1098年
2:55p.m. 天気/曇り
ロンディニウム
ゴールディング先生、やっと来てくれたんですね!
ごめんなさい、間に合いましたか?
もちろん。みんな先生の帰りを待ちわびていましたよ。これから本番を想定したリハーサルですので、ぜひ見てやってください。
でしたら、いい席に座って楽しまないといけませんね。
さあさ皆さん、準備はいいですか?
オッケー!
では、お願いします。
明かりを消してください――
第一幕
――
第一場
おはようございます!何やら悩ましいお顔をされておりますが、どうされたのですか?
勝利の角笛はすでに城壁の上で三日三晩も響き渡っているのに、なぜ私の心は今もなお焦燥に駆られているのだろうか?
私たちの偉大なる将軍なら、すでに凱旋されたではありませんか?あのお方の恐れを知らぬ勇気を共に讃えましょうよ!
勇気?恐れを知らぬだと?フッ、それもそうか、なぜならお前はヤツが戻って来た際の眼光を見ていないからな!ヤツはまるで羽獣を狙う肉食獣のような様で王冠を狙っていたさ!
なんと!?貪欲というものは、かような良い人間であっても地獄に堕としてしまうのですね。
そしてそれをさも「当然だ」と思い込むのが人というものだ。
以上がこちらの条件だ、アラデル殿。
とある“ブツ”をロンディニウム内に運び込みたいと仰ったな。しかし数量にしろ重量にしろ……提示された情報を見ても、今までとは訳が違う。
何を、そしてなぜ運んでいるかは詮索しないでおくよ。だがそんなものを運べばこちらも被害を受けかねん、ご理解頂きたい。
そちらも分かっているのだろう?今じゃそちらに手を貸したくても厳しい状況下にあるんだ。
物流網もサルカズたちに厳しく監視されている。もし水面下でこのような取引がされていることを知られれば、私もあなたも生きてロンディニウムから出ることは叶わんぞ。
いくらあなたの後ろ盾が固かろうと、今までの条件で運び込むのは無理だ。
もう少しリスクに見合うぐらいの報酬を頂かなければな。
……
ご意見に感謝するわ、プティ殿。そちらが提示してくれた条件なら、考慮しておくよ。
時間は人を待ってはくれんぞ。なるべく早く決めて頂きたいね。
(ロンディニウムの商人が立ち去る)
中々値を張ってきたな。
こういった値段交渉は今じゃ当たり前ね、王立造幣局は今やサルカズの手元にあるから仕方がないわ。この情報もきっとすでにマグナ区にいる銀行家たちを通して全国に広まっているかも。
ああいった密輸を生業としてる商人たちが一番心配しているのは、貰った金が次の瞬間には紙屑にならないかにある。だから自ずと長期間価値を保持してくれる報酬を求めてくるのよ。
それで、あの条件を呑むのか?
プティ殿の言った通り、「時間は人を待ってはくれない」からね。
準備時間は多く見積もっても五日程度。都市防衛軍の司令塔攻略となれば、当然ながら大量の武器を市内へ持ち込まなければならないわ。
……だが向こうが要求してきたアレ、キミにとってはとても大事なものじゃ……?
……
フッ。
今の私はもうこんなザマになってしまったわ。
惨めね。
そんな私に、どうしてアレが大事だと言えるのかしら?
それは……
予想が外れたわね、クロヴィシア。
今でもこの私を、あのカンバーランド公の者だと思っているのかしら?
あの時、あなたはまだ生まれてもいなかったはず。でも私は、あのヴィクトリアに座す獅子王が宮殿の庭園で絞首刑に処された場面をこの目で見てきた。
我が名はカンバーランド、かの陛下の最も忠誠なる友である。このことを知らない者はいないでしょうね。
私が今こうして五体満足であなたの前に立っていられるのも、議会に居座ってる連中が慈悲を与えてくれたからに過ぎないわ。
今も頻繁に裏切者のレイトン中佐のパーティへ参加しているのも、向こうからすれば私はまだ民衆を宥めるだけの利用価値があるからに過ぎない。
もちろん、こちらもただただ向こうに従っているわけじゃないわ。こちらもきちんと利用させてもらっているもの。
キミが出してくれた犠牲にはとても感謝している、アラデル。キミがいなければ、自救軍はここまで持ちこたえられなかったはずだ。
……ありがとう。でもね、私はもうオモチャをせがむような子供ではないわ。
あそこに置かれているものがどうなろうと、もうどうだっていいの。
アレはもう、ただの屑鉄でしかないのだから。
……エルシー。
アレを運び出したいから、少し手を貸してちょうだいな。
……
その沈黙、私の決定には賛同できないということかな?
