ソラ、大丈夫!?
うん、あたしは平気。
テキサスのことなんだけどさ、探しに行く?
……さっきばったり会った時に、待っていろって言われたんだ。
ほならウチらも避難しに行こ、ほかんとこはもう滅茶苦茶やで。
もし彼女を失いたくないのなら、追いかけてやったほうがいいと思うよ。
ラップランド……
……
(回想)
だからきっと、ラップランドも同じタイプの人間だと思うよ。
彼女みたいな人間ってのは、何を考えてるのかを探るよりも、いっそのこと話したことを全部信じてやればいいのさ。
ああいう人の喋ったことを信じてやれば、真実でウソをでっち上げてるのかどうかが見分けられるかもしれないんだし。
(回想終了)
それはなして?
知ってるでしょ、あそこの席に座っているのが誰なのか。
ジョバンナ・ロッサーティ。
]もしこの大地に、テキサスを本気でシラクーザに戻らせることができる人がいればの話だ。
その人はきっとボクじゃない。ベッローネでもないし、ましてやスィニョーラでもない。
彼女を戻らせることができるのは、ジョバンナだけだよ。
チェッリーニア、結構背が伸びたわね。
あんなに時間が経てば、少しは伸びる。
そうそう、あなたの龍門のお友だち数人と会ったわよ。彼女たちから少しあなたのことについて聞いたんだけど、すごく心配していたわ。
……まさかここに来るとは思いもしなかった。
彼女たちったら、あなたとまったく違うね。あなたのそんな性格であんな明るい友だちができていたなんて思いもしなかった。
お前だってそうだろ?
あなたが本当に私を友だちとして見てくれていたのなら、手紙を一通も寄越さないなんてことはなかったでしょ。
……
まあいいわ、あなたにも人に言えないことぐらいあるものね。
お前はどうなんだ?
私?
……そんな大したことじゃないわ。
あの清算はいきなりだったし、クルビアのファミリーもみんなそれで危機感を抱き始めちゃったものだし、それを見過ごせなかったからこうして場を持とうとしたってだけ。
それからスィニョーラと交渉して、やっと収拾がついたわ。
それだけよ。
簡単に言ってくれるな。
……なら、あなたに愚痴ぐらい言ってやったほうがいいのかもね。
愚痴を言える相手なんて、もう周りにずっといなかったものだから。
だからその思いを脚本にぶつけていたんだな。
あはは、分かる?『テキサスの死』は私の自信作なの。
一部の詳細は、もうお前しか知る人間はいないだろうな。
どうやら私はまだまだ記憶力があるほうね。
でも第三幕、あなたの“死”についてなんだけど、そこがまだどうしても思いつかないのよ。
まっ、もう考える必要もないか。
フッ。
実はこうして脚本を書いたのはほかにもあったの。ベルナルドは家督を自分の息子に譲って、自分は劇団のディレクターになったでしょ?誰もが知っていることよ。
だから私、その人と接触してみたかったの。あなたも知ってるでしょ、こんなことをするようなファミリーはそうそういないって。
けどそれがまさか、向こうのほうが一枚上手だったとはね。
さすがは自分の代でベッローネをここまで大きくした男だわ。
どうやら彼、本気でスィニョーラに噛みつこうとしてるみたい。
それを言う割にはかなり落ち着いているようだが。
ベッローネがロッサーティを潰す奥の手としてあなたを利用したとしても、考えが甘すぎるとしか言いようがないわね。
私のところに来たのは正解だったわよ、チェッリーニア。
あなたとベッローネの間に抱えているもの、この私がそれをなくしてあげる。
だから、私のところに来て。
私たち二人でなら、きっとシラクーザでデカいことができるはずだわ。
これは何も、あなたがサルヴァトーレの孫娘だからってことじゃない。
あなただったら、チェッリーニアだったらできるって、私は信じてるからよ。
私たち二人でまた一緒に始めましょう、チェッリーニア。
……
私がどうやって生き残ったのか、ずっとそれが知りたかったんだろ?
あの清算から生き残れたのは単に運がよかったというわけじゃなかったんだ、ジョバンナ。
キミはここの舞台に立って、あの演目をやることになったってことはさ……七年前の出来事について、もうそこそこ知っているんじゃないのかな?
七年前……テキサスさんの父親ジュゼッペがその父親――サルヴァトーレを殺し、そしてテキサスファミリーはシラクーザから一切縁を切ると言い出した。
それによってスィニョーラの怒りを買うことになり、彼女は十二ファミリーの面々からなった精鋭らをクルビアに送り込んで、テキサスファミリーに対して清算を行った。
あなたもそのうちの一人だったんだよね?
