詩人の若者よ、すまないがそれは私では答えられん。その答えなら、後の者たちに託すといいだろう!
だがちょうどいい、今夜はみなに一つ重大なことをお伝えしたかったのだ。
――この“ターラーズ・ホーム”の集会、おそらく今回が最後となるだろう。
何をおっしゃいますか、伯爵様。私たちの旅路はここからではなくて?
まあ案ずるな、ターラー人の自我を探す旅路なら確かに始まったばかりだ。消えると言っても、それは私個人が主催しているこの集会にすぎんよ。
――そうだろう、私の忠実なる召使いよ?
ゴホッ、ゴホッゴホッ……
……申し訳ありません、ワーウィック様。わたくしはただの召使いでありますゆえ、それについてはあまり心得が……
それよりも外がすでに吹雪いて参りました、お身体のこともございますし……もしお車の準備が必要でしたら、いつでもお申し付け下さいませ。
構わんさ、今はまだ必要ない。
ミスター・ウィリアムズ、少しこの雪の中で一緒に歩いてはくれないかな?
……光栄至極に存じます、ウォーラック様。いま私が身を寄せている宿屋では薪が置かれていないものですから、寒さは慣れています。吹雪など大したことはございません。
そうなのか?ふむ……しかしそうだな、議会がターラー人の居住区へ設けた冬の徴税を、私は阻止できなかった。
このような暗くて寒い日に、温かな火は欠かせないというのに。
では行こうか、もうしばらく君の脚本について話を聞かせておくれ。君が各地の田舎で聞いた物語と、ターラーのあるべき姿のこともな。
“願わくば、死が我々の一切を語り伝えていかんことを。”
シッ、足音だ、聞こえたか?重くズッシリとした足音だ、ロクな相手じゃないのは間違いねえだろうな。
ほかの場所に隠れるぞ、ほらはやく行った行った!
焚火がまだ燃えているわ……松明にできるかもしれないから、薪を一本もらってくるわね。
分かった、あとで一緒に行こう。
おーい――リードォー!聞こえるかァー!
リードォ――
返事がねえな……とりあえずこっちだ、こっちに隠れろ!あいつは後で二手に分かれて探そう!
リードが見つかんなくても、せめてチェンとバグパイプだけでも見つけてやんねえと!
(特別行動隊の隊員達が近寄ってくる)
……
……チッ。
貴様ら、軍の邪魔をするつもりか?
だからなんだってんだよ?隠れても無駄ってんならやるっきゃねえだろうが。アタシらもテメェらヴィクトリア人とはやり合ったことがねえわけでもねえんだしよ。
“リード”。
彼女への呼びかけは何度も何度も、煙と濃霧を越えてきた。
自分はどこへ向かうべきなのか、それを本人であるリードは分かっていたのだ。
彼らをこの争いに巻き込むわけにはいかない。はやく彼らを助けに――
――ッ!
ふむ、少し狙いが外れてしまったか。
あれ?今回の事態はリーダー以外の誰にも伝えていなかったはずだったんだけれど……
ダブリンの中で情報網を築いているのは自分だけだとは思わないことだな。
お前があの傀儡を連れ戻そうと考えているのであれば、私の部隊より適任な人選はいないはずだ。
あら、それは感謝してもしきれないわね……もしかして私を監視しようとしてるのかしら?それとも自分の手で彼女を処分しようと?
もしヤツが影としての務めを放棄したのであれば、お前のアーツよりも私の剣の出のほうが幾ばかりかは素早いぞ。
主無きヴィクトリアのくだらん謀ならもう見飽きた。ダブリンもこれ以上茶番に付き合ってあげる義理はない。
キミが自ら私を殺しにやってきたというわけは……ダブリンはすでに、用意ができたってこと?
残りの不安要素は貴様のみとなったからな。
傀儡は傀儡として、少しは傀儡らしく先行きを窺うことぐらいの振舞いは覚えてくれたかと思っていたのだが、今の愚かな貴様を見て心底失望したよ。
もし最初から“亡霊”の行動基準に従い、目撃者をすべて排除していれば、事態も過ちを繰り返すことなく、こんなことにはならなかったはずだ。
……
(オフィサーがリードに斬りかかる)
これで傷は二つ目だ。まあ、この程度で倒れるドラコでもないだろうがな。だがほかのダブリン兵がこの場に駆けつけずとも、貴様らのほうはすでに劣勢だ。
リーダーへ反旗を掲げる資格など、貴様からはまったく見て取れん。
ひ、ヒィ――
(……あのターラー人は向こうにいるのか。バグパイプもリードも聞こえているからには、きっとこっちに向かってくるはずだ。)
みんな持ち堪えろ!今行くぞ!
