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【明日方舟】11章 淬火塵霾 11-8「停滞」行動後 翻訳

サルカズの戦士
サルカズの戦士

――

シージ
シージ

まだ追ってくるのか。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

あなたは先に……逃げてください。あなたのような身分の方が、私なんかのために危険に巻き込むわけには……

シージ
シージ

ではアラデルやクロヴィシアが部隊を率いていた場合も、同じようなことを言うのか?

自救軍の戦士
自救軍の戦士

……あなたは違いますから。

シージ
シージ

頭を下げろ。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

はい?

シージの腕の中でハンマーが半回転し、自救軍の戦士の頭を過って重く振り下ろされた。
レンガが砕ける音と共に、巨大な穴が出現する。砕かれたレンガの中には、アーツロッドを所持していたサルカズの術師の腕も埋め込まれていた。

シージ
シージ

……これでも違うのか?

自救軍の戦士
自救軍の戦士

……

シージ
シージ

しっかりと私について来てくれ。戦場で人を待ってやれる習慣はないのでな。

(シージ達が走り去る)

シージ
シージ

……まだ振り撒けられないのか。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

しつこいサルカズ共だ。

シージ
シージ

同じ服装を着てはいるが、サディアン区にいるサルカズたちと比べれば、向こうがいかに雑兵だったか思い知らされるな。

シージ
シージ

こいつらは違う。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

どうします?このまま鬼ごっこしてもラチが明きませんよ?

シージ
シージ

貴様は以前、事務職に就いていたはずだったな?

自救軍の戦士
自救軍の戦士

えっ?あっ、はい、以前は会計でしたけど……それが?

シージ
シージ

いつもどう通勤していた?交通機関か?

自救軍の戦士
自救軍の戦士

はい、そうですけど……

シージ
シージ

ならロンディニウムの一般的な路地がどのくらい狭いのか、ウェリントン通りの端から端までどのくらいの距離があるのか、ブロックごとに下水道の入口がどのくらい点在してるかは知っているか?

自救軍の戦士
自救軍の戦士

……それは知りませんけど。

シージ
シージ

彼女たちならそれを熟知しているさ。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

彼女たちって誰なんです?

(インドラがサルカズの戦士を殴り飛ばす)

インドラ
インドラ

ヴィーナ、こっちだ!

サルカズの戦士
サルカズの戦士

ターゲットを発見した!

(斬撃音)

サルカズの戦士
サルカズの戦士

まだ敵がどこかに潜んでいるぞ!

モーガン
モーガン

……ヴィーナ、こっちこっち!

シージ
シージ

セーフハウスから爆発音が聞こえた。

シージ
シージ

自救軍の撤退がまだ間に合っていない、こちらで向こうの援護に回るぞ。

モーガン
モーガン

チッ、ならこっちよ!

ダグザ
ダグザ

シージ!

シージ
シージ

ダグザ、自救軍の状況は?

ダグザ
ダグザ

クロヴィシアが大部分を連れてすでに撤退した。でもアラデルが……

アラデル
アラデル

……くッ、私なら平気よ。

シージ
シージ

ケガを負ったのか、アラデル。

アラデル
アラデル

自分の厄介事ぐらい、自分で対処できるわ。

アラデル
アラデル

それよりも殿下、こんなところに戻ってくるべきじゃないわ。

サルカズの戦士
サルカズの戦士

この中に潜んでいるぞ!

サルカズの戦士
サルカズの戦士

ヤツらを殲滅しろ、一人残らず!

ダグザ
ダグザ

お言葉だがシージ、あたしもその……

シージ
シージ

……戻ってくるべきじゃない、と言いたいのか?

ダグザ
ダグザ

違う、いつもいつも最前線に立って敵を食い止めるのはよくないって言いてえんだ。

ダグザ
ダグザ

たまにはアタシも、傍に置いてくれ。

シージ
シージ

分かった。では私の傍にいてくれ、ダグザ。

(アラデルとダグザが近寄ってくる)

アラデル
アラデル

……

シージ
シージ

アラデル、貴様も少しは休んでおくべきだ。

アラデル
アラデル

カンバーランド公の娘たる者、マンチェスター伯の娘には負けてられないわ。

シージ
シージ

アラデルとダグザと言ってくれないか?そっちのほうが何かと馴染み深いのでな。

アラデル
アラデル

なら、あなたの友人であるアラデルとして、私も傍に置いてちょうだい。

シージ
シージ

貴様はどうする、戦士よ?まだ立てるか?

