サルッツォ家の近辺

レオン。

私は今までお前に口出しするようなことは控えていた。お前にも物事に対して自分なりの考えを持ってほしかったからだ。

ここ数年、お前はよくやってくれたよ。

本当にそう思ってるのなら、なぜ……
なぜよりにもよって、こんなタイミングに手を出した?
なぜ俺にわざわざそういうことを教えた?
なぜ……ラヴィニアを裏切ったんだ?
レオントゥッツォは心の中に無数もの疑問を抱くも、どれも口にできないことを彼は勘付いてしまう。
以前から見てきたもの聞いてきたものすべてが覆されてしまい、今はただただ忽然と、目の前にいる父親が見知らぬ他人に見えて仕方がなかった。

なぜなら、今が最高にして唯一のチャンスだからだよ。

どういう意味だ?

すぐに分かる。
(ルビオが近寄ってくる)

ドン・ベルナルド、そしてスィニョーレ・レオントゥッツォ、お待ちしておりました。

ん?君は、サルッツォの人間ではないね。

食品安全部部長のルビオだ。なぜお前がここに……

今晩のパーティで使用される食品はすべて食品安全部からの提供ですからね、なんならワシ自らが腕を振るうつもりでございます。

ほう?

聞いたことがある。ヴォルシーニで豪華なパーティを催す際、食品安全部からの提供は外せんとな。

恐縮でございます。

ワシはただ、ファミリーの皆様方にご満足いく食事をもてなしたいだけでございますよ。

なら今晩のパーティは期待できそうだな。
(テキサスが車から降りてくる)

……来てくれたのですね。

彼は今どこに?

サルッツォ家に向かいました。

そうか。

理由を聞かないのですか?

ベルナルドがお前にとって、とても大事な人であることはなんとなく察しがつくからな。

……

私がこの街の裁判官になった後、彼はほかの裁判官のように、後ろで支えてもらってるファミリーを守る立場にいることを私に強要はしてきませんでした。

自分の好きなようにと、そう彼は許してくれたんです。

それとレオンも。

レオンはベッローネファミリーからこの街を任されている立場にいますが、それでも彼は私の仕事を尊重してくれて、私が抱いている正義に理解を示してくれました。

私が矛先をベッローネに向けたとしても、彼は私情を挟まず公正にあたってくれました。

彼の言葉を借りると、私の正義は単純な暴力よりも効率がいいから、だそうです。

彼のそういった正義に対する解釈は嫌いじゃありませんよ。なんなら彼、暇な時は法学関連の本も少しは読んでくれていますから。

とはいえ、裁判官である以上、私はこの街で常に発生している不公平と立ち向かわなければなりません。

ファミリー同士の軋轢や、ファミリーの一般市民へ対する圧力、それに言葉を言い返せずにいる一般市民たちの不平不満……

正義を掲げて物事へあたろうとすればするほど、自分のこの行いがどれだけ難しいものなのかと痛感してしまいます。

私も昔は自分を慰めたりしていたものです、テキサスさん。少なくともファミリーに関わるような共犯者にはならずに済んだって。

けどそんなことはなかった、私の手はとっくに汚れてしまったんだわ。

なのに私は未だに、汚れて然るべきだと、認められないでいる。

あなたからすれば可笑しいのかもしれませんね。

ベルナルドが私に交わしてくれたたった一つの約束だけで、私は今もこうしてこの街の裁判官を堅持できているのですから。

約束?

……むかし私にこう言ってくれたんです。ベッローネ家が勝った暁には、シラクーザで新しい土地を作り上げる。

そこでは、私の信じる法がもはや純粋な権力に屈することもなく、私が思い描いている正義も真っ当に実現できるような場所なんだと。

だからそれまでの間は辛抱してくれと、そう言ってくれました。

ですのでいつも挫けそうになった時は、彼が交わしてくれたその約束を思い出すようにしているんです。

でももし、これがただの嘘っぱちだったとすれば、私の今までの十数年は一体なんだったんでしょうか?

……彼の立場と地位からしてみれば、そんなウソをつく必要なんてないように思えるがな。

そうですね、ですので――

誰だお前らは?

ん?お前は確か――

裁判官のラヴィニアです。カラッチが殺害された例の件について、少しドン・アルベルトに伺いたいことがあって参りました。

裁判官殿か……ドンはいま来客のご対応中だ、お前に構ってる時間は……

来客とは、ベルナルド・ベッローネのことですよね?

……

ならお二方に伝えてください、急を要する一件だと。

もしお二方にお会いできないのであれば、私は今日ここから一歩たりとも離れませんから。

こちらの料理は、ワシがリターニアのコックから学んだ一品になります、どうぞお召し上がりください。

……

悪くない、実に美味しいよ。

時代はすっかり昔と違って変わってしまったものだな、なあベルナルド。

昔だったら、あれが欲しいと言えば、私たちは必ず手に入れられたはずだ。邪魔するヤツは殺せばよかったんだからな。

それが今じゃどうなった?

