
これは…紙?
いえ、それよりもこの刺客のことを知っているの?
刺客か、もちろんだ。
俺たちは協力したこともあったし、生死の境に入ったこともあったな。数ヶ月前にはスカーショップで一緒に勝利を喜んだこともあった、
彼は当時、彼の娘を俺に嫁がせたいとまで言っていたな。
聞いてると馬鹿な話ね。傭兵であれば遅かれ早かれ全て出来るわけ――
――
――ちょっと待って、しなかったの?
いや、もちろんお断りした。
…別の理由だがな。
それでそこには何が書いてあるの?
注目しておくべきこと、相場、見積もり、とにかくお前もしっておくべきことだ。
…。
…これは何?
人の名前…いえ、あだ名というかコードネームというか。後ろには描かれているのは…お菓子?どういうこと?
キャンディの数は懸賞金の額を表している。彼自身が使っている隠語だ。彼らから一番多くキャンディを貰える奴は誰か、一番ホットなのは誰かなのかというな。
悪趣味な記号ね、ヘドが出るわ。
…それにしても金額が小さくは無いように見えるけど。誰がお金を出すっていうの?
俺たちが契約を完了するたびに、誰かが金を準備する。俺たちを除いて、例えば雇い主自身だな。
強い傭兵ほど高価で、高価な傭兵ほど危険で、危険な傭兵ほど死ぬべきだからな。
この戦争は俺たちを死地に追い込むのと同時に俺たちに生きていく余地を与えた。
合理的に聞こえるわね。
経験則みたいなもんだ。
…「傭兵、ヘドリーと改名、10個。手下が強いので15個、お友達として追加で20個」
かなりの値段だな。
…
「W、古いのは既にケリを付けた。これは新しいやつ、面倒、10個。状況に応じて価格は上昇」
あいつらはお前を高く評価しているみたいだな。
先月、その戦争屋達を森に埋めたからね。
ふっ…それで、私は喜ぶべきなのかしら?
戦争…どうして俺はそのことを知らないんだ?
手当たり次第にやったから。
あなただってラテラーノ人から略奪した時に誰かに報告したいとか思うの?
いいや。
そうでしょ、そういうものよ。
それが任務の一部では無いのなら、傭兵がどの石を蹴ったかなんてことを常に共有する必要はない。
あー…そういえば、私はその「W」よりも強いのかしら。
「強い弱い」で単騎戦力を正確に推し量るのは難しいな。俺にとっては命令に従うことのほうが重要だ。
分かったわ、今後はありのままのことを報告する。それで良い?
知りたいの。あの「W」はどんな人だったの?
…彼は、変人だな。
彼は俺たちと長い間一緒に働いていた。毎回毎回努力をしていて、とても優秀だった。
彼は自分の誕生日をみんなに祝ってもらうために戦功で俺たちのリーダーになりたいと思っていたみたいだ。
…誕生日?サルカズが?誕生日?
もちろん本当の誕生日じゃないさ。
彼はラテラーノ人を殺し銃を手に入れた。彼らにはちょっとした物語があってな、それで彼はその日を自分の誕生日としていたんだ。
ふうん…。ラテラーノ人を楽しむために殺す傭兵なんて私達気が合うかもしれないわね。
長い憎悪の一部にしか過ぎないんだがな。
それで「楽しい」って?
少なくとも私は楽しんでいるわよ。
良い答えだ。
「W」は確かにあの中では一番積極的だったからな。
普段は無気力でただヘラヘラしているだけだったが、話には裏があるようで、いつまでも隠し事をしているようだった。
だが、誰よりも他人を信じやすかったな。
どうして?
彼は「執念」を持っていた。偏執的な人は他人の導く罠に掛かる。善意や悪意に関係なくな。
…くだらないとしか言いようがないわね。私なら分かるわよ。
お前なら分かるはずだ。
お前たちはもともと同じ種類の人間だ。フリをすることに長け、好きなようにする
私が?
…ふっ。
どうして私の考えをよく分かっているのかしらね?それともイネスみたいに何か変わったオリジ二ウムアーツでも持っているの?
お前…。
あの時あなたは知っていたからじゃないの、私達は一緒に死ぬことが出来るんじゃないかって?
はあ…強がって見せるところはイネスとそっくりだな…。
行こう、帰ったら俺たちのトランスポーターと会うんだ。
雨が降りそうだな。
彼女にフリの口実を与えた。彼女にはこんなおかしくなるような仕事を続けさせるよりも言い訳を与えるほうが良いからだ。
俺が必要なのは確実に道を切り開く傭兵であり、単なる傀儡ではない。ここでは傀儡は不足しないからだ。
彼女が笑うのを見たのは初めてだ。Wと同じように笑っていた。
その日からWはWとなった。
…だがイネスの言う通りだ。
馬鹿げている。
イネス、こんなところで篝火をぼんやり見てないでテントの中にいるべきだ。
はあ、カズデルが持ってきたのは良い報せでは無いようだな。
察しのとおりだ。
手紙が戻ってきた後の不安を感じることが出来た。あいつは表面的に冷静を取り繕っているが、実際は気が狂いそうになっている。
…お前の表情もだ。上手く隠せていると思っているなんてことは言わせんぞ。
何か新しいトラブルがあったのか?
