パチパチと目を覚まさせたスティッチは、二人の見慣れた面影が目に入る。
アヴドーチャさん、着替えを持ってきたよ。
ありがとうございます。
クロッチさん、今後はお酒を控えたほうがいいですわよ。
あはは、ごめんごめん。でもさ、結果オーライじゃん?
どこがオーライなんだか……
はぁ、もういいです。ほかの場所で着替えてきますわね。
そして、その二人もまたスティッチの目覚めに気が付く。
あら、ご機嫌よう、スティッチさん。
オレは、どうしたんだ?
気絶してましたのよ、憶えていません?
確かオレは船を操縦して、イェギーが飛び乗ってきたんだが、その後は……ッ……
それから船は暴走し、岸辺に上がってあなた方二人を振り落としたんですのよ。
……イェギーは?
先に目が覚めて、エリジウムさんと一緒に測定へ向かわれましたわ。
そうだ、船に積んであった装備は!?
船に積んであった装備ならほとんどは使い物にならなくなってしまいました。測定装置は……急遽デコルテに作らせてもらいましたわ。
岩盤掘削の装置なら使うまでもありませんわね。
どういうことだ?
さっきからうるさいと思いません?
アヴドーチャはやるせないながらも、そう遠くない場所を一瞥した。
彼女からの気付きを得て、スティッチもようやく理解が及んだのだ。さっきから騒々しいこの噪音は自然のものではない、何やらチェーンソーと崩れる岩が合わさった音のようだ。
(ガヴィルがチェーンソーを岩壁に向かって押し付ける)
ガヴィル、一体なにをやって……
見りゃ分かんだろ、岩壁を整えてんだよ。
船の衝突でここに大きな穴が開いてしまいましたが、それでもまだ簡単には通れませんの。
掘削装置は使い物にならなくなってしまったものですから、本当ならしばらく予備が届くまで待つ必要があると思いましたけれど――
まあ、見ての通りですわ。
はは、鉄道の修理や測定よりも、こっちのほうアタシに性に合うぜ!
周囲を見渡すと、スティッチは断面がキレイに整えられた岩のブロックと、人が二人肩を並べても十分通れるほど広くなった洞窟の穴を見つけた。
間違いない、これはガヴィルの仕業だ。
つまり、掘削装置が全壊してしまった状況の中、ガヴィルはたった己の力だけで、トンネルへ通ずる道を切り拓いていたのだ。
アカフラで聞いた荒唐無稽なガヴィルの無敵伝説も、もしかしたら一部は真実なのかもしれないと、スティッチは疑い始めてしまったほどである。
おっ、エリジウムじゃねえか、やけに帰りが早いな?
……
どうしたんだよ?イェギーは?
まずいことになった、ガヴィル。
なんだ?まさか巨大なオリジムシとかが出たのか?プロヴァンスからシエスタでそういうのを見たって聞いたぜ。
生き物程度だったら、今もキミと冗談を交わす余裕ぐらいはあったさ。
ともかく、ついて来てくれ。
崩落した箇所を通り抜け、一同はトンネルの中へと入って行った。
中の空間は、トンネルと言うよりかは洞窟と言ったほうが近しい。広くも暗闇が広がっている。
だが流石はナビゲートのプロフェッショナルだ、エリジウムがガイドしてくれたおかげで、一同は難なく洞窟の中を進んでいく。
なぜこんな短時間にトンネル内の構造を把握できたのか、もしやエリジウムはこのトンネルを一度通ったことがあるではないかと、疑えてしまうほど順調に奥へ進んでいく。
だがエリジウムが足を止め、一同がその先にあった光景を見た時、なおさら先にこの洞窟へ入って行ったエリジウムとイェギーたちを疑うのであった。
一同が目にしたのは、岩壁から露になった源石の鉱脈であった。
それに、源石に少しでも理解を持っている人なら容易に気付くことができるだろう、この源石鉱脈はすでに活性化して久しいと。
そして活性化は、即ち――
爆発を引き起こすことを意味する。
あるいは――
災いを意味すると言ったほうが妥当だろうか。
なっ、そんなバカな!?
都市を建てる以前にもこの方角で源石鉱脈の存在を観測していたんだが、なんせトンネルから距離がとても離れていたものでな――
以前起こった大地震のせいで鉱脈がここまで引っ張られてきた可能性はない?その後も何度か小さな余震も起こったとかなんとか。
明らかにこの鉱脈は地層から高く突き出ているように見えるよ。
その可能性もなくはないが……
いや、その通りかもしれん!以前の地震のせいでここまで引っ張られてきた可能性も十分にある!
それにゆっくりと活性化までさせられた。
ワシらのドームに備えられていた源石の測定装置はずっと壊れたままでな、だから発見も遅れてしまったのだろう……
そんな……じゃあオレがあの時……
お前のせいではない、スティッチ。
あれはワシら全員が投票して決めたことだ。
しかしな……
ワシらが先ほど歩いた距離は500mにも満たん。もしこんな近い場所で活性源石の鉱脈が爆発しようものなら……
ゼルエルツァは無事では済まんぞ。
緊急のお知らせです。
先ほどの水泳大会によって開いたトンネルに、マスター・イェギー率いる選手数名が調査へ向かったところ……
都市から直線で約1kmのポイントに、源石の鉱脈を発見しました。
測定の結果、状況は芳しくありません。
ゼルエルツァ建設の際に行われた初期の測定では、この鉱脈はゼルエルツァから約3kmの地層付近に存在しておりました。
しかし半年前の地震が原因として地層に変化が生じ、鉱脈は都市付近まで移動してしまった上に活性化してしまいました。
現在、この鉱脈は間もなく爆発を引き起こす恐れがあると、緊急測定したマスター・イェギー率いるほか専門家が判断しております。
詳しい情報はまた後ほどお届け致します。
ゼルエルツァの市民におかれましては、速やかに避難の準備をしてください。
ん?活性化した源石鉱脈が爆発するだって?急に何を言い出すんだ?
