
つまりスライダーを吹っ飛ばすには商業代表のクロッチ・レンガ、工業代表のデコルテ・シルバーコイン、そんでカチってヤツらを説得させればいいんだな?

ああ、アイツらは重要なポストに就いてる人物たちだ、アイツらが頷けばほかのドゥリンたちも素直に従ってくれるさ。

それ自分でやれねえのかよ?

……

まっ、なんか向こうから歓迎されてはなさそうだもんな。

そんなドストレートに言わなくてもいいだろ。

面倒臭そうではあるが仕方ねえ、これもアカフラのためだ。

んでどこでそいつらを探すんだ?

ふぅ、やっと終わった。なんなんだあのガヴィルって人は……おっかな過ぎだろ。
(イェギーが近付いてくる)

こりゃお前もますます図に乗ってきたみたいだな。

イェギーか、なんだ不満か?

正直言って、“大水溜まり”のことについては勿体ないと思っておる。

ハッ、あれが鉄道橋のルートを塞いでるからいけないんだ、オレだってこんな面倒なことはしたくない。

とは言え、ワシにもいい考えがあるぞ。ほら知ってるだろ、ドームが崩れ、滝ができてしまった時にこのスライダーは作られた。もう半年前のことだ。

みんなまだ楽しそうにしてはいるが、正直もう半ば飽きてしまっている。

だからこれを機に新しいのに作り直してはどうだ?さっきもカチとバカでかい水鉄砲とか話をしていただろ?もう街中にその話が広がっているぞ。

実を言うとな、ワシも少なからずワクワクしてしまっているんだ!

……はぁ。

もうあのアダクリス人ときたら~~!野蛮で無礼で粗暴で身勝手で!想像できますクロッチさん?創作に行き詰ったから気分転換がてら洞窟で野茶取りしていた矢先に……

あの人に抱えられて滝から飛び降りることになったと。

ホント最ッ悪ですわ。

でもそれを物語として書き上げれば、きっとゼルエルツァで人気を博すと思うよ。あんな刺激的な誘惑に抗えるドゥリンはいないからね。

「ガヴィルを信じろ」……その後に続く「しっかり掴まれアヴドーチャ」のくだり……とてもロマンがあるじゃないか。

ロマンはありますわね、ロ・マ・ン・は!

少なくともあなたが書いた雪に関する話よりはインパクトがあると思うよ。

雪……二日前にその雪の話を書いた本を手に取ってくれた子供たちが来て、ようやくこの本にも読者がついたと思っていたのに……

どうだったの?

「面白いコメディだね、また読みに来るよ」と言って去っていきましたわ。

だろうね。

その人たち、きっと悪気はないと思うよ。ただ、私たちドゥリンはどうしてもあなたが体験したその話に実感が湧かないんだ。

あなたに何度も説明されてやっとこっちも理解できたぐらいだよ?普通のドゥリンじゃ理解するには相当時間を有するかもね。

本物の雪なんて見たことがないんだし、ましてやあなたが書いた雪だなんて……あの単語、なんて言うんだったっけ?“欺瞞”と“逃亡”だっけ?

そういった言葉は、文学のみの存在だったらどれほどよかったものか……

ここで暮らし始めて、妾はとても満足しておりますわ。ここなら搾取することもされることも、何より恐ろしい陰謀も、陥れられることも殺されることもないのですから。

商店街にキャッチコピーを書いて、ロゴやマークをデザインして得られる収入だけでも腹を満たせられる。これ以上の望みは、はっきり言って贅沢ですわ。

人工の太陽光ではありますが、毎日のんびりと日光を浴びてるだけで、妾にとってはもう十分です。

このままずっと平穏な日々が続くといいのに……

おーい邪魔するぜ、ここって商業代表のクロッチ・レンガのオフィスか?

スライダーを吹っ飛ばす許可をもらいにきたぜ。

……

……叶いそうにないね、アヴドーチャ。

よぉアヴドーチャ、お前もここにいたんだな。

なんか顔色が悪そうね。

クロッチさん、ここでひとまず失礼させて頂きますわね。

家に戻って、クロスボウを調整してきますので、では。
(アヴドーチャが立ち去る)

なあ、アタシ怒らせちまったか?

