
9時35分、予定時刻よりも5分超えちまってる。

念のため場所を変えるぞ。

俺も一秒たりともこんな場所にいたくはねえが、引継ぎ人が俺たちんとこに来なきゃどうするんだ?

街に入ったらすぐ俺たちんとこに来るって約束だろ?今は検問所から誰も出てきちゃいねえ、きっとどっかで詰まってるんだろうよ、もう少し待とうぜ。

本当にここで待つつもりなのか?こんな目立つ検問所で。

だったらどうするってんだ?いま俺たちはあのイカレ女のパシリにされてるんだぞ、分かってんのか!

俺たちをとっ捕まえて最初にかけてきた言葉を忘れたのか?

「考えが変わった、キミたち二人はこの屍よりも役に立ってくれるといいね」だろ。

それじゃねえ、その次だ!

「ボクの邪魔だけはするなよ。したら今度こそ殺すからね」だ!

だからよ、その引継ぎ人とはぐれて手紙を取り損ねるよりも、こうして人目のつくところに残って待ったほうがいい。

お前な――はぁ、まあいい。

ほら、人が出てきたぞ。

どれどれ、俺たちの引継ぎはどういう顔をしてたっけな……

探しても無駄だ。

そりゃどういう意味だ?

チッ。

最初から引継ぎ人がどういう顔でどういう格好してるか教えられてねえんだよ、あの女から。俺たちが見つけるんじゃねえ、向こうから見つけてもらうんだ。
(様々な人が検閲所から出てくる)

ちゃんと引継ぎの流れはちゃんと憶えてるのか?

おい、ガンビーノ?

……「マヨネーズ入りのマカロニは如何?」って聞かれて、こっちが「二人前」って答えてから手紙を受け取るんだろ。

憶えてて助かるよ。

当たり前だ!あんな反吐が出る合言葉なんざ、イヤでも憶えちまうぜ!

9時50分、街に入ってきた最後の連中も全員さっぱりいなくなっちまった。

きっとなんか遭ったんだろう、そろそろこっちから動こう。

そん時この場に俺たちがいなくなってすれ違ったらどうするんだよ?

んな都合のいいこと起こるわけねえだろ!これ以上ここでボーっと突っ立ってる暇はねえんだ!

じゃあもしかして向こうが検問所に引っかかってたりして?

そうじゃなくても俺たちにはなんの落ち度はねえぞ、向こうが俺たちを見つけられなかったんだからな。それだけであのイカレ女が俺たちを殺すこともねえはず……

どっちも変わんねえだろうが!

あのアマがどれだけイカレてるかはテメェだって知ってんだろ!ヤツは結果を欲しがってるだけだ、どっちがヘマしたかなんて気にもしちゃいねえ!いいからとっととテメェのケツをどかしやがれ!さもないと屁じゃなくてヘマをこくぞ!

……分かった分かった、動きゃいいんだろ。でどこでそいつを探しゃいいんだ?

いちいち俺に聞くな。少しは自分でオツムを動かしたらどうなんだ?

シラクーザ人を除いてあのアマに手紙を送るヤツはいねえ。ペンギンの連中はともかく、シラクーザと繋がってる龍門の人なんざ限られてくる。

それって俺たちがシラクーザから連れてきたあの裏切者どものことか?

俺たちを裏切っただけでなく、人まで攫いやがったって言うのか!?

ハッ、ようやく人の言葉が理解できたようだな。

……

確証はねえさ、だが必ずどっかで繋がってる。少なくとも何か知ってるはずだ。

行くぞ、そいつらを探す。

裏切りのクソ野郎どもが、八つ裂きに――

おい待て!

龍門に足を踏み入れてからずっと言ってるだろうが、龍門には龍門のルールがあるって!

俺たちがどうやって鼠王に負かされたか、どうやって俺たちを見逃してくれたか忘れるんじゃねえぞ。

分かってる、テメェに言われるまでもねえ!

そうだといいんだがな。

つまりだ、あの裏切者どものところに行く目的はゴロを吹っ掛けに行くわけじゃねえ、ただ情報収集するだけだ、分かったか?

……

静かにしろ、もう着いたぞ。

気分はどうだ?

ピンピンしてるさ。

そんでどうする?適当に誰かとっ捕まえて聞き出すか?