チェン、チェンなのか?た、助かったぁ、やっと誰かが返事をしてくれたぜ……
(チェンが剣で攻撃を弾く)
……はやいッ!どこからだ!?
チェン・ファイゼ、チェン警司。
――
チェンは声のするほうへ剣を突き刺すも、剣先は濃い霧に呑み込まれるだけであった。
そんな彼女は、ある種の悪寒に苛まれたのである。
あなたがヴィクトリア軍へ手を出すことで、ウェイ・イェンウーにどれだけの影響を及ぼすか、お考えになられたことはないのですか?
……私は自分のやりたいことをやっているだけだ、あいつとなんの関係がある?
私は争いに巻き込まれた無関係の人々を助けようとしているだけだが、外交的な手段から私を指図するつもりなら、まずは自分たちが正しいかどうか鑑みたほうがいいいと思うぞ。
複雑に絡み合った今回の事態をひた隠しにしたいと思われているのかもしれませんが、その前に一つ、急がずとも結構ですので、お訊ねしたいことがございます。
なぜ、ここヴィクトリアへ来られたのですか?
あるいは、誰に会いにヴィクトリアへ来られたのですか?
……
私の出自も、家族も、ましてや私の個人的な貸し借りも、いま目の前で起こってるこの事態とはなんの関係もない。
お前がどんな疑いを抱いているかは知らないが、そこまで答えが欲しいのならこの剣に返答してやっても構わんぞ。
(チェンが斬りかかる)
話は以上だ、いいからそこをどけ。
見つけたよ、フィッシャーさん!
(フィッシャーがバグパイプの攻撃を弾く)
どうやら平和的な交渉をしに来たわけではなさそうですね。
ダブリンの部隊はすぐそこにいますよ、どちらが敵なのかは一目瞭然だと思うのですが。
ごめんね、今のウチの任務は民間人の救助だから……おめーさんは部隊を展開して、アーツの支援も受けているからさ、この霧を何とかしない限りここを突破できないんだよ。
なら、試しに私を阻止してみるといいでしょう。
このまま彼女を倒してください、時間を無駄にしてはいけませんよ。
了解!
ふぃ~……破城矛に弾薬さえ入っていればなぁ。これで数人の相手をする状況はやっぱりちょっと面倒だべ。
(バグパイプが複数の攻撃を全て弾く)
……テンペスト特攻隊第二分隊所属のフィオナ・ヤング、コードネーム“バグパイプ”。
あなたが書いたヒロックに関する報告書なら、すべて目を通しましたよ。あなたの勇敢ある行動にはとても感銘を受けました、心の底から尊敬しております。
ですのでもし可能であれば、ここで争うのではなく、お互いに協力し合うというのはどうでしょう?
そちらは今ヒロック事件の真相を探っているのでしょう?ならここでダブリン兵を何人か捕虜にした後、きちんと尋問を通せば、お求めになっている情報を引き出すことができるはずです。
尋問ならいいよ。ウソを見分けることなんてウチ得意じゃないし、尋問のほうのスキルもそんなに習得できてるわけじゃないからさ。
そうですか。なら誠意を示すために、一つだけお教えしましょう。
ヘマタイト近衛隊についてです。
彼らがどういう人たちかは、あなたもご存じのはずですよね?ですので今夜ここに現れたダブリン兵たちが動き方に――少しだけ注目してみるといいでしょう。
……
(一瞬だけ霧が晴れる)
あれ、一瞬だけ視界が晴れたような……なあおめーさん、こういったアーツを維持するのって、結構負担が大きいんじゃないの?
こちらの計画に影響が及ぶほどではないのでご心配なく。まあ当然ですが、私の計画を邪魔立てする方でもいらしたのなら、全力で排除に取り組みますがね。
これは我々諜報員の戦争、とでも思って頂ければ結構です……真の戦争を起こさせないために、みなが平穏な暮らしを過ごせるために、私は一歩たりとも踏み間違えるわけにはいきませんから。
でも、任務の達成にも良し悪しってもんがあるでしょ、何が正しくて何が間違っているかなんて判断は難しいべ。
(フィッシャーに石ころが飛んでくる)
……石ころ?
(バグパイプがフィッシャーに攻撃を仕掛ける)
あっ、ヴィーンさん!なんで一人でこんなところに?ここは危険だよ!
わ、私が知りたいよ!多分だけど、この濃い霧の中で迷っちゃったのかな、アハハ……
もう、ここは本当に危ないんだからさ!はやくここから逃げて!
