
テキサスさん!

どうした?

カタリナさんが……あっいや、ジョバンナさんが、危ないかもしれないんです!

なに?

さっき彼女に電話したら、なんだか違和感があって。
(テキサスの携帯が鳴る)

……ラップランドか。

やぁ。

何の用だ。

これだけは伝えておくよ。キミのあの昔の友だち、今キミたちのアジトの近くで自分のファミリーに囲まれちゃってるんだ。

……

テキサスさん、はやくジョバンナさんを助けにいきましょう!

……分かった。

まあ待ちなよ。

本当に助けに行くつもりなのかい?

キミはロッサーティと敵対してまでここから出ようとしていたんだろ。

なのに、また彼女のためにこの泥沼に残るつもりなのかい?

よく考えておきなよ、テキサス。

チャンスは今回限りだからね。

……
(ラップランドからの電話が切れる)

ソラ……

ねえテキサスさん、知ってる?

テキサスさんを探すためだけに、女優をやったのは本当ですけど……

でも今、段々とシラクーザの演劇の雰囲気が好きになってきたんです。

ここの人たちもちょっとは驕り高ぶってる面はあるけど、でも龍門にいるあの全身お金の匂いしかしない商人たちなんかよりはよっぽどマシです。

エクシアだっていつも、シラクーザで最高に美味いピッツァを見つけるんだって言ってた。

クロワッサンは……まあ彼女の性格からして、元からどこにも適応できるからいいとして。

つまりさっき何が言いたかったかというと、みんなここで満足に遊び尽くしてから龍門に帰るのも遅くはないんじゃないかなって。

だが必ずいつかは龍門に戻るさ、四人一緒にな。

うん、四人で一緒に。

あっいや、さっきジョバンナさんとも話してたんですけど、彼女も龍門に誘いたいなと思ってたんで、たぶん五人ですね。

……そうか、分かった。
(複数の銃声、爆発音、人の倒れる音)
小さな通りに人が数人倒れている。
しかしジョバンナもまた、すでにそこそこの傷を負っていた。
誰もが、彼女も含めて、ジョバンナはもうここから逃げることはできないと勘付いていたのである。

なあジョバンナ、もう諦めてくれよ。

……

ウォーラック、お酒はある?

……車から一本持ってこい。

分かった。

……ねえウォーラック、クルビアでの生業で、私ならもっと上手くできるものはあったんじゃないかって、私もそう思ったことがあったの。

源石武器とか、新しいヤクとか、軍との繋がりとか……

私が掴まなきゃいけないチャンスもあったんじゃないかって。

役人たちとのコネにしかり、クルビア政府との和平にしかり。

でもね、ある程度から踏み留まらなきゃならないこともあるって、私どうしても思っちゃうのよ。

私たちって既得権益者でしょ、たくさんのモノを独り占めにしてきたわ。自分は善良な市民だなんて言えた口じゃないけど、でも少なくとも、やっちゃいけないこともあるって、憶えておかなきゃならないと思う。

基本原則とか、それか下らない堅持とか、そんな風に呼んだりして。

時代は変わったんだ、ジョバンナ。

新しい時代には、新しいルールが必要だ。

あんなジジババ連中が信奉してる道義なんざ、さっさと捨ててやったほうがいい。

俺たちがやらなかったら、いつかはほかの誰かがやる。そん時になりゃ、俺たちも捨てられる側だ。

まさかお前、クルビアのファミリーたちが、そんなものに染まっていくことこそが正解だとでも言いたいのか?

じゃああなただったらどうするの、ウォーラック?

すべてを手に入れる。新しいものも古いものも、全部俺が手中に収める。

いつまでも保守的なこんな場所に戻って、ああいうものに目を瞑っているだけじゃなくてな。

ウォーラック、酒を持ってきたぞ。

……

さあウォーラック、最後に一回、私のために一杯注いでちょうだい。

いいだろう。
(ウォーラックが酒をグラスに注ぐ)

私の一番好きなヤツじゃない。最初から用意してくれていたのね?

本当はあんたが戻ってくる時のお祝い用に取っておいたんだがな。

フッ、そう。

これからはあなたがロッサーティのドンよ、おめでとう。

なあジョバンナ。

もういいのよ、やってちょうだい。

……ッ!
狭い通りに、身体が鋭い何かによって貫かれた音が反響する。
しかしそれもすぐさま雨音によって掻き消された。
来るのが遅かった、そうテキサスは思った。
戦った痕は通りのそこらに残されており、血も未だに地面に広がっている。
彼女はそんな血の筋に視線を辿らせると、地面に倒れている見知った人の姿が目に入った。

……
そして心がざわつく。

ジョバンナッ!

