チェルネーさん、企業が次々と問い合わせてきています、手が回りません……!
なんとかしてください、せめて話の分かる人だけでも、「勝利」と「価値」は同等じゃないことを理解させてあげてください。
わ、分かりました!
ふむ……
……
……「レフトハンド」閣下、本当に医療検査は必要ないのですか?
必要ない、私がアーツを放つ前に私を失神させたのが彼女の限界よ、私に重傷を負わせるには、まだまだ甘い。
率直に申し上げますと、あの試合は多くの人たちの予想を裏切るような結果となりました。
ふんっ……
あんな瑣末な勝利があろうがなかろうが、この私がブレードヘルメット騎士団をトーナメントまで連れて行く。アンバサダーは心配に及ばなくてもいい。
自信がおありなのですね、それは何よりです。
もしあなたが全力でかかっていれば、マリア・ニアールに勝機は微塵もなかったでしょう、どうか閣下には此度の意外の失敗からもたらされる様々な問題に対処して頂ければ……
己にそんな逃げ言葉はかけんよ。
いずれ多くの巨額のスポンサー企業とも無縁になってしまいます、おそらく騎士団のほうも――
――もしあの連中はまだ表面の勝敗だけを見て利益を考えているのであれば、こっちから願い下げだ。
仰る通りです。
盛り上がりは実益に変わる、顧客たちも元来は彼らの目に入る部分にしか興味がないのです、言い換えると、彼らはただ刺激を欲しているだけ……無自覚にそれを求めているだけですからね。
しかしまさか、あのタイタス・ポプラー閣下がご自分の「失敗」を顧みるとは……
アンバサダーよ、私の逆鱗に触れるでない。
ええ、ええ、申し訳ありません……こちらの職員が面倒ごとを処理し終えたら、すぐにここから出て行きます。
またトーナメントでお会いしましょう、「レフトハンド」閣下。
そっか……ソナたちはそんなことをしていたんだ……
感染者ファイターの競技場ね、その試合項目なら聞いたことがあるわ……いえ、あんなもの「試合」とは言わないわ。
騎士一族の出身であろうとなかろうと、誰だって競技騎士になれる、自分の実力で騎士協会の認可を得られれば、はれて貴族の行列に入ることが許さる……
でも感染者は……
奴らは感染者の参加は認めている、しかし知っての通り感染者が社会の中流階級になることを許している国家などどこにもいない、だから連中は規格外の試合を設けた。
そこで感染者は金を稼げる、生きていける、しかし生涯ただのグラディエーターとして見世物にさせられるんじゃ……まったく、あんな施しに意味なんてあるわけがないというのに。
ああいや、そういう意味じゃなくてな。
この老いぼれが、少しは柔らかく喋れんのか?
柔らかく話したところで誰に聞かせてやるんじゃ、連中はすでに目と鼻の先にまで来てるんじゃぞ!
確かに感染者のことも心配だけれども……今は彼女たちを心配してる場合じゃないわ。
……うん。
彼女たちは自分たちの実力で感染者の地位を変えてきたんだもんね……それにたくさんの感染者も救ってきた。
私たちも何かを変えたければ、前に進み続けないとね。
……マリア、もうそんなことが言える騎士になりおって……マーガレットが見ても、きっと安心してくれるだろうなぁ……
勝手に耀騎士を殺すでないわい、このクソジジイ!
お前さんが毎度毎度ねじまげるからではないか、コワル!
……
マリア?どうかしたの?
