地上へ向かう?
何を仰いますの!ドゥリンたちは一度も地上に上がったことがないんですのよ!
でもスティッチは上がってきただろ?図書館にある本だって地上の人が持ってきたものだろ?
っていうか上がっちゃダメって決まり事もないはずだよな?
お前らが言ってたトンネルも新しい避難所に避難するのも、聞いてて危なっかしいぜ。
だったら地上に上がって、アカフラんとこでしばらくの間避難するのが一番いいはずだ。
しかしあのエレベーターがあんな大人数を収容できるはずが……
……
どうした?
言い返したいことは山々ですが……
まずは説明しておきましょう。まだゼルエルツァでは見かけていないはずですが、ドゥリンの社会において列車は極々一般的な交通手段です。
確かに、エレベーターは真上に移動するものですからすぐにでも地上に到達できるでしょう……
しかしドゥリンの都市は移動もできず、建設当初から滅びのリスクと向かい合わなくてならないため、彼らにとってエレベーターよりも列車のほうが遥かに実用的なんです。
それに一部のドゥリンの探検家からも、ドゥリンの都市は通常地上から1000mから1500m下に位置しており、この範囲外に存在する都市はないと結論付けています。
つまり、ドゥリンの探索は横ばい形式ですわ。ある都市から一二百メートル垂直に下ったところにもう一つの都市があるという状況はあり得ません。
えーっと……つまりそれとエレベーターになんの関係が?
あなたに説明しても無駄なのは分かりますけど、それでも妾なりにも責任を負わなければなりませんの。
んだよ、じゃあつまりドゥリンからすれば列車を作ったほうがいいって言いたいのか?
はぁ、まあそういうことにしておきましょう。
ではそういった状況を鑑みて、エレベーターの存在意義というのは何なのでしょう?
分かった、資源獲得でしょ?
なぜドゥリンの都市が横に発展していくのかは分からないけど、まあある種の習性かな?
でもそれって彼らの資源探索も水平に広がっていくとは限らないって意味だよね?
あら、随分と理解が早いんですね?てっきり色んな場所を見てきたと言ってもただのウソだと思っておりましたわ。
わ~お。
ほらガヴィル、アヴドーチャさんのほうがキミよりもボクの価値を理解してくれているぞ!
だからなんだよ。
アヴドーチャさん、もし今度ガヴィルと争うことがあったら、必ずアヴドーチャさんに味方してあげるね。
……結構ですわ。
ともかくあなたの言う通り、ドゥリンたちが探索を水平に展開していくのは、鉱物資源に並々ならぬ情熱を抱いているからですわ。
都市に関わる計画諸々は多くの人たちが共同して策を決する必要がありますが、穴掘りに関して各々の自由。
ですので、ついうっかり自分たちの都市のてっぺんあるいは地下数百メートルまでの場所を掘り進めてしまうこともしばしば。
実際、少なからず一部のドゥリンの歴史家たちはこう思っておりますわ……
初めて作られたエレベーターは都市の真上に鉱脈があることを発見し、直接真上に穴を掘ったほうが早いと気が付いたために設計された。
しかし、地上に興味を持ち始めたドゥリンたちが増えていくにつれ、あのエレベーターも徐々に地上へ向かうために利用され始めたと。
うーん……つまり、本来は鉱石採掘のためのエレベーターだったが、たまにスティッチみたいなガキが地上へ向かうための手段としても利用されてるってことか。
ガキって言うな!オレはアンタとほぼ同い年だよ!何度言えば分かるんだ!
それは分かった。でもよ、結局なにが言いたいのかまったく理解できないんだが。
はぁ……
つまり、ドゥリンのエレベーターはほとんどが工業向けに設計されていて、とても頑丈な造りになっているんだってアヴドーチャさんは言いたいんだよ。
ボクもトミミちゃんと一緒に降りる時に気付いていたよ、あの規模のエレベーターなら一気に数十人は載せられるってね。
だからガヴィルの提案も悪くはないってこと!
そうだよね、イェギーさん?
そうそう。
超便利ビッグエレベーター一号なら確かに、昔どこぞの手持ち無沙汰なヤツが真上に鉱脈があることを発見し、みなで投票した後に建設されたものだ。
しかしその後もっと近場に鉱脈があることを見つけてな、それでそのまま放置されてしまったというわけだ。
へぇ、どうりであの洞窟は誰かが掘ったものだって言われてるわけだ。もしかしてあの洞窟もお前らが掘ったものなのか?
