
お前の考えはすべてお見通しだ、だからここで喚き散らしてもこっちの注意を逸らすことはできないぞ。

そりゃ本当か?向こうでなんかおっ始めたみたいだけど、お前ら本当に助けにいかなくていいのかよ?

いいから静かにしてろ。

ヴィクトリア人が、うるせえのはそっちのほうだぜ!
(兵士が引き金を引く)

くッ――!

静かにしろと言ってるんだ、さもないとお前の頭蓋骨が粉々になるぞ。

テメェら……ヴィクトリア人風情が何様のつもりだよ!

調子に乗らないでもらいたいな、ターラー人。私個人としては別にお前たちになんの偏見も恨みも持っちゃいない、あっても悲しい連中だと思うだけだ。

お前たちは所詮政治に利用された、公爵の駒に過ぎないのだからな。

私たちはこれでもお前たちを優しく扱ってやってるほうだ。ここで流民どもが全滅しようが、こちらからすればなんの痛みにもならないことだけは分かってもらいたい。
(無線音)

……どうした、命令が降りてきたのか?

もしそちらで支援が必要なら、こちらも隊長の指示に従って、ここにいる連中を処分してからそちらに向かおう。
(無線音)

ターゲットが一番隊のいる方向に逃走した。一番隊と二番隊は追撃を、残りはひとまず撤退するんだ。

ヤツらを合流させてから一網打尽にするぞ。
(バグパイプがリードに駆け寄る)

リードちゃん、どうやってあの調査官のとこから逃げてきたんだべか?ウチとチェンちゃんがちょうどおめーさんを助けに行こうと思ってたべ!

……

ねえリードちゃんってば、ぼけっとしないでよ。

あっち手薄だからさ、とりあえずここを突破するべ!

……ほかのみんなは……まだ森の中なの?

多分ね、でもとりあえずウチらだけでもここを突破しなきゃ。彼らの救助はその後だべ!
(チェンが飛んできた複数の矢を防ぐ)

――クロスボウ使いもいるのか?

貴様ら、逃げられるとでも思っているのか?

あのクロスボウ隊、攻撃してきたのはこれが初めてだな。

向こうはまだまだ待ち伏せているようだ、頭数は今のところ分かっていないが。

こんなエリート集団に迎えられるとは、私たちも中々メンツが立つものだな。

でもいくら頭数がいると言っても、今は一人ひとりを相手にするしかなさそうだべ。

いや……待って、バグパイプ。

向こうなら私たち以外にも、相手にしなきゃならない人たちがいる……

あっ、本当だ。あいつら部隊を移動させているべ。

……見たところ動きはスムーズだ、おそらく事前に作戦を練っていたのだろう。今も、わざと私たちに手薄なところを残しているのかもしれない。

でもさ、ほかに誰がこんな荒野に……

敵の武装勢力を発見!

投擲用意、陽動部隊に注意せよ!

……
黒夜から姿を見せたその部隊は、ヒロックの街に現れたゴーストたちと瓜二つの様であった。
その姿を見て、バグパイプは手にしている破城矛に力を籠め始める。

……ダブリン。

敵勢力の指揮官を確認しました、やはりそちらの予想通りでしたね。

ヘマタイト近衛隊隊長が……ダブリンとしてあのドラコを助けに来た、というわけですか?

……なるほど、確かに予想通りでしたね。

これで事態は二人の大公爵の激突が表面化してしまったかもしれませんね。しかし、あの鉄公爵が求めている戦場はトロント郡市内のはず、こんな時にリスキーな行動を起こすとは思えない。

このままタイミングが来るまで待機しておきましょう。

ターゲットを発見した、これより優先的に捕縛へうつ……
(バグパイプがダブリン兵に襲いかかる)

ッ……!

そこをどいて。

その兵装……ヴィクトリア軍か?なぜ彼女の傍にヴィクトリア軍の者が?

