(扉を叩く音)

(大あくび)ふわぁ~……

はいはい~い、今開けますよ~……
(ハイビスカスが部屋に入ってくる)

……あれ、ハイビスカスさん?

おはようございます……はやいですね、まだ日が昇ったばっかなのに――

おはようございます、クライデさん。エーベンホルツさんはいますか?

エーベンホルツ?彼ならまだ寝てますけど。

目が真っ赤ですね、もしかして徹夜されました?

――彼を起こしてくれませんか?急ぎで。

潜伏期間?

何を言ってるのかさっぱりなんだが。

本当に理解していないのですか?それとも――

まあいいです、もう一度詳しく説明しますね。

私がここで起こった感染者の症状が好転してる異常現象を調査するためにここへ来たのはもうご存じですね?

そこでここ数日調べたところ、アーベントロートにいる感染者たちの症状は好転してるのではなく、“潜伏”していたことが分かったんです。

つまり、症状が良くなったように見えても、実際はその逆で悪化してるということです。

どうして悪化してるのに、良くなったように見えるんですか?

……そこも説明しましょう。

通常、なんらかの傷を受けた人体は“回復”しますよね?それがベストな状態なんです。

回復が出来なかった場合でも、人体は本来の動作や運動を行うのに必要な機能以外の機能を補ったりします、学術用語ではこれを“代償動作”と呼びます。

現在アーベントロートにいるほとんどの感染者たちが、その異常な代償動作を引き起こしてしまっています。健康的な人と区別がつかないほどに、外見を見る限りでは非常に良好な状態にあるんです

でも、体内の見えないところでは、鉱石病の進行が外見に反して徐々にその速度を速めている……

このままでは、その代償動作の機能すら失ってしまう方たちが出てきてしまいます。

失う?

代償動作でも補えないほどの傷を受けてしまえば、鉱石病が急性発作し、容態が一気に悪化して重篤な状態に陥ってしまうのです。

実際もうすでにその状態に入ってしまった方もいるんですよ。

そんな……

言いたいことは理解した、だがそれが私たちとなんの関係が――

待て、それってクライデも危ないってことなのか?

そうではないのですが……

問題はそこじゃありません。問題なのは……あなたとクライデさんがこの現象の主たる原因であるのだと、そう分析結果が出ました。

私とクライデがこの現象の原因だと!?

なにふざけたことを言っているんだ!?

あなたたちの行動パターンを分析したことであることが判明しました。あなたたち……もしくはあなたたちが持ってるナニかが、この潜伏現象と極めて高い関連性があるのだと。

例えばお二人の隣に住んでおられるクリーニング屋の従業員さん、いますよね?先日までは「とても元気だ」と仰っていましたが、昨晩に症状が急激に悪化したせいで、危うく末期感染者対処センターに運ばれるところだったんです。

ですので、何か心当たりがありましたら、今すぐ私に教えてください!アーベントロートにいる全員の命に関わることですので、どうか!

……

……

もしかして……まったくないのですか?

ああ、何も思い当たらない。

……では万が一のために、事務所で検査を受けて頂きますけど、一緒に来てもらえますか?

数値を見る限りでは、エーベンホルツさんは至って健康そのものクライデさんも鉱石病の症状が安定してるだけですね……

そんなバカな……
(アンダンテが近寄ってくる)

ハイビスカスさん、今度はアーベントロートザールの後ろで楽器屋さんを開いてる店長さんが発症してしまいましたよ!

――容態は?

まだマシです。ご本人ならホッホガルテン区にある病院と協定契約を取っていたので、すでにそちらへ運ばれていきました。

その人もまた潜伏していたんですか?

はい、昨日午後にはまだ“どこも調子は悪くない”と言っていたのにどうして……

とにかく、私もそこの病院に行ってきますね、病院側が契約内容を改竄しちゃったら面倒なことになりますので。

あとですけど、そちらのお二人はどうすれば……

私が見ておきます。

分かりました、じゃあ行ってきますね!
(アンダンテが立ち去る)

……改めて聞きますけど、本当になにも心当たりはないんですか?

