
もうどのくらい戻ってないんだっけ、サリア?

……ん?

ありゃ、ボーっとしてたの?

珍しいね……基地のことでも考えてた?

ハイドン一号実験室を憶えているか?

もちろん、イフリータがそこで見つかったんでしょ?それにあたしと二人で現場を調査しに行ったじゃん。

それから数百か所、似たような廃墟を見つけたんだ。

軍と提携するのは極めて高い危険なリスクが付く。過去のライン生命はそんな提携先の陰に隠れて、ああ言った危険な実験を行うその他のラボを操ってきた。

だが今回、フェルディナントは自ら公に出ることにしたんだ。

これは少しのミスでも起これば、ライン生命が次なる廃墟になることを意味する。

もし本当に失敗しちゃったら……フェルディナントもその廃墟に横たわる屍になるってことだね?彼の本当の死因も永遠にニュースに載ることはないと。

もうフェルディナントに逃げ道はなくなった。今回の実験で、ヤツは成功するしかほかに道はない。

うーん……

もしかして、サイレンスたちが心配なの?

……

ただリスクを分析していただけだ。

あなたが口ごもるとはね。

でもまあ、彼女ならきっと無事だよ。イフリータのために、彼女は年々強かになってきたんだからさ!

それは私を慰めているのか、ミュルジス?

そんな必要はない。

サイレンスとフィリオプシスの実力なら一度だって疑ったことはないさ。彼女たちならきっと自分の責務を全うしてくれる、我々もな。

・我々のコンビネーションは息ぴったりだ、心配ない。
・私もオペレーターたちを信じている。
・サリアもますます人間味が増してきたな。

あたしずっとロドスのそういう仕事上の関係が羨ましく思ってたんだよね~、言ってたっけ?

ふ~ん、言うねぇ~、あたしもそっちに鞍替えしちゃおっかな~。

でしょでしょ、あなたもそう思う?

あたしだけの勘違いじゃないかって思ってたけど、違ったみたいだね。

……多数のパワーアーマーが接近してくるシグナルをキャッチした。

またあのリーベリの傭兵のお出ましだぞ、ドクター。

もしくは最初からヤツはここを守っていたのかもな。

ねえドクター、本当にクリステンはここにいるの?

今回の実験でフェルディナントは絶対に失敗するわけにはいかない、それはサリアの言う通りだよ、でもあたしたちも失敗を犯す暇はないはずだけど?

総括を世間からくらませる、それがフェルディナントの狙いだ。

・ならそれを実行できる場所はあそこだけだ。
・なら隠すのに最適な場所はあそこだけだ。

……ライン生命の本部か。

まあ、やっぱりそこだよね。

クリステンと連絡がつかなくなってから、彼女の自宅に行ったり、実験基地に行ったり、なんなら彼女がよく行ってた場所にも行って探し回ったんだけど、まさかね……

総括が大人しく自分のオフィスに残ってくれることはめったにない、これライン生命の常識ね。

それがまさかあたしらのすぐ上にいたとは、まさに灯台下暗しってヤツ?毎日オフィスビルの中で忙しなく総括の行方を探っていたスタッフたちもビックリ仰天だよ、まったく。

スキャン完了。

ドクター、あんたの予想通り、ライン生命本部ビルの出入口の通路で武装した連中が大量に配置されている。

今のライン生命はすでにフェルディナントが掌握したようなものだ。

わたしやミュルジスもそこに含まれている。行こう、油断するなよ。

……そいつらを捕えろ。

まずいなこりゃ……
(エレナがアーツを放つ)

なにボケっとしてんの!?

全フロアに告ぐ、実験区域の入口で異常事態が発生。開拓者一名とライン生命の研究員一名が……がはッ!
(ライン生命警備課員が殴られて倒れる)

結局人を傷つけなきゃならないのか、俺は……

……正当防衛だよ、あとで私が証明してあげるから。

それよりも左手側に緊急用の脱出通路がある、そこに行こう!話はあとで――

おい、誰か追ってきたぞ!

備えてて。
(エレナがアーツを放つ)

ちょっ、なんでキミが!?

