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【明日方舟×羅小黒戦記】久しぶりだね「隣に君あり」翻訳

月が見える夜、その白い霜のような光が降り注いでる桐のテーブルに、とある夫婦が座っていた。女は落ち着きもなく、うたた寝する夫に話しかけようとして手をさすっている。
彼女はひと口唾を呑み込んだ後、もごもごと口を開いた。

妻

ねえあなた、今日厨房で……変な音が聞こえたのよ。カタカタカタって、すごく不気味な音が。

夫

古くなった家なんてどこだってそうだろ、どこもかしこもギシギシ悲鳴を上げるもんだ。お前は引っ越してきたばかりだから聞き慣れていないだけだよ。

妻

違うのよ。そ、それが……なんだか壁から聞こえてくるみたいで。

夫

毎日家事も炊事もしないで、そんなことばっかり考えやがってよ。こっちは朝から晩まで汗水垂らしながら仕事してんだぞ、暖かいご飯ぐらい用意しやがれてんだ。

妻

そ、そんなことは……でも厨房に入ったらいつも寒気がするのよ、なんかずっと……見られてる気がして。

夫

うるせえ、そんなのサボってる言い訳にしか聞こえねえんだよ!こうなりゃテメェが動くまで痛めつけてやる!

妻

いや、許して!この前の傷だってまだ治ってないのよ!

夫

ならさっさと厨房に行って酒ぐらい温めたりつまみの用意をしてきやがれ!

妻

でも本当に入れないのよ……あそこ本当に嫌な気配がするの。

夫

やっぱり分からせねえと気が済まねえみてえだなァ!

妻

いや!許して!許して!

夫

今日という日はテメェを――

妻

あなた聞いて!ほらあの音よ!

カタ、カタ、カタ。

妻

ウソじゃないわ、本当にあの音が聞こえてくるのよ。

カタ、カタ、カタ。

夫

いいだろう、俺が厨房の様子を見に行ってやる。だが何もなかった際は覚悟しておけよ。

妻

う、うぅ――

窓の外は黒い雲が月を覆い隠していた、雨が降る兆しだろう。

妻

あなた、あなた?

妻

何か見つかった?

……
いくら待てども、厨房から返事は返ってこない。辺りは静寂に包まれており、厨房から微かにかすれた声が聞こえてくるだけだった。
妻は息を止め、耳を澄ませる。そしたらあの音が聞こえてきたのだ。
カタ、カタ、カタ。
その瞬間、妻はサアッと顔色を変え、目をかっ開いては豆粒ほどの大きな冷や汗を額から滲せる。躓きながらお隣さんへ助けを求めに行ったその時、夫の声が聞こえていた。

夫

こっちにおいで。

妻

あなた、大丈夫なの?

夫

大丈夫だ。

妻は蝋燭を手に取り、ゆっくりと厨房のほうへ向ける。厨房へのドアに鍵はかかっておらず、妻はそれを押しのけて中に入るも、真っ暗で何も見えない。
そこへ蝋燭を照らした先には、壁に寄りかかっている夫を見つけ、ホッと一息をついた。

妻

あなた、何かあったの?

夫

大丈夫だ、こっちにおいで。

妻

さっきからそればっかりよ?

夫

こっちにおいで、大丈夫だ。

仄暗い蝋燭の光は夫の顔をチラチラと照らすが、その際に妻は気付いたのだ。夫の表情はまるで魂が抜かれてしまったかのように虚ろなものであり、先ほどからひたすらに同じ言葉を繰り返すばかりである。
こっちにおいで、大丈夫だ。

そこへ突如、窓の外で雷が落ち、白い稲妻の光が一瞬だけ厨房を照らし出した。
そして妻は気付いたのだ。なんと夫は壁に寄りかかっているのではなく、身体が丸ほど壁にのめり込んでしまって、蒼白で虚ろな顔だけを露にしていた。
そしてそこへ、再びあの聞き慣れた音が聞こえてきた。
カタ、カタ、カタ。
ついに妻は堪らなく大きな悲鳴を叫び出したのだ。

???
???

いやあああああああああ!もうやめてええええええ!

ソラ
ソラ

イヤイヤイヤイヤアアアアア!もうやめてよクロワッサン!これ以上はもうイヤだ!うぅ……

クロワッサン
クロワッサン

なんや、まだ終わってへんで?あの妻が最後にどうなったんか気にならへんの?

