(モン・テーイーが山海衆を蹴散らす)
一人、二人三人と。
すかさず鉄槌を振り下ろしていく。
七千余りもの月日の中、彼は今のように鉄槌を振り下ろしてきた。
未だ形作られていない玉鋼にではなく、仇らの凶刃に、ヤツらの頭蓋に振り下ろせればどれだけ良かったものか。
そう、まさに今のように!

あなたたちは下がってなさい。

……振り下ろしは重いけど、速さが足りないわね。

重けりゃそれで十分だ。重けりゃテメェの刀を折ってやれるし、何よりテメェの脳天をカチ割ってやれるんだからなァ!

……

いいや、本当ならテメェらにもっといい死に方を用意してやるべきだったぜ。この倉庫に炸薬を詰め込んで、天災が来た時にテメェら山海衆の命を血祭りにあげるための!

当然だが、俺もそこに含んでいるがな。

それがあなたの計画だったわけね?

ハッ、さもなきゃこっちからテメェらに協力するわけがねえだろうがァ!?
(モン・テーイーが暴れまわる)

私たち、そこまで大きな因縁はないと思うのだけれど。

あの時テメェらがどうやって玉門に潜り込んで、武人を装って軍を騙し、暴れ回って、玉門をこんな風にしてくれたのか!

それを俺ァ一度も忘れちゃいねえぞ!

……

テメェら夜盗どもがここに初めて現れたあの日から、俺には分かっていたんだ。

二十年だッ!待ちわびていたぜ、このクソッタレどもがァ!
(モン・テーイーが暴れまわる)

ちょっとした想定外のことで、何かもが台無しになってしまったが……

だがッ!俺にはまだこの金槌が残されているぜェ!
倉庫の中は薄暗く、しかし林雨霞が手に持っているガラスの剣は却ってますます透明度を増していく。
山海衆らもどうやら彼女の精妙なアーツを恐れてか、一斉に襲い掛かることはせず、互いに協力し合いながら、ゆっくりと彼女を囲い込み、追い込んでいく。

(こいつら、市内にあれだけ長時間潜伏してきたのに、まったく気付かれることがなかった……)

(民間にある武術の流派には見えないし、他国の近接格闘術とも思えない。それにしては手法は苛烈だし、引き際も分かっていてコンビネーションも噛み合ってる……一体どういう連中なの?)

(もしここにチェンがいたら、きっとこいつらも対処しやすくなって……)

(いいえ、なにバカなことを考えているの……今はとにかく、さっさとここから脱出して、データを送り届けなきゃ。)

おい、助けに来たわよ!

……

あなた、なんでまだここに残っているの?

さっきあたしの部下を外に避難させてやったのよ。で、こっちで争ってる音が聞こえたと思えば――やっぱり、またこいつらなのね。

あなたのお友だちは……

あいつらなら無事だったわ。

部隊にいたトランスポーターも防衛軍の人もね――あいつらはモン・テーイーに軟禁されていただけで、危害は加えられていなかったの。

……

そんな目であたしを見ないで、あんたを許すなんて一言も言ってないんだからね。こいつらを片付けたら、あんたもケリをつけてやるんだから。

なら今は生き延びることだけを考えましょう、こいつらは手強いわよ。

言われずとも。

ヤオイェ?

あんたにそんな風に呼ばれる筋合いはないわよ!

……

どうやら全部知っちまったようだな。

あら、気を逸らしちゃっていいのかしら?

テメェは黙ってろ。

なッ、あたしに黙れですってェ!?

いや、今のはお前に言ったんじゃ……

まあとにかく、お前が無事で何よりだ。

こいつらをぶっ殺したら、後でちゃんと謝罪をしてやるよ。

フッ。

……

何よ、なんであんたがそんな言い逃れするような口であたしに話しかけられるわけ?

誰も命を落とさなかったから?今もまだ自分の計画内にあるから?

最初からトランスポーターが殺される場面を想定していたのなら、なんで部下を参加させようとしたあたしをそのままにしたの?

人の命を弄んで、街の中であんたを慕っている人たちのことを裏切ったくせに!

正直言って、迷いはしたさ……

でもお前が嬉しそうに俺んとこに来て、玉門で初めて現代的な物流会社を築くんだって、意気揚々と将来のことを語りながら、自分の親父さんのことなら気にするなって言われちまうと……

若さってもんが、また恋しくなってきちまうだろうが!
目の前で振り回されている剣撃はますますその重みを増していき、背後から自分を罵ってくる少女の罵詈雑言もますます苛烈になってきた。
だがモン・テーイーはもはや口を噤み、歯を食いしばりながら金槌を振り回すだけである。

あんた確か、これでも自分は玉門の中じゃ有名人だって、そう言ってたわよね?