え、エレナさん……

咄嗟に撃っちゃったけど大丈夫?傷はついてない?

大丈夫ですよ、撃ってくるだろうなと思って、こっちも構えていたんで。

全員そこを動くな。

キミは……

ツリーマウンズ警察局、巡査部長のマリー・バナーよ。

今ちょうど誘拐と傷害の罪がかかった容疑者を追ってる最中なの、すまないけど協力してちょうだい。

容疑者?

……マリー。

あなたをとっ捕まえるのに随分と手間がかかったわ。ねえ、“隊長”さん?

武器を地面に置いて、両手を上げなさい。

右手を出せ。

……

ほらはやく、右手を出すんだ。

……注射器?

待って、何をするつもり?

ただの身体検査だ。

この実験区域で危険物質が漏出した可能性があると通達された。だから規定に従って、ここにいる全員に予防措置を行ってもらっている。

じゃあその注射する薬剤を先に見せてもらってもいい?

緊急事態なためそんな暇はない、すまないがどいてくれないか。

警告、あなたの行為プロセスは以前の記録とは合致しません。

それ、まったく規定に準拠していないんだけど……

規定?ハッ、ライン生命から……追い出された研究員なんぞの説教を受ける筋合いはないね。

ッ……

じゃあ私はどうかしら?
(ドロシーが近寄ってくる)

私が言ったら注射器を見せてもらえる?

フランクス主任……

私はここ359号基地の総責任者です、直ちにあなたたちの目的を教えなさい。

……申し訳ありませんが、現在この基地はすべてフェルディナント主任の管轄内にあります。

フェルディナント主任の命令がない限り、あなたであろうと我々の行動を詰問する権限はございません。

実験プロジェクトの責任者のポスト人事を握ってるのはライン生命の総括だけだったはずだけど?

どうしてフェルディナントにそんな越権行為ができるわけ?

その質問にはお答えできかねます。
(無線音)

よし、もうここら辺でいいだろう……

総員に告ぐ、任務は達成した、直ちにその場から撤退せよ。

……撤退、していってる?

はい、警備課の方々が迅速に基地から離脱していっています。

開拓者たちを連れていくんじゃなかったの?まさか私……フェルディナントのことを誤解してた?

フェルディナントは……

あがッ――!
(開拓隊隊員が倒れる)

注射した開拓者たちが全員昏迷状態に陥ってしまいました、サイレンスさん。

直ちに応急処置を!

フランクス主任、応急処置の知識はありますか?主任にも手をかし……フランクス主任?

……

マリーさん、サニーさんを助けるはずだったんじゃ……

あんな手紙ごときで考えが変わるはずがないでしょ!

……手紙を読んでくれたんだな。

同情を誘う手段は一回きりよ、二度目は通用しないわ、ロマーノ。

あなたを取り逃さなくてホントによかった。さもないと、またいつどこで私に“サプライズ”をしてくれるか分かったもんじゃないからね。

信じてくれないのか……

あなたの何をどこを信じればいいって言うのよ!?

四年前、私はあなたを信じ、収容区域に連れて行かれないようにあちこちで匿ってあげた――

それなのにあなたは……あんなのことを……

あの頃の俺は、鉱石病とバカ高い保険料でイカレる一歩手前だったんだ、だからやむを得ず……

だからやむを得ず窓から私の部屋に侵入して、金目の物を全部出せって脅してきたわけね――あのクソみたいな保険料に充分の費用を納めれば、俺はまた弁護士に戻れるんだってほざきながら!

……

お婆ちゃんがあれでどれだけショックを受けたか知ってるの?あれからもう寝たきりなのよ!あんなにあなたによくしてあげたのに、小さい頃から私よりも優しくしてくれた恩義を忘れたのか!?

それにあなたが怯えながら逃げて行った後、こっちはどれだけ心配したか……ほかの警察に逮捕されるんじゃないかって、それで仕事を失うリスクを冒しながらもずっとあなたを匿ってあげたのに……

何も知らないくせに!

あなたは最初から血も涙もない私利私欲な犯罪者よ!あなたなんかに、優しくするんじゃなかった……

マリー巡査部長!