ソラ
ソラ

(耳を塞ぐ)いい!気にならない!もう黙ってて!

クロワッサン
クロワッサン

クックック、ほんならボクくんはどうなんや?最後まで聞くか?

シャオヘイ
シャオヘイ

いいよ、ボクは平気だから。

クロワッサン
クロワッサン

またまた~、そないな落ち着いたフリしちゃって~。ホンマは怖いんやろ?

シャオヘイ
シャオヘイ

いや……本当に全然怖くないってば。

クロワッサン
クロワッサン
[ええんやええんや無理せんでも。ホンマに怖いんやら、お姉ちゃんがぎゅって抱き締めてあげるで。

シャオヘイ
シャオヘイ

ありがとう、でも本当に平気だよ。抱き締めるんだったらあっちのお姉ちゃんを抱きしめてやりなよ。

クロワッサン
クロワッサン

(振り向く)

ソラ
ソラ

(むせび泣く)

ソラ
ソラ

もうイヤぁ……うぅ、ヒドイよクロワッサン!こんな怖いな話をして!

クロワッサン
クロワッサン

いや~……堪忍や、あはは。本当はこっちのボクくんをちょいと脅かすつもりやったんやけど、大人のほうを怖がらせてしもうたとは。

ソラ
ソラ

うぅ、それってあたしその子よりビビりだって言いたいの?

クロワッサン
クロワッサン

ちゃうちゃう、そんなことないわな。ああもう、ウチが悪かったから、もう泣かんといて~。

クロワッサン
クロワッサン

それにしてもボクくん、ホンマにこれっぽっちも怖くなかったんか?

シャオヘイ
シャオヘイ

]うん。

クロワッサン
クロワッサン

あっさり答えるな~。

クロワッサン
クロワッサン

ほな最後の結末は知りとうないか?

シャオヘイ
シャオヘイ

妻をイジメてたヤツが罰を受けたんでしょ、それで十分じゃん。

クロワッサン
クロワッサン

確かに、ずーっと自分をイジメとった夫がいなくなって妻も清々したやろうな。

クロワッサン
クロワッサン

せやったら妖精がボクくんの足に噛みついてきても怖くないっちゅうことやな?ガブガブーって!

シャオヘイ
シャオヘイ

(ボクも妖精なんだけどなぁ……)

シャオヘイ
シャオヘイ

実は、こういった出来事は昔っから結構経験してきたことがあるんだ……

ソラ
ソラ

あんなのを見たことがあったの!?じゃあまさか今話したことも……全部ホント!?

ソラ
ソラ

ヒッ、ねえクロワッサン……あたしもう、ダメかも……

クロワッサン
クロワッサン

ウチがさっき話したもんは嘘っぱちや、そないなモンあらへんて!っておい!もう目が泳ぎ始めとる!

シャオヘイ
シャオヘイ

えーっと……

シャオヘイ
シャオヘイ

(どうしよう、ボクたちの世界じゃあれは一般的に空間能力系の人が暴走してできたことだって、どう伝えればいいかな……)

シャオヘイ
シャオヘイ

(なんか話したら、ここにいるみんなから変な目で見られそうだし。)

(エンペラーが近寄ってくる)

エンペラー
エンペラー

テメェらリーの人を連れってって来いつったのに、全然来ねえじゃねえか!いちいちこっちが言わなきゃ動けねえのかテメェらは?

クロワッサン
クロワッサン

ボス~、こっちもずっと30分待ってもまったくリーはんの連れは来なかったんやで?その代わりこのカワイイ子が入ってきたからずっとお喋りしとったわ。

ソラ
ソラ

あと怪談話も……

シャオヘイ
シャオヘイ

あっ、お前がエンペラーさんか?

エンペラー
エンペラー

おう、オレだ。

シャオヘイ
シャオヘイ

ボクはシャオヘイ、リーさんから店内の異音解決を頼まれて来た人だよ、よろしくね。

クロワッサン
クロワッサン

あはは……サプライズやでボス!