いいや。

もしヤツらがシラクーザからの引継ぎ人を攫ったとなれば、きっと上からの指示なんだろう。違ったとしても、下っ端どもが上からのお達しを知らされていない可能性がある。

こういう時は頭が冴えるんだな、お前。

……

そんでどうする?また昔みたいに俺が場を荒らしてお前が潜り込むのか?

いや、もう少し様子を見よう。向こうの守りが薄ければお前がリスクを冒すまでもねえ。

あんなクソアマの事情なんぞで人を失くしたくはないんでな。お前みたいないつも足手纏いなヤツだって例外じゃねえ。

ハッ、言っちゃくれるがな、俺がいなけりゃテメェはヘマをこいてあのクソアマに殺されてたよ。

はは、ブラックジャックだ!

ほらほら掛け金を全部寄越しやがれ――

おい、そりゃなんだ?

なんだよ、今さら文句なんぞは受付け――

テメェ、カードを隠していやがったな!

……

(小声)真昼間から見張りの仕事をほっぽり出すたぁ組の名が泣いちまうぜ。

(小声)もし俺がドンだったら、その場でカードを呑み込ませてやったぜ。

(小声)お前は今どっち側の人間なんだ?仕事に集中しやがれってんだ。

……

(小声)そもそも警戒心が皆無なのはこっちとしちゃ好都合だな。

ったく、こりゃ大損したぜ。

最近は懐が寂しいんだよ、じゃなきゃ俺だってこの手は使いたくねえ。

俺が金を持ってるみたいに言うんじゃねえよ、金を騙し取ろうとしたクソッタレが!

お前んとこの振り分けは市場周辺だろ、ならせめてパシリで小銭ぐらいは稼げるはずだ。その代わり俺はどうだ?感染者がひしめき合ってるような活気もシノギもねえような場所で、パシリのお小遣いすら稼げられねえんだぞ!

パシリだぁ!?

誰だ!?

なんだ、誰かいたのか?

話し声が聞こえた、そう遠くねえ。

なんて言ったんだよ?

“パシリ”って……聞こえたような。

ククク……そりゃ空耳だろ、もしくは命知らずなクソがテメェを真似しておちょくったんだろうよ。

……そうかもな。

(小声)バカかテメェは!なに大声出してんだ!?

(小声)……いやその……

(小声)俺たちがあの貧乏小僧どもを引き取ったのも、いつかはガンビーノとシシリアの名を引き継がせようと思っていたのに……

(小声)それが……パシリをやらされてるだとぉ?

(小声)バカなのはどっちだ!俺たちはなんのためにあいつらを引き取ったと思ってやがるんだ!

(小声)生きるために決まってるんだろ、このスカタン!

(小声)今じゃそれがこっちには好都合だって言ってんだよ、まだ分からねえのか?

(小声)テメェこそ何が分かって――
(爆発音)

銃声!?

いや違う、源石爆弾だ!音からしてここから街を幾つか隔ててるらしいが――おいガンビーノ、テメェどこ行こうとしてんだ!

テメェもさっさとその重たいケツをどかしたらどうなんだ?
(ガンビーノが走り去る)

……

待てよこのクソッタレ!
(カポネが走り去る)

が、ガンビーノ……テメェ、少しは待つことぐらい――
カポネは十数秒はやく現場に辿りついたガンビーノと同じく、ハッと声を失った。
二人の目の前には黒いハットを被り、黒いコートを着た人がいたのだ。
その横にはそこかしこに龍門に根を張ってるマフィアの者たちが転がってる。気絶したり、痛みにうなされてる者もいるが、全員生きている。

マヨネーズ入りのマカロニは如何?

……

ダ……二人前を頼む。

そら、受け取れ。
カポネは数歩近づいていき、黒づくめから一通の手紙を受け取った。
封には見覚えのあるシーリングスタンプが押されている、だが彼は今この時それが何を意味してるのか思い出せずにいた。

ボンジョルノ、あんたどこのファミリーの――

!?

ドン――いや……ガンビーノ……さん?

トマソ!?

この野郎ここで何をしてやがるんだ――いやそれより、誰がこの手紙をテメェに寄越した?そいつは今どこだ!

し――知りませんよ、元から俺の手紙なんですから。

それで俺たちを誤魔化せると思うなトマソ!テメェがどういう人間なのかは分かってんだ!

考えるまでもねえ、こんな大勢をテメェ一人で片付けられるはずがねえ、逆に半殺しにされるのが道理ってもんだ!きっと手紙をテメェに寄越したヤツが代わりにやってくれたんだろ!

