(回想)
……先方が投資を約束してくれたよ、サリア。
見事なスピーチだったからな。あの投資先たちはみな、お前の描いたヴィジョンに感銘を受けたことだろう。
ヴィジョンか……そうだな。
私は彼らでも理解できる言葉を使って彼らの興味を引く副産物を述べただけさ。
たった一晩限りの時間だったが、十日もラボに引き籠もってた時よりも疲れたよ。
しばしの忍耐も必要なものだ、耐えてくれ。
資金の問題を解決すれば、いつだってラボに戻れるんだ。
君が私を理解してくれているのが唯一の救いだよ、おかげでああいったことも耐えてられる。
そうだ、あのフェルディナント・クルーニーという学者もお前の提案に興味を示していたぞ。
「ライン生命でテラ最強のラボを建ててやる」――そう言っていた。
ならば歓迎しようじゃないか。
ヤツの身辺を調べてみた。
あれは学者というよりもビジネスマンだな。おそらく完全にはお前を理解し得ないだろう。
いいや、サリア。
他者の理解など私には必要ないさ……同じ志を持つ君と出会えただけで充分だ、私の予想すら超えた出会いだよ。
現段階のライン生命は多くの人手とプロジェクトが必要になる。私たちの最終的な理想を実現するためにも、これらを積み重ねていかねば。
……総括はお前だ、そういうのはお前が決めてくれ。
フェルディナントの一部の手法だが、コンプライアンスに反するものがしばし確認された。今もいくつかのプロジェクトがほかの企業及び政府の私的な取引に抵触している。
今後の協力規範のためにも、私があとでもう一度ヤツと話し合っておこう。
私の代わりにそういう仕事をやってくれるんだね?
私は警備課の主任だ、そういう責務を負っているからな。
だがあの盲進っぷり……今回ばかりはお前やライン生命にリスクを持ち込みかねないぞ。
待った――
新しいアイデアが思い浮かんだ、もしかすれば以前書き上げた理論に存在する瑕疵を正してくれるかもしれない――すまないサリア、さっきは何か言ってたか?
……いいや、なんでもない。
君にはいつも感謝してるよ、サリア。
君が傍にいるおかげで、私は自分のことに集中できるのだから。
(回想終了)
……お前は助けを必要とするような人間じゃなかったはずだ。
だがそれでも君は来てくれた。
……
その表情……怒っているんだね。
しばらく外を渡り歩いたことで感情表現が豊かになったんじゃないのかな、サリア?
答えろクリステン――
359号基地の実験を許可したのか?
していないさ。
私は一度だって君にウソをついたことはなかった。
その点は君だって分かってるだろう?
……あの基地で何が起こっていようが、お前は何も興味関心を抱いていないのだろ。
だからフェルディナントを野放しにした。
あの時、パルヴィスの実験を野放しにしたのと同じようにな。
彼の実験?それはどの実験のことだい?
憶えていないか……
……そうだな、自分の研究と無関係な“些細なこと”など、お前は一度だって自分の記憶に留めておこうとはしなかった。
人間の脳の容量は限りがあるからね。私にとって、もっと価値のあるもので埋めてもらわねば困るよ。
フェルディナントの小細工なら私に少しばかり頭を整理する時間を稼いでくれたよ、おかげで思考に集中できた。
そうだ、ここ数日私の実験も大きな成果を得たんだ、聞いてみるかいサリア?
クリステン……
興味がないわけではないのだろう?
君は今でも……取るに足らない人や物事に引っ張られているんだね。
……取るに足らない人や物事など存在しない。
お前もきっと、その人や物事の重みから逃れることは永遠にできないさ、クリステン。
お前も私も、このライン生命も……この地に根付いているのだからな。
ごめんね、ドクター。
・どうした急に?/
・また考えが変わったとか言うんじゃないだろうな?
大丈夫……まだそっち側だよ。
あなたに手出しはしない、少なくとも今のところはね。
ただ……なんて言えばいいのかなぁ。
クリステンなんだけど、多分サリアにつくとは思えないよ。
・二人は親友だったと聞いた。
・二人の関係は決裂したと聞いた。
ライン生命が立ち上がったばかりの頃の話は、さすがのあなたも知らないよね……
みーんなクリステンが放つ光に目を奪われてたんだ、でも実際にライン生命そのものを支えていたのはサリアのほうだったんだよ。
決裂かぁ……総括のオフィスで大喧嘩して、ビルの天井に穴が開いたことを決裂って言っていいのかな?