エンペラー
エンペラー

くだらねえ30分間だったなお前ら。でも安心しろ、週末はたっぷりと楽しい時間にしといてやる。

クロワッサン
クロワッサン

えぇ~、そんな遠回しな表現せんでもええやろ……

クロワッサン
クロワッサン

(ちょいボクくん、なんで最初から言ってくれんかったん!?)

シャオヘイ
シャオヘイ

(ボクが言おうとする前にすぐお姉ちゃんが怖い話をし始めたからじゃん。)

クロワッサン
クロワッサン

あー、それはー……

エンペラー
エンペラー

リーから詳細は聞いてるか?

シャオヘイ
シャオヘイ

大体は。

エンペラー
エンペラー

おいフェイ、こっちに来てシャオヘイに事情を説明してやんな。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

大体三か月前からかな、時々キッチンと倉庫からカタカタとした音が聞こえてくるようになったんだ。特に深夜のほうがはっきりと聞こえきて。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

最近キッチンや倉庫から食料がなくなってるってことは、おそらく壁の内側に小動物が住み込んだのかもしれないな。あと何より――

エンペラー
エンペラー

何よりオレが一番大事にしてきた限定品のレコードをかじりやがったんだッ!見とけよクソッタレ、オレのベイビーたちを傷つけて無事ここから逃げられると思うなよ。

ソラ
ソラ

(ねえクロワッサン……さっきの話の元ネタってあれだったの?)

クロワッサン
クロワッサン

(あはは、ウチもちょいとボスに倣って即興のインスピレーションを得ただけやて……)

シャオヘイ
シャオヘイ

だったらもっと専門的に処理してくれる業者さんを頼めばよかったんじゃないの?

エンペラー
エンペラー

それは考えたさ、だがあの連中は壁に穴を開けなきゃ駆除は無理だとかほざきやがたんだ。

エンペラー
エンペラー

このバーは龍門一センスを求められる場所だ、品もセンスもねえヤツが好き勝手弄っていいもんじゃねえ。

シャオヘイ
シャオヘイ

(どこも金ピカで目が眩しい……ロウクンのところのほうがよっぽどいいよ。)

エンペラー
エンペラー

だがリーの野郎はお前ならもっと上手くやってくれるって言った。失望させんじゃねえぞ?さもないとデカいツケが付いてくるからな。

シャオヘイ
シャオヘイ

フンッ――

シャオヘイ
シャオヘイ

(リーさんに頼まれなかったら、こんな場所なんか来るもんか。)

シャオヘイ
シャオヘイ

リーさんに頼まれた以上はしっかりとやるよ。

エンペラー
エンペラー

よしいいだろう、ならその腕っぷしを拝見してもらおうじゃねえか、坊主。

エンペラー
エンペラー

(羽?腕?を伸ばしてシャオヘイの頭をポンポン叩く)

シャオヘイ
シャオヘイ

耳だけは触らないでよね。

クロワッサン
クロワッサン

(うわ~、かっこええ子やな~、ボスに怖気づくこともないなんて。)

ソラ
ソラ

(あれじゃあボスに覚えられちゃうよ……心配だなぁ……)

エンペラー
エンペラー

(面白れぇガキだ、気に入ったぜ。いっそのことリーのところから攫っちまうか?)

シャオヘイ
シャオヘイ

誰もついてきていないよね……

シャオヘイ
シャオヘイ

ならよし。

シャオヘイ
シャオヘイ

通気口は……おっ、あった、この上だね。

シャオヘイ
シャオヘイ

頼んだよ、ヘイショ。

???
ヘイショ

(通気口に潜り込む)

シャオヘイ
シャオヘイ

いた。

シャオヘイ
シャオヘイ

お前、深いところに隠れてるんだな。

シャオヘイ
シャオヘイ

出て来てくれないのか?なら仕方ない、こっちでどうにかするしかないかな。

ふと、シャオヘイの袖に括りつけられている金属の輪っかが解き、空中を何回か回った後、大小様々な球体へと変化した。
シャオヘイが通気口の入口を指さすと、金属の球体は続々とその奥へと入り込む。絶え間なく跳ねてはぶつかり、耳をつんざくような甲高い音を出しながら、中にいる小動物をもう一方の通気口へと追いやった。
カタカタとした音が聞こえ、シャオヘイは通気口にある鉄網を開けると、そこには小さく縮こまりながらブルブルと震える小動物がいた。

鼷獣
???

