
ねえねえ、どうどう?

手に入れたぜ……

族長に見つかんなかった?

族長なら留守だったぜ。なんか御廟で供物を取っ替えに行ったんだとよ……

ならよかったぁ、でないとまた怒られることになったかもしれないね……ほらほら、はやく見せてよ。

このボタンって一体何に使うんだろ?この丸っこいのとか、なんか懐中電灯がはめ込まれたように見えるし……これって本当に信使のお姉ちゃんが言ってたカメ……なんとかなの?

“カメラ”、な。

そうに違いねぇよ。この前、信使の姉ちゃんが見せてくれた雑誌にこういう機械の広告が載っていたから……

昨日族長があの兄ちゃんからこいつを見つけた時、俺はすぐにピンときたしな。

じゃあこのカメラって、本当に人を中に取り込めちゃうの?

なにが“取り込める”だ、そりゃ“撮影”って言うんだよ!

分かった、分かったよ。分かったからはやく中に何が撮影されてるのか見てみようよ。

やってるって、でもなんも反応しねぇんだよ……

多分だけど、昨日の土砂崩れでパーツが全部水浸しになって壊れちまったんじゃ……

分からないなら分からないって言えばいいじゃん!もういいから貸して!

あっ、おい!やーめーろーよー!

いたッ!

拙僧の脳天が……

二人とも、なぜ石で拙僧の頭を狙ったでござるか?
…

…

……

そう落ち込まないでくだされ、まったく痛くなかったでござるよ……拙僧は二人を責めるつもりなどないでござる。

じゃあ、返してくれる?

もし返してしまったら、また他人にぶつけてしまうかもしれないではないか。

それはカメラって言うの!投げるための石じゃないってば!

……

なんと、これが噂に聞くカメラであったか!拙僧が未だ東国に留居していた頃、兄弟子たちから聞いたことがあるでござる。かように軽々とした一物が、見聞きしたものを映像として永遠に留めておくことができるとは。

拙僧も住職様と別れ、炎国内を行脚していた時、とある先生の絵巻の中で長らくと留まったこともあってな。様々な奇景奇物を見てきたが、それらを再び見えることも難しく、色々と遺憾を残してしまっていたのだ。

もしかような機械を携えておれば、拙僧も出会い難い物や人に苦悩する必要もなかったはずでござるな。

このカメラなんだが、少しだけ拙僧にも見せてはくれぬか?

いいぜ、どうせ壊れちまったもんだし。

ほほ~!この小さな画面、なんと一周もぐるっと回すこともできるのか!なんと精巧な造り……

おや……機械の後ろにある蓋、これは外すことができるみたいだ。

――

やや、画面が光ったでござる……

え、ついたの?一体どうやって……

はやく見せて!中に何が映ってるのか!
(カメラに映像が映る)
それが本当の意味でここを理解してやっていないあなたが、どうしてそう偉そうに私たちの暮らしっぷりを評価してやれるのです?なぜ“変化しなければならない”なんてことが言えるんです?
口々に“気に掛けている”とは言っていますが、所詮はお高く留まって上から同情してるだけに過ぎません。
(トランスポーターが立ち去る)
もうついて来ないでください!
画面を覗き込んでいたサガと子供たちは呆然と瞬きをした後、サガはふと中に映っていたのは自分の顔であったことに気が付いた。
カメラのモニターはすでに消えており、再び光を反射するだけ画面へと戻っていた。

えぇ、これだけ?

お前が無理やりつけたから壊しちまったんじゃねぇの?

ふぅむ……

放せよ――放せよコラァ!

チッ、クソガキが、少しは黙ってろ!

ガブッ――

いってぇ――

おい、噛みつくんじゃない!

おれをこんな山ん中に連れ込んで、一体なんのつもりだ!

お前もきっと息苦しかっただろ、あんな倉庫ん中に閉じ込められていたら。だから少し山に入って新鮮な空気でも吸ってから帰ろうと思って……

三歳のガキをあやかしてるつもりかよ……

どうせ役所の人間が村に来たんだろ?

……

……

やっぱりな。

なら帰らせてもらうぜ。

役所に言いつけてやる、お前らがどんな悪事を企てているのかをな。

なんでいつもそんなことをするんだよ?みんなを追い込んでやらないと気が済まないつもりか?

良心の欠片もねぇくせに、よく逆におれのことが言えたもんだな?

良心の欠片もないだと?みんな今後はしっかりとお前の面倒を見てくれると言ってくれたのに、それのどこが欠けてるっていうんだ?もしこの俺、周六の名前で金と食いモンを交換することができるのなら……

いいから放っておけ、そんなことをこいつに言ったって無駄だ。

ここ二日間でさんざん道理を弁えさせてやったのに、こいつまったく聞き入れちゃくれなかっただろ。

言っておくがなシャオシー、今日は必ず山の中に残っててもらうぞ、どこにも行かせはせん。

……
(シャオシーが走り去る)

止めろ!やつを止めるんだ!

頭数はこっちが上だ、どこにも逃げられないぞ。

なぁ、もうよしてくれよ。すぐ後ろは崖なんだ、暴れ回って落っこちてしまったら……

気取ったってムダだぜ!

