ありゃちょっと危なかったね、ボクくん。もしかして来た道を忘れちゃったのかい?
ボクくんって言うな!
ただちょっと、忘れてしまっただけだ……
この道案内の専門家であるボクがいなかったら、ボクくんはきっとこんな危険な洞窟を攻略することはできなかっただろうね。このボクでさえちょっと無理があると思えてしまうもの。
ねね、なんなら今のうちにテント張ってさ、一休みしないかい?テントの張り方が分からないのならボクも手伝うからさ。
それ本気で言ってるの?この状況下でよ?
通気性もいいし、空間は開けてるし、雨風はしのげるし、気温もちょうどいいし、何よりここは真っ暗だ、アイマスクを付ける必要もない、バッチリじゃないか。
うーん……エリジウムさんの言ってることも一理ありますね。でもロドスのこういった外勤用のテントの張り方はあんまりよく分からなくて……
大丈夫、ボクが教えるよ。キミのこのタイプは簡単だよ、広げれば使えるからね。あとは金具を何個か固定して……
わっ!本当にできた!すごい便利ですね!
そりゃそうさ!なんせ後方支援部門がこのテントを設計する際、わざわざこのサバイバルのプロであるボクに意見を訊ねてきたからね!
このシリーズの名称にボクの名前を組み込むことも快諾してやったさ、なぜか結局採用は見送られたけど……
もしかしてこのテントにはまだ改善の余地があって、このプロフェッショナルであるボクの名を冠するには早いってことかな?水臭いな~、そんな些細なことなんて気にしちゃいないのに!
ねえトミミ、あなたがロドスでちゃんと過ごせてるって聞いて私はホッとしてたんだけど、なんだかちょっと怪しく思えてきたわ……
ロドスの人ってエレベーターの中でテントを張って寝たりするの?
えーっと、エリジウムさんだけがちょっと特殊なんだと思います……
何でもいいが、これはただのエレベーターじゃない。もう一度言うぞ、これはオレたちドゥリンの自慢な超便利ビッグエレベーター一号だ!
そうだねぇ、テントを張るにはとても便利な場所だ。
それだけの用途なわけないだろ!
はいはい、スティッチにエリジウム、もうそこまでにして。いつになったらその地下都市に着けるの?
そうだよボクくん、もうこのエレベーターに30分も乗りっぱなしだよ。
だからボクくんって……もういい。ところで、部族にいた頃ガヴィルの常識外れな話を耳にしたことがあるんだが、アンタらもそれに関わっていたのか?
もちろんだよ!ボクはいつも彼女に殴られてばかりだ!
……やっぱアンタら帰ってくれ。
いつもって訳でもないよ、まあ三週間に一回は確実だけど……
待ってくださいスティッチさん!!エリジウムさんはただのガヴィルさんの同僚ってだけです、でも……
私はガヴィルさんの最も頼りになる仲間、そしてアカフラの最強部族“ガヴィルウィル”の族長です!きっとお役に立てると思います!
それ後半は無理があると思う。
……はは、そうかい、見返りもないのに手を貸してくれたことには感謝するよ、オレたちの都市もきっと盛大に歓迎してくれるだろうさ。
(小声)その持ち込んできたブサイク極まりないクレーンマシンが役に立つといいな……
なんか言った?
いやなんでもない、もうすぐ着くって言ったんだ。
ようこそ、ゼルエルツァへ。
ドゥリンの都市を訪れる機会なんてアンタら地上人からしたら滅多にないだろう、ましてやこんな美しい……
ななななんだありゃ!?
巨大な滝?
す……すごい巨大なウォータースライダーもありますよ!!!
いや、そこはどうでもいいだろ。もっと遠くにあるあの庭園がついた優雅でシンプルな……
ドゥリンの都市ってこんな感じだったんだ?てっきりもっと、えっと……地味なものだと思ってたわ。
神秘的な地下宮殿とかって、雑誌にはそう書かれてあったけど。
実際このゼルエルツァはドゥリンの都市の中でも特殊な部類なんだ、なぜならオレみたいなレジェンド級のデザイナーたちが建てた都市だからな。
オレの先輩たちは、こういった美と調和のとれた都市を作るためにここへやってきたんだ。そんな彼らの思想を継承した建築こそが、あの優雅で!そしてシンプルな造りをした……
すげー!!螺旋状のウォータースライダーもある!!!
ディランからアカフラは楽しい場所だって聞いたが、あのニヤケ面を見るにどうせボクを騙してるんだと思ってたんだが本当だったんだな!!
は、はやくあの滑り台に行きましょうよ!次は絶対ガヴィルさんも連れて来なきゃ!
この噂に聞く地下のドゥリンたちもビジネスに興味がないか気になるわね。
なんでアンタらはそんな目の前にあるガラクタにしか興味がないんだ!?オレの作品がそんなにぱっとしないのか!?
