
もう少し左。

こうか?

もう少し右に戻って。

これでも届かないか……つま先を立たせないと無理みたいだ。

ノイルホーン……もう少し高く。

よし、これでいい。このまま維持しててくれ。

お、おう……

肩、揺らさない。

やってるって……

もう少しだ、辛抱してくれ。

おう……

完了した、もう降ろしていいぞ。

(ひと息つく)

今回採取したサンプルだが、中々いい質をしている。

なあヤトウ、一つ提案があるんだが。

なんだ?

そのー、だな……

ピンセットを渡してくれ。
(ノイルホーンがヤトウにピンセットを渡す)

おう。それでな……

結束バンド。
(ノイルホーンがヤトウに結束バンドを渡す)

ほいよ。でな……

これじゃない、青いやつだ。サンプルの分類には注意してくれ。

おう……

それで、何が言いたいんだ?

そのぉ……今度から野外任務に行く前に、梯子を申請しておいたほうがいいんじゃねえの?

拒否する、装備の重量オーバーは野外任務における機動性を損なう。突発的な事態が発生した場合は対処しきれない可能性だって出てくるかもしれない。

よし、このサンプルも検査してくれ。今度こそ探してるものが見つかればいいんだが。

おう。

それで、どうして梯子なんかを申請したいんだ?

……なんでもない、気にしないでくれ。

サンプルの一次検査結果が出たぞ、活性源石の微粒子は検出できず。この前と一緒だ。

やはりないか……私たちはこれまでどれだけのサンプルを採取してきた?

空気に土壌、生物に環境のサンプル……採取ポイントは合わせて十七か所、サンプリングは二十三回だ。

もう一度確認するが、その二十三回ものサンプリングはどれも異常は検出していなかったんだな?

ないな。

そう考えると妙だな。

つい二日前、この山岳地帯の付近では大雨が降った。活性源石微粒子の検出に多少なりとも影響を及ぼすことがあるはずだ。

ここに来るまでの間、ほかに何か異常はあったか?

そうだなぁ、あの焼き焦げちまった折れた木はそれに入るか?

あれはきっと雷に打たれて折れてしまったのだろう……もしそれが異常と言えるのなら、この森の中には火を噴けて猪突猛進な超巨大生物が潜んでいることになる。

なんの成果も得られていないことは認めたくないが、現在入手した検査結果を鑑みると、このままここでサンプルを採取し続けても効率が悪い。

場所を変えよう。直接現地に住んでいる感染者たちに聞き込みをしてみようと思うんだが、どうだ?

いいぜ、感染者の行動履歴は源石の発生源を調べる上での有益な情報になる。だが少し気を付けなきゃならねえことがあってだな……

ここら一帯は丘陵地帯だ、おかげで付近の村落は外界との交流が少ない。現地の人と交流を図るには、それなりの労力が必要になるかもしれねえぞ。

平気さ、私が説得してみせるよ。

直近で疑わしい症状例なら露華(つゆばな)村から来てる、この山の麓にある村だ。そこに行ってみようぜ。
(ノイルホーンが資料を確認する)

あれ?症状例は村のほうからの報告で、向こうからロドスに医療援助を要請してきたのか?珍しいこともあるんだな。

山を下りる際はいつも以上に目を張っておこう。何か見逃していた細かい点が残っているかもしれないからな。

(ボイスレコーダーのスイッチを押す)

これより一回目の録音を行う。

時間は午前七時三十七分。天気は快晴。場所は東国の蒼暮(そうぼ)山地の北部。

こちらはロドスA4行動隊、隊長のヤトウ。今はオペレーターのノイルホーンと当該区域の鉱石病応対任務を執行中。

提供された情報によれば、近頃この付近で鉱石病感染と疑わしい事件が多発しているらしい。人為的な行動の可能性も含めて、察するに源石粉塵が拡散する異常現象が発生しているのだろう。

現在は蒼暮山地に広がっている森林地帯の外周に位置している。現地の環境で初歩的な実地調査とサンプリングを行ったが、今この音声録音をしている時点で、未だに環境の異変は発見できて……

ヤトウ、はやくこっちに来てくれ!大発見だ!

一時録音を中断する。

どうした?ん……これが、君の言う大発見なのか?

枯葉の下に虫が湧いてるな?

こいつらはミズバエの幼虫だ。

これがどうかしたのか?

それなんだが……見つけた時にはなーんか違和感を覚えたんだが、あんたに聞かれてど忘れしちまった。

しっかり思い出してくれよ……現時点で環境の異常は発見できていないが、それでも調査を継続して記録を完成させなければならないんだ。

あっ、思い出したぞ!

なんだ?

この前ドクターから本を読んだほうがいいって言われて、ミントちゃんからオススメの何冊かを紹介してくれたんだ。その中に『オリジムシでも分かるテラの生物百科事典』ってのがあってな、すげーたくさん挿絵が入ってて、めちゃくちゃ面白ぇんだ!

