(矢の飛び交う音と剣と剣がぶつかりあう音)
――
※ヴィクトリアスラング※、この新しく出てきたヤツらやたらとタフだぞ!?
そんなこと今はどうだっていい、突撃するぞ!とつ……げ……
(自救軍の戦士が矢に打たれて倒れる)
手を貸せ!
こっち来るんじゃねえ!来るなって言ってるだろ!それと死んでいったヤツらから離れ……るん……
(ヴィクトリア傭兵達が唐突に倒れる)
ゲホゲホッ……なっ、一体何が……
バタバタと倒れていく戦士の周りには、得も言われぬナニかの力が戦場に弥漫している。
ナニかが彼らの皮膚から、目から、耳から滲み出てきているのだ。あれは血、あるいは分泌物の類のものではない。
おそらくは恐怖、死後の未知に対する一種の恐怖なのだろうか。そのような抗えない恐怖が、瞬く間に彼らの命を奪い取っていく。
(シャイニングがアーツと斬撃を放つ)
下がりなさい!
カハッ……ハァ……
息が、できた!ありがとう、ロドスの……医者、なのかな?クロージャさんからあんたは医者だって聞いてるけど、それで……合ってるよな?
……全員、下がっていなさい。
(シャイニングがアーツを放つ)
・あれは……巫術か?
・ウェンディゴの祭壇と似たような感じがするぞ。
……サルカズの古い巫術は、どれも似たような発生源を持っています。
それは即ち“死”です。
ウェンディゴも、ナハツェーラーも、ブラッドブルードも、ガーゴイルも、リッチも……ましてやバンシーも。死はほぼすべての生物の終着点ではありますが、サルカズにとっては力の源なのです。
・君の剣……あの汚染を食い止めてくれているのか?
……死と命は、本来ならコインの裏表のようなものですから。
ただし、私が食い止められる時間も限りがあります。ここへやってきたのが先遣隊であったとしても、私たちでナハツェーラーの軍団を相手するのは無理があります。
あくまで伝承や噂程度ではありますが、あの古いサルカズは腐敗と死と戦場へもたらしてくると聞いたことがありますから。
……ですので、私たちも急ぎましょう。
・分かっている。
・……
・撤退命令ならすでにケルシーが明確に出してくれているさ。
(切羽詰まった金切声)
・クロージャ、直ちにドローンを回収しろ。
はぁ……仕方がないって感じだね?
データ転送は……70%程度か……まあ、これだけでも十分っしょ。
・フェイスト、クロヴィシアにも伝えておいてくれ。
了解だ、ドクター。
みんな、オレについて来い!
・ロドス各位は、Mon3trについて行け!
・ロドス各位、作戦通り自救軍撤退の援護に回れ!
了解、ドクター。
・それとアーミヤたちにも知らせてくれ。
・アーミヤと、Logosとアスカロンにも伝えてくれ。
・……
しかし、返事はなかった。
呼びかけたところで、あなたに返事は返ってこなかった。
おかしい。いくら苛烈な戦闘においても、アーミヤがあなたの声を無視することはないからだ。
オペレーターたちの状況は、いくらPRTSであっても映すことはできない。しかしあなたはすでに、彼女がどんな危険な目に遭われているのか勘付いていた。
・アーミヤ!?
くッ……
アーミヤ、とうとうナハツェーラーが来てしまったぞ。
……そろそろ撤退しろ。
ケルシーも最善は尽くしてくれたが、これ以上向こうのリッチを食い止めるにしても限界だ。
ナハツェーラーが率いる軍団戦力はどのサルカズの勢力にも勝る。このままここで呆けているとすぐヤツらに囲まれてしまうぞ。
……
アーミヤ?
撤退?
