
……サニー。

私たちは自ら被験者に志願したんだ、だからドロシーさんを傷つけることはやめてくれ。

モーア先生、お前は一体……誰に代わって喋ってるんだ?

……

メッセージが。

今までとは異なるメッセージが届きました。

ッ……

ジョイス、また頭痛?

身体に問題はありません、サイレンスさん。

システムの中枢に無許可にデータが入り込んできたので、少々処理を必要としただけです。

……データ?

そうだ……サニー、分かっているさ……

これは……一種の冒険なんだって。

どういう結果を迎えるかは……俺たちにも分からない、でもこれは俺たちが始めたことなんだ。

データ転送が中断されました。システムの判断により、上述したメッセージの受取人をサニーさんに設定致します。

モーア先生、その口調はまるで俺たちの……そこに眠ってる被験者のうちの一人とそっくりだ。

その仮定は実証できかねます。

データソースは不明でした、ですので私はただ彼ら彼女らを感じ取っただけです。

おい、彼女の言ってることは本当なのか、サイレンス先生?モーア先生は本当に俺たちの仲間の声が聞こえていたのかよ!?

……“受け取った”じゃなくて“感じ取った”?

はい、サイレンスさん。

夢の内容に変化が生じたんです。

どんな夢を見たの?

解析します……解析が失敗しました。

いつもと全然目つきが違う……もしかして悲しんでるの?

ただ、エッジシステムから強烈な揺らぎを検知することはできました。

……ダラ。

ダラレイド?また彼女が出てきたってことは……九号デバイスはフランクス主任の実験とも関連性があるってこと?

理論的な関連性ではありません、むしろ感情的な動機と関連性があるとフィリオプシスは考えます。

私はこう感じ取りました、サイレンスさん。これは私たちの選択である、と。

あなたたちの……選択?

……

サニーさん、もし私が全力で今まで起った齟齬や誤解を解いてあげるって約束したら、ドロシー・フランクス主任を許してくれる?

……お前がずっと俺たちに手を貸してくれたことには感謝してるさ、サイレンス先生。俺たちに実験の真相を暴いてくれたことにもな。

先生が俺たち側に立ってくれていることは分かっている――

だがこの女がこの先もう二度と同じ実験を繰り返さないって保証はできるのか?

……

保証はできない。

でも万が一彼女がその実験を繰り返したら、私があなたたちに代わって止めてあげる。

ふぅ……実験は停止、ドロシーも無傷、被験者たちの意識も徐々に回復傾向にあると……

それにしても、未だに信じられないよ。

ご心配なく、感情の起伏は正常な現象です。

ホントいいタイミングに目覚めてくたね、ジョイス。

まさかオリヴィアがあんなに怒るなんて、初めて見たよ……ドロシーを見殺しにするんじゃないかってヒヤヒヤしっぱなしだったし。

でも、一体どういうことなの?キミが被験者たちの声が聞こえるなんて……

彼らの意識はドロシーの“セントラル”と繋がってるのに、どうして外部の人間であるキミまでもがあれに巻き込まれていたの?

九号デバイスと“セントラル”は関係ないって、キミ言ってたよね?

信憑性のある情報が不足、正当は判断をジャッジでませんでした。

ただ、夢から醒める時、フィリオプシスはマイヤーさんの声が聞こえていました。

夢から醒める時って……

廊下であの騒ぎが起こった時のこと?どうしてそれで……それよりも前の戦闘でも起きなかったのに……

おっかしいなぁ……

でもまあ、万事解決できてよかったよ、オリヴィアのおかげだね。

はい、想定通りにやってのけてくれました。

今思うと……彼女も色々変わったね。

知り合ったばかりの頃はまだ……うーん、大学でよく見かける優等生、みたいな?物静かで、あんまり喋らないタイプの。

その描述はフィリオプシス内にある記憶と合致します。

あの時ドロシーを問い詰めたと思ったら次の瞬間には庇い始めるものだからさ、もう彼女が誰なのかすら分からなくなりそうだったよ。

あの姿はまるで……あの人みたいだったなぁ。

ウビカさん、もしかしてサリア主任を連想されましたか?

な、なんでそれを……?

ぜ、絶対に、絶対にオリヴィアに言っちゃダメなんだからね!

サイレンスさんならそのようなことであなたと彼女の間にある友情関係を疑問視したりはしません。

……分かってるけどさぁ。

でも友だちとして、こんな面倒臭い時に不愉快な過去を思い出させたくはないじゃん?

