この兵士らは一体どういうことなんだべ?
倒される前にそれらしい抵抗はまったくしてこなかったし、ウチらが呼びかけてもまったく反応ないしで。
こいつらならすでに死んでいた。死亡時間は……推定48時間超えだろうな。
チェンちゃん、おめーさんは警官だから間違っちゃいないとは思うけど、でもこの人たち、ウチらにやられる前はきちんと立ってたべよ?
……以前レユニオンでも、こういった人を操ることができるアーツを見たことがある。
だがこの二つは似て非なるものだ。もしアーミヤなら……ロドスのコータスがいたら、私よりもはっきりとこの二つの差異を見つけ出してくれたはずだったんだが。
ああいったアーツは人の思考を殺し、生きたサルカズの戦士らをただの歩く兵器に変えることができるんだ。
だがここにいるダブリン兵たちは、確実にすでに死んでいる……まるで火に燃えるような強い思いを残しながら。
火に燃える?
……そう感じるだけだ。
仮に私が赤霄でこのアーツを斬ることになれば、火を斬っているといったイメージが妥当だろう。
ちょっと待って、それウチも見たことがあるかも……
あれも紫色の炎だった。
死んだ兵士らの目の中で燃えていた紫色の炎……
おめーさんが今言ったそのアーツ、ウチもヒロックで見たことがあるべ。
それをここに来るまで見なかったってことは……ねえチェンちゃん、もしかしてウチら追いついた感じ?ヒロックで見た、あの亡霊を率いていた術師はすぐ近くなんだべね!
忘れもしないよ、あの術師のこと……もしまた会ったら絶対間違ったりはしない。その時になれば、ダブリンの正体も突き止められるはずだべ。
……そうだな。
じゃあ早く急ごう、もっと近くの村人とか、キャラバンとかに道を聞いておこう!きっと見つかるはずだよ……だって相手は本物のゴーストってわけでもないんだし!
……ふぅ。
巡察隊、いきなり現れたな。しっかり周囲を警戒してたからよかったものの。
ハッ、ヴィクトリアの連中が事前に挨拶をしに来てからしょっ引くわけもねえだろ?
君たちは先に行っててくれ、私は人を数えてくるよ。さっきあんなに急いで逃げてきたものだから、誰かはぐれていないか心配で……
……あっ、そうだ!先生は?誰も彼女に逃げようって言わなったのか?
あの女なら今朝もう行くって言ってただろ?んなヤツもう放っておけよ。
てか、あいつがヴィクトリア兵に捕まったとしても、別に大したことは起こらねえだろ?だって指名手配されてねえんだし。
それがされてるかもしれないだろ!だって私たちに巻き込んでしまったんだから、昨日の夜に!
あの時は夜だったし、兵隊も顔はよく見えてなかったかもしれないけど、この近くで彼女以外のヴィーヴルなんか見たことがある?
他人の心配をするぐらいならもっとほかのことをしてくれよな、まったく役に立たねえくせに。
私は……
いやちょっと待て、なんでここにケリーが……まさかセルモン、君あれはわざとだったんだな。
仲間がいなくなったから探してほしいって、彼女にウソをついて……
どうしてだ?あんな真摯に私たちを助けて、薬まで分けてくれたっていうのに……どうして彼女をあの場に残したんだ?
分からねえのか?ヴィクトリア兵の注意をあいつに惹きつけさせておけば、少しは安全にこうして逃げられるからだろうが。
それにあいつらが捕まえられたとしても、下手なことは言えねえさ。だってあいつ、アタシらがどこに向かったどころか、ダブリンを探していたなんてことも知らねえんだからよ。
でも……でもそれじゃ彼女が殺されてしまうぞ!