自救軍の戦士
自救軍の戦士

私も……私もまだ……

シージ
シージ

では武器をしっかりと持ってくれ、共に戦うぞ。

シージ
シージ

ロンディニウムは……この鋼鉄のジャングルは我々のものである。そろそろサルカズたちにどちらが獲物なのかを思い知らせてやろう。

(サルカズの戦士がバリケードを破り近付いてくる)

サルカズの戦士
サルカズの戦士

そこまでだ、アスランの。もうテメェの身分でもってしても助からねえぞ。

サルカズの戦士
サルカズの戦士

んなもんはもうどうでもいいからな。

サルカズの戦士
サルカズの戦士

サルカズの明日がようやくやって来たんだ。だからテメェらは、ここで過去に埋もれちまいな。

(殴打音)

サルカズの戦士
サルカズの戦士

おい待て……

サルカズの戦士
サルカズの戦士

気を付けろ、棚の後ろに待ち伏せがいるぞ!

シージ
シージ

鋭いな。

モーガン
モーガン

ほらほら~、こっちを見んさいな、こっちだよ!

(モーガンが斬りかかる)

インドラ
インドラ

いいや、こっちだマヌケ。

(インドラが殴り掛かる)

ダグザ
ダグザ

シージ、今だ!

(ダグザが斬りかかる)

シージ
シージ

了解した。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

危ない!

(サルカズの戦士が攻撃を避け、アラデルを人質にする)

サルカズの戦士
サルカズの戦士

中々小賢しいマネをするが、効かん効かん!

サルカズの戦士
サルカズの戦士

お遊びはそこまでだ、テメェら。武器を下ろしてもらおうか、楽して死にてえのならな。

サルカズの戦士
サルカズの戦士

そのほうが何かとお互いのためだろ。

アラデル
アラデル

……ごめんなさい、油断してしまったわ。

シージ
シージ

詫びは必要ない。

サルカズはシージに目を向けていたが、シージの視線はアラデルに向けられていた。
彼女はゆっくりと両腕を上げる。ガタンと鈍い音と共に、ハンマーが地面に落とされた。
そこで彼女はアラデルに片目を瞑って合図を送り、それを受け取ったアラデルが僅かに口角を上げたのである。

サルカズの戦士
サルカズの戦士

待てよ……なんでこんなとこに風が?ここは室内のはずじゃ……

サルカズの戦士
サルカズの戦士

なっ……クソッ、アーツ攻撃だ!反撃しろ!

(周囲に風が吹く)

アラデル
アラデル

ヴィーナ、ハンマーよ!

(アラデルがシージにハンマーを投げる)

シージ
シージ

すまない!

(シージがサルカズの戦士をハンマーで殴る)

サルカズの戦士
サルカズの戦士

あがッ――!

(サルカズの戦士が倒れる)

シージ
シージ

大事ないか?

アラデル
アラデル

少なくとも気持ちは清々したわ。

(倉庫が崩れ始める音)

サルカズの戦士
サルカズの戦士

ここの倉庫が崩れるぞ、撤退だ!外で連中を包囲しろ!

インドラ
インドラ

おい、お前らの“セーフハウス”、やけに脆っちいぞ。

アラデル
アラデル

セーフハウスと難攻不落の城と一緒にしちゃダメよ。

アラデル
アラデル

――ついてきて、こっちよ。

(アラデル達が走り去る)

アラデル
アラデル

抜け道なら崩れた建物で塞がれたはずだわ、それでも急ぎましょ。

アラデル
アラデル

くッ……

シージ
シージ

傷の手当を急いだほうがいい、アラデル。

アラデル
アラデル

大丈夫、まだ平気よ……

シージ
シージ

ダグザ、貴様たちはこの戦士を自救軍のアジトまで送ってやってくれ、ここからは別行動だ。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

殿……シージさん。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

リーダーにしては面白い人ですね。へへ、今度はこっちの本領ってもんを見せてやりますよ。

自救軍の戦士
自救軍の戦士

本当にありがとうございました。

モーガン
モーガン

どこに行くってんだい?

