3:23P.M. 天気/晴れ
リターニア境内、移動都市ヴォルモンド郊外、変哲の無い古い橡の木の下

……

チェフェリン長官……本日のタバコはもう三箱目になりますよ。

長官。

あ、ごめんなさい、伯父さん……

タバコが必要なんだ。もちろん、タバコもアルコールも良いものとは言えんが……お前の言う通りだ、私みたいにはなるなよ。

でも咳がますます酷くなっておりますよ。

そう畏まらんでもいい、今は作業時間ではない、前にも言ったはずだが……まあいい。
彼は遠くを見上げ、タバコの灰を振った。周囲のテントは焼きただれ、野草はところ構わず生え散らかっている。
彼は本来独りでいるときの細やかな安らぎを望んでいた、自身の称号が変わったとしても。

はぁ……彼らがお前を行かせたと思ったら、まさか私のところに来させるとは!

あの狡猾な老いぼれ共め、私に直接意見を提言しに来ないどころか、若い娘を傷つけさせて――ゴホッゴホッ!

伯父さん、どうか気を張らないで!私が志願したの、せめてちゃんと伯父さん本人に伝えようと思って……

ふぅ――ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッ――

本当に酒とタバコを辞められたほうがいいですよ、最近容体がますます酷くなっていますし……

結論はおおかた予想できてる――クソッ。

……はい、会場での討論は激しくなる一方でした。でも若い人たちはみんな応接室に籠ってて、誰も発言したがらないんです。

私を、私を助けてくれる人はいませんでした、ごめんなさい、私だけではほかの人を説得することができませんでした。

……都市が航路から外れて以降状況は緊迫している。今は社会活動なんざするときではない、学生や若者が意見を出しても誰も聴く耳を持たんからな。

それで?

村の代表も意見が一致してて、感染者及び彼らの感染状況を判断できない以上、予想外の事態を避けるため……

……

死体は必ず村のはずれに埋めること、もちろん……葬儀を行うことも禁止とのことです。

はぁ……

ご……ごめんなさい……

……だが彼らの中にもヴォルモンドの者がいるかもしれん、私たちのファミリーだ、そう簡単に彼らを見捨てるわけにはいかん。

エックハルトは最高の裁縫師だった、彼が自分の親父の店を継いだあと、村でのほとんどの結婚式で引っ張りだこだった。

ヴィットマンは可哀そうなやつだった、大峡谷のことで天災トランスポーターの職を失ったが、頑張って罪を償っていた。彼は心が強い。

ケヴィンは感染者ではなかった、彼は妻のために何もかも尽くしていた、いい夫だった。

トールヴァルトも、あいつは――ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッ――

もうタバコはお辞めください、長官。トールも言ってました。

……お前は納得できるのか、タジャーナ?いいか、あの老いぼれ共の考えには乗るな。

私は……私はまだわからりません。

でも私はトールが安らかに眠ってほしいだけなんです、死んだ後も危険物扱いされて……割れ物を扱うように処理されて……雨風に晒されてほしくなんです……

……わかった。

どうして彼らをこんな風に扱わなくてはならないんですか?昔は、昔はこうじゃなかったのに。

それとあの鉱石病を扱ってる医師の先生。彼女はとてもすごいお人です、ヴォルモンドを見捨てなかった、あの四人はみんな埋葬してあげる権利ぐらいはあるのに、でもどうして――

言ったはずだ、彼らは感染者と――

……責めるべきはこの火災のほうです。

わかっている。

だが……だがこの事件のことは後だ、今はまだ彼らの遺体を見捨てるわけにはいかん。

一番近い憲兵隊に連絡した、救援隊に専門家を入れて調査に協力してくれるそうだ、だがその前に、死体は私の目の届くところに保存しておかなくてはならん。

専門家がいれば、私たちも合理的に死者と向き合える。

一番近い?私たちは助かるんですか……?

「一番近い」とは言ったが。一か月はかかるだろう――あの峡谷の具体的な大きさ次第で、数か月はかかるかもしれん。

ヴォルモンドが航路から外れて以降状況は日に日に悪くなるばかりです、みんな大峡谷を回って遠回りしてでも、元の航路に戻るべきだと言っています。

でも大峡谷を回るルートはあまりに長すぎます、時間を引き延ばしてしまったら……

……とにかく、少しは待っていてほしい。

トールともうしばらく居させてくれ、私には……その権利があるはずだ。

もしあの老いぼれ共が私の息子をヴォルモンド郊外の荒野に捨てようものなら、やつらは自分たちの士官長に銃を放ったのも同然だ。

この私に、な。

そんなことありません!みんなあなたがこの村に貢献してくれてることは分かっています、そんなこと……そんなことするはずありませんから!

……いや、今のは忘れてくれ。

この状況下で、言うことではないな……士官長が言っていいことではないのだ。公務をきちんと執り行わなければ。

でもトールはあなたの息子ですよ……!

