カズデル北側、一面樺の木が拡がる林
そこには生命の時間があり、春に始まり、そして冬で終わる。
長い真冬には死しか存在せず、すべての生命は期せずしてそこを離れ、地表に露出したオリジ二ウムの結晶だけが月の光を反射している。
…灰色の白い木の幹が、細長い影を雪の上に落とし、生気を失わせる。
これが私が見た光景だ。
…
…イネス!
…イネス!チッ!
…くそっ!
あぁ――。
目覚めたのであれば、早く目を覚ましてくれないかしら。
(頭が…痛い…)
今は…どういう状況だ?
問題は無いわ、でもあなたが記憶喪失になってしまった時のことは教えてあげる。
一時間前に私達は待ち伏せ攻撃を食らった。敵はとても速く、術師はアーツを構築する時間が足りず、隊列はバラバラになった。ここには私達二人しかいない。
…
通信は?
妨害されているわ。どんな方法かも分からない。相手はプロよ。これまでのどの獲物よりもね。
でも良い報せもあるわよ。相手は護衛目的には向かっていないということ。あいつらはただ雲を掴むように小さなニュースを見つけただけであって、実際は何も知ってはいない。
…。
…。
…行動を継続して、何とかして他の人と合流しよう。
あら?少なくとも私のことを疑うと思っていたのだけれど。
私はあなたを生き餌として残すでしょうけど。
今私とお前が戦ったら誰が生き残るだろうな?。
もちろんそれは――
…。
ちっ――あなたって本当に性格が悪いわよね。一目で私の怪我を確認出来たってこと?
へえ…それほどまでに苦しいのか。
自分の気持ちの揺らぎさえも隠し通せるのではと思って一瞬心配はしたが、余計な心配だったみたいだな。
――目が覚めて一番最初にすることがオリジ二ウムアーツを使ってチームメイトを観察すること?本当に信頼に満ち満ちているわね、隊長。
ただの癖だ。
あら、そうなの。目を開けた瞬間から周囲を警戒するなんて弱虫ね。
ちっ!いつつ…。
お前は生き餌と言ったな?良い提案がある。
立てもしない傭兵を連れて行動するなんてことは愚かの極みだ。ここに置いていく、周りの敵にお前のことを知らせてやるよ。
あいつらと楽しく過ごしたほうが良いだろう。早死にするなよ。
また後でな、W。
最後に言っておいてやる。私はお前を信じたことは無い。
ちっ、お前は――!。
――
…傭兵を見つけた。一人だ。
相手のコードネームを確認。Wだ。
…こんなにも早く?
いや、実は私達をずっと着けていた…?
お前達の腕ならば一人二人手放すことくらい恐れるに足らずということか。
はっ、お前たちを監視しているつもりだったのだが、まさか相方を置いていくとは思いもしなかった。
チームの情報を全て教えろ、そしてさっさと死ね。
これはご迷惑をお掛けしまして…私も喜んで対応をしたいところなんだけど、本当に何も知らないのよ。
お前の怪我は軽くはない、俺達の時間も多くはない、焦る中での拷問は命取りになる。それはお互いに良くはない。
あの女のほうを追いかけたほうが良いわよ。彼女のほうが知っていることは私よりも多いから。
…あいつはお前を餌にしたんだぞ、嫌いじゃないのか?
俺たちと一緒に仕事をするほうが痛快だと思うが。
…餌ね。
あなたは…工業用オリジ二ウムの欠片でオリジムシを誘い出したことってある?
…何を言っている?
ただのカズデルのやりかたよ。よくオリジムシのせいで多くのトラブルが発生するわよね。
野生のオリジムシは知能が低くて、オリジ二ウムに反応すると言われている――。
――嘘か本当かはともかく、それに惹かれた虫達の結末って知ってる?
思わせぶりなことを――。
い――いつの間に!?
後方で待ち伏せていたお仲間のように、粉々に爆散してしまいなさい。
ええっと、全部「生き餌」だっけ、それで罠は?
早く殺しに来なさい、それか潔く逃げるか、もう一度チャンスをあげるわ、一度やりなおすためのね。
ごほごほ――
――こんなにも早く!?ずっと私達を追跡していたってこと?
この狂人め!!
え――後ろに――誰――
静かに、そして動くな。
素人でも振り回せるほどのレイピアではあるが、私は剣の名人では無いんでな。一歩間違えると死ぬことになるぞ。
お――お前、いつの間に――
私と影の親和性はとても高い。偵察員がいない状態で私を捕まえられるとでも?
さあ、言え。お前のご主人様は誰だ?
俺には――できな――
ぎゃああああ!!
