親愛なるミスターKへ:
順風満帆を祈っております。私は今、朝方未明のマンスフィールド刑務所であなたの手紙を書いております。
ここでの状況は私が潜入した時から何も変わっておりません。
看守たちは意気揚々で、我が物顔。囚人たちはその過剰な気力を喧嘩で発散するばかりです。
そういう私は、囚人たちや看守たちからとても――
ジェッセルトンは“とても”という文字にしばし考え耽り、枕カバーの中から黄ばんで久しい手紙を取り出した。その手紙の送り主には“ミスターK”と書かれていて、自身がその受取人である。
独房の外から入ってくる僅かな光を頼りに、彼は声を小さくして手紙の内容を読み上げた。
「どうかしばしの間、刑務所内で不要な争いは避けるように……」
「ジェッセルトン様は依然としてビーチパラソル社の重要な人員にございます。あなたのポジションや待遇につきましては今まで通りに保持し続け……」
「刑務所内で良き模範として過ごされた際はこちらで時機を伺い、必ずあなたを釈放するように刑務所側に働きかけ、かつ今までの分の補償もお返し致しましょう……」
フンッ。
会社の連中め、今さら私のもとに手紙を送りつけてきたか、思い出したかのように。
ジェッセルトンは首を振り、丁寧に読み上げた手紙を折り畳んで封筒に入れ、枕カバーの中に収めた。
※クルビアスラング※、いい夢見てたのによ、ションベンのせいで全部台無しだぜ、クソが……
よぉ、ジェッセルトン、また徹夜しながら手紙を書いてんのか。
先週も書いたっていうのに今日も書いてるのかよ、一体誰に書いてやってるんだ?
あなたとは関係ありません。
隠すことはねえだろ、ほらちょっと見せてくれよ?何書いてんだ?パパとママに金でもせがんでるのか?それとも浮気しないように女房を脅しつけたりとかか?
今日ほかの連中と賭けをしててよ、タバコ十本だ。
何書いてるか教えてくれよ。もし勝ったら、その半分はくれてやるからさ。
申し訳ありませんが、個人のプライバシーを尊重して頂きたい。
へいへい、プライバシーね。
暗殺のため看守に偽って潜り込んだのに、目当てを殺せなかっただけじゃなくて逆に自分がブタ箱にぶちこめられたくせに、プライバシーもクソもあるかよ?笑えてくるぜ。
(警笛の音)
全員揃ったか?
ジェッセルトンがまだ来ていませーん。
ジェッセルトンか?今度は何があったんだ?
外出した際に頭を鉄格子にぶつけちまったみたいでーす。
(ジェッセルトンが駆け寄ってくる)
申し訳ありません、先ほど医務室に行っておりました。
医務室だぁ?そりゃ重傷なこったな、“同僚さん”よ。
それで、今度は誰に足と取られてコケちまったんだ?ここしばらく大人しくしていたことに免じて、代わりに俺がそいつにガツンと言ってやるよ。
いえ、自分で躓いてしまっただけです。
本当か?
本当です。
なら二日三日も医務室通いしてるんじゃあねえぞ!テメェが鉄格子なんかにやられるタチじゃねえのは分かってるんだ、暇さえあれば医務室なんかに飛び込んでいきやがって!
ほかの者は指示通り仕事にかかれ!ジェッセルトン、お前は私と一緒に来い、お前には別の仕事が当てられている。
いや、私もこの者たちと一緒に同じ作業を――
いいから来い!つべこべ言うんじゃあねえ!
ほら、バケツとスプレーだ、持ってろ。お前には全A区独房のトイレを掃除してもらう!
お任せください、与えられた任務は必ず遂行してみせましょう。
しかし、ブラシをまだ貰っていませんが……
ブラシを使う必要はない。
かのジェッセルトンなら並ならぬアーツでスチールのたわしを作り出すぐらい造作もないだろ?ほらさっさと行け!終わったら私がチェックする、キレイに磨き上げてなかったら飯抜きだからな!
ぷぷぷ――
(深呼吸)
分かりました、看守殿。なにせ、今はあなたのほうが立場は上ですからね、素直に従いましょう。
……
ケッ、トイレ掃除をさせられるってのにまだ涼しい顔をしやがって。
(A区囚人が近寄ってくる)
よぉジェッセルトン、トイレ掃除はおしまいか?
