

マリア
……

老騎士
他人にばかり酒を飲ませやがって、自分はどうなんじゃ、それでまだ何杯目じゃ!?

老工匠
うるさいなぁ、わしのパワーに変換する技にかかれば――

老工匠
――お嬢ちゃん?

老工匠
顔色がまだ悪いぞ、まだゾフィアと仲を直しておらんのか?

マリア
大丈夫……叔母さんはここに来た?

ハゲのマーチン
さっきまで店の玄関でウロウロしてた、でも今はもう帰ったかな、お前のことをすごく心配していたぞ。

ハゲのマーチン
]彼女を探しに行ったほうがいいんじゃないか。

マリア
……

マリア
次の試合の対戦相手が決まったの。

マリア
もし勝てたら、叔母さんは……みんなは私を認めてくれるのかな?

老工匠
お嬢ちゃん……

老騎士
……そう簡単にはいかないぞ、マリア。

老工匠
おい!このすっとぼけが!何を言っておるんじゃ!?

老騎士
ゾフィアはお前さんが絶対に負けるからとか絶対負傷してしまうからトーナメントに行かせたくないのではない……

老騎士
騎士競技にはこれっぽっちも公平で公正な場面はないんじゃ、そしてさらに高みへ足を踏みいってしまえばな、お前さんが対峙するのは対戦相手の騎士だけじゃなく……

老騎士
企業と、企業同士の競争、家族同士の闘争も相手にしなければならんのじゃよ。

老騎士
公正監督委員会だろうと完璧に介入することは不可能じゃ、騎士協会や、大騎士長と理事長たちに帰属されるぞれぞれの権力は想像よりもはるかに絡まっているんじゃよ。

マリア
……

老騎士
もちろん、お前さんに諦めろと言ってるわけではないぞ、マリア。

老騎士
「苦難を見定めて突き進め」、このことをよく理解し、そしてヤツらを打ち倒すところをわしらに見せておくれ。

マリア
……うん!

ハゲのマーチン
新しいお客さんか――

ハゲのマーチン
――

ハゲのマーチン
すまんがあんたはお断りしてんだ、出て行ってくれ。

チェルネー
つれないですねぇ、旧友、アイアンシェイクナイト。

チェルネー
あなたの犠牲は我々に日々消えることの知らない盛り上がりを与えてくれましたからね、私はあなたの試合での気質をとても尊敬しているのに。

老騎士
何モンじゃ?

チェルネー
……二階騎士のフォーゲルヴァルデ……退役した二階騎士ですか。それともバトバヤルとお呼びしたほうがよろしいですか?発音が合っているかどうかはわかりませんが……

老工匠
おい――

チェルネー
おっと、そ、そう剣幕を立てないでください、私は騎士ではなく、せっせと労働に励んでいるただの文職者にすぎません……

ハゲのマーチン
落ち着け!フォーゲルヴァルデ!

老騎士
……わしの弓が手元にあれば、それを口にする度胸などないと知れ。

チェルネー
失言が過ぎましたね、ご機嫌を損ねてしまったのでしたら、深くお詫びいたします。

ハゲのマーチン
その上っ面だけの態度をやめろ、ここに何しに来た?

チェルネー
……私はただのスタッフに過ぎません、当然ミスマリア・ニアールへ騎士協会のスケジュールをお伝えしに来ただけですよ。

チェルネー
ミス・マリア?

マリア
あっ……えっと、はい……

チェルネー
次の試合が決まりました。

ハゲのマーチン
……お前自ら来る必要などまったくないだろうが。

チェルネー
そうですね、しかし私は現場に行ってお伝えするほうが好きなのでね、仕事上の様々な問題にも気づくことができますからね……もちろん、私情も少々含まれますが。

チェルネー
耀騎士の妹マリア・ニアール、此度のまさに注目を浴びる若き騎士に、私も自分の好奇心を抑えづらいんですよ。

チェルネー
シード権でトーナメントに参入できる有望な選手の人気も今ではミス・マリアには遠く及びません。これは競技騎士たるあなたの実力の一つであり、一つの優勢でもあるのですよ。

チェルネー
その優勢を合理的に利用できることを切に願っておりますよ、もちろん、ここにもたくさんの……優秀な企業の契約もございますが。

チェルネー
個人であなたのところにやってきたスポンサーのあれらより、ここにあるすべてがあなたの想像以上の騎士団と大企業であることを保証いたします……

ハゲのマーチン
……お前らの押し売りはもう聞き飽きた、マリアには自分の考えがあるんだ。

老騎士
そうじゃ!貴様らの栄誉を踏みにじる行為はまさに騎士への冒涜じゃ!