キミは賢いね。
あの頃のチェッリーニア・テキサスと言う名は輝いていたよ。クルビアから来たにも関わらず、シラクーザ人は誰もが彼女を一目置いていたからね。
だからあなたはずっと……テキサスさんに勝ちたいと思っていたの?
勝ちたい?
いいや、いやいやそんなまさか。
彼女がサルッツォに預けられていた間、ボクは何度も彼女と腕比べをしてきたよ。
お互い勝ったり負けたりだったさ。
確かに彼女には勝ちたいとは思っていたよ、でもそんなものは関係ない。
じゃあなんで……
キミは彼女のことをよく気に掛けているんだね。
でも残念、今回の出来事ともなんら関係はないよ。
じゃあせめて、あの日一体なにが起こったのかだけは教えてちょうだい。
そうだねぇ……あの日ボクは、あの清算に加わったんだ。
何度も考えたよ、彼女が自分のファミリーのためにボクと殺し合う場面をね。あれはどれも、実に血潮が沸き立つものだった。
でもあの日、あの時、何もかもボクの想像を超える出来事が起こってしまったんだよ。
……あなたも殺し屋だったのですね、ダンブラウンさん。
そうだ。
……
七年前、俺はテキサス家を清算する集団の一員だったんだ、ラヴィニアさん。
事前にそこの街に入って、裏でテキサスファミリーの動きを観察するために、俺は洗車屋として自分の正体を隠した。
んであの日、いよいよシラクーザから連中が到着した。
だがそこで、俺はクルビアのファミリーに見つけられちまってな。
どいつもこいつも、自惚れた連中だったよ。
そんな連中程度なら俺でも簡単にやっつけられたんだが、その中には周りの連中とは全然違うヤツがいたんだ。
俺はそいつを知っていた、その女もテキサスだった。だがほかの連中はみんな、そいつはどちらかと言うとシラクーザ人みたいだって言うんだ。
……それがチェッリーニアだったんですね。
あんたを見てると、時折そいつのことを思い出すよ。
彼女も私みたいに、愚かにも殺し屋相手なんかに理想を語っていたのですか?
……いいや。
なあラヴィニアさん。
俺は一度だってあんたの理想をバカにしちゃいないさ、ただちょっと……不思議に思えちまうんだ。
あんたの話を聞いてるとな、なんだかおとぎ話でも聞いてるような感覚を覚えるんだよ。
俺からすりゃ、あんたの理想は理想的過ぎる。気持ちよく眠りにつけちまうぐらいに。
あの日、俺は手を出す覚悟ができていた。
あの女ならきっと俺の正体を見抜いているって思っていたからな。
でも……
(ダンブラウンがラヴィニアの横を通り過ぎる)
その女はこんな感じで、ただ俺の傍を横切っただけだったんだ。
観客たちはとっくに逃げ果せ、殺し屋たちの戦いの場もすでに余所へ移っていった頃。
劇場内はすでにもぬけの殻と化していた。
だがそこでラップランドは過去を語りながら、だだっ広い舞台上で軽快にステップを踏みながら踊っていた。
テキサスファミリーの人間はほぼほぼ殺し尽くした。
じゃあ、チェッリーニアはどうだったんだろう?
チェッリーニアだけは、どこにも見つからなかったんだ。
生き残りを残すことは決して許されなかった。何より彼女は長女だったから、みんな血眼になりながら探し回ったよ。
でもそんな時に、大火事が起こったんだ。
炎は烈々とテキサスファミリーの邸宅を包み込んだ、まるでファミリーの存在そのものを呑み込むようにね。
そんな大火事を引き起こした張本人が、邸宅の玄関先に立っていたんだ。
ボクの真正面にね。
その時彼女はゆっくりと振り向き、ボクのところへと近づいてきた。
そこでボクはようやく分かったんだ。
滅びゆくテキサスファミリーに対して、彼女は傍観を選んだんだってね。
そんな彼女を誰なら責めることができると思う?