あんな汚れ仕事をさせられるなんてご苦労なこったな。
他愛ない作業でしたよ、なんてことはありません。
ほらよ、ランチのパンだ。
ありがとうございます、ジャックさん。おかげで午前中、あなたに代わって医務室で情報を引き出しに行った甲斐がありましたよ。
鉄格子に頭をぶつけたからじゃなく、俺のためにケガのフリをして医務室に行ったってのか?いや~ありがとう、どう感謝していいものか!
んで、俺の病気はどうだって……?
中々しぶとい医者でしたよ、小銭を忍ばせてようやく口を割らせることができました。
医者が言うには、あなたの肝臓の病気はもうこれ以上看過できないものになっていると――
おーいジェッセルトン、またここで“友だち作り”か?
チッ。
何を企んでいるか知ったこっちゃねえが、今日の乱闘には必ず参加してもらうぞ!
申し訳ありませんが、あなたたちの娯楽イベントには興味がないんです。
興味ないだぁ?俺たちA区が最近あの感染者どもにどれだけ痛めつけられてるのか教えてやろうか?
テメェのせいでアンソニーが逃げちまった後、B区の連中はますます好き放題暴れ回りやがった。これも全部テメェの責任だ、それなのに行きたくないだとぉ?
まあいいだろ、だが次またトイレ掃除させられた時は、とびっきりの“サプライズ”を用意してやるから楽しみにしてろよな!
私はどうもあなたたちみたいに低俗な暴力から快感を得られるような人間ではありませんので辞退させて頂きます、本当に申し訳ありません。
おいジェッセルトン、やっぱ行ったほうがいいって……
そこのジャックって野郎、お前ここに来てどんくらいだ?言っておくが、そいつと仲良くなってもロクなことがないぜ?
ロクなことがない?そんなわけあるか、ジェッセルトンには色々と助けられ――
ちぇッ、聞き入れたくないのならそれでもいい、俺は言ったからな。
おいジェッセルトン、もうすぐおっぱじめるから、さっさと来たほうが身のためだぜ!遅れたら俺たちみんなでもてなしてやるからな!
(肩をすくめる)やれやれ……
そこまで言うのでしたら、様子ぐらい見に行きましょう。
様子を見りゃいいってだけじゃねえ――テメェも――
まあいい、とにかく来い!いいな!
ヒュ~ヒュー~、おい見ろよ!ジェッセルトンが来てくれたぜ!
お似合いな囚人服だな、ジェッセルトン~!
看守にはもう飽きたから、今度は俺たちと一緒につるもうってか~!
ギャハハハハハハハハハ!
(小声)ジェッセルトン、お前あのアンソニーと実力が互角らしいな?ならこいつらをやっつけるのも造作もないんじゃねえの?
私を舐めないで頂けますか?
こんなたかが感染者数人程度など――
どうかしばしの間、刑務所内で不要な争いは避けるようにしてください。
……
おい聞いたかよ、感染者のクズども!たかが感染者数人程度が私に敵うわけがねえってよ!
ほう、そりゃ見ものだな!このニセ看守がどれぐらいのモンかお手並み拝見といこうぜ!
やれ!
(殴り合いの音)
おっ、また始まったな――おい、あれ見ろよ。
ジェッセルトンじゃないか?
今日はA区に軍配が上がるな、賭けてもいいぞ?
ならお前の負けだな。A区が苦い汁を啜るに賭けるぜ。
(囚人達が殴り合う)
おいジェッセルトン、柱みたいにボーっと突っ立ってねえで、テメェも加勢しやがれ!
(囚人達が殴り合う)
ジェッセルトン、テメェ――
テメェこの※クルビアスラング※が、寝返るつもりか!
ヘッヘ~、おいA区のクソ野郎ども、まったくサマになってねえぞ!テメェらが寄越してきた助っ人も手を出さねえみてぇだし、ここで半殺しにしてやろうか!
まあまあ、そいつらをやり合ってもな~んも面白くはねえって。
どういう意味だ?
今ぶつのめすべきなのはA区のゴミどもじゃなくて、あそこでボーっと突っ立てるニセ看守殿とは思わないか?
さっきなんて言ってたっけ?「たかだか感染者数人程度が自分に敵うわけがない」だっけか?
おかげ様でハラワタ煮えくり返ってきやがったぜチクショウが!そっちが手を出さないってんなら遠慮なくこっちから一発お見舞いして――
(囚人がジェッセルトンに殴り掛かる)
※クルビアスラング※!クソ、骨が……折れちまったみてえだ……ヤロウ鉄塊みたいにカチコチになりやがって!あれじゃあまるで鉄板を殴ってるようなもんだぜ!