お前なぁ……

シャオシー、無理をさせないでくれよな。

おい周四、お前まさか……

族長からそこまでしろだなんて言われてないだろ……

このまま暴れ続けられたら、引き寄せちゃならん人まで引き寄せちまうだろ。

だからって……

何をされようが、今日は絶対に山から下りてやるぜ。

ここでおれの口を塞いで金を詰め込んできたとしても、いつか必ず告発してやるからな!

“死んだ”としても、おれは必ず“生き返ってやる”ぜ!やれるもんなら、今ここでおれを崖に突き落としてみろや!
(村人がシャオシーににじり寄る)

ようやく分かったぜ、シャオシー。お前は言うなれば、いくら餌を与えても飼い慣らせない獣の子だ。

三年前、お前は御廟をぶっ壊して村の気脈を断ち切った。その三年後、今度は村の全員を死地に追い込むつもりでいるんだ!

な、なんのつもりだ……?

……

その子に触れるな!
(チュウバイが村人達を殴り倒す)

ぶへッ――

武侠の姐さん!?お前、村を出て行ったんじゃ!?

サガさん、私やっぱり分からないです……

あの族長さん、どう見ても悪い人には思えません。なのにどうしてこんなことを……

拙僧が行脚してきた中、とある物語を聞いたことがあるのだが、差し支えなければマルベリー殿に聞かせて差し上げようか?

……はい。

とある捕吏の物語でな、ひたむきに忠実に働き、暮らしは清貧であったものの、その捕吏はなんとも穏やかに暮らしていた。

そんなある日、彼は山で盗賊の一味を捉える命を受けたのだ。盗賊らが山洞の中に蓄えていた財宝を目にした時、彼はたまらず邪な感情を抱いてしまった。

捕吏はその中から金の延べ棒を二本くすね取ったんだ、たったの二本を。それをこっそりと懐に潜ませた。

だがそれが同僚にバレてしまっていたのだ。相手はそれを脅しに、盗み取った物の分け前を要求してきた。

そんな捕吏は不服に思い、カッとなってしまってついその同僚を手に掛けてしまった。そこでその現場をあたかも盗賊の仕業であるかのように偽装して、手柄をせしめようと一人で報告に戻ったのだ。

そ、そんなこと……人としてあっちゃいけませんよ……

そうであろうな。拙僧もここまで聞いた際は、マルベリー殿と同じようなことを考えていたでござる……しかし物語はまだこれで終いではなかった。

その捕吏がようやく山を下りた時、なんとその同僚の妻と出くわしてしまったのだ。なぜ彼女がここに現れたのかが理解できず、心の中は慌てふためき狼狽し、やってしまったからにはやり抜かねばと思って、その妻をも殺してしまった。

捕吏は自らが握っているその血に染まってしまった刀を見ると、途端に恐ろしくなって呆然としてしまい、そそくさに我が家へと帰っていった。

だがこの事件はすぐさま発覚した。その捕吏はもはやこれ以上隠れていることはできぬと知って、一家を連れて流寇に成り下がってしまったでござる。

それからその捕吏が如何にして大賊と化し、四方を害し、また如何にしてその身を滅ぼしてしまったかについては――省いておこう。

その発端がたかが金の延べ棒を二本盗んだだけだなんて、一体誰が予想できたんでしょうね?

そうであろうなぁ。

かつて住職様からこう教わったことがある、いわく“悪念”とは人の心に閉ざされた猛獣のようなもの、ゆえに時折叩き伏してやらねばならぬと。それゆえに拙僧は、寺の鐘が止まぬように衝き続ける任を引き受けたのだ。

なんせ檻から放たれた獣を再び閉じ込めようとすることは、容易なことではないからな。
そこで行脚僧は腰を曲げ、火薬の灰がこびりついた土くれを手に取った。

世の人々が言うには、晴曇する天の変化とはいうのは誠に人心のごとく捉え難いものであると。

予測不能な雨風がこの人間(じんかん)を害さないと如何にして判断するかは、マルベリー殿のような専門家を頼ることしかできぬ。拙僧となれば、今は道案内することにしか力及ばないでごらるよ。

拙僧もそろそろ山を下りねばならぬ頃合いだ。

……

……

これで君を救ったことは二度目になるな。

三度目はないことを願おう。
(何者かが駆け寄ってくる)

ふぅ――

ゲホゲホッ、チュウ殿……ま、待ってくれ……

シャ、シャオシー……

……
そのマタギはなんとか息を整えると、比較的大きな岩を探し当ててどっしりとそこに腰を下ろした。

ふぅ、まさかこんな山道だけでも、体力がついて来れなくなってしまったとは。

若い頃、鼴獣を見つけたことがあってな。そん時狙いが外れちまって、矢がそいつのケツに刺さっちまったんだ。そんでその鼴獣はびっくりしちまって、矢が突き刺さったまたあちこちへと逃げ回っていったんだよ。

あんな肥えた鼴獣はめったになかったものだったからな、逃してはならないと思って必死に追い掛けまわした。最後は数里外れた草むらでそいつを捉えることができたから、当日の夜は腹を満たすことができたよ。
だが今は満身創痍で、弓は引けないし、鍬もまともに降り下ろせない始末だ。自分の子供だって、危うく救えないところだった。

父ちゃん、一体何が言いたいんだよ……

……無事ならそれでいい、それでいいんだ。

チュウ殿、この者たちは……

ご安心を、気絶してしまっただけです。

しかし目を覚ましてから頭痛が十日あるいは半月ほど続いてしまうのかどうかについては、保証できかねます。

……

この者たちが見せた先ほどの行いとなれば、少しぐらい痛い目に遭わせてやって然るべきでしょう。

そ、そうでしょうね……

父ちゃん、あいつらからなんかされてはいねぇよな?

