昔、とある老いた怪物が私に言った。人一人も殺せない度胸では、彼の力をより強大にさせてしまうと。
私はずっとそれを滑稽だと思っていた。だがあいつが確かな怪物であったせいで、その考えを改めて考え直さなければならなくなった。
虫が自ら炎に飛び込むのは、さらに強い自分を探し求めているからとでも?馬鹿馬鹿しい。
いや、虫が本来どれほどの理性を持ち、身体がいかに脆弱か。それを言うのはやめておきましょう。虫がどれだけ強かろうと、所詮は虫けらなのだから。
虫が炎に飛び込んだら、炎がその脳をぐちゃぐちゃにしたという証明しかできない。虫に脳があるんだとしたら、そいつはきっと狂ってるんだろうけど。
もし、炎に飛び込んだのが私だとしたら?それって私が狂ってる以外、何を証明できるのだろう?火傷を負わせるだけでなく、私をより強くしてくれるとでも言うのだろうか?
死を、不死の怪物が理解するとでも?
ああ、これは誰も逃れられぬ苦しい死だ。
あなたが私に会いたいだなんてね?意外なこともあるものね。
てっきり龍門をぶっ壊す計画にのめり込んでいるんだと思っていたわ、タルラ。
W、お前が来るという報告は聞いていないが。
あは!ごめんなさいねぇ、リーダー。傭兵稼業が長すぎて、自分の生活状況をいちいちリーダーに報告しなきゃいけないってこと忘れてしまっていたわ。
私が司令塔の最上層には上がれないのは知ってるでしょ?だからあなたに数階下りていただくしか無かったのよ。
皮肉を言ったところでなんのためにもならんぞ、W。レユニオンにはお前たちサルカズの力がいる。これ以上我々の間にいざこざが起こってはならん。
魔族でいいわよ。自分のことを温厚かつ善良だと自称するお偉いさんが私達の事をサルカズって呼ぶのよ。でも私たち傭兵は自分がどんな性悪な性格をしてるのかを知っている。
おかしい。魔族という名は“迫害されし劣等種族”を意味している。お前たち傭兵がこの事実を受け止めるはずがないし誇りにも思わないはずだが。
そりゃもちろんよ。でもあんたたちが最初にサルカズを“魔族”なんて呼んだのは、軽蔑や面白半分で呼んだんじゃないわよね。
“魔族”という呼称は【恐怖】から来ているのよ。恐怖が私たちの種族をあんたたちにそう呼ばせている。
だから私たち傭兵は喜んで“魔族”という呼び名を受け入れるの。私たちはその本当の意味を知っているから。
そして、その意味をじっくりと生きている奴らの心の奥底に植え付けてやるのよ。
あら、ごめんなさい――あなたの前でこんなこと言うなんて、釈迦に説法だったわね?
暴虐残忍で名が知れた私たち傭兵チームだろうと、あなたの前じゃ虫けらがハガネガニに歯向かうぐらい滑稽よねえ。
リーダー、あなたこそもっとも人に恐怖を与えることに長けた人よ。
“敵は脅し、友には温もりを与えよ。”
敵には恐怖を、同胞たちには希望をもたらす。これはレユニオンの行動原理だ。
じゃあウルサスの中心街を龍門にぶつけるっていうのもどっかの同胞が切に願った希望ということなのかしら?
我々レユニオンの戦士たちはいまだに龍門で戦っていて、彼らは我々の増援が必要としている。だからこそ行く必要がある。
龍門市内の感染者には希望が必要だ、中心街を守っている感染者の戦士たちも希望を届けたいと強く願っている。
人々の願いは一致している。願いをかなえる方法も我々がこの手で創り上げる。
――お前たちサルカズにもメリットがある、これは真実だ。
しかし、お前たちは希望を必要としない。だから私はお前たちに利益を授ける。
お前のように各都市に潜伏しているサルカズ傭兵たちとその背後でお前たちを操っている連中は都市と国家間の混乱に乗じて養分を吸い取っている。
龍門の件の後は、安全な移動都市というものは一つたりとも無くなる。魔族が活動できる地域は広がり、お前たち種族の末裔は繁栄をしていくだろう。
へえ、理屈は道理に適っているわ。利益を鑑みれば、あなたの戦略には同意出来るわね。
ならば、W。それでもまだ疑問があると?
ないわ。とっても素晴らしい、拍手してあげてもいいかしら?
