リードちゃーん、そっちは固定できた?
うん、問題ない。
(バグパイプがテントを組み立てる)
ふぃ~これでよしっと、テントはこれで最後だべな。
いや~助かったよ、あんたら二人ってばホント力持ちだよなぁ。
っていうか、二人とももう行っちまうのか?
うん、ウチとチェンちゃんはあのアーツに操られた“亡霊”の調査でついでにここに来たってだけだべ。こっちでやることが終わったら、まだほかに任務があるからさ。
あとここはすでにトロント郡の境界線だから、もう駐留軍に追い掛け回されることはないから心配しないで。
……でも、はぁ……ウチらがもっと治安維持に務められていたら、こんな濡れ衣を着せられることもなかったのになぁ。
何言ってんだ、あんたらがいなかったら俺たちはもうとっくに死んじまっていたよ。
もしここが自分ん家だったら、今にもニワトコ酒でもてなしてから送り出してあげたいもんだぜ。
でもまあ、俺たちがもらった物資の諸々はほとんどがあんたら……いや、あの“ロドス”から貰ったもんではあるけどな、あはは。
そうだ、俺たちがロドスに送った手紙なんだが、あんたらのとこにも届いてくれるのか?いつかこっちが落ち着いて、そっちも近くを通ることがあったら、またもてなしてやるからな。
うーん、多分受け取れるはずだと思うよ?ヴィクトリアの紛争が終わって、チェンちゃんの用事も終わった後だったら……
……リードちゃんはどうするの?おめーさんこれからどこに向かうんだべか?
私なら……みんなが落ちついてから自分のことに取り掛かるつもりだ。
ハイストーン平原を抜けて、謂れのない罪が晴れて、消灯の鐘から逃れられたとしても……ターラー人は泥沼から抜け出せずにいる。
だからもう少しだけ、彼らの傍にいようと思う。
ターラー語もヴィクトリア語も、私なら話せる。だからもし都市に入って、色んな人と出くわすことになっても、私なら多分……ほかのみんなよりも上手く話をつけられるとはずから。
そっか。あっそうそう、今日ロドスのセーフハウスを探しに行った時にさ、誰かに後を着けられなかった
……多分、ない。
大丈夫、キミからの忠告なら忘れてはいないよ。もしあの兵士らが私のところに来たとしても……私なら平気だから。
気を遣ってもらって……ありがとう。
なあ、あのテント、後でリードから売ってもらえるってことはないかな?
街中の工場で作られた布地が使われているから、雨にずっと晒されても水が漏れ出すことはないし、ちょうど私の荷車の改造に使えると思ったからさ。
彼女なら優しいから、きっと売ってくれるはずよ。あなただって、ぼったくるような値段を出す人間なんかじゃないでしょ?
ははは、まあ今のは冗談だよ。あんないいものを買えるお金なんて持っていないからね。
でも、数日前まで生きるだけでも精一杯だったのに、今こうして暖かい火を囲みながら、頑丈なテントの中で夜を過ごせるなんて思いもしなかったなぁ……
そうね、これも彼女たちのおかげだわ。
鉱石病のことにも理解があるしね。
(口笛を吹き始める)
……
(途切れ途切れな口笛)
渓谷を覆う霧よ靄よ……♪
……彼女の姿も隠してやってくれ……♪
やっぱりいい曲だね。
……むかし私を追っかけまわしていた人たちの中で、私のことを憶えてくれたのはあなただけね。
そんなことはないよ……ほかのみんなもまだきっと憶えてくれているはずさ。
鉱石病を貰ったのも君のせいなんかじゃないんだし。
(少し調子外れな口笛)
はぁ。
あの子、セルモンのお兄さんなんだが、彼なら死んでしまったよ。もしかしたらあの時、私たちが助けてやったダブリンの人たちもみんな……
ホントに、私たちは一体なにをやってきたのやら。
でもよかったよ……少なくとも君だけは生きてて。あれだけ長い間失踪してたのに、君はこうして今も生き残ってくれた。
鉱石病のこともなんだが、リードから色々と薬を塗ってくれていたようだけど、もしかしたら治るのかい?