手紙の送り主を教えろ、さもないと分かってんだろうな?

お……教えられません。

どうやら俺が留守にしてる間に色々と忘れちまったようじゃないか、トマソ。

何がなんでもテメェの口からその野郎の行方を絞り出さなきゃならなくなっちまったな、死ぬよりも惨い苦しみを味わわせてやる。

そんな脅しは効きませんよ!

死んでも教えられません、死んでも!

そうかよ、ならこれでも食らい――

待てガンビーノ!

黙れカポネ、グダグダとババアみたいに口うるさくするんじゃねえ!手紙を寄越した野郎を見つければ、俺はこんなクソッタレな都市から出られるかもしれねえんだ!そんで俺はあそこに戻って……

手紙とこのシーリングスタンプをよく見やがれ、そしたらイヤでも思い出すだろうよ。

……

!?

これは……あの女の手紙?そんなまさか……なんで彼女が龍門なんかに目を向けて……
(警笛の音)

クソ、近衛局だ、爆発音に気付いて来やがった!

おいトマソ、俺たちについてこ――

チッ、ずらかりやがったか。

そんなヤツ放っておけ、今じゃテメェの身すら持たねえんだぞ!
(警報音)

……武器を下ろし……すでに包囲……

……こっちだ!

そっちは袋小路だぞ!

いいから俺を信じろ、こっち来い!
(カポネ達が走り去る)

こ、これはマフィア同士の闘争か?

いや、どちらかというと一方的なもんだろうな……見ろ、全員生きてる。

確かに、見た限りだとどいつも重傷だな。

真犯人はまだ遠くには行っていないはずだ、追うぞ!

分かった、でどっちに向かう?

この先の道は両側ともにこちらの見張りが配置されてる。逃げた人が賢ければ、この路地を逃げるほか選択肢はない。

この路地なら私でも知ってる、袋小路だ。

(小声)おい、これがテメェを信じた結果か?

(小声)聞こえていねえのか?通りは両側ともに見張りで固められてるんだぞ、なおさら逃げられねえだろうが!

隠れても無駄だ、出てこい!

人命沙汰を起こさなかったことに免じて、減刑処分も考慮に入れておく!

これ以上の抵抗は諦めろ――出てこい!

(小声)こっちに来るぞ!

(小声)静かにしてろ、今考えてる……

隠れても無駄だ!その後ろが行き止まりなのは分かっている!武器を捨てて出てこい!

(小声)おい、思いついたか!?

(小声)考えてる、考えてる――

もう一度繰り返す、武器を下ろせ!減刑処置も考慮に入れて――

Vaffanculo!
(ガンビーノが近衛局隊員を殴り飛ばして走り去る)

動くな――
(近衛局隊員達が追いかける)

動くな!動くなと言っているんだ!

今のうちに逃げるぞ!
(ガンビーノが走り去る)

なっ、仲間がいたのか!?クソ、虚を突かれた!はやく増援を呼べ――
(クロスボウの音)

……あと一人仲間がいた!武器はボウガンだが、腕は下手くそだから心配はいらない!

腕が下手くそだとぉ!?

龍門じゃなけりゃ絶対テメェの脳天のぶち抜いてやってたぜ!
(カポネが走り去る)

ぜぇ、ぜぇ……

ここまで来りゃ、あいつも、追ってはこないだろ……

今の俺たちは逃げてばかりだな?あ?たかだかザコども数人風情で。

まだ威張れるとは心底感心したよ、このクソッタレが。

……

それにその気取った態度も、落ち込むほど面倒臭さが増してきやがる、ウザいったらありゃしねえぜ。

なんだよ、昔が恋しくなっちまったのか?

まあな。

……

俺にこの一番新しい矢傷を残した野郎の顔なら今でも憶えてるさ。

今あの野郎と同じ船に乗ってなきゃ、もっと心臓に近い箇所にまったく同じ傷をあの野郎に残してやりたかったぜ。懐古なんざその後だ。

……そうだな。

俺もあの鼻を高くしてるクソ生意気野郎に矢を一発お見舞いしてやりたいぜ、今度こそ脳天をぶち抜いてやる。

ハッ、そりゃいいね。そんなに俺をぶちのめしたいのなら、今ここでおっぱじめて構わねえぜ?

テメェなんぞにビビってると思ってんのか?

違うとでも?不意打ちする以外俺に勝てねえお前が?