それは分からんが、可能性はある。
また、数々のシチュエーションを考慮して、ドゥリンたちはエレベーターを設計する際、この先の拡張に対応するため多くのゆとりある空間をも確保してきましたわ。
つまり、一番合理的に時間を使うのなら、今からそのエレベーターを拡張工事して、ドゥリンたちを地上へ送り届けるってことだね。
なんだよ、だったら最初からそう言えばいいじゃねえか。
作られた経緯を理解しなければいつかはヘマをやらかすことになってしまうではありませんか。
それは分かってるけどさ。
でもなアヴドーチャ、アタシは医者だ。
それにこれに関してはお前のほうが物知りだ。
そんなお前をアタシは信用したい。
いつからあなたに信用されるほど仲良くなったのかしら?
アタシはとっくに仲良くなったとは思ってるぜ?
……
ともかく、ワシはガヴィルの提案に賛成だ。
残りの細かい点はお前たちで相談してやってくれ、ワシは引き続き測定に戻らせてもらうよ。
じゃあボクも手伝うよ。ボクのアーツは情報伝達に長けているからね、もし何か発覚したらすぐみんな知らせてあげるよ。
いいだろう。
(イェギーが立ち去る)
……
(エリジウムがアヴドーチャに近づく)
あっ、そうそう忘れてた。
アヴドーチャさん、過去にイヤなことがあったから地上に戻ることに抵抗があるのは理解できるよ。
でも今のキミだってゼルエルツァの住民だ、ドゥリンたちを突き動かしてくれる。
それにきっと、今はこんなことを言ってる場合じゃないと理解してくれる人でもあるはずだ、違うかい?
……はぁ。
それじゃあ、みんながいい案を出してくれることに期待してるよ。
(エリジウムが立ち去る)
オレもイェギーを手伝いに行く、今ランドマークのデザイン云々を考えていても仕方がないからな。
えっ、お前が手伝いに行っても役に立ちそうにないだろ?
自分の都市を心配することぐらいはできるだろ?
(スティッチが立ち去る)
そうか、まあ勝手にしな。
そんでアヴドーチャ、お前はどうなんだ?
すぅ……ハァ……
もしそれでゼルエルツァの人々を救えるのなら、妾はなんだってかまいませんわ。
しかしですね、ガヴィルさん。
あなたは強い、妾が見てきたどんなウルサスの戦士たちよりも強い。
けど、これは強いからといって片付けられる問題ではありませんの。
この都市には数十万ものドゥリンたちが住んでいる。
もしサルゴンのとある地域に、突如と数十万もの人々が現れれば、どれだけのパニックが起こることか……あなたは考えたことがおありですの?
あなた方のジャングルなら、それだけの人数なら収められるという話ではありません。
こんなことが起これば、その地を統治してる長は何を考えるとお思いですか?
サルゴンという国も、はたして何を考えると思いますか?
ドゥリンたちはあなたを信じて地上へ上がった、しかし彼らを待ち受けるのはより残酷な真実だった……そうだった場合、あなたは何をしてくれますの?
本当に、これがたった一つの方法だって言えるのでしょうか?
……
(回想)
あなたがアカフラの首長を務めてくれたらいいんだけどねぇ……あそこをまとめ上げれるのはあなたしかいないんだから。
みーんなあなたの帰りを待っているわ。
でないといずれ、アカフラ首長の座にはサルゴン宮廷の人がつくことになるかもしれないわよ?
その時になったら、アカフラは今みたいに自由を謳歌することもできなくなっちゃう。
(回想終了)
ガヴィルは少し戸惑った。
いつの間にか、そういった選択肢が自身の目の前へとやってきたからだ。
その責任を背負いたくないわけではない。
ジャングルを出て彷徨っていた時も、ロドスに加入した時も、一度たりともアカフラと自身の部族にいる人々を忘れたことはない。
しかし――
アカフラから離れる際に下した決心も、決して忘れたことはない。
医学を学び、鉱石病に罹った人たちを救う。
この二つの選択はこれほど困難なものだったとは彼女自身でさえ思いもしなかった。なぜなら二つとも正しく、彼女自身が追い求めてきたものなのだから。
どうやらまったく考えたこともないほど単純な人でもなさそうですわね、あなた。
もしこの問題を解決してくれるのでしたら、妾も喜んでドゥリンたちを説得しに参りますわ。
さあ、あなたの答えをお聞きしましょうか。
……
だが、まさしくアヴドーチャの言う通り、もしこれがゼルエルツァを救える唯一の方法だったとすれば……
もし彼女が王の首長になれば解決できる問題なのであれば……
もしこれで自分の考えに従った結果なのであれば――
アタシは――
アタシは――
わ、私がアカフラの首長になって、その責任を背負います!
