……
他人にばかり酒を飲ませやがって、自分はどうなんじゃ、それでまだ何杯目じゃ!?
うるさいなぁ、わしのパワーに変換する技にかかれば――
――お嬢ちゃん?
顔色がまだ悪いぞ、まだゾフィアと仲を直しておらんのか?
大丈夫……叔母さんはここに来た?
さっきまで店の玄関でウロウロしてた、でも今はもう帰ったかな、お前のことをすごく心配していたぞ。
]彼女を探しに行ったほうがいいんじゃないか。
……
次の試合の対戦相手が決まったの。
もし勝てたら、叔母さんは……みんなは私を認めてくれるのかな?
お嬢ちゃん……
……そう簡単にはいかないぞ、マリア。
おい!このすっとぼけが!何を言っておるんじゃ!?
ゾフィアはお前さんが絶対に負けるからとか絶対負傷してしまうからトーナメントに行かせたくないのではない……
騎士競技にはこれっぽっちも公平で公正な場面はないんじゃ、そしてさらに高みへ足を踏みいってしまえばな、お前さんが対峙するのは対戦相手の騎士だけじゃなく……
企業と、企業同士の競争、家族同士の闘争も相手にしなければならんのじゃよ。
公正監督委員会だろうと完璧に介入することは不可能じゃ、騎士協会や、大騎士長と理事長たちに帰属されるぞれぞれの権力は想像よりもはるかに絡まっているんじゃよ。
……
もちろん、お前さんに諦めろと言ってるわけではないぞ、マリア。
「苦難を見定めて突き進め」、このことをよく理解し、そしてヤツらを打ち倒すところをわしらに見せておくれ。
……うん!
(バーの扉が開く音)
新しいお客さんか――
――
すまんがあんたはお断りしてんだ、出て行ってくれ。
つれないですねぇ、旧友、アイアンシェイクナイト。
あなたの犠牲は我々に日々消えることの知らない盛り上がりを与えてくれましたからね、私はあなたの試合での気質をとても尊敬しているのに。
何モンじゃ?
……二階騎士のフォーゲルヴァルデ……退役した二階騎士ですか。それともバトバヤルとお呼びしたほうがよろしいですか?発音が合っているかどうかはわかりませんが……
おい――
おっと、そ、そう剣幕を立てないでください、私は騎士ではなく、せっせと労働に励んでいるただの文職者にすぎません……
落ち着け!フォーゲルヴァルデ!
……わしの弓が手元にあれば、それを口にする度胸などないと知れ。
失言が過ぎましたね、ご機嫌を損ねてしまったのでしたら、深くお詫びいたします。
その上っ面だけの態度をやめろ、ここに何しに来た?
……私はただのスタッフに過ぎません、当然ミスマリア・ニアールへ騎士協会のスケジュールをお伝えしに来ただけですよ。
ミス・マリア?
あっ……えっと、はい……
次の試合が決まりました。
……お前自ら来る必要などまったくないだろうが。
そうですね、しかし私は現場に行ってお伝えするほうが好きなのでね、仕事上の様々な問題にも気づくことができますからね……もちろん、私情も少々含まれますが。
耀騎士の妹マリア・ニアール、此度のまさに注目を浴びる若き騎士に、私も自分の好奇心を抑えづらいんですよ。
シード権でトーナメントに参入できる有望な選手の人気も今ではミス・マリアには遠く及びません。これは競技騎士たるあなたの実力の一つであり、一つの優勢でもあるのですよ。
その優勢を合理的に利用できることを切に願っておりますよ、もちろん、ここにもたくさんの……優秀な企業の契約もございますが。
個人であなたのところにやってきたスポンサーのあれらより、ここにあるすべてがあなたの想像以上の騎士団と大企業であることを保証いたします……
……お前らの押し売りはもう聞き飽きた、マリアには自分の考えがあるんだ。
そうじゃ!貴様らの栄誉を踏みにじる行為はまさに騎士への冒涜じゃ!
栄誉?あぁ……そうですね、栄誉。
戦争に行かれた騎士たちは辺境の要塞の守備に明け暮れている、様々な身分の競技者もカジミエーシュのために利益を生み出してくれている――
しかし栄誉、あなたの言う栄誉はどこにあるのです?消えてしまったのでしょうか?
いいえ。
誰だろうと栄誉をカジミエーシュから駆逐することはできません、カジミエーシュの百を超える大小の企業が合わさっても不可能です。
騎士たちが戦争の道具として落ちぶれてしまい、利益に目がくらんでしまったからでしょうか?それとも騎士たちが自ら栄誉を放棄し、過去を忘れてしまったからでしょうか?
どれも違います、それでは騎士たちを甘く見過ぎです、たとえ理事長方でも騎士が傀儡に落ちぶれてしまったと妄言する勇気はありませんよ、なぜ日々発展を遂げる騎士競技に悲哀を感じなければいけないのでしょうかね?
ペッ!貴様みたいなヤツが栄誉を語るな!
今のカジミエーシュは過去の――
――過去の栄誉、騎士道精神、あぁ――偉大なる形だけの魂!歴史の虚空にある太陽!