わ、分かってるよ……でも、みんなを助けなきゃならないんだ!もっと危ない状況下にいる人だっているかもしれないんだし……
だ、大丈夫だよ、これぐらい私にだってできるから心配しないで。鍬でも、人は倒せるからさ。
……貴様ら、折れた剣とひん曲がったサーベルなんかを持って私を止めるつもりか?
ハッ、テメェがアタシらのリーダーをしょっ引くってんなら当然だろうが!
リーダー?そうか、やはり貴様らは……
仲間だったってか?まあそうだよな、そうじゃなきゃこうしてあいつを助けに行っちゃいねえんだし。
戦えて、なおかつ逃げ回ってる時にアタシらを導いてくれる。今はあいつがいないと、色々と困っちまうもんでな。
(モニが隊員に斬りかかる)
……背後から奇襲するつもりか?
その調子だ、モニ!
いやダメ、こんななまくらのサーベルじゃ軽量の甲冑すら斬れないわ……
おいよせよせ、火で焼こうとすんじゃねえ!その薪は油が塗られてねえんだ、すぐに火が消えち……
あッちィィィイ――このクソ野郎がァ!
――
モニの目には、火傷を負った腕で必死に武器を振り回し、怒りと苦痛に歪んだ兵士の顔しか映ってなかった。
しかしサーベルは彼女の薪を握ってる手すれすれを横切り、それによって断ち切られた薪は泥地に落っこちてしまい、煙を燻ぶらせた後にゆっくりと火が消えていった。
ハッ……まあ今のも悪くはなかったな、少なくともこいつの腕を鈍らせることぐらいはできたんだし。
そら、アタシも手を貸してやるぜ。
(特別行動隊の隊員がセルモンに斬りかかる)
よっと……テメェ、もうサーベルを持つのもキツいんじゃねえのか?あんま無理すんなよ。
ほざけ、そうやって人を煽ること以外に、貴様に何ができるというのだ?
……セルモン、私のことはいいから早く逃げてちょうだい。
(遠くから足音が聞こえてくる)
何人かの足音が聞こえてきたわ、あなただって聞こえてるでしょ?
(セルモンが攻撃を防ぐ)
……
……ああ、聞こえているさ。
(ダブリン兵達が行動隊の隊員に襲いかかる)
……ターラー人か?
アタシらのことか?ああ、ターラーだ。
つってもアタシが今着てるこの衣装は死んだヤツから借りてきたもんでな、だから別にお前らの仲間でもなんでも……
ならさっさとここから逃げるがいい、ターラー人。はやく安全な場所まで避難するんだ。
……姉さんと敵対するなんてこと、私は一度も言ったことはない。
姉さんが犯した過ち、それを私は正してあげたいだけなんだ。
貴様、戦争に道徳心でも求めるつもりか?
ならばいつまでも腰抜けと偽の聖人君主のままでいるといいさ。ヒロックで脅された時のように、ペニンシュラで裏切られた時と同じようにな。
(斬撃音)
刃は夜風を切り裂き、金属同士がぶつかり合う甲高い音と将校の質疑を投げかける声が、一斉にリードへ突き刺さっていく。
しかし彼女は耳を傾けなかった。風の中から、それよりもさらに耳がつんざくほどの悲鳴が聞こえたからである。
素手のターラー人がこの争いの中で血を流し、次々と倒れているのだ。
悲鳴を上げている者の名前を、彼女は誰一人として忘れてはいない。彼らの声も、つい数時間前には故郷に伝わる民謡を歌っていた。
……姉さんには、この悲鳴が聞こえていないんだ。
自分たちが救おうとするターラー人は一体誰なのか、一度その胸に手を当ててよく考えてみるといい。
(リードが一面に火をばら撒く)
……火が、燃えているのか?
お前たち、リードのアーツに気を付けろ!
え?
……今の彼女は、本気だ。
それにしてもこの炎、彼女のものではないような気がするぞ。
どう?ドラコの炎、とってもキレイでしょ?
……まあ想定内の範囲内ですね、アルモニさん。
でも、このファイヤーショーに呆気を取られてしまった可哀そうな人が一人、ここにいるみたいね。
……
まだ私と知り合っていないのが残念で仕方がないわ。さっきまであなたの傍にいたお友だちのことも、よく分かっていないのと同じようにね。
でも、頑張ってこのヴィクトリア人の部隊と対峙してくれたことには感謝してるわよ。今の彼のアーツはもうこちらを足止めできなくなった、これでまた追撃を続けられるわ。
……ヒロックの時と同じね。あなたたちが勇敢であればあるほど、こちらとしては呆れてしまうものだわ。
ここでの戦闘ならすでに終わったから、もう帰っていいわよ。ダブリンもこれ以上あなたたちを傷つけるようなことはしないから……よかったら護送してあげよっか?