ううん、みんなこの病気は治らないって。
でも、あんまりあのダブリンの兵士たちのことを恨まないであげて。工場の輸送車に隠れようとする彼らを手伝ってあげた時に、破片が傷口にね……彼らは何も悪くないわ。
まさか、恨んじゃいないさ。ただちょっと、悲しくなっちゃっただけだよ。
君たちはダブリンを信じちゃいるけど、やっぱり私には無理だ。ダブリンは強い、武器だって持っている。でもみんな自分たちの目で見ただろ、あの人たちが結局どれだけ惨い目に遭ったのか。
彼らがターラー人に優しくて、私たちの代わりに不満を形にしてくれているのは分かってる。でもその後は?私には分からないけど……少なくともあの日列車で見た血のことだけは憶えているよ。
なのにセルモンは今もダブリンにご執心だ、いつもいつもヴィクトリア人と戦争をしてやるって言うし、私じゃもう止められそうにないよ。
あの日、珍しくリードと話し込んでいたようだったけど、もしかしてリードから何も説得されちゃいなかったのかな?
私からすれば、セルモンちゃんはよくやってくれていると思うわよ。あれでも色々と、ターラー人のためにはなっているから。
ほら憶えてる?私が感染してすぐ、感染者地区にいた全員が町から追い出されちゃったでしょ。
みんな、そのうちのまだ健康な人たちに身ぐるみを剥がされてしまったのよ。老人とか子供とか、あとは私みたいな病人はみんな取り残されちゃったわ。
……そういうのはもっと早く言っておいたほうがいいよ、吐き出したらきっと少しはすっきりするはずだから。
でも本当はね、もうあんまり憶えちゃいないの。どうして誰も反抗しなかったのか、どうして守ってくれる人が出てこなかったのかとか、もう全然思い出せなくなってしまったわ。
昔からずっとね、生きるっていうのはこういうものだって思っていたの。お腹が空いても、手元にあるものが何であれ、とりあえず目を閉じて口に放り込むしかないんだって。
リサもコロッタも、坑道に落っこちて亡くなっちゃったわ。でも生きるために、採掘場での仕事に文句をつけるわけにもいかないでしょ?
それはまあ……そうだし、文句はつけられないとは思うけど、少なくとも二人が亡くなった時は、私も結構悲しかったよ。
本当は私も色々と吐き出したかったんだけど、坑道の底は暗いし狭いしで、誰も聞いちゃくれない。雑貨売りに出ても、みんなそれぞれ抱えてるものがあるからで、まったく一緒だ。
ただ今は、少なくともここで吐き出せてよかったと思うよ。
そうね、お互い様に。
私たちが拾った枝、多分これだけあれば一晩は火を起こせそうね。
(口笛)……じゃあ、そろそろ帰ろうか。日も沈み込んできたことだし、あとで夜道が見えなくなったら大変だからね。
なあ、もう鍋がぐつぐつ煮込んできたんだからさ、一口ぐらい食ってもいいだろ?
バカ、焦んじゃねえよ!飯の作り方すら分からねえのかお前は?
いいからテントの中で待ってろ、肉が出来上がったら持ってってやるからよ。
あいつ、どうやらかなり機嫌が良くなったみたいだな。
うん……でも、まだ少しは悲しそうにしてると思う。
だが少なくとも、ダブリンを探しに行くのを諦めてくれたのはいいことだ。
……最初から知っていたの?
お前がこいつらの傍にいてあげれば、こいつらもきっと道を踏み外すことはないはずだ。
……まあ、ずっと一緒にいてあげられるとは限らないだろうけどな、ドラコ。
……
人違いだ、とは言わせないぞ。
バカ言わないでちょうだい、フェガール。去年ゲール王の戦士を演じた時に、三回もすっ転んでは立ち上がってすっ転んでいったせいで、腕も足もあざだからになったじゃないの。
だったらもう今年の戦士は不死身でやってやるよ。毎年毎年ゲール王が敗れるとこと、ガストレルが王城で死んでいくとこばっかだ。装飾を換える以外、目新しさもクソもねえよ。
おお、セルモン、こっちだこっち。今年のゲール王一番の大将軍の役はあんたで決まりだな。ちぃと若いのは否めないが、まあこの中で気骨があるヤツつったらお前だけだろ。
は?何の話だよ?