もういいや……やっぱ探す相手を間違えたよ。
ふぃ~、この近くで間違いなさそうだな。
部族の爺やたちからアカフラの地下には巨大な洞窟があるとは聞いたが、まさかこんなにも複雑な造りをしていたとは。
どうやらトミミのヤツはウソをついちゃいなかったな。
こりゃ最悪の事態が起こったら、マジでアタシらティアカウだけでなく、ここら一帯に住んでる人全員が被害に巻き込まれちまいそうだ。
ほっほっほ、いざそれが起こってもそんな深刻な事態にはならんさ。
大祭司!?なんでここにいるんだ?
そりゃお前さんら二人が困ってると思い駆けつけたんじゃよ。ワシは全能の大祭司じゃからな!
そんで爺さん、どうやってその噂の地下都市に向かえばいいんだ?
まあそう焦るでない、地下洞窟に潜れる機会はそう滅多にないぞ?せっかくなんじゃから周りの景色を楽しんでみたらどうじゃ?
この発光してる植物を見てみ。一つ秘密を教えてやろう、こいつを粉末にして焼いた鱗肉にかけたら、そりゃもう絶品のなんの。
それとこの蔓で実ってる果実は……
大祭司、こっちは急いでるんだ!
分かった分かった。ならあっちの比較的安全な道はどうじゃ?確か先に左に曲がってから右に曲がって、それから右に曲がってから左に曲がるんじゃったかな?
そして四回ほど左に曲がれば着くはずじゃったが……どうだったかのう?
それだと元の場所に戻ってるよ爺さん。
そうなのか?はて、おかしなこともあるんじゃな。
思い出すからもう少しだけ時間をくれ、う~ん……この地下洞窟はどこも複雑過ぎる、憶えてられん!先に右に曲げってから上り坂を登るんじゃったか?それとも下るんじゃったか?
比較的危ない道はどうなんだ?
ガヴィル、お前さんは相変わらずせっかちじゃのう、小さい頃からまったく変わっとらん。
危険だが早く辿りつける道なら確かにあるぞ。
そこの地下河川が見えるか?そこを飛び降りるんじゃ。
正気か?
お前さんらなら飛び降りてもさして問題はないじゃろ。じゃがな……
よしズゥママ、飛び降りるぞ、思いっきり息をしろ――
行くぞ!
(ガヴィルとユーネクテスが走り去る)
やはりワシと一緒にゆっくりと安全な道を行ったほうがいい、実を言うとな……あれ?おい二人とも、どこに行ったんじゃ?
(ドゥリン人達が行き交う)
ともかくここがオレたちドゥリンの都市、ゼルエルツァだ。
アカフラの地下にこんな巨大な空間があっただなんて、知らなかったわ……
ゼルエルツァなら昔からここにある町さ。少数の冒険の話しか頭にないバカな連中以外、オレたちのほとんどは地上に興味がないんだ。
まあ、そういうオレはその例外だがな。
冒険が嫌いなほうの?
そう、オレは冒険なんざ……
っておい、カマをかけるな。言っとくがバカなほうじゃないからな!
へぇ、そうだったのかい!
オホン、では改めて自己紹介をしよう。オレはスティッチ・キャンバス、この町で一番優秀な建築デザイナーだ。
見ての通り、この町で一番人の目を惹くあの建築物は全部このオレが直々に設計して……
あのおっきなウォータースライダーのことですか?すごいですねスティッチさん、ちょっと見直しましたよ!
いや、それはオレがデザインしたもんじゃない。
ならきっとこの地下都市を覆ってるドームだな?まさか疑似的な太陽光を作り出すなんて、キミやるじゃない!
なんなんだアンタらのそのセンスは!なんでそんなどうでもいいものにしか目が行かないんだよ!少しはこの町の一番注目を集める場所にも目を向けろ!
えーっと……緑が多くていいわね?
分かった、アンタらのセンスはもう救いようがない。
だがせっかくだ、正式にオレからの依頼をこなしてもらう前に、この町にある叡智の結晶とも称される場所に案内してやってもいいぞ。
その場所はオレの仮住まいではあるが、このオレが自ら設計し、深奥なる思想をふんだんに盛り込んだデザイナーハウス……
さあ!とくとご覧あれ――
イナムさん、見て!あれってなんのお店ですか?
水着かしら?
どれも可愛い~!!
あなたじゃドゥリンの水着は着れないわよ、何よりその尻尾じゃあね……
むー、尻尾のことは言わないでください!
でも見るだけならいいですよね!
(イナムとトミミが立ち去る)
っておい!せっかく紹介してやってるのにどこに目移りしてるんだ!!
エリジウム、はやくあの二人を連れ戻して……
お買い上げありがとうございました~!
う~ん、この焼きキノコの食感、エスニックな味!うま~!
やっぱり食べ物に関してはケーちゃんのセンスはピカイチだ、アカフラのキノコも美味しかったけど、ここのキノコも絶品だね!キミも一本どうだい?
……溶け込みすぎだろッ!