バールでも食らいやがれ!
いいぞいいぞ!その死に損ないをぶっ殺せェ!
ヒュ~ヒュ~!んなことしても無駄だよバーカ!
バールが曲がっちまっただと!?
B区の連中はマヌケばかりだぜ、あいつがアーツを使えるのを忘れたのか?このタコ!
自分らなら対処できるみてえな言い分だな!ならテメェらもなんかやってみたらどうなんだ!
そもそも!アイツはテメェらが連れてきた人なんだろ、今じゃただの彫像みたいに突っ立てるだけでなんの役にも立ってねえじゃねえか!テメェらこそマヌケばかりだぜ!
おいジェッセルトン、あとで容赦しねえぞ!
皆さん、どうか落ち着いて。
私は最初からあなたたちの粗暴な余興に付き合うつもりはないと言ったじゃないですか。ここに立ってるだけで、あなたたちに最大限譲歩してやっているのですよ?
もしまだ少しだけ理性が残っておられるのなら、さっさと道を開けて帰らせてください。
ベラベラと舌を転がしやがって……
俺たちはテメェにも加勢してもらうためにここに連れてきたんだ、観戦するためじゃねえ!分かってんのか!
そうか、ニセ看守をやってた時期が恋しくて仕方がなかったから付いて来やがったんだな?
そんな時代はもう終わってんだよ!!
(囚人がジェッセルトンに殴り掛かる)
いッッッ……
もうこれ以上付き合ってられません。
私に危害を加えれば加えるほど、元から不健康なあなたたちの身体をさらに痛めつけることになりますよ?
なにより、暴力から快感を得るなど、到底品のある行為とは思えません。
囚人に成り下がっただけでも哀れなことだというのに、人に備えられた最低限の品格すら損なわれてしまったとは……まったく嘆かわしい。
※相次ぐクルビアスラング※
おいテメェら一一時休戦だ!こいつがどこまで持つかタコ殴りにしてやろうぜ!
(囚人がジェッセルトンに殴り掛かる)
……おい、あいつってA区の助っ人なんだろ?内輪揉めし始めたぞ?
らしいな。
あ~あ、ここがブタ箱じゃなかったら、ポップコーンでも買って楽しめてたのによ~。
どうすんだ?観戦か?
ポップコーンもねえのに、観戦したってなんも面白かねえだろ!
俺たちもあの※クルビアスラング※をぶちのめしに行くぞ!
んー?なんだお前、なにか用か?
みんながもっと楽しめるようあるブツを借りられないかと思いまして。
ブツって?
(ひそひそ)
ぷッ、ククク。
いいだろ、許可する。だが逃げるようなマネはするんじゃないぞ、さもないと皮を剥いでやるからな――
あと、自分で言ってたことも忘れるんじゃないぞ。もし別のものを置いていったら、ウソつきの教訓を一生分脳みそに叩きこんでやるからな。
へい、分かってますよ!
なにを言われたんだ?
まあ見てろって。
しっかし、ぶっちゃけもう見飽きてしまったよ。
あのジェッセルトンも中々硬い野郎だな。もう何本もノコギリがダメになってしまったのに、傷一つすら付いてないとは……
ハァ……ハァ……
ぜぇ……ぜぇ……
意図したことではありませんが、そろそろそちらも争い気力が残っていないのではありませんか?
仮に私がこの場へやってきたことで双方が手を取り合うことができたらのなら、それはそれで悪いことでもなさそうではありますが。
では、私はこれにて失礼させて――
“ばしゃあ――”
なんだこれは――強酸か!?
いや、これは――
おえええええ!
くっせええええ!なんなんだあのドブ水は!?
ジェッセルトン、お前自分は品も実力もあって、誰にも手出しさせられねえって言ってたよな?
自分が洗ったトイレの水でのシャワーの感想はどうだ?気持ちいいか~?
……
なんだテメェ?やんのか?いいぜ来いよ、さっきまで落ち着けと俺たちを宥めてたくせによ!
ジェッセルトン様は依然としてビーチパラソル社の重要な人員にございます。あなたのポジションや待遇につきましては今まで通りに保持し続けるように尽力致しましょう。
……あなたのような下品な人とやり合うつもりはありません。
ケッ、この役立たずのタマ無し野郎が!