……オホン、えーっと、皆さんがゼルエルツァに来た訪問客だね?カチからは聞いてるよ。

なんていうか、彼の言ってたこともなかなか的を得ていたね。

「ドゥリンよりもドゥリンみたいな人たちが来た」って。

逃ゲロ!逃ゲロ!

ふむ、やはりLanset-2姉様と違って、お前は中々変わった構造をしているな。

離シテ、クダサイ!

お姉様ほどの知能は持っていないように見えるが、基礎的な反応は見て取れる……一体どういう原理をしているんだ?

高イ脅威度ヲ検知!離シテクダサイ!離シテクダサイ!

落ち着け。私はズゥママだ、悪いヤツではない。

ズゥママ、新タナ人物トシテ登録シマス。

お前、名前は?

名称:ドゥリンノタメニ奉仕スル光栄アルR3-E3型サポートロボット、型番ハ0429ニナリマス。

そうか、0429だな。では一つ訊ねたいのだが、サスペンション機能に問題でもあるのか?なんだか振動が激しいように見えるが……

セルフチェックノ結果、長期ニ渡ル稼働ニヨリ、パーツガ老朽化シタト思ワレマス。

なら良ければ私がメンテナンスをしてやろうか?ほら、セットごと道具を持ち運んでいるんだ。

メンテナンス……実行ノ有効性、低イト判定。R2-E3ハ服役満了後、即座ニ廃棄サレマス。

まあそう自暴自棄になるな、見たところ大した問題はなさそうじゃないか。ボルトを何本か締め直せばいいはずだ。

何より……お前はかわいい。手を貸すが、どうだ?

よかったら友だちになろう。

友ダチ?理解不能、友ダチトハ?

友ダチハ理解デキマセンガ、メンテナンスヲ実行シテクレルノデスカ?

ああ、任せてくれ。

だがまずはお前の外装を切除しなければならないな。

メンテナンスノ実行ミッションヲ却下シマシタ。危険、非常ニ危険!
(奇妙な機械0429が逃げる)

怖がらなくていい!痛いようにはしないから、さあこっちに戻ってきてくれ!
(ユーネクテスが追いかける)

……なんか地上から来たフィディアの女がサポートロボットを追いかけてるとこを見かけたんだけど……

もしかして飲み過ぎちゃったのかな?

そういえば、アヴドーチャが書いたあのよく分からない物語にもこんな場面が描かれてたっけ?確か、“死の淵まで追い掛け回す”?

彼女、あれは喜劇じゃない!って言ってたっけ……今ちょっと理解できたかも……

イナムさん、お茶のおかわりは如何?

ええ、頂くわ。しかし、ドゥリンがお酒以外の飲み物に口にするとは意外ね。

たまにはお口直しもしないとね。何より、まだ仕事中だからさ、お酒は時間が空いた時に飲むつもりだよ。

よかったら二人っきりで商談とかしてみるのはどうかな、イナムさん?

ガヴィルの実力を信じちゃいるけど、こういう場面じゃ役に立てそうにないか。

だって私たち、同じタイプの人間だものね、ゼルエルツァの商業代表者さん?

おや、あなたもビジネスに惹かれた人間だったのね、それなら大歓迎だよ。

ゼルエルツァは小さな都市なんだ。この前までほかの都市と連絡が繋がってた時は商業代表としてまだ仕事にありつけられたんだけど……

この前に起った地震の影響で唯一ほかの都市と繋がっていた鉄道が壊されちゃったから仕事もパッタリと、ね。まあゼルエルツァは自給自足できてるし、みんなそれほど自由気ままな人でもないから助かってるけど。

だから今の私の仕事は住民たちの意向に沿って、主に幾つかの娯楽イベントの企画を任されているんだ。

“大水溜まり”周りの屋台を管理したり、新しい自走車のパーツ開発にも少しは関わっているけど、まあ暇でね。

……ドゥリンの価値観はまだ理解できていないんだけど、普通べろんべろんに酔っ払いながらサーフィンしに行くのって自由気ままなんじゃないの?

それは……ギリギリ言えてない、かな……

でも、地上の価値観だとそれは……

地上ならそうかもしれないけど、ここじゃそうじゃないよ。

だから私たちを説得させてスライダーを吹っ飛ばすつもりなら、それ相応の見返りってものが必要になるかな。スティッチがあなたにどんな約束したかは知らないけど。

お互い欲しいものを交換し合う、それがビジネスってものでしょ?

