2:25P.M. 天気/曇天
リターニア領土内、移動都市ヴォルモンド、議事庁臨時客室
……どうすればいい?
無数の経済価値を生み出した町が、婚礼を優先するなど誰が予想つく?
大峡谷での損害はとてつもなく大きい、住民の死傷は避けられたが、ヴォルモンドが四分の一の土地面積を失ったのも確固たる事実……
……私はどうすればいいのだ?
入ってくれ。
……傷は、だいぶ良くなったようだな。
……
そういつも「みんなおしまいだ」って顔をしないでくれ、たまには前向きにならないと。
君は安心してここにいてくれ、議事庁まで殴りこんでくるやつはいない。
私の家はどうなった?
……目も当てられない有様だ。あまり知りたくはないだろう。
教えてくれ。
カギは壊され、なかは何もかもぐちゃぐちゃ破壊された、君の金庫以外にもとの形に保ってるものはない。
……もちろん、あいつらが君の大事にしてる金庫を放っておくわけもない、金庫に高温で加熱した痕跡が残っていた、成功はしなかったようだが。
……好きにさせておけばいい。
珍しいな、あの家に思い入れがあるのか?
そりゃあ長年住んでた家だからな……だがお前たちから見れば、私は結局はよそ者だ。
そう言うな……ヴォルモンドは商業都市なんだ、そんな閉鎖的じゃない、ただ……
タバコはやめてくれ、匂いがダメなんだ。
あっ、おう。
ただな、しばらくは町には出ないほうがいい、今回は外傷だけで済んだが、次はどうなるかはわからん。
君も知ってるだろ、今ヴォルモンドには憲兵がいないんだ、タジャーナたちだってただの民兵だ、何か起こったら誰にも止められん。
お前もバカなことをしたな、チェフェリン。
……私だって一回の婚礼がこんなに長く続くなんて予想できん。
まあいい、ゆっくり休め、今日はこのへんにしよう。
……君に責任はない、みんなちゃんとわかっているさ。
天災を正確に予測することはできない……
人災もな。
まあなんだ、安静にしておけ。
ゆっくりあとのことを考えておくれ。
あとのこと。
あとのことはもう予想できてる。
大峡谷は完璧に南東方面のすべての航路を封じた、ヴォルモンドは北に進むしかない。
……すぐにほかの都市と救援協定を結ばなければ、冬が来れば、必ず飢饉が起こる。
飢饉は……
人がたくさん死ぬ、私は……
いや、私のせいではない。
決して私のせいではないのだ。
七日後
こんにちは~どなたかいませんか?
ヴォルモンドの天災トランスポーターがここにしばらく住んでるって聞いたんですけど?誰かいませんか~?
聞き覚えのない声、若い女性だ。
彼女は私が天災トランスポーターだと知っている。
チェフェリンの言っていた通りだ、表に出るのは避けるべきだったか。
……なら、居留守を装えばいい。
アント先生、ヴィットマンは何日も顔を出していないんだよ……
はぁ、そりゃそうでしょう、あの連中がムカついたから発散ついでに天災トランスポーターに殴りかかったら、出るものも出なくなるでしょうが?
そ、そうですけど……えっ、ちょっと待ってください、何をするつもりですか……
――ドアを蹴り飛ばそうとしてるのよ?
は?
は?
こんななりしてるけど、これでも素手でオリジムシをやっつけれますからね――!
ヴィットマン、いるんでしょ?部屋の間取りあんまりよくわからないから、ドアから離れてくださいね!
避けれなかったら、何かで身体を守ってくださいね!手をクロスして、防御姿勢を取ってください!
おりゃ――!
(ドアを蹴飛ばす音)
……ロドスのオペレーター、アント。
彼女は有無を言わさず私を探しに来た、私に手伝ってほしいそうだ。
私は……なぜ彼女を手伝わなければいけなんだ?
いずれ終わりを迎える町に臨時診療所を設けて感染者の治療をあたってる、一体なんのメリットがあるんだ?
そうだ……彼女は私の申し訳ない気持ちを利用してるに違いない。でなきゃ私みたいなミスを犯した天災トランスポーターをわざわざ探しにくるはずがない。
私は……
私に拒む理由はなかった、チェフェリンは遠回しに、これは住民との関係改善のチャンスだと言っていた。
たぶんそうだろう、私はそう自分に言い聞かせた。
だから私は彼女のもとに行った。
……もう夜だ。
私はなぜこんなに仕事に励んでいるのだ……
あ……
……やっぱりな。あいつらは変わらず疫病神を見るような目で私を見ているじゃないか。
ヴィットマンさん……トールとチェフェリン伯父さんを助けてくれてありがとうございます。
天災の範囲から避けれずヴォルモンドで足を止められてるキャラバンも少なくありません、天災を熟知しているあなたの手助けが必要でした……
少し過激な町民がよくないことをしていましたが、ヴィットマンさんも長い間ここに住んでいるので、ご理解していただければ。
今日はどうかゆっくりお休みになられてください。
なんだ……今度はそういう手口か。
……まあいい。
明日もアントのところで箱の運搬を手伝わなければならない……今日は早めに休もう。
よう、ヴィットマン、頑張ってるじゃないか、そうしてくれればこちらのデマを消す作業も順調に進むから助かる。
……だからタバコはやめてくれって言ったはずだ。
君のプライベート空間は上の階だろ、ここは公共空間だ。
デマを消すってなんだ?