(深呼吸)

ああそうさ、俺じゃお前には勝てねえ。

なんだよ、あっさり認めたな?

……俺たちが今誰のためにパシらされてるか忘れるんじゃねえぞ、これはテメェが言った言葉だ、今そっくりそのまま返してやるよ。

……

頭を冷やしてくれて助かるよ、ガンビーノ。

だがまだ安心しちゃいられねえ。所詮俺たちは本物の送り主からこの手紙を受け取ったわけじゃない、あのクソアマがこれを“ヘマ”だと思うかどうか……

んなこと知るかよ。

どうせ手を出されても、俺たち二人じゃ十秒も持たねえんだからよ。

もう選択肢は空っきしなんだ、なにを今さら心配していやがるんだ?

随分と匂いが外に漂ってたけど、何かあったの?

いや……なんでもない。手紙なら無事に受け取った。

無事に?

ああ、無事に、何事もなくだ、スィニョリーナ。

無事だったのに帰ってきたのは今頃なのかい?

……

手紙。

えっ……もう読み終えたのか?

言いたいことがあるなら直接言いなよ。

いやいやいや、言いたいことなんて……

顔はなにか言いたそうだけど?

……

手紙に……俺たちのことは書かれてるかって……

クク、クハハハハハハ!

……

書いてたのか?

うん、書いてた。

煮るなり焼くなりボクの好きにしろってさ。

どうしたんだい、黙っちゃって?

本当に……それだけなのか?

フッ、まだまだ鼻は利いてるようだね。

恥知らずなキミたち二人は荒野に穴を掘ってそこに埋めてやったほうがいいって手紙でアドバイスされたよ。

……

あんまり驚かないんだね。

驚くもねえさ、俺だって今の自分はみっともねえって思ってるからな。

それで、どう落とし前をつけるんだい?

情けないがあまり、ここでボクに首を刎ねられるとか?

それとももう一度チャンスをやろうか?今度は大目に見て15秒をやろう。

……冗談ならよしてくれ、俺たちも自分らの実力には心当たりがあるんでな。

フッ、そうかい。

なら一つアドバイスをあげよう。

……

結局のところ、キミら二人にはもう利用価値はない。

向こうの掟は知ってるでしょ?媚びたって無駄だよ、シシリア夫人は負けイヌなんか眼中にないからね、ボク含めて。

これが何を意味してるか、キミだって分かっているはずだ。“シラクーザ”が死ねと言ってるんだよ。

ボクは全然気にしちゃいないけど、それにしたってキミたち二人の負けイヌっぷりはどうしようもなく目に余るものだ。

だから、ここで互いに“ケジメ”をつけな。

そうすればキミたちも少しは“名誉”を取り戻せるだろうさ。手紙を書いた人も満足するかもしれないし、ボクも時間を無駄にしないで済む。

さあどうだい?どうなんだい!?

……オメルタ。

なんだって?

あんたとオメルタを交わしたい。手紙の指示に反し、ファミリーをも裏切ったが、その代わりとして生き残った片方をあんたに保護してもらいたいんだ。

オメルタだって?保護に裏切り?

キミたちは二人して何回裏切ってきたんだい?わざわざボクが改めて言う必要もないよね?

……いいだろう、ここでケジメをつけてやる。

正気かカポネ!?

過去を懐かしむ必要はないどうこうって言ったのはお前だろ?

あんたの言う通りにするよ。三つ数え後に同時に撃って、どっちが生き残るか勝負だ。

ついでに言うが、こうして話してる最中に撃たなかったのは、この前テメェを不意打ちした際の詫び入れだ。これで貸し借りなしだぞ。

いいだろう、このトラディトーレが。ここでケリをつけてやる。

トレ……

ドゥーエ……

ウーノ!

死ね!
(ガンビーノとカポネが同時に離れ、クロスボウをラップランドに向けて打つ)

ククク、クハハハハハ!
(ラップランドが矢を避ける)

いいねいいね、そうこなくっちゃ!
(ラップランドが矢を弾く)

もっとだ、もっと来いよォ!キミたちの内に滾る恨み辛みをぶつけてくるんだ!どこまで命をかけられるかボクに見せてくれよォ!
(カポネが矢を放つ)

今だガンビーノ!