いらん。
じゃあ今度は私の任務の話ね。あいにく、失敗してしまったわ。目的を持ち帰ることも出来なかった、彼女はブツを渡そうとはしなかったし。
お前の過失ではない。ミーシャとスカルシュレッダーの血縁関係は予測外のことを引き起こしてしまう。
どうして私にあの化学家の娘を捕まえさせようとするわけ?
彼女と彼女が持つ秘密がなくとも、あなたは順調に計画を進行できるはずよ。龍門を攻撃して、中心街を起動する。彼女を使う場面なんてないでしょ。
カギが事実かどうかを確認する必要はあるだろう。
私の手で中心街のシステムを起動させることは可能だ。しかし、その停止方法もレユニオンが完全に把握していなければならない。カギがそれに当てはまる。
メフィストが言ってたわ。パトリオットのじいさんが廃墟で見つけたのが本物だろうって。
違うな、W、メフィストがお前に言うはずがない。お前がメフィストにデマを流し、奴からお前が欲しがっている情報を抜き取っているだけだ。
あの情報は本当なの?
お前は私に弁解する意思も、自分に弁解する意図もないのだな。
私には自分の情報網があるから、ちょっと口が滑っちゃうかもしれないけど。
あ、少し情報元も混ざってたかもしれないわね?多分だけど。
W、私の誠実さを知りたいのであれば、お前にすべての段取りを教えてやってもいい、全てだ。
スカルシュレッダーとお前の最初の行動によって龍門近衛局の反応速度を測れた。戦術を調整し、龍門攻略計画も成功させてくれた。
お前の行動がなければ成功しなかった。
カギは確実に存在する、ただミーシャの死亡により手掛かりが潰えた。パトリオットが見つけたカギはただこの状況に対応するための予備案にすぎない。
私はお前の情報の出どころを探ったりはしない。しかし、私の解釈は信用に値するとは思うが。
はいはい、分かりました分かりました。でもね、リーダー、最後にカギは何本あるのか知りたいの。これで最後、もう聞かないわよ、ええ。
二本だ。一本はチェルノボーグ皇室直属の科学者のセルゲイが持っている。特殊な方法でカギをミーシャに渡していたらしい。
もう一本は元チェルノボーグ市長のボリス侯爵が持っていた。やつは我々が都市を攻め入ったとき都市の地盤を調達してチェルノボーグから逃げ出したが天災からは逃れられなかったようだ。
あの廃墟ね。
市中に隠れている要人は我々に必要な物資を保有している。適切な距離感を取れば近衛局を待ち伏せに誘い込むことができる。
あの廃墟を占領する理由は十分にある、拠点としての利用価値もあるだろう。
すごくわかったわ、リーダー。もう聞くことは何もないわ。
待って、ちょっと聞きすぎたかも。こんなにも長い時間解説をしてくれるなんて、なんだかちょっと申し訳ないわね。
W。私の率直な思いによって互いの誤解が解けるのであれば私は時間は惜しむことは無い。
互いの長期的な相互利益関係を保証するため、私は引き続き未来のための計画を練り上げる。これでお互いの信頼を少しは増すことができたか、W?
我々はこの先起こるであろうさらなる難題に立ち向かうためにも助け合いが必要だ。
本当に?感激しちゃうわね。
それはもちろん……
私は前からこの女が嫌いだ。
奴らが心の内に抱いているタルラはつまらない奴に思えるし、私の目の前にいるこのタルラは嘘でがっちり固められたくそ野郎。
ええ、嘘をつくなんていうのは当たり前のことではあるけれど。
私も嘘はよく付く、爆弾以外に、嘘より威力のあるものなんてものはない――真実は一杯の水に過ぎない、全焼している家の前に、一杯の水が何になるっていうのかしらね?
私の嘘は、自分の考えを捻じ曲げて他人に投げつけるような嘘……けどこの龍女の嘘は他人の口から出てきた嘘のように自然だった。
相手が誰であろうと、彼女はわずかな小さい考えだろうと自分の意図を隠そうとはしない。
――まるで別人になったように、相手に疑われないように形を変え、相手が望むことを話す。
レユニオンが最も崇拝しているのは当然リーダーであるタルラ。私の前では彼女は取引相手のタルラ。パトリオットの前では彼女は戦士のタルラ。
いつかかならず化けの皮は剥がれる。だけど、この日が来たとしても全員生きながらえてそれを見ることはできない。
でも、化けの皮なんて……彼女にあるのかしら?