い、いいや……

ならよかった。

このクソ野郎ども、一体村ん中で何をしていやがるんだ?もしかして役所の人をあの墓前まで連れていって、みんなで大泣きするような三文芝居をしようとしてるんじゃねぇだろうな?

……おれがこうして自由の身になったからには、あいつらの好きにはさせねぇぜ!
ムカムカと山を下りようとする少年は、地面の上で気絶してる村人たちに二三回ほど蹴りをお見舞いすることを忘れずにいた。
しかし彼は唐突にその足取りを止めてしまったのである。
衣服を隔てて、掌にできたタコに擦られて少しだけ痛いとすら感じてしまうほどの、そんな手に腕を掴まれていたからだ。
男はさらに掴む力を強めるが、終始頭を下げて彼の目線を避けていた。

……

シャオシー、もう少しだけ待とう……

おれを助けに来たんじゃなくて、父ちゃんもおれを止めに来たってことかよ。
供物台の前には二つに割られた青レンガがある。少し前まで、この者はついでとばかりそのレンガを外へ持ち出していったが、今はまだそこを補修することも叶わない。
地面に敷き詰められたレンガよりも下にある土の層は湿っていて、青レンガよりも冷たく涼しい。そんな涼しさを、老人は自らの額を当てて感じ取っていた。
目の前に祀られたご先祖の像が喋り出すことなどあるはずもなく、彼が先に何かを口に出さねばならない。
しかし、一体どこから話せばいいのだろうか?
ご先祖様、すべてはわしが間違っていたのです。

わしは本当に思いもしていませんでした……

まさか調査員が村に来るだなんて……

まさか今までずっと成長を見守っていたあのシャオシーを追い込んで、本当に殺してしまっただなんて……

あの子が村を出て行ってから三年、生死は不明なままでありながらも、よりによってこんな時に戻ってきただなんて……

なぜこうも気が触れてしまい、その子の名前を利用して賠償金を騙し取ろうとすることに同意してしまったのか……

あんな夜中の大雨に、まさか少年一人が偶然にも馳道の傍を通りかかっていただなんて……

わしはただ……馳道の一部が損壊してしまい、修理の工程がもう一年かそこそこ、二三か月延長されれば……

村のみんなもそれだけの期間の収入を得ることができると。近頃は作柄も悪いため、天の機嫌に左右される畑仕事よりも安定して食いつないでいけると思っただけなのです。

以前、こちらの御廟は村の真ん中に鎮座しておりましたが、今はそれも村の入口に移されました。あなたは後世のために大山から住まう土地を掘り出してくださいましたが、それもここ数十年で少しずつまた呑み込まれてしまっている状況です。

このままここにある山や土地ばかりを頼ってしまっていては、わしらはいずれあなたが祀られているこの御廟すら守り抜くことができなくなってしまうでしょう。

だからわしは……

あの炸薬をこっそりと仕込み、春に入る際の大雨を利用して、意図的に事故を起こそうとしました……

もしほかに方法があったのなら、わしとてこんな汚いやり方はしてたくはありませんでした。
ただ、思いもしなかっただけに。
なぜお天道様は、いつも人を弄んでばかりいるのでしょうか?

族長殿や、今の話は一体目の前におられるご先祖に聞かせている話なのだろうか?それともご自分に聞かせてやっている話なのだろうか?
(サガが姿を現す)

……

シャオシー、ここでもう少し待ってやろうじゃないか……

父ちゃん!こいつらはな、ついさっきまでおれを崖に突き落とそうとしていたんだぞ!

こいつらはロクなもんじゃねぇ!なんだってしでかすような連中なんだぞ!

……誰も思いつかなかったんだ。まさか政府の調査員が予定の前日にやってくるだなんて。

いきなりだったからな、みんなもう慌てまくって……それであんなことを……

……

さっき村のみんながやり過ぎていたことなら、父さんもきちんと分かっている。あと数日したら、父さんが必ずお前のために族長に訳を話してやるからな。

だが今だけは、山から下りちゃダメなんだ……

こんなことにまで発展したってのに、まだあいつらの肩を持つつもりかよ!?

肩を持つつもりなんて……

マタギ殿。以前、あなたに尋ねたことがありましたね。
(回想)

しかしそうして村に残れば、必ずしも穏やかに過ごせるものなのでしょうか?

村のみんななら、シャオシーをどうこうするつもりはないはずですよ……

それこそ昨日、移山廟に置かれている彼らのご先祖様の目の前で、族長や村人全員が俺に誓ってくれましたから……

そんな口約束一つで、ですか?

……

あなたも知っての通り、シャオシーのあの性格では決してこのことについて納得してくれないでしょう。あの子ならきっと自分たちの土地を守った時のように、自分の名前を守るはずです。

それとも、そうして暴れ回らないようずっとあの子を閉じ込めておくつもりですか?