なんとでも言ってください、こんな汚物程度じゃ私を貶すには足り得ませんよ。もっとも、このような下策に出たあなたたちがいかに無聊な人間であるかが証明されることにはなりましたがね。
では。
(ジェッセルトンが立ち去る)
なんなんだあいつ、もはや感心しちまいそうだぜ……
いいからさっさとどっかに消えやがれ!鼻が曲げられちまいそうだ!
帰ってママのおっぱいでも思いながら指でもしゃぶってな!それと寝る前に着替えとけよ、ベッドまで匂っちまったらたまったもんじゃねえからな!
ギャハハハハハ!
どうだ、面白くなったか?
こりゃB区の連中のメシをしばらくはご馳走にしてやらんとは――おい待て、賭けはどうなった?
そりゃ俺の勝ちだろうよ。
はぁ?
忘れたか?俺はA区が“苦い汁を啜る”に賭けたんだぜ?
ケッ、この口先だけのペテン師が!
ジェッセルトン、大丈夫か?あいつらに何か――
おえええええ!くっせええええ!
何されたんだよ!
少々イタズラをされてしまいましたが、気にするほどでもありません。
なんてことをするんだあの連中は!?
余った囚人服はありませんか?
あるにはあるが、替えの一着しか持ってないからな……
……
……ジェッセルトン?
先に自分の独房に戻っててください、着替えてきます。
おや、ジャックさん。
おい、濡れたままの服を着るのか?
すまない……ケチってないで替えの服をやるべきだった。
(呆れるほど純粋な同情心ですね……はやくこの愚か者が信頼しきった後のマヌケ面を見たくなってきましたよ。)
(彼はもう充分私に恩義でいっぱいのはず。あとは少しだけ誘導して、彼の内側に潜む憎しみを煽り立てれば……)
(しばらくの獄中生活でもこのような退屈しのぎの相手を持てるとは、いまったく私はなんて幸運なんだ。)
ジェッセルトン?どうしたんだ、どこか気分でも悪いのか?
いえ、なんでも。
それよりもあなたの容態について詳細をお伝えしましょうか。
報告によれば、あなたの病気は酒の暴飲によるものです。入獄してからアルコールを摂取してはいませんが、獄中の化学製品を扱う作業で身体が悪影響を受けてしまっている。
医者から直接言われましたよ。このままでは余命もあまり楽観視できないと。
ああ……そんな……女房も、七八歳になった子供も、全部俺のせいで……
それと医者からあなたの身体検査の報告書だけでなく、妻からの手紙も預かってきました。
手紙?パティからの手紙か?なんでそんなものが医者のところに?
あなたの健康状態を考慮した上で預かったのだと仰ってましたよ、感情的になってこれ以上身体に悪影響を受けさせないためだとか。
しかしご自身の状況を知ってしまった以上、今さら隠す必要もなくなったので渡すことになったのです。
ありがてぇ、パティから手紙を貰えたのならもうここで死んだって構わねえや!それでなんて書いてあったんだ?
それは……ご自分で確認してください。
(先週徹夜してまで真似した筆跡がバレないといいんですがね。)
「悲しいお知らせがあります。もう今の生活には耐えられませんので、ビルさんと再婚することに決め――」
なんだって!?
これは――おいジェッセルトン、これは本当に――
パティは本当に十五歳の俺の弟と再婚したのかッ!?
(クソ、そのビルは弟だったのか!?)
その――よく考えてください、もしかしたらほかの人の名前かもしれませんよ?
ほかの人、ほかの人って……まさかディキンソン家の大工、俺が入獄する直前に女房を亡くしたあの野郎か!?
め、面会だ――パティと面会させろ!こんなことで俺を見捨てるなんて……俺たちのガキにあのよぼよぼの大工のジジイをパパって呼ばせる気か!?
申し訳ありません、ジャックさん。もしかしたら渡さなかったほうがよかったのかもしれません……
いいんだジェッセルトン、むしろ――なんて言えばいいか、お前が俺にこの手紙を渡さなかったら俺は……
お待ちを、まだお礼を言うには早いですよ。
なんだって?
ご存じの通り、クルビアにいる限りでは金と権力の支配から逃れることはできません。
なぜ奥さんがあの大工に取られたのか分かりますか?金ですよ。
あなたが刑務所に入ったことで奥さんは思い負担を背負うようになった。だから奥さんはその老人と再婚して、自身を愛してくれたあなたから離れることを選んだのです。
だからもし、あなたに復讐するお気持ちがあるのでしたら……
復習?いやいや、俺はただパティに事情を聴きたいだけで……
その後はどうするんです?見逃すのですか?奥さんを見逃したとしても、お子さんのことはどうするのですか?