ハアアアアアア!!
(ガンビーノがラップランドに斬りかかる)

もう一発食らいやがれ――
(ガンビーノが再びラップランドに斬りかかる)

左だ!
(カポネが矢を放ち、ラップランドが弾く)

そんなバカな……得物すら抜いていないだなんて――

動きが単純すぎるんだよ、どこを攻めようとしているのかじっくりと見る必要もないね。

しかし二人ともお似合いじゃないか。バカなほうはてんでバカだし、賢そうにしてるほうもオツムの中身はすっからかんときた。

きっと若い頃シラクーザで苦労してこなかったんだろうね、自由気ままだったんじゃないのかい?

ガンビーノ!アイツを黙らせろ――
(ラップランドがガンビーノを素手で殴り飛ばす)

バカな!素手でやり返しただと!?

不思議に思うのかい?

なら、キミたちとボクは同じシラクーザに住んでいても次元の違う暮らしをしていたようだね。
(ラップランドが矢を全て避け、カポネの喉元にクロスボウを突き立てる)

こんな感じに。

自分のクロスボウに喉元を突き立てられた感覚はどう?

……大したことはねえな。

ボクのアドバイスを拒んだ以上、手紙の指示通りキミたちを適当に埋めるしかなくなってしまったね。

そうかい、だがその前に一つ忘れてるぜ。

何かな?

ここは龍門だ。

それがどうしたの?

ゴム矢尻の矢じゃ人は死なねえってことだよ!!!
(カポネがドスを抜くもラップランドが弾いて、カポネを殴る)

キミがドスを持っているのは知ってたけど、中々抜刀が速いじゃないか。

けど残念、それでも遅すぎだね。

ぐふッ――

確かにゴム矢尻じゃ人は死なない。

けど大動脈をやられたらどうなるかな?ボクにとって大動脈を瞬時に探し当てることなんて朝飯前なんでね。

(窒息した声)

カポネェ!?

ぐふッ……ごふッ――

ゲホッ、ゲホゲホゲホッ!

おめでとう!一命を取り留めたね!

ゲホッゲホッ……だから何だってんだ、どの道テメェにころ……

もういい、黙ってろカポネ。

ここが俺たちの死に時なんだ、最期ぐらいはせめて真のシシリアンらしく……

そうかい?
束の間、ガンビーノとカポネは目を疑った。
ラップランドが美しく装飾が施された封筒とキレイに折り畳まれた手紙を大雑把に摘み上げ、火に投げ入れたのだ。
みるみると手紙に火の苗が広がっていく。

イカレたかテメェ!?その手紙は……シシリア夫人の手紙なんだぞ!?

おや、ボクはまだイカレてなかったと思ってたのかい?

たかが気取ったことを書いた薄っぺらい紙じゃないか。こんなものは燃やすに限るよ、せいせいする。

このアマ……イカレてやがる……

なんだい、彼女側につくのかい?

……んな度胸ねえよ。

そりゃそうさ。彼女に牙を剥くも傍に立つも、キミたちはそこまでキモが据わっちゃいない。

一言も言い返せないまま、彼女に故郷を追われたキミたちならね。

悔しいとは思わないのかい?シラクーザを追われたのは何もかもあの女のせいだとは思わないのかい?

ずっとそのままビクビクと怯え続けるつもりかい?手紙に殺せと書かれて、その手紙が燃やされたことにすら恐れを抱いたまま。

……

……

フッ、呆れた。

ほら、立って。

どこに……連れて行くんだ?

連れて行く?どういう意味だい?

俺たちを荒野に埋めるんじゃないのか?

さっきの行動はとても見れたもんじゃなかったけど、恥知らずってほどでもなかったよ。

それにもう手紙は燃やしちゃったんだ、なんで今さらあの女の指示に従わなきゃならないんだい?

ほらいいから、さっさと立って!

こんなとこで寝そべってる暇なんてないよ、まだまだ別の仕事が残ってるんだから!

別の仕事?

この都市にはほかの一匹オオカミがいるからね。

龍門の茶はお口に合うかな?

……

そうか。しかしまあそれもそうじゃろうな、シラクーザ人は病をもらった時にしか茶を口にしないと聞く。

仰る通りで。

とは言えここは龍門だ。龍門人はやはりどうしても茶を口にしないと気が済まないものでな、カデッデュ殿。

そんなことで文句なんぞは垂れませんよ、鼠王殿。私は所詮スィニョーラの言伝係なだけですから。

だがこれだけはご理解頂きたい。どこに行こうがシラクーザ人はシラクーザ人です、シラクーザ人に暖かい茶を飲む習慣はありません。

そうじゃろうな、だが茶葉の香りに魅入ったシラクーザ人たちもいるぞ?お主やお主らの夫人も、これ以上まだその者たちの口に無理やりナニかを注ぎ込むつもりなのか?