キュー。

シャオヘイ
シャオヘイ

大丈夫だよ、こっちにおいで。

シャオヘイ
シャオヘイ

ごめんね、脅かすつもりはなかったんだ。

鼷獣
???

(シャオヘイの掌によじ登ろうとする)

シャオヘイ
シャオヘイ

お前、ビジューよりもちっこいね。

鼷獣
???

キュー……

シャオヘイ
シャオヘイ

別の場所に引っ越すことをオススメするよ、ここの人がもうこれ以上いてほしくはないんだってさ。

鼷獣
???

キュー?

シャオヘイ
シャオヘイ

ここにいちゃ危ないからだよ。

シャオヘイ
シャオヘイ

あの怪しいペンギンが言ってたんだ。オレのものをかじったらからにはタダじゃ済まさねえって。

鼷獣
???

キュー!!

シャオヘイ
シャオヘイ

大丈夫、お前をあいつに渡したりはしないよ。

シャオヘイ
シャオヘイ

行こ、こっそり逃がしてあげる。

シャオヘイ
シャオヘイ

ここがバーの裏口だよ、ほら行って。

鼷獣
???

キュー。

シャオヘイ
シャオヘイ

お礼ならいいよ、ばいばい。

(鳥雲獣が姿を現す)

シャオヘイ
シャオヘイ

あれ、なんでお前がここに?

シャオヘイ
シャオヘイ

お前……なんか咥えてる?

烏雲獣
烏雲獣

みゃう……

シャオヘイ
シャオヘイ

放せ!はやく口から放すんだ!

シャオヘイ
シャオヘイ

ほらはやく口を開けろ!じゃないと死んじゃうよ!

烏雲獣
烏雲獣

ペッ――

鼷獣
???

キュー……

鼷獣
???

(倒れ込む)

シャオヘイ
シャオヘイ

おまっ、傷ついてる!?

烏雲獣
烏雲獣

(逃げる)

シャオヘイ
シャオヘイ

待て!逃げるな!

烏雲獣
烏雲獣

(瞬く間に逃げ失せる)

シャオヘイ
シャオヘイ

待て!棚に気を付けろ!

ゴツン――

烏雲獣
烏雲獣

みぃ……

烏雲獣
烏雲獣

(ばたり)

ギシギシ――

シャオヘイ
シャオヘイ

やっば!

烏雲獣がぶつかったせいで棚ははげしく横に揺れ、上に置かれている物が落っこちてくるも、シャオヘイは気に留めず真っすぐ烏雲獣と小動物を救い上げた。
しかし彼が立ち上がったその時、背後にあった棚は大きな音を出しながら倒れ込んでしまった。

クロワッサン
クロワッサン

なんや!?何事や!?

ソラ
ソラ

ギャーッ!あれってボスがこの前買ったお酒なんじゃ……

エンペラー
エンペラー

おい坊主、どういうことなのか説明してもらおうか?

シャオヘイ
シャオヘイ

えっと……

シャオヘイ
シャオヘイ

(左手にある小動物を見せる)

シャオヘイ
シャオヘイ

壁の中でこのちっこいのを見つけた!

シャオヘイ
シャオヘイ

棚は……

シャオヘイ
シャオヘイ

(右手に持ってる烏雲獣を見せる)

シャオヘイ
シャオヘイ

こいつが倒した!

烏雲獣
烏雲獣

みぃ……?

シャオヘイ
シャオヘイ

目が覚めたか?

烏雲獣
烏雲獣

みゃう……

シャオヘイ
シャオヘイ

お前のせいでこっちはひどい目に遭ったよ。なんでこっそりついて来たのさ?

烏雲獣
烏雲獣

(顔を下げる)

シャオヘイ
シャオヘイ

言っただろ、探すのを手伝ってやるって。でも今日は忙しいんだ。

烏雲獣
烏雲獣

(寝転がる)

シャオヘイ
シャオヘイ

……もういいや、お前に怒っても仕方ない。

クロワッサン
クロワッサン

なあボクくん、そこの烏雲獣とボソボソ何を話しとん?はよこっちきい、ボスは怒ってもまだ60%に留まっとるから大丈夫や、生きて帰れるで。

ソラ
ソラ

ちょっと、これ以上その子を怖がらせないでよ。

シャオヘイ
シャオヘイ

壊しちゃった物は、なんとか弁償するよ。

エンペラー
エンペラー

フンッ、あの箱に積まれてあったのはな、その年のボリバルで一番甘いサトウキビを使って作られた最上級のラム酒だったんだよ。

エンペラー
エンペラー

だが今はお前に構ってるヒマはねえ。物よりもオレの限定品のアルバムをかじりやがった不届き者のほうが先だ。

シャオヘイ
シャオヘイ

そいつを……どうするつもりなの?