ああ、俺達はまだ生きてはいる、しかし…俺たちの仲介人が死んだ。カズデルの工業地帯でな。
彼の死体は鍛冶場に捨てられ、頭はどろどろだ。あの目をひく赤いズボンは無事だったが。
誰がやった?
誰がやったのかも、それがいつなのかも分からん。ボイラーマンが最初に死体を見つけた。
だが、相手さんは時間があまり無かったようで、金属に残った殴り合いの跡は簡単には消せなかったみたいだ――
刀を使う人物で鉄を泥のように削るような類いだな。
…まあいい。犯人はどうせ捕まらないだろう。
カズデルの温床は死守したいが、他人の言いなりになりたくない。それでは遅かれ早かれ笑えない結末にもなる。
…金を払う人がいなくなればそれは笑えることではない。
…次に言うことはさらに笑えないことだ
俺たちのトランスポーターは情報を確認してからカズデルから撤退、途中で何人かと接触をした。
何人か…スパイか。
そして正確には「接触」では無く、「取り押さえた」だな。
…私達はまた掴まされたということか?
始めからやっておけば良かったんじゃないのか。
今回は選択肢が無かったからな。トランスポーターが命令を受けている。
…命令?私達に?誰が?
私達は命令に従う奴隷では無いが。
これは俺の判断だ。聞いてくれ。
戦場の外に移る。辺鄙な山道を通って、峡谷も通ることになっている。
…輸送チームを保護しに行く。
輸送護衛。古典的な仕事だな。そんな単純なものじゃないんだろう?
…分からない。
何だと?
すまない。今回のはもう俺が把握出来る範囲を超えている――。
だが、これは俺たちにとって数少ないチャンスだと信じている。
今はチームの全てが手の内にある。状況が変わり、みんながチャンスを待っている中、黙って待つわけにはいかない。
これについてはお前とWが責任を持つ。
…とりあえず、他の質問からだ。
まず、Wとの同行はお断りだ。
彼女は評判は良いがまだ準備は出来ていないと思う。
彼女はとても上手い。
私はお前には見えないものが見える私のオリジ二ウムアーツを信じる。
ヘドリーには爆破の専門家が部下として現れ、知らずの内に戦場を火の海へと変えた。
他のチームはこれをとても警戒している。「戦場」の具体的な範囲が日々変化しているからだ。明日はあいつらの本拠地がそうなるかもしれない。
…分かっている。
彼女は心の中では本当に何も考えてはいない。殺戮も騙しも何でも無い。傭兵の「資格」がありすぎて底が知れない。
私は背中合わせにはなりたくない。彼女が「護衛」任務を出来るとは思えない。お前も今注目されている新人だからと言ってこのタイミングで動員はするな。
それとも何か他に理由でもあるのか?
俺は…利用出来るものは全て利用するしかないんだ。
事態は今日の状態まで発展してしまっている。もう誰も外に出ることは出来ない。
傭兵には立ち位置は無いが、立ち位置が無いということは帰る場所も無いということだ。事態が収まれば俺たちは戦争と共にいなくなる。
戦争は遅かれ早かれ繰り返されるが、生きるチャンスというのは一度しか無い。
このままではいけない…そうするべきではない。それだけだ。
俺たちはあらゆるチャンスを掴むべきだ。自分達の居場所を見つけて、流れに身を任せるなんてことはやめないといけない。
…。
…レム・ビリトンからここに到着をした一行はカズデルの勢力圏に入った時点で迎撃される可能性が高い。
現在のキャンプの多くの人はこの任務を受け入れることを許諾しないだろう。チームは変化を経験することになるが、そんなことはどうだっていい。
厄介な任務ではあるが、このリスクは背負う価値がある。俺たち、少なくともお前は――
ちょっとまて。
…私はさっきの意味というものを疑っている訳じゃない…だが私は…。
…気にしないでくれ。そんなに神経質にならなくてもいい。私はいつだってお前の話は聞いている。
だが、まずは落ち着いて、自分の足元を見てくれ。
…は?
俺の影の話のことをしているのか?
お前が見ているものが俺には見えないんだが、どうかしたか?
影が揺れている。
…風だな。篝火がちらついてるのだろう。
私が何を言っているのか分かるか、お前たちはいつもそうだ、サルカズが全てだと。
そんなに先のことを考えるな。お前にはそこまで多くのことを動かすことは出来ない。お前や私は単なる傭兵だ。
…気を付ける。
Wを連れて行けと言ったが、お前は?
何を考えている?
少数の人だけが真実の情報を知る必要がある。リスクを負担しなければならない。
他のチームが信用出来ないのであれば、少なくとも身内だけは信頼しろ。
俺はわざと隠している訳じゃない。だが…
ありのままを教えろ。
私に、教えろ!
私達のトランスポーターは一体何に出会った?
…
…。
…「バベル」。
彼らは、バベルはカズデルが残した闇の杭だ。