ここでならしっかりと話もできるだろうね、裁判官殿。

あなたに手を貸して共犯者になるつもりならありませんよ。

共犯者だなんて……耳の痛い言葉を選ぶね。

まずはワシがあの場から君を救ってやったことに感謝すべきなんじゃないのかな?

……

まあいい、ワシが勝手な真似をしたってことにしておこうか。

君たち若者のいいところは、勢いがあるところだ。だが時折、勢い余って突っ込んでしまうこともある、悪いところだ。

まあなんだ、君に何かを手伝ってもらいたいからワシの傍に置いたわけではない。

ただ優秀な若者が前途ある道のりで失敗を踏むところが見たくなかっただけだ。

あなたが?見たくないですって?

どうやら君は、カラッチの件でワシに誤解を抱いているようだな。

私があなたに誤解を抱いているところがあるとは思いませんが。

私はね、今ある物事のほうが何かと気になるタチでね。

「政府とはサラ・グリッジョという円卓のテーブルクロスに過ぎない」。

シラクーザ人がみんなスィニョーラのこの一言に感慨を受けたことは知っているね、ラヴィニア殿。

だがその気持ちが一体どこからやってきたのかを知る者は、おそらくそう多くはないだろう。

……

三十年前にも、君と同じように、考えが甘く、自分ならシラクーザのファミリーの支配から逃れられると考える若者がいた。

だが、シラクーザを覆い被さる曇雲が晴れることはない。彼らは自分らを支持してくれる人たちを見つけられないでいたのさ。

そこで彼らは利益をもってファミリーたちを篭絡し、自分たちなら抗えられると思い込んでいるモノに……挑むことにした。

それから彼らの末路は……誰も知る由もない。

誰も……知らない?

こう考えてみてくれ、ラヴィニア殿。

たとえば、君の父親は市政府で働く書記としよう。

ある日、君はいつものように目を覚まし、顔を洗い、朝食を済ませたら、父親が忘れ物をしていることに気付き、母親から持っていきなさいと言われる。

その頃はちょうど雨季で、君は朝から最悪の気分。なぜならついこの前まで父親とケンカしていたからだ。だが自分も悪かったところがあったと、謝ればいいと君は考える。

しかし、君が市役所の建物に入った時、何もかもが静か過ぎだということに気付く。

いつものこの時間の市役所が、こんな静まり返っているのはおかしいからだ。

それからふと、君は一間一間の執務室のドアの隙間から、血が流れ出ていることに気付く。

そこで君はやっと、広間の地面もそこら中が血まみれであることに気付いてしまうんだ。

……!

市役所にいる人たちがみんな、姿を消してしまったことにもね。

だがそれよりも君が恐怖に感じたことは、誰もこのことに見向きもしていないことだ。君は誰に聞いても、自分の母親であろうと、誰も口を閉じて沈黙を貫いている。

まるで消えた人たちが最初から存在していなかったかのようにね。

それからしばらくして、市役所にまた続々と人々が現れた。それからまたしばらくすると、市役所はいつもの賑やかさを取り戻す。

そして最後に君は、ここはこういう場所なんだと、気付いてしまうのさ。

スィニョーラのあの一言はその時に伝え始められたんだと。

「政府とはサラ・グリッジョという円卓のテーブルクロスに過ぎない」、所詮はテーブルクロスだ、いつだって好きに取り換えることができるとね。

そしてこれらを経験し、君もまた自ずと分かってきた――

自分は怒っていることにね。怒りはあって当然さ、だが怒りを覚えた後は何が残る?

虚しさしか残らないのさ。

それが今の君だ、今の君は誰にこの憤りを向ければいいのか分からないでいる。

ドン・ベッローネにか?ベッローネファミリーにか?それともスィニョーラにか?

いいや、どれでも違う。この人たちも所詮はこの秩序の一部に過ぎないのさ。そして君は、その秩序の門番であるのだから、当然誰よりも知っているだろう――

何をどうやっても、秩序が揺れ動くことはないということをね。

ではつまり、私もあなたと同じように、目を閉じて耳を塞いで、起こってことすべてに見て見ぬフリを貫き通すべきだと仰りたいのですか。

何事もなく、自分は普通の暮らしをしているんだと思い込んで。

ラヴィニア殿、まったく君はワシの娘よりも甘っちょろいな。

年配者としてのアドバイスをやろう、君がワシのところに来た時と同じだ――どんな理想を掲げていようが、まずは生き残りなさい。

そうやって死に急ぐにしても、せめて跡を継いでもらえる人を探してからだ。

生きて考えを伝えることというのはね、時折正義のために命を投げ出すことよりも難しいのさ。

……

そうそう、数日後にワシは正式に任命される。ドン・ベッローネがワシのために市内全域に向けたスピーチを用意してくださるそうだ。

その際なんだが、君は何もしなくて構わん。ただせめて、ワシの代わりに妻と娘の面倒を少し見てやってもらいたい。

これぐらいなら、君の理想には反していないだろう?

