ファイギ:
感染者に救いの手を差し伸べてくれる人などいない。私たちは義勇軍でもないし、大耳のミハイルが世にいた時期の「勇敢な大鍋」でもない、私たちは自分の都市を持たず、畝も田んぼもそれほど多く持たない。
「ぼくらの身体には源石あり、手に数少ない武器を握っている。雪は口の中で融けて水になり、腹の中は草種と樹皮しか満たされていない。」
彼らはよくこう歌っていた、私も最近たくさん学んだ。
私たちは行く宛てがない感染者にすぎない。
私は更に先の北原に来たのは正解だったと思う。ここいるのは行く宛ても、帰る宛てもない人達だけだからだ。
都市にいる感染者と民衆は分断され、各国家も種族の違いによりお互い疑心暗鬼になっている。雪原だけが、人を単純にしてくれるのだ。
感染者が雪原で凍死や餓死することと、感染者が自分の土地で病死することは、意味が違う。
感染者は自分たちの都市を建てるべきだ。もしウルサスがそれを許さないのであれば、そのウルサスを変えてやればいい。
この国から亡命、逃亡、離れたとしても、どのみち住まう地を失う。この大地が言う感染者を接収してくれる場所など、それはただのおとぎ話にすぎない。
感染者が尊厳を取り戻したければ、力と、団結と、現状を改変する必要がある。
もし感染者遊撃隊の支持を得られるのであれば、私たちのこの行脚も成功と言えるだろう。
重要なのは感染者たちに自信を取り戻すことだ。肝心なのは我々の命に意義を見出すことだ。
間違いない、ここだ。
治安維持隊がここの廃棄都市で新たに歩哨拠点を設けた。黒ずくめの毒虫どもめ……穀物を食い荒らし、根っこすら残してくれない。
……この都市も多分廃棄されて十数年は経つな。
中心設備は持っていかれ、住民も一人残らず連れて行かれた。残された建物と土地ブロックもいずれは綺麗さっぱり解体されるだろうな。
元々はどこの貴族様の領地だったんだ?
ネフスクベルク男爵のものだったが、当の本人はめった刺しにされて死んだよ。数百km以内にいた彼の跡継ぎも尽く根絶やしにされた。
誰がやったんだ?容赦ないな。
皇帝保守派だ。第一軍集団に多くいる。
分からねぇ、タルラ、ついこの間お前は言ったよな、大反乱は今の皇帝と兵役に就いた貴族連中がおっぱじめたんじゃなかったのか?
ならなぜ軍が皇帝側について貴族どもを殺すんだ?
大反乱で反乱を主導していたのは、前の時代の……あのウルサスが次々と対外拡張した時代にいた、甘い蜜をすすっていた貴族の領主たちだ。
新皇帝即位後、その人たちが呑みこんだ資源も都市も、住民もすべて吐き出させる必要があった。
当時、ウルサス軍のほとんどは貴族領主たちがその制御権を握っていた、しかし皇帝保守派は頭が冴えていた、口を減らせば金が増えることを知っていたんだ。
貴族たちを殺せば、自分のポケットに金が入ってくる、リスクは甚大だが、奴らにはそのリスクを冒せる資本を持っていたから。
だから大反乱の時期は、保身していた各大都市を除いて、挙兵叛乱した人々が遭遇したもっともひどい打撃は、すべて皇帝保守派が打った手だと思われる。
つまり、もし反乱軍が大反乱で戦争の優勢を取っていたのなら。
皇帝保守派は吊し上げられ、皇帝は軟禁され、軍隊で全身加齢臭を漂わせた老いぼれ貴族どもの特権に賛同せざるを得なくなる結果になっただろう。
それからそれぞれの大公たちや軍閥がウルサスを分割して統治する、少なくとも裏では必ずそうするはず。
それに、現実的な話をすると、大反乱で事を終えて昇級した若い軍官全員が、新皇帝に就き従っているわけじゃない、ただ金しか見ていないのかもしれない。
……なるほどな。結局のところ金のために戦争したってわけか。
その通り。
ハッ、お前はどんな問いをかけても答えが返ってくるのか、タルラ?
……私にこれらを教えたやつは私がどれだけ学んだかなど気にも留めないほど傲慢な性格をしていた、私が知ってる知識は適当に口に出しても問題はないはずだ。
そうかよ、そりゃたいそう賢いこった。ならここに来た目的はなんだ?お前も、人が住める場所なんてどこにもないって言ってたじゃないか。
周辺の村々が遷移しようとしていた、もし天災が原因でないのであれば、原因はただ一つ。
腐った治安維持隊が進駐してきたからだ。しかし部隊がやってくる可能性がある以上、村は好き勝手移すことはできない。
おそらく収穫時期が終わったばかりなのだろう。治安維持隊はいつもこの時期に定期検査を行う、きっと税吏がまだ村に来ていない頃を狙ったんだろう。
つい最近だと稼働している都市の、シュラッツブルク、軽工業を主とする都市だ、ここに停留していたのも十中八九資源を仕入れようとしただけだったんだろう。
付近の村々のほとんどは地主による庇護が受けていない、腐った治安維持隊が遠路はるばるここにやってきたのは、必ずここでなら搾取できると見込んだからだろう。
……おおもとは大反乱のあとに組織された感染者を捜索するチンピラ集団のくせに、今では地方を横行する殿様気取りだ。
なら奴らをぶちのめそう。そしたら俺たちがここ付近で過ごしてきた日々をより安全になったはずだ。ぶちのめそうぜ。
私たちにそんな実力はまだない。
あ?じゃあ何しにここに来たんだよ?
