
どうしたの、モルテ。

(だらーんとソファーに寝そべっている)

ご飯足りなかった?

……

今日はお祭りなんだね、みんな楽しそうにしてる。

悪霊たちもみんなどっかに隠れちゃった。

宴会で食べ物をもらう時、たくさんの人が泣いてたのを見たけど。

あんたの口には合わなかったの?

……

たぶんあんたは前よりも好き嫌いが激しくなったのかもね。

今朝、ドクターが私に言ってた、ここで宴会が開かれるって。

宴会には食べ物が出され、友だち同士が集まって、それと色んな普段目にかかれないものが見れるって――

……

楽しいか、だって?

あたしは……よくわからない。

ここの感情がすごく奇妙だから。

それに最近色んな感情も受け取った。

あたしには理解できないものもあった。

さっき見たのと同じ、楽しそうに笑いながら、ドリンクを飲む。

言葉を少し交わしたら、今度は涙が止まらなくなる。

笑いながら泣いていた。

喜びと悲しみがごちゃごちゃになってた、困っちゃった。

……

うん、あたしが唯一理解できる感情だもんね。

こういった感情は、モルテの口には合わないよ。
(モルテが裂ける音)

!

また裂けちゃったの?

……

よかった、そんなにひどくはなさそうだね。

リンゴを持ってきて、あたしはほかの材料を用意してくるから。

お行き、お腹の中はまき散らさないように気を付けて。

ナイフであっちこっち切ったりもしないで、じゃないとドクターに怒られるから。

(頷く)

急いでね。
(モルテが走り去る足音)

……
(本をめくる音)

……
(スズランが走る音)

ん?

あっ、あのお邪魔でしたか、シャマレお姉さん?

なんか用?

そ、そのシャマレお姉さんが半日もペンを握ってるのに全然字を書いてないのが、ちょっと気になっただけで……

ふーん。

あうぅ……

お姉さんのお仕事を……お邪魔しちゃいましたよね?

ごめんなさい!

……

えーっと、そのぉ、ご飯を食べ終わって、ここの本を読みたいんですけど、いいですか?

お好きにどーぞ。

ありがとうございますシャマレお姉さん、へへ。

ふぅ、このソファーなら尻尾を全部下ろしても大丈夫そう――よし。

あぁ、気持ちいい~

んんん~

……
(モルテが戻ってくる足音)

戻ってきた?

(小声)モルテ、スズランにリンゴを一個持って行ってあげて。

(頷く)

はぁぁ――
(モルテが駆け寄ってくる足音)

あれ、モルテ?

これを……私にくれるんですか!?

……

ありがとうございますシャマレお姉さん!

ありがとうございますモルテ!

はむっ……

んむ!?

すごく甘いです!

もぐもぐ。

甘くて酸っぱくて、冷たさもちょうど良くて、ちょっとひんやりするけど、でも歯がジーンとしない程よい冷たさ。

はむはむ――

ぷはぁ――美味しかった~

あっ、芯は取っておこ、あとでゴミ箱に捨てないと。

ん?

……

モルテ、捨ててくれるんですか?

わかりました、ではお願いしますね。

ありがとうございます。

ふぅ……

シャマレお姉さんは食べないんですか?

もうちょっとしたらね。

そうですか。

では静かにしておきますね。

私は少し本を読んでおきます。

うん。
(本をめくる音)

えっと――前回は――

ここだ。

『月に奔る夕娥』

うん。
(本をめくる音)

「昔々、炎国には穏やかで優しい夕娥という女の子がいました――」
(本をめくる音)

(一字一句、真剣におとぎ話を読む)

……

(ペンを置く)

モルテ、リンゴ。

……

(ゆっくりとリンゴをかじる)

「――人々は遠くへ行ってしまった夕娥を記念するために、毎年のこの日には、彼女のもっとも好きな食べ物を作って彼女を記念しているのです。そして長い時間を経て、この日は現地でもっとも大切な祝日となったのです。」

そうだったんですねぇ。

そうだったんだぁ――

うわぁ!?ポプカルさん?それに、ムースお姉さんも?