エンペラー
エンペラー

フェイ、籠を持ってこい!

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

はいよボス。

鼷獣
???

キューキュー!!

クロワッサン
クロワッサン

なんや、鼷(ケイ)獣やないの。

ソラ
ソラ

結構かわいいかも!

シャオヘイ
シャオヘイ

鼷獣って?

クロワッサン
クロワッサン

サルゴンに生息しとる野生動物や、見た目が愛くるしいからよくキャラバンが移動都市に持ってきてペットとして売られてんねん。

シャオヘイ
シャオヘイ

ペットなのになんであんな通気口の中にいたの?

クロワッサン
クロワッサン

この動物は夜行性で、警戒心も強いからやで。まあ大方このちっこいのは棄てられたんやろ、夜中にうるさいか飽きたかで。

クロワッサン
クロワッサン

ああいった管ん中は涼しいし隠れられるしで、こいつらの穴に住む特性には最適なんや。せやから中で数を増やしてまうねん。

ソラ
ソラ

この子たちを捨てた無責任な飼い主たちに罰則とかないの?

クロワッサン
クロワッサン

今んとこ龍門にそないなルールはない。あったとしてもほぼ無理や。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

ソラさんは優しすぎるんすよ、こいつらのせいで街の設備がどれだけ壊されたことか。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

こいつらって歯の生えるスピードがすごい早いから、とりあえず目に入ったものを毎日かじって歯を磨かなきゃらないんすよね。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

去年第十三区で起こった大停電も、こいつらが地下で電線を食い破ったから起こったじゃないすか。

クロワッサン
クロワッサン

確か去年も、こいつらを駆除するために大がかりな財政支出を捻り出したらしいな。

シャオヘイ
シャオヘイ

(眉をひそめる)……でも、こいつらは好きでこんな場所に来たわけじゃない。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

俺たちだって好き好んで壊れされたものに金をつぎ込んじゃいねえよ。

ソラ
ソラ

捕まえてそのまま野生に戻してあげることはできないの?

クロワッサン
クロワッサン

(首を振る)コストが高すぎる。それに龍門の航路周辺やて適した野外環境があるわけやない、適当に戻したらそれこそ余計な被害を生み出してしまうんよ。

ソラ
ソラ

じゃあペットだったら、引き取ってくれる人はいるんじゃないの?店の外で広告を貼って里親を募集してみようよ。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

数年前ならまだしも、今じゃこいつらの悪いニュースしか出てこないし、政府も飼育禁止の条例を出すとか言い出してるから、このタイミングで引き取ってくれる人なんかいませんって。

ソラ
ソラ

フンッ、じゃあ結局どうしたいのかハッキリと言えばいいじゃないの!

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

じゃあ……樽に水を張って溺死させときます。ウチの実家はよくそうやって害獣を処分してましたから。

シャオヘイ
シャオヘイ

(歯ぎしり)なんでそんな惨いことができるんだ!

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

ハッ、お前みたいに可愛いから可哀そうと思うようなガキはイヤってほど見てきたよ。でもこいつが気持ち悪い見た目をしてたら、すぐお前だって態度を変えるさ。

シャオヘイ
シャオヘイ

そんなことない!

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

なんだよ睨みつけやがって?こいつは俺たちの店で見つけたもんだ、ならこいつをどうするかは俺たちで決めるってのが道理だろ。

シャオヘイ
シャオヘイ

こいつらは好き好んでここに来たわけじゃない!勝手にこいつらをここに持ち込んで、いらなくなったらポイって、そんなの無責任だ!

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

弱肉強食がこの大地の理だ!何をどうするかは強い側の人間が決めることなんだよ!

シャオヘイ
シャオヘイ

最ッ低!

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

お前こそ、ガキがしゃしゃり出るんじゃねえ!

