彼女にとって、自分の生活っぷりはいつだって同じだった。しかし、そのため他からは
こう言われることもある――
まるでシラクーザ人みたいだ、と。
私がまるでシラクーザ人?
分からない。
ただ昔、一回だけお爺様にこう話したことだけは憶えている――
「シラクーザでの暮らしのほうが上だとか、クルビアでの暮らしのほうが上だとか思ってる人間は、みんなもくだらない」と。
それを聞いて、お爺様は大笑いした。
本日、注目されるカラッチ部長暗殺事件に関する裁判がいよいよ開廷されます。
ただ安全面の考慮として、法廷内へ入れるのは招待された僅かな人たちだけとのことです。
ほかの方たちは法廷外で裁判結果を待つことになります。
えー今現在、裁判所には厳重な警備が張られておりますが、それでも多くの市民たちがここに集まってきています。
どうやら、カラッチ部長の死は多くの市民の心を揺さぶる事件だったことが見て取れるでしょう。
引き続き今回の裁判を追っておきたいと思いますので、チャンネルはそのままで。
……
ソラ、準備はいい?
うん。
あたしが出演した後あっちに行きたかったら、行ってもいいからね。
どうせ行っても入れないんだし、いいよ。
うん、ウチらも大人しく結果を待っとくわ。
舞台、頑張るんだよ!
大丈夫、心の準備はできるから。
ソラちゃーん、準備はいい?もう始めるわよー。
はーい。
ヴォルシーニ裁判所
静粛に、静粛に。
本日のこの裁判結果は、後ほど全市民に向けて公開されることになります。
では今回審理するのは、建設部部長カラッチの暗殺事件についてです。
被告人は前へ。
(テキサスが前に出る)
あれが……テキサスなのか?
あの髪色に瞳の色、間違いない!テキサス家の者だ!
……
Zzz……
しかし、殺されたはずなんじゃ?
彼女がカラッチを殺したのか?
静粛に!
……
……
チェッリーニア・テキサス、あなたは以前カラッチ部長殺害の現場に出現していましたね。
ああ。
爆弾を仕込み、建設部部長が通った際に起爆のは私だ。
あっさりと認めたぞ!?
最後のテキサス……こうも落ちぶれてしまったのか!
……動機はなんですか?
動機はない。
誰に指示されて行ったのですか?
誰にも指示されていない。
つまり、すべてあなた一人がやったことだと?
そうだ。
そんなのありえない!爆弾はどこで仕入れたんだ?いつそれを仕込む機会があった!
そんなこと重要なのか?
君はテキサス家のために、復讐しに来たのかね?
いいや。
しかし……
ラヴィニア裁判長、私はこれですべてを自白した。
にも関わらず、傍の陪審員席に座っているファミリーの面々が些か騒々しいと思うのだが。
口答えをするな!
他の余計な裁判の流れなんだが、もうスキップしてもいいんじゃないのか?
ん?
レオン、なんでここにいるんだ?
てっきり法廷に行ったのかと思ってたぞ。
本当に意外に思ってるのか、ディミトリー?
……なんか飲むかい?
朝に酒はオススメしないよ。その代わり目覚めのいいフルーツジュースを作ってやるから。
ウィスキーだ、一番強いヤツで頼む。
それから、俺の質問にも答えてもらうぞ。
どうして分かったんだ?