万が一収拾がつかなくなるほど、あなたたちの計画が危ぶまれてしまうほど暴れ回ったと仮定しましょう。その時、あの村人たちはどうしてしまうのでしょうね?
(回想終了)

言ったはずです。謀善村の今の状況は、私がこれまで見聞きしてきたものに劣らずとも見るに堪えないと。こちらとしては手を挟むつもりはないし、挟みたくもない。

しかし、だからといって私があなた方を信頼したという意味にはなりませんよ。

それでは仇殿は、一体なにを……

……

仇殿が先ほど一発で周四と周六を気絶させたところなら、俺も見ていました。

もしここで成敗し、村の全員を取り押さえて、まとめて役所に突き出すというのなら、私たちだけではあなたには敵わないでしょうね。

……そこまでするつもりはありません。

あなたの言ってることなら正しい。どれだけその人が追い込まれていたとしても、退路が塞がれたとしても、それを言い訳にあんな義に背くことをしてはなりません。

しかしチュウ殿には剣と武術があります。そういった実力があるからこそ、己の進む道と守るべきものを守ってやれる……

あなたが追い込まれてしまうことなど、きっと起こるはずもないのでしょうね。結局のところ、俺たちとあなたは違う人間なんですから……

……

とはいえ、こんな山間で剣など役には立ちません。田畑を耕してくれることも、お天道様の気分を定めることも、ましてやここにいる村のみんなと……俺たち親子を救ってくれることもできないのですから。

俺たちはただ雨が降るのを、いつかまたご先祖みたいな方が現れて、俺たちのためにあの大山から活路を切り拓いてくれるのを待つしかないんです。

もっとたくさんの馳道が、たくさんの移動都市が建てられて、みんながそこへ引っ越して穏やかな暮らしを過ごせるその日を待つしかないんですよ。

けどこの土地はあまりにも広い。俺たちが住んでいるこんな山間も、一体まだどれだけが残っているのやら……

チュウ殿、話があっちへ行ったりこっちへ来たりとしてしまいましたが、俺の言いたいことは大方理解できているんじゃないでしょうか。

理解はできています。しかしそうであるからこそ、なおのこと放っておくわけにはいかないのです。

はぁ……

こ、ここはどうか、どうか俺たちのことを見逃してやってくれませんか。

……

姐さん、姐さんが父ちゃんを止めてくれる必要はねぇぜ。

これはおれたち親子の事情だ。父ちゃんにはおれから言わせてくれ。

サガ殿はあの調査員に付き添って山に入ったのでは?なぜいきなりここへ……

ふぅ――族長殿族長殿!この供物台に置かれている果物なのだが、拙僧が食しても構わぬだろうか?

今日はまだ一食もしていない上、先ほど急いで山から下りてきたものだからな。我慢ならないほどの飢えと渇きに襲われているでござるよ……

……

ここにあられるご先祖殿もきっと慈悲深いお方に間違いない。たかが果物一つに、そこまで吝嗇することもないだろう。

もしかして、わしのさっきの話はすべて聞こえていたのですか?

んんん――!この干した果物、果肉は柔らかく、酸味も甘味も申し分ない!その上かすかに枝葉の清涼な匂いも帯びているとは、実に美味!

族長殿の話なら、つい先ほど話されていたこと以外にも、数日前にここで話されていたことも耳に入れさせていただいたでござるよ。

……

もし誠に人に知られたくないのであれば、わざわざ御廟まで赴く必要もなく、この干した果物と同じように穴蔵へと隠せば済む話。

しかし風が吹いて草が動き出すように、僅かな変事の兆しが見えれば、そういったものは遅かれ早かれまた顔を出してくるでござる。

ゆえに、拙僧に聞かれているかいまいかは、然したることでもござらんよ。

……

ではあの調査員のお嬢さんも、すでに気付いているということか……?

サガ殿がここへ現れたのも……

うむ!

しかし、それもそうでしょうな。思い返してみれば、小平や小安のためにカメラを起動させたのはサガ殿であった。それにわしが二度も御廟へ来た際も、ちょうどあなたとばったり……

もしやわしを戒めるために、ご先祖がわざわざサガ殿をこの村へやって来させたのではないだろうか……

いや、やはり歳ですな。人は歳と取ってボケてしまえば、理解するのも遅くなってしまう……

拙僧は大炎国内を行脚し、たまたまここへ至って族長含む村の皆々の世話になっただけでござるよ。

拙僧がいなくとも、きっとほかの誰かがここに現れて、またほかの出来事が起こっていたはずだ。

もう数十年です、わしはこの村のために何もやってあげれていない。なのに村のみんなは、今もわしのことを“族長”と呼んでくれているんです。

だからわしもせめては村のみんなのためにと思って……

しかし天命に逆らうことなどできるはずもなく、結局は自分が厄災を被ることになってしまいました。

今や合わせて人命を二人も失ってしまったのです。これでわしは一体どう弁明すればいいのやら……

族長殿の計画なら、もとよりそこまで周到なものではなく、なんなら少々拙劣なところすらあったというのが拙僧の所感だ。

しかし今、族長殿はもしや“もっと周到に用意していればよかった”ことを後悔しておられるのだろうか?