エンペラー
エンペラー

うるせえぞテメェら!耳にタコができちまうだろうが!

エンペラー
エンペラー

もう黙ってろ、こいつをどうするかはオレが決める!

弾を込めスライドを引き、エンペラーは閉じ込められてる鼷獣に銃を向ける。この鼷獣に血まみれの運命が迫っていることに、その場にいる誰もが息を呑む。
だがエンペラーがトリガーを引くその瞬間、小さな手が銃身を抑え込んだ。

シャオヘイ
シャオヘイ

殺しちゃダメだ!

エンペラー
エンペラー

お前ごときがオレを止めるのか、ガキンチョ?そこそこの腕っぷしはあるみてぇだが、手を出す前にちゃんと考えたほうが身のためだぜ?

エンペラー
エンペラー

お前はリーの代わりにここへやってきたんだ、リーの看板に泥を塗るつもりか?

シャオヘイ
シャオヘイ

お前――

シャオヘイ
シャオヘイ

……ボクは……

シャオヘイ
シャオヘイ

本当にそれしか方法はないの?

シャオヘイ
シャオヘイ

誰だって……住まいから引き離され、知らない場所に置いていかれたくはないはずだ。

シャオヘイ
シャオヘイ

もう少しだけ考え直したくれない?

シャオヘイ
シャオヘイ

ずっと追いやられるのは、すごいツラいことなんだよ……

シャオヘイ
シャオヘイ

こいつらだってただ静かに暮らしたい場所が欲しいだけなんだ!

エンペラー
エンペラー

お喋りはおしまいか?

エンペラー
エンペラー

(銃を向ける)

ソラ
ソラ

ボス、なんならあたしがその子を引き取って――

クロワッサン
クロワッサン

シッ、あんたは黙っとき。

シャオヘイ
シャオヘイ

ボクがこいつを連れ出す!だから殺すな!

エンペラー
エンペラー

どいつもこいつも何ビビってやがんだ?オレぁただ葉巻に火をつけようとしてるだけだぞ。

エンペラー
エンペラー

……

シャオヘイ
シャオヘイ

それ……ライターだったの?

エンペラー
エンペラー

じゃなきゃ何なんだよ?エッチング弾は高ぇんだ、こんなヤツには勿体ねえ。

エンペラー
エンペラー

そんでお前、今言ったのは本心なんだろうな?悪くない、感心したぜ。

シャオヘイ
シャオヘイ

(頬を染める)

エンペラー
エンペラー

フンッ、ガキならもっとあからさまに表情をコロコロと変えたほうがお似合いだぜ。いつも顔をしかめて大人のフリをしてちゃ面白くもねえ。

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

じゃあボス、こいつはどうすれば……

エンペラー
エンペラー

残す、んでオレが飼う。

シャオヘイ
シャオヘイ

じゃあ……最初から殺すつもりはなかったの?

エンペラー
エンペラー

オレの偉大な思考を決めつけるんじゃねえよ、このバカタレが。

シャオヘイ
シャオヘイ

……

シャオヘイ
シャオヘイ

(お前が何を考えてるのか分かるわけないだろ!)

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

でももうすぐ飼育禁止になるんじゃ――

エンペラー
エンペラー

オレがウェイの野郎に後退るタマに見えんのか?

酒売りのフェイ
酒売りのフェイ

分かりました、ボスがそう言うのなら、もう何も言うことはないっす……

エンペラー
エンペラー

おいガキンチョ、ボケっとしてねえで籠を持ってオレについて来い。

シャオヘイ
シャオヘイ

何しに行くの?

エンペラー
エンペラー

いいからついて来い。

クロワッサン
クロワッサン

ふふ~ん、やっぱウチの予想通りやったな。

ソラ
ソラ

ボスは最初からあの鼷獣を殺すつもりはないのを知ってたからあたしを止めたのね?

クロワッサン
クロワッサン

もちのろんやんか~!それにあのじゅ、あいや、あのライターはウチがボスに勧めたヤツなんやで?

ソラ
ソラ

じゃあわざとあたしに、あの子とボスがいがみ合ってる場面を見せたってわけ?

クロワッサン
クロワッサン

でもソラはんかて、あのカワイイ子がクワッてした顔が見たかったんとちゃう?

