

どうぞ入って。
(エアースカーペの足音)

……話したいことがある。

……言いたいことはおおかた予想つくが、まあ……言ってみろ。

なら単刀直入に……

天災トランスポーターのヴィットマンが元凶と断定するにはまだ早い。

物的人的証拠が極端に欠けている状況下では、こう言うしかないが……

あなたが持ってきてくれた証拠品は見たわ、ヴィットマンの家にあったものね。ヴィットマンが危機契約を結んでいた天災トランスポーターであることもそれでわかった。

ロドスは彼らと幾度も協力した、天災に対抗するため、彼らは確かに抜きんでた貢献をしてくれた。

けどそれは……彼らが「善意で」やってることを意味してるわけではない。

……俺の天災トランスポーターの経験から言わせれば、間違いない。

ヴォルモンドが天災に遭遇したあと、ヴィットマンはなんとしてもこの町を難から逃れさせ再建させるために判断を下した。

なるべくたくさんの人を活かすために、ロドスの一人のオペレーターを殺害して外の注目を集めた……やってもおかしくない。

だが……そこが問題だ。

その過激な行為の前提は、彼はロドスを、フォリニックが必ずアントを探しに来ると確信していなければいけない。

危機契約の狂った連中は決して「感情」で動くことはない、あいつらからしたら俺たちの挙動は、常軌を逸しているように見えているんだ。

計画を「ロドスのオペレーターへの感情」に賭ける点は……あまりに妙だ。

……推測なだけよ。

いや。

……まったく根拠がない話なわけではないのかもしれん。

それは一体どうして――

――手に持ってるそれって、「蓄音機」のアーツユニット?

これが唯一の物的証拠だ、火災の規模、炎の勢い、まぎれもなくこのオーバーロードしたアーツユニットの仕業だ。

――だがヴィットマンは……リターニア人ではない。

たとえあいつが根掘り葉掘りこのアーツユニットを探し手に入れたたとしても……あいつは……オーバーロードさせ人体を瞬時に蒸発させるようなアーツを扱うことはできないはずだ。

あいつは天災トランスポーターとしてたった半年前にここに来たばかり、ましてや「蓄音機」システム自体つい最近輸入した最新設備だ。

あいつがこんな短時間でそこまでアーツを扱えるような才能があるんだったら、リターニアの中央大学に入って、塔に仲間入りすることだってできる。

つまり……

……そうだ、つまりこの事件が終わったとしても、犯人はまだわからないままということだ。

外からやってきたモノが町をめちゃくちゃにしたこと以外、これからの道のりが一層困難になると知ったこと以外――

――私たちは何も得られなかったということだ。

そんなに速く……そんな虚しくなる判断を決めつけるべきじゃない。まだただの薄っぺらい推論にすぎないのだから。

フォリニックとスズランはこのことを知ってるの?いろんなことが起こったけど……一番関心を持っているのは彼女たちだから……

……正直に言うと、何を言えばいいかわからない。

ミス・フォリニックは自分の復讐が燃え尽きたあとの虚無感を受け入れようとしている、勝手だとは思うが、全員にとって最良の選択はこうするしかないのだ。

……もしくは、引き続き真相を探すこともできる。

大部分の叛乱者は逮捕したが、マドロックに付いて行った奴らもいる、抗議や罵詈雑言を投げつけるやつらもまだいるが……こんなことが起こったあとに、また騒ぎ出す気力なんてもう残っちゃいない。

監獄の状況だってあまり芳しくない……ましてや物資も多くが破壊された、食料の配給もこれから厳しくなってくるんだ……

――わかってる。

ふぅ……タジャーナの様子はどうだ?

張り続けた弦が切れたみたいになってる、軽度の火傷よりメンタル面のほうが深刻よ。

そうか……私のせいだな……ゴホッゴホッ――ゴホッゴホッ!

現時点で調査を続行しても、また衝突が起こるだけだ。

……あなたはとっくに真相追求を諦めていた。

あなたが最初からこの疑問点に気づいていた、だが流れに身を任せていた、つまり……

いや、今はっきりするべきことは、いまのところの情報から鑑みるに、ヴィットマンが一番の容疑者だということだ。

「仕事の流儀」と「学習能力」の二つの推測だけではなんの証明にもならん、明確な手がかりはすべてあいつを指しているんだ。

……否定はしない。だが、「危機契約」には我々も知りえない何かの手段がまだ残ってる可能性だってあるかもしれないんだ。

真相を掴むにはまだほど遠い。

……せがれの葬儀が否定された時点で、私は真相を追いかけることなんてとっくに諦めた。

真相なんてさして重要か?

私はただ……生き残った人たちがめせて、マシな暮らしを……ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッゴホッ――!

本当にそう思ってるなら、一回ロドスに行って検査してもらったほうがいいわよ。

……お前震えているのか。

隠すつもりはない、私は感染者が……いまだに怖い。

怖いね……ハッ、さっきまで私たちのために戦ってくれた恩人が、自分から感染者が怖いって言いだすとはな。

……どうやらロドスは本当に任せれる相手なのかもしれん。

それと、あなたの感染のことだけど……フォリニックからまた聞かされると思うから。

いつからなの?