理解できます。

まあとにかく行こっか、私もそろそろ自分のやるべきことを終わらせなきゃ。

通信は……まだ直ってないの?ヤバッ、主任怒ってなきゃいいんだけれど……

それに、姉さんが送ってくれたメッセージも溜まってるだろうなぁ……

フランクス主任、そろそろ実験区域から出ましょう。

……ちょっと待っててね。

実験は中止させられたけど、彼らがこのラボを残してくれるとは思えないわ。

だからちょっと……持ち出したいものがあって。

これは……写真?

そう。

映ってるのは、みんな開拓者ですね……

この子供は……主任ですか?

……サニーさんに言ってたことだけど、あれは全部本心よ、サイレンス先生。

私の母、家族はみんな……開拓者だったの。

小さい頃から自分たちには夢があるって聞かされてきたわ。みんな頑張ってきた姿や藻掻いている姿も。

みんながいたおかげで、私は今こうして自分の夢を追えることができた。

でも私が手にした幸運は……ほとんどの開拓者たちからすれば手の届かない遥か彼方にある存在。

ご家族のほうは今どうして……

……ほとんど、私から離れていっちゃった。

アイアンフォージにある理工大学から招待を受けたことがあるの、そこの所謂“ジーニアスたち”が開催する夏季合宿のね、それに参加しようと市内に戻った時に……

天災が私の母のいる臨時拠点キャンプを破壊していったわ。

研究者になる……それが母の願いだった。でも母はもう、私が奨学金を手に入れて例外的に合格できたといういい報せを聞くことはできなくなってしまった。

心中お察しします……

ねえサイレンス先生、この実験を中止することって、本当に正しい判断だったのかしら?

あの開拓者たち、絶望に追い込まれてしまった人たちは、もしかすれば明日にでもまた厄災や悪運に見舞われることになるわ。

そんな彼らを、本来なら私たちが救ってあげることができたのに……

彼らまでもが絶望の果てに、砂嵐に呑み込まれる必要はないのよ。私の家族と同じ道を辿る必要なんてどこにもない。

……
(回想)

なぜそのようなことを私に聞くのかな、サイレンス?

私の実験がなければ、ハイドン一号実験室から出てきたあの子は数日も経たぬうちに死んでしまうかもしれなかったのだぞ?

私たちはあの子を救い、君に世話を焼かれ、さらには衣食住を与え、科学の進歩のために貢献してくれた――

荒野を彷徨い、ひっそりと鉱石病で死にゆく子供たちと比べて、あの子はもう充分すぎるほどの幸運だよ。

私は君をあんなにも信頼し重視してきたというのに、君は……あの瑣末な操作上のミスで私を責め、科学そのものを責めるつもりなのかい?
(回想終了)

……分かりません。

私がそれに答えていいとは思えません。

ジョイスに気付かされて、私分かったんです――

たとえ生涯あなたたちに、あなたの行いに賛同できなかったとしても……私個人の指標であなたのすべてまでをも否定してはいけないって。

自ら生じさせた疑いと不確定要素に苛まれてしまうのは、まさしく私たち自らが選んだ運命じゃないですか?

研究者である以上、答えは自分で探すしかないんです。


配置はできたか?

こちらの人員がすでに基地に突入して、実験区域へ向かっております。

よし、準備を怠るなよ。
(無線音)

大佐殿、少々遅れを取ってしまって申し訳ありません、ただもう少しだけお時間を頂ければ……

……クルーニー君、部外者までもが基地に入ったことは聞かされていないぞ。

部外者……あの製薬会社のことですか?

ご心配なく、向こうはライン生命の提携先です、必ずや……

保証は結構だ、そんなものにもう価値はない。

結果だ――結果だけを寄越したまえ。

遅れてしまってることは大変申し訳なく思っております、ただ……

結果が出ないのならばそれまでだ、少なくともこちらに迷惑をかけるんじゃないぞ。

肝に銘じておきたまえ。
(無線が切れる)

……

フェルディナント主任、続けますか?

……この状況下でほかの選択肢があるとは思えんが?

了解しました。

そうだ……

特殊通信チャンネルを繋げてくれ。

あれ……通信?急に繋がった……
(無線音)

……エレナか?

主任!