ソラ
ソラ

ホント意地悪な人!

(テキサスが近寄ってくる)

テキサス
テキサス

さっき店で何かあったのか?フェイが嫌な顔をしながら出ていったぞ?

クロワッサン
クロワッサン

ハッハ~、それはボスとボクくんに言い負かされたからやで。

ソラ
ソラ

そうだテキサスさん、さっきようやく壁に潜んでた動物が見つかりましたよ、鼷獣でした。

テキサス
テキサス

まあそうだろうな。で、ボスはそれをどうしたんだ?

ソラ
ソラ

飼い始めるつもりですよ。フェイはずっと殺処分しようとしてましたけど。

テキサス
テキサス

鼷獣なら……そうするだろうな。

クロワッサン
クロワッサン

おや~?なんか知ってそうな言い回しやな?

テキサス
テキサス

ボスも昔はああいったちっこいのを飼ってたことがあったんだ、何年前だったか……

ソラ
ソラ

それ初耳なんですけど?

テキサス
テキサス

まあ……恥ずかしいから、なのかな?

クロワッサン
クロワッサン

ほんでほんで?その後はないん?

テキサス
テキサス

ほんでも後もない。鼷獣の平均寿命は二年しかないんだ、その後はすぐに寿命が尽きて死んでしまったよ。

クロワッサン
クロワッサン

だからあの頃のボスはずっと酔い潰れるまで酒を飲んで、一人部屋に籠ってブルーな曲を聴いとったんか……?

テキサス
テキサス

そうかもな。

ソラ
ソラ

……どうしよう、なんかまた泣きそうになってきた。

クロワッサン
クロワッサン

それはもう堪忍な!

シャオヘイ
シャオヘイ

……

エンペラー
エンペラー

おい、ずっとムスッと黙ってねえで、なんかオレに言うことがあるんじゃねえのか?

シャオヘイ
シャオヘイ

……ありがとう、エンペラーさん。

エンペラー
エンペラー

お前の感謝はオレにとっちゃ一文の価値すらねえよガキンチョ、んなもんはいらねえ。

シャオヘイ
シャオヘイ

じゃあもう言うことはない。

エンペラー
エンペラー

んなわけねえだろ、ずっと腹ん中に色んなものを貯め込んでるくせに。

シャオヘイ
シャオヘイ

じゃあ……

シャオヘイ
シャオヘイ

なんでそいつを引き取ろうとしたの?気に入ったから……?

エンペラー
エンペラー

じゃなきゃ何なんだよ?

シャオヘイ
シャオヘイ

じゃあ気に入ってなかったら……あいつの言うようにしてたの?そんな勝手気ままにこいつを殺すつもりだったの?

エンペラー
エンペラー

もしそうしてたら?

シャオヘイ
シャオヘイ

その場でお前を止める。

エンペラー
エンペラー

ならいい、それでいいんだ。

シャオヘイ
シャオヘイ

……どういう意味?

エンペラー
エンペラー

何を言おうが自分の意志を曲げないつもりでいるのなら、意味もクソもねえだろ?

シャオヘイ
シャオヘイ

でも――

エンペラー
エンペラー

そうと決めたのならこれ以上女々しくすんじゃねえ、お前はお前の意志を貫きゃいいんだ。だが貫く前によく考え抜いたほうがいい、さもないと一生後悔することになるかもしれねえからな。

エンペラー
エンペラー

よし、着いたぞ。

シャオヘイ
シャオヘイ

ここは……

エンペラー
エンペラー

知ってるのか?

シャオヘイ
シャオヘイ

うん、リーさんから教えてくれた。ここはスラム街、あの石の病気を貰った人たちが集まる場所だって。

エンペラー
エンペラー

ほかにもなんか言ったか?

シャオヘイ
シャオヘイ

なるべく近づくなって。

エンペラー
エンペラー

そうだな、ここはお前みたいなガキが来ていい場所じゃねえ。

シャオヘイ
シャオヘイ

じゃあなんで……

エンペラー
エンペラー

誰も近づきたがらねえってことは、人に見つけられたくねえ連中からすればむしろ安全な場所なのさ。

医者
???

おぉ、エンペラーさんじゃないか、今日はどういう風の吹き回しで?

エンペラー
エンペラー

このちっこいの二匹を診てもらいたくてな。

医者
???