こんばんは。

こんばんは、スズラン。

どうしてここにいるんですか、お祭りの夜の宴会には参加しないんですか?あっちには炎国の美味しい料理がたくさんありますよ。

ポプカルお腹いっぱい。宿舎に戻るときちょうどスズランお姉ちゃんがおとぎ話を読んでいたから、それで聞きに来たの。

私もおとぎ話を聞きに来ました!ついでに、うん、ネコちゃんたちがあっちこっち行っていないか、様子を見に来ました。

ネコちゃん?

みんなあそこに……

あそこ?シャマレお姉さんのところですか?

うわ本当です!

シャマレお姉さんとモルテさんがネコちゃんまみれになってます!

……

うん……

ニャ~ゴロゴロ――

(スズランの袖を引っ張る)

ん?どうしました?

さっきのお話、もう一回聞きたいけどいい?

ポプカル遅れちゃったから、ちょっと聞きそびれちゃった。

私も……

あ――わかりました!

うーん、全部読んじゃうと長くなっちゃうので、簡単にまとめてお話してあげますね。

これはある炎国の神話のお話、主人公は夕娥というお姉さんです。

彼女はもともと旦那さんと一緒に幸せに暮らしていました。

でもある日、彼女の旦那さんは突然失踪してしまったのです。

じゃあお姉ちゃんきっと悲しいよね。

そうですね、本では彼女は旦那さんを探しましたが、ほかの人は彼女の旦那さんがどこに行ったのかわからなかったと書かれいます。

だから何の成果も得られなかった彼女は家に戻って、旦那さんが植えてくれてた柳の木の下で泣くことしかできませんでした。

村にいた一人の年老いた賢者が夕娥が毎日涙を流しているのを見て、彼女にある方法を教えてあげたのです。

その老人はこう話しました――

オホン、うん。

「お嬢さんや、君は生まれつき目が良く、千里も遠くにあるものが見える、であれば、なぜ西にある高い山に行かないのじゃ?」

「そこでしか、大地を一望できん、そこでしか、君は夫を見つけ出すことはできんよ。」

夕娥は老人の言ったことに納得し、故郷の人々と別れを言い、大地の果てにある山を目指しました。

そのもっとも高い山を、天岳と炎国人は呼んでいるのです。

名前すごくカッコイイ。

天岳とは、天に聳え立つ山という意味です。炎国にはこれよりも高い山はありません。

夕娥は様々な苦難を乗り越え山の頂上についに辿りつきました、そして彼女は大地の至るところを隈なく探しはじめたのです、しかし三日三晩探しても、目が赤くなるほど探しても、旦那さんは見つかりませんでした。

幾年間あんなに苦労をかけてもなお成果を得られなかった夕娥は、涙があふれだし、涙は山脈に沿って下へと流れ、地上で大きな川ができたのです。

可哀そう……

私の小さい頃もこんな感じに泣いてたってお母さんが言ってました。

はぁ。

ほとばしる涙の流れは山々の神々を眠りから起こしてしまいました、突然現れた大河に、みんな驚いてしまったのです。

大河の源流を見に行くと、神々はさらに驚きました、そして、神々の中で一番偉い天岳の神様が彼女に話を聞きに行きました。

優しい神様は夕娥の経緯に理解を示し、彼女を可哀そうと思いました、そこで天岳の神様は彼女にこう言いました、「天岳高くなれど、月には及ばず。天に昇りて月に奔られよ、さすれば汝の夫尋ねられん。」

ん?

あっ、ごめんなさい、これ炎国語でしたね、訳します。

つまり、「この山は確かに高い、けど高さを比べたら、空にある月とは比べものにならない、もし君が月に行けるのであれば、きっと君の夫が見つかるだろう」という意味です。

わぁ。

夕娥は山の神様のアドバイスに従い、神様に助けを求めました、神々は話し合いをした結果、夕娥にある方法を教えたのです……

とある夜、故郷の人々がいつも通り寝静まったとき、突如、西の山から灼熱の光が月に向かって伸びていったのです。

光はどんどん、どんどん眩しくなり、ある時は、月の輝きよりも眩しくなりました。

そして最後に、その光は月に辿りついたのです、巨大で眩しい光は輝きはじめ、星々がその眩しさによって姿を見え隠れするほど夜空が明るくなったのです。

(小声)ムースお姉ちゃん、今こういう花火って見れたっけ!?

(小声)もう見れませんよ!