持ってきてくれた料理にがっつきたいからって適当なこと言うんじゃないわよ。ほらもう、すごい嫌がってるじゃない。
いやそうじゃなくて、誰だよその大将軍って。
あれ、お前んとこはやらないの?ほら、いつも夏の間に決まった演目のショーが行われるだろ。俺たちはちょうどその演劇の役を決めてる最中なんだよ。
えーっと、それって……最後に川の神様みたいなヤツが観衆に水をぶっかけて締めるイベントのことか?
……見たことはあるけど、参加したことはねえな。アタシに川の神様をやらせてくれるんなら別にいいけど。
あれは川の神様が死んでいった戦士たちのために哀悼の意を示しているところなの。でもそこのパートのセリフ、他と比べても結構難しいところよ?
へー、そんなんだ。
でも今年は夏には間に合いそうにないわね、家も建てなきゃならないんだあし。こうなったら、あなたの出番は来年になるかもね。
……まあ、うん。
その顔、まだダブリンのところに行こうって考えてるんでしょ?
当たり前だろ。アタシがお前らみたいに、諦めるつったら諦めるようなタチかよ?
これでもアタシは結論を出したんだ、あの時リードと話した後にな。
ダブリンがアタシらに見せてくれた夢ならまだ叶えられる。だからそのためにも、誰かがその夢を叶えてやらなくちゃならねえぜ。
……私から、何が聞きたいの?
お前から聞きたいことならない。だがお前がやったことなら、私はしっかりと目に焼き付けておいたさ。
私は私が目にしたことに対して出した判断を信じるだけだ。もちろん、ロドスの判断もな。
とはいえ、今の大多数のヴィクトリア人たちからすれば、生きているドラコは一人だけだ。
……ダブリンの赤き龍、ターラーの王の末裔。それが一人もいれば、公爵らは腹に一物を抱え始め、貴族たちも気が気ではなくなるだろう。
お前も中々苦労してきたものだな。
それじゃあ彼女は……私の正体を知っているの?
バグパイプのことか?
あいつはああ見えて頭は冴えるし、何かと繊細でな。ただ色々と、とりわけ自分が仲間と認めた人たちのことについては悪い方向に考えたくないんだ。
……
このままお前についていけば、あいつもお前も、遅かれ早かれ現実とご対面することになるだろうな。
……だから、私にさっさとここから出ていけって?
やったことを覆すことはできない。お前も、自分の責任から逃れることはできないぞ。
ただ一部の人たちからすれば、お前がドラコなのかそうでないのか、そんなことはどうだっていいと思っているのかもしれないな。
川のせせらぎは野原を超え♪
席を外した者たちに乾杯しよう♪
歌声が聞こえてきたな。
……これは多分、フェガールの歌声。
……
これはターラー語か?
うん、酒と夏の野原を歌った歌みたい。初めて聞いたけど……素敵な歌。
翼を羽ばたき目を覚ませ、水辺の羽獣よ♪
ここの集いを波に伝って広げていくのだ♪
……みんな、すごく楽しそう。
そうだな。
まだ、火を起こしてテントを貰っただけなのに。
家と田んぼを貰った日には、もっと喜んでもらえるかもしれないな。
私たちもそろそろ中に戻ろうか。
チェンちゃーん、やっと戻ってきたべか!ほらはやく見て!オーランさんが茎笛を吹いてくれてるべ!
(甲高い笛の音)
ははは、ちょっと音が外れちまってるようだ。まあ俺も父親から少し学んだ程度だからな、親父結構うまく吹くもんだからよ。
ふん♪ふんふん♪……
あっ、気に障るようじゃなかったらウチも一緒に歌ってもいい?
いいさいいさ、好きなように歌いな。気に障るってんなら今ここに酒が置かれてないことだけだよ、ワッハッハ!
じゃあさ、歌詞を教えてくれねえべか?ヴィクトリア語で歌ってもいい?