若い頃は宗帥と共に戦に出て、敵を追いやって、襲われた人たちのために義を貫いたって。百里もの砂漠の中を駆けまわって、盗賊どもの巣窟を一掃してやったって。

玉門にはどれだけの通りがあって、どれだけの店と軍営があって、市内で軍に加わってる人たちがそれぞれ炎国のどこからやって来たのかって、全部分かっていたんでしょ?

じゃあ今の玉門はどうなの?あんたは本当に、今の玉門のことを気に掛けているって言えるのッ!?

あんたはうちの、あのいつも古臭い規則ばっかり気にしてるクソ親父よりも、よっぽど頑固でアホらしいわ!

時代ってもんはね、いつかは必ず変わるのよ!

鏢局は物流会社へ、鋳剣坊もただの鍛冶屋へ。誰だってその流れは止められないし、止めるべきじゃない。

あんたがいくら憎んだってね、今の玉門があの時の玉門じゃなくなったかどうかを、天災を引き起こしてまで試そうとする資格なんて……あんた如きが持っちゃいないのよ!

どうしてそんなことができるのよ!?

あんたこの都市に申し訳ないって思わないわけ!?

それで自分自身に顔向けができると思っているのか!?

……

ヤオイェ、危ないッ――!
(モン・テーイーが斬られる)

あ?
モン・テーイーは振り向かなかった。
実力者同士の対決に、一寸たりとも油断は許さないからだ。とりわけこの素性が分かっていない女が相手であれば。
それにドゥ・ヤオイェが一体なにをあれだけ罵っていたのか、彼の耳にはまったく届いていなかった。ただ分かっていたのは、ひたすらに声が大きく、その中に様々な情緒が含まれていただけ。
しかしリン・ユーシャのドゥ・ヤオイェへ咄嗟に投げかけた言葉を聞きつけ、彼は無意識にそちらの方向へ振り向いてしまったのである。
そしてモン・テーイーは咄嗟に持っている鉄槌を投げだ出し、杜遥夜の背後に近づいていた山海衆を吹き飛ばした。
だがそれと同時に、狭長な刃が彼の背中へと斬り付けてきたのであった。

モンさん――ッ!

物流会社は、いいアイデアだったよ……

だからこそ、そんないい苗が、俺の目の前で折られるわけにはいかねえんだ……
(モン・テーイーが倒れる)

……
自分が口々に言っている江湖の世界は、単に姿を変えただけだと、そう思ったことはないか?

さあ、次はあなたたちの番よ。
そう言って、女は地面に横たわった死体を跨いでいく。
狭長な刃に、鮮やかな血を滴らせながら。

あいつが来るわよ。

そんなの分かっているわよ。

あの時のトランスポーターの護衛任務が単なる芝居だったのなら、行裕物流会社はまだ正式にオープンしていないってことになるわね。

……

そこでなんだけど、ここで行裕物流に物を届けてもらいたいってお願いしたら、引き受けてくれる?

よりによってこんな時に?

この小箱には本物の天災データが入っているわ、必ず平祟侯のところまで届けてちょうだい。私の令状も渡しておくから、それを見せたら向こうも信じてくれるはずよ。

渡した後はどうするのよ?

すべてが間に合いますようにって、祈っておくことね。

カッコつけないでもらえる?あたしを逃がして、ご自分は英雄にでもなったつもり?

私がそこまでお人よしじゃないの、あなたならよく分かっているでしょ?

でも今は、誰かしらこのデータを届けなくちゃいけないの。

あの女は油断ならないわ、モン・テーイーまで殺されてしまったんだから。

……

私のアーツでなら、数秒間だけあなたのために時間を稼ぐことができるわ。

あんたはどうするのよ?

さあ、どうなるんでしょうね。

冗談言ってる場合ッ!?

自分ならこいつらを足止めしてやれるって考えてるのなら、交代してもいいけど?

……

あなたの友だちを利用して騙したこと、本当にごめんなさい。

あたしを騙したのはあんただけじゃないわ。さっきモン・テーイーに言ってやった際、ついでにあんたの分まで言ってやったから。

それと、忘れていたわ。一人でこんな遠くまで来て会社を立ち上げるなんて、ホント大したことよ。

そんな機嫌取りを言ったってムダなん――

でもこれだけは憶えて。あなたがここから逃げ出せなかったら、玉門も天災からは逃げられなくなるわよ。

なら、デカい案件ね。だったらこの行裕物流が引き受けてやるわ。

よし、じゃあ目を閉じていなさい。
林雨霞は腕を振り払い、ガラスの破片が地面に落ちた瞬間、それらは流砂と化した。
建物内の片隅に、天井に、細かな砂粒がまるで川や滝のように、瞬く間に一か所へと流れ込んでくる。

まだ抵抗を――
やがてそこに砂塵が吹き荒れる。
狭苦しい倉庫内に、なんと砂嵐が巻き起こったのだ。

おい、向こうでなんか火が上がってないか?