あなたはお互いが相思相愛だと思われていましたが、ここクルビアで愛はどれくらいの値段で買われてしまうのでしょうね?
奥さんはあなたを裏切り、そして今はお子さんにさえ裏切られてしまうのですよ!それなのにあなたはまったく怒りを覚えないのですか?
ジェッセルトン、頼むから言わないでくれ……
(純粋無垢なだけでなくオツムも悪いときた……どうやら直接ガツンと言ってやるしかなさそうですね。)
(たとえ私がもうじきここから出られることを伝えても、このマヌケなら羨むだけで嫉妬することはないでしょう、何も心配はいりません。)
いま私たちにできることは一つだけです、金と権力を自分たちで手に入れましょう!
金と……権力?そんなものでどうやって子供を取り戻せるって言うんだ?
金があれば、保釈金を支払えます。そうすればここから抜け出し、奥さんからお子さんを奪い返すことができますよ。
そんな金がありゃ、俺だって最初からハメられることだって……
そして権力。
実はですね、この刑務所内外ではそれなりのコネを持ってまして。
信頼できる何人かの友人が、近いうちに私をこの刑務所から拾い上げてくれるんです。
それ本当か?
ええ、本当です。
長年這いずり回った結果、多少なりとも権力の末端に触れることができました。おかげで釈放の目の前です。
私がここに閉じ込められてるのは、ちょっとした不都合に巻き込まれただけに過ぎません、何も心配することはありませんよ。
そりゃいいなぁ……
でもありがとうよジェッセルトン、俺みたいな苦労するだけな人と話をして、ましてや手伝ってもらって……
いいんです。もっと自信を持ってください、ジャックさん。
クルビアじゃ、自分は役立つ存在か、あるいは自分を牽引してくれる人がいれば苦労をされることはありません。
詰まるところ、私がその前者であなたがその後者です。私があなたを引っ張って差し上げましょう。
俺はその後者で――お前は俺を引っ張ってくれるって……まさかここから出してくれるのか?
その通りです。
あとで私のコネを紹介してあげましょう、近いうちその者たちに声をかけて頂ければ……
ジャック!
ジャック・グレー!
はっ――はい!
出ろ、面会だ。
はい……
モタモタするんじゃあない!この運なしのクソ野郎が!家の者が保釈金を集めてきた、さっさと仮釈放の手続きをしてこい!
えっ!?
ウソだろ――俺――
誰が……誰が金を集めてくれたんですか?親父ですか?
ゴチャゴチャ聞くんじゃあない、ここを出たいのか出たくないのかどっちなんだ!
お願いします、誰なのか教えてください!
うるせえな!パティって女だ、テメェと同じ苗字の!これで満足か?満足したらさっさと行け!
パティだって!?
(ジャックが走り去る)
よぉ“同僚さん”よ、また会ったな。
なぜあんな貧乏人に保釈金が……まさかあなたちが――いや、そんなバカな!
するわけねえだろバカが!囚人に金をやるヤツなんざいるか!
だがな、お前が裏でコソコソやってる小細工がバレてないとは思うなよ?“友だち作り”はもうすで所長にまで知れ渡っているからな。
そんでわざわざお前を監視させるため俺をここにやったんだ、余計なマネをするんじゃあねえぞ?
やはりあなたたちの仕業ですか……
勘違いすんなよ、ジャックの野郎は本当にただ運がよかっただけだ。女房が家を売ったかどうかで保釈金をかき集めたんだとよ。
俺たちが何をやったかって言いたいのなら……ちょいと手続きを遅らせたってだけだ。
遅らせた?
一週間前からあいつの女房が保釈金を渡してくれるって知ってたんだよ。
!?
そういうお前は先週、あちこち駆け回ってはその僅かなお小遣いで色んなとこと関係を保とうとしてたもんなぁ――ぷっ、ブハハハハハ!
今どんくらい残っていやがるんだ?
ジェッセルトンの目つきが変わった。
ジェッセルトン様は依然としてビーチパラソル社の重要な人員にございます。あなたのポジションや待遇につきましては今まで通りに保持し続けるように尽力致しましょう。
黒い物質が彼の腕に凝固し始め――
(アーツ音)
おいおい、マジなのか?