君を手助けしてるんだ。
……かわりに、こちらの手伝いもしてほしい。なにゆえアント先生は部外者だからな、身内の君に頼みたい。
――身内なのは半分だけだがな。
わかったわかった……近いうちに緊急期間の物資管制プランを実施する、だが……
ドデカフォニー通りの物資が厄介でな。
新しい感染者の難民が多数流れ込んできているんだ……ほとんどは商人やキャラバンだ、天災から逃げ遅れてしまったんだろう。
彼らには活性源石結晶まみれの大峡谷を抜ける手段はない、やむを得ず、この町に乗り込んだというわけだ。
ヴォルモンドにそんな大人数を収容する余裕なんてないだろ……
見過ごすわけにもいかないだろ、受け入れてしまった以上仕方がない。
なので彼らをしばらくドデカフォニー通りに預けることにした、住居は臨時のテントでどうにか解決できるが、食料がな……
どうしても先にヴォルモンドの現住民を優先しなければならん、人道支援はその次になる。
合理的だ。彼らなら理解してくれる。
そうか……そうだといいんだが。
……
……手紙?誰だ私の部屋に入ったのは、さてはチェフェリンだな……
これは――
危機契約?
(ドアをノックする音)
誰だ?
ドアは開けるな、そのまま聞いてほしい。
……
今更、私になんの用だ?
おいおい……そんなに警戒しないでくれ、俺たちは挽回を試みてるだけだ。
ほら、俺だって成し遂げれなかっただろ、もっとはやくヴォルモンドに着くできだった、結局俺も失敗しちまったってわけだ。
「本当は」何がしたいんだ?
もし可能なら、あの婚礼を終わらせて、ヴォルモンドに天災に対応できる十分な人手を確保するべきだったんだが――
結果はどうでもいい、それより今について話そう。
……好きにしろ、お前の行動方針はわかっている、私が加わるなど必要ないだろ。
ああ確か……あの感染者の医者とは仲がいいんだっけか。
――
お前まさか――
おっ、その反応を見るに最初に暗いほうの可能性を思いついちまったのか?前々から言ったはずだ、聞き入れるべきだって。
無関係な人を計画に入れるな――アントは善良な医者なんだぞ!
わかっているさ、当然わかっているとも、やれやれ、道徳と良心に縛られなかった人なんていると思うか?
だが今の俺たちにほかの選択肢はないんだ、この件が起きれば、ヴォルモンドに「十分な注目」が浴びることは保証しよう。
ロドスを引き入れるつもりか……?
おいおい……俺たちのたくさんの協力者に中からしたら、ロドスなんて論外だよ、表ではそうかもしれんが。
ロドスに町を丸ごと救えるなんて期待しちゃいないよ。
なら……お前が欲しがっているのはただの暴動か。
塔のほうで言い訳を探してみるよ、火をつけてあげないと、あの世間知らずの貴族は地上の惨状が見えないんだよ。
はぁ、たまにだが、彼らは民間の苦しみが気にならないほど腐ってしまったのか、それともただ単に地面から離れすぎて、霞でも食っているんじゃないかって思うよ。
そ、そんなことをすれば人が大勢死ぬぞ……
そうしなければもっと人が死ぬ、ヴォルモンドの状況が今よりさらにヤバくなったらな、元から人や価値観が混ぜこぜなこの町だ、内乱が引きおこる理由なんてごまんとある。
それに……ヴォルモンドに乗り込んだ連中のなかに、おもしろい感染者たちも混ざりこんでいた、あいつらは武装している、反乱者集団だ、きっと争いをもたらしてくれるぞ。
だったら、こちらが先に道を敷いてあげようじゃないか、なるべく人が死なないように。
……
悩む必要はない、俺やお前がやらなくても間に合ってる、やってくれるのは一人の嫉妬した青年かもしれないし、頑固な革靴職人かもしれない、あとは、火災を起こせばいいだけだ……
……貴様!