市内放送の内容から察するに、以前の地震でドームが壊されてしまった後、そのドームに備え付けられていた源石測定機能を修復してやれなかったから、発見が遅れたってことだろう。
なんか、マスター・イェギーも昔に同じようなことを言っていたような気がするな。
まっ、こうなっちまった以上は仕方ねえ。
あなたたち……“大水溜まり”を作ったことは間違いだったって思わないの?
俺たちはこの結果を受け入れてんだよ、なんでそう思わなくちゃならないんだ?
そうさ、私たちは一度だってマスター・イェギーの警告を無視したことはない。
ドームの修復よりもあの“大水溜まり”を作るって決めた時から、マスター・イェギーは何度も警告してくれていた。
でも私たちはそんな潜在的な危機があることを理解した上で、“大水溜まり”の建設に踏み切ったんだ。
だから今、私たちはただ回って来たそのツケを背負うだけだよ。
……
そうそう、だからお前さんらが俺たちを同情する必要なんて一ミリもないぜ、地上人。
考えを変えてみりゃ、俺たちは少なくとも長い夏を過ごしてきたんだ、違うかい?
しかし、避難ねぇ……何を持って行って何を残していけばいいか全然整理がつかないぜ……お前さんは?
私は君と違って、私が持っている今の自宅は当時私が一番理想としていたデザイナーハウスだ、それを残して避難なんてできるものか。
そっか、ならあの鉱脈がそう簡単に爆発しないことを祈るばかりだな、俺も少しは整理整頓しておくか。
じゃあ一先ず飲みに行くってのはどうだい?ミード酒は如何?
興味ないな、飲むつったらやっぱりセブンスリキュールだろ。
ここのドゥリンたちもいま上にいるアダクリス人たちと大差ないと思っていたんだけれど……そうでもなさそうね。
はぁ……
イェギーさん、どうですか?
完全に測定するにはもう少しだけ時間がかかる。だがワシの経験則によれば――
一か月もしないうちに爆発するだろうな。
一か月もしないうちにですって?
なら今すぐ鉄道を敷いて、市民たちをトンネルへ向かわせて避難させたほうがいいですわ。
いや、それだと間に合わない。
もっと深い場所を掘って一時的に避難所を作ったほうがいい。
確かに、この距離にある源石鉱脈が爆発しても、ドームが少なからず被害を軽減してくれるでしょう。
しかし問題は爆発した後の源石粉塵です!
もし粉塵が市内全域を覆ってしまえば、妾たちは全滅ですのよ!
ですので今は危険承知の上、鉄道を敷いて障碍を除去し、全員を避難させたほうがいいですわ!
だがな、今じゃトンネル内も源石まみれなんだぞ、トンネルを無事に通過できるはずもない!
今ゼルエルツァには数十万人がいるんだ、細心の注意を払いながら多くて二十人程度が横に並べる程度の広さしかないトンネルを進んでも、どれだけの時間がかかると思ってるのだ!?
おい、こんなとこでケンカしてる場合か?
あなたは黙ってなさい、ガヴィル。ではお聞きしますがイェギーさん、それよりもいい方法はありますの?
今すぐ源石鉱脈の反対方向に掘り進めたほうがいい。
全員を収容できる小型の避難所を建てた後、戻ってきた道を封鎖してからさらに奥へ掘り進めれば……
この都市は数十万もの人口を有していますのよ!いくらゼルエルツァのテクノロジーを以てしても、短時間にそれを完成させるには無理があります!
それにその後の数十万人もの生活をどう維持すればいいのですか!?
じゃあトンネルのほうを行けば無事で済むと言いたいのか!?
少なくとも一番危険な源石が生えてるエリアを通過すればチャンスはあります!
もしその避難所に立てこもった時に、唯一ほかの都市へ通じてるトンネルが源石に覆われてしまえばどうするのですか!
それこそ、妾たちはみなゆっくりと死を迎えるだけじゃないですの!
むむむ、お前の言ってくることも筋は通ってるが、しかしやはりだな……
危険なのは妾だって理解しておりますわ、しかし今はもうこれしか方法はないんです!
……なあ、アヴドーチャ。
急を要することでなければ後にしてくださいませんか、ガヴィル?
いや、アタシだって邪魔するつもりはねえよ?でもさ――
そのトンネルも通れねえってなったら……
残った方法はトミミが言っていたあの超便利ビッグエレベーター一号を直して、全員をアタシらの部族んとこに避難させるぐらいしかねえ。
方法ならまだあっただろ、なんでそこまで言い争ってるんだよ?
それは……地上へ向かうということですか?
ああ。
えっ、まさかお前ら……思いつかなかったのか?