な、なんでもないよ……
チャンピオンロードか……ちっとも話すには適さない場所だね。
……歴代チャンピオンの肖像画だ、この黒騎士のお姉さん三枚も飾られてるんだね。
トーナメントを何年も制してきたのに、全然歳取ってるように見えないね……わ、ウソ、なんか見てるうちに私より若く見えてきちゃった……
ご冗談を。
これが優れた血統ってやつかぁ、いいなぁ、羨ましい。
黒騎士は騎士競技の歴史の中に深い爪痕を残していきました、当初はアーツがまったく分からないリターニア人がまさか今日の「黒騎士」になるなんて誰も予想できませんでした。
しかし彼女の時代は過ぎ去りました……本人もカジミエーシュを離れてしまいましたしね。
アンタたちがあの金のなる木をみすみす手放すとはね。
……カリスマ的なチャンピオンは確かに多くの崇拝者を引き連れてきます、しかし膨れすぎた個人ショーは長い目で見ると競技業界全体の発展にとっては不利なのです……
分かりやすく言うと、新しい挑戦者が黒騎士に挑戦するのは確かにセールスポイントにはなります、しかし三度も彼女の勝利が揺さぶれないのは……いささかつまらないというもの。
黒騎士の末路もいいものではありませんでした、競技場が埋まってしまうほど彼女を排除しようとした人たちがいましたからね。
しかし彼女は運が良かった、彼女が逃げ道を失いかけたそのとき、イェグラの名のある人と出会ったのです。
それに相手はかなりいい値を提示してきました……全員が納得してしまうほどの。
合理的に世代を交代させることは、競技産業が進歩している体現ですからね。
……そしてここは、空位と。
耀騎士のでしょ。
ええ、言わずとご存じでしょう。
この人知ってる、前回の、血騎士。
血騎士がもたらした恐怖と強大さは前代未聞のものでした、しかし彼はまだ理解がある方でしたからね、面倒ごともあまりありませんでした。
アンタたちもたまには言ってやったらどうなの、あまり薬を飲み過ぎるなって。騎士はもっとも貴重な商品なんじゃないの?
肝に銘じておきます。
……それで話ってなに?商業連合会の代言人が私を誘ったのって、歴史のお話をするだけじゃないんでしょ?
こんな場所で申し訳ありません、チャンピオンロードはトーナメント期間中お客様方に開放されますので、ついでに事前に現場を視察しようと思った次第です。
もちろん、邪魔が入らずにプラチナ様とお話できる数少ない場所でもありますから。
ふーん……まあいいや、また依頼なんでしょ、どうせ逃げられないんだし、素直に聞くよ。
依頼だけではありません……お聞きしたのですが、ラズライトのお二方は今何をされているのですか?
アンタにそれを聞く権限はないはずだよ、私もないけど。
少々面白い噂を耳にしましてね……
ラズライトのお二人が必要なほど、とんでもない事件が起こっているとかないとか?
――あーあー、聞こえなーい、私は何も聞こえなーい。
プラチナ様。
……
ほかの責任者数人の申請記録を覗いてみましたが、ラズライトクラスが必要な「事件」などどこに書かれていませんでした、ましてや二人も。
そのことについては心配いらないよ、今は商業連合会からの命令としか言えない。
なるほど……それは安心しました。
……私のこと全然信用してないでしょ。
とんでもございません、プラチナ様。
私に上位の人たちのことを聞いても意味ないのは分かってるでしょ、この「未熟者のプラチナクラス」に警告したいだけなんでしょ、はいはい、分かってますよー。
よくご存じで、ただ私が抱いてる疑問も確かなものです。上が私に何を隠していようと、私にはやるべきことを完璧にこなさなければならない必要がありますからね。
ところで、もしよろしければ、そちらの部下を遣わして一人の男を見張っておきたいのですが。
誰?
チェルネーは無言で目前の何もない壁に目を向けた。
マイナ・ニアール。
彼は所詮能無しの役立たずだとは思いますが、こちらのプロセスに邪魔が入らないよう万が一に備えておかなければなりませんからね。
そこで、プラチナ様、あなたにはこのことを最後まで遂行していただく必要がございます――
痛ぁ――!も、もうちょっと加減してよ……
我慢しなさい!この薬膏高かったんだから!