玉ねぎみたいにずっと剥いたら最後は何も残らないんじゃ?
本当だ。
さっきの彼女はイベリアの修道士みたいに誠実だった。
彼女はかすかに手を挙げた。あ、これ知ってるわ。
今の彼女は最も狡猾で奇襲と虐殺に長けたサヴラ族のようだった。
何かが目の前の空気を引き裂いた次の瞬間、私の身体を溶かしていくのかもしれない。
あんたを怒らせたからって、私を殺すってことにはならないわよね?
(爆発と稲妻の音)
タルラが放った見えない何かは、誰も見たことがないのかもしれない――でも私はあれがどんな効果があるのかは知っている。
廃墟、残滓。真実はあれのもっとも基本的な形すら残せなかった。
光のない炎のように。
私は彼女の獲物だ。
もっと早くから分かってたけど。
分かりやす過ぎよ、龍女。今のあんたはいつものあんたより分かりやすい。
大げさな遺言を残して何もせずに死ぬなんて、全然私らしくない。
死ぬつもりなんてないわ、今のところは、ね。
(爆発音)
私が話していたときに投げ出したショボい爆弾は地面に落ちて数秒も経たないうちに、私の目の前で花のように炸裂した。
熱風が顔にあたる。幸いなのは、この意外にも心地良い熱さが彼女からのものでは無いということ。
アーツはちんぷんかんぷんだけど、わたし自身の経験が証明してくれる。この世の99%のアーツの威力は、もっとも純粋なエネルギーに勝らないということを。
爆発。熱量、弾片、衝撃波。自分自身だろうが敵だろうが全て粉砕する。
彼女を少しでも食い止めるだけでいい。私が蒔いた種から花が咲く時まで持てば良い。
ほんと、ご愁傷様。私のコメディショーにこんなにも付き合ってもらえるなんて、確かに、あなたはいい役者よ。
この龍女のこと、私はそんなに嫌ってないんじゃない?そうでしょ?
偽りのない人は嘘もつかないしペテン師でもない。でも彼女は、嘘に浸かっている怪物だ。
彼女は嘘をつく必要はない。
どおりで彼女を見ただけで、少し、少しだけ、怖く感じるわけだ。彼女が怖いんじゃない。多分、本当はちょっと怖いんだろうけど。
恐怖というものいくらかは留めることが出来る。対策している人っていうのは、いつも準備をしているもの。
お前の小手先が私のオリジ二ウムアーツを中和するとはな、見くびっていたようだ。
おい、あんたの言う“小手先”に数時間掛かっているのよ。少しは労って欲しいものね。
でもまあ、私がこうもあんたに簡単に焼き殺されたら、私についてきてくれる魔族の人なんていないでしょ。
最初から私を襲うつもりだったな。
あんたが先に仕掛けたのよ、龍女。私が目障りだから焼き殺すのかしら。それとも自分の化けの皮が剥がれそうだから急いで口減らししたかったのかしらね?
(爆発と稲妻の音)
話し終わったとたん、彼女の指先の高温がまたこちらを襲い掛かって来た。やっぱり、この龍女、少したりとも油断はさせてくれない。
腰を曲げ適当に転げ回る、この機に靴紐を結ぶ素振りには見えるだろう。
よっと。
次はちゃんと狙いなさいよ。
W、お前の悪巧みは露呈している、今のお前はレユニオン全ての敵だ。
なぜ私と対立する?お前になんの利益にもならないだろうに。
悪巧み?どっから出てきたのそれ?逆に言うけど、私はせっかちで面の皮を破るような人じゃないのよ。
何と言おうがあんたが先に手を出したの。ふん、先手必勝ってやつ?
じゃあこっちもやるしかないじゃない。殺される前に、あんたを殺す。
お前の錯乱した精神が自信を過剰にさせているようだな。
私を騙したことなんて些細なことよ。騙し合いなんてものには興味もないわ、あんたがどれだけ殺して、騙してきたのかも……
龍女、私の人に手を出したことを後悔することね。
私はこんなことを言う人だったかしら?
どうやら頭が本当におかしくなったみたい。狂っているとは思っていない、むしろ感傷的になっている。
なるほど、どうやらやってしまったらしいわね。
そうか。道化となるのも効果があるみたいだな、私はお前の本質を見誤ったらしい。
思いやりのある、血の通った可愛い悪魔じゃないか。
あ、はは、はっ!