簡単な話だ。
俺への襲撃にしろ、カラッチへの暗殺にしろ、十二ファミリーを互いに争わせたいと企んでいる者がいるということになる。
また、今回の事件におけるベッローネの代弁者がラヴィニアである以上、犯人を見つけ出さなければ事態もある程度は収拾がつかなくなってしまう。
つまり、ラヴィニアがチェッリーニアを逮捕した後、相手はきっと彼女の裁判が行われることを良しとしないはずだ。
となれば、ラヴィニアの身に一体何が起こるのは明白だろう。
だがまあラッキーなことに、お前は失敗してくれたがな。
あんたはまだ気付いちゃいないのかもしれないが、あの女は色々とあんたに悪影響を与えすぎなんだ。
おかげで今のあんたは、ますます芯がなくなってきちまってる。
んであんたに影響されて、ラヴィニアのほうも自分ならなんでもできるって過信し始めてきているんだ。
そんな非現実的な妄想を、俺は断ち切らなきゃならないんだよ。
……よくもそんな憚らずに言えたものだ。
いいや、レオン。
俺は別に、納得してこういうことをしてるわけじゃないんだ。
何もかもが終わった後に、あんたにこれら事実を押し付けて無理くり受け入れさせるようなことも望んじゃいない。
だからあんたの言う通り、俺が失敗したのはラッキーだったよ。
だが、それでもお前はやった。
このツケについてだが、これからゆっくりと話し合おうじゃないか。
話を戻そう。もしチェッリーニアが開廷前に死んでくれていたら、お前たちにとってもそれが安全策だったはずだ。だがそんなことはしなかった。
つまり――相手はチェッリーニアの身分に恐れている。
なんせ、彼女は最後のテキサスである前に、親父が連れて帰ってきた人間だからな。
そんな機会を手放さざるを得ないのはファミリーの人間しかいない。
そして昨日、事実としてチェッリーニアはいかなる襲撃も受けなかった。
もしそれがあんたの敷いた罠だと知って、相手がわざと手を出さなかったとしたらどうなんだ?
もし相手がスィニョーラの権威に挑むと決心した場合、動きはそれなりに大きくなるはずだ。ならこちらも直近に、どこのファミリーの動きが大きかったのかと調べればいい。
そして事実、ディミトリー、お前がそのすべてを動かしていた。
……
チェッリーニア嬢が自分から裁判を受け入れたとは想定外だったよ。
彼女が計画に巻き込まれようがいまいが大して影響は出ないだろうと思ってたんだが、彼女の存在も考慮しておくべきだったな。
……そう卑下するな。もしチェッリーニア本人が罪を背負うと言ってくれなかったら、俺にとっても今回のやり方は下策だったさ。
なら、彼女に感謝しておかなきゃだな。
無論感謝はするさ、だがその前に一つ知りたいことがある。ディミトリー、なぜあんなことをした?
見りゃ分かるだろ、俺はファミリーの裏切者だよ。
ほかの者が裏切者だと言えば信じてやれるが、お前に関してだけは信じたくもない。
もしお前を信じてやれなかったら、俺はこれから誰を信じてやればいいんだ?
……
レオン、あんたは新しい移動都市についてどう思う?
……無論、新しい利益の分配だと考えている。
最後に笑えたヤツが勝者だとな。
それはあんたの言う通りなんだが、俺にはスィニョーラの実験畑にしか見えないんだ。
新都市建造を名目に、十二ファミリーたちを争わせるための、な。
新しく生まれたオオカミの子供たちは、抑圧され続けてきた気性を発散することができ、ズル賢い爺さん連中もまた新しい目標を立てることができた。
いいことじゃないか。クルビアに移ったファミリーが帰ってきたことで、シラクーザという堰き止められた臭い水はまた流れを生むことができたんだ。
最後に誰が勝ったとしても、サラ・グリッジョの上でお高く留まってるスィニョーラからすれば悪い話ではないからな。
お前……まさか……
ここ数年お前はよくやってくれたよ。ほかのファミリーをほとんど抑えつけてくれたし、建設部もしっかりと取り押さえていてくれた。
このまま続ければ、間違いなくベッローネが最後に笑う勝者になり得ただろう。
でも、それがなんだってんだ?
俺たちファミリーが新しい移動都市で絶対的な権力を握ったとしても、何も変わらないさ。
……悔しいんだな、お前。いや、悔しがってるのは親父のほうか?
サラ・グリッジョが設立されてから、十二ファミリーの間で軋轢が生じるようなルールが設けられてから、悔しがっていないファミリーなんざどこにいる?
百年前まで、俺たちは怖いもの知らずのオオカミだったはずだ。いつまで経ってもファミリー同士で相争ってた。
それが今じゃ、新しく生まれた世代のオオカミたちはみーんな首輪に括りつけられているのに慣れてしまっている。
ファミリー同士と共存することにも、衝突した後は平和的に解決することにも、サラ・グリッジョとファミリー同士が目論んでいる利益の分配なんぞにもな。
そんなこと、本来の俺たちならする必要もなかったというのに。
じゃあ、親父はサラ・グリッジョを転覆しようと企んでいるのか!そんなバカな?