それで、イナムさんはゼルエルツァに何をもたらしてくれるのかな?アカフラの手芸品だけじゃ交渉は成立しないよ?

鼻が鋭い一部の自走車の販売業者がすでにあなたたちよそ者のイメージをパーツ販売のキャッチコピーとして利用し始めたけど、それでも物足りないかな。

あなた……想像よりも地上のことを理解してるのね。

直接地上に上がったことはないけど、街の図書館で本とか漁ってたからそれなりにはね。

だからあなたたちの習慣とかもある程度は理解してるつもりだよ。

アカフラ人にはカニを囲ってひたすら踊り明かす伝統があって、最後まで踊り続けられた者が王の称号を得られる、合ってるかな?

……それ、どこで知ったの?

『ほらばなし』って本からだよ。ゼルエルツァで一番流行ってる本でね、当時ある大冒険家が地上からたくさんここに持ち込んできたんだ。地上に関する百科事典といても差し支えないね。

いや差し支えあるわよ!なんなのそのふざけた内容は!

……えっ、書かれてたことは間違ってたって……こと?そんな……あの本を読むために、頑張ってサルゴン語まで覚えたのに……

どうりで訛りがないと思ったらそういうことだったのね。

はぁ、もうなんかごっそりやる気が削がれた気分だわ。この感じだと、最新号の『ほらばなし』だけでもあなたたちを買収できそうね……

最新号って……あれまだ続いてたの!?だったらさ……それと交換してくれるのなら、スライダーの一件も考えないであげなくも……

そんな本よりも、もっといいモノがあるわよ。

これは?

ビデオテープって言うの、見てみる?

見つけましたわよ。

おっ、アヴドーチャじゃん、奇遇だな。また散歩か?

あなた方、一体なにをしようとしていますの?

イナムさんならクロッチさんとなんかビジネスの話をすると言っていましたよ。私たちは今ズゥママを探してまして。

いやそういう意味ではなくて……なぜ妾たちの都市へやって来たのかって聞きたいんですの。一体なにが目的なんですの?

超便利ビッグエレベーター一号でずっと待ち構えていましたが、まったくあなた方の主力部隊が来る気配すら感じませんでしたわ。もしや首長たちはここに金の匂いを嗅ぎついたんですの?

この街にはあなた方が求めている資財はありませんわよ。もし己の血でこの街を汚したくないのであれば、即刻ここから立ち去ってくださいまし。

だから誤解だつってんだろ。アタシらだって騙されてここに来たんだ、獣やデカいキノコに襲われてるって聞いたのに、ただの鉄道の修復ときたぜ。

……それってただの労働力として騙されただけじゃないですか、そんな見え透いたウソにも騙されてしまったんですの?

おい、労働力ってなんだ、労働力って。

あの時スティッチはすげー青ざめた顔で言うもんだし、トミミはそれを大袈裟に書くしで……こっちはすげー心配してたんだからな!ズゥママとせっせと準備したっていうのに……

うぅ、ごめんなさい……私はただガヴィルさんにしっかり休んでほしかっただけで……

はぁ、もういいよ……これを機にここでリフレッシュすりゃいい。

……つまり、本当に悪意を持って、なんならどこか貴族の指示を受けてここにやって来たわけではないんですの?

そうだよ。信じるか信じないかはお前の勝手だがな。

……確かに、よくよく考えてみれば、サルゴンの貴族や首長とてあなたみたいな野蛮な方の力を借りようとはしないはずですわね。

アタシはただ人の指図を受けたくないってだけだよ。

アタシらの目的ならシンプルだ。スティッチたちに手を貸して、そっからティアカウの役に立ちそうな技術と人を上に連れて行く、それだけだ。

ロドスにはまだ大勢の患者がアタシの診察を待ってるんだ、早いとこ戻りてぇ。

あなた、医者なんですの?

なんだよ、見えねえってか?ちゃんと免許も持ってんだぜ?

そちらのトミミさんのほうがまだ医者といった風格を有しておりますわよ。

あっ、お医者さんの仕事なら私だってできますよ!ガヴィルさんから麻酔術を教わったことがありますから!