あの時サリアは自分であのオフィスから出て行ったし、その後ろにいたクリステンもまったくの無傷だったんだよね。
もしあの二人が……本気を出していたら、あんな有耶無耶に終わることもなかったはずだよ。
クリステンは、フェルディナントがどんな実験をしようが気にするような人間じゃないんだ。
私も彼女の安否が心配だったから、あなたたちをここに誘き寄せてしまった……でもクリステンが基地での出来事に手を出すことまでは、こっちは把握していないよ。
ではフィリオプシスが見た基地での真相が重要になるな。
・ミス・ライトにこのことを知らせてくれ。/
・我々がこの事態を“見た”ことも総括には把握して頂きたい。
クリステンに……基地で起こったことを知らせるだけじゃなく……
あなたたち……ロドスがあの出来事を把握したことも知ってもらうってこと?しかもそっちのほうが重要だって?
・ミス・ライトがあそこで起こった情報を欲しがっていなくても、ほかにも欲しがってる人たちはいる。
・例えばビーチブレラ社など、ライン生命の競争企業とか。
・酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局とか。
・マイレンダー基金とか。
・情報は駆け引きの有効な材料だ。
・一番の自衛手段は情報を掴んでいることだ。
ミス・ライトがまだライン生命を保持したいと思っているのであれば。
必ず基地の出来事に介入しなければならなくなる。
ここに来る前から、すでにクリステンが動くように仕掛けていたということか……
もしかしたら彼女に憶えられちゃうかもね、ドクター?
・協力するには互いを理解し合わなければいけないからな。
・それは光栄だ。
自信満々だね……いや、基地にいる自分のオペレーターたちのことを信じているのかな。
うんうん、それは大変結構。
最後に一つ聞きたい、ミュルジス主任。
・君はあの実験をどう思う?
・君にも何か気掛かりなことがあるんじゃないのか?
……そんなズバッと切り込んでくるとは予想外だね、ドクター。いくらなんでもあたしはこの生態課の主任、そんなズバズバ聞いてくる人なんてそうそういないよ。
うーん……そうだねぇ……
いや、でもさ、ミステリアスな感じがないとあたしの魅力も半減しちゃうじゃん?だからその質問はパスさせてもらうよ。
……ドクターか?
フィリオプシスとリンクした情報なんだが、まだこちらでは入手できていない。
(パワーアーマーが複数現れる)
すまないな、今詳しく報告してやれそうにないんだ……
あと十人……いや、十一人もの中身が空っぽな敵を処理しなきゃならなくてな。
(アーツ音)
そうだ、あと一つ。
ホルハイヤが逃げた。
基地に向かったのかもしれんが……彼女なりの目的ができたのかもしれない。
ああ、予測通り、ビンゴだ。
想定してたよりも、彼女は危険な人物だな。
(アーツ音)
ゲホゲホッ……私の状況か?
心配ない、少々アームがヒートアップしてしまっただけだ。
倒れはしないさ、本当にまずい事態になるまではな。
(アーツ音)
エレナ、君はここに残ってもらう。
]君は実験に多く貢献してくれたし、私も君の成果を尊重している。私と一緒にアレが我々に与える輝きを見届けようじゃないか、君にはその資格がある。
この基地を……ペトリ皿にして、あまつさえあの巨大な物体を産み落とすために、あんなにたくさんの開拓者を危険な目に遭わせておいて……
アイツから災い以外の何を見届けようって言うの!?