シージ
シージ

これ以上アラデルの傷を放っておくわけにはいかん、だから近くに……

シージ
シージ

待て、ここはなんだか馴染みがあるぞ……

アラデル
アラデル

ここの道を憶えていてくれたのね、ヴィーナ。

アラデル
アラデル

あなたと彼らが“諸王の息吹”を持って帰ってきたあの日の午後。

シージ
シージ

……どういうことだ?

アラデル
アラデル

……なんでもない、行きましょ。

アラデル
アラデル

ここは宮殿から公爵邸に通じてる道なの、知ってる人はそう多くないわ。

アラデル
アラデル

とある公爵から保証を得たのよ。明日までに、カンバーランド邸が危険に陥ることはないって。

アラデル
アラデル

このかすり傷を処理するには十分だわ。

アラデル
アラデル

……ヴィーナ。

(シージが部屋に入ってくる)

シージ
シージ

私がいるのが分かっていたのか?

アラデル
アラデル

自分の部屋ですもの、外で何が起こってるかぐらいは知っているわ。

アラデル
アラデル

それといくらジーっと見つめても、私の背中にできた傷が自分で治ってくれることはないわよ、ヴィーナさん。

アラデル
アラデル

だから少しだけ手を貸してくれないかしら?

シージ
シージ

……分かった。

アラデル
アラデル

つッ……

シージ
シージ

すまない、力を入れ過ぎたか?

アラデル
アラデル

平気、大した傷でもないから。ただせっかく大勢の目から解放されたものだからね、つい。

シージ
シージ

あんなに血を流したはずなのに……昔からたくさんケガをしてきたのか?

アラデル
アラデル

心配しないで、ほとんどはもう痛みはなくなってるから。

シージ
シージ

私がもっとはやく反応しておけば……こんな余計な傷痕を付けずに済んだのに。

アラデル
アラデル

あのサルカズたちから逃れられただけ幸いってものよ。

アラデル
アラデル

むしろ感謝させてちょうだい、ここ数日ずっとそれが言いたかったわ。

アラデル
アラデル

自救軍を助けてくれてありがとう。それとあの古い蒸気鎧も残してくれて。

シージ
シージ

やるべきことをやったまでだ、アラデル。それに……貴様があれ以上ものを失っていくところなど見たくなかったのでな。

アラデル
アラデル

……

アラデル
アラデル

ふふ。

アラデル
アラデル

気にすることはないわよ、ヴィーナ。ここ数年で私もやっと分かったの、私たちがいくら願ってもその多くの願いは叶えられないんだって。

アラデル
アラデル

じゃなきゃ、今こんな薄暗くて小さな部屋に籠って、よれよれの包帯なんか巻いちゃいないわよ。

シージ
シージ

本当なら……

アラデル
アラデル

そうね……きっと庭に座って、お茶をしながら詩歌や天気の話で盛り上がってたはずかもね。

アラデル
アラデル

そうそう、狩りにも出てたはずよ。この季節のロンディニウム郊外にはたくさんの大角獣が出現するからね。逃げ足は速いけど、人を見つけてもついついボーっとしちゃう動物なのよ。狩りは好き?

シージ
シージ

……分からない。

アラデル
アラデル

そうね、私も記憶が曖昧になってきたわ。でもあなた、ダンスはあまり得意じゃなかったでしょ?少なくとも社交シーズンに開かれるあの長ったらしいダンスパーティは嫌いでしょ、私もよ。

アラデル
アラデル

あんなスカート、狩猟服と比べたら不便極まりないわ。身体を締め付けて息苦しいし、パーティ当日の食欲もなくなっちゃうし。

シージ
シージ

フフッ、想像に難くない。

シージ
シージ

それに……

アラデル
アラデル

なぁに?

シージ
シージ

貴様なら、きっと狩猟服は似合うだろうな。

アラデル
アラデル

……ねえヴィーナ。

シージ
シージ

ん?

アラデル
アラデル

本当なら……私たちはもっと前から出会えていたはずよね。

シージ
シージ

運命は私たちの願いを聞き入れず、過去になり得たはずの過去を奪っていったせいで。

シージ
シージ

だがしかし、私たちにはまだ未来が……

アラデル
アラデル

どうしたの?なんだか驚いてるみたいね。

シージ
シージ

……未来を、語ろうとしていた。この私が。

アラデル
アラデル

あなたからしたら至極当然のことじゃない?