チェルネー
栄誉?あぁ……そうですね、栄誉。

チェルネー
戦争に行かれた騎士たちは辺境の要塞の守備に明け暮れている、様々な身分の競技者もカジミエーシュのために利益を生み出してくれている――

チェルネー
しかし栄誉、あなたの言う栄誉はどこにあるのです?消えてしまったのでしょうか?

チェルネー
いいえ。

チェルネー
誰だろうと栄誉をカジミエーシュから駆逐することはできません、カジミエーシュの百を超える大小の企業が合わさっても不可能です。

チェルネー
騎士たちが戦争の道具として落ちぶれてしまい、利益に目がくらんでしまったからでしょうか?それとも騎士たちが自ら栄誉を放棄し、過去を忘れてしまったからでしょうか?

チェルネー
どれも違います、それでは騎士たちを甘く見過ぎです、たとえ理事長方でも騎士が傀儡に落ちぶれてしまったと妄言する勇気はありませんよ、なぜ日々発展を遂げる騎士競技に悲哀を感じなければいけないのでしょうかね?

老騎士
ペッ!貴様みたいなヤツが栄誉を語るな!

老騎士
今のカジミエーシュは過去の――

チェルネー
――過去の栄誉、騎士道精神、あぁ――偉大なる形だけの魂!歴史の虚空にある太陽!

チェルネー
合ってますか?観客と観光客はそんな精神を必要としていないんですよ、私たちも彼らにその精神を展示する道理もありません。

老騎士
ベラベラと喋りやがって……今ここでその顔を引き裂いてやる。

チェルネー
おっと、そう焦らないでください。栄誉、ええ、確かに素晴らしい、何人たりともそれをに傷をつけることは叶わず、今でも各々の騎士一族の紋章に刻まれている――

チェルネー
――しかし残念ながら、カジミエーシュ人にもうそれは必要ありません。

チェルネー
捨てられてなどいない、隠されてなどいない、それは今でもここにありますよ、ただ現代人には……必要なくなったのです。

チェルネー
捨てるにも値しないということですよ、友よ。あなたが最新のネットデジタルテレビを買ったとき、古いラジオを棚に仕舞ますよね、それを「捨てる」と言えますか?

チェルネー
それは忘却と言うんですよ。かつての色彩を欠けてしまったがための忘却ではなく、単純に、科学の発展と新生活がもたらした進歩への忘却です。

チェルネー
進歩を責めるわけにはいきませんよね?友よ?

老騎士
貴様に友と呼ばれたくないわい、ここに貴様の友などおらん。

老騎士
さっさと自分の仕事終わらせて、帰りがやれ、マリアは他人が勝手に観賞していい展示品などではない。

チェルネー
いえいえ、友よ、また間違えてますよ。

チェルネー
騎士たちの面前で騎士の地位を貶めることは言いません、しかし騎士には己にはカジミエーシュへの作用があることを認識していただく義務があります。

チェルネー
騎士は決して展示品などではありません、彼らは最も高貴で最も華奢なショーウィンドーであり、カジミエーシュの魅力を世間に知らしめてくれる存在なのですから!

チェルネー
みなさん努々お忘れなきよう。


ソナ
グレイちゃん……今回ばかりはちょっとやりすぎちゃったんじゃない?ねぇ、グレイちゃん、返事してよ、気絶でもしちゃった?

グレートグレイナイト
うるっせぇ……痛いんだよ……

ソナ
はは、ごめんごめん……でも足を止めるわけにはいかないからね、おんぶしてあげよっか?

グレートグレイナイト
……ふざけんな!

ソナ
もう追っ手は来てないわね……ところでここでどこなの?