キミたち二人にどんな因縁があるからは知らないけど、今すぐここから離脱しないと――

何よ、自分を誘拐した犯罪者を庇うつもり?

違うよ!よく聞いて、本当の黒幕はライン生命であって……
(地面が揺れる)

この揺れは……

ッ……建物内から伝わってきてるぞ?

……ドロシーの実験室からだ。

逃げて!!!

あぁ、本当に……産まれてしまった……

この強烈で……とてつもなく広範囲な揺れ……まさか天災?

いや天災じゃない、実験室からだ……
実験区域の中央、本来なら堅牢無比なる建物に亀裂が走った。
亀裂は震動で生まれたものではない。
建物は姿形のまま、そのまま引き裂かれたのだ――建物内の最深部から。
ナニかが“殻を破って産まれてきた”のだ、少しずつ、しかし素早く。
そして刹那、建物半分が丸ごと呑み込まれてしまった。
その廃墟の上、銀色が基地全体を自らの抱擁に収め込んでいる。
新たに産まれた巨大なナニかが自身の幾何学的な身体を旋回させ、冷ややかに地上の人々を見下ろしていた。

……
眼前にかような一幕が起こっても、それは彼女の予想の範疇であった。
一切の原理を知り尽くし、如何なる可能性すらもシミュレーションしたからだ。
だがそんな彼女でさえも今や呼吸を忘れ、瞬きを忘れ、足元に震える大地の存在と、周囲で吹きすさぶ狂風の存在を忘れてしまっていた。
彼女がずっと夢に描いた青写真が、彼女が口にした一言の約束が、生きた現実になったからだ。

なんて、美しいの……
だが異様にも恐ろしくさえ思えてしまったのだ。

伏せて――

……
(サイレンスがドロシーを突き飛ばす)

ボーっとしないでください!さっき立ってた場所……あと少しで瓦礫の下敷きになってたんですよ!

……もう間に合わないわ。

何がです?

先生、あなたは私を阻止できなかった。私の実験は……成功してしまったのよ。

フェルディナント主任、実験区域にいるアレは一体――

恐れているんだな。

恐れてるって……ハハッ、そんなまさか。むしろ感動すら覚えましたよ、あの成果に!心よりフェルディナント主任と……フランクス主任にお祝いを申し上げます。

フッ、歯が震えているじゃないか。

あ……あはは……

だがそれでいい。

大いなる未知を恐れるのは、弱き者たちの本能だからな。

そ、そうですね!主任のこの成果を前にすれば、我々の敵も……クルビアの敵もきっと恐れをなし、全身を震え上がらせることでしょう!

敵を震え上がらせる?

フッ、それは軍の仕事だ、我々のではない。向こうは私に出資し、私は向こうに武器を与えた――相互利益というヤツに過ぎんさ。

だが、君のおかげで気付かされたよ。

そろそろ次の実験フェーズに進もうじゃないか。

……しかし、それではあの物体を刺激してしまわないでしょうか?もし基地にいる人たちを襲ってしまったら……

彼らの貢献は偉大なものだったよ。

せめて名前だけでも憶えてやろう。

歴史にその名が刻まれる、真の開拓者たちとしてな。

彼らは恐れを抱かぬ精神でこの巨大な猛獣を育て上げた。そして私はその猛獣を飼い慣らし、利用し、我々の手と両目に仕立て上げる。

そう、我々の先祖のように。駄獣を駆使し、文明に荒野を征服させたあの勇敢なる開拓者たちのように――

我々もやがてはこのテクノロジーから産まれた獣を駆使し、さらなる前人未到の地を切り拓いていく。

――我々こそが、文明の境界を広げていくパイオニアとなるのだ。

あれは……あの銀色のバケモノなのか?なんなんだよ……あの巨体は……

――
(マリーがクロスボウを放つ)

通用しないよ!一般的な攻撃じゃ!

クソ――バケモノめ!