これはお前の贖罪できるチャンスなんだ、暴動へ導け。
ちくしょう……影に隠れて無関係な人たちの苦しむ様を眺めて、それでいいのか!?
おっと、そういうつまらない道徳心あふれる選択はそっち方面の人にやらせろ、俺にはなんの迷いもないぞ。これぽっちもな。
俺が殺すのが全員いい人で、救うのが悪いやつなら話は別だがな。だがそんなもの神様にしかわからないだろう。
それと、誤解するなよ、俺は影に隠れたりはしない、口では犠牲が必要だって言ってるくせに本人がその犠牲にならないなんて、どの口が陰謀家を名乗ってるんだっていうんだ?
こういう損得勘定してる時点で、俺はもう万死に値するんだ、だから「今回の犠牲」は、自分でケリをつける、俺自身が決めたルールだからな。
俺は必ずこの暴動によって死ぬ、死に場所としては最適だとは思わないか。
お前……イカレてるんじゃないのか!?
ああそうだ、もしこの計画に参加してくれるんだったら、お前も死ぬぞ。
心配するな、客観的に見ればお前はヴォルモンドを助けたことになる、罪滅ぼしもすむ、主観的に見てもお前は己の罪を死を以て償った、何もかもきれいさっぱり、素晴らしいじゃないか?
感染者を殺めてしまったなんてことも気にすることはない、お前がやったわけじゃないんだからな。お前の最大の罪は「見て見ぬフリをした」こと、あるいは「黙認したこと」だ。どうってことはない。
俺たちはみんな罪を犯しているんだ。何かをやるために罪を犯してるんじゃない、何かを諦めるために罪を犯してるんだ、みんなそうやって罪を重ねている……
無自覚なときは、他者を悼んだり悲しんだりするが、自分が犯罪者だと自覚したときは、もう逃げ道なんてのはどこにもない。
だから俺のやり方は単純だ、いっそのこと自分を殺せばいい。
全ては……より多くの命を救うために。
(???が走り去っていく足音)
待て!
(扉を開ける音)
……
扉を開けたとき、廊下には人の影すらなかった。
地面に氷ができていた……どうやらあいつはここに来るまで簡単じゃなかったらしい、それもそうか、なんせ付近の都市で行ったあいつの計画は大半が失敗してるんだ。
私は……あいつが前に何を計画していたかなんて興味はない……あいつが自分からロドスにちょっかいを出すとも思わない、だがあいつの言う通りだ。
今のヴォルモンドはあまりにも不安定だ。
より多くの命を救うために……か。
私がする必要なんてどこにある?
あれはもとから私のせいではない、アント先生もよくしてくれてる、仮の結果のためにありもしない罪を償う必要なんかないのだ……
私が……私がする必要はない。そうとも。暴動は訪れない、ヴォルモンドはきっとこの難関を乗り越えられる。
明日はアント先生の手伝いで箱を運ばなくてはならない……明日彼女に話そう。大規模な暴動が起こらない限り、あいつが言ってることはすべてただの戯言になるんだ。
だがもし……もしここの人たちが飢饉と寒さで内乱を起こしてしまったら……私は……
いいや、せめて彼女だけは巻き込ませるわけにはいかない……アント先生が……犠牲になる必要はない。
そうだ。
そうそう。
……まだいたのか、神出鬼没なやつだな。
もしあの感染者の医者が本当に死んでしまったら……お前はお前個人の感情と仕事の問題をどう対処するんだ?
……暴動を起こしたいのなら、アントの死を引き金にしなくともできる。
ほう……手伝ってくれるのか?手を出したら本当にただの犯罪になってしまうぞ、そんなにあの医者を死なせたくないんだな?
……
忠告してやろう、もう一度だ。
感染者の死は「俺が誰かに指示して死なせた」わけではない、あの感染者はいずれ必ず「へまをやらかす」からだ。
そんなに俺をにらむな、本当にあの医者を助けたのであればできないわけでもない、問題はお前に助けれるかどうかだ。
……感染者に何かが起こるのを確信してるようだな。
そんなに人道精神にあふれているんだったら……あの医者から一歩も離れないことだな。
いずれにせよ……俺をナメるのは結構だ、兵から逃れるだけで精一杯だからな、今だって自分のアーツで凍え死にそうだ。
だが今のヴォルモンドが孕んでいる可能性はナメたらいかんよ。一番最悪な可能性をな。
……
おや……俺を殺してくれるのか?
いやお前にはできないな。それにその時になれば、できるだけ早く片方を妥協させるために、お前は自分からもうは片方を助けに行くはずだ。
それはどうかな。
そうかい、わかった……その時は自分の好きにすればいいさ、だが今じゃないぞ。
……それと、ありがとうよ。自分で自分に手を下すのは……
やっぱり怖いからな。