打つとこ目掛けて、ゴツンッ!って――

これがその……“ガヴィル式運動エネルギー麻酔術”だって、ロドスのみんなが言っています。

……誤解しないでくれ、その手段はアタシでも比較的特殊な状況下でしか使わないんだ。

たとえば、麻酔薬がきれちまった時とか、補充の分が戦闘時になくしちまった時とかな。

――やっぱりあなた方を監視しておいたほうがいいですわ。

ここは妾の安住の地なんです、下手な真似をしてここを破壊しようだなんて思わないことですわ。

そうか、なら勝手にしてくれ。

そちらの用事が済まされたら、即刻ここから立ち去って頂きますから。

なら済まされていない間はここでのんびりしてもいいってことだな。

あの、アヴドーチャさん……ここに住んでるっておしゃってるのでしたら、この街を案内してくれませんか?

……先に行っておきますが、街の地理地形の偵察をするつもりなら諦めることね。

いえいえいえ、そんなつもりじゃなくて!私はただ……

すごくいいお洋服を着ているな~って思っただけです!どこかドゥリンの流行のお店とかはありませんか?その……オシャレの勉強がしたくて!

……?

まあ、でしたら……何軒か心当たりはありますけれど。

ドゥリン式のネックレス類とかは如何?

見たいです!!
(カチが近寄ってくる)

やあ、スティッチ――

……カチ、何の用だ?

昔はずっと自分の部屋に引き籠もってたのに珍しいね。

オレだってたまには太陽が恋しくなるさ。わざわざそんなことを言うためだけにここへ来たのか?

ボクのスライダーを吹っ飛ばそうとしているんだ、相談の一つや二つもダメなのかい?

……フンッ、もう耳に届いたのか。

マスター・イェギーから聞いた。

あのジジイ……それで、やめろって言いに来たのか?

いいや、反対はしないさ。ボクたちはもう十分“夏”を過ごしてきたからね。

デザイナーであるのなら、いつだって次の作品こそが傑作だ、違うかい?

チッ、そういうところが鼻につくんだよ。

そういうところって、どういうところ?

いつもいつもマヌケでいるところだよ。

あははは、こりゃ大きく評判を頂いたものだ!

しかし、スライダーを撤去する条件として、やはりキミとドームのことで話し合わなくちゃいけないと思ってね。

……話すことなんてない。

まあまあそう言わずに、 “大水溜まり”を吹っ飛ばす前に、少しだけ散歩がてらいくつかのプロジェクトを体験しに行こうよ。

ねえねえ、まだある?次はどんなものが見れるの!?

あっ、イナムさん、コップが空いてるよ、もう一杯いっとく?

いや、まだ残ってるから遠慮しとくわ……

もう、進みが遅いよ~。

あの“ワイン&コーヒー”ってチームは惜しかったね、あとちょっとで優勝できたのに!あ~あ、あの船まであと一歩ってところだったのに!

どうやら気に入ってくれたみたいね。

うん!あなたたち地上人の暮らしって、私が想像する以上にエキサイティングなものだったんだね!

それでさ、これは一体なんのビデオテープなの?

ドッソレスで行われた“ウォーリアチャンピオン大会”って行事よ、このテープは私のキャラバンの友だちから貰ったものなの。

昔大きな事故が起こったものだから、その後も開催されているかどうか分からないけど。

あっちょっと――もう少しだけ見させて!前年の負けたチームがどうリベンジしてくるのか気になってしょうがないよ!

どんなつまらない娯楽だって、“競争”を加えれば途端に面白いものに変化していくわ。

自分たちのチームを応援しながら、友人たちと麦酒を飲み交わす。きっとこんな暮らしを拒むドゥリンはいないでしょう。

それに大会期間中は、酒類やファーストフードの売り上げも普段と比べて倍ぐらいに増えるはずよ。ドゥリンたちにとって悪い話じゃないけど、どうかしら?

お酒の売れ行きなら普段から好調だから、大会を利用してまで購買意欲を刺激する必要はないと思うけど……

でも、思いっきり楽しめるってのは、魅力的で間違いないね。

なら率直に提案させてもらうわ、クロッチさん。

超すごい水上レースを作ってみるつもりはない?