加減しないと。内蔵をかき回しちゃったらどうやって話をさせるっていうの?
カズデルの――出来ない――お前達を許――。
(カズデル…)
はい、ありがとう。
…残念だがまだ生きていたな。
私がそいつを解決するまで待てばいいのに。あなた焦りすぎじゃない。
拷問もあまり上手くは無いみたいだし。
ふん、お前よりあいつらを殺すほうが優先だ。この虫けら共にどれほどの被害を受けたか。
私の下で死ぬべき敵はすでに綻びを見せ始めている。傭兵が我慢出来るとでも?
…ふふ。
あなたってサルカズに似ているわよね?
見様見真似だ。
さっきの騒ぎはとても大きいものだったから多くの敵が引きつけられるでしょうね。
丁度いいだろう?あいつらを目標チームから遠ざけることが出来る。
一人二人手放すことくらい…他の者は死んだということか。
これほどまでのレベルとなってくると多くの同僚は解決することは出来ないだろう。ましてあいつは危惧をしている。戦場には…他に何があるんだ。
どっちみちよ。
…お前の傷は本物なのか?
いやいや、傷はどう言おうがしっかりしたものよ。
ただ、そこまで気にはしていないだけ。
あなただって目を覚ましてから、彼らにささやかな贈り物を用意していたってことを知ることが出来たでしょ?
私が目を覚ましていなかったら、私が生き餌になっていたということだろ。
私はあなたが死ぬまで待ってから網を引き上げることにするわ。
ふん…。
もしいつか、お前が本当にお前の心が見える人に出会うことになれば…
お前はおそらく彼女には敵わないだろうな。
そうね、よく目を開いて待っておくわ。
始めましょう。あなたのアーツで近くを調べてもらっても良い?
…お前に言われなくても。
….。
いや…。
やめてよ、そんな顔をして私達の状況が良くはないって証拠はあるの。
…お前の言ったとおりだ。
逃げても逃げられない。
あなたが正面からの戦いが苦手だって言うのであれば、私しかいないじゃない。
まずは西に向かう。ヘドリーのチームと合流をすればいけるかもしれない。
もし合流出来なかったら?
…私達は全員お陀仏だな。
護衛チームはもう半分殲滅をしたが、輸送チームがA5ポイントに到達する前に阻止することは出来なかった。
餌が多いな…いくらかの護衛チームは煙散らしだろう。
バベルは変な考えで目的を達成させるつもりなのか、それとも…チームを守る必要が無いだkなのか。
…とにかく、これ以上引き伸ばすことは出来ない。速戦即決をしなければ。
掃除は後回しにて亡命者に任せれば良いと思っていたが…あいつらがこれぐらいのことすらも上手く出来ないとは思いもしなかった
傭兵の中でも強弱が大きくてヘドリーのチームは予想よりも強いようだ。
先に相手を見つけることができれば…上手く使えるのかもしれないな
追い続けるか?
前ならばそうしたが…
…
分かったよ、将軍、何があろうともやってやる。
…見失った?
別れて行こう。おまえたちは東、俺達は西だ。
こいつら、本当に嫌なやつらね。
お前が言うな。隠れてろ。
ちっ…
はあ…はあ…
…
まあいいわ、最初から止めるつもりは無いんだけど目が見えなくなるわよ。目は痛くないの?
くだらん、痛、少なくとも出口だけでも見つけなければ――
い――いああ――や、やめて――降参するから――
あいつらは傭兵を装っているだけ。あいつらは傭兵じゃない――
あ、軽くてピリッとした鋭い音、あいつらの腕前でも見えた?
少し黙ってろ!
他に待ち伏せがいなかったとしても、廃墟の中で姿を確認しているだけじゃ、絶対に勝てないわね。
――何をするつもりだ?
..え?
いつから、どうやって私を監視しているの?
いや、目が見えない訳では――。
お前がたくさん抱えているものは…ボウガンの榴弾?何をするつもりだ?
あいつらと一緒に散るつもりか?
一つで殺せるのは一つまで、それじゃあ普通の考えでしょ?
死ぬなよ、それでは意味が――
意味?
私達が生きている意味って何なのかしらね?
…サルカズはやはり狂っているな。
あなたが狂っていないからだから私もあなたを信じていないのよ。
おい、W!待て!
ちっ、帰ってこい!
――!
ああ、一人見つけた。Wだ。ランキングで有名な奴だ。
こんな範囲の大きなオリジ二ウム爆弾を投げるのは、視野を広げる無謀なやり方だ。
どうしてこんなことをした?俺のお仲間が一瞬で炎に飲み込まれてしまったが、お前は大丈夫なのか?