そりゃそうさ、あいつは自分から別行動を取ったんだからな。だったら遅かれ早かれ巡察隊ともかち合うさ。
あの女が持ってたトランクもさっさと奪っておけばよかったんだ。ヴィクトリアのクソどもに押収されるぐらいならな。
あの場に残ったのはあの女が自分で選んだことなんだよ、ヴィーン。あいつがアタシを見る時の目つきに気付かなかったのか?
あの女はダブリンのことをよく知っているようだったが、まったくダブリンのことをよく思っちゃいなかったんだ。なんならその前に、標準的なヴィクトリア語話者だぞ。
ああいう人ってのはな、正真正銘のヴィクトリア人よりもアタシらのほうが憎いんだよ。
……そんなことはない、私は信じないぞ、セルモン。私は、私の直感を信じる。
まあそう強張らないでくれ、お嬢さん。
ここの状況、私よく知らないの。
分かっている。お前はダブリンの一味ではない、ただ一時的に混乱してしまってせいで、あの反乱分子と関わってしまっただけなのだろう。
(ターラー語)ダブリンも殺してもらったんだしな。
……
今言った言葉が分かるということは間違いない。ここら一帯でターラー語が分かるヴィーヴルはそうそういないのでな。
昨晩、あのダブリン兵はお前たちをどこに連れて行ったんだ?
いや……彼らはダブリンではないし、ダブリンとも関係はない。
私もダブリンの人なんて殺したことはない、人違いだ。
まあまあ、報復される心配なら必要ないぞ。だからここは素直に、すべて話してくれても構わない。
ここら一帯は駐留軍の厳重な監視下に置かれているんだ。トロント侯爵もほかんとこの貴族と違って、ダブリンがのさばってるところは決して看過しないからな。
私たちがお前のことを知ってるのもそのためだ。
つい数日前、トロント郡の航路付近にいた集落の者が、ダブリンに関する情報を駐留軍に提供してくれたんだ。
そのダブリン兵が集落を襲撃する前に、とある白髪のヴィーヴルに撃退されたんだと。
だからもう少し事情聴取に協力してもらえないかな?お前の正体と動機、それと昨晩起こったあのダブリンの手口と類似した放火事件についても……
(リードがその場から逃げようとする)
――待てッ!逃げるつもりか!
女を取り押さえろ!あのヴィーヴルは記録に残ることを恐れているんだ、きっと何かやましいことを隠してるに違いない!
(巡察隊が振り下ろしたサーベルをリードが叩き折る)
――さ、サーベルが折れただと!?一体どこからそんなバカ力が……!
話せることはすべて話した、だからもう見逃してもらいたい……
そのほうがお互いのためだ。
そこまであのゴミクズどもを庇おうとするということは、お前もヤツらの仲間でいいんだな。どいつもこいつも、ターラーのゴミどもは調子に乗りたがる。
撃て!数発撃たれたところでヴィーヴルが死ぬはずもない、抵抗できない程度に留めろ!
(リードが放たれた矢を全て避ける)
キミは……なぜそこまで彼らのことを恨んでいるの?キミだって、ターラー人のはずなんじゃ……
黙れ!その言葉で――私を呼ぶなァ!
……
……ガキの頃からターラー語を喋っていたらそいつはターラー人だとでも?“ターラー人”だって?そんなものガキの頃から一度も聞いちゃいない!
もし本当にダブリンを撃退したのなら、あの連中がただ“ターラー人”を言い訳に秩序を乱してることを知っておくべきだ!そしてさっさとヤツらと関係を断ち切ったほうが身のためだぞ!
……「ターラーはヴィクトリアの虚栄に蝕まれ、多くの者たちは匪賊に落ちぶれた。」
何年も前に……とある先生からそう教わった。
だから、ごめんなさい。
(リードが長槍で応戦する)
ハァ、ハァ……クソ、貴様手加減しているな。自分が持ってるその長槍が、人を傷つけてしまうのを恐れて。
――貴様ァ、私たちを舐めているのか!