要点だけを言ってくれ。

その本にはミズバエの生態が書かれていたんだ。繁殖期になったら水溜まりに産卵して、幼虫はその浅い水溜まりの中で暮らすんだとよ。

そして成虫になった時は、ブーンっと飛んで行っちまうんだ。

それはつまり……

ここを見てくれ。地面は一面葉っぱだらけ、水溜まりはない。

そのミズバエの幼虫は湿った環境下でも生きることができるとか?

本にゃそんなこと書いてなかったぜ。

待った……ここら一帯は確か樹木が密集していて、それなりに均等に分布している。

なのにどうしてここだけこんなにもたくさんの葉っぱが積もっているんだ?

ここにある葉っぱを掘り返してみる必要があるみたいだな。

なんで俺のほうを見るんだよ、シャベルなら申請してねえぞ……

……

……

分かったよ、俺が掘ればいいんだろ。
(ノイルホーンが穴を掘る)

これは……

おお、でけーな。

ノイルホーン、これは本で見たことはあるか?

東国の山間に……なぜこんなにも大きな羽獣が?

見てはいないな。

なんて恐ろしい爪痕……形からして羽獣の爪と似ているが、長さは私が持っている刀とほぼ同等だ。深く地面にまでめり込んでいる。

こんな爪痕を残せる生物となれば、きっと部屋一個分の大きさはあるだろう。

本当にそんなバカでけー生物……そいつがケオベあたりに見つかっちまったら、しばらくはずっと満腹でいられるってきっと大喜びするだろうな。

私たちも、何度もズタズタに引き裂かれてしまうだろうな……ん?

ノイルホーン、サンプリング容器を渡してくれ。

ほらよ、ちゃんと防護措置するのを忘れるなよ。

(爪痕のサンプルを採取する)

よし、こいつを検査してくれ。
(ノイルホーンが機械を操作する)

ヤトウ……

結果が出たのか?

活性源石微粒子、検出したぜ。

当たりだったわけか。
(小さな猫のような生物が近くを通り過ぎる)

うわァ!

なあヤトウ……

巨大生物か……類似した痕跡の記載記録を検索してもヒットせず、付近区域にそれらしい目撃例の報告も上がっていない。どういうことだ、この場に突如と現れたということなのか?

ニャ!

ヤトウ、ニャーが……じゃなくて。

いや、そもそもこの痕跡を残した生物がまだ生きてるのかどうかも考慮しなければならないな。これだけ巨大な羽獣だなんて、一体どんな姿をしているのかまったく想像できないぞ。

しかも爪痕には活性源石の微粒子を検出した。一体源石はどこから……

まさか……この積もった葉っぱというのは……

ニャニャ!

ノイルホーン、変な声を出さないでくれ。

はやくこの爪痕を記録しなければならないんだ、記録用の装置を持ってきてくれ。

ヤトウ……

俺が出した声じゃねえって……

何を言って……あっ!

ヤトウ、ありゃなんだ?

私が知りたい。

いいからはやく下がれ、そいつと一定の距離を保つんだ!

現地に生息してるフェリーンか何かか?

判断できない。あんな体型と見た目をしたフェリーンなんて見たことがないぞ。

それはリオレウスだニャ!

また一匹現れた!

警戒しろ!攻撃性を備えているかもしれない!

いつでも戦闘態勢に入れるようにするんだ!

ちょっと待て、ヤトウ……あいつらの動きを見てみろよ。

(手足を踊らせる)

リオレウス!リオレウスだニャ!

なんか、踊ってる?どうやら……敵意はなさそうだぞ?

おい、お前たちは一体何者だ!フェリーンなのか?私の話してる言葉は分かるか?

どうやらフェリーンではないらしい……知性を持たない一種の動物か?

さっきこいつらはなんて言ってたんだ?

分かんねえ……爪痕のことを言ってんのか?それとも爪痕を残した生き物のことか?

知性がないのはそっちのほうだニャ!無礼な角付き女!

(地面にある爪痕を指さす)

もうすぐ来てしまうニャ!

喋った!喋ったぞ!

おいヤトウ、なんかこいつらあんたが失礼だって……

来る?何が来るんだ?

見たことがない道具があるニャ……
(黄色い生物が検出器を持って立ち去る)

あっ!黄色いヤツが俺たちの検出機器を持って行きやがったぞ!

逃げやがった!逃げやがったぞあいつ!

職人くん!待つんだニャ!

もう一匹のほうも逃げやがった!

はやく追うぞ!

逃げるニャ!

あいつら、なんであんなに逃げ足がはえーんだ?

そんなことを私に聞くな!

はやく逃げるニャ!リオレウスが来てしまうニャ!

あいつらさっきから……

ナニかが来るって言ってるみたいだぞ。
今になっても、あの午後に起ったことは鮮明に覚えている。
靴底にこびりついた泥。なんの成果も得られなかった二十三回ものサンプリング。
枯葉の下に隠された巨大な爪痕。踊り出すあの毛むくじゃらな生物は、無意識にフェリーンを連想してしまった。
すまない、フェリーンを貶すつもりはないんだ。
そして、俺たちの身体を覆い隠してしまうほどの巨大な影と、まるで大地を焼き尽くすかのような烈火。
そんな脅威は、空からやって来た。

ノイルホーン!

分かってる!

迎撃準備だ!