……

夫人ならもうすでにあの者どもに手を出す意思はありません。あなたに敬意を表し、またあの者どもが龍門で勝手な真似をした謝意として、あの者どもの処置は鼠王殿に任せると夫人からお許しが出ました。

ならばこちらも詫びを入れよう。今朝方、現地の者たちがお主をあの連中の者だと誤解してしまい、彼奴等の拠点へ連れて行かれたことについてじゃ。

命までを取らず手加減してくれたことに感謝するよ。

お気になさらず。

さて、ほかに用事がないのであればこれで……

いえ、実はもう一つ。

何かね?

あの落ちぶれ者たちなら、確かに夫人は目をやるつもりはなくなりました。だがどうしても放っておけない二人がまだいまして。

あの“一匹オオカミ”たちのことかな?

まさしく。

ほかの者たちの命を取らないのは夫人の最大限の譲歩でした。ただあの二匹のオオカミが群れを離れることだけは絶対に許されません、ですので……

彼女らのことなら儂も耳に入れておる、お主らと彼女らの因縁に手を挟むつもりならないさ。

ご理解に感謝します。

それと、彼女らが龍門にいる間はこちらも余計な手出しはしません。ただもし外で暴れ回るものなら、こちらも手を出さざるを得なくなるので、ご容赦を。

龍門のルールに触れないのであれば好きにするとよい。

なるべく遵守致します。が、必ずとは保証できません。

それは脅しかね?

決してそのようなつもりは……

ならばその“なるべく”という言葉をじっくりと吟味するんじゃな。

単刀直入に聞くが、まさか龍門にいてここのルールに触れるつもりはないじゃろうな?

もちろんそのようなことは断じてありません。正直言って、龍門ないしそのバックにいる炎国とは摩擦を起こしたくないんです、どんな些細なものであっても。

儂を持ち上げすぎじゃ。

しかしこちらにもやらざるを得ないこともございますので、何卒ご理解をば。

……

ならそんな事態に発展せぬように、お互いに祈っておくものじゃな。

それは……鼠王殿のご意向として受け取っても?

シシリア夫人に最大の敬意を表して、これが儂の意向じゃ。

なるほど、承知致しました。

なるべくそのような事態まで発展しないように、こちらも尽力致します。

よかろう。

では、ここで失礼させて頂きます。

ご招待して頂きありがとうございました。もし機会がございましたらシラクーザへぜひお越しくださいませ、四倍に濃縮したエスプレッソをご馳走致します。

感謝するよ。

じゃがその前に、湯飲みに残った茶を飲み干しては如何かな?

?

ホストのもてなしに対して、ゲストも誠心誠意受け取らなければならない。これも龍門のルールの一つでな。

……
黒づくめのシラクーザ人は目の前に置かれた湯飲みを掴み、一気に傾けた。

これで如何でしょう?

もちろんもちろん、帰りには気を付けたまえよ。

行ったかね?

ええ、都市を出るまでずっと後をつけてきましたが、今のところ変装するつもりはまったくなさそうです。

そうか。

先ほどの会話はすべて聞いておったな?

ええ。

しばらくはシラクーザマフィアに目を配っておけと下に伝えろ。

はっ。

一匹オオカミの二人に関しては、一人はエンペラーが見ておるから構わなくていい。じゃがもう一匹に関しては、彼奴が龍門を出るまでしっかりと留意しておくんじゃぞ。

承知しました。

しかし、仮に龍門から出なかった場合は如何致します?

……

…………

………………

今日は金曜日じゃったな。

そうですけど……どうされました?

確か周りは今日……何かの金曜日と言っておらんかったか?まったく、今の若者言葉にはますます理解が苦しくなってきたわい。

ともかく、氷城(ビンセン)ホテルは今日すべてが70%割引されてる日じゃったな?

それは――ちょっと聞いてみますね。

割引の日だったら、今晩二人席の予約を入れておいてくれ。

二人席……ああ、なるほど!分かりました、今すぐ予約を入れておきますね!

まあそんな急がんでもよい、ちょいと古い友人との食事なだけじゃよ。