スィニョーラは各ファミリーの勝手な振る舞いには目を瞑っちゃいるが、彼女が定めたルール――“各ファミリーは公然と相争ってはならない”というルールに反することだけは決して許しちゃくれない。
俺たちは勝利を掴む一歩手前だった。そういった前提があったからこそ、俺たちが急激に勢いを落とした際に、ほかのファミリーからの注目を集めることができたんだ。
争いはオオカミの性(さが)だ。あいつらに血の匂いを嗅がせれば、いくら飼い慣らされたオオカミだって抑えが効かなくなってしまうさ。
そっからはもう、お互い噛みついてくるだけだよ。
そうでもしなきゃ、スィニョーラがサラ・グリッジョから姿を見せてはくれないんでね。
んで、俺たちはそのタイミングをずっと待ってたってわけよ。
……
静かな部屋の中で、“パリン”とガラスが割れる鮮明な音が鳴った。
だがこの幼きオオカミは、その破片で切られた傷口に気付いてすらいない。
最後に笑うのは俺たちさ、レオン。
そん時になりゃ、俺たちは新しい移動都市を一つどころか、シラクーザ全土を手中に収めることができる。
これがあんたの親父、一代でベッローネを十二ファミリーの中で最大のファミリーに築き上げた――ドン・ベルナルド・ベッローネの思惑だ。
……
いいや、まだだ。
ん?
お前、まだ何か隠し持っているだろ?
最初から、お前は自分の動きがバレると分かっていたから、わざとここで俺を待っていたんだろ。
俺がここにいるのは、あんたの怒りと向き合わなきゃならないって思っただけだよ。
あんたに罪を詫びなきゃな。友としても、あんたの部下としても。
俺のやったことは許されないことだ。だが少なくともあんただけには、俺は納得してこんなことをしたって思われたくはないんでね。
勝ち誇ったかのように言うな!
……俺なら負けたよ。本当さ、レオン。
もしかしたら、シラクーザってのは元からこういう場所だったのかもしれないね。もしくはドンの野心も最初からああだったりして。
あいつらが現れちまったのさ、俺が自分の失敗を認めようとしたって時に。
あいつ?
イカレた女が現れたのさ。
ねえガンビーノ、人を一番苦しめられる方法って何かな?
あ?そりゃ、首を半分だけぶった斬ってやることだろ。
カポネ、キミは?
そいつの親しい人間を探して、一人ずつ片付けてから本人にそいつらの写真を見せる。
はぁ、やっぱキミたちってば、この先ずっと上にのし上がれそうにないね。
ハッ、じゃあテメェはそういう高等テクニックでも思いついたのかよ?
信念だよ、信念。
その人の信念を砕くってことか?
砕く?いやいや、他人の信念を砕くことなんかできっこないよ。
軽く押してやればいいのさ。その人に、自分の信念が上から落っこちる様を見せつけてやればいい。
ヒューって落ちていって……バリーン!
木端微塵さ。
それこそ無理だろ、信念がそう簡単に自分から砕くようなもんか。
いやいや、キミはなーんも分かっちゃいないね。信念ってのはとても高潔なものだろ?却ってボクたちは薄汚いときた。
“そう簡単に自分から砕かれるもんか”だって?
実際そこまで難しいことかなぁ?
じゃあ……俺たちにトラックを一台用意させたのもそのためなのか?
ははぁ~、分かったぞ。つまりあの裁判官をトラックで轢き殺して、あのテキサスを動揺させるってことか?
彼女がそんな一人の人間の死で膝から崩れ落ちるような人に見えるかい?
じゃあどうするつもりなんだよ?
(回想)
サルッツォから除名されたラップランドだな、なんであんたがヴォルシーニにいるんだ?
いや、一体どうやってシラクーザに戻ってきた?
ベッローネとチェッリーニアに人知れぬ関係があるみたいに、ボクにだってサルッツォとかいうファミリーネームとは吐き気を催すぐらいの関係があるのさ。認めたくないけどね。
……じゃあ、サルッツォを代表してここに来たってわけか。
そう思ってもらっても構わないよ。
あと、バーカウンターの下に仕込んでる武器も仕舞っておいたほうがいいかな。
こんなとこで死んでも、キミの計画になんの得にもならないでしょ。
……
取引をしようじゃないか、ベッローネの子オオカミ。
裁判、止めたいんでしょ?
ならボクが手伝ってあげるよ。
それは……アルベルト・サルッツォの意思か?