人々はその光景を見て、恐れました、何か大きな災いが降りかかるのだと思っていたからです。

しかしそこにいた老人は夕娥のことを思い出し、そこにいた人々にこう伝えました、これは夕娥が夫を見つけた印なんだ、だから恐れるのではなく、祝うべきだと。

人々は老人の言うことに納得し、家々から酒や食べ物を持ち出し、夕娥を祝いました。

そして毎年、人々は食べ物を持参し一緒に食事をする集まりを開き、夕娥の好物を祭壇に捧げるようになりました。

一年も欠けることなく。

長い時を経て、その集まりは現地の伝統祝日となったのです。

夕娥が月へ行ってしまっても、天岳からは絶えず川が流れていました、そこで現地の人々はこの川の名前を彼女の名前から字を採り、夕江と名付けました

その後、小さな村は徐々に町へと発展して、町はその川に沿うように建てられました、そしてその町は、人々から自然と夕城と呼ばれるようになったのです。

だから今日ってこんなに美味しいものがたくさん食べれれるの?

そうですよ。

実は今日って東国の祝日でもあるんですよ。

この日は神社も賑やかになって、お父さんは一日中忙しくしていました。

でもこの日一番賑わってたのはツキノギお姉さんとこの神社だったんですよ、聞いた話によると彼女のところが祀っている主祭神がすごい神様らしくて、だからお祭りもすごく大きくて、人もすごく多いんですって。

では東国にも似たお話があるのですか?

ありますよ。

お話というよりは、実際は祝詞なんですけどね、昔お父さんがよく祭事で読み上げてました、しかも読み上げながら音楽に合わせて踊っていたんですよ、面白かったなぁ。

おとぎ話でしたら、おそらくこんな感じでした。

ある老夫婦が田んぼを耕していたとき、突然、空から一人の女の子が降ってきました。

女の子は宝箱を一つお爺さんに手渡しました、お爺さんが開いてみると、中には今まで見たことがない金銀財宝がぎっしりと入っていたのです。

女の子はお爺さんに財宝を贈る代わりに、自分の夫を探す手伝いをしてほしいとお願いしました、その財宝は、お爺さんへの謝礼として贈ったのです。

お爺さんは女の子を家へと連れ帰り、自分の妻であるお婆さんと相談しました、お婆さんは話を聞くと、同じく大喜びしました。

そこで老夫婦は自分たちの家を建て直し、女の子を建て直した屋敷へと迎え入れました。

そして、老夫婦は女の子の夫探しのことを世間に言い広めていったのです。

その話は一人から十人へ、十人から百人へと伝わり、瞬く間に東国全土へと伝わっていきました。

しかし、女の子はとてもわがままな子で、ほとんどの人を見下していたのです。さらに縁談を持ち掛けてきた人に、この世の珍しい宝を持ってくるよう求め、もし持ってこれたのであれば、その人と結婚するという無理難題を言い出したのです。

東国の人たちって、みんなそうやって結婚するの?