今はもう時間が命ですので、何かあったら隠さずに教えてください!お願いしますから!

……

じゃあこうしましょう。エーベンホルツさん、外で少し話をしましょう。

クライデさん、中で少しだけ待っててくれますか?

私だけ呼び出してなんのつもりだ?

誤りがあったことには率直に謝罪をします、ただとても言いにくいのですが……

できれば今後はクライデさんから離れて頂きたいんです……

なぜ彼じゃなくて、私にそれを言うんだ?

私がその“潜伏期間”を作り出しているとでも疑っているのか?

……そうではありません。

仮にあなたが元凶なら、私もヴィシェハイムの保安官にあなたを引き渡して、この事態を収拾したいと思いっていますよ、けどそれはあなたが元凶ならの話です。

潜伏現象はすでにあなたがここへやってくる前には起こっていました。私もアンダンテからその報告を受けたからこそ、ヴィシェハイムへ……アーベントロートへやって来たんですから。

じゃあなぜ私を――

待て、私がここへ来る前からもうすでに起こっていただと?じゃあクライデは?

この現象が起こったのは……まさに彼がここへやって来た直後だったのです。

クライデがヴィシェハイムへ来た直後って……そんなことがあるか!

クライデさんがアーベントロート区へ来たのとほぼ同じ時期に、実は一部の感染者の検査数値が徐々に改善していったんです。

あの時はまだ影響が小さかったため、神経質なアンダンテ以外、誰もその数値の変化には気づかなかったんですけどね。

けどあなたとクライデさんがあのコンサートの申し込み会場で出会ったことで、クライデさんがもたらす影響も強まってしまったのです。

アンダンテがロドス本艦へ送った報告書によれば、もしクライデさんのみであった場合、ここまで状況が悪化するには最低でも半年の時間を有するとのこと。

けど現実は違った。あなたがここへ来たことによって、ほんの数日という短い時間内でこの有り様になってしまったのです。

……

是が非でも説明して頂きますよ。一体なぜこんなことになったのかを。

説明ができなくても、せめて収拾がつかなくなる前に、今の状況を食い止めなければなりません。

ですので……どうか即刻アーベントロート区から、ヴィシェハイムから……

……コンサートはどうなるんだ?

コンサートって――今更何を言ってるんですか?

もし仮にこの潜伏現象がアーツによるものだったとすれば、あなたたちの演奏でそれが大幅に増幅してしまう可能性だって――

……まさか……それがあなたの……

そこまでにしてくれ。

包み隠さず言わせてもらうが、そんな根拠も乏しいまま疑われるのは心底腹が立つ。

今はもうあなたの腹が立つ立たないの問題じゃないんです!

そんなこと分かっている!

……だから、少しだけ時間をくれ。

どのくらいですか?

早くて数時間、遅くとも……

……いや分からない、だが必ず後で貴殿のところへ向かおう、約束する。

分かりました、必ずですよ。

そんなの――ボクはイヤですよ。

……?

せっかくコンサートに参加する資格を手に入れて、ツェルニーさんから認められたなんですよ、エーベンホルツは!なのにそんな中途半端にそれを投げ捨てるだなんて……あんまりです!

この現象はあなたが駄々をこねていれば解決できるような問題じゃないんです、人命に関わってるんですよ!

でも――

エーベンホルツさん?

エーベン、ねえ、どこに行くの?

エーベン!

ひどく息が荒いですが、もしかしてここまで徒歩で帰ってこられたのですか?

そんなことはおやめください。もしバレてしまえば――

バレる、だと?

今更貴殿に隠したいことなどあるはずもないではないか。

聞くが、貴殿の言うヴェルトリッヒ・メロディエンの共鳴は、他者にも影響を与えてしまうものなのか?