矢が……見えましたか?
最初に放たれた三本の矢が真っすぐ銀色の物体に迫っていくも、徐々に、そして見間違えないほどの遅さに速度が落ちていく。
だがしかし、なぜだが矢は落ちなかった。
やがて三本の矢は銀色の光に包まれてしまい、あっけなく一斉に衆人たちの視線から姿を消してしまった。

……魔術でも使えるのあのバケモノは?

分解されたんだよ、あれは。

今はまだ大人しくしてるからいいものの……

みんな避けろ!
(爆発音)

くッ……今のはなに?エネルギー砲?それともボウガンの矢?速すぎて……まったく見えなかったわ……

アレの移動と攻撃手段のことなら常識で考えないほうがいいよ。

アレからすれば、移動も攻撃も同じことなのかもしれないから……

もし仮にアレが……ドロシーの実験の最後の産物だとすれば、この基地全体がアレの感知範囲内に収まってることになる。

アレの気分次第で、瞬時にその感知範囲内にあるすべての物体の物理的な性質を変えられてしまうかもね……

分かりやすく言い換えると、私たちはやんちゃな子供が遊ぶ粘土みたいにこねくり回されるってこと?

……そんな感じ。

だからもうこれ以上攻撃はしないで、巡査部長さん。じゃないと、数分以内に基地全体が更地にされちゃうかもしれないよ!
(爆発音)

なっ……マリーさん、まさかまた……

私が大量の爆弾を搭載したドローンで攻撃したって?

そんなわけないでしょ!

だとしたらライン生命の人たちが……あの実験体を倒しに来てくれたんじゃないでしょうか?

そんなことないよ。

さっきも言ったでしょ?

……基地全体が更地にされることか?

それがもう始まってしまったんだよ……

おいおいウソだろ、俺の目がおかしくなったのか?あのクレーン車……まん丸の球体に変わっちまったぞ?

もしこの基地がダメになったら、ツリーマウンズ……いや、ほかの都市の人たちも状況が掴めない間にこの事態に巻き込まれてしまう。

自分たちが寝てる間に、バカな科学者連中が産み出したバケモノに捏ねられて肉団子にされるとか、ジョークにしても笑えないわ!

……

私たちもはやくここから逃げるわよ。

……知らせなきゃ。

外にもこのことを知らせなきゃ。あの人は、とっくにこの事態を引き起こそうとしていたんだ……

誰のことだ?ドロシー・フランクスか?

ううん、違うよ。

――ずっと私を騙して、振り回してきた人のことだよ。

彼はキミたち開拓者の存在を……この基地で起こった出来事すべてを揉み消すつもりなんだ。

ライン生命も、きっとすでに彼についてると思う……

警察局もその人に買収されてそうね。

どこのマスコミもこの事件に対してはだんまりだろうな、賭けてもいい。

ならその情報を知らせる相手のことはもう分かってますよね、エレナさん?

……うん、ロドスに知らせるよ。

じゃあ今すぐボクがサイレンス先生のところに行って伝えておきます、最重要任務ですから。

ダメだよ、あそこに閉じ込められたらどうするの……キミまで死ぬかもしれないんだよ!

……ボクはドクターとあなたを信じていますよ、エレナさん。

ボクたちならきっと成し遂げられるって。
(グレイが走り去る)

……私を、信じてくれるの?

私にも何かできることは……考えろ、考えろエレナ……

そうだ、監視所……監視所に行かなきゃ。

……乗ってく?

その車両って……

ライン生命から借りてきた。

私も戻って真犯人をとっ捕まえなきゃならないから、ちょうどいいし乗って行けば?

なら俺の席は空いてるか?

色々分かってきたが、それでも俺はお前の容疑者なんだろ、巡査部長さんよ……
マリーは言葉を返さなかったが、サニーに手を伸ばしてくれた。
片やエレナも同じくサニーに手を伸ばす。
そしてサニーは彼女らの手を握りしめ、唸る車両に飛び乗ったのだ。
警官一人、開拓者一人、そして研究者一人――三人が基地の端へと向かっていく。
彼女らの背後には砂嵐が舞い、追いかけてきていたが、ついぞ彼女らを留められず置いて行かれてしまったのだった。