大昔ならそうしていましたね。

今は……よくわかりません。

少なくともお父さんとお母さんはそういう結婚じゃなかったと言ってました。

うん、続けましょうか。

女の子は同じ難題を出すことは一度もありませんでした、だとしても、彼女が話した宝を持ってくる人は一人も現れませんでした。

「わたくしのために宝を持ってきてくださった方がいれば、その人の妻になりましょう。」

その言葉を聞いた人はたくさんいました。

しかしたとえ都からやってきたすごく偉い人でも、彼女の要求の前では無力だったのです。

またかつて五人の貴公子が彼女に我先にと求婚しにきましたが、彼女の難題にかかれば、腹を立てて帰ることしか叶いませんでした。

さらには、宝探しの途中で命を落としてしまった貴公子もいました。

その後、みんな彼女には依然興味を示していましたが、無闇に彼女に求婚する人はいなくなりました。

すごく危険ですね……

ある山の奥に、狩人をしていた三人の兄弟がいました、三人は女の子の結婚話を耳にしてとても面白そうだと思ったのです。

長男坊と次男坊の兄はとても興味津々でしたが、三男坊の弟は嘘っぱちに違いないと思っていました。。

しかし二人の兄には逆らえず、彼も兄たちと一緒にお爺さんの屋敷に向かったのです。

意外だったのが、女の子は彼らのアプローチを拒みませんでした、同時に、彼らにも難題をつきつけます。

「わたくしのために宝を持ってきてくださった方がいれば、その人の妻になりましょう」ですね。

うんうん。

女の子は長男坊の兄に極北の地にある、永遠に融けることのない氷晶を求めました。

次男坊の兄には南にある、永遠に消えることのない炎を求めました。

先に持ってきた人と結婚しましょうと、女の子は付け加えて言いました。

しかし三男坊の弟が難題を聞こうとしましたが、女の子からの返答は来ませんでした。

二人の兄はお爺さんの屋敷を出て、とてつもない難題だ、達成できるはずがないと思っていました。

しかし二人はもう山での辛い生活は送りたくないとも考えていました。

二人はある程度相談したあと、お互いに期限を設けたのです。

三年。

三年後、お互い宝を見つけようが見つけまいが、必ずここに戻ってくることを約束し合ったのです。

三男坊の弟は女の子の誘惑に惑わされるなと二人の兄を諭します。

しかし二人の兄は約束を交わしてそのままそれぞれの旅に行ってしまい、弟は一人その場に残されてしまいました

怒りと納得できない思いを抱きながら、三男坊の弟も村を離れました。

じゃあ、その宝物は見つかったの?

……

三年後、長男坊と次男坊の兄たちは村で再会を果たしました。

二人とも宝を見つけることができたのです。

わぁ、それじゃあやっと結婚できるんだね!

宝を探していた最中、二人とも名のある偉い人物に成り上がったのです。

しかし二人の兄はそれぞれ違う主君に仕えており、それぞれ違う陣営に属していました。

手に宝を携えながら、二人は軍を率いて剣を交えざるを得なかったのです。

村中が戦場と化し、双方とも激しい攻防を繰り広げ、多くの死傷者を出しました。

逃げ出したり、離ればなれになってしまった村人もたくさんいました、老夫婦は山のように積まれた財宝に固執し手放せず、村に残った人たちと一緒に殺されてしまいました。

最後に、二人の兄もかつて約束を交わした最初の場所で死んでしまったのです。

……

兄弟なのに、どうしてケンカしなきゃいけないの!

主将亡きあとも、両軍ともに兵をつぎ込むことはやめませんでした。

両軍とも兵を遣わし、陣地を掘り広げ、大きな要塞を建てました。

そこでの戦争が終わることは二度とありませんでした。

二つの要塞が睨み合ってる場所を、人々はそこを二戸城と呼びました。

そしてその北の要塞と南の要塞の間には、潰された村の跡と……

無数の死者しか残っていませんのでした……

……

もちろん、例祭での曲目は普通前の数段落しか演奏されません、後ろの部分は数年に一度の大きな例祭でしか演奏されませんので。

ちなみにどうして東国人が特にこのお話が好きなのかについては、よくわかりません。

三男坊の弟と天女のあとのお話はないんですか?

ありますよ、えっとなんでしたっけ。

うーんと、このお話の終わりには、色んな説があるんですよ。

村が廃れてしまったあと、お爺さんの屋敷に行って財宝を探そうとした人がいたんですけど、屋敷には白骨以外なにもありませんでした

それでその人がほかの人たちに言ったのが、あの女の子はもとは天女で、地上の美しい光景を求めて東国に降臨したんだけど、目に入るのは人々の貪欲さと暴虐さばかりだったから、失望してまた天に帰ってしまったという説ですね。

それと別の説もあります、この天女は実は民衆を弄ぶのが好きで、この惨劇は最初でも、最後の一回でもなかったんです。

兄たちの悲劇を目にして、狩人の三男坊は死んでしまった兄たちを弔うために天女を殺しにいこうとします。

しかし彼は天に昇ることはできず、天女も天上でクスクスと彼の行動に嘲笑っていたのです。

そして最終的に、三男坊の弟は東国を彷徨う怨霊になってしまい、無限に近い時の中で、今でも天女に復讐する方法を探しているという説ですね。

……

モルテ、裂け目を縫うよ。

ニャウゥ――

そうだね……

なんだか私が小さい頃に聞いたおとぎ話と似てるような気がします……

そうなんですか?

皆さんはヴィクトリアの神話を聞いたことがありますか?

聞いたことない。

私もあんまり……

じゃあお話してあげますね。

やったぁ、またお話が聞ける!

