
ふぅ……

ツェルニーさんのところはあまり上手くいかなかったけど、ほかのアーベントロート区の住民たちは結構協力してくれましたね。

十数軒巡って、血液サンプルまで頂いちゃって……そこそこの成果かも。

そろそろ日も暮れそうね……
(露天の店主が近寄ってくる)

そこのお嬢ちゃん、今日は一日中あちこち忙しなくしていたけど、そろそろ腹が空いてきた頃なんじゃないのかい?

アーベントロートの名産品でも食べていかないかい?

名産品ですか?

ああ、ザワークラウトの揚げ物さ、美味しいぞ~!

(高温の油で揚げた料理ですか、健康とは真逆のような食べ物に見えますけど……)

ぼったくるつもりはないからさ、ほれ、これはワシからの奢りだ!

遠慮する必要はないぞ!あんたはウチらの町で病気を診てくれているんだ、感謝の印として受け取ってくれ。

(うっ、これは無下にはできませんね……)

じゃあ頂きますね、ありがとうございます。

こちらこそ、いつも感謝してるよ!

ん?どうしたんだい?まだ一口しか食べていないじゃないか?お金は取らないって言ったはずだぞ?

まだお腹が空いていないので、後に取っておこうかと。

ところで、レシピを変えるおつもりはありませんか?

レシピを変える?

ほら、この一食だけでも成人が食べる量とほぼ同じですし、塩も油も量と比べて三倍から五倍は入ってるんじゃないですか?健康にとって百害あって一利なしですよ。

お嬢ちゃん、このメニューを作ってもう何十年にもなるが、こっちはまずいと言われたことなんて一度もないんだぞ?

それに急にレシピを変えてしまったら、ウチの常連客も離れていっちまうさ!

これも皆さんの健康のために言ってるんですよ?

私自身含め、ここでものを消費してるのは感染者たちです。この塩分も油分も高い料理を摂取してしまえば、健康な一般人よりも症状が悪化しかねませんので……

じゃあ一つ聞くが、味はどうだった?

それは……とても美味しかったですけど。

ならいいじゃないか!

でもやっぱり――

まあまあ気になさんな!お嬢ちゃんじゃワシの腕の凄さを知るにはまだまだ早かったってことさね、ワハハハハ!

あはは……

そうだ、一つ聞きたいことがあるんですけど、いいでしょうか?

おう、なんでも聞いてくれ!どうせ今は暇なんでな。

最近お仕事の調子はどうですか?

そりゃ忙しいことこの上ないさ!気温が暖かくなってきたせいなのか、最近じゃますますウチに食べにくるお客さんが増えてきているよ。

そのお客さんたちはみんなお知り合いなのですか?

ああそうさ。ワシんとこに来てくれるお客さんはみんなアーベントロートの人間でね、みんな顔見知りさ。

みんな感染者なのですか?

そうだよ。

ではしばらくの間、あるいは数日見かけなくなったお客さんなどはいましたか?

いるよ、それもたくさん。

では、そのお客さんのことについて教えて頂けますか?どこに住んでおられるのか、とか。

ありがとうございます、色々と助かりました!

いいってことさ!

最後にもう一つ……最近の具合は如何ですか?

鉱石病のことかい?普通さ、良くも悪くもないよ。ただまあ最近商売が順調だから、毎日張り切って仕込みをしてるぐらいかな、ワハハハ!

ご主人はあまり音楽に明るくないような……?

そりゃワシは芸術ができる類の人間じゃないからね、あの人らほど腕を磨いちゃいないさ、家族を養うだけで手いっぱいだよ。

そうなんですね、ありがとうございます。

色々と教えて頂いて本当にありがとうございました。店主さんのお店もますます繁盛できますように!

気にしなさんさ、こちらこそありがとうね。

ところでお嬢ちゃん、さっき一口食っただけで手が止まっちまってるけど、もういいのかい?

えっ――それはさっきも言ったように――

ワハハハハ!冗談さ冗談!

あんたらお医者さんが健康を第一に置いてるのは理解できるさ!でもね、ワシら料理人は美味しさを第一に考えているんだよ。そこんとこ、分かってもらえるかい、お医者さん?

それは……理解はできますけど、やっぱり認められません。

理解してもらえるだけでも結構さ、みんな違ってみんないいってヤツだよ!また食べたくなったら、またご贔屓によろしく頼むよ!