私には見えたんだ……
数キロ離れた場所で、銀色の幾何学体がどっしりと基地上空に居座っている。
嵐を引き起こしたかのようにも見えるが、ヤツの周りを覆い尽くしているのは狂風だけではなく、無数もの小さな瓦礫やら破片も舞っていた。
樹木だったものがあれば、建築物や機械だったものもあり、今ではどれも似つかわしくない姿形に成れ果ててしまい、幾何学体の周囲に浮かんでいる。
あのような物体が、いつでもクルビアの都市郊外のどこかで現れたり、突如とロンデニウムやリターニアの中央に降臨するかもしれない可能性が今、生じてしまったのだ。
ヤツは覆してしまったのだ。人々のアーツに対する想像を、既存の物理法則を、そして変化の趨勢を。
……時代が。
時代が見えたんだ。チャンスと無限の可能性を意味する、新旧の勢力交代を意味するまったく新しい時代の到来が見えたんだ。
私はなにも自分のためだけにリスクを冒してきたわけではない。
新時代に足を踏み入れるのはクルビアでなくてもいい、ライン生命でなくてもいい。
だがその時になれば、金も人脈も尽く我々のもとから去っていくだろう。
我々が築き上げた鋼鉄の都もやがては他国の手によって引き裂かれ、リンゴネスのように新たな覇者の養分として吸収されてしまう。
我々の自慢なラボもいつかは屑鉄にバラされては中古市場に売り出されてしまい、ライン生命の看板も誰にも知られぬ間に地下倉庫の中で錆びていく。
その時になれば、我々にはもう何かを推し進んだり、変えたりするチャンスを永遠に失ってしまうのだ。どんな理想も打ち砕かれ、他者の背中を見上げながら意味もなく余生を送ることになる。
時代が棄てると決めた瞬間、その者にあった過去の栄光もポテンシャルもすべて無価値なものになってしまうのだ。
だから我々は今を掴み取るしかないのだよ。
シグナルを捜索中……
コネクトに失敗しました。
……通信は依然と繋がらず、か。
完全に囲まれてしまいましたね、先生。
この居住区画も長くは持たないかと思います。あの基地にあったほかの区域みたいに更地にされてしまうんじゃないかと。
あの銀色の構造物はセントラルと繋がった被験者たちの潜在意識によって操られている。
仮に開拓者たちが付けてる緊急メディカルリングを外せば……
否定。
緊急メディカルリングを外す際にリスクは九号デバイスを取り除く際のそれと同様に危険です。
じゃあ外部から彼らの神経活動をジャミングするのはどう?
いや、これもリスクが高すぎるね。そんなことをしたら彼らの脳に損傷を起こしかねない。
外のあの銀色の物体がいなかったとしても……私じゃ彼らを呼び覚ますことはできない。セントラルに繋がってる人もそのせいで永遠に目を覚まさなくなる可能性もあるし。
私のせいで……私とフェルディナントのせいで彼らを危険に晒してしまったんだわ。
だから私が彼らを助けなきゃ……
(衝撃音)
残り30秒で、十回目の……攻撃を来ます!
いや、向こうの攻撃頻度がますます上がっています、もしかしたら……
(複数の爆発音)
うぅ……
このままじゃ埒が明かない……
……私が……
私がアレを止めるわ……私だけがアレを……
細かい砂粒が空中に密集し、まるで流砂で積み上げられた城のように、ハウス全体を覆い尽くす。
無数の銀色の物体が外を這いつくばっている。彼らはまるでその砂城に興味を示したかのように、しかしなぜこの見るからに脆い障壁を分解してやれないのかと困惑しているようにも見えた。
アイツらの攻撃を防いでいない……
自身のアーツでアレの浸食を打ち消してるだけですね?
そんなことを続ければ、すぐにもアーツユニットの稼働が止まってしまいますよ。
まだすぐには……落ちないわ。
……何かしたんですか?
ちょっと……実験をね。
まさかあなた……自分にも埋め込んで……
……アーツユニットをね。
ほかの人を実験に誘う前に……プロセスの安全性を確保する必要があったから。
向こうの攻撃方法が変化した。
アレは私たちの一部みたいなものなの。だから好奇心を抱いたり、学習することだって……
(自然が揺れる)
まるで銀色の暴雨が降ってるかのように、外から伝わってくる衝撃音がますます回数を増やしてきた。
砂の壁もますます穴や綻びが生じさせてしまっているが、すぐにまた大量の細砂が埋め合わせていく。
もっと別の方法で時間稼ぎしなきゃ……
ならボクにやらせてください、先生。
外に出て、アーツでヤツらの一部を誘き寄せて――
ダメだよ、そんなの危険すぎる!
この前サニーさんに、こんなことを話してあげたんです――ボクがずっと心に留めてきた言葉を。
一歩を踏み出すまで、出口が出口と分かることはないって。
(グレイが走り去る)
ふぅ……
ボクだって……成功できるかどうかは分かりませんよ。
もしかすれば一瞬で失敗してしまう可能性だってある……でもボク、どうしてもこう考えてしまうんです……
成功する可能性だってあるかもしれないって。
自分を疑う前にはこう考えるんです、自分だって……かつては成功したことがあるんだって、そう先輩たちから教わりましたから!