今回は誰もいなくならないお話だといいなぁ。

えーっと……

あはは……

(縫い針でモルテを縫う)

お話はこうです――

オホン……

昔々、ヴィクトリアのあるところに豊かな国がありました、そこの国王には双子の子供がいたのです。

彼らが生まれたとき、この国で最も知徳に優れた魔術師が国王にお祝いしに来ました、彼は誕生して間もない王子と王女を祝福し、こんな予言を残しました、

「聖なる光に導かれ、両殿下には輝かしい未来が待ち受けられるでしょう」と。

その言葉を聞き国王はたいそう喜び、魔術師にたくさんの褒美を授けました、しかし国王が予言の意味を詳しく知ろうとしたとき、魔術師はかえって沈黙し、宮殿を後してしまったのです。

幾月歳が流れ、王子と王女はすっかり大人なりました、一方賢明な国王は床に伏して起きあげれないほどの、重い病に罹ってしまったのです、医者はこれは不治の病と言い、聖なる源石でしか国王を救うことはできないと言いました。

国中の勇者が源石を探す旅に出発しました、王子と王女も冒険者に成りすまして源石を探す旅に出かけたのです。

二人は結託して、ともに国でもっとも暗く深い洞窟を探索し、国でもっとも危険な樹海にも足を踏み入れたのです。

(なんだかお話をしてるときのムースお姉さんの口調が変わったような気がします。)

魔女の計略を破り、凶悪な蛮族を退け、いかなる源石の手掛かりも見逃しませんでした。

冒険譚だ!

そしてついに、二人は聖なる源石の存在を突き止めたのです、道しるべに従い、兄と妹は高い山に登りました。山の頂上に辿りついたとき、二人はバケモノと遭遇し――

――財宝で溢れたバケモノの巣を見つけたのです。

そのバケモノは空を舞うように飛ぶことができ、剣や槍が通らないほどの鱗を身に纏い、口から激しい炎を吹き捲いていました、二人はまったく歯が立ちませんでした。

(縫い針を止めた)

しかし二人はバケモノの財宝への執着心を利用し、自分の巣へ誘い入れたのです。

そこで、二人とバケモノは長い間戦いましたが、兄は負傷し気を失ってしまい、妹は独りでバケモノと対峙しなければならなくなったのです。

王女は驚きました、バケモノはこれ以上戦う意志を見せなかったのです、バケモノは大きな口を開き、自分の巣に何の用だと彼女に尋ねました。

彼女は誠実にその問いにこう答えました、

私は父君の命を救うために神聖な源石が必要なのだと。

バケモノは頷き、財宝に溢れた洞窟を指さし、妹に源石を探すことを許したのです。

しばらくして、気を取り戻した兄に、バケモノは同じ質問を問いかけました。

兄も妹と同じ答えを言い、バケモノも彼に道を譲りました。

しかし、王国がため込んでいる量をはるかに超える財宝を目の前にして、王子の考えに変化が起こったのです。

彼は財宝をポケットというポケットに詰め込み、身に着けられるだけ財宝を身に着け、妹に見つからないうちに、こっそりと洞窟から逃げてしまったのです。

王子の悪もの!

妹は長い間財宝の中を探り、ようやく煌めき輝く財宝の中から淡い光を放つ聖なる源石を見つけることができたのです。

彼女が源石を持って兄を探しましたが、兄が消えてしまったことに気づきました。

妹は洞窟を隈なく探しました、さらにはバケモノに勇気を振り絞って兄の行方を尋ねましたが、バケモノは牙を見せびらかすように笑っているだけで、何も喋りませんでした。

ポプカルにこんなお兄ちゃんがいたとしたら――!

落ち着いて、落ち着てくださいポプカルさん、ただのおとぎ話ですから!

山頂に佇み、遠くへ逃げていく二人の王族を凝視していたバケモノは、全身全霊の遠吠えを上げ、身に生えたすべての源石結晶が聖なる光を放ち、バケモノの呼吸に合わせピカピカと輝き始めたのです。

しばらくして国に戻った王女は、源石を国王に献上し、国王は瞬く間に元気になってきました。

国王は喜んで王女に褒美を与え、またその源石をネックレスに作り変え自分の娘に返しました。しかし、国王は病が治ってもなぜか成長し続けていたのです。

無数の手足に、大きく膨れ上がった頭!国王はみるみるとバケモノの姿に変わってしまい、無差別に周囲の人々を殺して始めたのです!