あれ、そんなに変?ここらじゃヴィクトリア軍なんてうじゃうじゃしてるべ。

先にあの三人を引き離せ!ターゲット以外の者に固執する必要はない!

――ターゲットはすでにこちらが掌握した、三番隊は彼女を連れて撤退しろ!

ターゲットって……もしかしてリードちゃん?

はっ……!

久しぶり、ラフシニー……古い馴染が会いに来てやったわよ。

まあそう緊張しなさんな、落ち着いて。あなただって久しぶりに会った友だちに、挨拶代わりとして暴力を振るうなんてことはしたくないでしょ?

……

ホント残念ね、あなたならこのまま逃げ出すことだってできたはずなのに。

リーダーも随分と逃げ惑うあなたを許してやってくれていたのよ、知ってる?

……私を、連れて帰るつもり?

だとしたらそれは無理だ、あそこにはもう私の居場所はないのだから。

いや、居場所なんて……最初からなかったんだ。

影としての自分が嫌いで、自分がついたウソで集まってきた人たちのことも信用ならないってところかしらね。まあ、気持ちは分かるわ。

でもダブリン以外に、自分の居場所があるとでも思っているわけ?ドラコであるあなたは、一体どこに行ったらひと息つけられるっていうの?

私は……

ラフシニー、あぁ可哀そうなラフシニー……私はこれでも本気であなたのことを心配してるのよ?

なんせ、ああいった虚構の歌と、そこに綴られた実在しない文字の話になった時でしか、本当の古い馴染のように、あなたは私に話しかけてくれないんだもの。

詩人のように野原を渡り、あるいは小さな古家の中で本を読んだり作詩をして毎日を過ごす……素敵な夢じゃない。

となれば、あの船での生活はかなり満足するものだったんじゃないのかしら?なのにどうして、大人しくそこに隠れていようとしなかったの?

……リーダーは、もう知っていたんでしょ?

ヒロックで起こったあの野心家たちの陰謀のせいで、多くの一般人たちは命を落とした。それを……彼女はとっくに知っていたんでしょ?

あの人を一番理解してるのはあなたでしょうに、どうしてわざわざ私に確認を取ろうとするわけ?

仮にあいつらがヒロックでの乱戦で死んでいなかったとしても、後でリーダーが直々に手を下していたわよ。

ホント、残念ね。“オラター(雄弁家)”たちみたいに、余計な真似をせず、ヒロックで大人しく命令に従っていれば、まだリーダーの傍で何日かは生きられたはずなのに。

マンドラゴラも、きちんとロンディニウムでリーダーから任された仕事を済ませて、“スパイ”を連れ戻していれば、下水道で惨めに死ぬなんてこともなかったわ。

……それにもしあなたもそうやって自分の運命から逃れようと、隠れようしていたのなら、私だってあなたをダブリンに連れ戻そうとはしなかったわよ。

……
逃げなきゃ、逃げ出さなきゃ。
でも、私はどこまで逃げればいいのだろうか?

だからここは喜ぶところよ、あなたを先に見つけたのが私だったことに。私だったらあなたに時間をやってあげるからね。

もし今あなたの目の前に立ってるヤツが“オフィサー(将校)”だったら、あなたが少しでも迷いを見せていたら殺されていたはずよ。

いや……彼らはただ私を影として扱いたいだけだ。もうあんな生活はイヤだ……
灰燼の中で振り回す長槍は、きっと血が通った肉体を突き刺すよりも容易いだろう。
(バグパイプが複数のダブリン兵をなぎ倒す)

どりゃ――ッ!どうだ、これでしばらくは起き上がれないでしょ!

リードちゃん、だいじょ――

……こっちを見ないで。
いつもアーツを放とうとするたびに、リードは目を閉じることにしている。
だがバグパイプまでもがそうするはずもなく、彼女の目には槍先から燃え上がる炎が映り込んでいた。
そうだ、ウチはヒロックで彼女を見たんじゃなかったのか?広場に佇むあの彫像の下で、火に燃える街と、無数の人たちの生死に冷たい目線を向けていた、あのダブリンの術師のことを。
ウチが信じているのはOutcast、それとロドスだけ……だから、あの時抱いた印象は信じたくなかった。

おめーさんは……

バグパイプ、そっちはどうなった?ダブリンと諜報部門の連中を一か所に集めてくれるか?