……

もしサガ殿がもう少しはやくこの村へやって来てくださっていれればと、そう考えているだけです。

そうであれば、わしもこんなでたらめな考えを思いつくこともなく、あんなことをしでかすこともなかったはずです……

族長殿、先ほども申したように、拙僧はたままたここへ辿りついただけでござるよ。物事を変えうる力量など持ち合わせてはおらぬ。

そもそも、悪念が存在しない人心など、はたして存在し得るのだろうか?

修行僧であるのなら、勧善懲悪してなんぼではないのですか?サガ殿は僧侶であるにも関わらず、心に悪念を抱いてしまえば、修行に意味はなさないのでは?

族長殿はなぜ、心に悪念を抱いていれば修行に意味は為さないとお考えなのだ?
シー先生の絵巻から抜け出す以前、拙僧は幸運にも賭博に堕落してしまった拙僧自身を目にすることができたでござる。
あの拙僧は、どう足掻いても賽子と数取り棒の魅力から逃れることができなかった。木魚は質に入れられ、家も売られてしまい、流浪する身に落ちぶれ、同類の友を呼び寄せ、天理を害するようなことをたくさんやってきたでござる。
当時寺を出る前に、住職様から呼び止められたことがあってな。一人一本の棍棒を手に取り、一試合をやったのだ。
月が昇り、そして朝日が顔を出してくるまで、拙僧はなにゆえ住職様が繰り出す技はどれもが真に迫っていて、切磋するための試合ではなく、命を取り合うものとなっていたのかが分からないでいた。
その試合の勝敗はとうに忘れてしまったが……
それでも極稀に恍惚としてしまうことがあるのだ。最後に拙僧の棍棒は住職様の頭上に寸でのところで止めれていたが、あの一瞬、拙僧は突如と降り下ろすような衝動に駆られてしまっていたのではないかと。

多くの悪念というのは、どれも予想だにしない内に生じるものではあるものの、また理路整然としているものでもあるのだ。

サガ殿……

それは絵巻の中、はたまた夢の中に限ったことではござらん。

拙僧も極度の飢えに苛まれていた時、子を身籠っていた獣を見れば、まず最初に“あの雄の獣よりも、肥えてて肉も多いはずだ”と考えが浮かび上がってしまうでござるよ。

過ちを犯して身に危険が迫ってきた時、大勢の者たちに囲まれてしまった時、危うく背負っているこの薙刀に手を伸ばしてしまうこともあった。

だが今の拙僧は、こうして族長殿が見ている拙僧のままであろう?

……

今でも住職様が常々口にかけていた言葉を憶えている、曰く“飢えと渇きは悪を生む”と。この悪念を振り払うことができぬのであれば、心に留めたところで然したる問題はござらん!所詮は念頭の一つに過ぎぬからな。

念頭の一つ……ですか?

いつだったか、はたまたどこであったか、以前拙僧は幸いにもとある剣客と面識を得ることができたのだ。

なかなかの奇人であってな、かの剣客殿は。一心にこの世で最も鋭利で秀でた刀を探し求めている一方、その良心と善良さから、殺生を頑なに拒んでいたのだ。

その剣客は山間に簡素な掘っ立て小屋を建てていたため、そこで拙僧は繰り返し焚かれては消えていく炉の炎と、溶かされてはまた鍛造されていく玉鋼を見続けながら、彼と三か月もの間を共に過ごした。

やがて彼はとうとう一本の刀を得ることができたのだ。形はまるで飛雲の如くして、目を奪うほどに鮮やかであったが、唯一刃を立ててはいなかったのだ。

刃を立てていなかった?

本人が言うには、刃を立てなければ人を傷つけることもないらしい。

……

人を傷つけるか否かは、刀ではなくその人自身にかかっているというのに。

サガ殿は……本当によく悟ったお方だ。

しかし誰もがあなたのように物事を悟り、弁え、いついかなる時もその念頭を行動に移さないように自分を律することができるわけではないのです。

拙僧が思うには、律することが容易ではないからこそ、なおのこと律する行為そのものに身を任せてしまえば、一体どれだけ恐ろしい情景を見ることになるのかを理解するべきだと考えている。

毎日のように鐘を鳴らして読経に励むも、積み重ねていけば、サボりたいという欲求は必ずどこかで生じてしまう。しかし一度それをやってしまえば、今まで積み重ねてきたものは、すべて無意味と化してしまう。

……

多くの者は天に一滴でも雨を降らしてもらいたいことを願ってきたが、それが却って招いてしまったのは洪水であった。

悪念と悪行、一文字の差はあれど、その本質の違いは千里にも及ぶ。事件は族長殿より起こされたが、最後にそれがどう収まるか、念頭が現実と化してしまったその時になれば、もはや族長殿の思い通りにはいかないでござるよ。

そのため今に至るまで、族長殿がたった“思いもしなかった”という一言ですべてを言い訳にしてやれるはずもないのでは?

小石、確かに父さんはあいつらに肩入れをしているが、それは俺たち自身のためでもあるんだ……

長い間この村に住み続けてきたんだから、俺たちもあの村の一員と言えるだろ……?