……

国王の騎士たちは死力を尽くしてバケモノになり果ててしまった国王を討ち取ることができました、そして「反逆者」として扱われてしまった王女は謀殺の罪状で処刑台へと引きずられてしまったのです。

死してもなお、ネックレスとなった源石はなおも彼女の首元で淡い光を放っていました。

混乱のさなか、国王へ予言を授けた魔術師が王女と神聖な源石の目の前に現れて、彼女を連れ去っていきました。

そして国王の血筋は途絶え、王国全体が混乱に陥ってしまったのです。

あの悪もののお兄ちゃんはどうなったの!

王国から遠くへ離れた国にいた兄は、そのことを知りました。

兄は悔いの涙を流しましたが、ステーキナイフを握っていた手が止まることはありませんでした。

バケモノの巣窟から盗んだ富のおかげで、彼は一国の封臣になることができ、錦衣玉食の中で自分の人生を終えるのでしたとさ。

こんなのフェアじゃない!

ポプカルわかった。

神話が大怪物なんだって、いっつもいい人だけを食べちゃうんだ。

あぁ……

シャマレさんはシラクーザ出身でしたよね、そちらにも似たお話はないんですか?

(モルテを縫う)

……じゃ、じゃあスズランさんのとこはどうですか?

昔、七つの山に囲まれた谷にある集落があった。

え?

集落の主である母狼に、六人の子供がいた。

彼らはそれぞれ一つの山を占有していて、食べ物のためにお互いを征服し争っていた。

百年後、それぞれの子供たちはぞれぞれの群れを作った、でも争いは相変わらずだった。

ある群れはほかの群れに敵わないと知り、母狼から食べ物を奪おうと企んだ。

母狼は子供と争いたくないと、ひとっ飛びで空に昇り、月の影になった。

月が黒く影に覆われるごと、それぞれのループスの群れは母狼の寛大さと怒りを忘れてないようにした。

月の影、そういう由来だったんですね。

母狼を失って、それぞれの群れはようやく気が付いた。

彼らは母狼を月へ行かせてしまった元凶を退け、そして規則を作った。

それから、ループス族は群れでは名乗らず、ファミリーで名乗るようになった。

六つのファミリーはそれぞれの山を占有し、残りの一峰を母狼に捧げた。

規則の犯したループスがどんな人物であろうと、セッテコッレ協議会とセッテコッレ城から厳罰が下される。

その都市って、まだあるんですか?

あるよ。

でもその都市も百年前にもっと大きなファミリーに滅ぼされちゃったんだよね。

だから今は神話と規則しか伝わっていない。

私のおとぎ話はこれで終わり。

続けていいよ。

(モルテを縫う作業に戻る)

むむむ……

みんな色んなお話をしてくれたから、ポプカルもみんなにお話してあげる。

オーキッドお姉さんが、ポプカルに教えてくれたおとぎ話なの。

お話してもいい?

もちろん、大歓迎ですよ!

うんうん、頑張ってください!

――

……

ちょっとポプカルに考えさせて……

昔々、とても手先が器用な、えーっと、蝋人形……そう、蝋人形がいました!

?

(小声)どこか間違えちゃったんですかね?

(小声)とりあえず続きを聞きましょう。

(小声)うんうん。

(モルテを縫う)

蝋人形はたくさん物が造れるから、みんなから大発明家と呼ばれていました。

でも蝋人形はずっと悩んでいました。

彼は自分に似合うフォルテの花嫁を欲しがっていたのです。

たくさんの人が自分の娘を連れてお見合いしに来ました、でも誰も気に入りませんでした。

だから蝋人形はずっと独りぼっちだったのです。

でもある日!蝋人形は突然思いついたのです!

この世界に自分に相応しい花嫁がいないのであれば、自分で作ればいいじゃないかと思いついたのです!

それから彼はと――っても長い時間をかけました、今まで貯めこんできたお金も全部使い果たしてしまいました。

そしてついに、花嫁が出来上がったのです!