放火か?確認しに行くぞ。

しかし、それだと砂渠はどうするんだ?

こんなところに来るヤツがいると思うか?

まあ、それもそうか。
城壁上で時刻を伝える軍の笛音が聞こえてきた頃、空模様はすでに暗く、雲間からは微かに満月の輪郭が覗き込んでいた。
もしあの刀鍛冶が事を済ませ、鋳剣坊へ戻った際に例の少女がいないことに気付けば、おそらくここ砂渠まで探しにやって来るはずだ。
移動都市の基盤は地面を抉り取り、高速に回転するタービンが巨大な障害物を噛み砕き、重さが軽くトンをも超える砂と瓦礫を吐き出す一連の流れは、とても壮観で騒々しい。
あの刀鍛冶が言っていた通り、ここは守りが薄い。こんな自殺行為めいた方法で、都市から脱出を図る人間などいないからだ。

(そろそろ約束の時間だ……)

(恐ろしい咆哮)

何度も何度も逃げ回りやがって。だが運が悪かったな、これでまた袋のネズミだ。

あなたたち、本当になんなの!

お前が今背負ってるその剣なら、本来は計画にはなかったものだ。だが歳が十二に分けた意識のうちの一つが入っているとなると、どうしても興味が湧いてしまう。

歳?なにそれ……?

どうやら何も知らないようだな。なら、なおさらその剣を持つ資格はない。

さあ、剣を寄越せ。
(山海衆の頭目の攻撃をジエユンが弾く)

その後頭部にある黒い光輪……お前、アナサだな?

だから何よ……

一人のアナサが、よもや炎国の移動都市に潜り込み、あまつさえそこに住まう連中と仲良くやっているとは、まったく笑えてくる。

お前、自分の出自を、お前の一族が受けてきたこれまでの境遇を忘れたのか?苦しみ藻掻いて、飢えを凌ごうと荒野を彷徨い続けてきたお前たちを、炎国はいつ助けてくれた?

そうだ。アナサ、お前も山海衆に加わるべきだ。

私の目に映ってるのは、市内で悪さばかりをしているあなたたちだけだよ。

……救いようがないほどのバカだよ、お前は。

(もうすぐ、砂嵐が晴れてしまう。)

(ウェイ長官と父さんが一斉にかかっても勝てなかった相手に、私一人が敵うはずもない。)

(でもせめて、ドゥ・ヤオイェが脱出できるように、できるだけ時間を稼いであげないと……)

私を恐れているくせに、チャンスを他人に譲るとはね。

ホント、何年経っても代わり映えしないわ、あなたたちって。勇ましく死んでいくことを美徳として扱うだなんて。

生憎私はそこまで高尚ではないけどね。ただまあ、このままあなたにやられるつもりもないけど。
カチカチと、とても清らかな音が聞こえてきた。見渡せば、黄砂はすでに女の目の前で再びガラスの刃と化していた。

先手を取ったつもりかしら?

あなたたちってば、どいつもこいつもそういった小細工が好きね。
相手の力量を見誤った攻めなど、ただの自殺行為に過ぎない。
結局のところ、こういった“手段”を用いても、孟鉄衣を一人誘き出し、天災のデータを入手することしかできなかった。
これでも私は……よくやれたんじゃないの?
いや、この際もうなんだっていい。
そしてガラスの刃は一枚一枚砕け散っていき、長刀が林雨霞の眉間に触れようとしていた。だがそこへ……
赤霄、大気を震わせん――
紅の剣が、砂塵を切り裂いた。
二本の刃が交わり、摩擦した空気が耳をつんざく鋭い音を奏でる。林雨霞の剣は砂粒とガラスと交互に移り変わり、空中に浮かぶ無数のガラスの破片が一人の姿を映し出した。
やがてその人物はまるで砂漠の中でも強く生きようとする胡楊の木のように、林雨霞の前に現れた。

……

どうして私がここに来ると分かったんだ?

なんのこと?

遠くからでもお前のアーツが見えていてな、私に助けを求めているのかと思っていた。

調子に乗らないで。それにあなたが玉門に来ていたなんて、私聞いて――って、なんでここにいるのよ?

たまたま通りかかっただけだ。

またドッソレスの時みたいに、私を尾けてきたわけ?

あれはお前が私を尾けてきたんだろ!?

じゃあ、ウェイ長官が暗殺されかけたことを聞きつけたのかしら?