それは不可能だ。
彼女らは逃れることなどできるはずもない。ブラッドブルードの血の桎梏なら切り捨てられるだろう、ナハツェーラーの死の匂いも阻むことはできるだろう。だが彼らがこの大地にいる限りでは、暗雲の注視から逃れることはできないのだ。
なぜならサルカズの憎悪と悲痛の想いは、どこにでも存在しているのだから。
……
無数の声が彼女の脳裏に押し寄せてくる。
戦争で両親を失った子供の、廃墟を彷徨いながら泣きじゃくる声。
か弱い戦士が初めて敵の首に剣を振り下ろした時、その刃から伝わってくる肉の斬撃音。
バンシーが銀色の月を背に、見る影もなく崩れてしまった都市に向かって、つらつらと習得したばかりの呪文を唱える声。
独り峡谷に立ち、サルカズの集落を襲う無数の敵が血の海と化してる様を見て、鼻先で嘲笑うブラッドブルードの嘲笑。
死した魂たちが空を背にして、大地に向けて発せられた怒号。
何故我々が死なねばならないのだ、と。
我々がサルカズだからか、と。
(アーミヤから黒いアーツが放たれる)
黒い線が暴走したかのように、アーミヤの目から、口や鼻から溢れ出ては伸長し、彼女に纏わりつく。
その場にいたサルカズたちも、全員がまるで自らの心臓を黒い線に一瞬ワシ掴みにされたかのような錯覚に陥った。
……
アーミヤ、呑み込まれるな。
どういうこと?ねえドクター、アタシなんか……なんか声が聞こえてくるんだけど……
※曖昧で聞き取れないサルカズのとある部族言語※
地の下は暗黒で満ち……
暗黒は邪悪を育む。
邪悪は苦しみをもたらし……
※曖昧で聞き取れないサルカズのとある部族言語※
おいクロージャ、あんた一体何をぶつぶつと言ってるんだ?
アタシにも……よく分かんない……
あ、頭が……すごいクラクラする……アタシの頭……もしかしておかしくなっちゃった?
ドクター、これってサルカズの巫術の仕業なんじゃないのか?
でも俺、なんとも……おい見ろ、敵もみんな……
……
暗闇は……苦しみを……
共に分かち……
・このフレーズを聞いたことがある。
・似たようなフレーズを聞いたことがある。
・特殊な精神的暗示の類だ。
・これはただのアーツではない。
……ドクター、今すぐ自救軍とほかオペレーターたちを撤退させてください。
しかしアーミヤが……
……
・シャイニング……/
・君も、アレの影響を受けてしまったのか?
暴走してしまった力が、今サルカズたちの心を蝕んでいるのです。
私ならまだ辛うじて耐えられますが……聴罪師とて、これに抗うのは不可能です。
・暴走した力?
・それってまさか……
戦士たちの悲願を慰めとし、また裏切者たちの心の奥底にある恐怖そのものを罰として当人らに与えることができるのは、サルカズの君主だけです。
それができるのはつまり、“魔王”ただ一人。
・……
あなたの考えてることは分かっていますよ、ドクター。
一体ここにいるサルカズ全員を無差別に攻撃しているのは、どの魔王なのかと……そう考えているのですね。
・アーミヤが危ない。
・一番心配していたことが起こってしまった。
・これをやったのがテレジアかどうかはともかくとして。
魔王の力……
貴様のような未熟な身体で、サルカズの万年にも及ぶ追憶を背負いきることなどできるはずもない。
道理で……いやはや道理で。
もう、背負いきれなくなってしまったのだな。
貴様の指に嵌められているそれらの指輪は……テレジアが残してやったものだ。
そんなもので祝福と呪いを一同に封じ込められるとでも思ったか?バカめ、祝福のみを抜き取ることなど造作もないのだよ。
(アスカロンがアーミヤに襲いかかるブラッドブルードの大君のアーツを全て切り伏せる)
……
アスカロン、うぬも気付いておろう。
……アーミヤが殿下に影響されている。
これ以上は遅れを取れぬ状況だ。ナハツェーラーとテレシスがいつでもここに現れるやもしれぬ。
必要とあれば、アーミヤを無理にでも連れていくぞ。
アーミヤ……
……
指輪には亀裂も、ましてや変色も見られない。
ただ震えていたのだ、アーミヤが震えていたがゆえに。
コータス、貴様にテレジアから授かった王冠を戴く資格はない。
何も貴様がサルカズではないからというワケではないのだ。貴様は一度も、サルカズの本質を理解しようとしていないからである。
貴様はあのテレジアとまったく一緒だ。あのケルシーと名乗るバケモノに誑かされている。
貴様らはサルカズもフェリーン同様、類似した血脈から派生した一種の支族だと考え……
我々の怒りはある種の不平から来たものだと、我々の抗いをただの国同士の争いとして扱っているが……
果たしてそれは本当だろうか?