彼は他人に見せたくないほど、自分が創り上げた花嫁を気に入っていました。

(小声)なるほどぉ。

(小声)分かってきましたね。

ある日国の王様が蝋人形を閉じ込めて、自分の兵隊を連れて塔に駆け上がりました、花嫁を自分のものにしようとしたのです。

何日か過ぎて、蝋人形は釈放されました。

彼はほかの人に花嫁の行方を尋ねました、するとその人はこう言いました、

王様と兵士が塔に入った途端、雷がピカッと光って鳴り響き、融けたキャンドルが塔の上からドバドバと流れ出し、王様と兵士たちを包み込んでしまったんだ。

逃げ出した兵士は、融けた花嫁がキャンドルの中を泳ぎ、キャンドルを使って全員殺してしまったと言いました。

そして国を導いてくれる王様がいなくなってしまいました、そこで人々は発明家の蝋人形に威信を感じていたため、彼を新しい王様に仕立て上げたのです。

あれっ……

蝋人形じゃなくて、フォルテの発明家ね!

フォルテの発明家を新しい王様にしたのです!!

あああ……最初から間違えちゃった……どうしよう……

間違ってはいませんでしたよ、ちゃんと理解できましたから。

続けて続けて、それからどうなったんですか?

そ、それから?

うーん、それから……

それから、発明家はいい王様になって、たくさんみんなが喜ぶ発明品を発明しました。

でも彼はずっと王宮のお庭に籠ってて、人前に出てくることはありませんでした。

えーどうしたんでしょう。

なぜなら彼はもう一度花嫁を造ろうと何度も試していたからです。

でも全部失敗でした。

最初の花嫁みたいな完璧な花嫁を創ることができなかったのです。

最後に発明家は花嫁だらけのお庭で歳を取り、目覚めることはありませんでした。

彼を敬愛していた民衆は彼を彼の花嫁たちと一緒に、王宮のお庭に埋めてあげたのです。

ふぅ、ようやくハッピーエンドのお話が聞けましたね。

ポプカルオーキッドお姉さんに聞いたよ、キャンドルの花嫁は最後にどこに行っちゃったのって。

オーキッドお姉さんは塔が崩れたあと、花嫁は塔に閉じ込められたんだよって言ってた。

(たぶん融けちゃったんじゃないでしょうか?)

彼女はずっと発明家の傍に戻りたがっていると思う。

たぶんいつか、花嫁はきっと自分のお婿さんのところに戻れるんだろうね。

ポプカルこういう温かいお話大好き。

ポプカル、どこにいるの?そろそろ寝る時間よ!

ここだよオーキッドお姉さん!

残念……ポプカルオーキッドお姉さんに宿舎に戻って寝るよう言われちゃった。

またいつか一緒にお話ししようね。

みんなバイバイ!
(ポプカルが走り去っていく足音)

確かに眠くなってきましたね、ふぁ……

ネコちゃんたち、私たちも帰りましょうか、いい加減シャマレさんから離れなさい。

にゃあ――にゃあにゃあ――

ほらほら、いい子だから。

にゃあ――

色んなおとぎ話を語ってくれてありがとうございます、おやすみなさい。
(ムースと猫が走り去っていく足音)

私もそろそろ戻りましょうか。

十時前にお布団に入らないとお父さんが悲しんじゃいますからね。

ここにお父さんはいませんけど……

シャマレさんは戻らないんですか?もうかなり夜ですよ。

まだやることがあるから。

そうですか。

では、シャマレさんおやすみなさい。

おやすみ。
(スズランが去る足音)

(裂け目に縫い糸の玉を結ぶ)

これでよし。

モルテ、最後のリンゴをちょうだい。

……

(指にリンゴの汁をつけて本のページに塗り付ける)

記号がくっきりと出てきたね。

モルテ、本の上に寝転がって。

記号をつけたら、補修の完成。
(モルテが走って本の上に寝転がる音)

じゃあ帰ろっか。

……

まだ何かあるの?

……

そうだね。

行こ、スズランに本を返しに行こう。

……

まだお話が聞きたかったの?

珍しいね。

……

なんでおとぎ話はみんな最後はああなっちゃうの、だって?

うーん……

考えてみて、モルテ。

この大地の姿を考えてみて。

あんたの食べ物と、あたしたちが昔住んでいた場所を思い出してみればわかるよ。

理解できた?