――「盾」だ。「盾」がここの歩哨拠点に入ってくる。
……遊撃隊か?
そうだ。
感染者の遊撃隊だと!?しかしあれは……皇帝の……
彼らと連絡を取るのは容易ではない、こちらが三か月情報を追って、やっとチャンスを掴むことができた。
お前が数日前にある人たちを探しているって言ってたがあまり気にしなかったけどよ、まさか本当に……遊撃隊を探していたとは思いもしなかったぜ。
でもよ、南の都市にいる感染者と連絡を取るのは簡単だったろ、彼らと連絡を取るのってそんなに難しいのか?
都市で生き延びたければ、旬な情報と協力が頼りだ。
雪原で生き延びたければ、堅実な戦術とウルサスの偵察兵に見つからない生活に頼らなければならない。
トランスポーターになる感染者は少なくない、それに彼らには自分たちの信号を伝達する方法やルートも持っている。
では遊撃隊はどうだ?遊撃隊は凍原にいる感染者としか会話しないんだ。
遊撃隊は人に見つかることも、誰かと団結することも嫌う。
彼らは感染者を次々と受け入れ、感染者たちを戦士に鍛え上げているだけだ。私が期待していることと少し違うかもしれないが。
しかし遊撃隊は、逞しく、生気に満ち溢れていることは確実に言える。
――少なくとも遊撃隊の二つの小隊が10km以外の感染者の集落で物資の交換をした痕跡があった。
現地の感染者は喋ってくれないが、村の外れにあった焚き火の跡は軍隊のものではないのは確かだ。
彼らがこれからすることはたった一つ、この設けて間もない歩哨拠点とまだ歩調すら合わない治安維持隊を潰すことだ。
みんな、ここで待っていて欲しい。警戒を怠らないように、治安維持隊員がここから逃げ出す可能性もある。
ここからシュラッツブルク市まで距離は遠い、歩哨拠点もまだ設置して間もない、奴らが拠点を死守することは万に一つもないだろう。
奴らは必ずここを撤退する、遊撃隊に殲滅されなければの話だが。
ちゃんと隠れているんだ。私たちにはまだ正面から治安維持隊の小隊二つ三つと対峙できる力は持っていない。
タルラ!?一人で行くつもりか?
私一人で行かせて欲しい。遊撃隊と連絡するためには、こちらに敵意はないことを、まず遊撃隊に示さなければならないから。
それと、もし衝突が起こっても、お前たちだけでも逃げ切れる。
俺たちをビビりだと思ってんのか!?
お前たち以上に勇敢な人は見たことがないよ。だから他の感染者の同胞にとって、お前たちは重要な存在だ。より長く生きたければ、ますますお前たちが必要になる。
お前たちが生きるのと、私一人のために多くの人を犠牲にすること、どっちがマシだと思う?結果は目に見えてるだろう。
――
やっぱお前俺たちをナメてるだろ。
これは私が長い間考えて導き出した結論だ、それに、これは全員にとって最善の策なんだ。
適当なことを言わないでくれ。
お前怒ってんだろ!
だが俺たちだって怒ってんだよ!俺たちがお前を理解していないと同じように、お前も俺たちが何を考えているのか理解していないんだよ!
結論なんていらねぇ。俺たちがお前と一緒に北西に向かったのは……そんな結論が欲しかったからじゃねぇ。
お前は強い!お前はみんなに飯を食わせ、色んなことを俺たちに教えてくれた。
よく分からなかったけどよ、でもお前はほかの都市から、あるいは採掘場からやってきた感染者たちとは一味違うと思っている。
お前は俺たちを死なせたくないって思ってるんだろ?タルラ、俺たちがビビってるように見えるか?俺たちは臆病者なんかじゃねぇんだぞ!
お前はきっと思いつかなかっただろうよ、俺たちはその日暮らしをするよりも、お前と一緒に死んでやったほうがマシってことにな!
もし私は既にそれを思いついていて、ただお前たちにそんなことをさせたくないと言ったらどうする?
なぜそう言えるんだ?
私は死なないからだ。
安心しろ、私一人で行かせてくれ。お前たちを行かせないのもなるべき死傷を減らしたいためでもあるんだ。それに私は、フン、「死なない」からな。
あの気持ち悪いバケモノが自ら私にこう言ったんだから間違いない。
でも……タルラ、俺たちは他からナメられるわけにはいかねぇんだ!俺たちが頭を下げてると思わせるわけにはいかねぇ、だから一緒に行かせてくれ!
違う!
人の殺し方をこだわるのは殺人鬼だけだ。お前たちはもう多くの人から尊敬されている、なぜならお前たちは一歩踏み出したからだ。
もしお前たちを見下す奴がいれば、侮蔑されるべきは見下したそいつだ。
……
わかった、行ってこい。
――おいちょっと待て、タルラ!剣一本だけでいいのかよ!
(タルラが歩き出す足音)
名簿とチャンネル番号帳も持って行くよ!
同胞たちよ、よく覚えてくれ!これは剣より大切なものだということを!
タルラは少し後悔した。
彼女は耳にするだけで肝を冷やす遊撃隊、彼らのシンボルである巨盾、旧式のウルサスの軍備、あまつさえ噂に聞く遊撃隊の巨大なサルカズたちにも出会えなかった。
いいのか悪いのか……代わりに彼女はスノーデビル小隊と出会った。
なんという寒さなんだろう。
彼女は火をつけ、白衣を纏った雪の悪魔の驚きの目に注目されながら治安維持隊の最後の建物に飛び入った。
名簿を燃やさないように気を付けないと。それにしても寒すぎる、彼女はこう思った。
ここで少しだけ暖を取ろう、と。