父は祖父を殺した、彼女はそれに関わりたくなかったんだ。
だから彼女を責められる人間なら、彼女だけだよ。
でもね、それだけじゃなかった。
あの時、ボクは見たんだ。彼女の目はとっくに――
嫌気が差していたね。
チェッリーニアのことは……サルッツォにしても、俺からしても別に隠すようなことじゃなかったさ。
なんせあの時、サルッツォファミリーの集団を率いていたのはラップランドのお嬢様だったからよ。
彼女が除名されたのは、まさにチェッリーニアを追い掛け回す際に独断専行しちまったことにあってな。ファミリーの面々が返り討ちに遭っちまって、ひでぇ損害を出しちまったんだ。
私は……
私なら逃げないし、目を逸らすことだってしない。
ラヴィニアはずっと、そうして自分に言い聞かせてきた。
しかし今、彼女はそれすらも言い出せないでいた。
ここに転がってる死体たちを見てみろよ、ラヴィニアさん、それと遠くから聞こえてくる殺し合いの声にも。
あんたに何ができるってんだい?
今俺があんたに言えることは、チェッリーニアと同じだ。
ここから逃げてくれ。
遠ければ遠いほど。
最後に追いつかれちまったとしても、それまでの間には少なくとも一時的な安らぎは得られるだろうよ。
さもなきゃあんた――死んじまうぞ。
私は……
それでも構いません。
彼女の過去が、とうとう彼女にドアノックしてきたんだ。
最初は嫌がっていたんだろうね。でも無理やり外へ引きずり出されて、何もかもちっとも変わっていないことに気づいてしまった時――
ずっと逃げてきたものも、実はそんなに悪くなかったかなって、そう思えてしまうかもしれないね。
龍門での暮らしも、ただの遠出だったことに過ぎなかったんだって。
……そして今、そんな彼女のファミリーと一番関係が深かった人が目の前に現れた。
そう伝えたいんだね?
その通り。
……もし本当にそうなら、あたしはテキサスさんの意志を尊重するよ。
最高の仲間なのに?
最高な仲間だからだよ!
せやせや。
そうそう。でもシラクーザのピッツァが食えないぐらいマズくなった日には――また話も変わってくるけどね。
お爺様は何かと旧きを良しとする人間だった。私をシラクーザに送ったのも、本質を忘れさせないためだったんだ。
そこで私はしばらくの間、シラクーザで過ごすことにした。
その間に色んな人たちからこう言われたよ、お前はシラクーザ人らしいと。
だが私は、今までと同じようなことをしてきただけだ。
クルビアでの暮らし方とシラクーザでの暮らしっぷりは、何も違いがなかった。
私がシラクーザで見てきたものと、クルビアで見てきたものも同じだ。
お前はテキサスファミリーの物語を知り尽くしてはいるが、こっちはあの場面をこの目で直接見た側の人間だ。
日常はショーじゃない、ヒーローやヒールが出て来るようなシーンなど、そんなのただの幻想だ。あの親殺しは、本当に醜いものだった。
あの頃、父親はブラックスチールから模造品の銃を手に入れたんだが、暴発してしまってな。それで却って、自分を負傷させてしまったんだ。
その勢いでお爺様は地面に転んでしまった。父親も手を負傷させていながらも、ナイフを持って襲い掛かったんだが、一発目は外してしまった。
私はドアの向こう側で最初から最後まで聞いていたよ。罵りに呪いの言葉、そして苦しみ藻掻く呻き声……
長い時間が経ってようやく、騒ぎが落ち着いたんだ。
その時、私はすべてに嫌気が差したよ。
だから出ていくことを選んだ。
つまり、龍門こそがあなたの帰る場所だって言いたいの?
どうだろうな、まだ分からない。
だが少なくとも龍門で過ごしてきた日々は、まあ楽しかった。
……
昔っから変わっていないわね、相変わらず率直なんだから。
……
どうやら全部、こっちがただ思い込んでいたみたいね。
てっきり、あなたは私に助けを求めに来たんだと思ってた。
それかせめて、私と思い出語りがしたかったのかなって。
でも本当は、私たちはもう昔には戻れないって、断られることになるだなんて――
分かってるのかしらチェッリーニア、あなたってば本当にヒドイ人ね。
自分はまだ生きてるって、勝手に私を驚かせて。
それから勝手に私の希望を掻き消して。
本当にすまない、ジョバンナ。
私はシラクーザ人にも、ましてやクルビア人にもなりたいわけじゃない。
ただのチェッリーニア・テキサスでありたいだけだ。
最後のチャンスよ、チェッリーニア。
その扉を出れば、あなたは私の、ロッサーティの敵として見なすわ。
そこから一歩でも踏み出せば、あなたはロッサーティにとっての障壁よ。私はロッサーティのドンとして、何がなんでも私の目の前に立ちはだかる障壁を取り除かなければならなくなるわ。
だからお願い、私にそんなことさせないで。
……
ジョバンナ、私もお前も、これ以上振り向くのはもうやめよう。