グレートグレイナイト
前に……あいつらの気配がする、左に曲がれ!

ソナ
よし――掴まっててね――!


マリア
……次の試合はいつですか?

チェルネー
あぁ、失礼、当初の目的を忘れていました。

チェルネー
三日後です、お相手はレフトハンドナイト……「レフトハンド」のタイタス・ポプラーです。

ハゲのマーチン
……

チェルネー
余談ですが、もしミス・マリアがこちらが差し出したいかなる騎士団の加盟を受け入れていただいた際は、たとえミス・マリアがトーナメントと無縁になってしまったとしても――

チェルネー
――この私がニアール家の正統なる騎士貴族の地位に綻び一つ生じないことをお約束しましょう。

チェルネー
「ウィスラッシュ」のミス・ゾフィアや遠方にいらっしゃる耀騎士も、これで安心されるでしょうね。

マリア
……お気持ちだけで十分です。

マリア
私がカジミエーシュにニアール家を認めさせてみせます、私がご先祖たちが守ってきたものを途切れさせないよう守ってみせます、私がニアール家には騎士たる資格があることを証明してみせますから!

チェルネー
ほほう、証明ですか……騎士競技で証明すると……一体何を証明されるのです?

チェルネー
商業契約を結ぶことが騎士として最善の証明ではないと?あなたは私たちの最も熱狂的な愛好家たちに、大地の隅々からやってきた観光客に、カジミエーシュの忠実な顧客たちに――

チェルネー
――何を証明してくれるのですか?

マリア
……それは……

チェルネー
――なんです?

マリア
……

マリア
私が……

チェルネー
失礼、少々お待ちを。

チェルネー
もしもし?私です。なに?しかし今は……はい、承知しました、ご心配には及びません。

チェルネー
申し訳ありません、、ミス・マリア、あなたの回答をお聞きする時間が無くなってしまいました。

チェルネー
それと皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした、どうかよい夜をお過ごしください。

老騎士
チッ、さっさと失せやがれ。

ハゲのマーチン
……

チェルネー
では、失礼致します。もしお考えがお変わりでしたら、いつでも私にご連絡ください。

ハゲのマーチン
……

老騎士
あの企業家の顔を見るだけで吐き気がするわい。

老工匠
フォーゲル……やつはなぜお前の……

老騎士
……確かに、わしも気になる。祖父が亡くなってから、半世紀以上も旧名で呼ばれることはなかったのに。

老騎士
しかしヤツの発音はクソ同然じゃったわい。

ハゲのマーチン
危険だ、騎士協会、それと企業家たちが俺たちを、俺たち全員を調べているかもしれん。

ハゲのマーチン
おそらくすでに何者かが動き出している可能性もある。

マリア
……

ハゲのマーチン
そんな顔するな、マリア、責任を全部自分に押し付けなくていい、ニアールの爺さんから頂いた恩は今でも山のように重い、俺たちも元から――

ソナ
誰かいませんか――!すみません、ケガ人がいるんで――

マリア
……フレイムテイルナイト?

ソナ
ニアール……?えっと、話すと長くなるんだけど、とりあえず今はちょっと助けてくれないかな?

グレートグレイナイト
チッ……情けねぇ……本来は試合でお前と勝負したかったんだが、今は逆にお前に一度世話されなきゃいけねぇのか?

マリア
そ、その傷って!もう喋らないでください、私についてきて――

マリア
えっ、みんなどうしたの……

ハゲのマーチン
マリア、ケガ人を診てやれ、ほかのことは気にするな。

老騎士
コワル!

老工匠
お前の弓だ、老いぼれ!

老騎士
一人だけじゃなさそうじゃな。

老工匠
……

老騎士
……

ハゲのマーチン
……

老騎士
……こっちに来ないぞ。

老工匠
ペッ、一体何モンじゃ?よく堂々と競技騎士に手を出せるもんだな?

老騎士
あの子は感染者じゃった、はやく様子を見てやれ、マリア一人では手が回らんかもしれん。

老騎士
――マーチン?

ハゲのマーチン
……

ハゲのマーチン
……来るぞ。