あんたの方がよっぽど可愛げがあるわよ。うーん、でも舌をちぎり取ってやったらもっと綺麗になるんじゃないかしら。舌が長いって思わなくなるし。
罠を事前にはりめぐらせれば私を殺せるとでも思ったのか?
もちろん思ってないわよ。
彼女にトラップを作ったことがある話なんてしたっけ?
トラップを設置するにも数が必要なの。相談に乗るけど、あんたはいくらほしいの?
いくらある?
哀れで憎たらしい反逆者、わが炎はすでにお前を捕らえている。
お前は自身の反逆に対価を支払うことになるだろう。
うわぁ……きっも。何その言い草、誰に聞かせているわけ?
お前だ。
お前はこの手の美辞麗句が嫌いだからだ、W。私がお前の目的を暴いたのも。
あー、まず私の好みをちゃんと理解してくれたことを感謝するべきなのかしら?わざと言い方を変えてイライラさせてくれたことも含めて。
それと、私の目的?あんたが何人殺そうが私には関係ないわ、龍女。
私の考えを見抜いている?そのくだらない悪だくみしか入らなそうな頭に私が何を考えているのか思いつくのかしら?
――W、お前は中心街で龍門に攻め入ることを阻止したのだろう。
……へえ?
お前がただ復讐をしたいだけならば、このタイミングで現れるはずがない。W、私を殺したいのであれば、私と龍門が共倒れになったときに手を出すべきだ。そのほうがずっと賢い。
私との交流から情報を抜き出そうとしたのももう一つの欺瞞だろう。レユニオンに雇われてる傭兵の頭目に気にも留めないのであれば、”レユニオンのリーダー”である私にこんなことは聞かないはずだ。
お前の言う通り、私はお前を殺しはしない――今回の大戦にそれほど関心を抱かない限りは、私はお前を殺さない。
私はお前のこと気に入ってる、W、お前は楽しませてくれる。私は無害な道化を殺したりはしない。
しかし…もうじき手段が尽きるであろう私を殺そうとする狂人は、私の善悪を知る必要などない、私の計画ならなおさら。
…お前は本当に演じてるような破壊欲にまみれた狂人なのか、W?
あんたいいかげんに――
そうでは無いだろう。
お前はレユニオンを阻止したい。中心街を龍門に襲撃してほしくない、それがお前の考えだ。
W、W……すべて分かりきっていることだ。私はお前の心を一切覗き込んだりはしていない、お前が自ら私に秘密を語りかけてきただけだ。
減らず口が。
まだ言いたいことがあるっていうのなら、お前を肉片にまで砕いてダストシュートに捨てるわよ。
(爆発と稲妻の音)
私は手にあるボタンを押した。簡単なオリジ二ウムのスイッチ、遠隔操作、連鎖爆発。
燃え盛る炎、人を狂わせる焦げた匂いと大量の破片を含んだ灼熱の熱気が私の目の前に一切合切を巻き上げていった。すべて順調、たとえ粗野なサルカズ族でだろうと……
待って
待って、ちょっと待って、私は炸薬を起爆させたでしょ?
…
彼女はなぜ剣を地面に刺しこんだ?
これがお前のトラップとやらか?
もう一度だ、サルカズのW、もう一度やってみろ
あ、あんた……
炎も無い、燃えてすらもいない。
私が必死をこいて都市の鋼鉄オリジニウム基盤に身体をねじ込んで設置した百を超える爆弾が、すべて消えていた。
爆発は?熱気は?破片は?
すべて消えていた。
もともとオリジニウムを埋めてあったところが、変形し、溶けて、凹んで、鉄の破片と水が滴り落ちて、周りの古い塗料を燃やし、かなりの臭いを放っている、それだけだった。
破片、熱気、炎、何もない。
私の頭の中で二十数回シミュレーションしてきた大爆発は起きはしなかった。このずる賢い龍女がアーツを剣に込めて、爆発の熱量を私達の足元の鋼鉄の地面に注ぎこんだんだ。
熱線放射がトラップ一つ一つを、構造と性質ごと直接溶かしていった。
合理的な推察だ。やるじゃないの、W。
彼女を粉々にするはずだった全方位からの死角のない爆発が、長ズボンの中で志半ばで消え失せたすかしっ屁になってしまった。
はい、もうお手上げよ。
…