今だけは、我が怨恨に目を向けることを許してやろう、“魔王”よ。
よぉく……頭上の暗雲から聞こえてくる慟哭に耳を傾けるがいい。
きっと、教えてくれるはずだ。サルカズは、あの厚かましい侵略者どもとは……貴様らが口にする神民と先民とは違う存在なのだと。
カズデルとは断じて!都市でも、ましてや国家を指す呼び名ではない!
サルカズが未だティカズと呼ばれていた頃、未だ故郷を持っていたあの時代――カズデルとは、我々の目の及ぶ“世界”全体のことを指す言葉であったのだ。
カズデルとは即ち、テラと同義であるはずだったのだ。
……
見境ない悲しみがアーミヤを包み、彼女の手足に纏わりつき、口や鼻を塞ぎ込む。
彼女がどこに視線を向けようが、暗雲がその視線を遮ってしまう。
どうすれば逃げられる?なぜ逃げる?
そんなアーミヤには、ただ耳を傾けることしかできなかった。
一人のサルカズが、城壁をよじ登っていた。
彼の背後には鉄色の都市が広がっており、頭上には黒色の旗が風に靡いていた。
満身創痍の戦士たちが目の前で陣形を組んでいる。彼とさほど歳が離れておらず、まともに訓練を受けていないであろうサルカズたちも、手に錆びついた剣を握っては城壁の守りに就いていた。
背後を見渡せば、無数の同胞たちもひしめいていた。幼い者も老いた者も、みな手にしていたのはせいぜい狩猟用の弓だけであった。
しかし敵はすでに荒野を超え、彼らの都市の目と鼻の先まで押し寄せていた。
やがて塔の術師らがアーツロッドを用いて、一斉に空気を切り裂く音が聞こえてきた。
ガリアの砲兵が源石砲の射線を合わせてくるくぐもった音も。
蒸気鎧が行軍する際の重苦しい音と、突撃する際の噴射音も。
そんな者たちを率いている統率者のローブが風に巻かれ、鎧とぶつかり伝わってくる冷たい音も。
あのフェリーンは一体何者だ?蒸気騎士が彼女の真後ろに立っているため、ヴィクトリアの統率者だろうか?しかし塔の術師もガリアの砲兵も、みな一同に彼女の指揮に従っている。
そこで彼女は、サルカズの罪状を声高に読み上げた。
「サルカズの謀は、もはや白日の下へ晒された。怨恨は決して癒えることのない不治の病であり、君たちの復讐心はやがてこの大地に決して癒えることのない傷痕を残していくだろう。」
「周辺諸国の安寧のために、この先二百年の平和のために、野心は必ず予め消し去らなければならないのだ。」
そう言い終えると、戦火が四方八方からカズデルに迫ってきた。カズデルはすぐさま、またもや廃墟と化してしまったのである。無数のサルカズたちはこの戦火を前にして続々と死んでいき、生き残った者も待ち受けるのは不幸だけであった。
なぜ、我々は殺されなければならないのだ?
我々が異なる起源を持っているからか?この大地がもはや、我々の怨恨を受け入れきれなくなってしまったからか?
だがそこへ、六人の英雄が廃墟の中から立ち上がった。皆どれも燃え上がっているカズデルの旗を手に持ち、眼前に広がっている大軍へ突撃を敢行しようとする。
死を望んでいるサルカズなど、誰一人とて存在しない。今しがた倒れてしまった無数のサルカズが発した哀号は戦鼓と化し、英雄たちに続けて敵軍へ押し寄せていった。
答えよ、我らが仇敵よ!
貴様は何者だ!なにゆえカズデルは滅ぼされなければならぬのだ!
貴様は何者だ!なぜ貴様如きが、サルカズの行いに裁きを下すことができるのだ?
なぜ沈黙を貫く?
なぜ私の問いに答えぬのだ?
ケルシーよ……答えろケルシーよ!
(城壁が崩れ始める音)
……
カズデルの城壁が崩れていく。灰燼と残骸と共に、死んでいったサルカズたちが落ちていく。
彼女もまた落ちていった。
眩暈がちょっと収まったかも……うぅん、やっと目も調子が戻ったよ……
ってちょっとアレ、司令塔の上ッ!
・アーミヤァ!!
・クロージャ、はやくドローンを飛ばせッ!