仲のいい役人と関係を築いて、あるいは商人でもいい、その人たちに代わりに持ってきて貰わなければならなくなった。おまけに世間にバレては面倒だからと、コソコソと声を抑えなければならないときた。

考えただけでも滑稽だよ。

そうだよな、ルビオ。

それは……ドンのお力になれるのは、その者たちの幸運だと言っても差し支えないないでしょうな。

フッ。

この場に居合わせることができるルビオ殿も、さしずめ幸運の類なんだろうな。

ワシにそのような幸運は持ち合わせておりません、だからこそこのような方法を採らざるを得なかったのですよ。ワシはただ、ドンたちを楽しませるピエロに過ぎませんから。

フンッ、老いぼれめ、卑下しおって。お前がここに居合わせることができたのは、お前にもそれなりの価値があるという証拠だろ。

ありがとうございます、ごもっともで。

まあいい、ベルナルド、世辞はこのあたりにして、そろそろ腹を割って話し合おうじゃないか。

お前はあのお方を動かし、十二ファミリーがずっとやろうと思っても手が出せなかったことをおっ始めようとしているんだな。

いいだろう、私も付き合ってやる。

ただし、水はとっくにかき混ぜて濁りきってしまってはいるが、あのお方が動くにはまだまだ足りないぞ。

お前がこのパーティへ来てくれたということはつまり、今の情勢はまだお前が握っているということになる。

言ってくれ、私に何をさせたいのだ?

……

アルベルトよ、君はロッサーティ家をどう思う?

ロッサーティ?

そこのファミリーなら、まあデカい野心を持っているようには思えるな。

しかしだ、ロッサーティが今日まで来られたのは、一様にジョバンナがサルヴァトーレの跡継ぎであると自称してきたからではない。

テキサスという名が残して遺産――サルヴァトーレの求心力をとてつもない財産であると、そう考える者もいるのかもしれん。

だが、私からすればそんなものはただの負担にしかならない。

人となりの魅力も、所詮は金があるからこそだ。だから他人も一目を置いてくれる。

そうだな、だが間違いとも言える。

私や君のような席に就く以上は、他人を服する手段も持ち合わせなければならない。

その点において、ジョバンナは大したもんだ。

彼女からしてみれば、テキサスの遺産は紛れもなく一種の負担だろう。だが彼女はそんな負担を担ぎ上げ、なおかつ我が物にした。

ロッサーティが今日まで来られたのは、あそこが自ら築き上げてきた財力と人脈のおかげであることは事実だろう。

だが、それも少々行き過ぎてしまったようだ。

というと?

なあアルベルト、あのお方は本当に新しい街を我々どれかのファミリーに任せるつもりでいると思うかね?

……

私たちはこの街で随分と相争ってきた。だがロッサーティは今までに一度も関わろうとする素振りを見せてきていない、まるで本当に我関せずといったところだ。

だが彼女らはサルヴァトーレの遺産を受け継いだロッサーティだ。都市を建造する技術だってシラクーザに渡したんだぞ、本当にそんなことを思っていないと思うかね?

サルヴァトーレのために建造された新しい都市に?

シラクーザの未来を変えうるほどのポテンシャルを持ち合わせた新しい都市にだぞ?

もう少し分かりやすく言ってもらえないか?

これ以上分かりやすく言ったつもりはないぞ、アルベルト。

今日に至るまで、十二ファミリーはこの街で互いに噛みつき合ってきた。だがあのお方からすれば、こんなものはただのコロッセオの見世物に過ぎんのだよ。

ドン……(耳打ち)

ほう?ラヴィニア裁判官、それにあのチェッリーニアもか?

私とベルナルドに会いたいと?

ベルナルド、これはどういうつもりだ?

私は呼んでいないぞ。

ほう?

サルッツォはいつだって客人らを歓迎しているさ。

だが客人でない輩に対しては――

サルッツォのやり方で対応してもらっても構わんよ。

……

フフッ、であればだ。おい、聞いたな?

はい。

ベルナルド、お前が社会情勢やら規則やら未来に関する話をするのが好きなのは分かっている。

だが私はね、それよりももっと堅実的な話がしたいんだ。

そういったものに対して、君はもうとっくに知り尽くしているからね。

サルッツォはそう容易く賭けに出ることはない、世間が憶えてるのはそればかりだ。サルッツォがそう容易く口を割ることがないのはすっかり忘れ去られてしまっているな。

フンッ。

ルビオ、お前はもう下がっていろ。

分かりまし――

その前に一つ聞きたいのだがルビオ殿、ミュージカルについて興味はあるかな?

えーっと……まあ、時間が空いてるには。

ならちょうどいい。

これを受け取ってくれ。

これは……『テキサスの死』第二幕のチケットですか?

そうだ、もし興味があるのならぜひ見に行ってくれ。

ベルナルド、社交辞令はもうおしまいだと言ったはずだろ。

サルッツォの方々にも、ぜひ見に行って頂きたいものだ。

なに?