彼は深呼吸し、顔を上げ、目の前にある暗闇に向き合う。
銀色の幾何学体も眼球を持っているかのよう見えるが、グレイには分かっていた。自分が今、ナニと向き合っているのかを。
あれはまったく新しい知的生命体でも、ましてやミステリアスなバケモノでもない。
あれは人のテクノロジーの成れの果てだ。今までに何度も利用され、分析されつくしてきた――
だからきっと、打ち倒すことは可能のはずだ。
君なんか……ちっとも怖くはないよ。
ボクたち人間の恐怖の源は未知だ。
だが君は……所詮アーツから生み出された被造物、開拓者たちの頭の中から誕生したただの副産物。
人類は暗闇にすら打ち勝てたんだ……だったら君みたいな被造物なんかに倒されるボクたちではない。
仄かな光が彼の手中で輝き出し、頭上を覆い被さる陰影に向かって飛び去った。
一部の銀色の液体はやはりと言うべきか、開拓者のハウスからひき剥がれ、黒い夜を纏いながらグレイが放った光を狂ったように引き裂こうと迫り寄る。
一瞬にして、その小さな光は案の定引き裂かれてしまい、残された残滓も消え入りそうでありながらもさらに奥深い闇へ呑み込まれてしまった。
だがそこへ、さらに多くの光が次々と灯されていくのであった。
……グレイは本当に勇敢ね。
まるでサニーのように……ほかの開拓者たちのように、怯まない勇気を持っている。
(爆発音)
向こうの攻撃頻度がまた上がった……
光はただ注意を逸らしてるだけだ、向こうは今でもこっちを敵視している。
ゲホッ……ゲホッゴホッ……
……主任、鼻血が……
このまま続ければ、内出血で死んでしまいますよ!いくら感染器官を持っていないにしても、全身の血管が強力なエネルギーの放出に耐えられるわけ……
彼らを……彼らを守るためなら、私は命を……
……命を投げ出したっていい、って言いたいんですか?
それで開拓者たちが納得してくれるとは思えません。
本当に……そうする覚悟なんですね?
サイレンス先生、家族を守るためなら、あなただって同じことをするでしょ?
……
私はもう過ちを一度は犯してしまった。
だからもう……二度目は犯したくないの。
それって、母親の……
今までずっと、考えてきた。
砂嵐に呑み込まれる時、お母さんたちはどういう心情でいたのかって。
この開拓者たちみたいに、この小さな空間に閉じ込められて、絶望しながら死を待っていたんじゃないかって。
もしあの招待を受けなければ、私も最後までお母さんの傍にいてあげられたのかな?
もしお母さんも市内に入れたとしたら、あの嵐に呑み込まれずに済んだのかな?
今までたくさん不可解な問題を研究で解き明かしてきたけど、この答えだけはどうしても導き出せなかった――
どうして私だけが助かってしまったの?
サイレンス先生……
もしアレが……本当に被験者たちの意識の集合体だとしたら……
家族を愛したように、私もアレを愛しているのに……
なぜ……私には彼らの声が聞こえていないの?
砂の壁に深い裂傷が現れたる。
それに応じてドロシーもついには倒れてしまったが、彼女の支える手が現れたのだ。
……どんなに頑張っても、あなたの母親の運命を変えることはできませんよ、ドロシー主任。
過去の嵐は……もうすでに終わっているのですから。
そう……なの?
ドローンが自分の機体を砂の壁に生じた隙間に押し込んでいく。
それによって砂粒はまた生命の活力を取り戻したかのように、すぐさま再組織し始めた。
家族の声が聞きたいんですよね?
なら、あの被験者たちに聞いてみるといいですよ。
この嵐が終わったら、きっと教えてくれますから。
(アーツ音)
くっ……
手がますます熱を帯びてきた。分かっている、長時間リミッターを超える出力を吐き出し続けてきたマシンがすでに限界に達して悲鳴を上げていることに。
だがグレイは諦められなかった。
もしここで倒れてしまえば、背後にある最後の孤島すら永遠に闇に呑み込まれてしまう。
耐えるのだ、数年前のあの夜のように。手が寒さでかじかんでも、足が悪路で激痛を起こしても、遥か遠くへ進むのだ――
手にする光がほかの手に渡るその日まで。
そこへ暖かな力が彼の手を優しく包み込み、エネルギーの放出を安定してくれた。
グレイのではない、ほかの誰かのアーツによるものだ。
……フィ、フィリオプシスさん?