そして消えた。
……
まさか。
暴力で怒りを晴らすのは愚か者の所業ですからね。
そりゃ残念だぜ、アンソニーが脱獄してから、上が超強力なテーザーガンを配布して試し撃ちしようと思ってたのに。
それならほかの者で試してやってください。なにせ近いうちにもう会えなくなるかもしれませんからね、粗暴な看守殿。
なんだよ、お前も保釈金をかき集めてきたのか?
保釈金なら……もちろん。
そりゃいいね。けど保釈金を集めたって言うなら、なんでジャックと一緒に出て行きゃしねえんだ?
……
浅はかですね。
本当に金と権力を握ってる者たちが釈放させるのに、たかが金銭ごときを利用すると思いますか?
ヘッ、相変わらず口だけは達者だな。
事実を言っただけです。
ならさっさとここから出られるといいな、その金なんざ利用しない人たちに。
ペラペラと舌をご機嫌に回しちゃいるが、今のお前はマンスフィールド刑務所の囚人のままだ、ジェッセルトン。
分かったらこのバケツとスプレーを持って、さっさとC区のトイレを磨きに行きやがれ!
親愛なるミスターKへ:
順風満帆を祈っております。私は今、朝方未明のマンスフィールド刑務所であなたの手紙を書いております。
ここでの状況は私が潜入した時から何も変わっておりません。
看守たちは意気揚々で、我が物顔。囚人たちはその過剰な気力を喧嘩で発散するばかりです。
どうか、いち早く釈放して頂くようお願い申し上げます。
あなたの力量さえあれば、私のような小物を釈放するには容易だと存じます。
手紙の中で私はビーチパラス社の重要な人員の一人だと述べて頂けましたが、所詮私は無数にいる人材の一人に過ぎず、他者よりも多少なりとも腕に覚えがあり、それ故に幾分か価値がある程度の者に過ぎません。
どうか一日も早く私をここから釈放して頂くようお願い申し上げます。さもなければ、いずれはこの獄中生活に慣れてしまい、往日の鋭さと上述した幾分かの価値すら失われてしまうことでしょう。
あなたの忠実な……
ジェッセルトンは署名欄で戸惑った。
ペンを握り歯を食いしばるも、最初に書き連ねた署名に線を引いて書き直した。
「あなたの最も謙虚なるしもべ、ジェッセルトン・ウィリアムズより」と。
これで……これでいいだろう。
元気を出せ、ジェッセルトン……お前はビーチパラソル社で5年連続最優秀スタッフの称号を手にした人材じゃないか、向こうは必ず助けに来てくれる。
必ずだ!会社は必ずお前を助けに来てくれるはずだ!
そうだ、会社が私を見捨てるはずがない。
もう少しだ、もう少しの辛抱だ。
私がここを出た暁には、必ずやここにいる下作な囚人と看守どもを――
……いや、この話も出てからにしよう。
ジェッセルトン・ウィリアムズは一体どうなってしまうのだろうか?
ビーチパラソル社のK氏は苦境に立たされてる自社のスタッフに救いの手を差し伸べてくれるのだろうか?
次回も皆様に真実の物語『トゥルーストーリー』をお届けして参ります、それではまたお会いしましょう!
ブッ、ブハハハハハハハ!!!
中々面白ェ番組じゃねえか、『トゥルーストーリー』だっけか?こりゃ来週も楽しみになってきたぜ。
ほら見ろ、きっと気に入るって言っただろ?
わしぁこの番組をかなり昔から追ってきたんだが、あんな素晴らしい演技を見せてくれたジェッセルトンって役者は初めて見るわい。
このチャンネルも中々の出費をしたな、あんないい役者どこで拾ってきたんだ?昔もどっかで役者をやっていたとか?
さあな。『トゥルーストーリー』っつうのは昔からニセのドキュメンタリーを作ってきた番組だ、演者のクレジットなんて一度も見たことがない。
どうせどっかの演劇学校から入ってきた新人役者だろ。ありゃきっと将来大物になる、賭けてもいいぞ?ワッハッハ!
ならそいつの将来にかんぱ~い!
乾杯!
しかしこりゃいい酒だな。
ああ、まったくだぜ。
なあ、もしもだ、もしもの話なんだが。
もしさっきの人は役者なんかじゃなく、本当も囚人だったとしたら――お前さんどう思う?
……
冗談にしてはよくできてるじゃないか。
いや、そういう意味じゃ――
中々面白い冗談じゃないか、ワハハ!
ワッハッハッハッハ!
あ、あはは……
(音楽)
この番組はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係ありません。
ではまた次回お会いしましょう。