お引き取り願おうか、お二人とも。

お前たち二人は、今日の招待リストに載っていないのでね。

……

もし今日どうしても会いたいと言ったら?

歓迎していないお客人のもてなし方で対応させてもらうだけだ、サルッツォ流のな。

……チェッリーニアさん、申し訳ありません。

そのために私を呼んだのだろ?
(テキサスが剣を抜く)

……サルッツォに牙を向けるとはな、気が触れたかチェッリーニア、最後のテキサス?

むしろその逆だ。
殺しを主とせず、ただ正直で実直な願いのために刃を抜く。これはシラクーザに来てから、初めて虚しさを覚えない戦闘だった。
そうテキサスは思った。

劇場の支配人から聞いたんだが、どうやらロッサーティは明晩の舞台でボックス席を予約しているらしい。

ほう?

フフッ、つまり劇場で手を下すというのが、ルーチュ・デル・ジョルノ劇団のディレクターのやり方なんだな?

演劇に真実という名の演出を少々加えてるだけだ。

しかし、一点だけ疑問に思うところがある。

ジョバンナの配下も、どうやらクルビアから凄腕を呼んでいるらしい。

特にこの街を代理で仕切ってるヤツ、確かウォーラックだったか、ヤツの名は私も耳にしたことがある。

それでなぜお前は、私と手を組んだら彼女を下せると思えるんだ?

ドン……(耳打ち)

ハハハ、こりゃ面白い。

ベルナルド、あの裁判官とテキサス、どうやらどうしてもお前に会いたいらしいな。

もう私の部下が何人も彼女らにやられてしまっている。

あの二人はどちらもベッローネと縁のある人だ、こればかりは否定できないだろう?

……

サルッツォの面々はみな、戦いを好むと聞き及んでいる。

アルベルトよ、もしロッサーティが君のこの屋敷へ攻め込んだとしよう。

その際向こうの勝機はどのくらいかね?

勝機などない。

そうか。ならチェッリーニアは、ロッサーティを穿つ刃になれるかもしれない人物といったところかな。

ほう?

もしロッサーティですら入り込めないような場所に、チェッリーニアが入り込めたとすればだ。

そんな彼女がロッサーティに止められてしまうなど、そんな心配をする必要はないと思わないかね?
(テキサスがマフィアたちを切り倒していく)

お前のことは憶えている。

ここでの暮らしはもう忘れてしまったのかと思っていたよ。

サルッツォでの暮らしなら、そんなに悪くはなかったさ。

なら尚更だ、お前が今何をしているのか分からないのか?

分かっている。
(テキサスがファミリーメンバーを突き飛ばす)

テキサスさん……
周りで気絶しているファミリーの面子を見渡して、ラヴィニアは思わず言葉を失った。
こんな状況下でも、テキサスは手加減をしているからだ。長年ファミリーと関わってきた彼女でさえも、このことには驚きを隠せないでいる。

あなたが敵じゃなくて本当によかった。

だが、私たちもここまでのようだ。

え?
(レオントゥッツォが近寄ってくる)

レオン!?

……ラヴィニア、こんなとこに来ちゃいけないのに。

面と向かって、ベルナルドと話しがしたいからですよ。

ロッサーティのドンへの暗殺が決まった。

サルッツォとベッローネが手を組んでだ。

彼がそう決めたのですか?

ベッローネが決めたことだ。

……

彼は今どこなんです?

ちょうどパーティが終わった頃だから、まだ上にいる。

会うことはできるが、何も変わらないぞ。
道すがら、ラヴィニアは幾つもの話しかけるきっかけを考えていた。
ベルナルドへ聞きたいことは山積みだ。
彼と口論に発展するシチュエーションやその結果も、彼女は幾度となく考え抜いた。
自分は十二分に怒れると信じていたからだ。
しかし、部屋へ踏み入れた際、彼女は目の前にある光景に打ちひしがれてしまった。
ベルナルドが豪華な椅子に腰かけている。
茨で着飾られた法典を手にしながら。
それは彼女が所持してるものと瓜二つだった。
ベルナルドは顔を下げ、掌で軽く法典をさすっているが――両手が棘に刺さり、血がゆっくりと滴り落ちるも、彼はまったくそれに気付いていない素振りでいる。
脳内の煩雑とした数々の考えが、ここでようやく固まった。
そしてついに、言いたいこともすべて一言へと置き換えられてしまった――

どうして……?

遊びはもうおしまいだ、ラヴィニア。
たったその一言だけでも、ラヴィニアからすれば十分であった。ほんの数秒間の沈黙で、彼女はすべての気力を失ってしまったのである。
そしてラヴィニアは身を翻し、振り向くこともなく部屋から立ち去って行った。涙が溢れ出ないように。
しかしベルナルドはただその場に立ち止まり、一言も返さず、血を数滴地面へと滴らせるがままであった。