えっ?あっ、うん、任せて!

こんのー、リードちゃんを連れて行かせはしないよ!どいたどいたァ!
(バグパイプがダブリン兵を倒す)

……
攻撃と防御の合間でひと息つく中、バグパイプは知らず知らずのうちにまたもやリードのほうへ振り向いた。
しかしそこへ彼女の視界を遮り、バグパイプとリードを隔てようとする霧が現れたのである。

総員、霧に紛れながら現場に突撃してください。

アーツ攻撃だ、総員警戒!陣形を縮小しろ!

方角を再度確認!はっ、“オフィサー”様!?到着されたのですね……はい、ここからの指揮はあなた様に……

……
リードは逃げ出さなければならなかった。彼女は霧をチャンスとし、この局面を混戦に変える術を持っている。今の彼女はただ長槍を振り回し、火を駆使するだけでいいのだ。
しかしその後は?
彼女はダブリンの“リーダー”だ。
彼女の炎はダブリンの意志。幾度となく土地を燃やし尽くし、多くの命を奪ってきた。
そんな彼女は自らの声で虚構の許諾をそらんじ、何度も演説の中で、自分がターラー人たちの時代をもたらしてやると宣ってきたのだ。

一番隊はそのまま突撃、ターゲットを負傷させても構わん!

ドラコの耐性は優秀だ、少しの傷口じゃ死にはしない!
彼女は一人のドラコであった。
その血筋によって、彼女の両親は大雪が降る祝日の夜に死んでしまった。彼女は姉と共に幾度となく都市を放浪し、往日の王朝を復興せしめんとする野心を抱いた政治家らによって育てられた。
生まれつきもたらされた彼女の炎も、今でも彼女自身の五臓六腑を焼き焦がしている。
彼女はどこまで逃げれば、こういった運命から逃れることができるのだろうか?
かつてロドスの病床で目を覚ました時、彼女は手すりにもたれかかって読書に耽っていた。そこに綴られた文字はヴィクトリアの精巧な平和を語り、ターラーの抑揚的な牧歌を謡っていた。
しかし、傷つけられた仲間たちはそんな病床のある部屋の窓から去って行ってしまったのだ。
たとえ目を閉じたとしても、彼女はあの都市の焼け焦げた廃墟が見えていた。彼女自身は救われたが、多くの者たちはそこで命を落としてしまったからである。

よし、そろそろこいつらの首を斬り落としてやれ。隊長から命令が出た。

ダブリンの処分はこいつらの後だ。

心配するな、ターラー人。苦しませはせんよ。

――
(ヴィーンが見張りの兵士を殴る)

ふぅ……危なかったぁ……

ハッ、やっぱりヴィーンだったか!

――なっ、どっから湧いて来たんだこいつは?
(見張りの兵士がサーベルを振り回す)

ヒッ……!

……た、助けてくれ!

みんな起きろ!起きれるもんは全員立ち上がるんだ!

手が縛られてるだけじゃねえか、頭数ならこっちのほうが上だ!相手は三人だけ、おまけに一人は負傷してる、アタシだけでも倒せるはずだぞ!

わ、分かった!俺たちもやろう!

あの日と同じだ!俺たちだけで村にやってきたヴィクトリア兵を倒せたんなら、こいつら数人なんか屁でもねえよ!

ていうかヴィーン、どうやって抜け出してきたんだよ?

えっと……向こうで隠れてリードたちの様子を見ていたんだけど、誰にもバレなかったものだったからさ、こっそり石で縄を切っておいたんだ……

……はぁ、でも考えただけでもゾッとするよ。もし私が一歩でも遅かったら、どうなっていたことやら!