……いい。
こ、この女は何を言ってるんだ?なあバグパイプ、この人のことを知っているのか?それで私たちはまだ戦ったほうがいいのか?それとももうこれぐらいにしていいのかのどっちなんだ?
……行こう。
リードを探しに行かなきゃ。
……中々扱いが優しいですね。
もし彼女の傍にあのターラー人がいなかったら、当然ここで殺していたわよ。
でも彼女が私たちのドラコに、ダブリン以外に自分の居場所はないんだってことを気付かせてくれるのなら、逃してやったほうがいいって判断しただけ。
それで、今度は全兵力をこちらに向けてきたというわけですか。
そうね。だってあの子、私たちに追い掛けされたいせで、いま北西の方向に逃げていったんだもの。
なるほど、すぐにでもウェリントン公の中枢領地に入ってくれるから、というわけですか。
そこに入ったら、彼女の行動はすべてダブリンのコントロール下に置かれるからね。
そこで今最優先しなきゃならないのは……多くを知り過ぎてしまった者たちをキレイさっぱり処理しておかないといけないことね。
だからあなた、たとえここから生きて情報を持ち帰れたとしても骨が折れるだけよ。いっそのことあなたが死んだって情報のほうがまだ価値があると思うわ。
セルモン、もうちょっとゆっくりでお願い……少しついていくのがキツくなってきたわ。私たちは今どこにいるの?
今はテントを張った場所から森ん中に逃げて、200mってとこかな。でも安心しろ、さっきの兵士はやっつけておいたから、追っ手は来ていないぜ。
にしても痛ってぇな……安全な場所についたらまずは傷口を手当しておかないと。そっからほかの連中もこっちの方角に逃げるように言っておくから、そんな時はそいつらに頼んな。
ヴィーンみたいな役に立たない連中が戦場で時間を無駄にしてもなぁ……ああいう場面はアタシみたいな戦える人が前に出ないと。
でもまあ、お前はあいつよりまだまだ戦えるほうだったけどな。
……ねえセルモン、後ろで大きな音が聞こえるわ、何が起こってるのかしら?
微かに……明かりしか見えないから。
そりゃまた残念なこったな、見えなくて。ありゃきっとリードがアーツでつけた炎の明かりだぜ。
その炎はどう?よく燃えているかしら?
ああ。
まああいつ、あれぐらいのことはできただろうよ。最初から薄々察してはいたし。
……にしても荒野の夜って、こんなに寒かったっけ……?
……もしあの火を点ければ、少しは暖かくなったり、明るくなったりするのかな?
なんでお前がダブリンに失望したのか、ダブリン側もお前に失望したのかは分からねえ。ターラー人が生きたいと願っているのなら、生きて藻掻いて然るべきだろ。こんな単純な理由に、ウソが漬け込んでくる余地なんかあるか?
お前がアタシらから離れる前に、きちんとダブリンのことについて話さなきゃならねえな。お前ならどこに向かうべきなのかは分かっているはずだ、そうだろ?
さあモニ、もう少しだけ進もう、そしたらもっと安全だ。怖がるこたァねえ、ここは泥が多いし、軍も撤退してっから、あいつらがこっちに向かってくることァねえよ。
それに、もうすぐ朝が来ることだしな。
だが、彼女らの足取りのペースは徐々に落ち着いていき、モニもようやくよろけながら必死に後をついていく必要がなくなった。
セルモン、安全な場所にでもついたの?
悪い報せなら私、怖くないから……だから私にも教えてちょうだい。
彼女らは今も前に突き進んでいく。風の音に混ざった、遠くから聞こえてくる爆発音と叫び声が聞こえてくる中、モニは必死にセルモンの声を聴き分けてようとしていた。
そこですでにある種の予感を憶えてたのである。セルモンはそこで足を止めるべきであった上に、せめて自らの軽蔑する笑い声を、ターラー人の運命に向けておくべきであった。
しかしモニは、いつの間にか一歩を踏み出したその時に、自分を引っ張ってくれていた手が、がくんと地面へ倒れ込んでいくのを感じてしまう。
そしてつれられて地面に膝をついてしまった彼女は、いま自分が触っているのは果たして粘っこい血なのか、それとも湿った泥なのか、その違いが分からないでいた。