ファイギ:
あのお爺さんは、あまりはっきりとは憶えていないが、イワン・イジャスラフという名前だった。
よくある名前だ。どこにでもいるような農民だった。
しかし彼は自分を犠牲にした。様々な理由で、自分の命を犠牲にしてしまったのだ……
私はたまに思う、私は他人のために自分を犠牲にするほどの価値があるのかと。
アリーナは私についてきてくれた。この人は普段はいつも優しいが、時折突き刺すような言葉を言う、あまり気持ちのいいものではなかった。
計画は順調に進んでいる。
私の予想では、もうじき、ここ一帯の感染者は、きっと団結し始める。
今はそれが確実になることを願おう。
お爺さんが安らかに眠っていることも願おう。あのお婆さんを除いて、私に彼ら以上親しい家族はいなかったから。
2月7日
黒蛇から抜け出して三年目

すみません、あの……

何の用だ?その衣装、さては軍官のボンボンだな?

帰れ!ここはもう何も残ってないんだ。全部お前たちがかっさらっていったからな!持って行けないものは全部お前たちに焼かれた!

クソ野郎が!俺を殺しに来たのか?なら殺せ!天性の殺人鬼どもが!

違います、あの、感染者治安維持隊が今日ここに来ることを教えに来ただけです。

ならあいつらの好きにさせろ、俺たちを皆殺しにすればいいさ!

こんな辺鄙でほぼ人が住めないような場所に村を建てたというのに、それでもここに来るんだ!ならもうあいつらの好きにさせればいい!

でしたら、あなたは隠れていてください、私があいつらと話をつけます、もしくは私が待ち伏せして……

そういうお前は何モンだ?言ったはずだ、お前たちみたいな軍官貴族どもは、どんな恰好をしていようと!俺たちの命を奪いに――

ハッ、お前はあいつらとは違うのは確かだ、なぜなら俺たちみたいな奴と言葉を交わそうとしているからな!あいつらは俺たちに鞭打つことすら嫌な顔をするからな!

ん?どこ行った?

消えたのか……?

またどういうペテンだ?はぁ……俺たちの命は……

俺たちの命は所詮こんなもんか。
(感染者治安維持隊が歩いてくる足音)

自分の命の価値を認識していることはいいことだ。

あっ……治安維持隊の旦那……

……貧乏でおんぼろ。その上みずぼらしいことだ。軍隊や採掘場に送ってもまったく役に立たんだろうな。

どういう死に様がいい?一瞬かそれともゆっくりか?

……旦那!俺を見てくれよ、俺が生きたところで旦那たちにはなんのメリットもないんだ!

武器を所持しているくせに、よくそんな生意気なことが言えるな?

……申し訳ありません、旦那!これはさっきいた変なヤツを懲らしめるためのものでして!ただどこかに逃げちまって……

感染者は畜生にすら劣るな。畜生ならまだ貨物の運搬ぐらいの働きができるというのに、貴様らは生きてるだけで陛下の土地を無駄しているのだ!

それはなぜだ?

――

どこのものだ?

はるか遠い東の果てから来た。

何者だ……貴様、感染者か?

そうだ。

思考することも、話すこともできる感染者だ。

我々感染者にも生と死がある、我らの生死をなぜ貴様らに定められなければならない?

なんだと貴様!

我々に自ら安寧に死を受け入れる場所をくれさえすれば、今のように憤怒することもなかった。

しかし、感染者の同胞たちよ、顔を上げてよく見ろ!奴らの目を、奴らの口を、奴らの嘲笑を!

こいつらは我々をどう死なせようかを考えている、我々を操ろうとしている。我々の命は大した額にはならないのかもしれない、しかしそういう貴様らの命は金貨一枚ほどの価値があるというのか?

貴様ぁ!

貴様らは感染者がなんらかの危害を起こすことを恐れているわけではない。いや、今まで生きてきて脅威になる感染者など見たこともないだろうな。

貴様らは我々の命を利用したいだけだ、我々の命を弄びたいだけだ!

あぁ……!

同胞たちよ、奴らのこれまでの暴行で、態度が良かったから見過ごしてもらったことなど一度もあっただろうか、奴らの指図通りにやって見過ごしてもらったことなど一度もあっただろうか?

断じてない!奴らがお前たちを活かしておいたのは、お前たちをまだまだ搾取するためだからだ!

お前たちに一銭も土地もなくなってから、奴らは初めてお前たちを足で蹴り飛ばす、なぜなら都市では、感染者は生きることすら叶わないからだ!

……!

あんたは……一体誰なんだ?

しれものが!名を名乗れ……

皇帝陛下の名の下に告げる!そのような邪説を陛下の臣民をたぶらかせた罪によって、今ここで貴様を処刑する!

同胞たちよ、私に名などない。お前たちの好きなように呼ぶといい、もしどうしても名で呼びたいのであれば、私のことはタルラと呼ぶがいい。

そして敵に、私の名を知る必要はない。

私の火が貴様らを燃やし尽くしてやる。