おや?また君か、友だちと一緒に行ったんじゃなかったのか?

あー……それがまだちょっと、個人的に聞きたいことがあって。

ほう?

何かな?

お爺ちゃんのことならアタシがまだ学校に通っていた頃に聞いたことがあるよ。当時は教皇様と同じような逸材だったって。

けどスィニョーラ・シチリアがラテラーノを訪れた時、なんの躊躇もなくその人と一緒にラテラーノを出て行ったんだよね。

私がなぜスィニョーラと共にラテラーノを離れていったのかが知りたいのかな?

ううん、それよりも気になるのが、本当にスィニョーラとは仲がいいのかなって?

それは君がどう“仲がいい”を定義するかにもよるな。だが、私よりもシチリアーナを理解できている人はないことだけは言えるだろう。

まあ実際のところ、私たちの性格はそう大して変わらない。

ただ少なくとも今は、彼女からの面倒事に巻き込まれないようこの街に潜んでいる形ではいるがね。

でもそれも、ある種の仲がいいって言えるよね?

否定はしないな。

じゃあどうやってそのスィニョーラと何十年も一緒に過ごすことができたの?

……

ワッハッハッハッハ!

アジェーニルさん、アタシ本気で聞いてるんだから笑わないでよ。

これはまた面白いことを聞くな、君は。

君のあの友だちが言った疑問を遥かに超える面白さだよ。

だがその前に、私も気になるところがあってね。

先ほどの君たちの言動からして、君はあのテキサスと随分と仲がいいみたいじゃないか。

そうだよ、なんなら最高のバディーって感じ。

彼女との友情になんの疑いも持っていないんだね。

うん。

なら――ふむ、なるほど、今の疑問はそこから来ていたか。

共感性によって、君は誰に対しても無遠慮になっている。だが共感性を持たない相手と過ごす中、君は疑いを生んでしまった。

そこで君は相手に騙されることにではなく、自分が抱いている疑いに恐れを抱き始める。

相手が真摯な態度で接してきた時、自身が抱いた疑いに恥を感じてしまうのではないかと。

それかまた、もしいつかこの疑いが本物になってしまった場合、自分はどうすればいいのか分からないでいると。

こういうことかな?

あっ、うんうん、アタシが言いたかったのはそういうこと!

なるほど。まあラテラーノを離れたサンクタなら、きっとみなこの問題に直面するものなのだろうな。

あの時、シチリアーナがラテラーノを訪れた時なんだが、私が彼女のガイド役を務めていた。

だが実際のところ、私は別に噂にあるように、シチリアーナの考えに心を動かされてラテラーノを去ったわけではない。

あの時のシチリアーナはまだ若かった。いくら才能があったとは言え、ラテラーノにしばらく滞在しただけで、すぐにシラクーザを変える方法を思いつけるわけがないさ。

彼女の考えは実に幼稚で非現実的だったよ。だがそんな考えが、偶然にも当時の私が抱いていたものとピタリと一致してね。

毎日討論を繰り広げ、言い争ったものだよ。だが結局、私はお互いの考えを証明すると決意しながら、彼女と共にシラクーザへ赴いた。

討論したり、言い争ったりしてたんだ。

ああ。

シラクーザに来ても、私たちは相変わらず言い争っていたよ。実際私たちが抱いていたシラクーザへの思いなら、一度だって真の意味で合致したことはなかったからな。

しかしだからといって、それが互いの考えを理解してやれないということにはならないのだよ。

じゃあつまり、言い争うことが仲のいい秘訣なの?

フフッ、君はどう思う?

違うと思う。

アタシ、テキサスとそんな真面目に討論するようなこと全然しないし、なんならいつの間にかバディーになって感じなんだよね。

冴えてるじゃないか。

そう、つまりそういうことだ。結局、私とシチリアーナを結び付けたのは、理念でも情勢でも、ましてや感情でもない。

私と彼女を結び付けたのは歳月なのだよ。

歳月?

歳月はほとんどの溝を埋めてくれる。考えが異なる人たちをも、いつの間に固く結び付けてくれるのさ。

君たちはいつまでも最高のバディーでいるのだろう?

もちろん、ずっとずっとだよ。

なら、そのまま前へ進むといいさ。

君はこの先も色んなことに出くわす、それは彼女だって同じだ。

もしかすれば、君たちの物語は互いに交差することはそれほどないのかもしれない。

だが、君たちはいつの間にか共に暮らすようになった。

なら、そんなことをいちいち心配する必要もないだろうね。