うぅ……頭いてぇ~……
しっかりしろ!こんな小さな苦境に倒れるお前じゃないだろ!この災いと苦痛に屈する俺たちじゃねえ!
俺はもうダメだ……あんたらと一緒に過ごせて、俺は楽しかったぜ……
何か、何か方法は……
そうだ、あの神秘の液体!あれならどうだ?活力を取り戻してくれるあの神秘な液体だよ!
あぁそうだ、あの神秘の液体があれば、もう一度自分の人生に自信を取り戻せる……
おーい、通りすがりのみんな、どうか俺たちを助けてくれ!一緒にあの魔力を帯びた名前を声高に叫ぶんだ!
そうだ!そこの太い尻尾をしたあんた、あんたに言ってるんだよ!
えっ……わ、私ですか?
そうだ!さあ、自分の本心に従って、あの名前を声に出そう!三、二、一!
カール印のミード酒!!!
えっと……ガヴィルさん仕込みのお肉スープ?
待った待った――
おいデカ尻尾、あんた間違えてんぜ!
で、デカ尻尾って呼ばないでください~……
ったくアヴドーチャめ、一体どっからこんな変なヤツを連れてきたんだ……
アヴドーチャ?
おい待て……あんたらカール印のミード酒愛好家協会のモンじゃないな!
確かに!アヴドーチャ以外の素面がいるはずがねえ!
素面かどうかで人を判断してるとは……
どうする?俺たちが愛してやまない名前を叫ぶ活動もここでおしまいか?
バカ言うな!
あんた地上からやって来たリーベリだな?ここで出会ったのも何かの縁だ、ほらほら、ちょうどまだ樽半分ぐらいの酒が残ってる、あんたも楽しめよ。
イナムさん、あの人たち酒樽を持ち歩いてますよ!
……というか一体どっからあんなデカい樽を取り出してきたの?
これはゼルエルツァん中で一番いい酒なんだぜ!まあ一部じゃ頑なにそれを認めようとしないセンスのねえ連中もいるが。
(フラつくドゥリンがエリジウムに近寄る)
一口飲んでみろよ、リーベリの兄ちゃん。期待通りの味だって約束するぜ?
えーっと……中々情熱的な人たちだね。
まあまあ遠慮すんなって!それにあんた、結構素質があるな……
ふっふっふ、才覚が滲み出ちゃってるように見えるのかな?
(酩酊したドゥリンがエリジウムに近寄る)
チャラついてるし酔ってるに違いねえ、お前ならきっと俺たちの協会がお似合いだと思うぜ。
人が酔い耽ってしまうほどの素質があるってことかい?あはは、そんなに褒められるのは初めてだよ、まさか自分にそんな一面もあったとはね。
じゃあ遠慮なく、一口ぐらい試してみようかな!
そこのお嬢ちゃんたち、あんたらもよかったら……
ええ、私も一口頂こうかしら。
ちょ、ちょっとだけなら!
ちょっと待て!なに酒を飲み始めてるんだ!これから依頼をこなしていくんだろ!
ん?あんたは……
フッ、まあそう構える必要はない。直接偉大な建築デザイナーと直面したら緊張してしまうのも分からなくはないさ。
この人たちも手持ち無沙汰に見えてしまうかもしれないが、まだオレの仕事の手伝いで忙しいんだ。だからここで失礼させて……
お兄ちゃん、お前もどうだい?いい酒だぞ?
オレか?いや結構だ、酒は飲まないのでな。
しっかりと脳を働かせて問題解決する数少ないドゥリンとして、頭をできるだけスッキリさせたいのでね……
……チッ。
……なんだその顔は?なんで酒瓶を持ち上げてるんだ?
おいおい聞き間違いじゃないよな?こいつ今なんつった?
酒は飲まないだってぇ?しかも頭をスッキリとさせたいだぁ?
おいみんな、緊急事態発生だ、異種族のモンが紛れ込んできやがったぞ!
目をかっぽじってよく見てみろこのアル中どもが!異種族のモンはあっちだろうが!
こいつがどんなバカなことを口にしたのか思知らせてやれ!
「氷よりも堅く、冬よりも長く、そして涙よりも静かに、ため息よりも虚しく。」
「イノヴァはやはり、どうしても彼女が去っていったあの午後のひと時を忘れられずにいた。町はまるで咳き込む巨人のように、鉄錆と血を吐き出していく。」
「そんな彼女は躓いてしまい、再び起き上がるも歩みを止めることはない。彼女が多くを求めることはないのだ、ただ夢のない地と捨てるに憚ることのない時間を欲していたに過ぎない。」
「だが熱いお茶が一杯、薄酒が数杯もあれば尚のこと良いのかもしれない。味わうことは罪ではないのだ、少なくとも彼女にとってはそうであるように。」
「彼女は一体何を追い求めているのだろうか、また何から逃れているのだろうか?」
「しかし彼女でさえもその答えを知ることはなかったのである。」