タジャーナ、戻ってやつらに知らせてくれ。私は――

私は……

私は彼らに同意すると言ってくれ。ゴホッ、私は同意するとな。

ゴホッ、ゴホッゴホッゴホッ――

……

隊長、彼らが戻ってきたぜ。

……ああ。

ここにいる現地の人のおかげで、俺たちは付近の村に忍び込んで物資を補給できた……

ハンター小隊ももうじき帰ってくる、今日こそは収穫があってほしいものだが。もう飯が二日連続でホシムシだ。

……そうだな。

……水源の確保は?

問題ありません。あいつらのおかげだ。

……でも正直なところ、俺あいつらとは割に合わない。いつもあいつらにナメられてる感じがするからな。

……ふむ。

どうやらヴォルモンドがもうじき移動を再開する動きが見える、その前に結果を出さないといけねぇな。

……こっちには助っ人がいる、いい結果が出るさ。

助っ人……なんですかねぇ。

俺はここの人たちが信用できませんね、ここの感染者たちは……ただ単純に報復しただけですよ。

オリジニウムアーツの普及率がこれほど高いにもかかわらず、リターニアの感染者への待遇はやけに優しいってのに、ここの感染者は何を理由に恐れられ迫害されてるんだ?

実際、ここの感染者は少なくとも物に困ることはないし、訳も分からないまま絞首台に引き上げられることもない、それでも不満なのか?

俺からしたらあいつらは何か企ててる暴徒にしか見えませんね、俺たちの名前を利用して――

名前?

……名前が、どうした?

うっ……

信用できないは……さして問題ではない、なら……俺たちは誰を信用すればいい?誰を信用するべきだと?

毎回毎回脅さないでくださいよ、もちろん俺はあんたの言うことを聞きますよ、隊長。

……そりゃどうも。

あ、落ち葉が、お前の頭の上に……

え、なんだ?

干し肉が数箱、拾ってきた果物と、水源。今はまだ秋入りしたばかり、冬入りまではまだ長い……

時間はある。

……まあいいや、あんたの言ってることは相変わらずよくわからないな。

とりあえず、俺たちはいつ戦場に行けばいいんですかね、あんたに決めてほしい。

戦場?いや……

ん?

……見ろ、ハンターたちが戻ってきた。

今晩の飯はどうやらマシなようだ。

そうあってほしいな。今の内に肉をたくさん食っておかないと、冬入りしたあとじゃあ、飯にかなり困ってしまうだろうからなあ。

……

ボブから返信は?

俺たちがリターニアに入ってから彼らとは連絡が取れてないな……あー、それと、ずっと疑問なんだが。

彼はでかい図体で「ビックボブ」と呼ばれているから、コードネームが「ボブ」なのか、それとも初めから「ビックボブ」と呼ばれていたのか?

……憶えていない。

まあいいや、彼らは本来バウンティーハンターだからな、もしかしたらお宝が見つかるかもしれねえし。

……お宝、お宝なあ。

そうだよなぁ、お宝が俺たちを助けてくれれば……いいんだがなぁ。

もう27日も経過しているのよ!

どうしてこんなに経っても連絡を寄越さないのよ、彼女は度が過ぎるぐらい時間に遵守なはずなのに!

……

アント……どこにいるのよ……

フォリニックお姉さん?

あぁ、リサ……いや、今はオペレータースズランと呼ぶべきでしたね?

いいコードネームですよ。

えへへ、ありがとうございます!

フォリニックお姉さんは通信室に籠ってもう二十時間ですよ、少しは休んだほうがいいんじゃないですか?

うそ……もうそんなに経ったの?

はい!だから休憩室で少し休んでください、私がお姉さんの代わりに見張っておきますから!

そうね……本当にこんなに経ってる……

……アントお姉さんからはまだ連絡がこないのですか?

ええ……でも私もリターニアに行く申請はもう出してあるんです。アーミヤが承認してくれれば、いつでも出発します。

リターニア?でもフォリニックお姉さんはまだほかの任務が残ってるんですよね?

彼女は私の同級生なんです、私の最高の親友でもあります、彼女を……放っておくわけにはいきませんから。

アントの最後の定期連絡はリターニア北部の事務所からでした、特殊な事情がない限り、彼女は事務所の遠くまで行くことはないんです。

――じゃあ私も行きます!

いけません。

えぇ!?そんな即答しなくても……

あ、アントお姉さんの行方を調査するだけですから、危険はありませんよね?

状況次第では、そうとは限りません。

大丈夫ですよ!私も正式のオペレーターになったんですから、私だってケルシー先生の生徒なんですよ!

それにフォリニックお姉さんはいつも渋い顔をしてます、ダメですよ!心配なんですから!

……はぁ、まさかリサちゃんに心配される日が来るなんて、私ったら本当に最近調子が悪いのかしら?

悩みに歳は関係ありませんよ。

はぁ、わかった!私も現地の支部に報告を送ったわけし、本当に何か起こったとしても、彼らが助けてくれるでしょう。

アーミヤの承認が下りたら、一緒に行きましょ、ただし絶対に私から離れたら――

即席メッセージ?アントお姉さんが戻ったんですか?

……

いえ、簡易報告ね。リターニアのオペレーターが通信をキャッチしたあとに送られてきた簡易報告。

フォリニックお姉さん……?

アントが最後に確認されたのはリターニアのある村……そしてそこは一か月前に……

天災に遭遇した。