ミス・グレースロートが感染者にこれほどのわだかまりをもっていると知っていれば、私も隠す必要はなかったかもな。

謝るべきはこっち、恐怖には……もう慣れているから。

……あの冬霊族のお爺さんが貴族や商人を殺していたとき、私も彼らを追いかけ回していた。

あのとき、最後の一人の爺さんが、湖畔で火を起こしていたんだ、彼は私が来るのをとっくに知っていた、私の位置は影でバレた、そしたら彼は源石で私の左胸を刺したんだ。

――その人も感染者だったのか。

ああ……彼は感染者だった、私は彼を殺し損ねた、あのときあの爺さんは死なばもろとものつもりだと思っていた、お互いの復讐が終着点までたどり着いたんだ――

……そのあとは?

私たち二人ともが湖に落ちる前、彼は最後の一瞬に非常に奇妙な……表情をしたんだ。

その顔は……後悔していたようだった。あの老いぼれは……勝手に解脱を感じていたんだ。

私たちがレユニオンと叛乱者をやり合ってるときのように、彼は歌を歌って天寿を全うしたように、眠るように……私は自身の無力さを知ったよ。

あの爺さんは……彼は死んだ。鉱石病は歳月が尽きる前に彼を連れて行った。最後の正統な冬霊族の族長が、この土地の最初の定住者が、死んだんだ。

その後感染者は私たちと袂を分け、民衆は貴族の荒唐無稽な行いに耐えきれず反抗することを選んだ。

……これが結末だ。

(スズランが駆け寄ってくる足音)

タジャーナさん!

あ……みなさん。

よかった……ご無事だったんですね……

ええ。

あなたの表情もけっこう明るくなったわね。

……ふふ……多分今まで自分で自分を抑え込み過ぎていたのかもしれません、いつもこんなときに倒れてしまっては……

……

ずっと……トールのことを考えないように抑え込んでいました、でも彼の笑顔が……彼の痛みが……火に焼かれる苦痛が……

……ごめんなさい、また始まっちゃいました。

……ううん、いいのよ。私たちも……同じだから。

――でも少なくとも、犯人はその身で罪を償ってもらいましたから。

……そうかもね。

フォリニックさん?

いいえ、なんでもない。あなたの言う通りね。

でもヴォルモンドは……進み続けなければいけません、まだまだたくさんの問題が残っています……

感染者の問題を、筆頭に……

……ごめんなさい、私はとっくにチェフェリン長官の病状に気づいていました、でも彼に話さないよう釘を刺されていたんです。

彼がアーツユニットを通さないでアーツで室温をコントロールしていた時点でみなさんに教えるべきでした……

でも彼も……苦痛に耐えてたんです、みなさんと同じように。

牢屋に放りこまれたのは、みんな耐えられなかった人たち。

……私も同じね。


みんな―!こっちこっち!

……航路の進路計画が完了した、俺個人の経験だが、小隊で行動すれば、安全にロドスに戻れる。

はあ、今回の出来事は忘れられそうにないな―……今回のことって録って残したほうがいいいのかな、それとも忘れるべき?

金稼ぎに使わなければ好きにしろ。

そんなことしないってば!ちょっとはアタシことを信用してよ!

航路……この航路があれば、ヴォルモンドの方たちは安全に離脱できますか?

それは難しい……人数が多すぎる、それに負傷者や囚人も少なくない……囚人をほったらかしにして死なせるわけにもいかない。

そうね……グレースロートは?

彼女は……先に出発した、人に会いに行くそうだ。

あとで俺たちと合流すると言っていた。

そう……彼女を探しに行ってきます。

その必要は――

いいえ……その必要はあります。

すぐ戻ってきますから。


すぐに新しい長官を選出するべきよ!

だが彼は私たちのために多くを尽くしてくれたんだぞ、もう少し冷静になれ。

だ、だとしても、一人の感染者が偉そうに町で跋扈させるわけにはいかないわ!

チェフェリン長官の身体検査の結果を見てから報告しても遅くはないだろう、もしかすると彼はまだ……

いいえ、だとしてもよ、感染者が最高長官を務めては、付近の貴族の不満を買うことになるわ!

感染者が巡回してる町に観光客やキャラバンが来ると思う?

――おい!みんな見ろ!

見張り台が車の隊列を見つけた!憲兵隊の旗をかけてると言ってるぞ!

なんですって――!?

は、はやく見にいってこい、受信機はまだ使えるか?彼らの識別番号を確認するんだ――
……

……
みなが論争を繰り広げている隙に、前士官長の、チェフェリン・ホーソーンは疲弊により眠りに入った。

彼は夢を見た、月が平原を照らし、女たちは星々を眺め、男たちが尖塔を再建している夢を見た。

彼は一人の巨人が起き上がる夢を見た、その巨人は死んでしまった彼の息子であった、その巨人が災いをもたらす雲を息で吹き散らした夢を見た。
彼は巨人が故郷を持ち上げ、氷雪が解けている方角へ向かっていく夢を見た。
彼は風が歌い、大地が采配をとる夢も見た、源石がすべて大地に沈み、鉱石病が二度と流行ることのない夢も見た。

巨人は冬霊だった、巨人は雪と水であり、一族の源であり、蛮行と文明の繰り返しであった、夢の中の巨人は倒れることなく聳え立っていた。
彼は疲れてしまった、身を蝕んでいた気管支の病はとうとう彼を現実に戻すことはなかった。

夢の中で彼は鎌を携え、黄金に輝く麦畑に立っていた。
夢の中で彼は笑っていた、涙を流しながら笑っていた。
彼が息子を失ってから、初めての涙であった。