あー……だったらほかのヤツに歌ってもらうか、あんたはとりあえず曲を聞いててくれ。
おいヴィーン、あんた歌ってくれよ。
はぁ、しかたないな……
「この地はいつも涙を流してばかりいるが、私たちはその往昔の露と火を呑み込むことができたのだ。」
道にはバラとカンパニュラが咲き誇り~♪
おいおい、音がズレまくってるぜ!まったくあんたってヤツは、よく歌えたもんだな!
うっせぇ!テメェだってロクなもんじゃねえだろうが!
(耳をつんざくような笛の音)
こらこら二人とも……頼むから落ち着てくれ、歌が下手からってケンカをふっかけるヤツは君たちぐらいだよ……
ちょっ、石を投げ合うんじゃない!人に当たったらどうするんだ!
うわぁ~、いい匂いのパン~……
半分こしてあげるよ!
いいの?ありがとう~!ほらチェンちゃん、一口どう?一口でいいから!
ふふ、すっごく美味しいでしょ~?一体どんな材料で作ったんだろう……
う~ん……食べても分からんな。
ありゃ、チェンちゃんでも分かんないの?もしかして炎国に戻ってから舌が肥えちまったんだべか?それともバカになっちゃったとか?
それはどうだろうな。だが一ついいことを教えてやろう、夏場になれば龍門ではいつも二十四種類もの薬味を煎じたお茶を飲む習慣があるんだ。
え、マジ?チェンちゃん……それまた冗談とかだよね?
いや、事実だ。
……どうだリード?楽しそうにしてるか?
……
ここにいる者たちの本来の暮らしというのはまさにこういったものだ。もちろん、今よりもっといいものだが。
そんな暮らしを、お前はこの者たちに取り戻してやったんだぞ。
なあリード、あんたもターラー語喋れるんだろ?だったら言い訳はいいから、ほらあんたも歌って歌って。
……え?
(からかうような笛の音)ほらほら。
……
遠くへ向かう旅人よ、そなたはどこへ向かうのだ♪
泥道に鮮明な車両の轍が残されています、回り道を致しましょうか?
必要ありません、このまま目的地まで直進します。
いいねいいね~!そら、今度はあんたの番だ、モニ!
……
モニさーん、そんな遠くに座ってないでこっちにおいでよ!リードちゃんからも、もう大丈夫だって何回も言われてたじゃんか!
そうそう。ほら、“カーマイ川の吟遊詩人”だ……歌ってごらん。
……
た、谷を覆う靄よ霧よ……遠のく彼女の姿を隠しておくれ……♪
あれ、この歌声……何年も前に聞いたことがあるような気がするぞ?
そうだね。
そうだ思い出した!確かあの頃、妹をあの石橋んとこに連れてずっと聞いてたんだっけ?あの頃のあいつはまだ歩けなくなるほど症状も悪くなかったしなぁ。
でも、カーマイ川って結構流れが急な川だよな?確かほかんとこにも同じような橋がかかってなかったか?
ああ、荒涼とした岩を吹き抜けていく風よ♪
まずは一般人の制圧を。流血は起こさないようにお願いします。
我々の調査対象はかなり優秀な軍事的素養をお持ちなものですから、正面きっての交戦もなるべく避けるように。
私に代わって彼女に花を届けてやっておくれ♪
見てくれセルモン、どうだこのポージング?あんたを真似たんだぜ?
どうもこうもねぇよ。この先もせいぜい羽獣を追いかけ回すってだけだろうが、んなモン真似て何すんだよ?
笑い声が夏日に照らされるその日まで♪
向こうから話しかけられても、返事は一切しないようにお願い致します。
後のことは私に任せておいてくさい。
盃に残ったのは骨身に刺すような苦痛のみ♪
日が昇る前に出発だ、くれぐれも忘れないでくれよ。
さあ、席を外した者たちに乾杯しよう♪
では、臨戦態勢に入ってください。スモークグレネードの用意を。
共に涙も流し込もう♪
ふぅ……ちょっと外の空気を吸ってくるよ……
あれ?こんな時間なのに霧……?
……
なっ、なっ、なっ、君たち、いつの間に……
(フィッシャーが近寄ってくる)
こんばんは、今日はいい夜ですね。