……

無駄口を叩いてる暇があるのなら説明してくれないか?これは一体どういう状況だ?
砂塵がようやく治まってみれば、倉庫には誰もいなかった。

説明してる暇もないわ、はやく城門に向かうわよ!
ドゥ・ヤオイェは玉門へやって来てすでにしばらくの時間が経つが、ここの大通りがこれほど長かったとは思いもしていなかった。
このたった数百メートルしかないまっ平な道は、なぜだか尋日峰の山道よりも進みづらい。懐に抱えているこの小箱も、山の担夫が担ぐ岩よりも重く感じる。
(回想)

鏢局にしろ物流会社にしろ、人の命がかかってるっつー本質に変わりはねえ。この生業の看板を背負うつもりがあるのなら、相応の力量と覚悟が必要になる。
(回想終了)
父親も昔から、飽きもせず何度も鏢局をやっていた頃の護衛任務の話を語ってくれていたが、杜遥夜はそれをすべてしっかりと憶えていた。
どれも本質は同じであるにも関わらず、なぜ人と言うのは、自ら痛い目を見て初めてそれを覚えるのだろうか。

(急げ、もっと……)

(城門はもうすぐよ!)
(矢がドゥめがけて飛んでくる)

あいつら、もう追いついてきたの!?
心眼で物事を見定めることであれば、杜遥夜も習得したことがある。だがもしここで集中さえしていれば、彼女は先ほどの矢を受けることもなかったはずだ。
弓矢は彼女の右肩を貫き、小箱も懐の中から転げ落ちる。彼女は急いで左手を伸ばして小箱を掴もうとするも、人も物も地面にすっ転んでしまった。

人は殺せ、それよりもブツだ。
(ワイフーが山海衆を突き飛ばす)

ドゥさんッ!

あんた、どうしてここに……

ほかの輩たちを追っかけてここまで来たんです。

昨日鋳剣坊に駆けつけた時、あなたが軍に連行されていったところを見かけたんですが……その、今はどういう……?

説明してる、暇がないわ……

手を貸して。まずはこいつらをやっつけるわよ。

承知。

一人増えたが構わん、撃て。

そう毎度の如く好きにはさせん。
それは白い絹か、あるいは雪か、もしくは剣光であったか。
いずれにせよ、放たれた弓矢は真っ二つにされてしまい、二人を穿つことなく地面に落ちていった。
(チュウバイが姿を現す)

あんたは……昨日左楽を助けた人……

手を、貸してちょうだい。とても重要な品物を平祟侯へ届けなきゃならないの。

……

平祟侯なら外郭の城壁で守備に就いています。ひどい傷ですが動けるのですか?

荷は命よりも重いものよ。

分かりました、ならばここは私達にお任せを。

そうだ、あんたたちのリン特使だけど、今倉庫であのクソ女を一人で相手しているわ……

あいつのことも助けてあげて。

ユーシャさんが!?
(ドゥが走り去る)

分かりました、先に行って下さい。

……

繰り返し市内で殺人を犯すとは、調子に乗るのも程々にしろ、山海衆。

……

門主様。

あの女の子は?

仕留めようとした時に、この二人に邪魔をされてしまいました。

使えない。

さっさと追うわよ、なんとしてでもデータを奪い取らなければならないわ。

行かせるとでも?

私を止める気?なら、今後こそ私の刀を受けてもらうわよ。

この人がさっき、ドゥさんが言っていたクソ女ですか?

こっちに来たってことは、雨霞さんは……

私なら無事よ。

ようやく追いついたわ。

雨霞さん……って、チェンさん!?

……

ホンモノよ。それで、ドゥ・ヤオイェは?

もうすでに届けに行きました。

そう、よかった。なら、やるべきことは一つだけね。

こいつをここで食い止めるわよ。

……

くだらない。

やっぱり、あなたたちってば代わり映えしないわね。力を畏敬するということを、まったく理解していないのだもの。

虫けらがいくら束になったところで、所詮虫けらでしかないっていうのに。
吹き付ける風によって雲は晴れ、月光が誰もいない街中を照らしていく。
とても綺麗な街だ。黄色い枯葉が、石畳の上を舞い踊っていることを除けば。
言うなれば、街の喧騒が去った後の静けさなのだろう。
とても美しい、秋の夜である。

もうここまでにしましょ。
秋の、夜……?

近頃玉門で騒ぎを引き起こしているのは、この人の仕業なのですか?

色々と好き勝手騒いでくれたが、それもここまでだ。

だが油断はしないでください。ヤツのアーツ、素性が掴めません。

父さんとウェイ長官が、二人がかりでも捕らえることができなかった人よ。まだどんな手を隠し持っているかは分からない、気を付けなさい。

なるほど。つまりこの戯言ばかりを言っている女が、ウェイ・イェンウーを殺そうとしていたヤツなんだな?

あら、もしかして怖気づいちゃった?

フッ、バカを言うな。

むしろここでヤツを片付けてやれば、帰った後に好きなだけウェイ・イェンウーのことを笑ってやれる。

そうね。

じゃあ、ここで終わらせるわよ。