トミミ!?
……
ゼルエルツァは……滅びてしまうのか?
ふっ、ふふ……笑えない冗談だ。
スティッチが顔を上げてドームを見上げる。
彼はずっとドームの修繕を、あるいは新たに設計することを避けてきた。
ずっと、自分にはまだ時間があると、考えてきた。
だが今となって、そんなことはなかったと、気付かされてしまった。
師匠、どうやら俺には……もうアンタを超える機会はないのかもしれないな。
(スティッチが船に乗る)
スティッチはある小船に飛び乗り、向こう岸まで去っていった。
少しだけ冷静になりたい。
トミミ、なんでお前までここにいるんだよ?
イェギーから頼まれた装備と人手を連れてきたんだ、ついでにそちらの様子見しておこうと思ってな。
まっ、来て正解だったわね。
お前らまで……っていうか待て、おいトミミ、お前本当によく考えてからそれを言ったのか?
もちろんです!
アヴドーチャさん、アカフラはずっと首長のいない状態が続いてきました。
あなたの言う通り、こんなたくさんのドゥリンが地上に現れたら、きっとサルゴンの目を惹いてしまうでしょう。
だからその前に……わ、私がアカフラ地区を管理する首長になって、大事にしないようにしてみせます!
首長がいないですって?だとしたら、首長になるのは……
私はサルゴン側からアカフラに送られてきたトランスポーター……兼スパイなの。
だからもし政府が目を惹く前にアカフラに首長を置くよう手を加えておけば、この一件も揉み消すことができるわ。
これなら安心?
……
でもトミミ、お前……
いいんです、そうすればガヴィルさんも悩まずに済みますから!
それはそうだが、でも……
お前が気に病むことではないぞ、ガヴィル。
トミミは自ら首長になると決めたんだ。彼女がならなかった場合でも、私がそうしていた。
はい!
ズゥママ……
それとも怖気づいたのか?自分がやってきた選択は全部誤りだったと?
……
誤りだとは思っちゃいないさ、ただなんか変な感じがして……
どう言葉で言い表せば……
そう、そうだ、この感覚はまるで……アタシの目の前にバカでかい岩が置かれた感じだ。
その岩を打ち砕くにはどうしても力任せじゃないといけないと思っていた。
でもやってみたら、案外簡単に砕けることに気が付いたんだ。
でも、なんでかは分からない……バカでかい岩のはずなのに。
なあガヴィル、お前のために作ってやった大斧の使い心地はどうだ?
ああ、正直思ってたよりもずっと手に馴染む、気に入ってるよ。
お前に装備一式を揃えてやるために、何日も徹夜したものだ。使ってる素材も現時点で一番いいヤツを選んでいる。
あ?なんだよそれ、早く言ってくれよ、なんか申し訳ねえだろ。
お前に感謝されたいから言ったわけではない。
ただ――
ガヴィルさんはガヴィルさんだから、ですよ!
どういう意味だそりゃ?
簡単な話だ――
お前のゲンコツはお前が想像するよりもずっと大きいということだ、ガヴィル。
なぜならこの私がいるからな。
私もです!
ロドスの面々も、お前に救われた人たちも、アカフラのみんなだっている。
なぜならお前がやってきたことは全部正しかったからだ、ガヴィル。
お前に打ちのめされ、結果的にお前を認めた人たちも、お前が正しいと気が付いたからそうした。
ガヴィル、お前が正しいと思ったことが誤っていたことなど一度もない。
私たちはずっと信じてますよ、ガヴィルさん。
私たちのゲンコツはお前のゲンコツでもある。
だからお前は、お前のゲンコツを信じてやれ。
ガヴィルはただ前へ進むことだけを考えていれば大丈夫です、私たちが背中を押してあげますから!
お前ら……
あっ、でもでも――
ズゥママさん、今度ガヴィルさんに装備を作ってあげる時は、私にも手伝わせてくださいね!
いや、そこは私一人で十分だ。
それだとズルいです、ズゥママさんだけストラップを付けるなんて!私もドリームキャッチャーとか、あと“ガヴィルウィル”のマークを描いてあげたいです!それからそれから……
いや、多すぎるから何個かに絞ってくれ。
うぅ、じゃあ三つだけ!私に描かせなきゃ、ガヴィルさんの尻尾は太くなっちゃいますからね!
アタシの尻尾に呪いをかけんじゃねえ!