……お答えできません、お嬢様。
言ってちょうだい。
……アラデルお嬢様、どう悪く言おうが構いませんが、あれは……あれはカンバーランド家の蒸気鎧ですよ!
カンバーランドの青き血は、まさにそこから始まったのです。あの鎧はヴィクトリアから賜ったカンバーランド家の栄誉、カンバーランド家の“永久なる高潔”の象徴ではありませんか。
戦火に燃えようと、ほかの高潔なる者に譲り渡すことはいいとして……あのような汚らしい欲まみれな商人どもに引き渡すだけは許されません!
プティ殿には、所有する資格はないと?
古くから伝わる我らの鎧を!ただのコレクションとして!低価で買い叩かれるなんてことは――
ねえエルシー、あなたはずっと私の傍にいてくれたわね。生まれてからずっと。
ずっと二人三脚で、もはや“存在しない”カンバーランド家を、今日まで保ち続けてきた。
かつてのカンバーランド家なら“栄誉”や“忠義”、“純潔”あるいは“善良”といった言葉から支えられてきたけど……そんなもの、今はもうとうに消え果ててしまったわ。
今のカンバーランド家を支えているのは、私と、そしてあなたよ。違う?
……本当に、差し出してしまうのですね。
ええ。それで……向こうから返事は来た?
いいえ、今はまだ。
そう……
実はねエルシー、まだ……あの演奏が、頭の中から離れないの。
かつてこの屋敷は国王を迎え入れたことがあったけど、そんな国王もどこへ消えてしまったのでしょうね。
(シージが近寄ってくる)
……
アレクサンドリナ殿下!これは大変失礼な物言いを――
……ヴィーナでいい。
では……ヴィーナ。
先ほど戦士たちと巡回にあたっていた。
正体を打ち明けて、なおかつそのまま自救軍と共に任務にあたるとは、大したものね。
手をこまねいているだけは性に合わんのでな。
ここにいるだけでもいいのに。
クロヴィシアから話は聞いたぞ、アラデル……
ああ、あれのこと?ただの置物よ、そろそろ断捨離してやろうと思ってたからちょうどよかったわ。
けど、あそこは埃まみれなの。次期陛下になられるお方の手を借りて手伝わせるわけにはいかないわ。
……
アラデル。
貴様がやむを得ずあの鎧を売りに出すところなど、私は見たくない。
それはやめろとのご命令かしら?
貴様に命令する資格など私にはないさ、アレの所有者は貴様だからな。
自救軍にとって、最善の策を講じてやれるのも貴様だ。あの鎧は限りあるチャンスを生み出してくれると知って売りに出したのだろう。
だが……少しだけ私に時間をくれないか?
私が別の方法を考える。
……私に構わなくてもいいのに。
それは自救軍のオークタリッグ区管轄責任者としての命令か?
あはは、あなたには敵わないわね。
もしも、もしもあの日常が今も続いていたら、私たちは……
いや、やめておきましょう。起こってしまった以上、妄想したところで何もかも無駄ね。
ハイディさん!
あら、どうでした?ゴールディングのほうからは何か?
ゴールディングさんからのメッセージなら、すでにそちらの端末に届いていますよ。本屋からだそうです。
そうですか……ありがとうございます。
(通信の受信音)
こっちは安全、って書いてますね。オークタリッグ区での計画も順調に進んでいると。
すみませんが、彼女に返信をお願いできますか?ドクターの部隊が先ほどハイバリー区へ潜入できたと。ロドスに協力してくださった、あの傭兵方のおかげですね……
キャサリン、九番搬出口のベルトコンベアがちょっとおかしくなっちまった、診てくれないか?