……

父ちゃんが当時荒野を彷徨って、狩りをするだけの生活で色々と苦労していたから、それで雨風が凌げる場所を欲しがってただけってことなら、おれも理解できるよ。

頑張ってあの村を見つけて、毎年貯め込んできた蓄財であの“三畝三”の土地を買ったこともな。

父ちゃんはあの土地、あの家が手放せないんだろ。あそこじゃ居候してるようなもんだから、何があっても譲っとかなきゃならないんだってな。

母ちゃんが家を出て行って、あいつらが唯一村にいる違う姓の俺たちをイジメて、あのオンボロの廟を“三畝三”に移そうとしてきた時、父ちゃんはそれを許した。

それが今じゃあいつらはおれの名前を奪って、おれを死人扱いしようとしてるのに、父ちゃんはそれすらも許した。

もしこの先ほかの災難が起った時、例えばあいつらがおれたちの土地や家、なんなら命までをも欲しがってきた時、それでも父ちゃんは許すってのかよ?

活路ってのは自分で切り拓くもんだ、他人から貰うおこぼれじゃねぇ!

分かっているさ……

だが今お前が村に戻って、調査員の面前で村の全員を告発したのなら、どうやって場を納めればいいというんだ!

父さんのことはいい、あと数年もない命かもしれないからな。だがお前はまだ十五歳だ、この先どうやってあの村で生きていけばいい!?

なんで一生あんな村に引き籠もってなきゃならねぇのさ?

……

そん時にはあんな村から、あの山から出てって、移動都市に住めばいいだけだろ。

畑がなくったっていい、どうせ移動都市にはチャンスがゴロゴロ転がっているんだ。おれなら色んな生計を立てることができるし、なんならチュウの姐さんみたいに武術を修めて強くなって、たくさん金を稼いで父ちゃんを世話してやれることだってできる。

信じられねぇかもしれねぇけどよ……この三年でおれはどんなところにだって行ったんだ。この世の中がどういう風に回っているかは大体知り尽くしているぜ。

お前はホント、母さんそっくりだな。

……

当時村中の人たちが、ご先祖が開墾してくれた土地を守って、お天道様を頼りに食い繋いでいこうとしていたのだが……

お前の母さんだけは、この大山を抜け出し、玉門やら尚蜀やら龍門に……それか聞いたこともないような移動都市に行って、“まったく違う人生を味わう”ことばかりを考えていた。

そんな母さんが俺に嫁いできたのは、俺がマタギだから、色んなところに足を運んだことがあったからだ。

だが俺がすべての財産を費やしてあの“三畝三”の土地を買って、お前を産んで、歳を取った駄獣のように住処を移すことがなくなってからやっと……俺がこの村に来たのは、足を休ませるためではなかったことに、母さんは気付いてしまったんだ。

行商人が吹っ掛けて、彼女を連れて行ったあの日、俺は荒野まで追いかけていったんだ。だが結局、お前しか連れて帰ってはやれなかった。

……
母さんなら数年前には亡くなった。
その際一通の手紙を寄越してきたんだ。何か月も経ってようやく、俺のところに届いた手紙だ。
封筒には少額の金しか入っていなかった。あれは母さんの保険金でな、シャオシーのために残された金だ。
母さんはあの行商人にたぶらかされて移動都市に移り住んだが、半年後にはまた荒野に戻っていったらしい。
具体的にどんなことがあったかは、俺にもよく分からない。なんせ信使を五六回も経由してきたからな、口伝も曖昧なものになってしまった。だがあの可哀そうなくらい薄っぺらい封筒を触れば、大方予想はできる。
残してくれた金なら、後で村に引き渡したよ。シャオシーが壊してしまった御廟の修理費としてな。

もし村よりも移動都市での生活が簡単なものだったら、お前は今ここに残っているはずがないだろ。

この三年間、デカいことはさておいて、もしそれなりの実力を身に着けて、しっかりと生計を立てることができていたのなら……チュウ殿にここまで連れて帰ってこられることはあったか?

それは……

……

父さんは勿体ないからあの土地と家が手放せないわけじゃない。

父さんも準備はできていたんだ。あの賠償金が手に入ったら、お前を探しに村から出て行くとな。あの村にある家なら、村に引き渡すつもりだった。

だがこんな時にお前は帰ってきたんだ!チュウ殿に連れられて!
お前が帰ってきてくれたのなら、もう離すわけにはいかなかった。
父さんだって生まれてこの方、ずっとこの村で過ごしてきたわけではない。ほかの場所なら、父さんだって足を運んだことはあるさ……だがそこでの暮らしは、本当に村よりもいいと言えるのだろうか?
世の中にはほかにも色んな生き方がある。だが誰もが自分の望んだ生き方を選べるわけではない。
父さんはただお前に、平穏無事に生きてほしいだけなんだ。
無事に生きていくことだけでも、ありがたいことなんだ。

父ちゃんの言う平穏無事の生活が自分の名前すら奪われるようなものだってんなら、おれは絶対にイヤだね!

名前は食料と、金に換えることができる。俺たちの穏やかな残りの人生と引き換えることができるんだぞ……

んなもん受け入れられねぇよ!

このファン・シャオシーはな!山に生えてるような野草でもなければ、荒野に住んでる畜生でもねぇんだッ!