共鳴がですか?そんなことはございませんよ。

意図的に人に向けなければ、メロディエンの共鳴が人に影響を及ぼすことなど万に一つもございません。

ではなぜハイビスカスは私とクライデがこの現象の元凶だと言っているんだ?

ハイビスカス?どちら様でして?

ヴィシェハイムへ出張しに来たロドスのオペレーターだ。

ほう、ロドスはこの現象を“潜伏期間”と呼んでいると……ふむ、流石はこの分野における専門家ですね、簡潔かつ正確に言い表せている。

……やはり何か知っているのだな。

近頃アーベントロート区内で起こっている異常現象のことを指しているのでしょうか?それなら私の耳にも届いております。

一体あれはどういうことなんだ?

一言で申し上げますと、クライデ殿の体内におられるヴェルトリッヒ・メロディエンは制御不能になってしまったのですよ。

制御不能???どういうことだ?

エーベンホルツ様がアーツを展開すれば、体内におられるメロディエンは活性化されます。その際貴方様のアーツは増幅されますが、同時に何か音が聞こえてきませんか?

確かにアーツを展開する際はつんざくような旋律が聞こえてくるが、それがどう制御不能になるというのだ?

クライデ殿のメロディエンは、今エーベンホルツ様のような“沈静化”した状態にあるのではなく、常に活性化してしまっている状態にあるのです。

言い換えると、彼はずっと無意識に、周囲にアーツをばら撒いているということになります。

きっとご本人に尋ねても、貴方様と同じように常に耳元で音が聞こえると答えるでしょう。

つまり、メロディエンが“漏れ出してしまっている”と、ご理解頂ければ。

ですので、そのいわゆる“潜伏期間”も、彼のメロディエンが漏れ出したことによって引き起こされた現象なのです――無差別に周囲の源石を活性化させ、源石のエネルギーで感染した箇所を“治癒”する現象……

しかし残念ながら、感染箇所を治癒してるエネルギーの源は、感染者自身の体内にある源石だったというわけです。

クライデ殿の中にあるメロディエンが“潜伏現象を”引き起こし、感染者自身がアーツの媒介となり、体内にある源石をエネルギーとする、そして代償動作の機能が活性化される……これがあの現象の全貌でございます。

おそらくは昔から、クライデ殿はずっとあの状態のままでいたのでしょう、周囲の感染者に影響を及ぼしてしまうという状態に。

仮にそうだとすれば、彼のその異常はとっくに周りにバレているはずだろ!なぜそれが今になって浮彫になってきたのだ!

これも貴方様のおかげでもあるのですよ、エーベンホルツ様。

私のおかげだと!?

共鳴でございます。

……共鳴がクライデの中にあるメロディエンの漏洩を強めたせいで、潜伏現象がここ数日で爆発的に増えてきたということか?

その通りでございます。

そうか、完全に理解した。

なら貴殿の計画からは脱退させてもらう。

よろしいのですか?すでに自由は目前でございますよ?

自由は欲しいが、一地区全員の命と引き換えにしてまで欲しいとは思わんさ。私はそこまで狂っちゃいない。

ロドスの言いがかりに怖気づいてしまわれたのですね……

確かに潜伏現象は由々しき問題です、しかし貴方様とクライデ殿は後日にコンサートを控えておいでではありませんか。

その日まで待って、体内におられるメロディエンがなくなってからヴィシェハイムを出てもよろしいのでは?その場合なら、感染者が数名犠牲になる程度で済みます。

これは千載一遇のチャンスなのですよ。今ここで計画から脱退してしまえば、ウルティカ伯という名も永遠に貴方様につき纏ってしまうことでしょう。

それでもよろしいのですか?

……いいわけないだろ、だがそうせざるを得なくなったんだ。

そういうわけだ。色々と世話になったな、ゲルトルート伯、さらばだ。

どこへ行かれるのですか?

私に構うな。

足元がふらついておりますよ。頭痛が発作したのですか?

言ったはずだ……

私に構うな!!