(ガヴィルがトミミを弱く叩く)
あいった!うぅガヴィルさん、叩かないでください……
……
アヴドーチャの傍にいたイナムは、このループスが目の前で起こってる情景に理解が及んでいないことに気が付く。
しかしイナムにとって、これは当たり前の日常の一幕だ。
そんな彼女も、僅かながらに小さくため息をつく。
自分もとうとう決心したからである。
はいはい騒がないの。私にもっといいアイデアがあるわ。
イナム?
アカフラの首長には……私がなる。
はぁ?
政府のトランスポーターとして、あなたたちと長年つるんできたことだし、何より私自身にも首長選に参加する権利があるからね。
以前はそんな考えがなかったってだけよ。
ロドスからトミミを呼び戻すよりも、ずっとアカフラに残っていた私のほうが適任でしょ?
これなら安心してくれるかしら、アヴドーチャ?
それはそうですけれど……しかしあなた方は、一体なにを考えて……
まっ、彼女たちは……いや、私たちはジャングルの中で生活してるバカな連中だからね。
イナムさん、本当にいいんですか?
いいのよ。それにこうすれば、あなただってガヴィルと離ればなれにならなくて済むでしょ?
……
ねえガヴィル、私たちも友だちになれるんじゃないかしら?
……あははは、当たり前だ!
そこまでするってんなら、アタシも遠慮はしねえぜ!
……
分かりましたわ。ともあればこちらも納得してしまったものですし、あなた方に従いますわ。
しかしガヴィルさん、喜ぶにはまだ早いですことよ。
都市全体の人口が地上へ向かうなど、ドゥリンの歴史においては前代未聞のできごとですわ。
必ずやドゥリンたちの意思にお伺いを立てなければなりません。もしイヤだと彼らが言うのでしたら、妾とてどうしようもありませんから悪しからず。
分かってるって、だからお前にそいつらを説得してもらいたいんだよ。
……ご安心を、こちらが従うと言った以上は尽力致しますわよ。
はは、助かるぜ。
(小声)感謝すべきなのはこちらのほうですわ、ゼルエルツァの全員に代わって。
ん?なんか言ったか?
帰って準備をする必要がありますわね、と言ったんですの。
そっか、んじゃアタシは――
そこでガヴィルさん、一つスピーチ原稿の作成に手を貸して頂けませんこと?
それは無理だ。
ならご自分の得意とすることをしてくださいまし。もし助けが必要な場合は、改めてお伝え致しますわ。
おう、分かった。
そんじゃあズゥママ、すまねえが今すぐイナムと一緒に上に戻ってくれ、老人とガキを連れてアカフラ圏外まで避難するんだ。
その後は――
若い衆を連れて来てエレベーターを拡張させる、だな?
ああそうだ。
分かったわ。
私は何をすればいいですか、ガヴィルさん?
お前は私の傍にいろ、トミミ。
アヴドーチャのほうならしばらく助けは必要ないと言ってたから、イェギーたちのほうが人手を必要としていないか見に行こうぜ。
はい!
んじゃ、先に行ってるぜ。
(ガヴィルとトミミが立ち去る)
……そういえばさ、ズゥママ。
あなたとガヴィルがここまで降りてきた際のルートを戻るのは非現実的よね?
ああ、不可能だな。
ならガイドが必要になるわね、エレベーターの上の洞窟は相当複雑な造りをしていたものだから、まったく覚えられなかったわ。
私たちを下まで案内してくれたスティッチに……いや、エリジウムのほうがいいかもね。彼ならスティッチよりもあの洞窟の道をよく知っていることでしょうし。
……必要ありませんわ。まだ時間はあるんですし、妾が案内致します。
え?
スティッチさんが生きてあの複雑な洞窟を出られたのは、正直言って運がよかったとしか言いようがありませんわ。
エリジウムさんもイェギーさんの手伝いがありますし、彼はここに残しておきましょう。
アヴドーチャは道を知っているの?
ゼルエルツァであそこの道を知っているのは、おそらくはもう妾ぐらいでしょうね。
しかし、探検家精神に富んだドゥリンの冒険家たちは、いつも冒険を終えた際には喜んで自分が見聞きした物事を本に記録して同胞たちにシェアするんです。
だから昔、図書館の中でとある冒険を記録した本を読んだことがありましてよ。中にはどうやってエレベーター上にある洞窟から地上に辿りついたかを記録しておりましたわ。
しかも今となっては行方知らずになってしまったその冒険家、ご親切にそこの地図を残してくださいましたのよ。