分かった。
……
ネジが一本緩んでるわね。
パットッ!
なんですか?
今日の当直はあんただ。こっちはもう時間がないって言うのに、なんだこの杜撰さは?
進捗が遅れたせいで、サルカズたちがあんたの脳みそをコンクリにぶち込まれても知らないよ!
すいません……
……レンチを寄越しなさい。
はい……
ほらよ。
フンッ。仕事のほうもそうやってテキパキとしてくれりゃ文句はない……って……
……
……あんた、戻って来たのかい。
久しぶりだな、婆ちゃん。
ただいま。
……
パット!
へい、頭……
仕事が終わったら、あんたんとこの班長に報告するからね。
えぇ!?
工場で一番大事な搬入口は関係者以外お断りだ、追い出さないだけ感謝しな。
……婆ちゃん、パットは関係ねえよ、オレが勝手に入ってきたんだ。
そうかい。ならパット、トムとダンもまとめて報告させてもらうわよ、連帯責任だ。
……
それと横にいるあんた。そう、見るからに怪しい恰好をしてるあんただよ……
・私のことか?
・……
ついて来な。
第三幕
――
第七場
そこのお方、なぜ宮殿がこんなにも静かなのですか?
宮殿?どこに宮殿なんかがあるんだい?
今そうして寄りかかっているのが宮殿の外壁になります。
……お前さんちょっとどいとくれんか、日光浴の邪魔じゃよ。
それにワシが寄りかかっているのは、もう誰も住んじゃおらん空き家じゃよ。
私は邪悪と不義を振り払う蒸気の騎士です!宮殿内で一体何が起こったのか教えてください!
もう何もかも終わってしもうたさ、若いの。
いいえ、そんなことはありません!
我々が善悪を見定めている限り、憚らず選択を打ち出す限り、終わりが来ることはないのです!
そのために私はここへ来た!我が隊列に加わる意志のある者であれば、誰であれ歓迎しよう!
そも、今あなたも、そうやって悔しさのあまりに拳を握りしめておられるではありませんか!
まずいですよアーミヤさん、バレちまいました!
敵の数は?
偵察班が言うには、少なくとも傭兵で構成された巡査部隊が四つこっちに向かって来ています!
でも、都市防衛軍の司令塔に向かうには、どうしてもこの先の街を通らないと……
なんでこんなことに……ついさっきこの街に入ったばっかりだって言うのに!
この対応速度、きっと待ち伏せでしょうね。
予備のルートの状況はどうですか?
傭兵連中が真正面からこっちに向かってきていますから……
ダメだ、予備のルートも使えなくなっちまいました!
あと、何者かが急速にこっちへ近づいてきています!ついさっき自救軍が発見しました!
詳しくお願いします。
自救軍がサディアン区から撤退した時、ちょうどそいつらとやり合ってたんです!あの悍ましい連中は……
あ、ありゃ“ヒト”じゃないって、そう言ってました!
……ブラッドブルードの手下ですね。
全部隊に通達!本作戦を一時中断、直ちに撤退します!
(複数の矢が飛んでくる)
クソ、もう追いつかれた!ブラッドブルードめ、どんだけ足が速いんだよ……じ、自救軍のほうもすでに交戦してるみたいです!
目標を変更、自救軍の援護に向かいます!
あのコータスはどこだ!
なんだよコータスって!
とぼけるな!ヤツが数日も貴様らとつるんでいたのは知っているんだ!
なに訳分からんことを言ってんだ!知ったとして、お前なんかに答えるかっつの!殺しても口だけは割らねえぞ!
クソが!どいつもこいつも石みてえな頑固野郎どもめ!
ギャアアアア!なんだこれ!?ムシ!?ムシか!?こんのクソッタレめが!
ロドス部隊、到着した!持ちこたえてくれよあんた!
隊列を整えろ!あのうじゃうじゃいるムシたちを逃すな!
重装オペレーター、自救軍の撤退の援護に回ってください!
この敵はロドスが引き受けます!