なら考えないほうがお前のためだぜ。いいからアタシの縄を解いてくれ、そっからほかの人たちんとこへ行って手を貸してやりな。ほら、はやく。

こっからはアタシらの番だ、あの調子に乗ってるヴィクトリアのクソ野郎どもを懲らしめてやる。

アタシらはただ利用されるだけの哀れな存在だって?

ケッ、アタシが受けた傷も、今まで拭ってきた血と汗も、全部全部ホンモノだったぜ。

これも全部テメェらのせいで――何様のつもりでターラー人に指図して来やがるんだ!
(セルモンが兵士を殴り飛ばし、モニも兵士を棒で殴る)

隊長に報告しろ!人質たちが暴動し――ぐはッ――

――こ、これで倒れたのよね?ごめんなさい、あんまり目がよく見えないものだから。

ハッ、中々いい力加減だったぜ。

ほかに誰かまだ縛られてるヤツはいないか?このヴィクトリア人から拝借したサーベルで縄を切ってやるぞ。

ほら急げよ、さっきのヤツが情報を伝えに逃げちまったからな。

フェガール、向こうで追っ手が来ていないか見てくれ。ヴィーン、ケガ人を運ぶから手を貸せ。

よし、ほかの動けるモンは先に行け!
逃げ惑うターラー人たちはぎこちなく手探りでありながら、森のさらに奥へと入り込んでいく。
彼らはみな故郷から、あの泥沼から逃れた者たちであるが、はたしてどのくらい逃げ回れば、あの戦火と死を撒くことができるのかを分からないでいた。
この夜から逃げれば、また再び穏やかな故郷を築くことはできるのだろうか?

なあヴィーン、あんた確か文字が書けただろ?なら今度さ、代わりに手紙を書いて送ってくんねえか?家のモンに俺はまだ生きてるって伝えたくてよ。

わ、分かった……

それとニワトコ酒も造らなきゃならねえから、市場に行って醸造用のモンもあんたに買ってきてもらわねえとな。

分かった、憶えておくよ。手帳はないけど、絶対に憶えておくよ。
それからして、彼らは次々と逃げ足を止めていく。
誰かがそっと口笛を吹き始めたからである。
ターラー人たちは言葉では言い表せられないことをたくさん抱えこんでいる。言葉が見つからない時、彼らは代わりに歌を歌うのだ。
酒の入っていない盃に、ここにいない愛する者たちのために歌うのだ。

……セルモン。

言わなくても分かってる。

……向こうで戦いが始まったよ、ダブリンの人たちもやって来た。みんな、リードを捕まえにきたんだ。

バグパイプとチェンが加勢してくれているが、彼女ら三人だけじゃ力不足なんじゃないのか?

臭いがするわ。あっちでモクモクとすごい煙が上がってる、きっと薪がうまく燃えていないんだわ。

だったらその煙に紛れ込めるかもしれねえな、そうだろセルモン?

分かった、なら行くぞ。ヴィクトリア人が残していったサーベルを持つんだ、途中で武器らしいものがあったら全部持っていけ。
……私たちはどこに行けば、ターラー人の命運から逃れることができるのだろうか?

さっきあの兵隊の何人かを俺たちだけでやっつけたんだ、もうなんも怖いモンはいねえぜ!

俺たちは別に戦争しに来たわけじゃねえんだ!全員ぶっ倒さなくても、リードたちを助けてやりゃそれでいい!

聞こえたろモニ?もしあっちの火が明るくなくても大丈夫だ、アタシがお前の手を引いてやるからな!
煙はどんどん濃くなっていき、熱気が徐々に近づいてきた。
木々は燃え、命が消えていく。
その者たちの名であれば、誰も口にしたことはない。
その者たちの夢や、今その者たちが夢見ていた暮らしに背いて駆け出しているのではないかという事実も、問いただしてくれる者は誰一人としていない。
それでも彼らは、目の前にある唯一の火光に向かって駆け抜けていくのであった。

……

……“リード”。彼らが、私を呼んでいる?