あなたには支援が必要です、グレイさん。
でも……
この場所の危険性を示す必要はありません。
サイレンスさんに外出を申し出る前に、すでにこの任務の成功確率を計算しておきました。
……どのくらいなんです?
私のサポートを変数として加えた場合、その成功確率はおよそ……
いや、やっぱりいいです。
こうして外に出たことは衝動的だと自分でも理解していますよ、計画を練ってから行動に移るのが一番の基本ですからね。でも、どうしても自分を抑えられなくて……
すべてを予測できるほど計算というものは万能ではありません。
結果を最終的に決定づけられる要素は、いつだって前へ進もうとする……
あなたのその“衝動”という要素だけです。
今、私の脳内も電気信号が引き起こされています、それが“衝動”によるものかどうかは定かではありません。しかしそれでも私はここに辿りついたのです、グレイさんの衝動に駆られて。
フィリオプシスさん……
ありがとうございます。
さらに多くの光がグレイの頭上で咲き乱れる。
もはや理論値を超えるほどの出力だ、ウェポンデザイナーとしての彼自身やMechanistでさえここまでの数値は計測したことがない。
しかしこれがグレイのアーツなのだ。
アーツを完璧に解析できる理論などこの世に一度だって存在したことはない……なぜならこの光はアーツユニットを経由してるだけでない、何よりも彼の心からもたらされているものなのからだ。
この光はきっと、いつかは暴走した実験体を、暗闇を、すべての未知をすり抜けてくれることだろう。
その願いは電光の中でピクリと飛び跳ねた。
そしてグレイはそれを掴み取った――可能性を感じ取ったのだ。
微弱なシグナルを検知しました……
コネクト中。
ふぅ……
激しい揺れに伴いながら、巨大な実験体は人々の目の前へと移っていく。
いかなる兆しも、移動した痕跡すれ見当たらない。アレはただあの位置へと姿を現したのだ。
ッ……
グレイ、下がって!
サイレ……
いいから従って――
グレイの片腕を掴み取ったサイレンス。
ドローンが空へ飛んでいく。体力を消耗したせいで一度は瞬く間に散ってしまった光を集めては、真っすぐと空の光を遮る銀色の巨体へ迫っていく。
万雷の如く爆発音。一番高いところまで昇っていったドローンは無数の光の粒と化し、ヒラヒラと地上へ落ちていくのであった。
……エレナから学んだテクニックなんだ。
一度きりの、魔術だけどね。
あの光は……いずれ必ず消えてしまうのだから。
データを転送しました。
任務達成……したんでしょうか?
……うん。
成し遂げたよ、私たち。
サイレンスは腕を伸ばし、フィリオプシスの手を取った。
彼女らの頭上で徐々に光は散っていき、やがてあの銀光を放つ幾何学体の巨大な姿を現した。
……
だがアレが迫りくることはもはやなくなった。
なぜなら未だに細砂の層が、頑なに彼女らの前でその巨体を足止めしていたのだから。
……ドロシー主任?
それ……持ってるのは緊急メディカルリングと試薬?
まさか、自分をアレに接続させるつもりじゃ……
……彼らの声が聞きたくなったの。
ダメだよ!
言いましたよね、彼らを呼び覚ます方法は分からないって!あなたまで眠ってしまえばどう呼び覚ませばいいんですか!
彼らの意識に呑み込まれる可能性だってある、もしくは私たちがあの被造物を破壊したら、あなたの神経系統にも不可逆的な傷を負わせてしまうかもしれないんですよ!ほかにだって……
私は研究者よ、研究者ならそういった不確定要素を受け止めるのは当然でしょ?
でも私はあなたの医者です!
自分の命を蔑ろにするところなんて、医者として看過でき――
大丈夫よ、オリヴィア。
呑み込まれたとしても、私は私の家族と一緒にいられるから。
ドロシーの背後で、被験者たちは口々を噤ぐ。
ドロシーの眼前で、銀の幾何学体は沈黙する。
ドロシーは目を閉じ、やがて銀色の試薬が自分の体内へ入り込んでいくのを感じ取った。
微かに冷えを覚えるこの感覚は、まるで家族の指が彼女の全身を優しく撫で下ろしてくれたようなものであった。。
オリヴィア……
答え、探しに行ってくるわね。