よかったぁ、ずっと連絡を入れたいと思ってたんですけど、全然繋がらなくて……私からのメッセージは届きましたか?基地で起こった出来事を簡単に書き記して送ったんですけど。

ドロ……その、フランクス主任の実験でちょっといざこざが起こっちゃいまして……ああでも大丈夫ですよ!私とサイレンス研究員でなんとかしておいたので。

それと開拓者のほうも、今は落ち着いていますよ。ちょうど実験区域から出るつもりでして……

……それは分かっている。

えっ……知ってたんですか?早いですね……さすがです。

君は自分のやるべきことをやってくれた。後のことは他の人たちに任せてやれ、彼らが現場を片付けてくれる。

あっ、警備課のことですか?やっと来てくれるんですね?

ふぅ……なら安心しました。実験区域で保管してた伝達物質のことを思うとずっとヒヤヒヤしてましたから……

]警備課の人たちが手はず通りに進めてくれる、君はもう帰ってきてもらっても構わない。

いや、やっぱり残って手伝いますよ。ドロシーを除いて、この基地の中で一番あの実験に詳しいのは私ぐらいなんですから。

今私は監視所にいる、主任が二人揃ってもなお現場を管理できないと言いたいのか?

いや、そういう意味じゃ……

ならさっさと基地から出るんだ、私の言う通りにしろ。

その前にどうしてか聞いてもいいですか?

そんな意味のない質問で私の時間を無駄にするな。いいから今すぐ監視所まで戻ってこい。

……分かりました。
(無線が切れる)

……

どうかされましたか、ウビカさん?

主任……フェルディナント主任が早くここを出ろって。

基地から出ろ、ですか?

とりあえず、先にオリヴィアにも伝えておいて、ジョイス。警備課の人がもうすぐこっちに来るって。

では、エレナさんはここを出るのですか?

それなんだけど……主任の様子がちょっとおかしかったんだよね。ドロシーの直近の進捗なら向こうは把握できていないはずなのに、どうして実験室で起こった状況にあんなに無関心でいられるんだろう?

フェルディナント主任、エレナさんがまだ実験区域から出て来ておりません。

……

計画を中止しますか?

……バカを言うな。

続けろ。

全員外に運び終えたか?

ああ。

次。

あいつら……何をやってるんだ?

予防プログラムとかなんとか言ってたな。どうせ俺たちに鎮静剤とかを打ってるだけだろ。

言ったって俺たちはそれなりに大騒ぎを起こしちまったからな。そうだろ、ボス?

……向こうが聞いてきたら、事態を引き起こしたのは全部俺だって言うのを忘れるなよ。

安心しな、あんた一人だけに背負わせたりはしねえよ。

ったく、お前ってヤツは……

次。

……サニー・ロマーノだ。

名前は聞いてない。

すまないがお前たちのボスに伝えてもらえないか?今回の誘拐事件はすべて俺がやったことだ。

……

右手だ、はやく出せ。

注射はいいが、それが終わったら今回の事件も処理をしてくれるんだろうな?
(エレナがサニーを突き飛ばす)

どわっ……ウビカ博士?急にぶつかってきてどうしたんだ?

それを注射しちゃダメ!

博士、こちらの作業の妨害はやめて頂きたい。

ちょうどよかった、キミのその注射器に入ってるソレ、それが私のやるべきことの成果ってヤツだよ。

その注射器に入ってるソレの適用対象を説明してあげようか?

なに?こいつらは博士とサイレンスの仲間なんじゃないのか?

キミねぇ……私たちのことはまったく信用しなかったくせに、なんで初対面から注射しようとしてくる人をそんな信用できるのさ!?

いいからその腕につけてるリングも外して、ほらはやく――

……緊急メディカルリングがどうしたんだ?

キミたちが注射されてるのを見てやっと思い出したよ、なんでジョイスが目を覚めたのかって!

このメディカルリングの仕業だったんだ!

キミたちに配られたこのメディカルリングは改造されてたんだよ。この中にはドロシーの実験室にあった計測機器と似たようなセンサーが埋め込まれてる、それが伝達物質と接触してしまえば……

主任に報告しなきゃ……最初から私たちは何者かに利用されてたんだって……

通信が、また遮断されてる?もう、なんでこんな時に限って……

どうした?

……

そう……そうだったんだね。

私は、ずっと……

どうしたんだ、ウビカ博士?泣きそうな顔をしてるが……

……泣きそうな顔って、ううん、私はただ……

いや、今はそんなことはどうでもいいの。

事態はまだ収まってないよ、サニー。キミたちの敵は最初からドロシーなんかじゃなかったんだ!