それは……
なぜなら、ほんの一瞬さえあれば、この者たちは荒野に打ち捨てられる灰燼と化してしまうから。
さあ行くがいいさ、ラフシニー。自らの行いを秘匿したいのであれば、すべての目撃者を排除してやればいい。
……いや、そんなことはしない。
(巡察隊の隊長が一撃を受ける)
グフッ――!
隊長ォ!
クソッ……隊長を連れて撤退だ!上に支援を要請しろ!
(巡察隊が走り去る)
大丈夫、彼らならきっと、私には追いつきはしない。
私もすぐにここから離れなきゃ。ヴィクトリアは軍を動かすのが早い、私はよく知っている。
……今やったこともきっと、きっと間違ってはいなかったはずだ。
(茂みから音が聞こえてくる)
――誰ッ?
リードは警戒をあらわにした。
――生い茂っている低木に長槍を突きつけながら。
わ、私だ、私だよ……
(ヴィーンが茂みから姿を現す)
……私だ、ヴィーンだ。君に危害を加えるつもりはないよ。
ええ、分かっているわ。こんな案件一つで、わざわざトロント郡に航路を変更させるのも憚られるもの。だから都市が接近してくるまで、こちらとしては納期を伸ばしても構わないわ。
もちろん、あれだけ高純度の源石燃料を提供できるのは王室御用達の採掘場だけ。なのでトロント侯爵が友好を示してくれたことにもとても感謝しているわ。
今回の商業提携について、お互いすごく満足いく結果になったと思いたいわね。
(秘書が部屋から退室する)
……さて、あなたの秘書ならサインした契約書を持って退室してもらったわよ、ヒュースさん。
彼なら先に執務室に戻ってこの重要な契約をしっかりと処理してくれるさ、何も心配はいらない。
ええ、こちらとしても彼の事務処理能力を疑ってるわけではないわ。
ただ、そちらにはまだ今回の商談よりも私と二人っきりで話がしたい大事なことがあるんじゃないのかしら?
だってわざわざこんな静かな離れを場所に選んで、使用人たちも下がらせたんだからね。
いやぁお見通しだったか、ははは。最初からこうしたのも、私なりの誠意みたいなものでね。だからその、差し支えなければなんだが……
……ここからは、同じ前衛学校の出身であることに免じて話をさせて頂きたい、ロ――
シッ。
……まだその名前を憶えていたのね。
あはは……まあ、舞踏会では有名人だったからな。
でもその人って、酒に酔って躓いてから二度と起き上がらなかったんじゃなくて?
ああ、ほかの人たちもほとんど彼女のことは忘れているはずだ。本当にあれはただの事故だったのか、それとも何者かに仕向けられたことだったのか、とにかくみんな詮索だけはしないように心掛けているさ。
……そうやってわざと驚いてくれたことにも感謝しているよ。
ちょっぴり本心も混ざっていたけどね。
学校から消え、今もヴィクトリアのどのプロファイルにも存在しない名前を口に出したら……“ゴースト”に憑りつかれちゃうわよ?