んなことをされるのなら、おれは死んでやったほうがマシだぜ!
少年は激昂した様子で声を荒げ、ジタバタと後ろへ下がり、憤りで顔を真っ赤にしながら、危うくコケてしまうところであった。
彼の声はまだまだ稚拙でありながらも荒々しく、震える声は山頂に吹く風によって靡いて、歪められながらもはっきりと遠くまで伝わっていった。

お前ってやつは、なんでこうも頑固なんだ。まあ説得も許してもらうことも望んじゃいないがな……

だが今日だけはお前を山から下ろすわけにはいかない。もしどうしても降りるというのなら、父さんはここから一気に崖の下まで落ちてやるからな。

……

……

……
やがてマタギは顔を下げ、少年もどうやら落ち着きを取り戻したように、何か口に出したいと思うも、結局は何も言えずにいた。
細かい砂が顔にかかってくる。春の荒山の上で吹く風は、いつもながらに乾燥していた。
誰も話す者はいない。しかし剣客だけは、こっそりと崖側へ数歩すり寄った。

父ちゃん、顔を上げてくれよ。

(首を振る)

なあ父ちゃん、おれが死ねば、みんなよくなるのか?

そうだ……

“ファン・シャオシー”は、生きてちゃダメなんだ。
(シャオシーが駆け出す)
幼い頃の彼はよく石ころを次から次へと崖から蹴り落としては、そのはるか下まで落ちる際のコロコロとした音にいつまでも耳を傾いていた。
彼と彼の名前は、どれもその石ころのようであった。
そんな彼は今、自分を石ころのようにしようとしたのだ。
落ちゆくスピードはさほど速くはなかったらしい。その間に彼はチュウバイと森に入った際に出くわしたあの肉食獣を、その畜生が死の淵に立たされた時の目を思い出した。
あれは一体どのような悔しさが、恐れが、またどのような……解脱が含まれていたんだろう?
これは、風か?
彼の背中は、風によって受け止められた。
お堂に春風が通り抜け、細やかな埃を舞い上げる。日差しは高く、ちょうど暖かい時間帯と言えるが、この古い廟の中は却って寒気すら覚えてしまう。
その中にいる老人の縮こまった背中はかすかに震えていたが、いつまでも身を起こすことはしない。
そこへ行脚僧が彼に少しだけ近づく。

今思い返せば、ここ数日間に起ったことすべては、まるで朧気な夢のようにしか思えない……

あの山に登って炸薬を仕込んだ者、自ら役所に申請の書簡を書いて送りつけた者、そしてつい先ほどここで調査員を騙した者はすべて……本当にわしだったのだろうか?

サガ殿が仰ったすべてが本当に夢だったのであれば、どれだけ良かったものか……

“痴人の前では夢を語るべからず”と、以前ある者からこう教わったでござる。族長殿は今自らを省みているとなれば、族長殿も痴人だったということなのだろうか?

思えば実におかしな話でした……

三年前、シャオシーは御廟を破壊した後に村を出て行きました。そんなわしがあの晩に使用した手製の炸薬は、まさにあの子があの時に作ったものだったのです。

……

あの時は急いでマタギの家まで行って、シャオシーの部屋から余った炸薬が残っていないかと探し回りました。本当はこれ以上の被害を出さないために、押収しようとしていたのです。

それがまさか、自分がその炸薬を使うハメになるとは。

そうか、そのようなことがあったのでござるな。

しかし族長殿、まだ何か心に抱えているものがあるのではないだろうか?

はぁ……

今ここで死んだとしても、何も惜しくはありません。ただ、ここにいる皆に申し訳がないと思うばかりです。

シャオシーも、考え方もやり方も少々過激ではありますが、根はいい子なんです。あの時御廟を破壊したのも、すべては自分の父親のためでした。孝行のできるいい子ですよ。

な、何より今回の一件は元よりあの子とはまったく関係のなかったこと。あの子はまだ十五歳、まだあんなに幼いというのに、こんな……死に追いやられてしまっただなんて……

あの少年も、一体どこから来て何をしにこの山へやって来たのかが分かりません。しかしここへ来て、帰らぬ人となってしまいました。彼の家族がいくら泣き叫ぼうと、消息が届くことはないでしょう……

しかしわしがご先祖の面前で彼のために祈りを捧げるも、“ファン・シャオシー”と呼ぶことしかできない……そのような霊魂が果たして本当に安らぐことができるのか、いつまでもこの村を彷徨い続けるのではないかと、そんなことばかりが頭を過るのです……

ですのでサガ殿、もうこれ以上わしには近づかないでくださいな。

あの日偶然ここで、族長殿が捧げていた祈りの言葉を聞いた後、ここ数日間は時間さえあれば拙僧もこの子のために読経をし、済度してあげていた。

住職様からは経文数巻ほどしか教えられてはいなかったが……真摯に弔ってあげれば、この子も少しは安らいでくれるだろう。

……

今や何もかもおしまいです。二人の人命、もし役所がこれを追及し出せば、村にいる百人あまりの人たちが皆わしのせいで巻き込まれてしまう……

自らがしでかした罪の重さなら重々承知しています。この期に及んでご先祖に許しを乞うことなどできるはずもない。わしにできることは、もうこれしか……

フンッ――!
(サガが薙刀でジョウ族長が持っていた炸薬を切り捨てる)

邪念を斬り捨てん!