シージ
シージ

あの逃げ惑っていた日々の中、この先どうなるのかなんて滅多に考えたことはなかったんだ。過去はすでに夢の中、そして未来も……目先の霧の中だったからな。何も見えやしなかった。

アラデル
アラデル

……それがあなたの利点よ、ヴィーナ。

アラデル
アラデル

世俗的な貴族は誰だって明日のことを嬉々として語ろうとするけど、そのほとんどは今日の食事のことにしか興味がないの。

アラデル
アラデル

暮らしが彼らの感覚を麻痺させたんじゃなく、彼らが今この時こそが何よりも尊いんだってことを知っているからよ。

シージ
シージ

今みたいにか?

アラデル
アラデル

そうね……

アラデル
アラデル

まさに今みたいに。

(アラデルの足音)

アラデル
アラデル

エルシー。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

おはようございます、アラデルお嬢様。お荷物ならすでにまとめておきましたよ。

アラデル
アラデル

これ、蒸気鎧じゃない……なんでこいつを運び出したの?

アラデル
アラデル

これじゃデカすぎるから、持っていけそうにはないわね。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

……そうですか。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ところで、アレクサンドリナ殿下はもうすでに行かれてしまわれたのですか?

アラデル
アラデル

ええ、任務がまだあるからって。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

お嬢様、傷のお具合は……

アラデル
アラデル

もう平気、殿下のおかげね。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

……久しぶりに微笑んでくれましたね、お嬢様。

アラデル
アラデル

あはは、戦争がやってくるって言うのに、ちょっと気が抜け過ぎかしら?

アラデル
アラデル

でもまあ、殿下たちと共に戦える……こういった感覚は久しぶりだからね。

アラデル
アラデル

信頼における人というのも、私からすれば随分と久しぶりだから。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

アレクサンドリナ殿下はお嬢様のためにこの鎧を残してくださいました。私は一介の侍女に過ぎませんが、このご恩は生涯忘れません。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

なんせこの鎧は、カンバーランドの栄光そのものなのですから。

アラデル
アラデル

栄光……ね……

侍女のエルシー
侍女のエルシー

この鎧もお嬢様の偉大なるご先祖様も……まだ憶えておりますとも、お嬢様が小さい頃よぉく語ってくださいました。

アラデル
アラデル

子供は妄想に耽るのは好きだからね。

アラデル
アラデル

でも二十六年前の誕生日にはもう分かっていたよ。今のこいつは英雄でもなんでもない、壊れてしまったただの鈍重な鉄クズに過ぎないんだってね。

アラデル
アラデル

私たちはみんな変わってしまったのに、この鎧だけはまるで時間が凍らせてしまったかのように変わらないまま。

アラデル
アラデル

エルシーは……アレクサンドリナ殿下のことを気に入ってるの?

侍女のエルシー
侍女のエルシー

殿下はお優しいお方ですからね。殿下がご自分の仲間と接しているところを見かけたのですが、同じものを食べ、同じ部屋に住まわれておりましたよ。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ほかの多くの貴族と違って、彼女らを低俗な従者として扱うことは一度だってありませんでした。見捨てるなんてもってのほかです。

アラデル
アラデル

ヴィクトリアは幸運だったわね。

アラデル
アラデル

私たちの殿下は強い心をお持ちよ。流浪の身に苦しめられても、その実直さと誠実さが削がれることはなかった。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ヴィクトリアからすればそうかもしれませんが……お嬢様はどうなのです?アラデルお嬢様は、あの殿下のことをどう思われているのですか?

アラデル
アラデル

……

アラデル
アラデル

彼女には、栄光ある未来を辿ってほしいわね。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ではお嬢様は……

アラデル
アラデル

昨晩、また手紙が届いたわ。一日のうちに二通目よ。

アラデル
アラデル

彼女……とっても焦っていたわ。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

しかし、つい殿下と再会したばかりではありませんか!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

二十六年前のことは憶えていますか?殿下が諸王の息吹を担いでここへ現れたのは、きっと何かしらの兆しです!きっとすぐにでもそれが実現するでしょう!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

もうこんなに長く待ってきたのですから、もうしばらく待っていたって……

「アラデル・カンバーランド」
「いつの日か、再びヴィーナと相まみえるだろう。」

アラデル
アラデル

彼は……

アラデル
アラデル

……

アラデル
アラデル

いいえエルシー、私はもう待ってられないの。

アラデル
アラデル

ジムがここを出てってから、もうどのくらい経った?