え、ええ。ではまた。
(ハイビスカスが立ち去る)

変だと思ってたんだよ、一口食っただけなのに泣き出しそうな顔をしちゃって……

はぁ……なんであんないい子に限って、サルカズなんかねぇ……
(カフェ店員が近付いてくる)

やあご主人、ザワークラウトを一つ頼むよ。

あいよ――おや、お兄さんじゃないか。

ミートソースはマシマシ、軽い焦げ目が入るぐらいに揚げるでいいんだね?

ああ、いつもありがとうね!

ところでさっきのお嬢さんなんだが、見かけない顔だな、知り合いかい?

最近よくこの町で病気を診てくれてるお医者さんでね、顔見知りだよ。なんだい、あんたんとこのコーヒーを飲んでほしいってのかい?

俺んとこのコーヒーを飲んでくれる人なんざいないって、ご主人言ってただろ?

それにあんな忙しくしてるようじゃ、ご愛顧を賜れそうにもないさ。

症状が改善してる異常現象の範囲、思ってたのよりも広いですね……

あっ、すみません!
(ハイビスカスが女性とぶつかる)

いや、こちらこそごめんね。この壮麗な建物に見惚れてしまって、君のリズムを乱してしまった。

……リズム?

じゃあね。
(???が立ち去る)

あっ――はい……

(もう行っちゃった……)

(私もそろそろ戻ったほうがよさそうですね、広場に住居はないんですし……)

おい、そこの女!

はい?

(うっ、すごいお酒の匂い……)

そう、お前だお前、この魔族め!

……

なにかご用ですか?

お前、さっき俺の家から出てきたヤツだろ?

……シュナイダーさんのご親戚の方ですか?さっきお邪魔させて頂いた時は、見かけませんでしたけど。

俺ァそこの息子だ!俺ン親父の血を抜き取りやがって!
(アンダンテが駆け寄ってくる)

ハイビスカスさん!ハイビスカスさん!

アンダンテさん、ちょうどよかった。こちらの方ですけど、酔っ払ってるせいで何を仰りたいのかまったく分からなくて……

アンダンテぇ?ああ、ロドスのアンダンテだな?さっさとこの魔族をここから出ていくように、お前らのお上に言ってやってくれ!二度とアーベントロートには来るなってな、ひっく!

あの……まずは落ち着いてください。彼女が何かしたんですか?何かしたのならこちらもそのように報告しますので。

(小声)全然事務所に戻ってこないと思ったらここで足止めされてたんですか……先に事務所に帰っててください!

(小声)もう少し様子見させてください。今回の一件は不可解な点が多いです、この方からヒントを得られるか聞いてみましょう。

]俺ン親父の血を抜き取りやがって、この魔族が!お前、血を抜くことがどういう意味なのか分かってんのか?

えっと、シュナイダーさん、きっとブラッドブルードと勘違いしてらっしゃるんじゃないでしょうか?私はブラッドブルードでもないただのサルカズです、血液を吸うために取ったわけでは……

ブラッドブルードの話なんざ、ひっく、してねぇ!

おい、そこのあんた、あんたはどう思うんだい?感染者の血を集めてる、こいつは……一体何を企んでいるのかを。

私?

そう、あんただ!あんたも――なんか言ってやれ!

その……まだやることがあるから、失礼するわね……
(通りすがりの感染者が立ち去る)

けっ、骨のないヤツめ……

じゃあそこの兄ちゃん、あんた――なんか言ってやんな!

……具体的なことはよく知らないが、感染者の血を使ってアーツを操ってる術師の話なら、聞いたことはあるぞ。

最近じゃ塔にいる術師が感染者を捉えては、似たようなことをやってるとか……

それだよそれ、よく言ってくれたじゃないか兄ちゃん!だからこの魔族もきっとそうだ!そういうことをするために、俺たち感染者の血を集めてるに違いねぇ!

感染者の血を利用するアーツと術師…… “巫王の残党”のことでしょうか……

!?
ハイビスカスの何気ない一言によって、そこにいた二人の感染者だけでなく、周りで野次馬になっていた人たちも一瞬にして声を失ってしまった。

なっ……なんでそんな気安く先の陛下の御名を口にできるんだ……さてはお前、やはり何かしら関わっているな!?