ははは、その通りだな。
なら単刀直入に聞こう、なぜ私に連絡をくれたのかな?私はただの各界隈の商人たちと少しだけ交流を持ってるだけの小貴族に過ぎん。君が出してくれた情報には何も手は貸せられないぞ。
私を通して上の者たちの目を掻い潜り、それで今も膨張し続けている自分の野心を満たそうとしているのかな、スパイ殿?それとも……
分かっててとぼけられるのは気持ちのいいものじゃないわね。
私はただお互い前衛学校の出身だったことに免じて、わざわざあなたに……それとあの亡霊部隊を探し回ってる二人に、忠告をしに来たってだけよ。
知っていたのか……
ええ、彼女たちがあなたのところに来たことはもちろん、あなたが彼女たちのために半年前からヒロック郡へ運送されてきた源石製品の出処を調べていることも知っているわ。
一部の人たちからすれば、あなたは色々と喋り過ぎなのよ。
……
仕事上、君がこういったことに対して敏感なのは分かっているよ、責任を感じてることもね。だがどうか安心してほしい、今回の機密情報なら決して第三者に漏らすようなことはしないさ。
出過ぎたマネをしてるあの二人の同級生のことも、こちらから遠回しに踏み止まるよう警告しておこう。
じゃあ今回の案件についてなら、そちらの人たちにも少しだけ調査できる手掛かりを残しておいてあげるわ。
ご好意に感謝するよ。やはりしがいない商人風情にしては、色々と知り過ぎてしまったようだな。
いいえ、そんなご謙遜を。なんせあなたは商業連盟の副主席、あなたのバックにいるあの伯爵様ならきっと、あなたが商売ついでに収集してる情報にもとても注目していらっしゃるはずよ。
今も沈黙を貫いてるあの鉄公爵に、果たして与する価値はあるのかないのか。伯爵様もそろそろご自分の立場を選ばなきゃならなくなったんじゃないのかしらね。
――
アルモニ、君がスパイ活動をやっているのはヴィクトリアのためなんじゃ……いや、君は一体誰のために――
――ヒュースさん、次の提携契約についても……そちらからお知らせが来る日を楽しみに待っているわね。
ご、ごめん……本当に君に危害を加えるつもりはないんだ、だから暴力だけは勘弁してくれ。
さっきはあまりにも出られそうになかったから、手を貸せなかったってだけで……
……な、何言ってるんだろうね、あはは。その長槍ですぐ兵隊たちを倒してしまったんだから、私が助けに出るまでもなかったよ。
キミたち、もうかなり遠くまで逃げられたはずだよね。
えっと……あっ、うん、そうだよ。
じゃあ、キミも彼らに取り残されたの?
……でも、彼らがそんなことするとは思えない。キミは戦えないから、すぐにでも捕まえられてしまう。
それにキミはここら一帯の行商人だ、顔も広い。もし彼らから悪いようにされたら、痛い目を見るのは向こうのほうのはずなのに……
ち、違う違う。実はその……君も一緒に逃げてほしくて、それを伝えようと戻って来ただけなんだ。
来るのが遅かったのは、自分でも分かっているよ。申し訳ない気持ちになったし、また兵隊と遭遇しちゃわないかって、あれこれ考えてしまったせいで、来るのが遅れてしまたんだ。
でも、君が戦えると知ってよかったよ。兵隊さんらじゃどうにもできなかったみたいだしね。
……あの、えっと……とりあえずなんか喋ってくれないかな?黙ってると、ちょっと怖い。
私が?どうして?
だってきっと、気を悪くしてしまったはずだろ?私もどう謝ればいいか分からなくて。あの人たちも普段なら結構親切なほうなんだ、本当さ。ただこんな日々に追い込まれたってだけで……
平気……大丈夫、私なら気にしていないから。
私のことなら……水辺に生えてる葦とでも思ってもらえれば、それでいい。
そう……毒で殺すこともなく、圧し潰してくることもなく、せいぜい触れてもこそばゆいとしか思えない葦として。
そんな小さなウソを、気にするような人はいないよ。
でも、悲しそうな顔をしてるじゃないか。
私……悲しそうなの?
……私のことなら、本当に気にしないで。それよりもキミ、はやく逃げたほうがいい。
昨晩の火災のせいで、軍がきっと都市からもっと人手を増やしてこの荒野を捜索しに来るはずだから。
あっ、うん、分かった……
……あっ、あともう一つ。すごく言いづらいけど。
逃げたいのは私たちとしても山々だよ。でももう十何日も、狩場にいる獣みたいに兵隊らに追われて、ずっとこの荒野の同じところを回ってて逃げられないんだ。
だから、一つお願いがある。
どうか私たちが逃亡用の車両に乗り込むまで、護衛に就いてもらえないかな?