アサシンはブラッドブルードの攻撃を防ぎ……
呪術の王が落ちる速度を抑え込んでくれた。
あなたの身体にはロープが巻かれており、ドローンに引っ張られて電光石火の如く戦場を駆け巡っていく。
やがてアーミヤが地面に触れる寸でのところで、あなたは彼女の手を掴み、そして胸に抱き寄せた。
ケルシー……先生……
ねえドクター、なんでアーミヤちゃん……ずっとケルシー先生の名前を呼んでるの?
アーミヤの目尻には悲哀の涙を浮かんでいるも、顰めた眉からは怒りが見て取れた。
彼女は一体何を見て、何を聞いたのだろうか?
(何者かのアーツ音)
まずいよ、ドクター、何かが猛スピードでこっちに向かって――ちょッ、速すぎでしょ!?どこどこどこ!?はやく探して!
いや……違う……
あいつ……あいつ……まさかずっと……そ、そこにいた?
そこには人影がいた。
サルカズが一人、音も立てずに、ただじっとこちらに視線を向けている。
ブラッドブルードの執拗な殺意とはまるで異なる。聴罪師のような傲慢に見下してくる蔑視とも、ナハツェーラーの恐ろしい気配とも違う。ましてやあのウェンディゴと比べても、視線を向けてくるその者はむしろ痩せてるとすら思わせるほどの背丈をしていた。
あれは極々普通のサルカズだ。軍も、従者も侍らせておらず、玉座から立ち上がり、これまで気にも留めなかった権力を放り出しては、こちらへ歩み寄ってくる。
二百有余年もの歳月の中で、最も冷酷な眼光を向けながら。
――
あなたが彼の姿をはっきりと捉えた時にはすでに、彼の剣先があなたの傍にまで振り下ろされていた。
アーミヤが死んでしまう。しかしアーミヤを手放さなければ、あなたも死んでしまう。
この戦場に足を踏み入れてからの彼の狙いは一つしかなかった。あなたが懐に抱き寄せている、その“魔王”を殺すことなのである。
しかし直後、あなたとアーミヤの目の前を、見知った一人の姿が遮った。
(斬撃音と血が吹き出す音)
(藻掻き苦しむ金切り声)
紅く暖かい液体があなたの頬と、アーミヤを抱えているあなたの手にかかる。
ケルシー!
あなたは思わず声を出した。
ケルシーが、死んでしまう。次の瞬間にも、彼女は死んでしまうだろう。
そんな可能性など、あなたは一度だってこうも明瞭に覚えたことはなかったというのに。
ドクター……
アーミヤを連れて……逃げろ。
(目いっぱいの咆哮)
ケルシーィッ!
シャイニングが渾身の一撃を与えるも、彼が手に握る平凡でしかないロングソードの剣筋を僅かに退けさせることしかできなかった。
クロージャが必死にアーミヤを抱え込んでいるあなたを引っ張っている。
そしてドローンにも引っ張られ、あなたたちはすぐさまその場から逃げていくも、全身が血に塗れたケルシーは……依然とあなたたちの前を遮っていた。
……テレ、シス……
(弱々しく藻掻く)
……またサルカズの敵になることを選んだな。
カズデルを滅ぼした首謀者、老いを手懐けた不滅の者。そんな者が二百年前、テレジアの傍で生まれ変わったのを私は見ていた。
貴様は彼女のために色んなことをしてやったな。我々の永遠に手が届かないであろう幻を仄めかしながら……
実に遺憾である。
ガハッ……ゴフッ……
……き、君は……ッ滅びを、早めているだけだ。
ケルシー先生、もう喋らないほうが――うッ!
(シャイニングが斬撃を防ぐ)
分かっているとも。だが貴様らの冷酷な計画によって生殺与奪の権を握られるぐらいなら、我らサルカズは自らの滅びを選んでやる。
……そんなこと……!
もう話せる気力もないはずだ。リッチのトランスポーターを食い止めたことは褒めて遣わそう、未だに軍事委員会のほうで彼奴らの行方を把握しきれていないのでな。
だがどうやら、あまり交渉は上手くいかなかったようじゃないか。
あの時、私は貴様に警告してやった。それを今、再びここで、貴様に伝えよう――
もう一度、私が貴様を殺してやる、ケルシーよ。