きっとそうだ!予言でもそう言っている、この魔族はきっと感染者の血を利用するアーツで俺たちを虐げるつもりだ!

予言だと?それって先の陛下の……

そうさ、その予言だ!絶対に叶わせちゃいけないあの予言のことだ!

予言だって?

私も最近その予言とやらを耳にしたんだが、あまり詳しくは聞いていなくてな……どういう予言なんだ?

私も気になってるところです。あなたたちはその予言一つで私を追い出そうとしていますが、せめて私にもその予言の内容を教えてから私を追い出して頂けますか?

こういうのは下手に口に出しちゃいけないんだ、先の陛下が残されたアーツが完全に消えて無くなったことなんて誰も保証しちゃくれないからな。今こうしてる俺たちだって、もしかしたらまだ……

ひぃ!

じゃ、じゃあ……耳打ちで教えてくれないか?その予言は一体何を言っているんだ?

……

(小声)アンダンテさん、その予言と似たような噂話は聞いたことがありますか?

(小声)ぶっちゃけ見当がないわけじゃないですけど、あまり気にしちゃいないもんですから具体的な内容はあんまり……

(小声)でも……先の陛下がまだ生きてるかどうかはさておき、仮にまだ生きておられたとしても、わざわざアーベントロートに預言を残す必要はないと思います。まどろっこしいじゃないですか。

(小声)そんなことより、どんどん人が集まってきちゃってますよ……

お嬢さん、予言を信じるか信じないかはあなたの勝手だが、それでも心の片隅には留めておいたほうがいい。だから今ははやくここから……

アーベントロートから出ていけってんだッ!

そんな根拠もないデマに惑わされないでください!

デマだと!?デマだと言ったな、この魔族め!よくも予言をデマなどと……

そちらのお方、先ほどから私がそのフ……残党と浅からぬ関係にあると言いながら、かたや私がその陛下に不敬を働いたと仰ってましたよね?言動があまりにも矛盾しています、一体何を伝えたいのかはっきりと教えてくれますか?

お前らみたいな怪しい連中に教える筋合いなどはない。

そもそも、いくら真っ当な大義名分を掲げたところで、魔族が住民らの血を集めてる時点で怪しいんだ!

たとえ悪意がなかったとしても、見て見ぬフリをできるわけがないだろ!もうお前をこの町に残すわけにはいかなくなった、みんなそうだよな!?

そうだそうだ!

皆さんがそのなんの根拠もない予言とやらを恐れているのは、私が“先の陛下”のお名前を口に出したからだと思います。

けど、私はそれよりも別のことに恐怖を感じてしまっていますよ。

今回の事件の真相に辿りつけなくなってしまうという恐怖に。

私がここで退けば、救えたはずの命を救うチャンスを取り逃してしまいます。であれば、あなたたちは私の気弱さのせいで命の危機に晒されてしまう。

感染者の血を利用する残虐な術師と見なしても、災いをまき散らす“魔族”として見なしても結構です……私は気にしませんから。

だがしかし、どうか医療行為だけは続けさせてください、それ以外はこの町に何も求めませんから。

そうやって俺たちを騙そうたって無駄だ!この町から出ていかないってんなら、わざとアーベントロートを混乱に陥れようとしている魔族として見なすぞ!

……

皆さんとここで敵対するつもりは微塵もありません。

もしそんなに私を視界に収めたくないと仰るのなら、事態が収まるまで、しばらくロドスの事務所に引き籠もっておきます。その代わり皆さんも冷静になって頂けますか?

フンッ、それなら考えてやっても――

いいやダメだッ!

ロドスの事務所はどこに設けられてるんだ?アーベントロート区の中だろ!

アーベントロート区内にいるのなら、ロドスは区の言うことに従う義務があるはずだ!それともなんだ、ロドスの事務所は区の管理下に置かれない特権を持ってるとでも言うつもりか?

お前を区内に残すことなど、断じて許されん!

みんな、この魔族を町から追い出すぞ!
ハイビスカスたちに目掛けて来る人たちもいれば、その場に立ち止まり、あるいはハイビスカスに背を向け、その場から離れようとする人たちもいた。
この者たちがどんな選択肢に出ようが、逃げずに、そして戦わずに、ハイビスカスはただその場にいることにしたのだった。