ええ、習うより慣れろだから。
…将軍はお前を気に入ってくれるはずだ。
抵抗をやめろ。バベルがお前達に任せた任務とやらを全部教えろ。
…あなたは何を頼りにして私を信じるつもり?
私は何を持ってあなたを信頼すればいいの?
賢いほうが先着順だ
傭兵を雇うのは戦争の道具だからだ。もし俺たちが互いに競争をし合うのならば、当然便利な道具は自分の手に握っておかなければいけないだろう。
違うわ、便利な使い捨ての消耗品でしょ?
勝手に言ってろ。
それにここから4時の方向17メートル離れた方向に隠れている偵察術に優れた傭兵のことも考えてみろ。
まずはナイフを置け。お前に勝算は無い。もっとも試してみたいというのであればそれでも構わないが。
…。
ふん…。
ああ…情報は合っていた。Wとイネスだ
お前達のチームは八割がた壊滅をした。残りの敗残兵ではこの人では話にもならん。
お前の足元――
ああ、そうだ。
この欠片は前は人だったものだ。
――
理解したか?お前たちが直面しているのは普通の傭兵でもないし、殺し屋でも無い。
こうするとしよう。お前達のリーダーを入れて、お前たち3人の中で任意の2人が協力をし、残りの1人を殺す。
誰かの首を持って帰ってこい。全ての損失と責任にはその死人の首にあるってことだ。残りの生存者は受け入れてやる。
誤解はするなよ。これは俺の考えではないが、俺たちも生命を落とした兵士達に説明をしてやる必要があるんでな。
戦場で投降なんてことしなければ、もっと幸せに仕事が出来たのかもしれんがな。
…恩情を承るわ。
不幸だな、私は戦うのが苦手だ。この気色が悪い女には勝てないかもしれん。
急に誠実になったわね。
そうだな、だから残りの選択肢は私達二人が組んでヘドリーを殺しに行くことだろう。
そうね、ヘドリー。
では――。
…ふん。
聞かせてもらいたいんだが…傭兵が熱心に死のうとする理由は何だ。
私は生命を弄ばれる側には立ちたくないだけ。他の人の生命を弄ぶほうが楽しいと思うの。
それに私はあなたの言うことをあまり聞きたくはないわ。何と言ってもあなたが出した難しい問題はつまらないから。
…
あ、この目が潰れそうで気が狂いそうな子羊ちゃんだけども…
彼女はサルカズじゃないわよ、あなた、彼女の地雷に触れちゃったわね。
――どんな結末になるか分かっているのか。もうこの戦いは負けているんだぞ。
退場する?
ふん…そんなこと知らないわね。
本当に行くのか?艦船はもう目の前に近づいているのに。
ああ、まさか彼らがこんなに早く気づくとは思わなかったんだ。諜報員のミスか?
少なくとも傭兵部隊は雇っているみたいだ。
私たちはあいつらの知らないところで戦士達を危険に晒してしまったみたいだ。
傭兵とはもともとそういうもんだ。俺たちも遅かれ早かれこれを背負うべきだろうな。
…私は否定はしない、テレジアも――
サルカズは誰であろうと、一人たりとも、無駄な犠牲となって良い理由は無い。
…はあ…では私も一緒に行こう
ああ、ありがとう――
――ケルシー。
…。
あー、やっぱり援護はいるわよね…この人達何なのかしら…
それにこの人数…
…。
おい、気を取られるな。
ごめんなさい…意識を保つので精一杯よ。
お前がごめんなさいだと…?
前回は私が倒れているあなたを見ていたけど…今度はあなたがその番よ…。
ほらほら、そんなにケチケチしないで…ちょっとだけ…休憩させてもらうわ…。
…ちっ。
14、15…いや、もっとか…。
声も出さずに秩序良く動いている、プロだな…私達よりも戦場に詳しいのだろう…。
…カズデル…ふん…。
――!
き…こ…えるか…
そっちに…助けに…
通信が…回復した?
――!
こ、これは…この感覚…。
誰か近づいてくる…!
イネス!Wは?お前たちの今の座標は何処だ?
…ヘドリー。
戦争が始まる前…お前はカズデルで…生活していただろう。
知りたいことが一つある…
――怪我でもしているのか?まずは息を落ち着かせろ。
安全なところに隠れてくれ。俺たちはもう輸送隊のチームに救援の連絡を出して――
まずは…聞いてくれ、ヘドリー。
…ああ、聞いている。
サルカズの王…カズデルを失った者…殿下は…。
その方は…白髪の女性だったか?