侍女のエルシー
侍女のエルシー

あの事件の二年後に、ここを辞めてペニンシュラ郡へと帰られましたよ。

アラデル
アラデル

……二十五年か。私たちはもう……二十五年も庭師を雇えずにいたわね。

アラデル
アラデル

小さい頃から、そこにあった低木が好きだったわ。よく転ばされてたけど、咲く花はどれも金色で小さく、とっても綺麗だった。

アラデル
アラデル

でもジムが辞めてしまった後の冬から、最初に植えられた木々は全部枯れてしまったわね。

アラデル
アラデル

母は新しい種を探すよう人をやっていたけど、それがまさかミノスで一番貴重な品種の種だったことがそこで初めて知ったわ。ロンディニウムの一般家庭が五年は生活費に困らないぐらいの値段だった。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

灌木が一種類なくなってしまったとしても、お嬢様の庭園は美しいままですよ。

アラデル
アラデル

私も色々と頑張ってみたわ、エルシー。みーんな頑張ってきた。庭園を綺麗に保つよう、寒い冬でも熱い夏でも、あなたはずっとここを整えてくれていたわね。

アラデル
アラデル

でもああいった貴重な種もなくなれば……私たちの庭園も昔のような美しさを取り戻すことはできなくなってしまったわ。

アラデル
アラデル

父が亡くなってから迎えた五年目の新年に、私から母に手紙を送ったの。

アラデル
アラデル

その返信の中には、今のカンバーランド家では背負いきれなくなってしまった花の種も送り付けられていたわ。

アラデル
アラデル

……

アラデル
アラデル

だからエルシー、私はずっと……そういった暮らしをしてきたに過ぎないのよ。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

もし公爵様がまだここにおられていれば……

アラデル
アラデル

……彼女なら、何かしらの手段は持っているかもね。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

違うのです、お嬢様。あなたのお父上のことを言っているのですよ。

アラデル
アラデル

父上……父上か。

アラデル
アラデル

もう、声すら曖昧になってきてしまったわね。

アラデル
アラデル

父との記憶も、この庭園にいないと思い出せないほどになってしまったわ……私の手を優しく握って剣を教えてくれていた時の姿を。私を倒しても、また抱っこしてくれて、肩車してくれた時のことを……

アラデル
アラデル

……

アラデル
アラデル

昔、ここにあるすべてを残してやりたいと思っていたの。この庭園も、甲冑も……父の面影も。持てるすべての方法を試してみたわ、エルシー。

アラデル
アラデル

でも、“ほしい、なりたい”ってのが一番難しいものだってことが分かってしまったの。

アラデル
アラデル

小さい頃、蒸気騎士になってやるとまで言ってたのに。

アラデル
アラデル

……

アラデル
アラデル

ねえエルシー、極々たまになんだけど、こう思う時があるのよ……

アラデル
アラデル

]大きくなるって本当に残酷なことね。

アラデル
アラデル

運のいいヤツらは除いて、私たちみたいな大多数は結局……最後には疲労困憊したような、どこにでもいるような大人にしかなれない。

アラデル
アラデル

注意を払い、本音を隠しながら、藁にも縋る思いで社会の荒波の中を生き抜こうとする、そんな大人に。

アラデル
アラデル

ねえエルシー、小さい頃のあなたは何になりたがっていたの?絶対に、こんな没落して誰も面倒を見てくれないような屋敷の侍女なんかじゃないよね?