この授業をしなかったのは私の粗相だったわ、試合スケジュールの間どうやって自分の損害を合理的に対処するかも一種のコツなんだからね。ほら、髪の毛を上げて。
私だってこんなことになるなんておも――あっ、痛ッ!
イングラにしろポプラーにしろ、五体満足のうえ重傷を負わなかったのは不幸中の幸いよ……
終わったわ、ちゃんと服を着なさいね。
この数日はちゃんとベッドで寝てるのよ、勝手なことはしないこと、後遺症は騎士にとってもっとも致命的な古傷なのよ、私みたいにならないで。
ありがとう叔母さ……ゾフィアお姉さん。
……
マリア、あんな戦い方……どうやって思いついたの?
戦い方って言っても……うーん、迫られたからああやるしかなかっただけかな……
あのときは「耐えればきっとなんとかなる」しか考えてなかった――
(打撃音)
痛ぁ!
そんな考えなしの理由だけで自分を消耗する戦い方をするのはよしなさい!蓄積された疲労は次の戦いにも響いてくるのよ!
ごめんなさい!
まったく……「レフトハンド」の慢心を突けたのはよかったけど、あの相手をいたぶる趣味をした変態が本気を出したら……それこそ面倒臭いことになってたわよ。
えっと、ゾフィアお姉さんは昔彼と対戦したことがあるんだっけ?
彼が正式にブレードヘルメット騎士団に入団したときのデビュー戦の相手が私だったわ。
そ、そうなんだ……
……結果はどうだったの?
デビュー戦のことを話したくないようにしてやったわ。
まあ全部昔の話よ……騎士競技も元から勝ちも負けもあるものだから……彼だって私のことなんか眼中にないでしょうし。
……タイタスさん、お姉ちゃんのこと知ってたっぽい。
そうね。彼を含めて三人のブレードヘルメット騎士団のメンバーがバトルロワイヤルでマーガレットをリンチしようとしてたけど逆にミンチにされてたわ、こんなおかしなこと誰だって受け止められないわよ。
よ、容赦ないねお姉ちゃん……
あのころのマーガレットも若かったからね。
……当時のお姉ちゃんってどう思ってたの?
何よどう思ってたって?
お姉ちゃんってすっごく騎士競技が嫌いって印象だったから……それに、お姉ちゃんの考え方がマイナ叔父さんと似てるような時期もあったし……
でもお姉ちゃんはそれでも騎士競技に参加した、しかも、耀騎士にまでなって……
……私だって彼女が何を考えてたなんて知らないわ、でもね、彼女は誰よりも騎士競技がどういうものなのかを理解していたと思うわ。
理解してたうえで、彼女は参加した、しかもチャンピオンにもなった。
でもまあ私みたいにあのマーガレットに憧れて、衝動で騎士になっちゃった人も少なからずいるわ。
えへへ……実を言うと私もそんな感じがちょっとあった……
たぶんマーガレットがチャンピオンになれた理由は私やあなたがいたからなのかもしれないわね。
そうなの?
さあね。
お姉ちゃんあのロドスとかいうところでも、ちゃんと暮らしているのかな……
あ――!
な、何よ?ビックリさせないでよ……
け、剣が欠けちゃった……
あらら……最近ずっとメンテナンスできてなかったもんね、こうなるのも仕方がないわ。
自分で直せそう?
えーと、コワル師匠の工房を借りれば、直せそうっかなぁ……
……
どうしたフォーゲル?運転に集中してくれ、このままそんなボーっとしてる様子じゃと降りてタクシーを拾ってくるぞ。
あのリスっ子たちのことを考えておっただけじゃ……今降りたら絶対に轢いてやるからな。
……感染者か。
あの日あとちょっとで手を出してしまうところだった、外にいたあの連中は……まさか?
おそらくそうじゃろうな。
連中はマリアも狙っておるのか?一体なぜ?
……考えすぎじゃろ、少しはお嬢ちゃんのために思ったらどうじゃ?
……
……
明後日は雨が降るか?
曇りじゃな。