ボクは誰よりもあいつのことを理解しているからね。だってボク、あいつの娘なんだもの。
(回想終了)
ボクが一体シラクーザに何しに戻ってきたのか、キミたちずっと気になってたんでしょ?
ボクが戻ってきた理由なら簡単さ、彼女に分からせてやりたいからだよ……
ここシラクーザは、足を踏み入れたら誰も抜け出すことのできない泥沼だってことをね。
そう、誰も抜け出すことはできやしないさ。
つまり、いま仰った供述はすべて事実であるということでよろしいんですね?
ああ。
ではここに、チェッリーニア・テキサスが建設部部長カラッチを殺害した罪が成立したことを宣言いたします。
よって判決は――
(車のエンジンが掛かる音)
なんだ?
……これは、エンジンの音か?
しかしここは法廷だぞ、どこにそんな――
かつてのファミリーたちからすれば、暗黙のルールはすべてにおいて優先される。
スィニョーラ・シチリアはそんな法と名の付く首枷を、ファミリーたちの首に括りつけた。
それからしてシラクーザの各都市には必ず、一か所は裁判所が設けられることになったのである。
シラクーザにおいて、法廷はサラ・グリッジョの意志を反映する機関だ。
そしてその中にいる裁判官は、さらに言えばスィニョーラの意志の代弁者でもある。
裁判官は往々にして止むを得ずファミリーからの牽制を受け、あるいは服従せざるを得ない時がある。だが、それでもその者たちには決して忘れてはならぬ最低限の使命が――
十二ファミリー同士の闘争の監視、及び防止という使命が課されていた。
それを十二ファミリー側も、自分たちの一挙一動はすべてスィニョーラの監視下にあることを知っている。
そのため、ここ法廷を通じて、両者ともにとても奇妙な関係が築かれていったのだ。
しかしそこへ――
まるでスィニョーラを蔑むかのように。
まるでシラクーザの法そのものを嘲笑うかのように。
轟くエンジン音と、その中から聞こえてくる甲高い笑い声を伴って。
一台のトラックが法廷の壁を突き破って侵入してきた。
壁を突き破っても、トラックのエンジンはまるで止まる気配を見せてこない。
まるでこの場にいる全員に――
このトラックは偶然追突してしまったのではなく、わざとここへ侵入してきたことを、伝えているかのようであった。
ヒィ――ッ!
な、何事だ!?なぜこんなところにトラックが突っ込んできたんだ!
運転手は誰ですか!直ちに車から降りてきなさい!
(ラップランドがトレーラーから降りてくる)
う~ん、いいねぇ~。その表情が見たかったんだ。
何者ですか!?
やぁ、御機嫌よう、敬愛なる紳士淑女諸君。
ここでボクに自己紹介をさせてもらおう。
ボクの名前は――ラップランド・サルッツォ。
サルッツォ!?
同時に、このボクがカラッチを殺した真犯人だ。
き、緊急事態です!
つい先ほど、一台のトラックが現在裁判が行われている現場へと衝突していきました!
トラックを侵入させた人物は、ラップランド・サルッツォ。
本人が供述するには、カラッチを殺害した真犯人でもあるそうです。
現在、ラヴィニア裁判長は現行の裁判を一時中断し、ラップランドを逮捕しました。
今後も新しい情報が入り次第お伝えしてまいりますので、引き続き――
誰もが血腥さを血の匂いと思わなくなってしまった時、血腥さもまた文明の一部と化す、か。
いやはや、警告にしては見事なものだよ。
こんな下水道すら陰謀と血腥さで満ち溢れてしまった街にも、まだこれほど面白いことが起こるとはね。
生まれながらにして荒野に相応しきオオカミよ、やはり君は人を飽きさせてくれないな。
だが果たして、君も自らの枷を外すことができるのかどうか……期待して見届けるとしようじゃないか。
(マフィア達が倒れていく)
十数ものファミリーのメンバーが地面で呻き声をあげている。
その場には、長弓を所持している一人の少女だけが立っていた。
街のオオカミ、どいつもこいつも弱いヤツらばかりだ。
アンニェーゼの言ってた通りだな。
彼女は少し立ち止まり、そしてふと、とある方角に向かって匂いを嗅ぎ始めた。
そこは裁判所がある方角だ。
この街にも荒野からやってきた別のオオカミがいるのか?
……いや、これは荒野の匂いじゃない。
だが、似ている。