……

ふぅ――

手製の炸薬はこれが最後で間違いないでござるな?

ずっと懐に隠し持っていたつもりでいたのだが、よもやサガ殿に気付かれていたとは……

本当ならサガ殿がこちらに来られる前に自ら命を絶とうとするつもりでいました。しかし頭が考え出してしまうと、どうしても手が出せなくなってしまって……

三年前、シャオシーはまさにここで炸薬の導火線を引っ張ったんです。それに比べてわしの肝っ玉は、子供一人にすら劣ってしまうとは……

もしや族長殿は自らの命を終えれば、ここ数日間に起った一切合切に収拾がつくとお考えなのか?

浅はかなり、実に浅はかなるぞ!

……

事の終わりに至って、死をもって解決を図るとは、族長殿は甚だキモが据わっておられるお方だ。

しかしあの日、拙僧がここにいると知らずに、族長殿が自らのご先祖に事の経緯を打ち明けていた時、炸薬と少年の死の真相ではなく、すべてはこの村のために仕方なくやってきたのだと、そう告白していたではないか!

……

わしは……

もしあの晩、あの無名の少年が山に入ることがなく、炸薬によって崩れてしまった土砂がただ単に馳道を流してしまったとしても、族長殿は今のように自らを終わらせるつもりでいたのか?

あの少年以外にも、はたして偶然にもその場で羽繕いをしていた小さな羽獣までもが土砂に溺れてしまったか否かを、知ることができるというのだろうか?

……

であるとすれば、馳道はどうなっていただろうか?この御廟はどうなっていただろうか?この村もまたどうなっていたのだろうか?

たとえ山崩れを引き起こすことがなかったとしても、族長殿はきっとあの降るべき雨を悔やんでいたはずだろう。

……

わしが、わしが必ず役所にすべてを打ち明けましょう……

ふむ……
老人は導火線が断ち切られ、本体も真っ二つに切断されてしまった手製の炸薬を自身の目の前に寄せ集めた。
長時間跪いていたため、両足はほとんど感覚を失っており、老人は再び地面に倒れ伏してしまう。地面の冷たさは瞬く間に彼の額へと伝わっていき、彼ももはや起きることもままならないと知って、さらに低く平伏するしかなかった。
……
しかし熱くなっている二人をよそに、目の前にいるご先祖の像は終始いかなる反応を見せることはなかった。
粘土で模った眼窩からは泥の塊がいくつか剥がれ落ちてしまったため、像の目線がはたして廟内の梁へ向けられているのか、はたまた廟の外にあるがらんとした土地を覗いているいるのかはハッキリとしない。
雲は清らかなで風も暖かく、今はまさに春分の時期であった。

目が覚めたか?

ふむ、目はぼうっとしているが、白黒はっきりとしている……どうやら脳はやられていないようだな。

君は少なくとも死を恐れてくれていると以前言ってやったというのに、まさか自ら命を投げ捨てるようなマネをするとはな。
……

これで君を助けて三度目になる。

しかしあんな高い崖だというのに、よく飛び降りられたものだ。私も危うく命を落とすところだったぞ、なんせ羽獣ではないからな……
あり……がとう……

礼なら必要ないさ。君をここへ連れて帰ってきたのはこの私だ、であれば君に責任を持つというのが道理というもの。だが君が飛び降りるとこはまったくの予想外だった、反応するにも少し遅れてしまったな。
……

話したくないのならそれでもいい。

足はまだ動けるか?私はもう村に戻るつもりは更々ないぞ?

もし行く宛てがないのなら、また私としばらく共にしてくれても構わない。
……分かった。

以前私の素性について聞いてきたことがあっただろ?今ならそれを語ってやってもいいぞ。

あの時政府軍が姜斉にあった水村を攻め、私の父親とその他大勢の水賊が討たれたんだが、私は生き延びることができた。この国からすれば、私は要するに無名の輩だ。

名を持たない者なら、この地にはたくさん存在する。私にしかり、君にしかり、ましてやあの危うく“ファン・シャオシー”になってしまった少年にしかり。

人の名前というのは当然ながら重要なものだ。だがそれよりも重要なのは、その名前には一体どんな意味が込められているかにある。

もし立身出世して、不義理に抗いたいとするのならば、はたして君がどういう人間なのかなど関係はあるのだろうか?時折名を持たなければ、却ってより多くの声を発し、多くを為すことができる。

無意味な執念を下ろしてやっと、自分の行いの意味を知れるというものだ。

今話したことなら、すぐに理解してくれなくても構わない。私もやるべきことがあるから、いつまでも君を傍に置いてやれることはできないしな。だがもし本気で武術を習いたいのなら、しばらくの間は教えてやろう。

いつか自立するに足りると、あるいは新たな寄る辺を見つけることができたのなら、いつでも私のもとから離れてもらっても構わない。

だがその後、落ちぶれて大勢の人々を害するようになってしまう者もいる。もしそのような人になってしまったのなら、君を殺しに向かうからな。
……

やれやれ。なら一つ江湖を往く者たちがよく口にする言葉を教えてやろう。“再び相見えんことを”とほぼ同じ意味の言葉だ。
……

来日まさに長し。
分かったか?
……うん。
よし、なら先を急ごう。
……うん。