侍女のエルシー
侍女のエルシー

そんなことはありません、お嬢様のお傍にいつまでも仕えられて光栄に思います……

アラデル
アラデル

本音を言ってちょうだい。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

うーん、そうですねぇ……小さい頃は、色々と吟遊詩人が歌ってた物語を聞いてきましたから、おそらく私は……

アラデル
アラデル

ふふっ、吟遊詩人エルシーってわけね。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

からかわないでくださいませ。

アラデル
アラデル

大きくなるっていうのは、私たちが小さい頃になんにでも手にすることができると思っていた願望を、少しずつ砕けていって、やがては灰にしていくことよ。

アラデル
アラデル

だから私たちは今ここにいる。

アラデル
アラデル

私がもう一度カンバーランド家の栄光を取り戻す?いいえエルシー、そんなこととっくにできないわ。

アラデル
アラデル

私はもう、今のアラデルになってしまったのだから。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

……でも今のアラデルお嬢様であっても、カンバーランド家の行末を知ることはできないはずでは?

アラデル
アラデル

行末……

侍女のエルシー
侍女のエルシー

私はもう歳を取ってしまいました、お嬢様。いくら今、楽器を触れる機会があったとしても、きっと耳障りな噪音しか奏でられませんよ。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

しかしお嬢様、私に約束してくれたではありませんか。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

あの頃は何も考えずに言っていたのかもしれませんが……

侍女のエルシー
侍女のエルシー

でも私は、お嬢様ならきっとできると、今でも信じておりますよ。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

チャールズ・リッチよりも偉大な蒸気騎士になることを。お嬢様のご先祖様よりもさらに偉大な蒸気騎士になることを。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

きっと、その景色を私めに見せて頂けるはずですよね?

アラデル
アラデル

もうそこまでにして、エルシー!、そんなこと、彼女が許してくれるはずが……

侍女のエルシー
侍女のエルシー

では、お嬢様自身はどうされたいのですか?

侍女のエルシー
侍女のエルシー

あなたがどんな決断を下そうが、このエルシーはずっとあなたの味方ですから。

アラデル
アラデル

私は――

侍女のエルシー
侍女のエルシー

お嬢様ならきっと正しい決断を出してくれるはずです、私が急かすほどではありませんとも。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ですのでもう一度……この庭園の見回りに行かせてくださいませ。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

過去の破片となってしまわれたとしても……ここにあるものはすべて、私の宝物のままなのですから。

(エルシーが歩き始める)

アラデルは何か言いたそうに口を開いたが、結局は何も言い出せなかった。
彼女は自分が産まれてからずっと傍に付き添ってくれたあの人が、庭園の奥へ入っていくところを見やる。どんな困難な時だって彼女らは一緒に渡ってきた、歳月で自分たちが予想だにしなかったような姿に変わってしまったとしても。
そこでふと、アラデルは気付いたのだ。あんなに笑ってくれるエルシーはもう随分と見ていない。
そこはかとなく、心の内から懐かしい静けさが湧き上がった。
もし自分にもまだチャンスがあるとすれば――
だが突如、アラデルの視線は遠くで揺らめく赤い光に惹きつけられた。
その赤い光は次第に大きさを増していき、彼女は気温が上昇していることに気が付く。

アラデル
アラデル

エルシー、私たちもはやく――

声を発したのも束の間、公爵邸は火の海へと化してしまった。

レイトン中佐
レイトン中佐

大君様。

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

静かに。

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

この美しい景色を楽しんでいる最中だ、邪魔はするな。

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

かつての輝かしい歴史が灰と化している。貴族たちの驕りから築き上げられた屋敷も燃えに燃えている。

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

数百年もの歳月をかけて丁寧に彫り起こされたレンガ彫刻も一つ一つ剥がれ落ちていっては、この大地の各所から集められた花々も枯れていっているのだから。

レイトン中佐
レイトン中佐

……私が受けた命令では、貴族たちには一通り審査を受けさせるものでしたが。

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

つまり、私の行いには不満だといういうことだな、“司令官”。

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

目の前に燃え盛っている炎は嫌いか?それとも血が蒸発する際の音に興味はない?

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

よぉく聞いて、味わってみるといい……“パチパチ”と、実に心地いい音色には思わないかね?

ブラッドブルードの大君
ブラッドブルードの大君

こちらは今、誠心誠意その血の一滴までをも調べ尽くしてる最中なのだぞ……

レイトン中佐
レイトン中佐

……

レイトン中佐
レイトン中佐

大君様の審査に協力は惜しみません。もちろん……反逆者は一匹たりとも逃しはしませんとも。

レイトン中佐
レイトン中佐

それが、私の責務ですからな。

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