合ってますか?観客と観光客はそんな精神を必要としていないんですよ、私たちも彼らにその精神を展示する道理もありません。
ベラベラと喋りやがって……今ここでその顔を引き裂いてやる。
おっと、そう焦らないでください。栄誉、ええ、確かに素晴らしい、何人たりともそれをに傷をつけることは叶わず、今でも各々の騎士一族の紋章に刻まれている――
――しかし残念ながら、カジミエーシュ人にもうそれは必要ありません。
捨てられてなどいない、隠されてなどいない、それは今でもここにありますよ、ただ現代人には……必要なくなったのです。
捨てるにも値しないということですよ、友よ。あなたが最新のネットデジタルテレビを買ったとき、古いラジオを棚に仕舞ますよね、それを「捨てる」と言えますか?
それは忘却と言うんですよ。かつての色彩を欠けてしまったがための忘却ではなく、単純に、科学の発展と新生活がもたらした進歩への忘却です。
進歩を責めるわけにはいきませんよね?友よ?
貴様に友と呼ばれたくないわい、ここに貴様の友などおらん。
さっさと自分の仕事終わらせて、帰りがやれ、マリアは他人が勝手に観賞していい展示品などではない。
いえいえ、友よ、また間違えてますよ。
騎士たちの面前で騎士の地位を貶めることは言いません、しかし騎士には己にはカジミエーシュへの作用があることを認識していただく義務があります。
騎士は決して展示品などではありません、彼らは最も高貴で最も華奢なショーウィンドーであり、カジミエーシュの魅力を世間に知らしめてくれる存在なのですから!
みなさん努々お忘れなきよう。
グレイちゃん……今回ばかりはちょっとやりすぎちゃったんじゃない?ねぇ、グレイちゃん、返事してよ、気絶でもしちゃった?
うるっせぇ……痛いんだよ……
はは、ごめんごめん……でも足を止めるわけにはいかないからね、おんぶしてあげよっか?
……ふざけんな!
もう追っ手は来てないわね……ところでここでどこなの?
前に……あいつらの気配がする、左に曲がれ!
よし――掴まっててね――!
(ソナが走る足音)
……次の試合はいつですか?
あぁ、失礼、当初の目的を忘れていました。
三日後です、お相手はレフトハンドナイト……「レフトハンド」のタイタス・ポプラーです。
……
余談ですが、もしミス・マリアがこちらが差し出したいかなる騎士団の加盟を受け入れていただいた際は、たとえミス・マリアがトーナメントと無縁になってしまったとしても――
――この私がニアール家の正統なる騎士貴族の地位に綻び一つ生じないことをお約束しましょう。
「ウィスラッシュ」のミス・ゾフィアや遠方にいらっしゃる耀騎士も、これで安心されるでしょうね。
……お気持ちだけで十分です。
私がカジミエーシュにニアール家を認めさせてみせます、私がご先祖たちが守ってきたものを途切れさせないよう守ってみせます、私がニアール家には騎士たる資格があることを証明してみせますから!
ほほう、証明ですか……騎士競技で証明すると……一体何を証明されるのです?
商業契約を結ぶことが騎士として最善の証明ではないと?あなたは私たちの最も熱狂的な愛好家たちに、大地の隅々からやってきた観光客に、カジミエーシュの忠実な顧客たちに――
――何を証明してくれるのですか?
……それは……
――なんです?
……
私が……
(携帯電話のバイブ音)
失礼、少々お待ちを。
もしもし?私です。なに?しかし今は……はい、承知しました、ご心配には及びません。
申し訳ありません、、ミス・マリア、あなたの回答をお聞きする時間が無くなってしまいました。
それと皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした、どうかよい夜をお過ごしください。
チッ、さっさと失せやがれ。
……
では、失礼致します。もしお考えがお変わりでしたら、いつでも私にご連絡ください。
(チェルネーが立ち去る足音)
……
あの企業家の顔を見るだけで吐き気がするわい。
フォーゲル……やつはなぜお前の……
……確かに、わしも気になる。祖父が亡くなってから、半世紀以上も旧名で呼ばれることはなかったのに。
しかしヤツの発音はクソ同然じゃったわい。
危険だ、騎士協会、それと企業家たちが俺たちを、俺たち全員を調べているかもしれん。
おそらくすでに何者かが動き出している可能性もある。
……
そんな顔するな、マリア、責任を全部自分に押し付けなくていい、ニアールの爺さんから頂いた恩は今でも山のように重い、俺たちも元から――
(バーの扉が開く音)
誰かいませんか――!すみません、ケガ人がいるんで――
……フレイムテイルナイト?
ニアール……?えっと、話すと長くなるんだけど、とりあえず今はちょっと助けてくれないかな?
チッ……情けねぇ……本来は試合でお前と勝負したかったんだが、今は逆にお前に一度世話されなきゃいけねぇのか?
そ、その傷って!もう喋らないでください、私についてきて――
えっ、みんなどうしたの……
マリア、ケガ人を診てやれ、ほかのことは気にするな。
コワル!
お前の弓だ、老いぼれ!
一人だけじゃなさそうじゃな。
……
……
……
……こっちに来ないぞ。
ペッ、一体何モンじゃ?よく堂々と競技騎士に手を出せるもんだな?
あの子は感染者じゃった、はやく様子を見てやれ、マリア一人では手が回らんかもしれん。
――マーチン?
……
……来るぞ。