またなんか変な動物を持ってきたんだね?

エンペラー
エンペラー

ほらガキンチョ、診せてやりな。

シャオヘイ
シャオヘイ

こいつら。

医者
???

鼷獣?おっ、しかも烏雲獣じゃないか。

シャオヘイ
シャオヘイ

エンペラーさん、この人は?

エンペラー
エンペラー

医者だ、獣と人の両方のな。

医者
医者

ハッハッハ、私んとこに持ってきてくれたのなら、人でも獣でも治してみせるよ。

シャオヘイ
シャオヘイ

そんなにすごい人なら、どうしてこんな場所に隠れてるの?

エンペラー
エンペラー

本人に聞け。

医者
医者

それはね、私は悪い人だからだよ。

シャオヘイ
シャオヘイ

お医者さんが悪い人なわけないでしょ?

医者
医者

医者ってのはいつも一番直球で、しかも残酷な方法でその人に自分が抱えてる苦痛と向き合わせる人なのさ。医者が伝えてくれるのはいつも悪いニュースばかりだからね。

シャオヘイ
シャオヘイ

それは悪い人じゃない、誠実な人だよ。

医者
医者

はは、誠実な人ってのは残忍な人なのさ。

シャオヘイ
シャオヘイ

一体なにが言いたいの?

医者
医者

いい質問だ、そのまま疑い続けなさい。当たり前なことを当たり前と思うな。

医者
医者

一番確信してるモノというのは、いつか必ず裏切りってくるからね。

シャオヘイ
シャオヘイ

もうちょっと分かりやすく話してくれないかな……?

エンペラー
エンペラー

哲学の話はもうそこまでにしてくれねえか?んでその鼷獣の様子はどうなんだよ?

医者
医者

いや~、つい口数が。

医者
医者

さあてカワイ子ちゃん、私に見せてごらん……大したことはなさそうだね。痩せて毛並みの色も悪いが、ただの栄養失調だ。それにしては元気がないね、どうしたんだろう?

エンペラー
エンペラー

病気か?

シャオヘイ
シャオヘイ

もしかしてビックリしちゃったのかな?さっきその烏雲獣に咥えられてたんだ。

烏雲獣
烏雲獣

(手を舐める)みゃう……

医者
医者

だからか。なら、このちっこいのは食べられるんじゃないかってビクビクしてるのさ。

医者
医者

にしてもその烏雲獣、なんか見覚えがあるような……

医者
医者

(烏雲獣を抱える)

医者
医者

さっ、君も見せてごらん。おっ、やっぱりそうか、この足に残ってる縫い針の痕は私のものだ。実に美しく、優雅でパーフェクトだ。

シャオヘイ
シャオヘイ

ボク今こいつのご主人を探してるんだけど知らない?

医者
医者

うーん……三年前にこいつを私のところに見せに来た人かな?確か鉱石病の感染者だったか。でもあの頃はすでにもう長くはなかった感じがするね。

医者
医者

まあ可哀そうなもんだから、タダでペットを治してあげたんだけど、この子を引き取ってくれってお願いされたんだ。

シャオヘイ
シャオヘイ

でも引き取らなかったんだね。

医者
医者

当然さ、私は医者であって慈善団体じゃないからね。

エンペラー
エンペラー

飼う金がなかったんだろ。

医者
医者

ほら、さっきも言っただろ?誠実な人というのは残忍な人だって。

シャオヘイ
シャオヘイ

……あっ、うん。

シャオヘイ
シャオヘイ

じゃあ……その人がどこに住んでるか知ってる?

医者
医者

あんな末期症状じゃもう亡くなってるかもしれないね。でもスラム街の外側の空き地に、感染者たちの遺物を供養してくれてる場所があるんだ、そこに行ってみるといいよ。

 

医者
医者

言って思い出したよ、その人全身隈なくお金を探して私にこの子を引き取らせようとしていたんだが、可哀そうに。

シャオヘイ
シャオヘイ

そんな昔のことも憶えてるの?

医者
医者

まあ……記憶力はいいほうだからね。ついでに言うと、その人が最後にいくら出したかまで憶えているよ。

シャオヘイ
シャオヘイ

いくらだったの?

医者
医者

六十七、ちょうど六十七龍門ドルだったよ。

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